モブとテストと優等生   作:相川葵

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第四問 祭りの準備は熱を帯び

【清涼祭アンケート】

 学園祭の出し物を決めるためのアンケートにご協力ください。(2-F実行委員:谷村誠二)

『喫茶店を経営する場合、制服はどんなものが良いですか?』

 

 

 

 姫路瑞希の答え

『家庭用のかわいいエプロン』

 

 谷村誠二のコメント

 姫路さんらしくていいと思います。集客も見込めそうです。

 

 

 

 島田美波の答え

『ハロウィン風のコスプレ』

 

 谷村誠二のコメント

 お化け屋敷風となるとそれが良いかもしれませんね。

 

 

 

 須川亮の答え

『きわどい水着』

 

 谷村誠二のコメント

 バカかお前、んなことしたら鉄人に怒られあっ、鉄人! なんでここに痛っ――

 

 

 

 清涼祭の出し物は常識の範囲で行うように。(2-F担任西村)

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

「おーい、こっちに足場持ってきてくれ!」

「わかりました! 今行きます!」

 

 五月の太陽の光が突き刺さる放課後の校庭にて、そんな声が飛び交っていた。清涼祭まであと一週間。先日の幽霊騒動のことはひとまず考えないことにして、俺は運営委員の責務を果たしていた。

 

 

 

 

 二学年主任である高橋先生の作り出した総合科目のフィールドの中で、俺たち二年生の運営委員は召喚獣を操っていた。

 何をしているかといえば、当然俺たちに割り振られた仕事である召喚大会の会場の設営である。まあ、もちろん組み立てだなんだという作業は責任の持てる大人がするから、俺たちがやっているのはその手伝いなのだが。

 

「暑い……」

 

 五月とは思えない日差しが俺の体に突き刺さり、だらだらと汗が流れだしてくる。夏本番にはまだまだ早いのにどうしてこんなに暑いんだ。

 足場を指示された場所へと運び終えて、召喚獣を定位置へと戻す。ふと周りを見渡せば、橋本の召喚獣が土嚢(どのう)をえっちらおっちらと運んでいた。どうにも召喚獣の操作に慣れていないようだ。

 

「……手伝いに行くか」

 

 見れば、まだ運ぶべき土嚢はいくつか残っている。徐々に完成に近づきつつある会場を視界に入れながら、俺は自分の召喚獣を土嚢の方へと向かわせた。

 

「橋本、手伝うぞ」

「あ、谷村さん。ありがとうございます」

「あの土嚢を運べばいいのか?」

「はい。向こうの仮設ステージの辺りまでだそうです」

「分かった」

 

 それを聞いて、俺は召喚獣にひょいと残っている土嚢を背負わせて、指示された場所まで運ばせた。

 

「ちょっと前から思ってたんですけど」

「ん?」

「谷村さんって、召喚獣の操作が上手いですよね」

「……そうか?」

「そうですよ。今も簡単に運んだじゃないですか。土嚢を何個か担がせるって、結構大変じゃありません? 僕、二つも積んだらバランスを崩して前に進めないんですけど」

「ああ」

 

 言われてみれば、確かにそうかもしれない。ほかの生徒に比べれば召喚獣の扱いはうまい方だろう。けれど、それはおそらく経験の差だ。

 

「二年生になってから、試召戦争のおかげで召喚する機会が多かったからな。少なくとも、お前よりは」

「少なくともというか、まだ僕は試召戦争をやってませんからね」

「あれ、そうだっけ?」

「ええ。僕たちEクラスだけなんですよね。まだ試召戦争をやっていないクラスは」

 

 ええと、たしか……Bクラス、DクラスはFクラスと戦ったし、Cクラスは坂本の作戦でAクラスに攻め込んだんだっけ。

 

「あ、本当だ」

「下手に巻き込まれて今以上に設備が下がるのは嫌でしたから別によかったんですけど。今の戦力でほかのクラスに勝てるとも思えませんし」

 

 まあ、確かにそれは言えてるかもしれない。俺たちがDクラスとBクラスに勝てたのは、姫路さんやムッツリーニの好成績と坂本の采配が大きい。Eクラスにも似たような状況の人はいるだろうが、そもそも新学年になってすぐに試召戦争を仕掛けた俺たちの方が異常だ。

