リコリコ×拓銀令嬢 ~実弾は日本を変える~ 作:フェデラルジオグラフィック
四月になっても仕事が忙しい……
Side 桂華院瑠奈
DA支部への視察からしばらくして、側近団長である久春内七海から『中途採用』の二人が私の側近団に参加すると伝えられた。
いきなり私の護衛に選ばれる程度には二人とも相当な腕利きなのだという。
……と言われてやってきたのは先の模擬戦で私を打ち負かしたリコリスとその相棒。名前をそれぞれ春川フキと乙女サクラという。
なお乙女サクラはDAの視察で余計な口を叩いたリコリスなのだそうだ。なおそれによる左遷ではないらしい。
それからしばらく側近団の一員として彼女達と時を共にしていたのだが、一つ大きな問題があった。
春川フキがお手洗いで席を外している間にわたしはそれについて乙女サクラに問いかける。
「『模範的リコリス』ってのは『世間知らず』の言いかえなのかしら……?」
「センパイが極端なだけなんすよ……」
春川フキがとにかく学生生活に馴染めなかったのだ。
原因は主に三つある。一つ目はとにもかくにも周りと話題がかみ合わないことである。
年頃の学生が知っていてしかるべきことについて驚くほどに無知であり、そのことに何も感じていなかったのだ。
「一応は私の同級生という立場なんだから事前にフォローとかしなかったの?」
「こっちに来るまでの空き時間で色々と仕込みはしたっすよ。それでもあそこまで知識が偏ってるとは思いもよらなかったっすよ」
「飲料自販機の使い方を素で知らなかったとか笑いを通り越して呆れるわよ」
小学生時代の栄一君じゃないんだから、と私がぼやこうとしたところで本人が戻ってきたので話を打ち切る。
あの様子では色恋沙汰なんてものも遠い彼岸であるに違いない。
教科書に載るような姿勢で座った春川フキが私を見据えて話を切り出す。
「わたしに何かご用件でしょうか?お嬢様」
「おおあり。色々言いたいことはあるけど、まずもってそのハリネズミのような態度はどうにかできないの?」
二つ目は愛嬌を振りまくどころか近づきがたい雰囲気を常に出し続けるのである。
「わたしの仕事はお嬢様ご自身の安全を守ることです。そのためには常に警戒を怠らないようにする必要がございます」
「それは分かるけど私が学生として振舞う時に支障をきたさない程度には警戒レベルを下げろと言っているの。学内は身分が保証された人間しかいないのよ?」
「『制服』を着ているからと言って悪意のない人間ばかりだとは限りませんよ、お嬢様」
お前がそれを言うのか、という言葉をぐっとこらえる。これが
春川フキはDAでは千束に次ぐ実力者として活躍していたというが、それだけ殺しに特化していたことの裏返しでもある。
とにもかくにもこの
それが三つ目、なまじ現役リコリスであるということ。そのため側近団の中ですら孤立しているのである。
DAは冷戦時代に反共部隊として運用された。そのため『樺太の子供達』からすると同僚の仇という立ち位置になる。
春川フキや乙女サクラはその年齢からすでに『冷戦を知らない子供達』なのだが、背負った看板はそのままなのである。
側近団の中でも新参者であるということもあいまって側近団のリーダー格である久春内七海や遠淵結菜とのそりが合わず、放置されている雰囲気がある。
相方の乙女サクラは周りと話を合わせることが出来たし、ひょうきんな性格も相まって学生生活に間もなく馴染めたし、側近団との仲も最低限は持つことが出来たのだが……。
側近団の間で不和がある状態は明らかにまずいので、イリーナ(比較的関係がマシ)、ユーリヤ(CIA経由で正体を知っている)、乙女サクラ、それと私でせめて側近団との仲を取り持とうととするのだが、これも芳しい成果を上げることもなかった。
そしてそれが「桂華院瑠奈の寵愛を受けている」だとかの噂の元になってしまい釈明に追われる。
周囲から馴染めず、「桂華院瑠奈の側近」という看板だけを背負っている謎の編入生、周りの人間はそれを『異物』とみなして排除しようとする。一種の『免疫反応』だ。
案の定というかなんというか、春川フキは面倒な生徒(いかに帝都学習館学園といえどその手の輩はゼロではない)に絡まれることが多くなった。体格が小さいので野月美咲の類と見られて舐められているというのもある。
それがもとで無愛想にさらに拍車がかかり、さらにまともな人が寄らなくなるという悪循環。
さらに悪いことに間もなく行われた定期考査の成績発表で春川フキは注目を集めてしまう。
