リコリコ×拓銀令嬢 ~実弾は日本を変える~ 作:フェデラルジオグラフィック
The ends justify the means
Side 錦木 千束
喫茶リコリコは喫茶店である。
そしてDAの支部の一である。だから楠木さんからやってくる指令に従って犯罪者に制裁を下すことが本来の任務である。
また町の便利屋的存在である。だから常連さんから仕事を請け負うこともある。
私もたきなも(リコリスであることを隠しているとはいえ)そこらのチンピラなら素手で軽くあしらえる程度には腕っぷしはあるし、そのことを常連さんは良く知っているので、たまに荒事になりそうな案件が舞い込んでくることもある。この前はストーカーの腕を極めて制裁してやったっけ。
今回の依頼人は常連の刑事である阿部さん。常連さん用のSNSでボードゲーム大会を告知していないのに閉店間際にやってきて、閉店時間を過ぎてから話を切り出すというかなり珍しいことをやっている。珍しいことを付け加えれば表情もかなり強張っていて、その様を見た先生がお茶を淹れようとするのを止めた。遠慮するのではなく止めたのである。
「放火犯の尻尾を掴んでほしい?」
「何とかならないか。少しでも手伝ってほしい」
「手伝ってほしいはいいですが、経緯を説明願えませんか?最低でも何をしてほしいのか具体的におっしゃっていただかないと」
「ああ、そうだ。実はな……」
阿部さんが「捜査情報をペラペラしゃべっていいんですか?」とたきなに怒られながら行った説明を要約するとこんな感じだ。
・二週間前の深夜に押上金属工業という会社で火災があり社長が焼死。
押上金属工業はこれにより廃業せざるを得ない状況になっている。
・被疑者として挙がっているのは根古屋(ねこや)という男。
彼の経営する根古屋鋳造は押上金属工業の同業者で、
根古屋鋳造はシェア争いで負けつつあった。
・出火時刻の三十分前に根古屋が押上金属工業周辺にいたという証言があり、
動機の存在もあって押上署捜査一係は根古屋の放火を疑っているが、
現場に彼が火をつけたという物証がなく、また彼も犯行を否認している。
・五年前にも根古屋鋳造のライバル会社であった
吾妻橋加工という会社で社長が焼死する火災があり、
この時も根古屋の姿が目撃されていたが、物証がないため事故として処理していた。
・阿部さん個人としても根古屋がやったと睨んでいるが、
生活安全係の彼は管轄外のため大っぴらに調べられないため、
個人的に頼める私たちに調査を頼みたい。
・報酬は先払いするが調査状況ないし結果によっては後で増額する。
「本当に何でもいいから尻尾を掴んでくれ、ということですか……」
「無理なら断ってもらって構わないんだが、どうにかならないかな?」
「探偵みたいで面白そうじゃん!」
「千束、今回ばかりは断ったほうがいいと思います。成果を上げられないとわかっている仕事を請け負うのはいくら阿部さん相手でも信用問題に関わります」
たきなの言葉に先生とミズキは黙って頷く。
「うーん……阿部さん、この話保留にできない?」
「それは構わないが、請け負うなら早いほうがいいぞ?」
「じゃあ、一週間後」
「こっちの都合もあるから次に来れるのは九日後だな。いい返事を期待してるよ」
そう言うと阿部さんはいつも私たちに向けてくれる柔和な表情を浮かべながら喫茶リコリコを出て行った。
「千束、どうするつもりだ?たきなの言う通り成果を見込めない仕事を受けるのは流石に私も承知しないぞ」
阿部さんが十分に離れたのを見計らって先生が私に氷のような顔を向けてくる。たきなもミズキも似たような表情だ。
「作戦はあるよ、先生」
「ほう」
「根古屋という男は五年前に商売敵を殺したのが上手くいったから、今回も同じことを行った」
「阿部さんのおっしゃったことが正しければ、という注釈はつきますが」
「つまり一度味を占めたら何回でもやる性格なんだよね?」
「そういうことになるな」
「だからなんなのよ?あたしにはさっぱり見当がつかないんだけど?」