 

「まあそんなことはどうだっていいんです。ちょっと聞きたいんですけど、召喚獣を上手に操作するコツってありますか?」

「コツ?」

「ええ。さっきから見てもらって分かると思うんですけど、僕、召喚獣の操作が下手なんです。このままじゃ手伝いも満足にできないくらいで」

 

 そう言って、少し顔を伏せる橋本。

 

「まあ、やってればそのうち慣れるだろうが……コツか。そうだな……」

 

 少し考えてから、口を開く。

 

「そもそも、お前はどういう風に召喚獣を操作してるんだ?」

「どういう風に、と言われても……こう、前に進め、というか……」

 

 橋本は、歯切れの悪い、というよりどう表現していいかわからないといった話し方をした。

 

「まあ、そういう言い方になるよな。そもそも召喚獣の操作って感覚的なものだから口に出しづらいし」

「……ですよね」

「ただ、だからこそたぶん橋本は操作が安定しないんだ。要するに、指示がぼんやりしてるんだよ」

「ぼんやり?」

「橋本の操作が感覚的すぎるってことだな。召喚獣を動くイメージが橋本の中で固まってないんじゃないか?」

「ああ、そうかもしれませんね」

「もちろん、それで上手に操作できる人もいるんだろうが、きっと橋本には向いてないんだろうな」

「なるほど……」

 

 おそらく、この方法で召喚獣に操作するには経験が必要になるはずだ。具体的に召喚獣がどう動くかがイメージできれば、その通りに召喚獣は動くはず。けれど、経験の浅い橋本では、そのイメージがはっきりしないために召喚獣も思った通りに動かせないのだろう。

 

「だから、もっと具体的に細かく指示するのがいいんじゃないか? 漠然としたイメージじゃなくてさ。少なくとも俺はそうやってるが」

「……やってみます」

 

 そう言って、橋本は自分の召喚獣を見つめた。多分召喚獣の操作を念じてるんだろう。

 その橋本の召喚獣は、ぎこちない動きではあったものの、先ほどよりは多少安定しているように見えた。

 

「うーん、難しいですけど、少しマシになったような気もします」

「そうか? ならよかったが……まあ、俺のアドバイスも正しいかどうかわからないから、合わないなと思ったら適当に無視してくれ。とりあえず色々試してみるのがいいと思うぞ」

「わかりました。ありがとうございます」

 

 律儀に頭を下げる橋本。たいしたことはできてないからそこまでされる理由もないんだが……。

 そんなやり取りをしていると、

 

「ちょっと、谷村君たち!」

 

 と、吉井の声が聞こえてきた。

 

「手が空いてるならこっちを手伝ってよ!」

 

 雑談を理由にサボってるのがばれたらしい。

 

「わかったわかった! 今行く!」

「ううん……こうですかね……いや、違う考え方で……」

「橋本、お前も行くぞ」

「あ、はい」

 

 召喚獣の操作の練習をしていた橋本もつれて、俺は吉井のもとへと向かった。

 

 

 

 

「あ、来た来た谷村君! 早く手伝ってよ!」

「わかってるって。こんな暑い中頑張ってるんだ。少しくらい休ませてくれ」

「僕も休みたいんだよ!」

 

 ま、そりゃわかってるけどさ。だからこうして手伝いに来たんだし。

 

「ていうかさ、谷村君もそうやってサボったりしてるくせに、鉄人に怒られるのは僕が多いんだよね。納得がいかないんだけど」

 

 吉井が言ってるのはこの前の野球の時の話だろうか。

 

「そりゃ、お前は観察処分者なんだから扱いにも差があるだろ」

「何言ってるんだよ谷村君。谷村君が観察処分者になるのも時間の問題じゃないか」

「んだとコラ」

 

 言っていいことと悪いことがあるんだぞ!

 

「なるほど、『今日も吉井さんと谷村さんのカップルは仲睦まじい』、と」

「ちょっと待て橋本、今お前何をメモした」

「何って、記事に使えるかもしれないことをですね」

「俺と吉井のことは記事にするな!」

「『二人は噂されることを嫌い、二人だけの世界を楽しんで』……」

「そういうことじゃねえ!」

 

 なんもわかってねえぞコイツ!

