▽たんさくしゃの あなたは クトゥグアを くりだした!   作:ネスター派

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明けましておめでとうございます。拙作ではありますが、どうぞ今年もよろしくお願いします。


5. 夢の魔女

 

「――貴方こそ、このパルデアの地の真なる王。『(しろがね)なる王』よ、お帰りなさいませ」

 

面妖な仮面の下からしわがれた声が漏れる。それに続いて、周囲を取り囲む者たちからも静かな歓声が上がる。

 

「先程の御身の姿、信徒一同拝見しておりました。災厄を従え、天地を割り星々を降らす様は、古代文献に示された伝承すらも上回るほどで御座いました」

 

目の前の人物は滔々と語り続ける。たが、そのすべてがどうでもよかった。狂人の戯言など聞きたくなかった。だが、そんな俺の意に反して、彼はなおも訳の分からない御託を宣い続ける。

 

そして一頻り話し終えた後、彼らは俺の手を引くようにして徐ろに歩き始める。平時であれば抵抗もしたが、度重なる出来事で心が疲弊した俺は、何をするでもなくされるがままに連れて行かれてしまう。

 

気がつけば、俺の前には壮大な宮殿の如き空間が広がっていた。エントランスホールに当たる場所なのか、天井からは巨大なシャンデリアがぶら下がっており、白亜の壁には豪奢な調度品が並んでいた。

 

白亜の宮殿――そんな言葉が相応しい場所だった。いつの間にこんなところまで来てしまったのだろうか、そんな疑問が脳裏を過る。先程までは大自然のど真ん中にいたというのに、一体どうやって。

 

そんなことを考えていると、何処からかともなく先程の集団と同じ服装をした人々が集まり始める。そして、彼らが俺の前に整列した後、その中心を割るようにして数人の法衣を来た人物たちが歩いて来る。

 

数にして8人。服装は他の者とさほど大差はないが、先程俺に語り掛けて来た人物と同様に、頭には銅色の草冠を被っている。側に控える彼も数に加えるのなら9人だろうか。

 

そして、最後列にいた人物が俺の前へと出ると、これまた恭しく礼をする。それに倣って背後に並んでいた無冠の者たちも一同に礼をする。

 

「陛下の御復活を心よりお待ちしておりました。今の我々はゲート団――或いはゲート教団として貴方様を戴く準備が出来てるおります。どうか今一度我らの王として、民を率いてはいただけないでしょうか」

 

訳が分からなかった。これ以上やめてくれ、俺はもう疲れたんだ。何も考えたくないんだ。そんな心底からの言葉が漏れる。

 

「……もう、なんでもいいよ。一人にしてくれよ」

 

それを了解の意と受け取ったのか、俺の傍らに控えていたしわがれ声の人物は、その声音に歓喜の念を滲ませ俺へと語り掛ける。

 

「おお……陛下の寛大な御心、痛み入ります。それでは寝室までご案内させていただきます。信徒達よ、姫のお夜伽の準備を――」

 

疲れ果て、もう何も耳に入れまいとしていた俺は肝心な言葉を聞き逃してしまっていた。暫時の後に、俺はそれに気づくことになる。

 

連れられた先で待ち受けていたのは長い回廊だった。回廊には、緻密かつ端正に描かれた絵画が等間隔に並んでおり、そのどれもが名のある画家によって描かれたものであると一目で分かる代物だ。だが、それを眺めて楽しめるだけの余裕は今の俺にはなく、視線は下を向いている。

 

そしてようやくして、一つの扉の前に辿り着く。それは白銀色に輝く両開きの扉だった。その重厚そうな扉の両側には、先程の者たちとは異なる純白の祭服に見を包んだ妙齢の女性が控えていた。顔にあるのは上半面を覆う仮面であり、こちらにもまた不可思議な模様が刻まれている。

 

「陛下、我々がお使えできるのはここまでになります。朝餉にはお呼びに参りますが、有事の際にはそちらの者へお申し付けください」

 

そう言い残し、一礼をしてから彼らは去っていく。取り残された俺は、既に頭がまともに働いておらず、半仮面の女性らが扉を開けると同時に吸い込まれるようにして中へと入ってしまう。

 

既に室内には明かりが灯っていた。その部屋は、天蓋付きのベッドを中心として、白を基調として構成されており、絢爛というより瀟洒という言葉が相応しかった。

 

