リコリコ×拓銀令嬢 ~実弾は日本を変える~ 作:フェデラルジオグラフィック
感想ありがとうございます。
話を少しでも進めたいのでやや巻き気味にします。
恋住総理のフォローは当てがあるのでどこかで書く。
Side 桂華院瑠奈
数日後、東京都内の住宅街にある喫茶店を貸し切り会合が設けられた。ただし場所は九段下でも霞が関でも永田町でも丸の内でもなく東京の下町にある喫茶リコリコである。アンジェラと元官僚が口をそろえて「この件について話をするならばお嬢様の自室よりも信用できる」ということで選ばれた。確かにここなら私の使用人すら勝手に入ってくることはないけれども…。揃ったのはわたし、白人女性二人、老人が一人、そして長老が一人。全員集まったことを確認しつつ会談の口火を切る。
「さて、まずはそれぞれの自己紹介から。わたしは桂華院瑠奈。ここのメンバーならこれで十分よね」
「わたくしはカリン・ビオラ。桂華電機連合のCEOを務めております」
「私はアンジェラ・サリバン。桂華金融ホールディングスのCEOですが、ここでは元OGA*1の人間と言っておきましょう」
「わたくし佐々木と申します。岩沢都知事の選挙参謀をしております。出身は警察庁*2です」
「わしは
後田を名乗った長老はそう言うと軽く咳き込み、店員に水を求めている。黒人の店主がお茶を長老に出している。長老がお茶をすすり落ち着くのを待ってから会談が本格的に始まる。
「落ち着きましたか?それでは話を始めましょう。きっかけはわたしがそこのカリンから提出された案件によるもので…」
わたしがことのあらましを説明しようとするところを後田がさっそく遮る。
「お嬢様、心遣いはありがたいがわしもすでに佐々木君からあらましは聞いておる。そこのアンジェラ君とやらも似たようなものだろう」
「その通りです。私もこの件は把握しております。速やかに本題に入っても…」
「その本題に入る前にお嬢ちゃんとカリン君にお聞きしたい。君たちは
アンジェラの発言をまたしても後田が遮る。その顔は齢九十の爺とは思えない迫力を持った視線をお嬢様と白人女性に向けている。
「命ならとっくに狙われているわよ。刺客から手榴弾を取り上げたこともあったわね」
「わたくしはビジネスマンです。企業家人生をささげることは最初から覚悟してます」
「ならばカリン君はここから出ていきたまえ」
「失礼ですが理由をお聞きしても?」
「これ以上足を突っ込むと下手をすれば本当に死ぬからだ。今ならまだ間に合う。覚悟がないなら帰りなさい」
後田のつっけんどんな態度に苛立ちを覚えるカリン。わたしがカリンに声をかける。
「この様子だと今回の件は相当にヤバいらしいわね。カリン、今あなたが帰ったとしてもわたしはそれを非難しないわよ」
「わたくしは元の会社を追い出されたときにお嬢様に拾われてこの場にいます。お嬢様がリスクを取られるのでしたら、わたくしも同じリスクを背負いましょう」
「わたしのような警備は望めないわよ?」
「覚悟の上です」
後田はため息をついた。
「なんと素晴らしい忠誠心か。彼女は貴重な存在だぞ。さてお嬢ちゃん自身はどうかな?君は命を…いやこう言おう、
「なんで故人が現世の人間を殺しに来るのよ。亡霊か何かにでも憑りつかれているのなら、いい祈祷師を知っているわよ」
「亡霊か。言いえて妙だな。いいかい、君は今から祖父の残した亡霊と対立することになる。そしてそれは確実に実弾が飛んでくることを意味する。
「なんで拳銃だってわかるのよ」
「それ以上ききたいのならば覚悟をきめなさい。今、この場で」
沈黙が喫茶店を支配する。
「今更私の命を狙う人間の一人や二人増えても構わないわ。話を続けましょう」
「桁が三つは違う。数千人が君を狙うことになる」
「あら怖い。アメリカにでも逃亡しようかしら」
「この件に関わるならそれが最も賢明な選択かもしれない。桂華院瑠奈、最後に確認する。君は君自身の祖父が残した数千人の刺客から狙われる覚悟があるのかね?」
「はい」
長老の語気を圧倒する声でわたしは即座に回答した。それを聞くと長老はその表情を少しだけ緩める。
「ならば本題に入ろう」
「その前にわたしからも質問。アンジェラには何の確認も取ってないようにみえるけど?」
「OGA、いやCIAはこの組織について最初から把握してましたから。お嬢様」
「はぁ。私もまだ