 

「ん? ちょっと待って、二人とも。まさかとは思うけど、ここ最近妙な噂が立ってるのって橋本君が原因なの?」

「そうだ」

「やだなあ、人聞きの悪い。僕はただ学園に広まってる噂を集めてちょっとだけ脚色して記事にしてるだけで、責められるようなことは」

「その脚色が問題あるって言ってるんだよ!」

「ですけど、僕はまだ谷村さんのことを記事にしたことはないはずですよ?」

「え……?」

 

 言われてみれば、初めて取材を受けたあの日以来俺のことが校内新聞に載ったことはなかった。多分。

 

「そうか……なんか、すまん」

「まあ、取材の時にいろんな人に聞いてるからそのせいで噂が広まってるのかもしれませんけど」

「…………やっぱりお前のせいじゃねえか!」

 

 とまあそんな話はさておいて。

 

「で、吉井? 何を手伝えばいいんだ」

「ええと、僕に頼まれた仕事は、足場の設置と鉄材の運搬と戦場の土台作りとごみ捨てだから、半分くらい谷村君たちにお願いしたいかな」

「……なんかやけに多くないか?」

「僕は観察処分者だから操作には慣れてるだろうって、先生たちが……」

「なるほどな」

 

 確かに、吉井の操作技術はずば抜けている。フィードバックによる効率の低下を考慮しても、このぐらいは問題なくこなせるだろう。

 

「けど、それにしたって多すぎるんじゃないか? 最初の頃はこんな多くなかっただろ?」

「そういえばそうだね。どうしてだろう?」

「それはきっと、アイツらがいないからだな」

 

 と、会話に加わったのは黒崎だ。その後ろには村田さんもいるから、Cクラスの二人は作業がひと段落したところらしい。

 

「アイツら……ああ」

 

 黒崎の言ったアイツら、とはBクラスの運営委員である鈴木と金田一さんのことだ。

 

「そういえば、確かに鈴木君たち、最近全然来ないね。クラスの準備が忙しいのかな」

「クラスの準備が忙しいのは私たちだって同じよ、吉井」

 

 と、答えるのは村田さん。

 

「忙しい中、こうして運営委員の私たちは時間を作って作業に来てるんじゃない」

「そっか、そうだよね。僕たちのクラスだってそうだし」

「あなたたちFクラスが忙しいのは、準備を始めるのが遅かったからじゃないの?」

「う……」

「相変わらず村田さんは手厳しいですね」

「……私は正論を言ったまでよ」

 

 少し不機嫌そうになる村田さん。

 

「確かにそうですね。Fクラスが忙しいのは自暴自棄か」

「谷村さん、『自業自得』って言いたいんですか?」

 

 橋本の指摘。へえ、そういう言葉もあるのか。

 

「まあ、あなたたちは運営委員の仕事にこうして参加してるからあの人たちよりましだけどね。まったく、私だって炎天下の中こうして働いているというのに……」

「まあ、落ち着けって村田。アイツらも事情があるんだろうさ」

「黒崎は優しすぎるのよ。今度会ったらガツンと言ってやらないと」

 

 ここ最近村田さんと話していて思うが、村田さんはどうも正義感が強いというか、思ったことを言わないと気が済まない性格のようだ。まあ、その内容は間違っているわけじゃないし、とても立派だと思う。

 

「そんなことよりさ、早く僕の仕事を手伝ってよ」

「そうね。足場の設置は操作に慣れている吉井じゃないと難しいだろうし、それは吉井に任せるわ。その他を私たちで分配するわね」

 

 と、村田さんはテキパキと仕事を仕分けしていく。坂本ほどではないにしろ、村田さんもこういった作業が得意なようだ。

 

「じゃあ、作業に取り掛かるわよ」

「ああ」

 

 こうして、清涼祭準備の放課後は過ぎていった。

 

 

 

 

「今日の作業はここまでになります。みなさん、気を付けて下校してください」

「「はーい」」

 

 高橋先生の号令と同時に、召喚フィールドが消滅する。

 

「疲れた……しんどい……」

 

 死にそうな声で吉井が嘆く。

 