だが、そんな感想が浮かんだのも一瞬であり、すぐさま俺の頭からは疲労という波に押し流されて消えてしまう。見えない糸に引かれるかのように、俺は足はベッドへと一直線に向かう。

 

天蓋からは白い帳が落ちており、それを手で引きながら中へともたれこむ。ゼンマイの切れた絡繰り人形のように、俺の身体はベッドへと力なく落ちてゆく。

 

そして、俺の身体を柔らかな感触が迎え入れる。それは擦り切れた精神を溶かすようにして、俺を微睡みの世界へと誘う。

 

段々と意識が落ちてゆく。目蓋が重い。何か考えることすら億劫だ。底無しの沼へとズブズブと沈み込んでいくかのような感覚を覚える。

 

あぁ――疲れた。あんなにも夢見ていた世界に実際にいるというのに、心はこれっぽっちも晴れやかじゃない。曇天模様だ。

 

どうしようもないような後悔と、未だ心を蝕み続ける狂気があった。俺が何をしたというのか、そんな責任転嫁をしようとする自分の心根が嫌いだ。

 

何もかもが嫌いだ。俺自身も、その周囲を取り巻くすべてが嫌いだ。こんなことなら、あの何の意味すら見出だせず、死んだように毎日を過ごしていた現実の方がまだましだった。

 

あんなにも大好きだった世界が、たった数日の間で随分と変わってしまった。いや、変わったのは俺自身だ。俺はただ夢見ているだけでよかったのだ。

 

夢が現実へと成り代わった瞬間、その時点で俺が愛していた世界は音を立てて崩れ落ちた。俺はここにいるべきじゃなかった。居場所なんてなかったのだ。

 

帰りたい。何処に、と問われても、俺は明瞭な答えを返すことはできないだろう。それでも、ただひたすらに帰りたかった。何処だっていい。遠い遠い場所へと消えてしまいたかった。

 

だがそれも今は忘れてしまおう。辛く悍ましい現実から目を背け、俺は柔らかな感触へと身を委ねる。自分を慰めるように、俺はそれへと頭を深く埋める。

 

そこで、僅かにだが何処か違和感のようなものを感じた。微睡みかかった意識のなかで、その違和感の正体を探る。

 

そうしていると、俺の頭を何かが優しく包み込むような感覚がするのに気がつく。いつからだろうか、頭を撫でるようにして、髪を梳かれている。

 

そこから伝わる温もりに心地よさを感じながらも、どうしてか涙が溢れそうになる。感情を抑えるダムが決壊しそうになる。

 

そしてギュッと何かが、俺の背を抱きしめるような感覚がした。それは柔く包み込むようにして腕を回し、優し気な手付きでぽんぽんと背をたたき始める。

 

一体なんだというのか。これ以上俺に夢を見せないでほしい。次に夢から醒めてしまえば、俺はきっと耐えられなくなってしまう。

 

眦から涙が溢れる。一滴二滴と、とめどなく溢れて止まらない。心のなかで満ちていた苦痛が嗚咽となって流れ出る。

 

そうしてどれだけの時間、そうしていただろうか。ようやくこぼれ落ちる涙が止まった頃、俺ははたと気づく。――今、自分を包み込んでいるこの温もりは……。

 

俺の頬から伝わるのは、寝具の柔らかさとはまた別の感触であった。体重をかければ少し反発しながらも確かな柔らかみを感じさせ、肌触りは艷やかでしっとりとしている。

 

重い目蓋を持ち上げ、恐る恐る上を見上げれば、そこにでは幼さを残しつつも何処か妖艶さを湛えた少女が、こちらを見つめながら微笑んでいた。

 

明かりによって照らされ少女の様相が露わになる。彼女は一糸まとわぬ生まれたままの姿であり、見てはならないものを見たという背徳感を感じさせる。だが、そこには決して視線を逸らすことのできない蠱惑的で見る者を魅了する魔力があった。

 

その少女は身体は何処までも白かった。降り積もったばかりの新雪のような肌は一切の染みがない純白であり、透き通るような白銀色の長髪は、こちらを覗き込む彼女の顔と自身の顔とを周囲から覆い隠す帳のようにして降りている。

 

ほのかに桃みがかった首元からは、白く触れば折れてしまいそうなほどに細い首筋をのぞかせている。伸びる肢体は嫋やかで、その華奢な腕が俺を優しく包み込んでいる。

 

