モブとテストと優等生   作:相川葵

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モブと約束とラブレター(後編)

 俺達は今、新校舎2階の1-E教室に潜伏している。屋上を目指すために廊下に飛び出すと、

 

「アキっ! 見つけたわよ!」

「げっ! 美波!」

 

 階段前のスペースをはさんで廊下の先、旧校舎側で、島田さんがこっちを指差していた。

 島田さんの背後にはどす黒いオーラが漂っているような気もする。明らかに一触即発の空気だ。

 下手に動けばやられる、と思いつつ向こうの出方を見ながら階段の方へとすり寄ると、意外にも島田さんはゆっくりとこちらへ歩み寄ってきた。

 

「アキ、今から二つの選択肢のうちどちらかを選ばせてあげる」

「選択肢?」

「おとなしく手紙を渡して殺されるか、殺されてから手紙を奪われるか、好きな方を選びなさい」

 

 ここまで無意味な二択というのも珍しい。

 

「どうしてそんなにこの手紙にこだわるのさ! 美波には関係ないじゃないか!」

 

 普段から吉井は島田さんからよくプロレス技を受けている。まともにやりあえば命は無いと判断したのか、吉井は彼女を説得する作戦に出た。

 

「ウチには関係ないって、酷い……! アキは本当にそう思っているの……?」

「え……?」

 

 それを聞いた島田さんは、急に傷ついたような表情になる。

 ……おや、様子が変だぞ。

 

「だって、今まで恥ずかしくて言えなかったけど、ウチはアンタの……」

 

 いつもの勝気な印象とは違ってしおらしい島田さん。

 まさか、これはもしかすると、島田さんは吉井のことを、

 

「アンタのせいで、『彼女にしたくない女子ランキング』の三位になってるんだからぁっ!」

「さらばだ!」

 

 相当恨んでいるようだ。

 命の危険を感じた吉井は瞬時に階段を駆け上る。屋上に逃げ込む気だな。

 

「おい、一人で逃げるな!」

 

 俺もその後を追いかける。振り切ってしまえばこっちのもんだし、女子相手につかまる気もない!

 

「逃がすもんですか! 人をこんな立場にしておきながら自分だけ幸せになろうなんて、そんなことは許さないわよ!」

 

 吉井は一体何をしたんだ。

 

「まだ上に2人いてよかったじゃないか!」

「良い訳ないでしょうが! 下に何人いると思っているのよ!」

「えっと……150人くらい?」

「なっ! どうしてくれんのよっ! 責任取りなさい!」

「責任って言われても!」

「とにかく、まずは手紙をよこしなさい! 再発防止の為にコピーをとって校内にばらまいてあげるから!」

「鬼か!」

 

 吉井は島田さんの恨みを相当買っているらしく、追跡が収まる気配がない。

 しかし、さっきから話を聞いていると、一つ思ったことがある。

 

「島田さん! もしかして、俺の事はどうでもいいんですか?」

 

 吉井と並走しながら背後の島田さんに問いかける。

 

「ええ! ウチはアキの幸せが妨害できればそれで十分よ!」

 

 なるほどなるほど。という事は……。

 

「「おらぁ!」」

 

 俺と吉井は同時にこぶしを振りかざし、互いに殴り掛かる。

 

「「あぶなっ!」」

 

 二人とも右腕を振り抜きながら相手の拳を躱す。当然島田さんから逃げながら、だ。

 

「何するんだ、吉井! ここは島田さんの目的であるお前が生贄になるべきだろう!」

「そっちこそ何をするんだ、谷村君! 島田さんのターゲットじゃない君が盾になるのが当然だろ!」

 

 くそ、何もわかってないな、こいつ!