当てつけの意味を通常の三割増しでぶつけてやる。
「それでは改めて本題に入らせてもらうが…」
後田が自らが
この国には好ましくないものを秘密裡に排除する組織が幕末から存在していた。組織の実行部隊は「失っても後腐れのない人間」、つまり孤児たちで構成されている。
明治維新後、西園寺家はこの組織を自らの華族特権でもって保護し続け、その見返りに組織は西園寺家に対して多大なる貢献をしてきた。瑠奈の祖父に当たる桂華院彦摩呂は特高警察という立場を利用し、終戦のどさくさの中組織をアメリカに売ることで自らを桂華院家に取り入らせた上で組織の監督権を西園寺家から引き継ぐ形で手に入れた。
アメリカ、特にCIAと軍情報部は組織を日本における反共・対反乱部隊としての価値を見出し、政治・物資の両面から全面的な支援を行った。かくして組織は桂華院家の華族特権とアメリカの全面支援を後ろ盾として、反共作戦の名の下に主に左翼系活動家の暗殺や大陸系・北日本系情報組織のアジト襲撃といった白色テロを多数実行し、その大部分を隠蔽することで日本の治安を
その組織は戦前では「八咫烏」と呼ばれた。「樺太の子供達」はこの分流であるが北日本統一の際に明るみなって解体され、大部分は桂華院家が引き受けた。その受け皿として成立したのが「北樺警備保障」である。しかし南日本の「八咫烏」は未だに露見していないため解体されず残っている。南日本では(主にアメリカの差し金で)「DA」と呼び名を変え、実行部隊は「リリベル」または「リコリス」と呼ばれる少年少女たちである。そして実行部隊の総数は後田が警察庁を退官する1972年にはベトナム戦争に伴う左翼運動真っ盛りだったこともあって十万人以上に達していた。退官以降は正確な状況を知らないが現代でも最低で五万人規模は維持されているだろうと後田は見ている。なおアンジェラがCIAで現役だったころには約七万五千人だったらしい。
良くも悪くも世間の注目の的であるわたし「桂華院瑠奈」がDAに関わればたちまちDAはその存在を暴露されるリスクに晒されることになる。そしてDAは秘密を守るためならば殺しを躊躇しない。対象がたとえ日本一の金持ちであり後ろ盾の親族である桂華院のお嬢様であろうと構うことはない。「祖父の亡霊に命を狙われる」ということはそういう意味である。ただしDAもバカではないので桂華院瑠奈本人を消した場合経済麻痺とお家騒動で日本中が混乱することは分かっている。ゆえに
後田とアンジェラの話はカリンを驚かせるに十分であったが、わたしを驚かせるには少し足りなかった。わたしは自分自身の祖父が特高警察の関係者であることを知っていたし、また自分の周りに侍る使用人の出自から心当たりがあったから。ただし「五万人から七万人が秘密裡に動員されている」事実には衝撃をうけた。三個師団分に相当する若者が「動員」されていること、そしてその事実を組織の存在自体から隠蔽されていることは私にも予想外だったからである。
少しばかりの間をおいてしわの寄った眉間を左手で揉みながらわたしは話を続ける。
「要するにわたしの祖父様がやってくれた工作の名残がいまだに健在で、それに私が関わるのは本来あってはならないこと、ということね」
「わしが知っていることは全て伝えたつもりだ。だがわからんことがある。なぜDAは今更になって巨大な計算機なんぞ組み立てようとしているかだ」
「そっちの方面はわたしのほうが専門だからDAの話と引き換えという形で説明してあげるわ。DAはコンピュータ…巨大な計算機の力で日本国民を監視するつもりよ」
「わたくしも後田さんもそこがいまいち想像できないところなんですよ。コンピュータは入力を処理して記録として貯め続ける機械でしょう?新幹線や飛行機の発券記録や通話履歴なら今でも令状を取れば閲覧できるでしょう?」
「あー、そうよね。確かにコンピュータは情報を処理して記録するだけかもしれないわ。だけど裏を返せば
元警察官僚二人はお嬢様の話に食い入るような目線を向けながら聞く。しかし割と新しい人間であるアンジェラは訝しげな表情を浮かべている。
「お嬢様、失礼ですが私にも到底想像のつかないことです。この国には観光客などの一時滞在者も含めれば二億人近い人間がいます。それらから発信されるすべての通信を傍受し記録し続けようとすれば、記憶用のコンピュータを格納するための高層ビルが毎年建つことになりませんか?いくら秘密組織とはいえそんなハコモノを毎年作るわけにはいかないでしょう?」
