【地理】
以下の問いに答えなさい。
『バルト三国と呼ばれる国名をすべて挙げなさい』
橋本和希の答え
『リトアニア エストニア ラトビア』
教師のコメント
正解です。さすが、社会科科目の成績が素晴らしいですね。
工藤信也の答え
『バーバニア ルールニア トートニア』
教師のコメント
なんとなく覚えていたことは伝わりました。
須川亮の答え
『日本 中国 インド』
教師のコメント
せめてヨーロッパの国を。
谷村誠二の答え
『ババロア カプチーノ ティラミス』
教師のコメント
せめて国を。
「島田さん、さっきはありがとうございます。助かりました」
「僕からもお礼を言うよ、美波」
帰りの
「あれくらい、大したことじゃないわよ」
そうは言うが、その程度の事が俺や吉井にはできなかったのだ。
「そんなことより、やっぱりどうにかして坂本を学園祭に引っ張り出せない? アキが頼むのが一番だと思うんだけど」
「坂本をですか?」
「うん。アキや谷村も仕事はするだろうし、ウチもできるだけ手伝おうとは思うけど、坂本が指揮を執るのが一番だと思うから」
それについては俺も同意だ。模擬店を決めることですらあれほど揉めたのだから、この先も思いやられる。
「ううん……気持ちは分かるけど、それは厳しいかな……。さっきも谷村君には言ったんだけどさ、雄二は興味のない事には徹底的に無関心だからね。さっきのLHRも寝てたし、模擬店がお化け喫茶に決まったことも知らないんじゃない?」
「でも、アキが頼めばきっと動いてくれるはずよね?」
何かを期待するようなまなざしを吉井に向ける島田さん。
「え? 別に僕が頼んでも、アイツの返事は変わらないと思うけど。そりゃ、よくつるんでるけどさ」
「大丈夫よ、アキなら。だって、アンタ達は愛し合ってるんでしょう?」
「もう僕お嫁にいけない!」
「吉井、婿の間違いだ」
「ハッ!?」
真顔でとんでもないことを言う島田さんに驚く前に、吉井にツッコミを入れてしまった。
「あれ? 違ったの? じゃあ、やっぱりアキが愛してるのは谷村の方なんだ」
「島田さん、言葉には気を付けてください。また悪評が広まるので」
ほんとに、いい加減にこの噂をどうにかしないとまずいぞ……。
「雄二も谷村君もそういうんじゃないから! それを言うんなら、僕は秀吉の方を愛しているよ!」
「……あ、明久?」
と、偶然近くにいた秀吉が反応する。
「そ、その、お主の気持ちはうれしいのじゃが、そんなことを言われても困るのじゃ。ワシらには色々と障害があると思うのじゃ。その、ホラ、歳の差とか身分の差とか……」
「ひ、秀吉! 誤解、誤解なんだ! ただの言葉の綾で……っていうか、僕らの間にある障害はそういったものじゃないと思う!」
「歳も身分も性別も同じだろ、お前ら……」
吉井が近くにいるからわかりづらいが、秀吉も結構バカだよなあとたまに思う。
あと、木下さんも可愛いから当然かもしれないが、秀吉も結構可愛いよなあ、とまんざらでもなさそうな秀吉を見て思う。
「それじゃ、坂本は動いてくれないってこと?」
慌てる明久や惚ける秀吉を無視して、島田さんが話を続ける。
「え? あ、うん。そういうことになるかな」
「なんとかできないの? このままじゃ喫茶店が失敗に終わるような気がして」
そう言って、島田さんは沈んだ表情を見せた。
失敗に終わる、とまでは考えていなかったが、大成功を呼び込むには少し不安要素が多すぎる。坂本を引っ張り出すことが出来たらそれも解決できるだろうが……。
「俺達だけで頑張るしかないでしょう。何、失敗したって死ぬわけじゃないんですから」
「それはそうだけど……今年の清涼祭は絶対に成功させたいのよ」
そう言葉を返した島田さん。
「そんなに清涼祭を楽しみにしてるんですか?」
「そうじゃないの。ちょっと……事情があるのよ」
「事情?」
島田さんの言葉尻を捕らえる吉井。
「それにしても、それだけ意欲があるなら運営委員に名乗り出ても良かったんじゃないですか?」
「そうしてもよかったんだけど、ウチは、召喚大会に出るからちょっと困るのよね」
「召喚大会? なんですかそれ?」
初めて聞く大会だ。去年は無かったはずだが。
「確か、今年新たに開催される、『試験召喚システム』を宣伝するための大会じゃったな。二人一組のトーナメント制だったはずじゃ」
「へえ、そんなことをやるのか」
秀吉が教えてくれた。
「Fクラスからは誰も出ないと思っておったが、島田も出るのじゃな」
「うん。瑞希に誘われてね」
「ふうん……見世物みたいなものなのに、二人とも物好きなんだね」
そんな吉井の言葉に、島田さんは顔を曇らせた。どうしたんだ?