乙女サクラは良くも悪くない位置で留まったのに対し、春川フキは四位(私と同率)に食い込んでしまったので嫌でも目立つ存在になってしまったのである。
だからほどほどに手を抜いたほうがいいっすよと忠告したんすけどね、とは相棒の弁である。
そして、それは悪い形で表面化してしまう。
定期考査の成績発表から二日後のこと、明日香ちゃんが私に駆け込んできた。
「ちょっと!桂華院さん!あなたの目つきの悪い護衛が例の連中に連れてかれたわよ!」
それを聞くなり即座に立ち上がる。イリーナ、ユーリヤ、乙女サクラの三人だけを連れて現場に急行。連れて
「遅かったかあ……」
私は一人ごちる。着いてみれば、悪ガキどもがことごとく伸びているか呻き声をあげて蹲まり、その中心に春川フキが立っていた。
私と乙女サクラで立っている彼女の様子を確認し、イリーナとユーリヤが倒れている連中の容態を確認する。
彼女は顔を含め素肌の出ているところにはことごとく痣か生傷があり肌色が見えている場所を探す方が難しい。ついでに言えば口を切ったのか口角から血が垂れている。
「うへえ、これまたこっぴどくやられてますねセンパイ」
「囲まれたからってこっちから手を出したら大問題だろ。だからしばらくは殴られるままにしていたさ。体を少し動かして急所だけは外していたがな」
「それじゃどうしてこいつらはぶっ倒れてるんすか?」
「こいつらわたしが反撃しないことをいいことに調子に乗って、桂華院瑠奈嬢を侮辱したんだ。それで…」
「一体何を言ってきたのよ」
「詳しく言わないほうがお互いのためですが、鼻息荒くしてわたしの股間に手を伸ばしながら、とだけ言っておきましょう、お嬢様」
「それで堪忍袋の緒が切れてこいつらを叩きのめしたってわけね……」
私は全員に聞こえるように大きなため息をつく。彼女も彼女だがこいつらも相当である。
「お嬢様、ユーリヤと確認しましたが彼らは命に別状はありません。数日痣が残る程度でしょう。ことごとく急所を突かれてますね。ですが『痛い』で済むギリギリのところで抑えられている」
イリーナに言われて悪ガキが手で押さえている場所を観察してみると、水月、章門、関元と的確に急所を打ち抜いていることが分かる。
しかも胴体の急所が中心なので打撲傷は学生服で隠れてしまう。何も知らない人間が彼女たちの外見だけを見たら春川フキが一方的に殴られていたようにしか見えない。
これだけボロボロにされてもその辺の判断が回る辺り流石偽装と暗殺を専門とするリコリスの精鋭である。
「命に関わらないなら一安心ね。とりあえずは、だけど。しかし春川フキ、あなたはどうするの?急所を外したとはいえその傷じゃあ……」
「こんなもん痛くも痒くもねえよ」
「センパイさっすがぁ」
「言ってる場合じゃないでしょ。ユーリヤ、先生やみんなを呼んできて頂戴」
とりあえず現状のままで人を呼ぶことにする。この状況を周囲に示しておかないと後で「春川フキに殴られた」と難癖をつけられかねないからである。
それはそれとして、痛々しい外見とは裏腹に彼女はそれを『痛くない』とは。普通に立って歩いているあたり、その言葉は真実なのだろう。
……連れていかれた保健室の中で先生に消毒薬をつけてもらったときに歯を食いしばっていたことは見なかったことにしておく。
結局この一件は女子へのリンチ事件として処理された。
春川フキはそれに何も異を唱えることはしなかった。私と側近団は彼女の意思を尊重して黙っていた。
悪ガキどもも黙っていた。大人数で女子を囲った挙句、あっさり返り討ちに遭ったのだから何も言えなかったのである。
彼らは事件をの責任を問われ転校と相成った。まあ当然ではある。間接的に私に喧嘩を売った格好にもなってるし。
そして春川フキなのだが……良くも悪くも
「孤立」もここまでくると「超然」だ。
最終的に喫茶店のマスターに手紙を出し、私が夏休みで東京に不在の間に喫茶リコリコで
東京から帰ってきた私を久春内七海の右隣で出迎えた春川フキの引きつり気味の笑顔よ。
どうやって春川フキの行動を直したのか気になって彼女の相棒に聞いてみたら、昼は喫茶店で、夜はセーフハウスで錦木千束から四六時中つきっきりで色々と仕込まれていたらしい。
同じことを喫茶店の飲んだくれに聞いてみたら、側近団や明日香ちゃん等を含めた私の関係者を喫茶店に招いて
しばらく私は喫茶店の看板娘に頭が上がらなくなりそうだ。
結局フキさんは千束に仕込まれるまで学校になじめませんでしたとさ。
次回はお嬢様がお金の力でDAの仕事を「やりやすく」しようとする話。