 

「俺達は協力しようと言ったばかりじゃないか!」

「その言葉、自分の行動を思い返してもう一回言ってみてよ、谷村君!」

 

 自分の行動……俺が生き残るために島田さんに生贄として吉井を差し出す……。

 

 うん。

 

「俺達は協力しようと言ったばかりじゃないか!」

「よく言えたね!?」

 

 だって、

 

「待ちなさい! 両手の指を一本ずつへし折ってあげるわ!」

「あんな拷問を思いつける女子の相手なんかしたくねえんだよ!」

「僕だって同じだ! っていうか僕の方が命の危険があるんだからね!?」

 

 とにかく、らちが明かない。どこかでやり過ごせないか考えていると、

 

「見つけたぞ、谷村」

 

 四階から屋上へとあがる階段の踊り場で、木刀を構えた須川が待っていた。

 

「ちっ……生きていたか」

「鉄人なんか(クラスメイト)を使えばどうにでもなる」

 

 ひどい奴だ。クラスメイトをなんだと思ってるんだ、こいつは。

 

「わざわざ木刀を剣道部から借りてきたんだ。もう逃がしてなるものか」

 

 そう言いながら素振りをする須川。なるほど、破壊力は十分ありそうだ。

 

「谷村、俺達は友達だろう? 一人だけ抜け駆けなんて卑怯じゃないか」

「幸せを願うのが友達じゃないのか!」

「は? 何言ってんだ、お前?」

 

 だめだ、話にならない!

 

「なあ谷村。例えばの話だが、もし俺に彼女が出来たらどうする?」

「殺す」

「そういうことだ」

 

 それとこれとは話が別だと思うんだがなあ……。

 

「ねえ、谷村君……須川君のターゲットは、僕よりむしろ……」

「ああ、俺みたいだな」

 

 吉井の手紙を無視しているわけではないだろうが、どちらかというと俺をつぶそうとしてきているように感じる。普段の友情ゆえ、だろうか。

 

「よくやったわ、須川! さて、アキ……覚悟しなさい!」

 

 背後では、逃げ道を島田さんがふさいでいた。

 そうなると……背に腹は代えられない!

 

「谷村君、僕は須川君を倒すから、それまで美波を引き留めておいて!」

「了解!」

 

 そう言って、吉井は踊り場へ駆け上り、俺は島田さんの目の前へと駆け下りる。

 吉井が須川を撃破するまで、どうにかして持ちこたえなければいけない。島田さんは俺をどうでもよく思っているから、横をすり抜けて逃げ出すことは可能だが、そうすると吉井が殺されて須川が俺を追いかけてくるだろう。

 だったら、ここは吉井を信じて島田さんの相手をするのが正解だ!

 

「島田さん、ここは通しませんよ」

「どきなさい、谷村。邪魔するならアンタもミンチにしてあげるわ」

「吉井、交代(チェンジ)だ」

「谷村君!? 諦めないで!?」

 

 早くもこの選択を後悔した。

 

「どくの? どかないの? 死ぬの? 背骨を一本ずつ砕かれたいの?」

 

 なんなのこの女の子!? そんなおぞましいフレーズがすっと出るもんなの!?

 ……とにかく、吉井が勝つまでどうにかこの場を持たせなければならないわけだが、殺気全開の島田さん相手に無事でいられるとは思えない。とはいえ、女子相手に手を挙げることはしたくないし、どうしたもんか……。

 そうだ。

 

「島田さん、交渉をしませんか?」

「交渉?」

「ええ、互いに損にはならないと思いますが」

「いいわ、聞くだけ聞いてあげる」

 

 生き残るためにも吉井を売り渡すわけにはいかないが、それ以外で交渉ができればこの場を切り抜けられるかもしれない。

 

「ここで俺達を見逃してくれたら、こちらからは須川を差し出します」

「却下よ」

 

 おかしいな。一瞬で拒否されてしまった。サンドバッグくらいには使えると思ったんだが。

 

「交渉決裂ね。無理にでも通らせてもらうわ!」

 

 まずい、拳が飛んできた! もはや、これまでかと思ったその瞬間、

 

「食らえ! 須川クラッシュ!」

 

 踊り場からそんな吉井の叫び声が聞こえてきた。

 とっさに振り向くと、ちょうど吉井がふらふらになった須川を踊り場から蹴り落そうとしているところだった。

 

「あぶねえ!」

「きゃっ!」

 

 ごろごろと転がり落ちる須川を躱す俺と島田さん。廊下に横たわった須川は、

 

「爪が……爪があああぁぁ……」

 

 とうめいている。ふと踊り場の吉井を見ると、その右手には爪切りが握られている。

 吉井、お前木刀相手にどうして勝てたんだ。

 

「今だ!」

「あっ!」

 

 とにかく、このチャンスは逃せない。屋上へ向かって駆けだす。

 

「待ちなさい!」

 

 当然島田さんも追いかけてきた。どうにかしてもうすこし距離を引き離さないとつかまるぞ!