「して、島田よ。お主らは何の話をしておるのじゃ? 深刻そうな顔になっておるが」
赤らめた顔をすでにいつもの顔に戻している秀吉も会話に参加する。
「いや、深刻ってわけじゃないんだけど、清涼祭の話で――」
「谷村、そうじゃないのよ。深刻な話なの」
「え? どういうこと? そういえば、美波はそこまで設備に不満があったわけじゃないのに、LHRの時に助けてくれたり熱心だよね?」
「……設備の話ではあるんだけど……どうしようかな……」
島田さんは歯切れが悪そうに声を漏らす。
「……二人は運営委員だし、話した方が良いわね。本人には誰にも言わないでほしいって言われてたんだけど、事情が事情だから話すことにするわ。けど、一応秘密の話だからね?」
「う、うん」
「わかりました」
いつになく真剣な表情を作る島田さんに、少しばかり気圧される。
「実は、瑞希なんだけど」
「姫路さんがどうかしたんですか?」
「あの子、転校するかもしれないの」
「ほぇ?」
そんな間抜けな声を出したのは吉井。
姫路さんが転校って、どういうことだ? もうすぐ学園祭で、この後もいろんなイベントが待っているというのに。この前の試召戦争で、彼女とFクラスとしての絆が深まったのに、あまりに急すぎる話だ。
「それって、どういう」
「谷村よ。話をつづける前に明久をなんとかせねば」
「は?」
秀吉に言われて吉井に目をやると、焦点の合っていない目で中空を見つめながらうわごとのように何かをつぶやいている。
「おい、バカ。どうして処理落ちしてるんだ」
「まだ概要を話しただけなのに……」
「明久、目を覚ますのじゃ!」
秀吉がその言葉とともにガクガクと明久の肩を揺らす。
「秀吉……、モヒカンになった僕でも、好きでいてくれるかい……?」
「……どういう処理をしたら、瑞希の転校からこういう反応が得られるのかしら」
「なあ秀吉、こんなバカと同じ扱いをされている俺をどう思う?」
「さすがに同情するぞい……」
「…………ハッ! 美波! 姫路さんが転校ってどういう事さ!」
朦朧とした意識を払しょくした吉井が、微妙な目つきの島田さんに詰め寄る。
「どうもこうも、そのままの意味。このままだと瑞希は転校しちゃうかもしれないの」
「このままだと……?」
妙な言い回しに違和感を覚えた吉井を見て、島田さんは詳しい説明を始めた。
「転校の理由は、『Fクラスの環境』よ。この勉強にはふさわしくない設備と、だらしないクラスメイトが問題ね」
「ってことは、別に両親の仕事の都合で転校するんじゃなくて――」
「そう。純粋に設備の問題なのよ」
なるほど、確かに納得だ。
このFクラスの環境は、とても学年次席レベルの姫路さんにはふさわしくない。学校の方針なのだとしても、俺達みたいに成績が悪ければ仕方ないと思えるが、姫路さんは振り分け試験の日に熱を出したからここにいる。ござにみかん箱という設備に、切磋琢磨しようにもできないバカばかりのクラスメイト。普通の感性をもつ両親なら、転校させようと考えても何ら不思議じゃない。
「それに、瑞希は体も弱いから」
「……確かに、それが一番まずいのう」
「この環境、姫路さんはいつ体調を崩してもおかしくないもんね」
「なるほど。だから、島田さんは喫茶店を成功させて設備を向上させたいのですか」
「うん。瑞希がウチを召喚大会に誘ったのも、『Fクラスはバカの集まりじゃない』って両親を見返したかったかららしいんだけど、やっぱり設備をなんとかしないとね」
Fクラスがバカの集まり、という事自体に異論はないが、両親を説得するために召喚大会で優勝を目指すのは間違った行動じゃない。それでも、一番の問題は姫路さんの健康にかかわる設備の方だ。
「……アキはその……瑞希が転校したりとか、嫌だよね……?」
「当たり前じゃないか! それが美波や秀吉、谷村君であっても一緒だよ! せっかく同じクラスになれたのに、こんな理由で離ればなれになるなんて絶対に嫌だ!」
……吉井は、なかなか熱いことを言ってくれる。
俺だってその気持ちは同じだ。
「そういうことなら、俺も協力しますよ」
「ワシもじゃ。クラスメイトの転校と聞いては黙っておれん」
「……三人とも、ありがとう」
島田さんが、嬉しそうに声を漏らす。
「それじゃ、まずは雄二に連絡を取らないといけないんだけど……」
教室内に坂本の姿は見えないが、鞄は残っている。学校内のどこかにいるはずだ。
吉井がポケットから携帯を取り出そうとしたとき、
「なんだ、お前ら。まだこんなところにいたのか」
野太い男の声がかけられる。
「て、鉄人!」
「西村先生と呼べといつも言っているだろう、吉井……で、お前らはどうしてこんなところにいるんだ」
「へ?」
何を言ってるんだ、この鉄人は?