「ああ、まったくだ」

「谷村君はまだいいじゃないか。僕はフィードバックのせいで召喚獣の疲労まで蓄積されるんだからね?」

「いやいや、観察処分者でもない俺は少なからず集中力がいるんだからな。こっちだってしんどいんだぞ」

「それなら僕だって――いや、もうやめとこう」

「……だな、あまりにも不毛だ」

 

 なんて会話をしていると。

 

「お疲れ。吉井君に谷村君」

 

 学年次席の秀才が声をかけてきた。

 

「お疲れ、久保君」

「吉井君、大変だったみたいだね」

「え? ああ、うん」

「仕事を多く割り振られているのは見えていたから手伝いに行けたらよかったんだが、あいにく僕の方も手が離せなくてね。すまなかった」

「そんな、謝らないでよ久保君。他の皆に助けてもらったから大丈夫だし」

「そうか……」

 

 どこか残念そうな久保。なんていうか、真面目な奴だな。

 

「ところで谷村君」

「ん?」

 

 久保に話しかけられる。なんだ?

 

「先日君に課した宿題はきちんとこなしたかな?」

 

 宿題……ああ。

 

「もちろん。当たり前だろ? もともとこっちから頼んだんだからな」

「ん? 宿題?」

「実はな、少し前から久保に勉強を教わってるんだ」

「な……なんだって……」

 

 そう口にしながら足を止める吉井。

 

「まさか勉強を教わるなんて考えるヤツがFクラスにいるなんて……」

「……まあ、俺自身も少し驚いてるからな。ここ最近の勉強時間に」

「どのくらい勉強してるの?」

「んー……30分くらいだったかな?」

「そ、そんなに!? 谷村君、一日は25時間しかないんだよ!? 30分も勉強に使っちゃってどうするのさ!」

「どうだ、すごいだろ吉井! そして一日は24時間だ!」

「し、しまった! 気が動転して……!」

「君たち。その勉強時間は決して誇れるものじゃないぞ」

 

 え? でもこれまでの三倍近いぞ?

 

「まあ、これまでは自習をまったくやっていなかったようだから、十分な進歩と言えるかもしれないけどね」

 

 と、眼鏡を指で上げながら語る久保。うん、やっぱりそうだよな。

 

「じゃあ、勉強の成果をクイズ形式で確かめてみようか」

「よし! 答えてやろうじゃないか!」

「では第一問。"ordinary"の意味は?」

「………………もはやこれまで、か」

「かなり基本的な単語なんだが……それに、宿題をちゃんとやっていればわかるはずだぞ」

「いや! 宿題はちゃんとやったんだ! 覚えてないだけで!」

「それでは意味がないじゃないか」

 

 "ordinary"……オーディナリー……おーでぃなりー……おりじなりー……。

 

 

 

 オリジナリティー!

 

 

 

「わかった! オリジナリティー、つまり『独創性』だ!」

「残念。答えは『普通の』、だ」

「……あと一歩、か」

「いや、全然違うと思うんだけど」

 

 あとは答えの方向を180度捻れば正解だった。

 

「あはは、きれいに真逆だったね!」

 

 と、快活に笑うのは愛子だ。

 

「じゃあ愛子は今の分かったのかよ」

「あったりまえでしょー? ボク、Aクラスだよ?」

「だったら俺から愛子に問題だ! 『賛成する』を英語で?」

「"agree"」

「くっ、正解だ!」

「谷村君、今のは僕でもわかったよ」

 

 嘘、"agree"って結構難しくない?

 

「じゃあ今度はボクから問題ね。"bread(ブレッド)"は日本語で何?」

「ブレッド? ふっ、さすがにこれはわかるぞ」

「まあ、簡単だよねー」

「ああ。答えは『剣』だ!」

「……えっ」

 

 あっけにとられる愛子。えっ、違うの?

 

「……谷村君。おそらく君は"blade(ブレード)"と勘違いしているな」

「ああ、そういうことか。正解は『パン』だよっ!」

「はぁ? パンはもともと英語だろ?」

「いや、パンの語源はポルトガル語だ。確かに勘違いしやすいものだが……これは知っておくべきものだぞ」

「そうだったのか……」

 

 自分の知識のなさに、改めてショックを受ける。もしかして、俺ってバ……いや、今のはちょーっとだけ勘違いがあっただけで、俺は別にバカってわけじゃない! はずだ!

