モブとテストと優等生   作:相川葵

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モブと休日とおそらくデート(前編)

 雲一つない、とまではいかないものの、十分に晴れ渡った日曜日の朝。

 俺は、自分の部屋で鏡とにらめっこしていた。

 

「こっちの服の方が……いや、派手すぎるか?」

 

 ああでもないこうでもないと、服をとっかえひっかえしながら体の前に当てる。元々ファッションには疎い方なので服の種類があるわけではない。けれど、今日はその中でも一番かっこいい服を着たいのだ。そのかっこいいがイマイチわからないのが難点だが……。

 普段服装なんか気にしない俺が、どうしてこれほど悩んでるかと言えば、今日は――

 

「ねえ誠二。昨日借りたマンガの続きってあるー?」

「うわあ!」

 

 突然部屋のドアが開き、姉貴が入ってきた。

 

「……アンタ、何してんの?」

「こっちの台詞だ! せめてノックぐらいしろよ!」

「あーはいはい、ごめんごめん。で? そんな服を巻き散らかして何やってんの?」

 

 姉貴の言う通り、俺の周りには服が散乱している。片付けるのは服が決まってからだ。

 

「別に、何でもないよ。今日は何着ようかなって思っただけ」

「ふうん……」

 

 姉貴はいぶかしげに俺の顔を見たあと、床に散らばった服を見渡した。

 

「あ、そうか。もしかしてデート?」

 

 なんでばれた。

 

「あはは! その反応当たりね!」

「ちっ、違う! 今日のはデートじゃなくてただのお礼で、いやでも俺はまあデートだと思ってるけど……

「やっぱりデートじゃない」

 

 最後の方は自分でもびっくりするほど小声だったのに、姉貴にバッチリ聞かれていた。

 

「……なんでわかったんだよ?」

「アンタ、服なんていっつもテキトーな組み合わせじゃない。それをわざわざ気にしてるんだから、デートって考えるのが普通でしょ」

「ああ、そう……」

 

 完全に見抜かれていた。

 

「まあいいわ、せいぜい頑張ってきなさい。アンタなんかとデートしてくれる女の子なんて貴重なんだから手放すんじゃないわよ」

「いやいや、何言ってんの。これでも俺モテるんだからね?」

「そういうことは一人でも家に女の子を連れてきてから言いなさい」

「…………」

 

 姉貴に口答えしても、いつもこうやって言いくるめられている気がする。

 

「そうそう。服だけど、そこにかかってる紺のジャケットが良いと思うわ。あんまり背伸びしすぎるとダサいけど、デートだったら多少かっこつけてもバチは当たらないし」

「え?」

「中に着るシャツは明るい色ね。暗いと印象悪いし」

 

 そう言いながら、姉貴は本棚からマンガを数冊取り出した。そして、

 

「じゃあ、結果報告楽しみにしてるから」

「あ、ああ……ありがとう、姉貴」

 

 そのまま姉貴はドアを開けっぱなしにして部屋を出ていった。いや、アドバイスはいいけど閉めていってほしい。

 ひとまず、言われたとおりに服を着て、鏡の前に立ってみる。

 うん、いい感じ。

 

「……あ、そろそろ出かけるか」

 

 時計を確認すると、服選びだけで相当時間が経っていた。約束の時間まではまだだいぶ余裕があるが、万が一にも相手を待たせたら申し訳ない。

 散らかした服を片付けて、財布の中身をしっかり確認しておく。

 そして、机の引き出しの中に入れてあった、包装しなおした箱をかばんに入れて俺は家を出た。

 

 

 今日は、待ちに待った木下さんとのデート――じゃなくて、木下さんと一緒に喫茶店に行く日である。

 

 

 

 

 待ち合わせ場所の駅前に着いたとき、時刻は約束より1時間も早い9時だった。周りを見渡しても木下さんはまだ来ていなかったし、さすがに早すぎた。

 

「どうすっかな。あそこのコンビニで立ち読みでも……ん?」

 

 今更ながら思ったが、木下さんは大体時間通りに来るだろう。時間のつぶし方を考えながら視線を動かすと、視界の端に何やら見覚えのある顔が見えた。

 あのバカっぽい顔は……吉井だ!