 

「島田さん! 須川がパンツ見てるから気を付けて!」

「えっ!? うそっ!?」

 

 立ち止まりスカートを抑える島田さん。かかった! 痛みにうめく須川にそんな余裕なんかあるわけないだろ!

 そう思って階下を見ると、なぜか土屋の姿があった。なぜだ。まさか俺の声を聞いて島田さんのスカートの中を見に来たのか。

 ……いや、まさかな。

 

「ナイスだ谷村君!」

「そっちこそ、グッジョブ吉井!」

 

 二人のコンビネーションで関門を突破した俺達は階段を駆け上る。

 案外相性がいいのかもしれない。多少なりとも友情が深まったような気もする。

 そして。

 

「よし! ついた!」

 

 吉井とともに扉を押し開けて屋上へとたどり着く。

 そこにいたのは……。

 

「やはり来たか、明久」

「吉井君、言うことを聞いてください」

 

 Fクラス代表の坂本と、学年次席の姫路さんだった。

 ……よし! どっちもターゲットは吉井のようだ! 俺の敵はいねえ!

 忘れずに、その直後扉を閉めて開かないように体で抑える。

 

「こら! 開けなさい!」

 

 扉の向こうでは島田さんがドンドンと扉を叩いている。俺としては島田さんを入れても構わないが、それにまぎれて俺を狙う奴が屋上に入ってくる可能性を考えるとこの扉を開けるわけにはいかない。

 

 さて、俺の目的はすでに達成された。どのみち俺はこの扉を抑えていかなければならないので、ここから吉井は一人の戦いになる。

 

「どうして僕がここに来るってわかったの?」

 

 その吉井は、坂本にそんな質問をぶつけている。

 

「屋上はこの学校の告白スポットだからな。単純なお前なら必ずここに来るだろうと踏んだ」

「くっ……」

 

 完全に坂本は吉井の思考を読んでいる。

 

「雄二、どうしてそこまで僕の邪魔をするのさ! そんなことをしても、雄二にとってのメリットは何もないはずなのに!」

「他の連中と一緒だろ。嫉妬じゃないのか?」

「それは違うぞ谷村。俺は彼女が欲しいなんて気持ち自体が全くない。こんな行動、俺にとって何のメリットもない」

「だったらどうして!」

「メリットがどうとか、そういう問題じゃないんだよ、明久。俺はただ、純粋に……」

 

 何の迷いもなく、坂本は言葉を紡ぐ。

 

「お前の幸せがムカつくんだよ」

 

 須川よりタチ悪いな!

 

「アンタは最低の友達だ!」

 

 そもそも友達なのか、お前達。

 

「さて明久。『おとなしく手紙をよこせ』なんて野暮なことは言わねぇ。本気でかかってこい。ちょうど谷村が、邪魔者が入らないようにしてくれてるからな」

 

 別に坂本たちのためじゃないが、結果的にはそうなってるか。

 坂本は学生服の上着を脱ぎ、ネクタイを外した。初めて見る坂本の身体は、筋肉が無駄なくついていた。元不良という噂の真偽は知らないが案外嘘ではないのかもしれない。喧嘩慣れしているだけでなく、純粋なパワーもあるようだ。

 

「姫路。上着を持っていてくれるか?」

「あ、はい」

 

 姫路さんに上着を渡した坂本は、構えを取って軽くシャドーをして見せた。俺の耳に届く鋭い風切り音が、坂本のパンチの威力を物語っている。あらゆる意味で、敵に回したくない男だ。

 

「吉井君、やめておいた方が……」

「心配ありがとう。けど、男には引けない戦いもあるんだよ」

 

 姫路さんが吉井を心配するように話しかけたが、吉井は引く様子はない。闘志だけは吉井も負けていない。

 

「そうですか……わかりました。もう止めません」

「……ごめん。心配してくれたのに。――っと、これ、僕のも持っていてもらえる?」

「あ、はい」

 

 坂本と同じように、吉井は上着を脱いで姫路さんに渡す。

 吉井も筋肉はついているが、坂本には遠く及ばない。拳を握って坂本に向かって構えを取る吉井。

 

 ………………。

 

 いやいや……ええ……。

 

「なあ、吉井……」

「…………明久」

「あの……」

「………………あれ? どうしたの?」

 