 

「……谷村君、もしかして君の英語の成績はかなり低いんじゃないか?」

「まあ、久保からすれば低いだろうけど……」

「この前の試召戦争の時ってどうだったの?」

「えーと……確か、英語は23点だったかな」

「「「23点!?」」」

 

 ハモる久保達。

 

「Fクラスなんてそんなもんなんだよ。なあ吉井?」

「いや、僕でも50点はとれるけど……」

「なんだとっ!? これでも古典よりはマシなんだぞ!?」

「君の古典はどれほど低いんだい?」

 

 頭に手を当てながらそううめく久保。いや、なんて言うか、古典も外国語みたいなもんだし?

 

「とにかく、谷村君。宿題はこなすだけではだめだ。基本的なものだけでもいいから、英単語や文法を一つ一つ覚えていこう」

「ああ……わかったよ」

 

 正直面倒だが、もともと俺が言い出した話に久保がわざわざ付き合ってくれているのだ。それに、少しでも木下さんに釣り合う男になるためでもある。頑張っていこう。

 

「あと、もう一つのアドバイスだが、頻繁にテストを受けるというのも有効な勉強法の一つだね」

「そうなのか?」

「ああ。テストは自分の学力を試す場だからね。自分が何ができて何ができないのかがはっきりするんだ。それを把握するのは勉強の上で非常に役に立つものだよ」

「なるほどな……」

 

 テストなんて面倒なだけだと思ってたけど、そういう考え方もあるんだな。やっぱりAクラスの生徒はテストのとらえ方からして違うのか。

 

「僕はよく先生に頼んでテストを実施してもらっているよ」

「テストを実施……ってそんなことできるのか!?」

「できるよー」

 

 と、答えるのは愛子。

 

「ボクもそうだし、代表とか優子もよくやってるね」

「この学校は試召戦争があるだろう? そのために問題の準備は十分にしてあるようだ」

「へえ……そうなのか」

「生徒からしても点数の更新が頻繁に行えれば召喚獣の強化につながるし、学校としても勉強のモチベーション向上になるから、基本的にはいつでも頼めば実施してくれるはずさ」

「知らなかった……」

 

 と、Aクラス二人の説明を聞いて吉井が声を漏らす。俺も初めて知った。

 

「知らなかったって言うケド、入学したときにいつでもテストが受けられるって説明されなかった? 試召戦争もあるし、二年生になるときにも改めて説明があったはずだよ」

「「説明されなかった」」

「……覚えてないだけじゃない?」

 

 まあ、Fクラスの連中なんて、(俺を含めて)テストを受けるのなんかなるべく避けたがってるから、そんな情報一瞬で忘れたのだろう。けど、テストを腕試しのように受ける、という考え方は面白い。勉強を頑張れば点数も上がっていくだろうし、これからはたまに受けてみようか。

 

「とはいっても、谷村君はまず基礎学力をつけるのが先決だね。今度、僕が中学の時に使っていた英語の参考書を持ってくるよ」

「中学って、流石にそこまでは」

「いや、君の成績はそのレベルだ」

「……」

 

 学年次席に断言されちゃあこちらとしては言い返せない。

 中学レベルから目指すのは高校生のトップクラスかあ……道のりは遠いな……。

 

「それと、これは一つ言っておくよ」

「ん? なんだ?」

 

 はるか遠くのゴールに思いを馳せていると、久保が話しかけてきた。

 

「君に協力するのはあくまでも学業に励みたい、という君の意思を受けてのものだ」

「あ、うん。わかってるけど」

 

 正直、とてもありがたいと思ってるし、今更久保は何を言うつもりなのだろう。

 そう疑問に感じていると、久保は軽く吉井を一瞥してから口を開いた。

 

「だから、僕は別に君からの略奪愛をあきらめたわけじゃないということは肝に銘じておいてくれ」

「だからそれは勘違いだって言ってるだろ!?」

 

 どうしたら俺と吉井の噂をなかったことにできるか、ということを考えながら、俺たちはそれぞれの教室へと戻った。

 

 

 

 