「HRで説明しただろう。この後、視聴覚室で運営委員会があるから、運営委員の二人は向かうようにと」
「あー……」
「そういえばそんなことを言っていた気もしないでもないような……」
「二人とも。西村先生はしっかりと言っておったぞ」
そんなこと言われても、鉄人の話なんか9割無視しているんだから仕方ないじゃないか。
「もうすぐ時間だ。速やかに向かうようにな」
「「はーい」」
そして、鉄人は教室を出ていった。
「……仕方ない。行くか、吉井」
「…………でも、雄二をたきつけないと」
「それは分かるが、一応俺達は運営委員なんだぞ」
すると、吉井は一瞬悩んでから、
「オーケー! じゃあそっちは谷村君に任せた! 僕は雄二を探して協力させるから! 役割分担って大事だよね!」
と叫んで教室から飛び出していった。
「お、おい! ……ちっ。行ったか」
くそ、まんまと押し付けられてしまった……。
「谷村。明久の代わりにワシが行こうかの? 今日はこの後用事も入っておらぬし」
「いや、いいよ。別に二人行かなきゃならないってこともないだろうし。吉井に何か策があるのは本当だろうから、良い役割分担とも思うしな」
どちらにしても、坂本を引っ張り出せるならその方が良い。
そっちは吉井に任せるとして、俺は重い足取りで視聴覚室へと向かった。
視聴覚室の中に入ると、既に多くの生徒が集まっていた。えーと、この学校には18クラスあるわけだから、30人以上がいることになるのか。一クラスの人数が50人と考えると、大して多くもなかった。
幸いまだ始まっていないらしく、適当に開いている席に座る。すると、
「あ、キミは確か、優子と戦ったコだっけ?」
隣からそんな風に声をかけられた。
おや? と思って顔を向けると、そこには色の薄いショートカットがよく似合う、ボーイッシュな美少女が座っていた。
「えっと、確か……工藤のお姉さんでしたっけ?」
「そうそう! うれしいなあ。覚えててくれたんだ?」
「ええまあ……」
あれだけ魅力的な(というより魅惑的な)第一印象だったのだ。そうそう忘れるもんでもない。
「工藤のお姉さんも運営委員なんですね」
「そうなんだよね。くじで負けちゃってさーいや、まいったまいったー」
そう言って笑う工藤のお姉さん。試召戦争の時にも思ったが、やけに明るい人だ。
「ところで、『工藤のお姉さん』って呼ぶってことは信也と仲良くしてると思うんだけど、いちいち『工藤のお姉さん』なんて呼ぶの面倒じゃない?」
「そうですかね?」
「その敬語もボクは嫌だなあー。ため口でいいよ。呼び方も普通に『愛子』でさ」
「……あ、ああ。わかった」
ぐいぐい来るなあ……きっと、学内の友達も多いのだろう。
……愛子で良いとは言われたが、急にそんな名前呼びするのは……まあいいか。
「知ってるかもしれないが、一応俺も名乗っておく。谷村誠二だ。よろしく、愛子」
とにかく自己紹介はしておこうと思って口にすると、
「……そうか、君が谷村君だったか」
という声が愛子の向こうから聞こえた。
その声の主は、メガネをかけた学年次席。試召戦争で姫路さんが戦った相手だ。
「久保利光だ。君とは一度話してみたいと思っていたよ」
「話してみたいって、どうして?」
「君は僕のライバルだからさ」
はあ?
学年次席の久保が、Fクラスの俺なんかをライバル視している?
「どういうことだ?」
「詳しいことを話すにはここはオープンすぎるから控えておくけれどね。君と僕は同じ立場……いや、君の方が一歩先を行っているとも言えるんだ」
「……ごめん、久保。もう少しわかりやすく話してくれないか」
「簡単な事さ。君と僕は、同じ人を好きになってしまったというわけさ」
「な! な! な……!」
わかりやすすぎる。直球じゃないか。なるほど、確かにこんな人の多いところで話すことではないな。
同じ人を好きになったという事は、久保も木下さんの事が好きなのか……。学年次席ともなれば、木下さんの隣に立つのに申し分のない男とも言える。さっき久保が言った『一歩先を行く』というのは、いつぞやの喫茶店に行った時のことを言っているのかもしれないが、とんでもない。木下さんに見合う男に近いのは、久保の方だと俺は思う。
ぐぐぐ……これは強敵だぞ……。
「……久保。たとえお前が相手でも、俺は譲らないからな」
久保に対して、宣戦布告ともいえる発言をする。負けてたまるか。これでまた一つ勉強する理由が増えた。
…………ところで、俺の想い人が木下さんってことや、喫茶店に行ったことをどうして久保君は知っているのだろうか?