 俺と坂本、姫路さんはすでに気づいているが、吉井はまだ自分のしたことに気づいていない。

 

「…………お前、バカだろう」

「へ?」

 

 呆れかえる坂本の声を聞いて、間抜けな声を出す吉井。

 

「あ、あの、手紙がポケットに入ってるみたいなんですけど……見ちゃってもいいんですか……?」

 

 姫路さんが吉井の上着のポケットから封筒を取り出している。

 

「だ、ダメだよッ! 戦わないでそれを見るのは反則だよ!」

 

 ここにきて、ようやく吉井は自分のミスに気づいたらしい。

 

「お前がバカなだけだろうが! やれ、姫路! その手紙を始末するんだ!」

 

 姫路さんのところに駆け寄ろうとした吉井を、坂本ががっちりと羽交い絞めにした。吉井は暴れるが、全然解ける様子はない。

 

「谷村君! 姫路さんから手紙を奪ってよ!」

「バカ、俺が扉から離れたらどうなるかわかってるだろ!」

 

 扉の向こうには今もなお島田さんがいるのが分かる。そのほかにも数名だがFクラスの連中が合流しているようだ。

 もし俺がこの扉を開ければ、吉井の敵がただ増えるだけだ。ますますもって吉井を取り巻く状況は絶望的になる。

 そもそも、俺の命まで怪しくなるから開けることは無いが。

 

「この裏切り者!」

「うるせえ! 自分の行動を恨め!」

「……あれ? こ、これってまさか……?」

 

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ俺達だが、一方姫路さんはというと手紙を手にして何やら戸惑っていた。どうしたんだろうか。

 

「…………」

 

 まさか、誰かが想いを込めて書いたラブレターを、読んだり破いたりするなんてできないと思っているのだろうか。

 と、そこで思ったが、そもそもどうして姫路さんは吉井のラブレターに執着していたんだ。島田さんと同じように吉井に何か恨みでもあるのか。

 

「姫路さん」

「えっ!? あ、はい。なんですか?」

 

 この沈黙に勝機を見い出したのか、吉井が姫路さんに話しかける。

 

「僕にはわかってるよ。優しい姫路さんは手紙に込められた人の気持ちを踏みにじることなんてできないってこと。だから、おとなしく――」

「手紙を細切れにするんだ」

「違うっ! そうじゃない! 雄二、卑怯だぞ! そうやって僕の台詞みたいにつなぐのは反則だ!」

「はいっ! わかりました!」

 

 姫路さんは何が分かったんだろうか。

 

「ああああっ!!」

 

 すると、姫路さんはえいやっと手紙を破っていった。

 

「そんなに丁寧に手紙を裂かなくても! もうそれ絶対に読めないよね! 返して! 僕の幸せな未来と大切なラブレターと5つ前の台詞を返してぇっ!」

 

 そう叫ぶ間にも手紙は粉々になっていき、やがてそれは紙くずという名前で屋上に散らばっていた。涼しい風がそれを空へと運んでいく。

 

「まさか、本当に姫路が破るとは思わなかった。……すまん、明久」

 

 坂本が驚いた様子で姫路さんをみて、吉井に謝った。謝るなら初めからしなればいいのに、とも思ったが坂本はあくまで冗談のつもりだったということか。

 

「……確かに、意外だな」

 

 姫路さんはそんなことをしない人だと思っていた。

 

「せめてものわびだ」

 

 坂本は、そう言って屋上に残った紙くずを拾い集めて吉井のもとへと持っていく。なるほど、半分ほどは空に消えてった気もするが、つなぎ合わせれば何とか文章の意味を読み取ることができるかもしれない。

 

「ありがとう、雄二。正直読めるかどうかは怪しいけど、それでも僕はこの最後の希望を信じて」

「未練を断ってやる」

 

 シュボッ  メラメラメラ……

 

「最後の希望がああっ! ここまでやって燃やすの!? 絶対読めないじゃんか!」

「明久。お前は知らなかっただろうが」

「何!? なんでもいいから早く火を消してよ!」

 

 吉井は必死に燃える紙くずに靴を押し付けている。やっぱり冗談じゃなかったらしい。

 

「俺はお前の幸せが大嫌いなんだよ」

「知ってるよバカ! 鬼! 悪魔! 鉄人!」

「吉井、それは言いすぎだ」

「言い足りないくらいだよっ!」

 