 教室へと戻ると、出店の準備をしていた生徒のほとんどが帰り支度を終えていた。一緒に戻ってきた吉井は坂本に呼ばれてどこかへ行ってしまったので、俺はとっとと帰ることにした。今日も疲れたし、下校時刻も近いから。

 一人階段を下りていけば、とある掲示が視界に入った。

 

「ん……トーナメント表か」

 

 清涼祭で行われる試験召喚大会の対戦表だ。当日まで一週間ということもあって、いつの間にか張り出されていたらしい。

 名前欄を眺めていけば、きちんと俺と橋本の名前もあった。一回戦の相手は……『2-D 平賀源二 & 2-E 三上美子』って、平賀かよ!

 『美子』って、どう考えても女子だよな……アイツ、女子と一緒に出やがって。もしや優勝するともらえる如月ハイランドのチケットが目当てなのか? そうだとすれば、早急に須川たちとともに平賀を問い詰める必要があるが……。

 なんてことを考えながら対戦表を眺めていると、

 

「……ん?」

 

 見知った名前が並んでいることに気が付いた。

 

「吉井と坂本? アイツらも出るのか?」

 

 この前召喚大会の話になったときはあまり興味がある感じでもなかったのに、いったいどうしたんだろう。橋本と同じで参加賞に釣られたケースか? けど、そんなのにあの坂本が付き合うとも――

 

「――って、根本が言ったんだよ!」

「マジでー?」

 

 突如、そんな声が聞こえた。

 声の主は誰だろう、と思いながら振り向くと、2-Bの運営委員である鈴木と金田一さんが階段を下りてきているところだった。

 

「そうそう……って、あ?」

「あ」

 

 ぼうっとその様子を眺めていたら鈴木と目がバッチリ合ってしまった。

 

「なんか用か、谷村」

「用っていうか……」

 

 目が合ったのは偶然だったが、言いたいことがあったのでちょうどいい。

 

「お前たち、なんで運営委員の集まりに来ないんだよ」

「……チッ」

 

 鈴木は、俺の言葉を聞くとバツが悪そうに舌打ちをした。金田一さんはというと、興味なさげに爪を眺めている。

 

「クラスの準備が忙しかったんだ。運営委員の方に顔を出す余裕がなかっただけだ」

 

 思った通りの答えが返ってきた。

 それを嘘だと断じることはたやすいが、それを証明することはできない。もしかしたら本当に準備が忙しくて、今日も今までクラスの準備をしていたのかもしれない。けれども、

 

「それは皆同じだろ。ほかのクラスの人は、ちゃんと忙しい中毎日来てるわけだし」

「いいだろ、別に。大体、他の連中が来てるならオレたちは行かなくて大丈夫だろ?」

「大丈夫な訳――」

「現に、この状態でうまく回ってるんだろ? だったら問題ねえじゃねえか」

「お前たちがいない分、俺たちの負担が余計に増えてるんだよ」

「……わかったよ、時間があったら行ってやるよ」

 

 鈴木は、面倒になったのかそう言って話を切り上げた。……この言い方だと、おそらく明日も二人は来ない気だろう。

 ハア、と心の中でため息をついていると、

 

「ところで、対戦表の前に立ってたってことは……まさか、お前も召喚大会に出んのか?」

 

 と、鈴木が口にした。

 

「そうだけど……『お前も』ってことは、鈴木、お前もか?」

「ああ。オレと(かおる)でな」

 

 金田一さんのことを顎で示す鈴木。

 対戦表の名前欄を一つずつ確認していくと……あった。確かに、二人の名前が書いてある。もしも俺たちと向こうがどっちも勝ち上がれば、三回戦で当たる位置だ。

 

「ったく、残念だぜ」

「残念って、何が」

「お前を直接ぶちのめせないことだよ」

 

 人差し指を俺に突き付けながら、鈴木はそう言い放つ。

 

「オレ達の初戦の相手はお前のペアじゃなかったはずだ。だったら、もう戦うチャンスがないだろ」

「は? それって、どういう」

「お前のペアは速攻で負けるだろって言ってんだよ、物分かりが悪いな」

「…………」

 

