モブとテストと優等生   作:相川葵

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第六問 困難を越えて行け

【清涼祭アンケート】

 学園祭の出し物を決めるためのアンケートにご協力ください。(2-F実行委員:谷村誠二)

『喫茶店を経営する場合、ウェイトレスのリーダーはどのように選ぶべきですか?

 【①かわいらしさ ②統率力 ③行動力 ④その他(  )】

 また、その時のリーダーの候補も挙げてください』

 

 

 

 姫路瑞希の答え

『【②統率力】 候補……島田美波』

 

 谷村誠二のコメント

 あのFクラスをまとめられるのは島田さんと坂本くらいだと思います。

 

 

 

 工藤信也の答え

『【①かわいらしさ】 候補……姫路瑞希 島田美波 木下秀吉』

 

 谷村誠二のコメント

 三人ともかわいいからな。この中で一番を決めろと言われると困ってしまう。

 

 

 

 須川亮の答え

『【④その他(胸)】 候補……姫路瑞希』

 

 谷村誠二のコメント

 お前最低だな!! 島田さんも運営委員を手伝ってくれてるからこれ見るんだぞ!!

 ……あ、いや、別に何か意図があって言ったわけじゃないんです、島田さん。ホントですホント。だからその机はおろしてもらえませんか。

 

 

 

  ☆☆☆☆☆

 

 

 

『きったねえ店だな! これが食い物を扱う店かよ!』

 

 三階まで戻ってくると、Fクラス教室の中からそんな怒号が聞こえてきた。およそ穏やかな様子ではない。

 教室の前では、坂本と吉井が中を覗き込んで何やら話し合っていた。

 

「おい、どうしたんだ?」

「谷村か。いや、俺たちも今戻ったところなんだが、どうやら営業妨害にあっているみたいだな」

「営業妨害?」

 

 たかが学園祭の出店で?

 気になって俺も教室の中を覗いてみる。

 

「ホント汚ねえよなあ、マジで」

「廃墟風とかじゃなくて廃墟そのものだろ」

「こんなところで食ったら腹下しそうだな!」

 

 大声で話し合う男たち。制服を着ているところとその体格を見ると三年生か? 髪型はソフトモヒカンと坊主。覚えやすくて助かる。

 周りに聞かせるように強調して話しているところを見ると、意図的に営業妨害をしているのは間違いなさそうだ。お化けジュースとアイスを注文したようだけど、手を付けていないし。

 

「ひどい話だよね。ちゃんと掃除したし、机も殺菌してるのに」

「ああ。多分アイツらも分かって言ってるんじゃないか?」

 

 しかし、2-Fは不衛生だなんて噂が流れたら喫茶店としては致命的だし、そもそも店内で騒いでいるだけで客足は遠くなる。

 いちゃもんはつけたもん勝ちなのだ。

 

『……ちょっと違う店に行こうか』

『そうだね』

 

 ガタリと席を立つお客さんもいる。早急に手を打たないと。

 

「じゃ、ちょっくら始末してくるか」

 

 首をコキコキと鳴らしながら教室へと入っていく坂本。何か策があるようだ。

 なら、俺もできることをしようかな。

 

「あれ? 谷村君、どこへ?」

「ちょっと、武器を取りにな」

 

 

            ☆

 

 

「お、覚えてろよっ!」

 

 武器を手に入れて店の方に戻ってくると、モヒカン先輩が倒れた坊主先輩を引きずって飛び出してきた。廊下で待機していた吉井もドン引いている。坂本の策はバッチリ決まったようだ。

 

「申し訳ありません。2-F実行委員の谷村です。何か不手際があったようで」

「不手際どころじゃねえぞっ!?」

「そこでお詫びと言ってはなんですが、目玉商品の火の玉ゼリーをお渡しいたします」

「ああ!?」

 

 青筋を浮かべてキレるモヒカン先輩。よほどお怒りの様子だ。

 俺の手から火の玉ゼリーをかっさらっていく。

 

「ぜひまたお越しください」

「二度と来るかボケェ!」

 

 ぺこりと頭を下げる俺に背を向け、モヒカン先輩は教室を離れていった。

 ふう、うまくいった。

 

『お騒がせいたしました。今お見せした通り、あのお客様方にはご退店いただきました。

 また、当店は清掃を入念に行っている上調理は別室で行っており、衛生面には大変気を配っております。ご安心ください』

 