 必死の消火活動は実ることなく、手紙はきれいさっぱり灰になってしまった。

 飛んで行った手紙のかけらももはや見つけ出すことはできないだろうし、手紙の内容はもう誰も知ることはできない。

 

「うぅ……」

 

 吉井は屋上に手をついてうなだれている。

 

「吉井。まあ、その……ドンマイ」

「ちくしょーっ!」

 

 大粒の涙を流しながら叫ぶ吉井。

 

「坂本君は手紙の主が誰だか気にならないんですか?」

「全然興味がないな。俺は明久の幸せを妨害できればそれでいい」

 

 なぜか安心した様子の姫路さんが、なにやら坂本と話している。

 

「ま、誰からの手紙かは、目星はついたがな」

「え……?」

「坂本、それ本当か?」

 

 あの手紙の差し出し主……正直俺も気になっていた。

 

「まあな。本人の名誉の為に黙っといてやるが……姫路はどうしてあんな躊躇なく手紙を破けたんだろうな? 明久はともかく、書いた本人が傷つくとは考えなかったのか?」

「あ、えと、それは……その……っ!」

 

 姫路さんはなぜか慌てているが、まったく要領をえない。

 俺と吉井の頭上にはハテナマークが渦巻いている。さっぱりわからない。

 と、その時チャイムが鳴り響いた。時間的に、二時間目がちょうど終わったのか。

 

「さて、明久の手紙も処分出来たことだし、教室に戻るぞ。これ以上授業をサボって鉄人に叱られても面倒だしな」

「お前はそれでいいかもしれないが、俺は……」

「気にしなくていいぞ谷村。あの連中は明久を痛めつけたら気が晴れるだろうし、お前に飛び火しないように適当に言いくるめてやる。だから、屋上の扉を開けてくれ」

「……わかった」

 

 坂本が切れ者であることは先の試召戦争で分かっているし、坂本の目的は達成されているはずだから、信用してもいいだろう。

 

「きゃっ!」

「うわっ!」

 

 俺が扉から離れると、扉に張り付いていた島田さんや横溝たちが流れ込んできた。

 

「アキー! 覚悟しなさい!」

『デス&デス!』

「うわあ! もう手紙は無いよ! だから殺さないで!」

『そんなの関係ない!』

「理不尽だ!」

 

 吉井はそう叫びながら暴徒たちから屋上を逃げ回っているが、なぜかその視線は手紙を処分した坂本や姫路さんではなく俺に向いていた。

 

「……?」

「おら、騒ぎは終わりだ」

「あ、ああ」

 

 吉井の事は妙に思いつつ、坂本に促されて俺は教室に戻った。

 

 それからしばらくして、教室にズタボロになった吉井と島田さんたちが戻ってきて、無事に三時間目が始まった。

 

 朝はどうなる事かと思ったが、何とか無事で逃げ切ることが出来た。昼休みの木下さんとの約束も果たせそうだ。

 

 

 

 

 その後授業はつつがなく進んだ。

 

 四時間目終了のチャイムが鳴り、先生が授業の終わりを告げる。

 それは、待ちに待った昼休みの始まりであり、そして、

 

 

 

「谷村君は木下優子さんと昼休みに屋上で待ち合わせをしているっ!」

『『殺すっっ!!!!』』

「はああああああぁぁ!!????」

 

 

 

 二度目の鬼ごっこの始まりでもあった。

 なんで吉井は急に叫んだんだ!? しかも連中の叫びが『殺せ』から『殺す』に変わっている!

 悩む前に体を動かし屋上を目指す。しかし、

 

「行かせねえよ!」

 

 と、須川が上り階段の前に立ちふさがる。

 

「くそっ!」

 

 目的地が分かっている分、行動が早い!

 俺を捕まえようとしてくれればそれを躱して階段を駆け上る事が出来たのに、須川はそうしなかった。この一瞬は俺を捕まえることよりも俺を屋上に行かせないことを最重要目的にしたのだ。その判断力が恐ろしい。

 かと言って今更引き返したところで他の連中につかまるだけだ。仕方なく下り階段を選択する。

 

 どうするどうするどうする!