「根古屋は同じ状況に追い込まれればまた同じことをするんじゃない?商売敵を作って根古屋鋳造の仕事を奪ってしまえば、困った根古屋は押上金属加工の時のようにまた火をつけようとする。そこを現行犯で捕まえて、過去の放火についても吐かせれば解決!どうよ?」
私の作戦案を聞いたみんなは別々の表情を浮かべている。
たきなは左手を顎に軽く添え目線を私の足元に移している。
先生は眉間にしわを寄せながら目を口を真っすぐ結んでいる。
ミズキは顔をそらせたが横目はしっかりとこちらを見据えている。
クルミは目は変わっていないが口をあんぐりと開けている。完全に呆れているな、失礼な。
「どうよって言われてもさあ……」
「確かに根古屋の尻尾を掴むには最も手っ取り早い手段ではありますね」
「たきな、納得する前によく考えろ。この作戦には大きな問題がある」
眼と頬を据わらせたクルミが流れるような口調で言う。
「DAが動く前に伊達さんに根古屋って男を捕まえてもらわないといけないってことでしょ?」
「それは一番小さい問題だ」
「お金は私の口座に十分にあるじゃない?」
「お前は頻繁に買い物するから口座の金は少ない方だろうが。今じゃたきなのほうが金持ちだぞ」
「あり?そうだっけ?ってクルミ私達の口座情報全部把握してるの!?」
私が人差し指を突き付けてもクルミはどこ吹く風で話を続ける。
「阿部とかいうやつの話を聞きながら少し調べてたが、根古屋鋳造も押上金属工業も得意分野は真空鋳造だ。普通の板金加工とはわけが違う。千束どころかリコリコの全員の貯金を合わせて、建設費はおろかようやく設備費用が捻出できるかぐらいだな」
先生、ミズキ、たきなは一斉に視線を私からそらした。私じゃなくてもよく分かるように仰々しく。
「それに金は二番目に大きい問題だ」
「え?じゃあ一番は?」
「ここの面子の誰が社長をやるんだ?」
「ミズキがやればいいんじゃない?ほら『企業の社長』って肩書があれば結婚相手も探しやすいでしょ?」
「それは男の話だろうが!それにあたしはアンタの見栄のために焼け死にたくはないわよ!」
私とミズキのやり取りを聞いてクルミは大きくため息をつく。
「あのな、日本では会社、つまり法人を作るためには社長や役員の氏名を登記簿に書かなきゃいけないんだぞ」
「……あ」
「気づいてなかったのか……」
クルミが右手で額から右頬を覆っている。先生は左手で同じことをしている。
私達リコリスには戸籍がない。当然ながら住民票もない。リコリコは土地と建物はDAの代理人名義で、表向きには(DA経由で帰化したことになっている)先生が借りている格好である。
戸籍も住民票もない人間を会社の社長や役員として登記することは不可能なのだ。
だからと言って阿部さんを含め常連さんに会社の関係者として名を連ねるように頼むのは不可能だ。場合によっては根古屋に襲われる可能性がある。
金の問題は予想してたけど、人間がネックになるとは思ってなかったなあ。……待てよ?
「クルミ、金と人の問題が解決すれば作戦は決行できるんだよね?」
「ああ。それ以外にも問題がないとは言えないが一応はできるぞ」
それを聞いた私はすかさずカレンダーを見る。探すは今週の土曜日。日付を示す数字を囲むように赤い丸が描かれている。
「……まさか、桂華院のお嬢様に用意してもらおうって考えてないか?」
「ダメもとで頼んでみるだけ、頼んでみるだけだから」
そういう私を、みんなは冷めた目で見つめるだけだった。
*****
「面白いじゃない」
土曜日に個人で訪れたお嬢様にいきさつを説明したときの彼女の一声がこれである。
「いいんですか?」
たきながおっかなびっくりでお嬢様に確認する。
「私は好きよ、たかが放火犯相手に会社作ろうなんてスケールが無駄にデカい作戦考えるところ。本来ダミーカンパニーなんて闇流通の捜査とかにしか使わないもの」
「そりゃ場末の放火犯一人に対しては明らかに割が合わないからな」
「だから面白いんじゃない。あなた達が求めるなら会社の一つや二つ作るわよ?いくつか条件はつけさせてもらうけど」
「条件?」
「そんなに厳しくはないわよ?