 教室の中からは、坂本の声が聞こえてきた。モヒカン先輩たちの後始末をしているのだろう。

 

『ご迷惑をおかけしたお詫びとして、現在店内にいらっしゃる皆様には一品サービスさせていただきます。それでは、引き続き当店でお寛ぎください』

 

 坂本はそう締めて、廊下へと戻ってきた。

 

「ふぅ。まあ、こんなところだな」

 

 小さく息をつく坂本。こういう仕事は本当に頭が回って助かる。

 

「お疲れ、雄二」

「おう」

「坂本、アイツらに何やったんだ?」

「見てなかったのか? 別に大したことはしてないさ。『パンチ、キック、プロレス技による交渉術』を実践しただけだ」

「なるほどな」

 

 分かりやすいネーミングだ。

 

「雄二よ、もう挨拶は済んだのかの?」

「あの迷惑な連中は帰ったのか?」

 

 そこへやってきたのは秀吉と工藤。大量の火の玉ゼリーをお盆に乗せている。坂本に頼まれたのだろう。

 ちなみに、ホール担当の工藤は白装束に白い覆面という格好だ。というか、秀吉以外でホールを担当する男子は皆この格好である。ほら、顔を見せるのは可憐な三人だけでいいだろ?

 

「ああ。お詫びのことも伝えてある。運んでおいてくれ」

「「了解(なのじゃ)」」

 

 お詫びの品を出すということは直接的に損失につながるが、誠実な対応は必要だろう。口コミで火の玉ゼリーの評判も広まれば万々歳だ。

 

「にしても、もったいなかったよね」

「ん、何がだ?」

 

 残念そうな吉井。

 

「だって、一応体裁を整えるためとはいってもさ、あのモヒカン先輩にまで火の玉ゼリーをあげることなかったのに」

 

 ああ、そのことか。

 

「それなら心配ないぞ」

「え?」

「アレ、姫路さん特製の必殺ゼリーだから」

 

 すると、突如少し離れた場所でドサリと音が聞こえた。

 

『お、おい、いきなり人が倒れたぞ……』

『大丈夫なのかしら……?』

 

 よし、アイツら食べたみたいだな。

 

「……お前、実は相当キレてたんだな」

「当たり前だろ、坂本。あれだけ必死になって準備したんだ。台無しにされてたまるか」

 

 なんの意図があるのかは知らないが、あんなあからさまな営業妨害、許すわけがない。

 

「じゃあ、アレを回収して捨ててくるから。お化け喫茶は任せたぞ」

「あ、うん」

 

 さすがに死体を放置するのはまずいからな。

 廊下に転がるモヒカン先輩と坊主先輩のもとまで行くと、かろうじてまだ息があった。悪運のいい人たちだ。

 首根っこをつかんで引きずる。ううん、重いな。

 

「谷村、お前何やってるんだ?」

 

 そんな作業をしていると、後ろから声を掛けられる。須川だ。

 

「何って、掃除だよ」

「掃除?」

「ああ、適当な空き教室に放り込んでおこうと思って」

「あっそ」

 

 興味のなさそうな須川。まあチンピラに興味を持てというのも無理な話か。

 

「須川、ちょっと手伝ってくれないか? 俺一人じゃちょっと大変なんだ」

「悪いが、それは無理だ。俺にはすべきことがあるからな」

 

 すべきこと?

 

「何する気だお前」

「いいか? この清涼祭には地域の内外から大勢の女性がやってくるんだ。このチャンスを逃してたまるか! そんな訳の分からんチンピラどもにくれてやる時間なんかないんだよ!」

「なんだ、ナンパか」

 

 いかにも須川が考えそうなことだ。

 

「なんだとはなんだ! このままだと青春を棒に振ることになるかもしれないんだぞ! いいか? ウチの学園祭には幸せなカップルができやすいとかいう噂もあってだな、そのビッグウェーブに乗らない訳には」

「で、何連敗中なんだ、須川?」

「おい! なんで連敗前提なんだよ!」

「違うのか?」

「…………………………38連敗中だよ」

「お前よく心が折れないな」

 

 鋼のメンタルすぎる。というか、まだ清涼祭が始まって30分くらいしか経ってないぞ。

 