 まずいな。下手に見つかってこの前みたいに追いかけまわされたら、今日のお出かけが台無しになる。そう思って、見つからないようにそっと路地の隙間に移動した。

 

『おはよう、アキ!』

 

 すると、聞こえてきたのはこれまた知り合いの島田さんの声だった。

 こっそり顔だけ出して覗いてみる。

 

『おはよう、美波』

『あれ? 瑞希は?』

『んーと……まだ来てないみたい』

 

 吉井と島田さんが話している。内容から察するに、姫路さんも含めた三人で待ち合わせをしていたようだ。

 

『でも姫路さんは寝坊するような人じゃないし、もうすぐ……あ。おーい、姫路さーん!』

 

 吉井が姫路さんを見つけたようで、大きく手を振っている。向こうから小走りで姫路さんが二人のもとにやってきた。

 

『す、すみません……遅れちゃいました』

『いいのよ。ウチも今来たところだし』

『うん。大丈夫だよ、姫路さん』

『あら? 瑞希、そのワンピース、新しいやつ?』

『あ、気付きました? そうなんです。少し前にお小遣いを奮発したんですよ?』

『へえー。てことは、最近は姫路さんも塩水生活なんだね』

『いえ……別にそんなことはありませんけど……』

『あれ? あ、そうか。姫路さんは一人暮らしじゃないもんね』

『アキ、一人暮らしでも塩水生活はそういないと思うわよ』

 

 姫路さん()ってことは、吉井は塩水生活なのか……?

 

『……その、吉井君』

『ん? 姫路さんどうしたの?』

『私のこのワンピース、どう思いますか?』

『どう思う、か…………そうだね。とても姫路さんらしくてかわいらしいと思うし、美波とは違って全体的に柔らかい印象があって足の関節が砕けるように痛いッッ!!!!』

 

 すごい。流れるように島田さんが吉井にサソリ固めを決めたぞ。芸術点をあげたいくらいだ。

 

『アキ! 今どこを見ながらウチと比較したか答えなさい!』

『嫌だ! 美波は姫路さんに比べて胸まわりのふわふわさが足りないだなんて言ったら足の骨が折れるうううう!!!』

『今バッチリ言ったわね!』

『そんな、かわいいだなんて、吉井君たら……ふふっ』

 

 吉井へのサソリ固めをさらに強くする島田さんの横で頬を染める姫路さん。なんだこの光景、とも思ったが、よくよく思い返せばこれがFクラスの日常だった気がする。

 その後、しばらく同じようなやり取りが続いた後、三人はどこかへと消えていった。いつの間にか集まっていた野次馬たちももう解散している。

 

「吉井は朝からバカなことやってるなあ……」

 

 まあ、ともかくあの調子なら吉井は敵にはならないだろう。もし俺が見つかっても、互いに黙秘するのが双方のためだ。

 

 

 

 

 そんなこんなで、約束の時間のちょうど五分前。

 携帯をぽちぽちいじっていた俺の耳に、明るい声が届く。

 

「おはよう、谷村君」

「おはようございます、木下さん」

 

 慌てて携帯をしまって挨拶を返しながら顔を上げる。視界に入ったのは、軽く手を振りながらこちらに歩いてくる木下さんだった。

 今日は休日だから、当然木下さんも私服だ。膝までかかる紺色チェックのスカートに、白いブラウスと薄いピンクのカーディガンを合わせている。ファッションの系統は知らないけれど、優等生らしい清楚さを感じる。

 

「いい天気ねー。晴れてよかったわ」

 

 思えば、木下さんの私服姿を見るのは今日が初めてだ。木下さんと会うのはいつも学校だったから。制服姿の木下さんもいいけど、私服姿も魅力的だ。

 

「……谷村君?」

 

 この姿を拝めただけでも今日この場に来れた価値がある。欲を言えば写真に収めておきたいところだが、それはさすがに失礼か。

 それにしてもかわいい……。

 

「谷村君!」

「はっ! はい!」

 

 いかん。トリップしていたようだ。

 

「大丈夫? ぼうっとしていたみたいだけど」

「大丈夫です、はい!」

「……? ならいいけど……」

 

 木下さんの私服姿が可愛すぎて見とれてました、なんてこっぱずかしいことはさすがに言えん。

 

「遅れないように来たつもりだけど、待たせちゃったかしら」

「いや、そんなことないですよ。俺も今来たばかりなんで」

「そう? ならよかったわ」

 

 おお。まさかこんなに早く『デートで言いたい台詞ランキング』上位のやりとりができるとは。良い滑り出しだ。

 

「さて、じゃあどうしましょうか。今から喫茶店に行くにはちょっと早いし……」

「あ、だったら、映画でも行きませんか? 向こうに最近できた映画館ありましたよね?」

 