一、名義は問わないがリコリコは会社に対して一定の出資を行うこと。最低3%、可能なら5%。
二、事業開始から一年以内に根古屋という男の犯行を暴くこと。
三、犯行を暴けなかった場合、または犯人が根古屋ではなかった場合、
二年目期末に会社を清算するが、
その際に生じた負債はリコリコが一で使った出資者名義で負うこと。
この二点」
「おい、三点目は厳しくないか?」
クルミの反応を聞いたお嬢様はさも当然であるという口調で返事をする。
「人を罠にはめようとするんだから、罠が外れたときには相応のリスクを負ってもらうわよ。それに表向きには関与していない体裁を装うにしても、私が絡む以上このラインは最低限守ってもらわないと私自身の立場が無いのよ。ムーンライトファンドが大成功したときにどれだけの人間が寄ってきたと思う?」
「「「「「あー……」」」」」
私も含めてみんなで遠い顔をする。地元の便利屋として動いているリコリコにもその手の輩は来ないわけではないからだ。DAの任務との兼ね合いもあるので最近は原則常連さんかその紹介者からの依頼しか受けないようにしている。
「条件はシビアだけどその代わり作戦が成功すれば多少の儲けと配当金を出せるだけの『人』もある程度斡旋するわよ」
「たとえば?」
口角をけいれんさせたクルミが問うと、お嬢様は自分の左手で顎を撫でる。
「そうね……目的が目的だし、発起人には私の名前を入れるわけにはいかないからそこは適当に見繕うとして、
社長にはいざって時に自分の体を守れる人が必要ね。北樺警備保障の人間か、佐々木さんに頼んで元警察官を斡旋してもらいましょうか。
経理のほうはそうね、桂華銀行か桂華信託銀行の支店網再編の時に支店長や係長を外れた人から何人かアサインしましょう。
営業は桂華商会から人を出しましょう。海外駐在や出張の経験が豊富な人間なら国内外の取引の経験もそこそこあるし、危険を察知する鼻を持っていることでしょう」
「桂華グループからたくさん人を引き抜くと桂華側の子会社だと思われて相手に警戒されませんか?」
たきなの指摘はもっともである。
「桂華グループは常に組織の再編をしているから、その流れで一定の人間を解雇しているからその一人としてカバーすることが出来るわ。それでも不足なら素性を書き換える必要があるけど」
「常に組織再編してるのはお前が無計画に会社を買うからじゃないのか」
「うるさい!……ところで根古屋って男の情報は?」
「それならボクの方で調べがついてる。真空鋳造について独自のノウハウを持っていて、独占的な商売を続けてきたからか態度は良くなく、人柄について取引先からいい評判を受けていない。ついでにいえば押上金属工業に何度か訪れては脅迫じみたこともやっていたようだ」
「真空鋳造って言ったかしら?私の人脈でそれに対応できる人はすぐには思いつかないわね。栄一君にも声をかけてみようかしら」
お嬢様のつぶやきに先生が反応する。
「あー、オレの伝手に冶金工学に非常に明るい人がいたはずだ。そいつに声をかけてみよう。何から何まで桂華院瑠奈嬢にお世話になっていたらこちらの立つ瀬がないからな」
「あら意外。
「桂華院瑠奈嬢のように直接声をかけるわけじゃないさ。
「うーん……わかったわ。こっちで事前に身辺調査をするから先にプロフィールをこちらに回して頂戴」
お嬢様と先生の間でやり取りをしている中、たきなが渋い表情で次の話題を振り出す。
「『人』は桂華院瑠奈嬢と店長で対応するとして、『金』はどうするんですか?わたし達では工場を建てるお金を用意することは難しいですよ」
「たきなあ、この娘にとって『金』が問題になると思う?」
おい酔っ払い、話に水を差すんじゃねえ。
「ミズキ、確かに金額的には問題外かもしれないが、『どうやって渡すか』という問題が残るぞ」
「ああ、そこはちゃんと考えてあるわよ。『篭脱け詐欺』って知ってる?」
通り一遍見まわすとたきなだけがピンと来ていない様子。仕方がないので私が説明する。一回その被害者の相談を受けたことがあったなあ。
「銀行職員のふりをして現金を受け取り、そのまま建物を出て金を自分のモノにするってやつでしょ?」
「まさか……誰かに銀行員の振りをさせ、銀行の応接室を借りて、周りから見ると『銀行の融資の契約をしている』かの体裁を装って、実際には『現金を押し付ける』ということか?」
「クルミちゃん大正解。言うなれば『篭脱け
こともなげに言うお嬢様に私達はあっけにとられる。クルミでさえ引き笑いを浮かべている。その間にお嬢様は私に体を向けてきた。視線は私の眉間を貫いている。
「どう?錦木千束。あなたがこの作戦を『やる!』と言えば会社を作るわよ。その代わり、放火犯を確実に捕まえてもらうけど」
ここまでお膳立てされて断れるほど、私は面の皮が厚くないんじゃ。
The ends justify the means
結果は手段を正当化する⇒嘘も方便
元ネタはこの辺の時期にドラマ化された小説。というか割とそのまんまです。
「愛のメモリー」をラジオで聞いたときに思い付いたネタ。