「いいか? 諦めなければいつか夢は達成できるんだよ。諦めた瞬間に、その夢へ到達する機会は失われるんだ」

「いいこと言ってるように聞こえるが、ナンパのことだよな?」

「あ? お前、ナンパをなめてやがるな。ナンパってのは崇高な男女の駆け引きで――あ、美人発見! ヘイお姉さん! 俺とお茶しませんか!」

 

 ナンパの伝道師は、俺(with チンピラコンビ)への熱弁を打ち切って廊下を走っていった。

 仕方ない。この二人は俺一人で運ぶか。

 

「……あ、39連敗目」

 

 記録更新に励む須川に背を向け、二人を引きずっていく。確か二階に誰も使ってない空き教室があったはずだ。

 そう思って階段を下りていくと。

 

「ん?」

 

 視線の先で、何か白いものが揺れた気がした。

 その白い影は、廊下の角を曲がっていった。その先は俺の目指す空き教室しかなかったはずだが。

 パッと見は白装束っぽかったから、ウチのクラスか他のお化け屋敷のクラスの誰かだろうか。

 

「まあいいや。とっととこいつらを捨ててこよう」

 

 白い影を追う形で俺も角を曲がる。その先には誰もいない。

 空き教室に入ったのか、と思ってこっそりその中を伺った。

 

「……あれ?」

 

 空き教室には、誰もいなかった。

 

「見間違い……か?」

 

 ふと、脳裏に夜の学校の思い出がよみがえる。まさか、今の、

 

「……気のせいだろ」

 

 背中を駆け抜ける悪寒に気づかないふりをして、俺はモヒカン先輩と坊主先輩の死体(まだ生存中)を空き教室に放り込んだ。

 逃げるように、俺はお化け喫茶へと戻っていった。

 

 

            ☆

 

 

 教室に戻ってからは、調理班としてお化け喫茶の手伝いをしていた。客の入りはまあまあと言った感じだ。坂本の対処のおかげか姫路さんの必殺ゼリーによるものかはわからないが、チンピラコンビはおとなしくしてるようだ。

 一時間程手伝ったあたりで、召喚大会二回戦の時間となった。ちょうど来客の流れも落ち着き始めたので、橋本と合流するためにお化け喫茶に別れを告げた。

 廊下に出ると、すぐに目的の人物を見つけることができた。

 

「いやー、これぞ清涼祭って感じですね! 色んな格好の人たちが校内を闊歩して盛り上がってていいですねえ!」

 

 などと叫びながら校内でパシャパシャとシャッターを切っていたからである。なんだあのテンション。

 

「……よう、橋本」

「あ、谷村さん。お化け喫茶の調子はどうですか?」

「まあ、ぼちぼちってところだ。お前は何やってんだ?」

「何って、見てわからないんですか? 校内新聞用の写真を撮ってたんですよ」

 

 いや、それはなんとなくわかるが。

 

「テンション上がってんな、と思ってな」

「そりゃあ、これだけ校内新聞に使い甲斐のある風景が広がってたらテンションも上がりますよ」

 

 よほど楽しいんだろうな。俺と話してる最中もカメラを構えて写真を撮っている。

 

「その辺にしとけ。そろそろ二回戦の時間だぞ」

「あ、そうですね。向かいますか」

 

 ひとまず写真撮影を切り上げた橋本とともに、俺は特設ステージへ向けて歩き出した。

 

「そういえば、そんな堂々とカメラを出しててもいいのか?」

「え?」

「だってほら、カメラって明らかに不用品だろ? 先生に見つかったら没収されるぞ」

「ああ、それは大丈夫ですよ。このカメラは新聞部の活動に必要なものとしてきちんと申請してますから」

「あ、そうなのか」

 

 しっかりしてるなと思ったが、冷静に考えたら当たり前か。不用品の没収には厳しいこの学校だが、その反面で生徒の自主性に託した部分は大きい。きちんと教師側と連携を取っていれば問題はないのだろう。

 

「まあ、申請してないカメラもあるんですけど」

「おい」

「大丈夫ですよ。それは完全に僕の趣味用のカメラなので」

「趣味用ねえ……何を撮ってるんだ?」

「ななななななんでそそそれを谷村さんに言う必要があるんですか!?」

「動揺しすぎだろ」

 

 こいつ、どういう趣味があるんだ……。

 

「あ、ほ、ほらっ! 試合コートに着きましたよ」

 