そして、未だ発育の途中でありながらもその身体は女性特有の丸みを帯びている。下から見上げれば、慎ましくも形のよい二つの双房が彼女の息遣いに合わせて、ゆっくりと上下している。ほのかな膨らみ先端には、ぴんと上を向くようにして桜色の蕾が芽吹いており、艶かしさのなかにも神秘的な印象を受ける。

 

何より彼女の容貌は、今まで見たどんな人物よりも美しく、常識の埒外にあった。幼さと成熟した女性のような妖艶さを完璧に掛け合わせた面持ちは、神が手ずから作り出したと言っても過言ではない。

 

そんな人の枠組みを超えた顔ばせに、彼女は儚げな笑みを浮かべつつも、神話に登場する慈母のように俺の身体を優しく包み込んでいる。そして、なかば見惚れながら彼女の姿を眺めていると徐ろに視線が合う。

 

冴え冴えとした切れ長な睫毛の下から覗く、白く透明に輝く水晶のような瞳は、澄み切った空にも似て清廉であり、僅かに潤んだそれは微かに揺れている。

 

視線を絡ませるようにして、たっぷり数十秒お互いにじっと見つめ合い、やがて彼女は困ったようにはにかんだ。

 

――俺はそれを、ただ純粋に綺麗だと思った。

 

 

 

▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△

 

 

 

微睡むようにして俺は身体を預ける。おぼろげな意識のなかで、俺はこの不思議な状況について考えていた。

 

先程視線があった後、何故だか彼女は再び俺の頭を撫で始め、寝かしつけようにして今も腕に抱えられている。そして俺はそれをどうにもこそばゆく感じつつも、振り払うことができずにいた。

 

彼女のなすがままにされながら、俺は精神の安寧を感じていた。今日までにあった怪奇的な出来事を忘れ、静かで平穏な時間を過ごしていた。

 

彼女は一度頭を撫でる手を止めると、その華奢な両腕を俺の身体へと回し、より深く自身の胸へと抱え込む。より一層柔らかでとろけるような感触が肌を包む。

 

顔には肌越しに、慎ましくも柔らかな双房の感触が直接的に伝わってくる。未だ成長の途中にあるそれは、豊かさこそないものの、それがかえって倒錯的で蠱惑的な魅力を引き出している。

 

髪を梳かれることよる擽ったさに頭をよじれば、それは婬靡に形を変えながらも、吸い付くような肌の艷やかさとともに、その僅かながらも確かな膨らみに伝えてくる。上質な絹のようにきめ細やかで、さらさらとした感触が俺の頬をくすぐる。泡のようにふわふわとしたそれは、触れ続けれていれば溶けてしまいそうだ。

 

そして、柔らかな胸の下から聞こえるトクントクンという心臓の鼓動する音が鼓膜を震わせ、確かな生命の息吹を感じさせる。一定の感覚で脈打つそれは、聞いているだけで自然と安心感を与えられる。

 

そんな安寧のなかで微睡んでいると、やがて婉然と微笑む彼女の顔が、耳元へとゆっくりと近づいて来る。そして、彼女の桃色のふっくらとした唇が俺の耳へと触れるか触れないかといった距離にまで近づき、徐ろに吐息が溢れ落とされる。それは鼓膜を震わせ、かつてない倒錯感を俺に与えた。

 

そして、そんな俺の様子に満足したのか、彼女はゆっくりと息を吸い込み、吐息混じりのウィスパーボイスで語り掛けてくる。

 

「……陛下、最初から随分と大胆なんですね」

 

俺がそれに対して何かを言おうとすれば、彼女は俺の唇へと、そのしなやかな長い指をあてがい、二の句を継げないようにしてしまう。

 

「ふふっ……冗談です。元老院の皆さんから聞いていませんでしたか……?」

 

聞いていなかったか、というのはおそらく彼女がここにいることだろうが、生憎と俺は覚えがない。そんな抗議の意味を込めた視線を向ければ、彼女は再び鈴を転がしたように笑い、耳元へと囁やき始める。

 

「……お帰りなさい『(しろがね)なる王』よ……私の王さま。それとも―――」

 

彼女はそこで一拍を置く。その刹那、彼女の持つ雰囲気が変わったような気がする。儚げな印象はそのままに、そこへ宿る神秘性が溢れ出るかのように周囲を満たしていく。醸し出される妖艶さは、色濃い香気となって鼻孔を擽る。

 