 階段を降りてしまったらもう無理だ! 待ち合わせ場所が屋上だとわかっているんだから、屋上に続く階段で待ち伏せする連中がいるはず。もはや屋上への到達は絶望的だ。

 

『二階に下ったぞ! B班は向こうの階段から降りて挟み撃ちにしろ!』

 

 須川のそんな指示が聞こえてくる。そんな指示を出されて二階に行けるほど余裕があるとも思えない。

 とりあえず今は屋上へ行くルートよりも、今この瞬間を逃げ切ることを考えよう。といっても方法は一つだ。一階まで駆け下りて、そこから逃げる道を見つけるしかない!

 

「待てー!」

 

 階段を数段飛ばしで駆け下りながら声を聞いてちらりと振り返ると、追手の先頭にいたのは吉井だった。

 

「おい! なんで俺を追いかけるんだ! ラブレターが焼かれたのは俺のせいじゃないだろ! 指示を出した坂本や破いた姫路さんに恨みをぶつけるのがスジってもんじゃないのか!? むしろ俺はお前に協力してたじゃないか!」

「ふん、そんな復讐心でキミを追ってると思ったら大間違いだ!」

「なに……?」

「ただ単純に、僕が不幸になってキミだけ幸せになるのが許せないんだよ! 谷村君も一緒に不幸になるんだ!」

「このクズが!」

 

 んな理由でつかまってたまるか!

 ひとまずどこかで身をひそめる場所を見つけないといけない。足の速さでは勝っているものの、体力は吉井の方が上だし連中は集団で動いている。やたらめったらに逃げていては囲まれるか持久戦になってアウトだ。

 どこか、物陰があるか大勢の人で混雑している場所……。

 

「……そうだ」

 

 食堂だ!

 今は昼休みでランチを食べる生徒達であふれかえっているし、ちょうど今走っている先にある。

 

「そこまで、体力が持つか……いや、持たせるんだ!」

 

 一階に到着した俺は一目散に食堂へ舵を切る。このまま、どうにか……

 

『目標は一階に到達した模様!』

『挟み撃ちだな!』

 

 進行方向に位置する階段から、そんな声が聞こえてくる。挟み撃ちされたら終わりだ、一気に駆け抜ける!

 

『いたぞ! 殺す!』

 

 ――ヒュン  カッ

 

「うおおおおお!!!!??」

 

 なんだ!? なんか今飛んできたぞ! 怖い!

 ちらりと横目で左の壁を見てみると、そこにはシャーペンが突き刺さっていた。俺の召喚獣か!

 冷静に考えるとシャーペンが突き刺さるというのはおかしな気もするが、何とか捕まらずに走り抜けられた。とにかく、このまま食堂に逃げ込むんだ!

 

 

 

 

 食堂は、予想通り大混雑だった。この文月学園では約半数の生徒が昼食を学食で取るらしく、その大きさも尋常ではない。これなら連中の目もごまかせるだろう。

 さて、そもそも連中が食堂にいなければいいが……。

 

『学食のカレーって具がないよな』

『そんなもんだろ。安いからな』

『どこだ!?』

『人が多すぎて探せねえ!』

『五時間目ってなんだっけ?』

『古典だったぞ』

『まず出入り口をつぶすんだ! ここで捕まえる!』

『どこにいようと袋の鼠だ!』

『……なんか騒がしくない?』

『気のせいじゃない?』

『見張りはしっかりやれよ!』

『ああ! 他のクラスの奴に紛れて逃げ出すかもしれないからな!』

 

 いる。確実にいる。

 昼食をとる生徒たちの声のほかに、俺を捕らえようとするFクラスの連中の声が聞こえてくる。

 くそ……俺の居場所自体はまだ気づかれてはいないみたいだが、気付かれるのも時間の問題だろう。俺が入ってきた廊下につながる出入り口はおろか、直接外に出られるドアも連中によって封鎖されている。さすがに無関係の生徒まで閉じ込めているわけではないが。

 食堂でなら他の生徒の迷惑になるから追ってこないんじゃないかとも思ったが、あいつらにそんな思考は無いな。これだけの人がいても俺を見つければ容赦なくかかってくるはずだ。食堂に逃げ込んだのは失敗だったか?

 どうする……どうする……。

 

「……無理だな」

 

 色々と策を考えてみたが、ここから脱出の術はない。今日は諦めるしかない。

 そう思い、屋上には行けない旨を木下さんに伝えようと携帯を取り出して……

 

「連絡先知らねえじゃねえか!!」

「いたぞ!」

 

 くそっ! 吉井に見つかった!