 ……ようやく、鈴木の言いたいことが分かった。

 要するに、こう言われているのだ。『お前たちは初戦で負ける』と。

 実際、俺たちはFクラスとEクラスのペアだし、そもそも勝ち上がろうという気が全くない。もともと俺は橋本の付き添いだし、その橋本は参加賞が目当てだから、初戦突破をする気もないだろう。そりゃあ勝てるなら勝ちたいけど、それはそれだ。実力的にも劣っている二人が、やる気もない状態で勝ち上がれるわけがない。

 だから、その侮辱も黙って聞いてやろうと思った。

 

 

 

 ――対戦表を見ていた金田一さんが、次の言葉を放つまでは。

 

 

 

「あ、谷村のペアってあのバカか。バカ同士でお似合いじゃん」

「……え?」

 

 あのバカって、橋本のことか? どうして金田一さんは橋本のことをそんな風に呼ぶんだろう。

 俺のことをバカと呼ぶのなら、ぎりぎり500歩譲ってわからなくもなくもない。だって、俺は認めたくないがFクラスだから、バカとしてひとくくりにされるのは非常に不服ながらも受け止めなければならないことかもしれなくもない。

 けど、橋本は違う。Eクラスは確かに下位層のクラスではあるが、バカとまで言われるほどじゃないはずだ。

 

「ん? 香、コイツのこと知ってんのか?」

「一年の時に同じクラスだったのよ。で、ほらアレ」

 

 そう言いながら金田一さんが指さすのは、校内新聞だ。以前俺が破いてしまったものと同じ号だが、すでに新しいものが貼り直されていた。

 

「校内新聞がどうした?」

「アレを書いてんのがアイツなんだよ」

 

 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら、二人は会話を続ける。

 

「笑っちゃうよねー。誰もこんなの見てないのにさ」

「ハハ、まったくだな!」

「こんなくだらないことに時間費やして、挙句成績落としてEクラスって! ホントバカだよ、アイツ!」

 

 

 

「バカにするな!」

 

 

 

 考えるより先に、口が動いていた。

 

「……何、急に?」

 

 笑うのをやめて、こちらをにらみつける金田一さん。

 

「橋本をバカにするなよ。アイツがやってることは、くだらなくなんかない」

「くだらないでしょ。あの校内新聞に書いてあることってゴシップばっかじゃん。ほんとかどうかもわからないようなさ。ま、別にちゃんと読んだわけじゃないけど」

 

 内容は、確かにそうかもしれない。中身をほとんど読んでいない俺でさえ、有益な情報が対してないことはわかる。

 けど、そもそもまともにあの新聞を読んでいない俺や金田一さんが内容の是非を問うのはお門違いだ。

 第一。

 

「第一、それはアイツをバカにする理由になんかならないだろ」

「そのせいで成績を落としてても? 誰のためになってるのかわからなくても?」

「当たり前だ」

 

 一週間前、深夜に二人で学校に忍び込んだとき、アイツの表情は真剣そのものだった。記事のために学校に忍び込むなんて、生半可な決意でできるわけがない。

 だから、それが笑い飛ばされて、良いわけがない。

 

「人が本気でやってることを笑うなよ!」

 

 柄にもなく、はっきりと俺は二人に告げた。

 

「……意味わかんない」

「行くぞ、香。どうせバカの戯言だ」

 

 二人は、そう言って下駄箱の方へと向かっていった。

 

「…………」

 

 俺の言葉は二人にはイマイチ届いていないようで、妙に悔しかった。ええと、確かこんな状況を表すことわざが……暖簾にくぎ打ち、だっけ?

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 

「……決めた」

 

 今度の召喚大会で、アイツらをぶちのめしてやる。

 別に、アイツらを倒したからって何の証明になるわけでもないし、何かのためになるわけじゃない。俺がバカ扱いされるのも、正直最近慣れてきた。

 けど、橋本が、橋本のやってることがバカにされるのは、どうしても許せなかった。

 

「……とは言ってもなあ」

 

 実際問題、どうやって倒せばいいのだろうか。

 俺たちの戦力は、たかが知れている。かつて俺は島田さんとともに4人のBクラス生徒に勝利したことがあるが、あれはこちらが点数で有利だったことと、相手が大人数の立ち回りを理解していなかったことが大きな勝因だ。