「“Nyarlathotep”の御使い……“The Million Favoured Ones”……とお呼びした方がいいですか?」

 

耳元で囁やかれた言葉を脳が理解するのを拒む。到底耐え難い悍ましい真実が、人知を超えた常識の埒外の存在の名が、今明かされた気がする。

 

俺を今もなお抱いている彼女は一体なんだというのか。だが、慈母のように微笑み、幸せな夢をもたらす彼女の存在を、俺は疑うことができない。理性がぐずぐずと音を立てて溶け出してゆく。まるで彼女の胸の中で溺れるかのようにして息が詰まる。

 

宙を揺蕩っているような、自分が何処にいるのかも分からなくなるような感覚が怖い。恐ろしい。だが、俺を包む彼女の温もりだけが依然としてそこにはあった。彼女から香る甘美で艶やかな色香は、俺の残った理性すらも次第に侵してゆく。

 

自分という存在が溶け出し、形すらなくなってしまうかのようだ。そんな俺を、彼女は変わらない笑みを浮かべながら見つめている。

 

絡み合った視線が熱を持ち、彼女の瞳に宿る神秘が溢れてゆく。彼女という存在が瞳を通じて流れ込んでくる。その理解し難い在り方が、まるで己自身のものであるかのように、彼女の思考が俺を上書きしてゆく。

 

「あ……ごめんなさい。……まだ名乗っていませんでしたね」

 

彼女は思い出したかのように、そう耳元へと囁やく。彼女の熱が籠もった吐息は、今度こそ俺の理性を溶かし尽くしてまう。

 

「私は“Yidhra”といいます ……えっと、ごめんなさい。少し刺激が強かったですよね……。では“Yidhra(イドラ)”と、そうお呼びくださいね」

 

其は、決して触れてはならないもの。宇宙の理より外れしもの。この世のすべてを夢見る白痴の魔王に仕えしもの。言うなれば『外なる神』その一柱にして――覆い隠すもの、或いは夢の魔女(イドラ)

 

 

▽あ! やせいの イドラが とびだしてきた!

 

 

それを聞いたが最後、俺に残されたのは狂おしいほどの胸の高鳴りと無理解の境地からなる諦めだった。彼女はそんな俺を深く深く抱きしめ、甘くとろけるような夢の世界へと招き入れる。

 

彼女は自身の膝へと俺の頭を壊れ物に触れるような手付きで乗せ、その面持ちを寄せ再び視線を絡め合わせる。自分という存在が溶け出し彼女と一つになってゆく。どろどろと溶けてゆく。それから幾ばくの時が流れ、彼女はゆっくりとその目蓋を伏せる。

 

そして――白い帳が降りた。

彼女のふっくらとした柔らかい唇の感触が、俺の唇へと重なるのを感じる。彼女はゆっくりとその手を俺の頭に添え、触れ合った唇をより綿密に重なり合うように動かす。

 

やがては舌を絡ませようと、ねぶるように口づけをし始める。口と口を合わせ舌を絡ませる。口吻を通じて彼女の思考が、感情が流れ込んでくる。自己の境界が曖昧になり、どこまでが俺で、どこまでが彼女なのかが分からなくなる。

 

現実が溶け出す。夢が俺を侵してゆく。何もかもが曖昧になり、もはや何も分からない。苦しかったことも、辛かったことも、すべてが溶けてゆく。

 

時間すらも溶け出した後に、彼女との繋がりが解かれる。重なり合っていた唇が離れ、橋渡しをするかのように互いのものが混じり合った唾液が艶めかしく糸を引いている。ほんのりと上気した彼女の顔は、どこまでも妖艶で婉然としていた。そして――視線が交わる。

 

無理解の果てに俺が最後に見た光景は、最初に見惚れたときと同様に、困ったようにはにかむ彼女の姿だった。

 

――俺はそれを、ただ純粋に綺麗だ(悍ましい)と思った。

 

▽あなたにできることは何もないようだ

 

▶0.███の夢を見続ける

 

 はい いいえ




『くもつのかめん』
古くは魔女達の正装とされた白のハーフマスク。その目的は身につけた者の正体を隠匿することではない。魔女にとって瞳を隠すことは、何よりの友好の証明であった。

ポケモンに持たせると、一度だけ相手の技が必ず当たるようになる。

古い文献によると、その仮面に刻まれた文字は“供物”を意味し、身体の自由を奪う呪いにもなるという。

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