 瞬時に立ち上がり出入り口を目指すが、俺の視界に入ったのはスクラムを組むクラスメイト達。ダメだ!

 走る方向を切り替えて逃げるが、その先にはまたしても殺る気満々のクラスメイト。命惜しさに逃げ回り、そして、

 

「……しまった」

 

 食堂の角へと追い詰められた。壁に背を向け、にじり寄る連中に相対する。

 

『なにあれ……?』

『ほら、2-Fよ。あの問題児クラス』

 

 まだ新学年になって間もないというのにそんな評価が聞こえてくる。まあそんなことはどうでもいい。

 

「谷村君。観念するんだ」

 

 ついさっきまで友情を感じていた吉井が話しかけてくる。今? 純然たる敵だ。

 

「投降すれば悪いようにはしないよ」

「悪いようにはしないって……」

「せいぜい、串刺しバンジーをするだけだから」

「なんだその処刑! 串刺しにされた状態でバンジーするのかバンジーした結果串刺しになるのかどっちだ!?」

「どっちもだけど」

「何さらっと答えてんだよ!」

 

 超怖いこいつ!

 

「諦めてなんかたまるか!」

「なら仕方ない……この手でぶっ殺してやる!」

「ひぃ!」

 

 その言葉で、吉井達が襲い掛かってくる。くそっ! この人数じゃ勝ち目がない!

 

「やめろ! 俺の恩を忘れたのか吉井! お前の下駄箱にラブレターを入れたのは俺だぞ! 俺に感謝しろよ!」

 

 俺の気分一つで吉井のラブレターはそもそも明久の手に渡らなかったのだ。その分のお礼として俺を見逃すくらいはしてもいいのではないか。

 そんな希望を抱いて叫びつつ多分無理だろうなと思い、頭を抱え目をつぶって襲い来るであろう激痛を待ち構えていると、

 

「…………ん?」

 

 いつまでたっても激痛(それ)はやってこない。

 恐る恐る目を開けてみる。

 

『…………』

 

 今にも襲い掛からんとしていた連中は、俺から距離を取り無言で俺を見つめていた。

 

「……え、どうしたんだ、お前達」

「どうした、っていうか……」

 

 工藤が歯切れが悪そうにそう答えた。

 

「……なんだよ」

 

 気づけば、あんなに騒がしかった食堂もシンと静まり返っている。

 

「どうして何も言わないんだ、吉井」

「えっ! あ、いや、その……」

 

 誰より吉井が一番俺から距離を取っている。なんだって言うんだ。

 

「……あ、思い直してくれたのか」

 

 

 吉井は、俺のしたことへの感謝の気持ちに気づいたのだろうか。だとすれば願ってもないことだが……だとすると他の連中まで動きを止めるのはどうしてだ。

 

「ねえ、聞きたいんだけど、あのラブレターって……」

「ああ、ちゃんと俺がお前の下駄箱に入れてやったぞ。それこそあれだ、木下さんと話した後だな」

「へ、へえ……」

 

 そう答える吉井は口の端がひくついている。

 ……何かがおかしい。何かとんでもないことが起きているような……。

 

『おい、聞いたか今の……』

『ああ、吉井のラブレターは谷村からだったんだな』

『しかも、あの木下さんと話した直後に出したってことは……本気なのか』

 

 

 

 ……………………………………………………あっ。

 

 

 

「谷村君! その気持ちは否定しないけど、僕はその気持ちに答えられないんだ! ごめんね!」

「谷村お前……いや、俺達はお前と吉井の恋を応援するぞ!」

「ちょ、ちょっと待て! お前達は勘違いをしている!」

 

 やばいやばいやばい! 誤解が広がっていく!

 

「あのラブレターは別に俺のじゃなくて――」

「てことは、木下さんと会うってことも嘘なのか?」

「結局吉井と谷村の色恋沙汰かよ、しょうもねえ」

「解散だ、解散!」

 

 聞く耳を持たないクラスメイト達は、そう言いながら武器をしまって食堂の出口へと向かいだした。

 自由になるのはありがたいが、この誤解は放置しちゃいけない気がする!