 強引に話を打ち切る橋本。……気にはなるが、今は置いておこう。召喚大会が優先だ。

 コートには、二人の男子生徒が待っていた。次の対戦相手だ。クラスと名前の確認のためにトーナメント表を見て、目を疑った。

 

「え、君たち、一年生?」

「はいっ! 先輩方、よろしくお願いします!」

 

 バッと顔を上げて確認すれば、対戦相手のうち、メガネをかけた短髪の方がハキハキとした返事をした。

 

「自分は一年Cクラスの今井です! よろしくお願いします!」

「あ、ああ。よろしく……」

 

 90度に腰を折ってお辞儀をする今井君。その元気の良さと礼儀の正しさに圧倒される。

 

「ほら、君も」

「……松永」

 

 今井君に促され、もう一人の男子生徒も名前を口にする。長身で、目が隠れるほど前髪の長い松永君は、土屋に似て口数が少ないようだ。

 

「す、すいません、先輩方!」

「あ、いや、別に構わないが」

「松永君はちょっと無口なんです! 根暗なだけで、こんな図体ですが本当はいい奴なんです!」

「……」

 

 今井君、フォローしてるようでフォローできてないからな。松永君がめちゃくちゃ睨んでるぞ。

 

「二年Fクラスの谷村だ」

「二年Eクラスの橋本です。新聞部で校内新聞を書いてますので、よろしくお願いしますね」

 

 一方的に挨拶させるのも悪いので、こちらも自己紹介をする。橋本は、いつぞやに俺も貰った名刺を二人に配っていた。

 

「おお、橋本先輩! ありがとうございます!」

「取材の際はご協力お願いしますね」

「はい! 自分に答えられることなら何でもお答えいたします!」

「じゃあ、俺から一つ聞いてもいいか」

 

 さっきから、気になっていたことがある。

 

「はい! なんでしょうか、谷村先輩!」

「お前たち、どうして召喚大会に参加しようと思ったんだ?」

 

 今井君たちは、一年生。一年生の五月の時点では、召喚獣を扱ったことがないどころか、定期テストすらまだのはずだ。つまり、全くの試験召喚初心者で大会に参加することになる。

 もちろん、先生に頼めば練習のための召喚許可をもらったり召喚獣のためのテストは受けたりすることができるだろうし、実際そういうことをしているから大会に参加できているのだろう。ただ、この文月学園のテスト形式は特殊で、それには簡単に慣れるもんじゃない。

 それでも、この二人は召喚大会に参加することを決めたのだ。

 

「あ、勘違いしないでくれ。別に出るなって言ってるんじゃない。単純に、不思議なんだ。一年生には圧倒的に不利なイベントのはずだからだ」

「確かに、この大会は先輩方の方が有利なのは間違いありません。ですが、それは参加を諦める理由にはならないと思います!」

 

 先輩相手にも、臆することなく発言する今井君。

 

「何より、このような楽しそうな行事、参加しないという選択肢はありません!」

「……(コクリ)」

 

 今井君の言葉に賛同する松永君。

 

「ああ、蚊帳の外扱いは癪ですもんね」

 

 と、橋本は納得した様子を見せた。

 まあ、そりゃそうか。俺も召喚獣を初めて召喚したときは、本当に楽しかったもんだ。それを使って上級生だけがこんな楽しそうなことをしてるなんて、黙ってみてるのは嫌だもんな。

 試召戦争や召喚大会をやってると、どうしても点数や勝敗のことばかり考えてしまうが、一年生にとっては勝敗は二の次なのだろう。

 と、思っていたが。

 

「しかし! 自分たちも負けるつもりでは参加していません! 参加する以上、目指すべくは優勝です!」

 

 と、メラメラと闘志を燃やす今井君。おお、熱血だ。

 

「そもそも、この試合で自分は負ける気がさらさらしておりません! 先輩方はFクラスとEクラス所属とおっしゃいました。なら、先輩方は恐れるに足りません! 学力において先輩方が劣っているのは確定的なのですから!」

「ちょっと待った。今さらっと俺たちのこと罵倒しなかったか?」

 

 丁寧語で話すもんだから聞き流しそうになったじゃないか。遠回しに俺たちのことをバカって言っている気がする。

 

「……すみません」

 

 ぽつりと、松永君がつぶやいた。

 まあ、今井君も悪い奴ではないんだろうな。ちょっとだけ素直な子なだけで。

 

