モブとテストと優等生   作:相川葵

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第三問 文月学園の学園伝説

【化学】

 問 以下の問いに答えなさい。

『第17族元素の総称を答えなさい。

 また、それに含まれる元素の元素記号を原子番号が小さい順に4つ答えなさい』

 

 

 

 姫路瑞希の答え

『総称:ハロゲン 【F Cl Br I】』

 

 教師のコメント

 正解です。姫路さんなら覚えていると思いますが、それぞれ名称はF:フッ素、CL:塩素、Br:臭素、I:ヨウ素です。

 周期表で縦に並んだ元素は特徴が似ているため、ひとくくりにして覚えるようにしましょう。

 

 

 

 谷村誠二の答え

『総称:ハロゲン 【Ha Ro Ge N】』

 

 教師のコメント

 ハロゲンを覚えていたので良しとします。

 

 

 

 橋本和希の答え

『総称:セブンティーン 【Cho O To Me】』

 

 教師のコメント

 何が『超乙女(Cho O To Me)』ですか。 

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

「……たくっ。こんな時間に何をやるつもりだ」

 

 あと数分もすれば日付が変わるだろうという真夜中。俺は橋本に言われたとおりに裏門で待っていた。

 親にはコンビニに行ってくるという適当な嘘をついて出てきているため、あまり長くなると叱られるんだが……。

 

「あ、谷村さん。本当に来てくれたんですね」

 

 ぼうっとしながら橋本を待っていると、そんな声が聞こえてきた。

 そちらの方へ目をやると私服姿の橋本が歩いてくるのが見えた。黄土色のカーゴパンツと、制服と同じくダボダボになっている赤いパーカーを着ている。

 

「本当にって……お前が来いって言ったんだろ」

「まあそうですけど。これは谷村さんの評価を改めないといけませんね」

 

 俺は橋本の中でどれだけ薄情な男だと思われているのだろうか。

 

「校内新聞を破ったことはちゃんと悪いと思ってるんだよ。で? これから何するんだ?」

「何って、取材ですよ」

「そんなさも当然という風に言われてもさっぱりわからないからな」

「え? 本気で言ってるんですか?」

「……なんだよ」

 

 ごそごそとポケットをまさぐって手帳を取り出した橋本は、あるページを開いて俺に見せてきた。

 

「夜の学校で取材することなんて一つしかないじゃないですか。『学園伝説』を調べに来たんですよ」

「…………なるほど」

 

 その手帳には、文月学園の『学園伝説』がいくつも並んでいた。昼に工藤から聞いたものもちらほら見える。

 

「けど、こんな時間に来なくてもいいんじゃないか? 放課後や昼休みにだって調査くらい出来ただろ?」

「まあそうですけど。実際、いろいろと下調べはしてますし。けどですね、夜にしか現れないものもありますし、夜になったら何か変わる可能性だってあるじゃないですか」

「いやでも、夜に学校に来るのは校則違反……じゃないにしても、色々とまずいだろ」

「そんなの気にしてたら新聞部なんてできませんよ」

「鉄人にでも見つかったら叱られるどころじゃすまないぞ」

「さも見つかったことがあるような口ぶりですね」

「…………まさか」

 

 するどい奴め。

 

「まあ、それについては気にする必要はありませんよ。今夜の宿直は西村先生じゃなくて福原先生ですから」

 

 福原先生……と言うと、かつての2-F担任である気弱そうな先生だ。仮に見つかっても、逃げ切ることはたやすい。

 

「それ本当か?」

「下調べしてるって言ったじゃないですか。色々情報は仕入れています」

「……いや、しかし、そもそもの話だ。取材はもう済ませたんじゃないのか? 校内新聞でも学園伝説を取り上げてたじゃないか」

「本当に読んでないんですね……あれは前編ですよ。来週後編と称して取材結果を掲載するってちゃんと書きましたから」

 

 呆れかえる橋本。し、仕方ないだろ。活字ばっかり読むと頭が痛くなるんだから。

 

「とにかく、夜の学校なんて何かあったら大変だし、今日はもう切り上げて――」

「さっきからずっと気になってたんですけど、もしかして怖いんですか?」

「は?」

「いやだって、何かと理由を付けて中に入るのを拒否してるじゃないですか。そりゃあ多少のリスクはありますけど、放課後は僕の取材を手伝ってくれるってちゃんと言ってたじゃないですか」