「もちろんさ。譲られた愛なんて、愛とは言えないだろう」
俺の言葉を受けて、久保がそう返す。
それはいいのだが……。なんだ、この、言いようのない不安感は……何かとんでもないことをしでかしたようなこの感覚は。
「僕は絶対に彼の愛を手に入れて見せるよ」
「……は?」
久保君は、満足した様子で話を切り上げて視線を前に戻した。
『彼』?
…………………………。
「ちょっと待て、久保! お前は何か盛大に勘違いをしている!」
「いいや、勘違いなどしていないさ。僕の恋のライバル君」
「その言い方やめろ! 違う! やめてください!」
察した! 今流れている俺の噂を思い出して、今しでかしたことを完璧に理解した!
え、あ、ていうか久保って
「おい、愛子! 肩を震わせて笑うんじゃない! お前、もしかして最初から全部わかってたな!」
「え? 何のことカナ?」
「見えてるんだよ、そのボイスレコーダーでバッチリ録音してるのが! それ、どうするつもりだ!」
「いや、別に何もしないよ? ただちょっとボクの友達と聞きあうだけで」
「削除しろ! いや、削除してください!」
なんて騒いでいると。
「面白そうな話の気配がすると思ったら、谷村さんじゃないですか」
「ん?」
と、今度は一つ前の席に座っていた男子生徒がこちらに振り向いた。
「橋本じゃないか。お前も運営委員なのか」
「まあそうですね。体よく押し付けられた形ですよ」
橋本がそういうと、隣に座っていた女生徒がうなずいていた。きっと彼女も2-Eの運営委員を押し付けられたんだろう。
「ところで、谷村さんは一人みたいですが、もう一人の運営委員は誰なんですか?」
「吉井だよ」
「ああ、あなたの彼氏さんの」
「だから『彼氏だって!?』違うって。ただのクラスメイトだ――って、今の久保の声だよな!?」
俺の台詞の途中に挟まった妙な声。発言者と思われる久保はこちらを向いて驚愕の表情を見せている。
「やめろ、久保。そんな『君たちはもうとっくにそこまで進展しているのか』みたいな表情を今すぐにやめろ。誤解だ」
「くっ! それでも僕は負けないさ!」
「負けでいい! この勝負は負けでいいから! 俺の話を聞いてくれ!」
なるほど、こうして誤解は広がっていくのだろう。
「で、その吉井さんはどうして今いないんですか?」
「……ちょっとクラスの模擬店に関する作業をしていてな。こっちまで手が回らなかったんだ」
特に嘘をつく必要もないが、正直に答えるのも面倒なのであいまいに答える。
「ふうん。面白くないですね」
「お前の面白さ優先で生きてないからな!」
橋本のヤツ、俺が思っているよりかなり性格が悪いような気がする。
などと騒いでいると、
「ちょっと、静かにしてくれない? さっきからカーカーうるさいカラスみたいに喚いてるけど、はっきり言って迷惑よ」
女の子の声で、後ろからそう話しかけられた。
「あ、すいません……」
謝りながら振り向くと、そこに座っていたのは見覚えのある女子だった。
「……えーと」
「なに? 人の顔をじろじろと見て。失礼だと思わないの?」
「あ、いや、どこかで会ったような気がして」
「ナンパ? だとしたらお
「いや、そうじゃなくて……」
藍色のショートカットを揺らしてふんと鼻を鳴らす彼女。
ううん、この口の悪さや声も含めてどこかで話したことがあるような……。
「あ! 『ラ・ペディス』だ!」
思い出した。
「え?」
「前に、『ラ・ペディス』に行ったことがあるんですが、その時のウェイトレスがあなただったんですよ」
あの時の営業スマイルとは違って今は不機嫌そうにしていたからすぐには分からなかったけど、確かにそうだ、間違いない。
「ほー、よく覚えてるな」
俺の言葉を聞いてそう答えたのは、そのウェイトレスをしていた女子生徒の横に座る男子生徒。黒い短髪の彼も見覚えがある。あの時、ウェイターをしていたはずだ。
「確か、お前は黒……黒部?」
「惜しいな。俺の名前は黒崎トオルだ。で、こいつは村田奈々。俺達はあの店でバイトしてるんだ」
「ちょっと、黒崎。勝手に人の名前を教えないでよ」
「いいじゃないか、どうせ同じ運営委員なんだし」
快活に笑う黒崎にジト目で文句を飛ばす村田さん。うらやましいことに、かなり仲がいいようだ。
「二人はどこのクラスなんだ?」
「Cクラスだ」