「皆さん。時間になりましたので位置についてください」

 

 二回戦の審判を務める先生の声。今回使用する科目は英語Wだ。正直苦手科目だ。

 

「はいっ! 先生!」

 

 元気よく返事をした今井君を筆頭に、それぞれの立ち位置へと移動した。

 

「では、召喚をお願いします」

「「「「試獣召喚(サ モ ン)!」」」」

 

 いつもの掛け声で、幾何学模様が現れる。

 

「それで、二回戦ですけど、作戦は何かありますか?」

 

 召喚獣の登場を待つ間、小声で橋本に話しかけられた。

 

「作戦? 特にないぞ。とにかく頑張るんだ」

 

 実のところ、あまり深くは考えていない。元々策をめぐらすのは得意じゃないし、多少の点数差なら操作技術でひっくり返す自信があるからだ。一回戦の作戦だって、作戦だなんて言えたほど複雑なことはしてないしな。

 そうこうしているうちに、まずは俺と橋本の召喚獣が現れた。

 

 

『【英語W】

 Fクラス  谷村誠二 & Eクラス  橋本和希

        48点           124点』

 

 

「……まずまずだな」

「まずまずって何ですか。50点切ってるじゃないですか」

「何言ってるんだよ、橋本! これでも先月からは3倍以上になってるんだからな!」

「どんだけ点が低かったんですか?」

「うるせえ! 大体、お前の数学だって酷いもんだったじゃねえか!」

「それはそれです」

 

 コイツ……。

 

「この点数でよく作戦は特にないとか言えましたね」

 

 何を言ってる、40点あれば一応まともにダメージが入るんだぞ。

 

「ま、なんとかなるだろ。一年生相手だし」

「……え、もしかして今井君たちのことを甘く見てます?」

「いや、そんなことはないが……一年生だったら試召戦争の経験もないし、仮に召喚獣の練習をしていたとしても実戦の経験がないんだぞ? だったら、よほどのことがなければ負けることなんて――」

 

 

『【英語W】

 Cクラス  今井直人 & Cクラス  松永弥介

        397点          324点』

 

 

 ――へ?

 

「口を開けたまま固まりましたけど、点数を見たご感想は?」

「ご感想もクソもないだろ!」

 

 表示された今井君たちの点数に、目を見開く。400点目前じゃないか!

 

「どうですか、先輩方! 英語は自分たちの得意科目なんです!」

 

 いや、得意科目だからってこんな点数そうそう出せるもんじゃないんだぞ!? Aクラスの人たちだって、半分以上はせいぜい250点が最高点ってレベルなのに!

 

「あのですね、谷村さん。彼らは()()()()()()一回戦を勝ち上がってきてるんですよ。強敵に決まってるじゃないですか」

「く、油断した……!」

 

 いや、油断しなかったところで、どのみちこの点数差は変わらないんだが。やれることはやったし。

 

「それでは、試合を開始してください」

 

 絶望に打ちひしがれる俺に構わず、試合開始の号令をかける先生。

 くっそぉ! やってやるよ!

 

「で、どうするんですか?」

「とにかく死ぬ気で避けろ!」

 

 死ななきゃ何とかなるもんだ!

 実際、彼らの点数は幸いにも400点を超えてはいない。400点を超えると腕輪による特殊能力が使用可能になるので、その戦力差はあまりにも大きくなる。今井君の召喚獣に腕輪があれば、勝ちの目は万に一つもなくなるだろう。

 逆に言えば、この状況なら勝利の可能性は残されている。…………多分。

 

「松永君、君は橋本先輩を頼む! 自分は谷村先輩を倒す!」

「……了解」

 

 今井君の召喚獣は、西洋風の鎧を着て巨大なランスを構えていた。攻撃防御の両面で文句なしだ。

 対する松永君の召喚獣の武器は、鋭く光った日本刀。黒い甲冑を身に着けているし、こちらは戦国武将がモチーフなのだろう。

 そんな二体の召喚獣は、二手に分かれて俺と橋本の召喚獣にそれぞれ襲い掛かった。

 思った通り、彼らの召喚獣の動きは単調で、直線的な動きだ。ただし、点数差のおかげで彼らの持つ武器は少しでも触れたら即アウトという仕様になっている。油断はもうできない。