「……それは」

「まあもうわかりましたけど。谷村さんってお化けとかダメなタイプですね?」

「…………悪いかよ」

 

 ホラーが苦手で何が悪い。

 

「別に悪いなんて言ってないじゃないですか。大丈夫ですよ、お化けなんかいるわけないんですから」

「いるわけないって……」

「こういう噂はですね、誰かが何かを見間違えたんですよ。その発端になったものなんて、大したものじゃないんです」

「……だったら、取材なんかしなくてもいいじゃないか。さ、帰ろう帰ろう」

「噂の発端を調べるための取材なんです。やめるわけにはいきません」

 

 ……どうにか取材をやめさせようと説得するが、橋本は折れる気配がない。

 

「ほら、そういう事なんで、覚悟決めてくださいよ。いつまでもこんなところにいるわけにもいかないんですから」

「…………」

 

 仕方ない、か。

 

「では、行きますよ。体育館脇にある女子トイレの窓のカギが壊れているので、そこから侵入しましょう」

 

 観念した俺を見て、橋本が裏門をよじ登る。俺もそれについていくように裏門に手をかける。

 

「それも下調べの結果か? よく知ってるな、そんなこと」

「だって、放課後に壊しておきましたから」

「は?」

 

 暗くてはっきりとは見えないはずなのに、橋本がドヤ顔していることだけはしっかりと理解できた。

 

 

 

 

「いやー、ドキドキしますね。一体どんなオカルトが待っているんでしょうか」

 

 小さなペン型懐中電灯を携えながら足を進める橋本と、そのすぐ後を歩く俺。校舎内の廊下を進む俺達は、最初の目的地である図書室へと向かっていた。

 

「何がオカルトだ。誰かが見間違えたんじゃなかったのか。そうじゃないなら誰かの作り話だろ」

「何言ってるんですか。召喚獣だって一種のオカルトですよ? もっとロマンを持ちましょうって」

「お前、さっきと言ってることが違うぞ」

「だって、ああ言わなかったら谷村さんは手伝ってくれなかったじゃないですか。嘘も方便ってやつです」

「意味の分からないことわざみたいな言葉でごまかそうったってそうはいかないぞ」

「……え、知らないんですか?」

 

 信じられないものを見るような目を俺に向ける橋本。なんだ、嘘も方便って。

 

「まあ、そんなことはどうでもいいんです。図書室の噂は、これですね」

 

 橋本の差し出す手帳に目を落とす。

 んーと、図書室のどこかに黒魔術の本がある――か。これは工藤からも聞いた話だな。

 

「にしても、黒魔術ねえ……そんなもんがあったらもっと大騒ぎしてるだろ」

「そうかもしれませんけど。一応昼休みに確認した時は、何も見つかりませんでしたね」

「……じゃあガセなんじゃないのか?」

「ま、一応ですよ、一応。二人いれば見落としも減りますし、夜にだけ現れる本かもしれないじゃないですか」

「そんな都合のいいファンタジーがあるか」

 

 そんなこんなを話しているうちに、図書室に到着する。旧校舎の一階に位置する図書室は、かなり年季が入った部屋の一つだ。もちろん、意図的におんぼろにしてあるFクラス教室の方がひどいのだが。

 扉に手をかけてみるが、当然鍵がかかっていた。

 

「鍵がかかってるな。よし、帰ろう」

「早く終わらせたいからって適当にするのやめてもらえますか」

 

 じろりと橋本に睨まれる。ばれたか。

 

「けど、実際どうするんだ? 鍵は事務室にあったはずだし、そこには宿直の先生がいるはずだろ? 取ってくるのも無理じゃないのか」

「図書室は図書室なりの開け方があるんです。いいから僕に任せてください」

 

 そう言うと、橋本は図書室の扉の両端をつかんでガタガタとゆすりだした。小さな体でよくやるもんだ、と思いながら眺めていると、ガタン! という音がしたかと思うと扉が横にスライドした。

 

「どうです? 図書室はこうして開けられるんです」

「……すごいな」

 

 旧校舎だからこその開け方なのだろうが、よくぞこんな開け方を知っていたもんだ。

 

「ま、伊達に新聞部やってないってことですよ。噂の収集にかけては学年でもトップクラスだと自負してますからね」

 