Cクラス。つまり、二学年を成績で二分割すれば上位には入るという事だ。AクラスやBクラスと比べパッとこそしないものの、人並みの成績は取れている。というか、俺は人の成績をどうこう言うことはできない。
「二人とも、俺はFクラスの谷村誠二だ。よろしくな」
「ああ、よろしく」
「……Fクラス?」
黒崎はにこやかに挨拶を返してくれたが、村田さんの方は眉間にしわを寄せた。
「Fクラスって、学力最底辺のクラスじゃない。清涼祭に参加してる余裕はあるの?」
「いや、まあ、一応」
「LHRの時間に野球をしていたようだし、その時間も補習に充てた方がいいと思うわ」
「あー、えと、その」
「せっかくあの鉄人が担任なんだから、次回の試召戦争に備えて勉強に励むことをお勧めするわ」
「…………うう」
ものすごくけなされているのに、正論だから何も言い返せない。
「村田、その辺にしておけよ」
「……私、別に間違ったことは言ってないわよ」
黒崎になだめられて、村田さんはすねるようにそっぽを向いた。
「ごめんな、谷村。コイツ、口は悪いけど根はいいやつなんだ。許してやってくれ」
「いや、別にいいけど……」
根も葉もない噂でバカにされるよりはよっぽどましだ。さっきの村田さんの言葉は、もっと勉強しろという叱責なのだろう。……多分。
「皆さん、お待たせしました」
そんなこんなで時間が経ち、前方の扉からとある女教師が入ってきた。
「運営委員会の顧問になりました、高橋です。皆さん、よろしくお願いします」
二学年の学年主任である高橋女史だ。
『『『よろしくお願いしまーす』』』
それに対するダルそうな返事。並々ならぬ意欲をもって運営委員になった人はやはり多くないようだ。
「では、前からプリントを回しますので、それが終わったらスクリーンで説明します」
そんな俺達の気持ちを知ってか知らずか、高橋女史は淡々と話を続ける。
姫路さんの転校を阻止するためにも清涼祭を成功させないとなと思いながら、前方の橋本からプリントを受け取った。
運営委員の仕事は大きく分けて三つ。
校内全体の飾りつけやイベントのための設営の手伝いといった肉体労働。
模擬店やイベントの申請を管理する頭脳労働。
そして、安全、無事に清涼祭を終えるためのチェックや警備を兼ねた巡回。
もちろん他にこまごまとした仕事はあるが、基本的にはこれらがメインとなる。
最後の巡回は全員で分担して行うことになっているが、最初の二つはクラスによってそれぞれ仕事が振り分けられる。俺達二学年は、全員肉体労働の方へと配置された。
というのも、今年初めて開催される『試験召喚大会』の設営の為に例年以上に人手がいるらしいのだ。設営には物理干渉できるように設定した召喚獣を用いるらしいので男女も歳も関係なく仕事にとりかかれる。
個人的には書類を管理したりだのといったものよりよっぽどわかりやすくて助かる。Fクラスには観察処分者の吉井もいるし、作業もはかどるだろう。
「では、これで説明を終わります。運営委員の皆さんは、三日後までに自身のクラスの出し物についての書類を提出してください」
高橋女史のその言葉とともに、スクリーンのために暗くなっていた部屋に明かりが点いた。
それを合図に生徒達も立ち上がり、ざわつきだす。
出し物の書類か。お化け喫茶ってことは決まったが、具体的な案も店名も未定だ。次の話し合いで決めないといけないな。
「それじゃ、吉井君によろしく言っておいてネ」
「僕からもよろしく頼むよ」
なんてことを言いながら、横に座っていた愛子と久保が立ち上がった。
「ああ」
それを聞いて俺も立ち上がり、視聴覚室を後にしようとすると。
――ドンッ
「痛っ」
「いって!」
入り口で、他の人とぶつかってしまった。
「ごめん」
とっさにそう謝ると、
「こっちこそ悪い……あ? なんだ、お前かよ」
返ってきたのは、そんな不機嫌な声だった。
その受け答えに不愉快になりつつ、顔をあげて声の主を確認する。
俺がぶつかったのは、細長いメガネをかけた金髪リーゼントの男子生徒だった。ワイシャツの第二ボタンまでだらしなく開けており、一言で言えば不良、というヤツだろう。その目立つ出で立ちは学年集会でちょくちょく見かけていたから、同学年のはずだ。
と、そこまで把握してからふと沸いて出た疑問をぶつける。
「……お前と面識あったか?」
明らかに俺を知っている様子だった……いや、最近悪評が流れているからそのせいかもしれないが。