 デートで映画というのはそれなりに定番だ(と思う)。木下さんの趣味に合わせた映画を見れたら、その後喫茶店で感想を言い合ったりして盛り上がれるはずだ。

 

「映画ね……いいかもしれないわね。よし、そうしましょう」

 

 そして、俺達は映画館へと向かった。

 

 

 

 

「なんか色々やってるんですね」

「そうね」

 

 映画館の入り口で、様々なポスターを眺めている俺達。

 改めてこうして見てみると、思っていたよりも映画というのは種類が豊富だ。最近話題のアニメ映画から、人気漫画の実写化や名作洋画の再上映(リバイバル)もやっている。

 

「木下さん、何見たいですか?」

「ん~……特別見たいのがあるわけじゃないわね」

 

 ふうむ。じゃあ俺がうまく木下さんの好みを当てられるかってことだな。何を見ようか……。

 ラブロマンス映画は……ちょっとまだ気が早いというか、微妙な空気になってしまうような気がする。

 ホラー映画は……怖がった木下さんが抱き着いてきてくれるかも、という下心はある。けれど、ホラーは俺が苦手なので却下だ。俺が木下さんに抱き着きそうな気もする。ドン引かれそうだ。

 SFは……俺がよくわからないけど、案外木下さんの好みのような気もしないでもない。でも、感想を言いあうときに

 

「よくわからないので寝てました」

 

 なんて言えるわけないしなあ。

 ポスターを一枚ずつ順に見て行って確認していくと、ある一枚のポスターで目が止まった。

 

「これ……」

 

 さっきも一瞬触れたアニメ映画だ。小学生達のひと夏の冒険を描いたアクション映画なのだが、たかがアニメと侮るなかれ。引き込まれるストーリーと随所に挟まれるコメディ、圧巻の作画で今話題になっている……らしい。前にニュースか何かで見たが、ターゲット層も子供たちではなく中高生や若者がメインなのだという。

 

「木下さん、これ見たことありますか?」

「いや、無いわね。タイトルは聞いたことあるけど。これにする?」

「そうしましょう」

 

 見る映画が決まったところで、チケットやジュース、ポップコーンを買って、上映室へと向かう。

 

「それにしても悪いわね。チケット代を出してもらっちゃって。元々私が喫茶店に誘ったのに」

「いや、映画に行こうと言い出したのは俺の方でしたので」

 

 本当はジュースやポップコーンも俺がお金を出そうとしたけど、それはさすがにと断られた。ううん、そりゃあお金に余裕があるわけじゃないけど、もう少し見栄を張らせてほしい。

 

「っと、8番だからここか」

 

 目的の8番シアターを見つけて、中に入っていく。人気映画なので席はだいぶ埋まっていたが、うまい事良い位置に並んで席を取ることが出来た。

 ちらりと腕時計を見ると、上映時間まではまだ少しある。

 

「すいません、木下さん。トイレに行ってくるので荷物を見ててもらえますか?」

「いいわよ。行ってらっしゃい」

 

 上映室をでて看板を目印にトイレへ向かう。映画を見てる途中で行きたくなったら集中できないからな。行けるうちに行っておいた方が……。

 

『マンガなんか実写化したって面白くならないだろ』

「っ……!」

 

 耳なじみのある声がトイレの中から聞こえてきた。

 

『それは監督しだいだ、須川。この監督は結構腕があるから大丈夫だろ。ていうか、だったらなんでお前見に来たんだ』

『そりゃあ、あの女優のサービスシーンがあるからに決まってんだろ、工藤! 俺の目的はそれだけだ!』

『そんな大声で言い切る事かよ……』

 

 なんでお前達がここにいるんだ!

 声が近づいてくる。まずい、見つかると面倒だ。とっさに近くの上映室に身を隠す。

 

『ま、それに加えて話が面白ければ上々って感じだな』

『監督と俳優陣とその他制作陣に謝れ』

『そういや主演って誰だっけ』

『確認くらいしておけよ……』

 

 トイレから出てきた二人は、そんなくだらない会話をしながら廊下を歩いて行った。あぶねえ……。

 話の内容から察するに、俺達が見る映画とは違う映画らしいのが不幸中の幸いだが、それでも見つかるリスクはある。くそ……台無しにされてたまるか。

 

「……もう大丈夫かな」

 