 鼻高々の橋本とともに、図書室の中に入る。入るのはラブレター騒動以来か。

 

「では、ひとまず谷村さんはこっち側の棚に怪しい本が無いか探してもらえますか? 僕は向こう側を探すので」

「それはいいけど……黒魔術の本なんか見たことないし、何を探せばいいかもわからんぞ」

「僕も見たことありませんけど、噂によると、何語だかよくわからない文字が並んだ黒い本らしいですよ。どのみち本命はここじゃないのでさっさと探しましょう」

 

 橋本の『本命』という言葉が気にかかったが、橋本がもう探し始めてしまったので俺も探し始める。黒い本ねえ……そんな簡単に見つかるなら世話はないだろうに。

 

 その後十分間、月明かりを頼りに本棚を探してみたが、案の定怪しげな本は見つからなかった。

 

「橋本、こっちにはなかったぞ。そっちは?」

「僕のところも不発です。昼休みに確認した時とほとんど変わってませんでした」

 

 まあ、そんなもんだろう。まったく、どこから生まれた噂だったんだ。

 

「じゃ、ここはもういいな。次はどこに行くんだ?」

 

 そう言って、図書室を後にしようとすると、

 

「待ってください。まだ探す場所が残っています」

 

 と、呼び止められた。

 

「探す場所? どこだ?」

「書庫ですよ。昼休みには入れませんからね。ここが本命です」

 

 橋本は、にやりと笑って入り口とは違う扉を指差した。

 

「書庫って……そっちは確か、ただの司書室だろ?」

 

 橋本に促されて、その扉へ向かう。

 一応この先に司書室――司書の中川先生が普段使いしている部屋――があることは知っているが、その先に書庫があるとは思えない。書庫があるようなスペースもなかったと思うし。

 そんな疑問に対して橋本が答える。

 

「司書室から地下室につながる階段があるんですって。図書委員の友人に教えてもらったのでそれは間違いありません」

「ふうん……その地下室が書庫ってことか。あ、開いた」

「この扉は鍵がかかってないですからね」

 

 司書室には、ラベル貼りの作業中らしき文庫本や雑誌やらが積まれていたが、几帳面な中川先生らしくきっちりと整理整頓がなされていた。

 きょろきょろとあたりを見渡してみると、部屋の角の床の部分に大きな四角い扉があるのが見えた。きっと、あれが書庫につながる扉なのだろう。観葉植物がその上に乗っているところを見ると、書庫は普段使われていないようだ。

 

「鍵がかかってるのは、そこの書庫の扉です」

 

 見れば、扉そのものに鍵穴は無いが、小さな南京錠がかかっている。よほどの力なら壊せないことはなさそうだが……。

 

「きちんと放課後に事務室から拝借しておきました」

「拝借って……そんなことしたら、鍵が無いって問題になるだろ」

「ちゃんとダミーを置いてきたので大丈夫ですよ。本当はもっと色々な場所の鍵を持って来たかったんですけど、先生の目を盗むのも楽じゃなかったので、ここの鍵しか持ってこれませんでした」

「一つ持ってくるだけでも相当すごいというか、勇気がある行動に見えるんだが」

 

 そんな会話をしながら橋本が南京錠を開錠する。観葉植物をずらしてからゆっくり扉を上にあげると、地下へとつながる階段が現れた。

 ……その先は真っ暗だ。正直怖い。

 

「さ、行きますよ」

「あ、おい。置いてくなよ!」

 

 橋本は臆する様子もなく、懐中電灯で暗闇を照らしながら階段を下っていく。俺は慌てて橋本の後を追った。

 

 

 

 

「ううん……ありませんね」

 

 埃の積もった階段を下りた先には、橋本の言葉通り書庫が広がっていた。厚い埃に覆われた本棚がいくつも並んでいる。地下ゆえに月明かりすらも入らないこの空間では、橋本の持つ懐中電灯だけが唯一の光源だ。

 ここにこそ黒魔術の本があるに違いない! と意気込んで橋本は片っ端から本を手に取っていったが、しばらくしてあきらめの言葉を吐いた。

 