「あ? 試召戦争で戦っただろうが。忘れたとは言わせねえぞ」
「…………あー……」
ここまで出かかっているのだが、思い出せない。
「覚えてねえなら言ってやる。オレは、Bクラスの鈴木二郎だ!」
Bクラス……鈴木二郎……あ。
「俺が一瞬で倒したやつか」
「たまたま消耗していた数学でな!」
そう言えば、こいつとはBクラスの終盤で戦っていた。Bクラスの窓を開けるために数学のフィールドで特攻した時だ。あの時は作戦遂行で精いっぱいだったからな……。
「お前に負けたせいであの後根本からネチネチ言われたんだぞ!」
「……いや、逆恨みじゃねーか」
「うるせえ! 大体、まともな状態だったらFクラスのお前に負けてねえからな!」
まともな状態で、Bクラスの鈴木にFクラスの俺が勝てないのは当たり前だ。そうならないために策を弄するのが試召戦争なのだ。
だってのに、どうやら鈴木には相当恨まれているらしい。
そういえば、あの敗戦でBクラス内での根本の立場がかなり弱くなっているという噂を聞いた。鈴木も似たような状況かもしれない……どっちにしても、俺の知った話じゃないが。
「ねえ、そんなバカほっといてもう行きましょうよ」
そんなことを考えていると、鈴木の後ろに立っていた女生徒が鈴木にそう声をかけた。赤みがかった黒の長髪で切れ目の美人、と言えるだろう。
確か、鈴木と一緒に戦っていた金田一香、だったか。
「だけどよ……」
「バカに構ってる時間なんかないわ。そんな事より、今日は何して遊ぶ?」
金田一さんは、鈴木の首筋に手を回してそんなことをささやいている。……付き合ってんのか、コイツら。
にしても、バカ呼ばわりされるのは腹立たしいが、それを否定できないのがそれ以上にムカつく。俺がFクラスであることは不服だが受け入れなければなるまい。
「ちっ……今度戦うときがあったら、コテンパンにしてやる!」
鈴木は、金田一さんの手を軽く払ってからそう俺に叫んで、金田一さんと一緒に視聴覚室を出ていった。
「……面倒な奴に目を付けられたな」
ともかく、俺も教室に戻ろうか。
太陽はすでに大きく傾いている。はてさて、吉井の方は順調にいったかな。
「あ、谷村君」
教室に戻る道すがら、木下さんとすれ違った。その前髪は、いつぞやにプレゼントしたヘアピンで留められている。
「木下さんじゃないか。何やってたんだ?」
見れば、体操着袋を抱えている。体操着から着替えて教室に戻るところなのだろう。
「覗き犯を追いかけてたのよ」
「覗き犯?」
「ええ。吉井君と坂本君よ」
あいつら、何やってるんだ!
「木下さん、覗かれたのか!?」
「いや、直接覗かれたって訳じゃないんだけどね。ちょっと色々あって放課後まで体操着で過ごしてたんだけど、着替えようと思って更衣室に行ったら二人がいたのよ」
「……」
吉井は坂本を説得しに行っていたはずだが、何がどうなって女子更衣室に行く羽目になったんだろうか。まさか二人して覗きをしていたわけでも……いや、可能性はあるか? 未だにあいつらはよくわからん。
「で、捕まえたのか?」
「私だけじゃどうにもならなかったから、近くにいた西村先生に任せたわ。あの二人、逃げ足だけは速かったし」
「ああ……となると捕まってるな」
度々鉄人に追われているFクラスの中でも吉井と坂本はトップクラスの逃げ足の速さを誇る。しかし、そんな二人よりも速いのが鉄人なのだ。こりゃ吉井は説得なんかしてる暇ないな。
「それで、谷村君の方は? 部活とか入ってたのかしら」
「いや、俺は帰宅部だけど、清涼祭の運営委員になったんだ」
「運営委員……なるほどね。お疲れさま」
「あ、いや、今日は話だけだったから」
本格的に忙しくなるのは、これからだ。
「そういえば、Aクラスは何をするんだ?」
「メイド喫茶よ。なんでも、代表が張り切っちゃって」
「へえ……メイド喫茶か」
名前だけならFクラスでも上がったはずだ。
メイド喫茶にしなくてよかった。Aクラスと駄々被りになったら、それこそ人気が出るのは厳しいだろう。予算だけの話じゃない。可愛い人が3人しかいないFクラスじゃ、ウェイトレスのローテーションの段階で無理が出る。
……それはそうと、メイド喫茶という事は。
「木下さんもメイド服を着るってことか?」
「そうね。恥ずかしいし、アタシは着たくなかったんだけど、アタシ一人だけ着ない訳にもいかないからね」