 今井君の召喚獣の動きをよく見て……。

 

「今だっ!」

「あっ!」

 

 死のランスを必死で躱す。実戦経験がなければ不可能だった技だ。

 

「谷村先輩! どうしてそう逃げるのですか!」

「そりゃ逃げるだろ! 当たったら即死の点数差なんだぞ!」

「ですが、この点数差なら勝負はついたも同然だと思います!」

 

 正直俺もそう思う。

 

「だが、諦めるわけにはいかないんだ」

「……何か事情がお有りのようですね。しかし、自分も勝ちを譲るわけには参りません! 自分が引導を渡してさしあげましょう!」

「印籠なんか要るか!」

「引導です! 谷村先輩!」

 

 ……とは言っても、どうすれば勝てる? 現状避けるだけで精いっぱいだ。

 操作技術で優位に立っているといっても、一度のミスで死に至る点数差だ。俺と今井君で見れば、その差8倍以上である。反撃に転じれば、ランスをよけきれず一瞬で命を削り取られる危険がある。

 

「谷村さん。いい作戦を思いつきましたよ」

 

 そんな状況下で、橋本が何かをひらめいたようだ。

 

「また『谷村さんが頑張る作戦』か?」

「いやいや、違いますよ。その名も、『頑張れ一年生コンビ作戦』です」

「……は?」

「あのですね……」

 

 橋本が耳打ちしてくる。

 

「先輩方! 無駄な抵抗はやめて降伏してください!」

「……今井、少し黙って」

「どうしてだ!」

「……失礼だから」

「そうか?」

 

 作戦タイムの間は、ひたすら召喚獣を逃げ回らせながら、文房具を投げて今井君たちが突進してこないようにした。一応効果はあったようで、何とか時間を稼ぐことはできた。

 

「じゃあ、谷村さん、頼みましたよ」

「ああ、分かった」

 

 俺の召喚獣は投擲をやめて二人を誘い出す。

 彼らは先ほどと同じように役割分担をして攻撃を始めた。

 

「何やら策があるようですが……構いません! 叩きつぶしてみせます!」

「いいや。無理だよ、今井君。先輩としてのプライドを見せてやるよ」

「何をおっしゃるのですか! 当たりさえすれば自分の勝利なのですよ!」

 

 大丈夫だ、だんだんと間合いはつかめてきた。しかし、油断するな……当たったら終わりだ!

 今井君と会話をしつつ攻撃を避けながら位置を調整する。

 

「松永君。そんな攻撃じゃ当たりませんよ?」

「……くっ」

 

 橋本も順調に攻撃を避け続けている。高得点だろうが、当たらなければ点数は削られない。気の抜けない状況であることに変わりはないが。

 

「ぐぐぐ……」

 

 どうやっても攻撃を避けられ続ける現状に、ストレスをため続ける今井君。

 

「先輩方! いつまでそうしておられるつもりですか! 避け続けるばかりでは、どちらにせよ自分たちの負けはありません!」

「だったら、全力で来たらどうだ? 一撃で決められるようにさ」

「谷村先輩に言われるまでもありません!」

 

 今井君が叫びながら、自分の召喚獣を俺の召喚獣に突進させる。これまでと変わらない攻撃だが、そのスピードは上がっている。

 

「……覚悟」

 

 松永君の召喚獣も同様に橋本の召喚獣への突撃を開始した。

 ……この状況を待っていた。

 

「橋本」

「谷村さん」

 

 ようやく、反撃ができる。

 

 

「「今だ(今です)!」」

 

 

 ()()()()()の俺たちの召喚獣は、二体同時に突進の斜線上から飛びのいた。

 

「……!」

「しまった!」

 

 その斜線上に残るのは、一年生コンビの突撃しあう召喚獣だけだ。

 ザシュ、と、武器の刺さる音がした。

 

 

『【英語W】

 Cクラス  今井直人 & Cクラス  松永弥介

    395点→172点      324点→67点』

 

 

 大きく削られる二人の点数。よほど強く刺さったのだろう。

 当然だ。彼らは俺たちに煽られて全力で召喚獣を突撃させていたの

だから。

 高得点の彼らに相打ちを狙わせる。これこそが橋本発案の『頑張れ一年生コンビ作戦』の正体だった。召喚獣の操作に慣れていない一年生相手だからこその作戦だが、ここまできれいに決まるとは。

 

「松永君、すまない! 召喚獣を止めることができなかった!」

「……こっちこそ、悪い」

 

 互いの顔を見て、謝りあう二人。ああ、純粋だ。Fクラスでは絶対にこんな光景は見られない。お互いに罵倒しあうからな。

 美しい二人の友情だが、それは戦場では命とりになる。

 

「谷村さん! 今井さんの点数を削ってしまいましょう!」

「了解!」

「あっ!」

 

 今井君が召喚獣から目を離したすきに、二人で攻撃を叩き込む。

 反撃を食らう前に召喚獣を飛びのかせた。点数はどうだ?