「よくわからない論文やら、これはこれでいろいろとネタになりそうなものはありますけど……肝心の黒魔術の本らしきものは見当たりませんね」

「やっぱり、ガセネタだったんだって。まあ、図書室の地下にこんなものが広がってたらそんな噂が広がるのも納得するけどな。だからほら、もう戻ろうぜ」

「……声が震えまくってますよ。そんなに怖いなら上で待っていれば良かったじゃないですか」

「バカ、一人で取り残される方が怖いだろ! 何か出てきたらどうするんだ!」

「何か出てきたらそれはそれで僕としてはうれしいんですけどね。まあ、結局ここには何もなかったみたいなのでもう戻っても……おや?」

 

 橋本は、懐中電灯を振り回して辺りを見渡したかと思うと、その光をある一点で止めた。

 

「どうした?」

「いえ、一番奥に扉がありまして。なんでしょうね、あれ?」

「扉?」

 

 見れば、確かに扉が一つある。最初は棚の陰で見えなかったが、どうやらこの書庫の奥にも部屋があるようだ。

 

「開くといいんですけど」

 

 そう言いながら橋本はその扉へと歩み寄っていく。

 

「お、おい。危ないかもしれないし、とっとと戻ろうぜ」

「ここまで来て何も調べない訳にはいきませんよ。書庫に入れるチャンスなんてそうありませんし。それに、カギでもかかってたらさすがにもう引き返しますから。確認ですよ、確認」

 

 ……だめだ、俺の話を聞く気配がない。

 橋本は、そのままドアノブに手をかけて、ひねる。すると、

 

――ガチャリ

 

 という音とともにドアがゆっくりと奥に開いていった。

 

「……開いた」

「さあ、この先には何が待ってるんでしょうかね!」

 

 ノリノリで足を進める橋本にしかたなくついていくと、そこには。

 

「……なんだこれ」

 

 そこには、またしても大きな闇が広がっていた。

 橋本が懐中電灯で照らすことで、ようやく部屋の全景が明らかになる。教室二つ分程度の大きさのその部屋で一際目を引いているのは、壁の一面に鎮座している巨大な機械だ。大量のスイッチやモニター、キーボードのようなものが側面についている。

 

「地下に存在する謎の機械……学園を支配するマザーコンピュータ……いける! このネタはいけますよ!」

 

 橋本は、楽しげにそう叫びながら、どこからか取り出したデジカメで何枚もその機械の写真を取りだした。

 

「学園を支配するって……めちゃくちゃだろ」

「めちゃくちゃでもいいんですよ。とにかく、皆さんの意識を集められるような話題が出てばいいんです。どのみち、この写真も使えませんから脚色も自由に出来ますからね」

「使えない? どうしてだ?」

「……この写真を校内新聞に使ったら、ここに忍び込んだことがばれるじゃないですか。校内新聞の取材のためとはいえ、経緯も経緯ですからばれたら説教じゃ済みませんよ」

 

 経緯……ああ、書庫の鍵を橋本がちょろまかしてってやつか。確かに軽い説教では済まないかもしれない。俺も巻き添えを喰らいそうだ。

 その巨大な機械に近づいてみると、まるでSFに出てくるような近未来的印象を受ける。試しにいくつかスイッチやレバーを弄ってみるが、何も変化はない。どうやら単純に電源が落ちているようだ。

 

「まあ、適度に事実を織り交ぜつつ推測と脚色で盛り上げることで記事ってのは出来上がってるんですよ」

「それって、要するに嘘ってことだろ」

「失礼ですね。隠し味みたいなものですよ」

「その隠し味、料理のジャンルすら変えてるから問題なんだろ……」

「美味しければいいじゃないですか」

「そりゃ、食えるだけマシかもしれんが……」

 

 ふと、姫路さんの弁当の事を思い出した。

 ……いや、あのことはもう忘れよう。事故みたいなものだ。

 

「あ、向こうに階段がありますよ。行ってみましょう」

「……ちなみに拒否権は?」

「ありませんけど?」

「……ま、そうだよな」

 

 溜息をつきながら、俺は暗い階段を上り始める橋本についていった。

 結局、その先は鍵のかかった扉があるだけだったが。

 

 

 

 

「黒魔術の本はありませんでしたけど、収穫は上々でしたね」

 

 地下から戻り、図書室の扉をがたがたと嵌めなおしながら橋本はそう呟いた。

 

「そりゃよかったな」

 

 新聞を破いた俺が悪いとはいえ、こんなことにつき合わされたことに対しての嫌味を込めながら言った。

 

「オカルト的な物はなかったのは残念でしたけどね。じゃあ、次に行きますか」

 

 ……次?

