▽たんさくしゃの あなたは クトゥグアを くりだした! 作:ネスター派
前編後編の区分だと今後収まらない気がしたので、章分けとサブタイトルをつけさせていただきました。
ペパーは走っていた。その顔には焦燥感を滲ませ、息を切らしながらも懸命に足を動かしていた。その理由は先程の惨劇によるものである。
友人だと思っていた少年が突如として錯乱し、使役していたポケモンとは思えないような悍ましい化け物へと自身を襲わせたのだ。ペパーはその時、咄嗟の事態に反応することができなかった。
そんな中、自身の相棒であり家族でもあるマフィティフがペパーをその身と引き換えに庇ったのだ。化け物は無慈悲にもその鋭利な棘でマフィティフを貫いた。――1度ならず2度も、確かめるように深々と棘を刺し込んだのだ。
化け物が勢いよくその棘を引き抜くと、マフィティフの身体は宙を舞い、僅かな滞空時間の後に地面へとドシャリと音を立てて落下した。
ペパーは突然のことに唖然とするしかなかった。どうしてとという言葉が頭のなかを埋め尽くしていたのを覚えている。そんな昏迷状態を抜け出すまでは、マフィティフへと覚束ない足取りで近づき、わなわなと手を震えわせることしかできなかった。
そして、そんなペパーの目の前で、マフィティフは一度ビクンと身体を震わせると、それきり動かなくなってしまった。そこでようやく正気を取り戻したペパーは、背負っているリュックから急いで治療用の道具を取り出し、なんとかせねばと手を尽くした。
結果は――駄目だった。自分の力ではどうすることもできなかった。それからは急いでその場を後にしてから、逸る気持ちを抑えながらスマホロトムを操作し、“そらをとぶタクシー”へと連絡を掛けた。最初は難色を示されたが、ペパーの鬼気迫る勢いに押されてなんとか手配を頼むことができた。
そして現在、エリアゼロに蔓延る危険なポケモン達を避け、なんとか“そらをとぶタクシー”が降りてきてくれるポイントまでの道を向かっている。
「マフィティフ……もう少しだからな!あと少しだけ頑張ってくれ!」
ペパーは疲れ切った身体にムチを打ち、最後の坂道を越えて目的地へと辿り着く。先に到着していた“そらをとぶタクシー”へと乗り込み、運転手へと声を掛けよとすると――。
「あーなんだ、お客さんがどうしてもって言うから来たけど、今後はこういうの受け付けないからね。……それで、何処まで行けばいいんだい?」
運転手はペパーの方へと振り返ると、顔に少しばかり顔に不満げな表情を浮かべながらも目的地を尋ねてくる。
「すまねぇ!でも今は急いでくれ!マフィティフが……オレの相棒の一大事なんだ。近場のポケモンセンターまで頼む!」
「……あいよ。なら少し揺れるが我慢しておくれ」
運転手はそう言葉を返すと、ペパーの要望に合わせてタクシーを飛ばす。エリアゼロ上空を覆うようにして存在する厚い雲の層を抜け、空へと舞い上がる。そして、ナッペ山高層にあるフリッジタウンへにあるポケモンセンター前へと降り立つ。
「お待ちどうさん。……お前さんの相棒、よくなるといいな」
運転手はぶっきらぼうにそう言い残し、振り返ることなく飛び去っていった。ペパーは次第に小さくなるその影へと一度頭を下げてから、ポケモンセンターへと駆け込む。
「おいアンタ!オレの相棒が大怪我してて意識もないんだ!――とにかく治療を頼む!」
ペパーが受け付けの女性へと告げるや否や、その女性はすぐさま表情を引き締め、彼が差し出したモンスターボールを受け取る。そして、台上にセットされたポケモンの状態を確認する装置へとボールを置く。だが、その女性は直ぐに顔へ疑問符を浮かべる。
「すみません。貴方のポケモン、傷や怪我などは見受けられないみたいなんですが……」
「……は?」
思わずペパーの口からそんな声が漏れる。一体何が起きているのかペパーには分からなかった。そしておずおずとモンスターボールを返却する受け付けの女性から、混乱した頭でボールを受け取る。
そして、当て所なくトボトボと街を歩き、やがては雪が降り積もったままのベンチへと腰を掛ける。そして恐る恐るボールから、その場へとマフィティフを繰り出す。
ボールから出る赤い光が収まると、先程と同じようにぐったりとした体勢で、マフィティフがその場に横たわっていた。だがペパーは目を見張る。一度ならず二度目を擦り、パチパチと瞬きをする。
――なかった。先程負わされた重傷が、影も形も無く消えていたのだ。そして、マフィティフはゆっくりと目を開け、緩慢な動作でその身体を起こす。その様子を見て、ペパーは安堵のため息を漏らす。