 今回の召喚大会では、どうあがいても点数の不利はぬぐえない。総合科目の点数は、俺と橋本を足してようやくBクラス一人分と言ったところだろう。そして、試合だから不意打ちも使えない。

 こうなると、アイツらを倒すことはおろか、勝ち進むことすら怪しい。ううん……。

 

「どうするか……」

「どうするって、何をですか?」

「おわぁ!」

 

 逆転の秘策を考えている俺に突如声がかけられ、叫んでしまった。

 

「な、なんだ、橋本か。脅かすなよ」

「脅かしたつもりはないんですけど……で、何か悩み事ですか?」

「なんでもない、こっちの話だ」

 

 これは、個人的な俺の喧嘩だ。橋本に協力してもらう必要はない。

 

「お前こそ、なんだそれ」

 

 橋本は、体に似合わぬ大きな模造紙を丸めた何かを抱えていた。話題を変える意味も込めてそれを指摘すると、

 

「ああ、新しい校内新聞ができたんですよ。だから、貼りに来たんです」

 

 そういいながら橋本は掲示板の校内新聞をはがし始めた。

 

「そんなの、明日の朝にでもやればいいだろ。さっきまで運営委員の仕事があったんだし、わざわざ今日のうちにやらなくても」

「何言ってるんですか。情報は鮮度が命ですから。できたその瞬間から貼り出すべきなんですよ」

「ふうん……」

 

 今日の放課後でも明日の朝でも、どっちにしても校内新聞を見る人数は変わらない気がする。それでも今日のうちに張ってしまおうと考えたのは、橋本なりのポリシーなのだろう。

 そして、思う。校内新聞のことについて話す橋本は、やはりどこか生き生きとしている気がする。

 

「そういえば、召喚大会の対戦表は見たか?」

 

 校内新聞の掲示を終えた橋本に、そんな質問を投げかける。

 

「ええ、まあ。一応は目を通しましたよ」

 

 淡白な反応。橋本は召喚大会は参加することに意義があると言っていたし、初戦の相手も気にしていないだろう。

 と、思ったら。

 

「というか、あれ作ったの僕ですし」

「え?」

「召喚大会の申請や管理って、運営委員の三年生が担当してるんですよ。で、対戦カードが組み終わって掲示するって話になったので手伝ったんです」

「ふうん」

「でも、ちょっとおかしいんですよね」

「おかしいって、どこが?」

「召喚大会は、試合ごとに戦う科目が変わるんですよ」

「え、そうなのか? 総合科目で戦うんじゃなくて?」

「はい。これは例ですけど、一回戦は現代国語、二回戦は化学、みたいにどんどん切り替わっていくんです。まあ、そうでもしないと何試合かしたらすごく低い点どうしの試合になりますからね」

 

 そうか。ずっと総合科目で戦っていけば、自然とだんだん派手さに欠ける試合になっていく。試験召喚システムを宣伝する行事らしいし、それは学校側の思惑に背くのだろう。

 だったら。科目次第で勝機はある。

 

「その科目って、わかるか?」

「いや、それがおかしなところなんですよね」

 

 そう言いながら、橋本は対戦表を指さした。

 

「科目がまだ決まってなかったんですよ」

「決まってない? 対戦カードは決まってるのにか?」

 

 言われてみれば、確かにどこにも科目に関しての言及がない。

 

「ええ。あと二、三日もしたら決まるらしいですよ」

「そうか……」

「一体どういう事情があるんですかね? 対戦表を見てから科目を決める気なんでしょうか」

 

 ぶつぶつと何かつぶやく橋本をよそに、俺は考え込む。

 今日から数えて二、三日。清涼祭までの残り日数を考えれば、ギリギリで何とかなる……か?

 

「橋本。召喚大会の科目が決まったらすぐに俺に教えてくれるか?」

「別にいいですけど……どうしてですか?」

「ちょっと気になってな。さて、これから忙しくなるぞ」

「何言ってるんですか、結構前から忙しいですよ」

「より一層、って意味だ」

「……言ってる意味がよくわからないんですけど」

 

 平賀の尋問は見送ってやる。

 そんなことをしている暇なんか、無い。




文字通りの準備回。
次回、ようやく清涼祭本番です。
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