 

「ちょっと待て、次ってなんだ」

「次ですか? 次は調理室の噂ですね」

「いや、そうじゃなくて、まだ取材を続けるのか?」

「当たり前じゃないですか! 夜中の学校に入れるチャンスなんかそうそうありませんからね! それに、今は谷村さんという人手もあることですし!」

 

 瞳をキラキラと輝かせながらそう言葉を発する橋本。

 ……はぁ。

 

「わかったよ。さっさと終わらせるぞ」

「谷村さんが協力してくれたらすぐ終わりますよ」

「はいはい」

 

 そして、俺達は夜の廊下を歩き出した。

 

 

 

 

 その後、俺と橋本はいくつかの教室を巡った。

 鍵がかかって中に入れない教室もあり、正直これといった収穫はなかった。妙な物音が立つわけでも、オカルト的な現象が起こるわけでもなく、ただ時間だけが過ぎていった。いや、いくら一人きりじゃないにしても、真夜中の学校は怖かったけどな。

 そんなわけで、俺達は今、最後の目的地である旧校舎4階の女子トイレへと向かっていた。そこに幽霊がいる、という話は工藤からも聞いていた。

 

「ところで、谷村さん」

 

 そんな中、橋本がそう切り出した。

 

「なんだ?」

「谷村さんって、召喚大会には参加するんですか?」

「召喚大会?」

 

 それって、島田さんと姫路さんが出場するやつだったっけ。二人一組で召喚獣で戦うとかなんとかって秀吉が言っていた気がする。

 

「いや……出ないけど。話を聞く限りだと見世物って感じがするしな。正直、勝てる気しないし」

「ふむ。そうですか」

 

 科目が数学だけならともかく、そういうわけでもないだろう。

 

「で? それがどうしたんだ?」

「大した話じゃないんですけどね? その召喚大会、僕と一緒に出てくれませんか?」

「は?」

 

 思わず、そんな声が出る。

 

「どういうことだ?」

「どういうこともなにも、そのままですよ。僕とペアを組んで召喚大会に出てみませんかってことです」

「それは分かるが……いや、別にいいよ。さっきも言ったけど、勝てるとは思えないしな」

「いえ、それでいいんですよ。参加することに意義があるんですから」

 

 ……?

 さっぱり話が見えてこない。

 

「谷村さんは知ってますか? 召喚大会の参加賞について」

「参加賞? ……いや、知らない」

「ですよね。興味がなかったみたいですし。あのですね、召喚大会には賞品がついてるんですよ。確か、優勝のペアは如月ハイランドのプレミアムチケットと、試験召喚で使える腕輪のセットがもらえるはずです」

「へえ。そりゃ豪華だな」

 

 如月ハイランドと言えば、現在絶賛建設中の巨大テーマパークだったはずだ。廃病院を改造したという幽霊屋敷や日本一の観覧車があるらしい。多分、完成した暁には日本でも有数のテーマパークになるだろう。俺もいつか木下さんと行ってみたいもんだ。

 

「で、参加賞なんですけど、実は参加者全員に食堂で使える食券が配られるんですよ」

「食券が?」

「ええ。今年初めて行う企画って事で、人数が集まらないかもしれないと危惧した上の策みたいですね。こうでもしないと、参加者が……特に、下位クラスからの参加者が少なくなって盛り上がりに欠けますからね」

「ああ、なるほど……で、お前はその食券が欲しいのか?」

「そういう事です。もらえるものはもらっておきませんと。もちろん、勝ち進んだ数によって食券の金額は変わるみたいですけど、初戦で負けても500円分はもらえるとのことです。清涼祭自体の取材も目的の一つだったりするんですけど」

「そうか……」

 

 それなら確かに出た方が得、ではあるんだけども。

 

「ううん……」

「あれ、ここまで言ってもダメですか?」

「や、ダメって訳じゃないんだが、負ける気満々とはいえ皆の前で恥をかくのはちょっと避けたいだろ」

 

 というより、目立ちたくないと言う方が正しいか。もちろん、例の噂のせいで。

 

「それなら大丈夫ですよ。一般公開されるのは三回戦以降らしいですし、一回戦ならそこまで観客も多くないと思いますよ。せいぜい、出場者の応援がちらほらいるくらいでしょう。だからほら、僕と一緒に出てくれませんか? お願いします」