「よかった!オマエ、元気になったんだな!」
だが、そこで異変が起きた。ペパーの視界に映るマフィティフの姿が突如としてブレる。夢から醒めるようにして、その輪郭が解けてゆく。
そしてそこから現れたのは、まるっきり異なる姿をした別の生き物だった。黒かった毛並みは色素がごっそりと抜けてしまったみたいに真っ白で、オールバックのようになっていた頭部の毛は解けて、その目を覆い隠してしまっている。
腹部から覗くのは、白く鋭利に尖った以前よりも一回り大きな骨の足だった。鉤爪は太く攻撃性を増したものになっており、地面を強く踏みしめている。
頭部からは不気味な墓石のようなものが生えており、周囲へと不気味な雰囲気を振りまいている。鼻を突く死臭は、あの少年には及ばないが死体安置所の臭いにも似ている。
そんな変わり果てた相棒の姿を見たペパーは、立ち眩みにも似た感覚を覚える。上擦った声が漏れる。
「どうしたんだよ……?マフィティフ……なぁ、おい!」
ペパーは現実を受け入れられないでいた。頭がどうにかなってしまいそうだった。正気がガリガリと削れていくような感覚を覚える。
「ははは……こんなのってねぇよ」
ペパーは何処かの少年が上げていたもの全く同質の笑い声を上げた。乾いた嗤い――どうにもならない現実に打ちひしがれた者が上げる特有のそれだった。それが今、ペパーの口から止まることなく漏れている。笑う。嗤う、ひたすらに哂った。
視界が歪む。目に映る光景すべてが遠く不確かなものになってゆく。そして気づく、気づいてしまう。目の前にいる
大口を開け、鋭く尖った牙を突き立てんと襲い掛かるかつての相棒の姿をみて、ペパーの心はとうとう限界を迎えてしまった。
「なぁレザン……今ならオマエのこと、少しは分かる気がするぜ?」
そんな言葉を最後にペパーの意識は闇へと消えた。
▽△▽△▽△
ふわふわとしている。意識がひどく散漫で、思考がぼんやりとしてまとまらない。ただひたすらに心地のよい感覚に身を任せて、当て所なく彷徨っているみたいだ。
「……私の王さま、私だけの王さま。『
甘く優しい声音だ。聞いているだけで脳がとろけるような快感を覚える。時折混じる艶っぽさを帯びた吐息が擽ったい。
「今日の戴冠式、お疲れ様でした。先日のこともあって大変だったでしょうが、よく頑張りましたね。……えらいえらい」
優しく抱擁されながら頭を撫でられる。抗いがたい眠気が俺を夢の世界へと誘う。身体を包む温もりが心地よい。
俺は何をしていたんだっけ……?徐ろにそんな疑問が脳裏を過る。記憶に靄がかかったみたいで、何も思い出すことができない。だが、言い知れない違和感のようなものを感じる。なんだ?一体何を――。
「頑張ったあなたには、ご褒美をあげなくてはいけませんね……」
そんな疑問を塗りつぶすように、艶のある声が鼓膜を震わせる。閉じかけた瞳に映るのは、耽美な顔に微笑みを浮かべ、ゆっくりとその唇を重ねようとする少女の姿。
それがお互いの息がかかる距離にまで近づいた頃、俺の意識は急速に浮上した。接吻を交わす前に、少女の唇へと手をあてがう。
「……私とのキス、嫌いになっちゃいましたか?……少し傷つきます」
そんな風に悲しげな顔を浮かべる少女の姿に、一瞬心を奪われそうになるがかろうじて意識を保つ。俺の目の前にいるのは、正しく魔性の女。少しでも心を許せば、俺の意識は再び闇のなかへと消えてしまうだろう。
「……一体、俺に何をした?」
俺は掠れた声でそう尋ねる。すると、目の前の少女は一度ふふっと笑ってから、妖艶な雰囲気を醸し出す。
「この前はあんなにも愛しあったのに……私は悲しいですよ?」
そう戯けて見せるが、その表情はこれっぽっちも悲しそうなものではない。婉然と微笑んでおり、こちらを見据える瞳には余裕がありありと表れている。
「随分と早かったんですね。もう少し私に溺れていてもよかったのに……」
「これ以上御託はいい。俺の質問に答えてくれ」
「王さま……せっかちな男の子は嫌われてしまいます」
真面目に取り合う気がないのか、少女は俺をからかい続ける。余裕のない俺は少女へと詰め寄ろうとすると、そこで異変に気づく。
「身体……動きませんよね。あなたはもう私を傷つけることなんてできません。……これからは私のこと、たくさん愛してくださいね?」
どうやら俺はもう、この化け物に逆らうことができないらしい。恨みまがしい目で少女を見遣っても、相変わらず彼女は色っぽく微笑むのみだった。
そして――。
▽△▽△▽△