ハァと溜息をつく木下さん。木下さんには悪いが、俺は内心でメイド喫茶を推薦した学年主席にスタンディングオベーションで拍手を送っていた。メイド服を着た木下さんなんて見られると思ってなかったからな。
「木下さんのメイド姿、楽しみだな」
「な、なにを急に。お世辞言っても何も出ないわよ」
やべっ。口に出ていた。
「別にお世辞じゃないぞ」
「……そ、それはそうと、Fクラスは何をするの?」
恥ずかしいのか、話題を変える木下さん。別に恥ずかしがることないのに。
「うちはお化け喫茶だな」
「お化け喫茶?」
「お化け屋敷風の喫茶店、って言えばわかりやすいか?」
「ああ。なるほどね。面白そうじゃない」
木下さんは、俺の説明でおおよそのイメージをつかんだようだ。
「まあ、大体のイメージだけで内容はほとんど決まってないんだけどな」
「……そういえば、あなたたちLHRの時間に野球してたわね」
違うんだ。あれは坂本が悪いんだ。
まあ、それはそれとして。
「アタシは運営委員じゃないけどクラスの為にできる限りの事はするつもりだし、楽しい清涼祭になるといいわね」
「ああ。そうだな」
なんて挨拶を交わして、木下さんと別れた。
教室に戻ってくると、ちょうど坂本と吉井も教室に戻ってきたところだった。
「あれ? お前達、生きてるのか?」
「なんだ、谷村。藪から棒に」
「いや、鉄人に追いかけまわされたって聞いたから」
「ああ……それはとっくに何とかなった話だ。それより、清涼祭の件は協力してやることにしたぞ」
「本当か!」
「まあな、こいつが覗きの汚名をかぶってまで姫路の転校を阻止したいと言ってるんだ。協力してやってもいいだろう」
親指で吉井を指す坂本。
「そうだ。そもそもお前達、なんで女子更衣室なんかにいたんだ?」
「明久の趣味だ」
「ち、違う! もとはと言えば雄二が悪いんじゃないか!」
「ほら、結果報告だ」
坂本は吉井を無視してそう言いながらガラリと教室のドアを開けて中に入る。教室には、島田さんと秀吉が残っていた。結局覗きの件は解決してないんだが……ま、姫路さんの転校がかかってるんだ。吉井も本当に覗きで女子更衣室に入ったわけでもないだろう。
「あ、坂本。どうだった?」
「上々だ。設備の改修を約束してくれたぞ」
島田さんの質問にそう答えた坂本。
「……ごめん、最初から説明してくれないか」
「ん? ああ、悪い。そういえばさっき谷村はいなかったな」
そして、坂本は姫路さんの転校を阻止するための策を話してくれた。
運営委員の集まりの前にも話したが、姫路さんの転校の主な原因は三つ。
一つ目、ござとみかん箱という勉強に向かない貧相な設備。
二つ目、健康に害を与える老朽化した教室。
三つ目、切磋琢磨できないバカなクラスメイト。
このうち、一つ目は喫茶店の売り上げで、三つ目は召喚大会での好成績でそれぞれ改善や否定をすることができる。
自分達だけでは改善できない二つ目について坂本と吉井は学園長に直談判しに行ってきたのだという。
「で、その交渉の結果設備の改修をしてくれることになったわけだ。多少の条件はあったがな」
「条件?」
「ああ。ちょっと口外はできないが、大丈夫だ。必ず達成してやる」
「……その自信満々な顔、Aクラスとの試召戦争の時にも見た気がするんだが」
「…………大丈夫だ。必ず達成してやる」
坂本は苦々しい顔で同じ言葉を繰り返した。まあ、一応DクラスとBクラスには勝てたわけだし、信用に値するレベルではある。
「そういえば、そもそもの話なんだが」
「どうした?」
「清涼祭の売り上げで設備を買い替えるって話だっただろ? それって学園が認めるのか?」
基本的に、自分のお金で設備を改善するのは校則で禁止されている。それを認めてしまうと、学力によってランク付けされるはずの設備が、生徒の経済力に依ってしまうことになるからだ。
「このござとみかん箱っていう設備は試召戦争の結果なわけだし、勝手に改善したら他のクラスに示しがつかないだろ」
「それも問題ない。交渉の結果、特別に今回だけは認めてくれることになった」
「ほう」
本当に坂本は有能な奴だ。俺がたった今気づいたことにすでに先手を打っている。
「ともかく、解決の為にすべきことははっきりした。俺は協力はするが、運営委員として主になるのは、明久と谷村だからな。気張れよ、二人とも」
「ああ」
「もちろんだよ!」
清涼祭もお化け喫茶も、絶対に成功させてやる!