「アンジェラ、逆に考えてみて。DAは暗殺部隊、
それを聞いてアンジェラは合点の表情を浮かべる。それを片目に見ながら私はさらに続ける。
「それにコンピュータは一つ大きな強みがある。情報の抽出といった特定の作業ならば一瞬で済むことよ。例えば特定の番号のクレジットカードで発券された新幹線の切符を洗い出すとかね。はっきりとした資料を出すことはできないけれど、今回わたしがDAについて知ったきっかけとなった案件には『即時性』という項目がことさら強調されていたわ。おそらくDAは『今まさに切符を購入しようとしている』という情報をコンピュータで捕捉して、その新幹線の中で暗殺を実行する仕組みを作ろうとしている。警察が令状で引き出せるのは『この日に切符を購入した』という情報でしょう?それではこんな芸当はできないでしょうね」
今度はカリンが納得していない表情を浮かべている。
「お嬢様、それは流石に飛躍しすぎでは?この国で今この瞬間に何枚の切符が発券されているか考えてください。その膨大な切符の中から特定の一枚を抜き出して対象の移動先を判別するなんて、いくら高性能のコンピュータでも難しいでしょう?」
「そうね。
わたし自身が持つ携帯電話をちら付かせながら話してもカリンの表情は変わらない。
「加えて今のコンピュータでもそういった芸当は不可能じゃない。極めて小規模であればすでに実例はある」
え?という声が老人二人から上がる。
「『トライアド・アミューズメント』。わたしの系列のゲームセンターが何でケーカカード支払いにしているか知ってる?店中の監視カメラの情報と突き合せてカツアゲやスリで手に入れたカードを使っている不届き者をあぶりだすためよ。流石に店の中や出口のそばで捕まえることは法律の都合で難しいからやらないだけで、雑居ビル一棟の中であれば『この人間が犯罪に手を染めている』ことを短時間で捕捉することは今でも可能だということ。この仕組みを改良し続ければ二十年後には日本、いやそれ以上の人口を持つ国でも完璧な監視体制を組み上げることは不可能ではないでしょうね」
わたしの説明に残りの四人は納得する。後田とアンジェラの顔には少しだけ魅惑の感情が浮かんでいるが、それを無視して話を続ける。
「911、成田、新宿…世界でも日本でもテロとその未遂事件が頻発する中で、DAの予算が増強されていることは想像に難くない。でも景気がそこそこ良いこの国で万単位の動員をこれ以上拡大することは政治として許容し難い。『
岩崎が製作中のDA向け巨大コンピュータシステム…仮称『ラジアータ』をどうするか。ことがことだけにこの日は結論を出さず情報交換に留めることが決められた。華族、経済界、CIA、警察、政界のそれぞれの意見と立場を交換する。一通りのやりとりが終わった後、本件についての提案がある場合は信書をわたしの下へ送付すること、次の会合もまたこの店で行うことが決められ、この日は散会となった。
お嬢様、アンジェラ、カリンの三人は喫茶店を出た後、近くの駐車場に停めてある一台のリムジンに乗り込む。走り出して少ししてからお嬢様が切り出す。
「アンジェラ、あの店もDAのフロントでしょう?」
「…いつからそう思われたのですか?」
「あなたがあの店を強く勧めた時点でおかしいと思っていた。DAだという確信に変わったのは警察上がりの老人までもが同じ店を指定したから。警察のフロントはすでに老人自身で務まるはず。ならば九段下ではなくあの店を選ぶ理由は限られてくる」
アンジェラは観念した表情を浮かべる。お嬢様はそれを気にせず話を続ける。
「DAのフロントで会合をする理由は『桂華院瑠奈は知っているぞ』とワザと知らしめるため。あとは『何を話していたか』を共有させるため。でも『何をしようとしているか』までは知らせるつもりはない。そうでなければ会合とは別に信書をやり取りする段取りをする必要はないのだから。まあ今頃あそこの店長は、DAとやらの本部に連絡をしていることでしょうね」
アンジェラは何も言わず、ただ車を出すように運転手に手で促しただけだった。
次回は視点をDA側に変えます。『what should we do?』
年末年始の下りがあるので少しが間が空くかも。(コミケではなく)