 

 

『【英語W】

 Cクラス  今井直人 & Cクラス  松永弥介

    172点→113点         67点

            VS

 Fクラス  谷村誠二 & Eクラス  橋本和希

        48点           124点』

 

 

 今井君の点数が削られて、点数はほぼ互角といった状況になった。

 ここまでくれば、まともに戦うことが可能になってくる。この程度の点数差なら、操作技術で勝る俺たちの勝つ可能性がグッと上がるのだ。

 

「やりますね、先輩方」

 

 召喚獣に武器を抜いて構えなおさせた今井君が口を開く。

 

「先ほど『無駄な抵抗』と言ったのはお詫びいたしましょう。いくら先輩方の学力が劣っていようとも、先輩方の操作技術や戦術には敬意を払うべきでした」

「お詫びするセリフじゃないよな、それ」

 

 まあ、確かに学力で俺たちが劣っていたことは間違ってないから、そこは不問にしておくが。

 

「ですが! まだ勝負は終わっていません! 自分たちの勝利が確定してはいなかったとはいえ、自分たちの敗北もまた、確定してはいないのですから!」

 

 今井君は、拳を握りしめて俺たちを見つめた。

 

「ここからは本気で行かせていただきます! 無論、これまでも本気でしたが!」

「望むところだ、今井君」

 

 先ほどと同じように、彼らの召喚獣は二手に分かれた。しかし、俺の召喚獣の前には、今井君ではなく松永君の召喚獣が立っている。点数の都合だろう。

 松永君の召喚獣は、日本刀を前に向けながらジリジリと俺の召喚獣へと近寄ってきた。

 おや?

 

「突進してこないのか?」

「……突進は愚策」

 

 短く答える松永君。まあそりゃそうか。さっきはそれで痛い目を見たんだし。

 じゃあ、こっちから行くか。

 ボールペンを残して、何本かのシャーペンを松永君の召喚獣へと投げつける。

 

「……!」

 

 松永君は咄嗟に召喚獣を右へ動かした。さっきまでの俺たちの動きを参考にしたのだろう。彼は攻撃の回避を選択したのだ。

 しかし、それは召喚獣の操作に慣れていない人には難しすぎる動きだった。

 

「……くっ」

 

 松永君の召喚獣は、俺の召喚獣の投げたシャーペンを避けることには成功したが、無理やりに動かしたものだからバランスを崩して床に倒れ込んでしまった。

 その好機を見逃さず、松永君の召喚獣の首へボールペンを突き立てる。

 

 

『【英語W】

 Cクラス  松永弥介

   67点→35点

     VS

 Fクラス  谷村誠二

        48点』

 

 

「……反撃」

「させるか」

 

 そのまま、召喚獣を上にのしかからせる。松永君の召喚獣は日本刀を手放してはいないものの、俺の召喚獣に致命傷を負わせるには至らない。

 じわじわと松永君の点数は削られていき、そして、

 

 

『【英語W】

 Cクラス  松永弥介

   35点→ 0点

     VS

 Fクラス  谷村誠二

   48点→34点』

 

 

 決着の時が訪れた。

 

「……無念」

 

 残念そうに、松永君がつぶやいた。

 

「どうして橋本先輩に自分の攻撃が当たらないのですか!」

「ただの経験ですよ。今井さんには悪いですけど」

「いえ! 悪くなどありません! 自分が未熟なだけですから!」

「そうですか? では遠慮なく」

「ああっ!」

 

 向こうも勝負がついたみたいだ。

 

「勝者、谷村・橋本ペア!」

 

 かくして、特設ステージに俺たちの名前が轟いた。




原作に一年生は出てきてないな、ということで誕生した今井君と松永君。
良いキャラになっていればいいんですが。

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