とまあ、そんな決意をした後、吉井たちと教室を出て階段を下っていった。
「そういえば吉井、運営委員の仕事の事なんだが」
「ん? なに?」
「当日の巡回は別にして、前日までは召喚大会の会場とかの設営をするそうだ」
もらっておいた吉井の分のプリントを渡す。
「ふうん……あ、召喚獣使うんだ」
「ああ。お前みたいにフィードバックはつかないが、しばらくの間は物理干渉が可能になるそうだぞ。もちろん、設営に関わる生徒だけだが」
「どうせなら僕のフィードバックもなくしてくれればいいのに」
「別に明久が観察処分者じゃなくなるわけじゃなかろう」
「そうだぞ。他がどうなろうと明久はバカということに変わりはないんだからな」
「黙れ雄二」
そんな他愛もないことを話しながら歩いていると、掲示板の前までやってきた。
「あ、校内新聞が更新されてるみたいね」
島田さんがそう言いながら掲示板に近づいていく。
「美波、校内新聞なんて読んでるの?」
「ええ……時々ウチの事も書いてあるからね。誰かさんのせいで急上昇した不名誉なランキングとか」
「何のことやら」
じろりとにらみつける島田さんの視線を躱す吉井。
校内新聞か……例の記事じゃないといいんだが。そう思いながら校内新聞の見出しを確認する。
『文月学園の噂を一斉調査! ~あんな噂からこんな噂まで!?~』
「うわしゃあ!(ビリッ!)」
「ど、どうしたのじゃ!? 急に谷村が奇声をあげながら校内新聞を破り取ったぞい!?」
「ちょっと、何やってるのよ谷村。新聞部の人がかわいそうじゃない」
「いーや! この校内新聞は可及的速やかに処分すべきなんです!」
防げる悪評は防いでいかないと、本当に取り返しのつかないことになる!
大きくビリビリと破かれて何枚かの破片に分かれた校内新聞。この文月学園に焼却炉はあったかなと思い返していると、
「あーっ! 谷村さん!」
という叫び声が聞こえた。
「げっ! 橋本!」
「僕の書いた校内新聞に何してくれるんですか!」
そう叫びながら階段を駆け下りてくる橋本。
くっ、なんてタイミングの悪さだ! ちょうど破り取った瞬間を橋本に見られるなんて……!
「谷村君、この子は?」
「おっと、申し遅れました。僕はこういうものです!」
橋本は、名刺を取り出して吉井たちに配っていく。
「ほー、新聞部ねえ」
「2-E……って、キミ、同級生なの?」
「まあこんな身長ですしよく中学生に間違われますけどね、僕はれっきとした高校二年生ですよ」
吉井も橋本の事を下級生と勘違いしていたらしい。まあ仕方のない話だ。
「って、そんなことはどうだっていいんですよ。谷村さん! どうして校内新聞を破いたんですか!」
「どうしても何も、また俺の悪評が広まるからだ!」
「え? 結局記事には殆ど谷村さんの事は書かなかったはずですけど……」
「は?」
言われて、慌てて握りしめた校内新聞を確認する。
『文月学園の『学園伝説』を追え!』という大きな記事が半分ほどを占めており、『必殺料理人の10分クッキング』『校内ランキング(更新版)』といった小さい記事が二つ載っている他には、広告がいくつか載っているだけである。
たしかに、見出しこそあの時の記事だが、あの取材によるものはパッと見はみつからない。
「…………」
「ね? 別に谷村さんが怒る理由はないじゃないですか」
「……あー、ごめんな橋本」
「謝っても僕の校内新聞は戻ってこないんですが」
ご立腹の様子の橋本。
……悪いことをした。
「……ごめん」
「えーと、結局谷村君の早とちりだったってこと?」
「そうみたいですね。まったく、怒るんだったらしっかり読んでから怒ってくださいよ。失礼な話です」
「…………」
言い訳できない。
「まあ、別にデータは残ってるのでいいですよ。そんな深刻な顔をしなくても」
「え? そうなのか?」
「ええ。ただ、また印刷して学園に申請しなおすのが手間なので、その分のお詫びはしてもらいますけど」
お詫び?
「取材の手伝いをしてください。それで許してあげます」
「それで許してくれるなら、喜んで手伝わせてくれ」
校内新聞を破ったのは、完全に俺が悪い。他の誰のせいでもないし、この責任は甘んじて俺が受けよう。
「良かったです! では、さっそく今夜0時に文月学園の裏門集合でお願いします! それでは、僕は準備があるので!」
「……は?」
何やらおかしなことを口走った橋本は、そのまま生徒玄関とは真逆の方向に走り去っていった。
「谷村君、橋本君とどういう知り合いなの?」
その奇妙な行動に呆気に取られていると、吉井が尋ねてきた。
「何日か前に、校内新聞の記事にするからって取材を受けたんだ。あ、そうだ。運営委員でも一緒だったな」
「ふうん……ところで、そんな真夜中に学校に来てなにするつもりなんだろうね?」
「……俺に言われても困る」
とはいえ、俺に拒否権はない。明日は寝不足確定だな、と思いながら、俺達は帰路についた。
今回で新キャラが色々登場しました。
と言っても、以前に一応登場済みで完全な新キャラはいないんですけど。