 まあ、それは映画が終わってから考えよう。8番シアターの中にいる間は映画に集中しないとな。

 とりあえず、さっさとトイレに行こう。

 

 

 

 

 上映室に戻ると、ちょうど上映時間になるところだった。

 音を立てないように木下さんの隣の席に着くと同時に、上映が始まる。といっても、最初の方は他の映画の予告ばっかりだろうけど。

 

『――あなたは、逃げられない。』

『嫌だ、いやだ、いやだああああ!』

 

 一つ目の予告はホラー映画かな? 怖いから嫌いなんだよなあ……。

 

『――どれだけ逃げようとも、その恐怖は誰にも等しくやってくる』

『許して、許してええええ!!』

『きゃああああ!!』

『――諸君、休暇は終わりだ』

 

 ん?

 

『――抗う術は、たった一つ……祝日を願うことのみ』

 

 なんだ、雲行きが怪しくなってきたぞ。

 

『俺は、お前からは逃げ出さない! 全力で立ち向かってやる!』

『――『MONDAY』 来週公開』

 

 ただの月曜日じゃねえか! 要は休みが終わるのが嫌だって話だろこれ!

 

『――彼と出会ったのは、中学校のころだった』

 

 『MONDAY』の予告に脱力していると、すぐさま次の予告が始まった。

 

『あの不良……』

『クソ女が!』

『――はじめは互いにいがみ合っていた……けれど、自然といつしか魅かれていった』

 

 ああ、恋愛映画か。これも映画の定番の一つだ。ハートフルラブストーリー、とかいう奴だろうか。

 

『ペッキーゲームをしましょう!』

『ペッキーゲーム? 一本のペッキーを二人で食べるやつか?』

『違うわ。私があなたの腕を折るのよ。浮気したでしょ?』

『……もしや『ペッキー』は骨が折れる音かっ!?』

 

 ………………。

 

『た、助けっ!』

『浮気は許さない』

『悪かった! 俺が悪かったからそのスタンガンを下げろっ!』

『ダメ』

『ひぃぃぃ!!』

『――『Hurt Full Rough Story』 絶賛公開中』

 

 ……ハート(怪我)フル(一杯の)ラフ(荒い)ストーリー(物語)だった。

 絶賛されてるのかこれ……。

 

『この夏、あなたは衝撃的事件の目撃者となる!』

 

 呆れる俺をよそに、まだまだ予告は続く。

 

『国家を揺るがす大事件……それは一つの殺人事件から始まった』

『すぐに一人の男が捜査線上に浮かびあがった……しかし、彼は最初の事件の直後に死んでいた!』

 

 渋い声のナレーション。

 サスペンス……と言うよりはミステリか。こう見えて、ミステリはあまり嫌いではない。推理ができるわけじゃないが、ドラマとかの犯人をあてずっぽうで当てるのもなかなか楽しいもんだ。小説は頭が痛くなるから読めないけど。

 

『その後も、浮かび上がる容疑者は次々と不審死を遂げる』

『複雑に絡み合う陰謀と野望……そして、やがてすべての国民は恐怖に震えることになる』

『私立探偵である明智川大五郎は、真犯人を突き止め、日本を守ることができるのか!?』

 

 ……ほう。これはさっきの二つに比べてケチをつけられるところがない。純粋に面白そうだ。

 

『今年度観客動員数第一位!』

『この映画がすごいランキング第一位!』

『主題歌ランキング第一位!』

『今年度映画監督が選ぶ名作ランキング第一位!』

 

 おお、第一位をいくつも取ってるじゃないか。これは今度個人的に見に来てもいいかもしれない。

 

『叙述トリック映画ランキング第一位!』

『主人公が真犯人の映画ランキング第一位!』

『――『殺人の代償』 絶賛放映中!』

 

 ……………………今最後にとんでもないネタバレされなかった?

 

『雪山の洋館に集められた8人……』

 

 また違う映画の予告が始まった。……さっきから変な予告ばっかりだぞ。大丈夫か……。

 

『しんしんと降り積もる雪の中、彼らは救助を待つが、そこで悲劇が起きてしまう』

 

 雪山、ねえ……。これもミステリか?

 

『ジャック、ジョン、ジャン、ジロー、ジョー、ジュン、ジュウゾウ、ジャッキーの8人は、互いに互いを疑い始める』

 

 なんでそんなに似通った名前なんだ! 8人もいるんだからもっと名前で区別できるようにしろよ!