 

 そう言いながら、頭を下げる橋本。

 

「…………そこまで言うなら」

「本当ですか!」

 

 橋本は、嬉しそうに顔をあげた。

 

「ああ」

 

 話を聞く限り、そこまでデメリットもなさそうだ。運営委員の仕事との兼ね合いは気になるが、それは橋本も同じだし。それに……あそこまで強く頼まれると、あまり無下にしづらい。

 

「いやあ、良かったです。ようやくペア相手が決まりましたよ」

「ようやくって……そんなに断られ続けてたのか?」

「そんなことは無いですけど。というかお願いしたのは谷村さんが最初ですし」

 

 ……ん?

 

「どういうことだ? 一緒に出てくれそうな友達くらいお前にもいるだろ。ほら、お前と一緒に運営委員になってた女子なんかどうだ? クラスにも男友達の一人や二人いるだろうに」

「え、だって運営委員もあるのに大変じゃないですか。他の人も、清涼祭での時間を奪うことになっちゃいますし、そんな自分の都合で巻き込んで迷惑なんてかけられませんよ。そうやって悩んでたところに、谷村さんが現れたって訳です」

「……俺も運営委員なんだが?」

「ええ、知ってますけど?」

「おい、橋本!」

「いいじゃないですか。一緒に夜の学校に来たよしみってことで。あ、女子トイレに着きましたよ」

「なんだ、"よしみ"って! おい!」

 

 そんな俺の文句も疑問もスルーして、橋本は女子トイレへと何のためらいもなく入っていった。

 ……本当にマイペースな奴だな……。

 はあ、と本日何度目になるかもわからない溜息をついて、俺はその後を追った。女子トイレということに一瞬躊躇するものの、一人でここに残るよりずっとましだと思い直した。どうせ中には橋本しかいないしな。

 

「さっきも説明しましたけど、ここの噂は幽霊が出るってやつです」

「幽霊、ねえ……そんなの、いるわけないんだ。とっとと調べて帰ろう」

「その台詞、僕の服を掴みながらじゃなかったらもう少しサマになってたと思いますよ」

 

 うるせえ。

 

「ま、いいです。それで、ここに出る幽霊の話ですけど、個室に入ってると外から声をかけられるみたいですよ。その声に返事をして外に出ると、白装束の幽霊が浮かんでいるとかなんとか」

 

 そう言いながら橋本はすっと個室のドアを開けて中に入った。慌てて俺も同じ個室へと入ってドアを閉める。中にある便器は洋式だった。

 

「……なんで同じ個室に入ってくるんですか」

「こんなところで一人でいる方が怖いわ。俺からしたら、さっきからお前がためらいなく女子トイレに入ってくことの方が疑問だよ。そんなに取材が大事かね」

 

 まあ、取材の為に夜の学校に入るくらいだ。それに比べたら女子トイレに入ることは何でもないのかもしれない。

 そんなことを考えながらそう口にすると。

 

「いや、だって僕女子ですし。ためらいなんかあるわけないじゃないですか」

 

 

「……………………えっ?」

 

 

「それよりですね、幽霊の声を聞き逃さないように静かにして――」

「ちょっと待て! お前、女子だったのか!?」

「え? 言ってませんでした? 普通に女ですよ?」

「言ってねえよ! え、嘘、マジで?」

 

 とっさに橋本の体に視線を落としたが、明らかにサイズの合っていないダボダボなパーカーのせいで体のラインはよくわからない。意図的にそうしているのかはわからないけれど、低い身長も合わせて外見から性別の区別はつけられない。

 

「嘘じゃありません、本当ですよ。残念ながら証拠は見せられませんけど」

「いや、そう言われても……そうだ、制服! お前、男子用の制服を着てただろ!」

「ああ、アレは兄さんのおさがりなんですよ。ちょうど僕と入れ替わりで文月学園を卒業したんですけどね、制服って高いじゃないですか。それに、僕としてもスカートはひらひらしてて苦手だったのでちょうどよかったんです」

「それにしたって……」

「それに、僕って背が低いから女だと思われると舐められすぎるんですよね。そうなると、取材の時にちょっと面倒で。まあ総合的に色々都合が良かったという事で」

「いや、嘘、ええ……」

 