 

『あれ、そういえばあそこの人って、吉井君の事を『ダーリン』とか呼んでなかった?』

『言われてみれば……』

 

 は? 吉井のことをダーリンなんか呼ぶわけ………………あ! 試召戦争の対Dクラス戦の時のことか! タイミング悪くあの声を聞いていたDクラスの生徒たちが食堂にいたらしい。よくそんなこと覚えていたな!

 

「あれは吉井がそう呼べって言ったからだ!」

『じゃあ、やっぱり吉井君は坂本君とじゃなくて谷村君と……』

「ちょっと、谷村君! 僕を巻き込まないで!」

「巻き込むも何も、事実だろ!」

『あの人達って、そういう趣味の……』

『きゃあ! 期待の新星よ!』

 

 結局誤解は解けていない。くそ、もっとはっきりと強く否定しないとだめだ!

 

「勘違いするな! 俺は女が好きなんだ!」

『うわ……何急に叫んでるんだアイツ……』

『変態じゃない!』

「ち、ちがっ!」

『急に女好き宣言って……ある意味男だな……』

「誤解だああああああ!!!!」

 

 そういう意味じゃないのに!

 叫べば叫ぶだけ誤解が広がっていく。しかも、最も誤解を解きたいFクラスの連中はすでに食堂からいなくなっており、いるのは慌てふためく吉井だけだ。

 

「なんだこの騒ぎは……またお前達か!」

 

 そんな中、廊下から聞き覚えのある野太い声が聞こえてきた。

 

「谷村に吉井! 今度こそきっちり教育的指導してやる!」

「くそ、誤解が何一つ解けてないのに!」

「なんで僕まで! さっき僕も逃げておけばよかった!」

 

 そして、俺達は見張りのいなくなったドアから外へと飛び出す。

 こうして、本日三度目の鬼ごっこが始まった。

 

 

 

 

「もう、遅いじゃない。何分待ったと思って……どうしたのよ、そんなに息を切らして」

「いや、な、なんでも、ない、です……ま、待たせて、すみま、せん……」

 

 それから10分後。

 鉄人から逃げながらとは言え、邪魔するもののいなくなった屋上にたどり着くのは、難しい事ではなかった。

 

「何でもないようには見えないけど……」

「ハハハ……」

「まあ、何でもないならいいけど……いつ喫茶店に行きましょうか」

「俺としてはいつでもいいんですけど……今度の日曜日はどうですか?」

「今度の日曜日……うん、大丈夫よ」

「じゃあ、決まりですね」

「ええ。そうね……10時に、駅前のロータリーで待ち合わせましょう」

「はい、わかりました」

 

 こうして、木下さんと予定のすり合わせを行った。

 これで目的は達されたわけだが、加えてもう一つ。

 

「木下さん、連絡先を交換しませんか? 当日必要になるかもしれませんし」

「それもそうね。いいわよ」

 

 そう言って木下さんはポケットから携帯を取り出す。

 表面上は冷静を装って俺も携帯を取り出すが、内心では、

 

(よっしゃー!)

 

 とガッツポーズしていた。

 

 これで、いつでも木下さんに連絡が取れるぞ!

 ……まあ、その口実を見つけなければならないんだが、とりあえずは第一関門突破って感じだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は早起きしてよかった、と俺は思う。

 

 単純に健康にいいだろうという事は間違いないだろうし、早起きの利点はそれだけじゃない。

 早起きするという事は、様々な出来事をもたらしてくれる。

 

 朝早くに学校に来たことで木下さんと話すことができたし、ラブレターを代わりに本人の下駄箱に入れるという人助けもできた(そのラブレターは焼かれてしまったわけだけど)。最終的に、木下さんと喫茶店に行く期日を決めるという目標を果たせて、しかも木下さんの連絡先までゲットできたのだ。

 やはり今日は素晴らしい日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから、散々命の危険を感じながら逃げ回ったりしたことや、後日『谷村誠二は性別を問わず手当たり次第に手を出す変態である』『そして谷村誠二の大本命は吉井明久である』という悪夢のような噂が流れたりしたことは、その幸せの代償として受け入れるべきなのかもしれない。

 

 

 

 

 

「……やっぱり納得いかねえー!!!!」

 

 

 

 

 

 




ラブレター騒動終結。
次はデート編の予定ですが、特に思いつかなかったらそのまま清涼祭編を始めます。
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