 挙句にジャンジュンジョンが3人揃ってるじゃないか!

 

『何の共通点もない彼らは洋館からの脱出を試みる』

 

 あるだろ! 名前にこれでもかってくらいわかりやすい共通点があるだろ!

 

『そんな中起きてしまった殺人事件』

 

 やっぱり、ミステリか。まあ雪山の洋館だからそうだろうけど。

 

『その事件を解くためのヒントは、現場に残されたダイイングメッセージ――『J』という血文字だけ』

 

 なんでそれを残した。全員当てはまるじゃないか。

 

『果たして事件の真相は? 彼らを集めた意図とは?』

『――『実は全部ドッキリ』 絶賛放映中』

 

「タイトルで答え言ってるじゃねえか!」

 

 しまった。あまりの衝撃で声が出てしまった。

 

「谷村君、映画館で喋るのはマナー違反よ。予告だからまだいいけど……」

「あ、ごめんなさい」

 

 いや、これ小声に抑えた俺すごいとおもうぞ……。まあ、声を出した俺が悪いのは事実なので素直に黙っておく。

 どうやら予告はさっきのでラストだったらしく、本編前の制作会社のロゴが出た。

 それにしても、予告が全部おかしなものだったぞ……これ、本編もツッコミどころばかりだったらちょっと嫌だなあ……。俺が木下さんに提案したわけだし、せめてちょっとは面白い映画であってくれよ……。

 

 そんな思いを抱いた俺をよそに、映画が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 映画が終了し、上映室の照明がつく。

 ぞろぞろと他のお客さんが席を立って上映室を出ていく中、俺達はというと。

 

「うっ……うう……良太ぁ……なんて健気な奴なんだ……」

「良太……頑張ったわね……!」

 

 ボロ泣きしていた。

 

 

 

 

 一通り泣いて落ち着いた俺達は、スタッフに催促されて上映室を出た。

 

「まさかあの純一があそこで自分を犠牲にするなんて……」

「熱い展開だったわ……」

 

 選んだ映画がまさかの大当たりで、俺達二人の心にクリーンヒットした。主人公の良太が、自分の身を顧みず仲間を助けに行くシーンで完全に涙腺が崩壊してしまった。

 映画前の予告は何だったんだ、一体。

 

「はー……面白かった。見てよかったわ」

「そうですね……俺もです」

 

 木下さんも満足げにそう呟いている。良かった良かった。

 

「……あ、谷村君。ちょっとお化粧を直してくるから、先に行っててもらえる?」

「わかりました。じゃあ入り口のところで」

 

 木下さんは、そう言い残すとトイレへと向かっていった。男子と違って、女の子は泣いたりするとメイクが崩れるから大変なんだな。木下さんのメイクは薄い方だと思うけど。

 ジュースやポップコーンのごみを捨てて映画館の入口へと向かった。映画館に来るのは久しぶりだったけど、思っていたより映画っていいもんだ。

 そんなことを考えながらポスターを眺めていると、

 

「谷村じゃねえか。何してんだ、こんなところで」

 

 という悪友の声が聞こえた。

 バッと声のした方を向けば、須川と工藤がならんでこちらに歩いてきていた。そうだ、忘れていた。こいつらも映画館に来てたんだった……!

 どうにかごまかしきるしかないな。万が一にも木下さんと一緒に来ているなんてことがばれてはいけない。そうなったら俺の休日が強制終了だ。

 

「べ、別に。ちょっと映画を見に来たんだよ。映画館に来る用事なんかそれしかねえだろ?」

「そりゃそうだけどよ。一人でか?」

 

 一人で映画に来る人もいるだろうが、俺がそんな人間とは須川達は思わないだろう。

 

「いや、家族と一緒だ。たまにはそういうのもいいだろうって父さんが誘ってくれたんだ」

「この歳になって家族と?」

 

 工藤がいぶかしげに聞いてくる。しまった。ごまかし方を間違えたか。

 とはいえ、もう後戻りはできない。

 

「そうなんだよ! 父さんがどうしても家族で見たい映画があるって意地張っちゃってさ! 強引につき合わされちゃって!」

「どうしても家族で見たい映画?」

「そう! これだよ、これ!」

 

 須川の台詞に食い気味で返事をしながら、傍にあったポスターを指差す。勢いで押し切ればなんとかなるだろう!