「陛下、こちらがかねてより御所望されていたスマホロトムになります。どうぞお収め下さいませ」
「あぁ、ありがとう」
俺はそう言って、念願だったスマホロトムを受け取る。目の前にいるしわがれ声の男は、元老院議官と呼ばれるこの組織の幹部の一人らしいが、仮面のせいで未だに誰が誰だか判別がつかない。
あれから一週間が過ぎた。人間というのは不思議なもので、たったその程度の時間でも、俺はこの異常な環境に適応してしまった。皇帝だか王だかは全くピンとこないものの、俺はそれなりにこの環境には満足していた。
欲しい物は今のように頼めばなんだって手に入るし、最高級ホテルをも凌ぐ豪華な部屋もある。古くから王宮に仕えてきた彼らのなかには、現代でもそれなりに権力を持つ家系の者もおり、無戸籍だった俺の問題もなんとかしてもらった。
ただ一つ満足いかないことと言えば、あの少女――イドラのことだろうか。何でも正統な王家の血筋を引く姫らしいが、到底そうは思えない。あれは正しく邪神か何かだろう。
この前まで程の積極さは見せないものの、顔を合わせる度に魅了を掛けてくるのには肝が冷える。だが、その魅了による支配とは別に心惹かれかけているのもまた事実。早いうちに、何か対策を講じなければ不味いだろう。
何はともあれ、今はスマホロトムだ。これが手に入ったのは俺にとって非常に大きな意味を持つ。何故なら、ようやくあの化け物どもの正体を知ることができるからだ。
「それじゃあ予定通り、エリアゼロの中層にまで連れて行ってくれ」
「かしこまりました、陛下」
何故再びエリアゼロにまで赴くのかと言えば、流石に奴らをこの場に出すわけにはいかないからだ。何があるのか分からない以上、多少問題があっても大丈夫そうな場所でやるべきだろう。
俺は組織の持つ謎のワープ技術――彼ら曰く、“門の創造”の呪文――を使ってエリアゼロへと移動する。移動する際に何かが身体から抜けるような感覚を覚えたが、恐らくは気の所為だ。最近いろいろあり過ぎて過敏になっているのかもしれない。
そうして再び相見えるは雄大な自然が誇る威容。だが前回訪れた時とは異なり、中層であるため少し鬱屈としている。
「取り敢えず、どいつからいくべきか……」
俺はそう悩むが、最終的には一番危険なやつから調べてみようと決意した。いざという時に、そいつの能力を把握できていないと不味いと思ったからである。
▽
俺は奴の姿を視界に入れないようにしながら、できるだけ遠くの方へとボールを投げた。すぐさまスマホロトムを取り出し、ポケモン図鑑を起動する。そして、そこに記されていたのは――。
『イーユイ』
図鑑番号 No.396
種類 さいやくポケモン
3000度の 炎を 操る。 岩や 砂利を 溶かして 作った マグマの海を ゆうゆうと 泳ぐ。 多くの 争いの 火種となった 勾玉に 集まった 妬みが 炎を まとい ポケモンとなった。
図鑑に記載されていた画像には、炎でできた小さな金魚のようなポケモンが映っており、目は勾玉のようになっている。
捕獲済みと表記されたそれは、明らかに俺の持つものとは異なるものだった。そして、俺の前方で空気が焼けていくのを肌で感じる。大気が超高温に熱せられ、周囲が朱く染まってゆく。
目の前に表れたのは巨大な火球。太陽にも匹敵する熱を宿したそれは意思を持った恒星。約9000度にも達する炎を纏いし偉大なる旧き支配者。
「なぁ、俺の
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その後、エリアゼロ中層が地獄となったことを此処に記しておこう。
『グラーキのとげ』
ナメクジのような姿の悍ましい化け物から抜け落ちた棘。非常に毒性が強く、一度でも体内に侵入を許せば忽ち死に至る。
ポケモンに使うと瀕死状態から回復させるかわりに、なつき度が大幅に下がる。
その本質は不死性を与えることにあり、この棘を二度突き刺すことで生物を蘇らせ、不死の奴隷を生み出すという。
だが、終わりなきものなど存在し得ず、いつかは朽ちるときが来るだろう。
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このルートの原作主人公は、ペパー君がハカドッg……マフィティフを元に戻すための冒涜的な旅路に付き合うことになりそうですね。
その話はだいぶ後になってしまいそうですが、これにてレジェンドルートは一応クリアとなります。次回からはスター★ストリートとなるので、そちらもどうぞよろしくお願いします。