 言われて見れば、確かに橋本は男にしては声は高いし背も低い。でも、まさか女だとは……いや、この格好なら女子と言われても納得はするかもしれないが、普段のあの男子制服姿を見ているし、男だと思って過ごしてきたからあまり腑に落ちない。

 

「そんな事より、何も声が聞こえませんね……やっぱりこれもガセだったんでしょうか」

 

 というか、もしそれが本当なら、女子トイレの個室で女子と二人きりという事に……。

 

「まあ仕方ありませんね。これはこれで記事にできますし、もう少し待ってから今日はもう切り上げて……谷村さん? 聞いてます?」

 

 ふと、自分の今いる状況に意識が及んだ瞬間、目の前に上目遣いの橋本の顔が現れる。改めてみると、顔だちも整っているし……ちょっと、この状況はやばい。というか何より、近い!

 

「わ、悪い橋本! 外で待ってる!」

「あ、ちょっと、谷村さん!」

 

 慌ててドアを開けて個室の外に出ると、

 

 

――ユラリ

 

 

 と、白いものが視界の隅で揺れた。

 

 それが何だったのか、思考する前に目線がそこへと動いていく。

 俺につられて外に出た橋本も、顔を()()がある方向へと動かしているようだ。

 

 そして。

 

 

 

「―――ァ――サァ――」

 

 ほのかに淡く光る、白装束の黒い長髪の女が立ち尽くしているのがはっきりと見えた。

 

 

 

「「わああああああああっっ!!!!!!!」」

 

 二つの悲鳴がこだまする。

 俺と橋本は、その女の居ない方向――女子トイレの出口側へ我先にと走り出した。

 

 

 

 

 その後の事はあまり覚えていない。気が付けば、俺達は裏門に舞い戻っていた。

 二人とも、顔を真っ青に染めて。

 

「ハア……ハア……」

「ふう……ひぃ……」

 

 全力疾走してきたため、二人とも息が完全に上がっている。

 

「ちょ、ちょっと……谷村、さん、僕を置いてくなんて……ッハ、酷いじゃないですか……」

「う、うるせえ……そんな事、考えてる、余裕なんか、なかったっての……」

 

 とはいえ、橋本って実は女子だったわけで、となると俺は女子を夜の学校に放置したってことに……いや、深く考えるのはやめよう。事故だ、事故。

 

「そ、それよりだな、あれだけ幽霊を待ち望んでたくせに、なんでお前も、逃げ出してるんだよ……」

「し、仕方ないじゃないですか、怖かったんですから……」

 

 …………いや、気持ちは分かるが……。

 そんなことをぼやきながら、徐々に息を整えていく。

 

「……なんだったんだろうな、アレ」

 

 はっきりと、記憶に刻み込まれている。

 とてもこの世の物とは思えない、淡く光る()()。思い出すだけでもおぞましい。

 気のせいだった、と断じるには、あまりにもショックが大きすぎる。

 

「一応逃げながらデジカメのシャッターは切ったんですけど……見ますか?」

「…………遠慮しとく」

 

 とてもそんな勇気はない。

 それはそうと。

 

「橋本……いや、橋本さんって言った方がいいんですかね?」

「……ああ、谷村さんって女子相手には敬語でしたっけ。いいですよ、今まで通りで。そっちの方が気が楽ですよね?」

「ああ、助かるよ」

 

 正直、今更呼び方や話し方を変える方が違和感がある。

 

「取材はもう終わりだよな?」

「ええ。調べたいことはもう全部調べましたし……さすがにあんなものを見た後で校舎に戻ろうとは思いませんよ」

 

 (まだ断言はしたくないが)念願の幽霊を見れたというのに、橋本の顔は優れない。そりゃそうだ。あんなのが出てくるなんて、想定外だ。いや、ベタと言えばベタなんだが。

 

「そうか、ならもう帰ろうぜ。……近くまで送ってやるよ」

 

 こんな夜遅くに女子を一人で帰すのはさすがに忍びない。さっき置いてけぼりにしてしまったし。

 

「……ありがとうございます」

 

 そんなわけで、俺達は家路についた。

 

 

 

 

 

 ちなみに、帰ってから親にめちゃくちゃ叱られた事は言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 




というわけで、橋本君は橋本さんでした。
今回の話はバカテスらしさは薄いかなと思います。会話以外。
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