 すると、二人はぽかんとした顔になった。

 

「……これを? 家族で?」

「え?」

 

 慌てて自分が指さしたポスターを確認すると、

 

 

 

『Hurt Full Rough Story』←黒髪の少女から逃げ惑う少年の写真

 

 

 

 やっちまった。

 

「………………そう! そうなんだよ! いやあ、うちの父さんってマゾだから」

「お前の父親の性癖なんか知るか! 大体、家族を誘う必要がないだろ!?」

「ていうか、マゾとかいうレベルじゃないだろこれ!」

 

 うん、俺もそう思う。

 

「お前、何か隠してないか?」

 

 さすがに怪しいと思ったのか、須川がそう聞いてきた。

 どう返そうかと悩んでいると、二人の向こうに木下さんの姿が見えた。まずい、このまま合流すると確実に二人にばれる。

 かくなる上は……!

 

「あっ! エロい巨乳のねーちゃんがあそこのデパートに入っていったぞ!」

「「なにぃッ!?」」

 

 俺がそう叫ぶが早いか否か、二人は俺の指さしたデパートへと駆けこんでいった。どんな瞬発能力してるんだ。

 とにかく、ひとまず窮地は脱した! 今のうちにここから離れよう!

 と、思ったのに。

 

「……谷村君。急に何叫んでるのかしら?」

 

 ご立腹の木下さんに話しかけられた。

 

「いや別に何も……」

「…………」

 

 木下さんは、ジト目で俺を見つめている。

 

「………………もしかして、聞こえてました?」

「ええ、バッチリとね」

「……えーと……」

 

 どう弁明しようかと思ったが、考えてる時間がもったいない。

 

「事情は後で説明するんで! 今は一刻も早くここを離れましょう!」

 

 俺はそう叫んで、木下さんの手をにぎ――ろうとしたが、さすがに恥ずかしくなってためらった。

 

「こっちです、こっち!」

 

 走って木下さんを呼んで誘導する。

 

「ちょっと、谷村君!」

 

 我ながらなかなか無理のある行動だと思ったが、木下さんはひとまずといった様子でついてきてくれた。

 とはいっても油断はできないので、このまま向こうの通りまで行ってしまおう。

 

 

 

 

 

『おい、谷村! 巨乳のねーちゃんなんかいないじゃねえか!』

『本当にデパートに入ってったんだろうな! ……ってあれ?』

『谷村のやつ、どこ行きやがった?』

 

 

 

 

「……はあ……はあ……」

「ごめんなさい、木下さん、ちょっと、事情があったので……」

 

 須川達の入っていったデパートから一本離れた通りで、息を整える。

 

「事情……って、なんなのよ……」

「えっと……言いづらいんですけど……」

 

 巻き込んでおいて黙っておくことはできないよな。

 

「さっき、俺のクラスメイトがいたんですよ。で、そいつらに見つかりたくなかったんで……」

「見つかりたくなかったって、どうして? クラスメイトと会うくらい何でもないじゃない」

 

 きっと、木下さんのクラスメイト(Aクラスの生徒)ならそうなんだろう。少し世間話をするくらいだ。けど、俺のクラスメイト(Fクラスの生徒)は違う。

 

「いや、俺が五体満足でいられるかどうかの瀬戸際なんです」

「??????」

 

 疑問符を頭上に浮かべる木下さん。この事情はFクラスの人間にしかわからないだろう。

 

「それに……せっかくだし、邪魔されたくないんです」

 

 これはさすがに説明不足だと思って、そんな言葉を付け足す。

 

「…………」

 

 それを聞いた木下さんは、

 

「ま、いいわ。よくわからないけど意地悪でやったわけじゃないみたいだし。アタシも邪魔されたくはないから」

 

 と、口にした。

 

「邪魔されたくないって……」

「だって、まだ『喫茶店でお礼をする』っていう目的が達成されてないじゃない」

「あ、そういうことですか」

 

 俺と過ごすのを楽しんでくれてるのかと思ったけど、そうじゃないみたいだ……。まあいい。もとより俺は木下さんのタイプ(十二歳以下の美少年)じゃないわけだし、嫌われてるわけでなければそれでいい。

 

「じゃあ、そろそろ時間も時間だし喫茶店に行く?」

 

 言われて腕時計を見ると、確かにとっくに13時を過ぎている。映画が思ったより長かったからだが、今なら喫茶店も混むような時間帯でもないからちょうどいいかもしれない。

 

「そうですね」

 

 そう相槌を打った俺は、木下さんに連れられて喫茶店へと向かった。




というわけでデート編です。
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