本話投稿に合わせ、ここまでの回をちょっとだけ推敲していますが大筋に変更はありません。
橋本さんが召喚大会の一般公開を四回戦以降と言っていたところを原作通り三回戦以降と修正したくらいです。
【保健体育】
問 以下の文章で説明される用語は何か答えなさい。
『陸上のリレー競技において、バトンを受け渡すことができる範囲』
坂本雄二の答え
『テイクオーバーゾーン』
教師のコメント
正解です。この区域以外でバトンを受け渡すと失格になるので注意してください。
姫路瑞希の答え
『ハンドオーバーゾーン』
教師のコメント
確かに hand over には『引き渡す、手渡す』という意味がありますが、残念ながら不正解です。
とはいえ、英訳ができているのはさすが姫路さんといったところでしょうか。
土屋康太の答え
『テイクアウトゾーン』
教師のコメント
谷村誠二の答え
『テイクオフゾーン』
教師のコメント
吉井明久の答え
『ゲームオーバーゾーン』
教師のコメント
セーブ地点からやり直してください。
「先輩方! 対戦ありがとうございました!」
今井君の元気な声が試合コートに響く。
「……(ペコリ)」
松永君も、軽く頭を下げた。
「お前達、強かったな。まともにやりあったら勝てなかった」
「そうですね。腕輪なんて使われたらますます勝ち目なんてありませんでしたよ」
実際、俺達が勝てたのは経験というその一点に尽きる。今井君達に多少なりとも召喚獣操作の慣れがあったら、早々に攻撃がヒットしてやられていただろう。少なくとも、同学年相手でこの点差ならまず負けていた。
そうでなくても、もし400点突破による特殊能力が付随していたら、それもまた勝敗を逆転させる結果になっただろう。高得点者の召喚獣に付与される特殊能力は、総じて初見殺しと相場が決まっているのだ。
「いえ! 自分達はまだまだです!」
今井君の快活な声が響く。
「先輩方の操作技術は見事なものでした! 点数だけではこの召喚獣を用いた試合においては勝てないのだということに、先輩方のおかげで気づくことができました! ありがとうございます!」
「いや、そんな大したもんじゃ」
「謙遜なさらないでください!」
何というか、こう直接褒められると照れるな。
「自分は、先輩方のことを学力が低く向上心のない愚かな方々だと決めつけていました! しかし、先輩方は点数が低いにも関わらず勝負を捨てず技術を尽くし戦っていました! 学力には決定的な差があるのにも構わずに、むしろ自分や松永君の学力の高さを利用した策をめぐらせておりました!」
「少し引っかかるが、一応褒めてるみたいだから聞き流してやるよ」
「一応とは何ですか! 自分は下位クラスに甘んじた先輩方を全力で褒めたたえているというのに!」
「色んな言い方でバカって言われてる気がするなあ」
やっぱりこの子天然で人を見下す癖があるよな。
「……今井、その辺で」
「む、そうだな」
松永君が止めに入り、今井君の褒め殺しが止まる。
「……すいません、先輩方」
「松永君、色々大変だな」
「……もう慣れました」
よくあることなんだろうな、多分。
「それでは! 自分達はクラスの出店を手伝いますので!」
そう言うと、今井君は松永君を連れて校舎へと戻っていった。
松永君、ちゃんと今井君のそばについていてやれよ。
「じゃあ、俺たちも戻るか」
「そうですね」
一年生コンビの後を追うように、俺たちも特設ステージを後にした。
文月学園の生徒、そして他校の高校生や保護者を筆頭とした来場者達でごった返す生徒玄関を抜けて、これまた活気づいた廊下へと戻ってくる。
階段に差し掛かったところで、橋本に声をかけた。
「じゃあ、俺こっちだから」
「あれ? 教室には戻らないんですか?」
階段にかけた足を止め、橋本が尋ねてくる。
「そろそろ巡回の時間だからな」
「ああ、なるほど」
巡回とは、運営委員である俺たちに割り振られた清涼祭当日の仕事だ。シフト制で交代しながら、校内をめぐって清涼祭が無事に終わるよう取り計らうのだ。こっそりと申請外のメニューを並べたり、祭りの陽気に当てられてはしゃぎすぎたりした生徒をとがめるのが俺達の役目らしい。
ただ、実際のところ、本当にトラブルを解決するというよりは、トラブルを起こさせないために監視の目があることをアピールする側面が強いのだと聞いている。
確かに、定期的に運営委員が巡回をしているとなれば、目を付けられるような真似は俺だってしたくない。
「お前のシフトは?」
「もう少し後です。大体三回戦が終わるくらいの時間ですね。巡回の時間になったら、職員室前に集合でしたっけ?」
「ああ。だから直接向かおうと思ってな」
わざわざ三階まで登ってまた一階まで降りてくるのはめんどくさいし。
そんな会話をして職員室に歩き出そうとしたところで、見知った顔が近づいてくるのが目に入った。
坂本と……小さな女の子?
「ありがとうございます! お兄さん!」
「自分のクラスに戻るだけだからな。気にするな」
いつもの坂本らしくない、穏やかな声だ。なんだって坂本がこんな小さな子と一緒にいるんだ?
「おい坂本、その子は? 誘拐か?」
「あ? 谷村か。んなもんするかアホ。なに、人を探してるみたいでな」
「人を?」
「はいっ!」
元気いっぱいの返事をしてくれる女の子。いい子だ。新学期以来、あの男どもに満ちたFクラスで過ごしているから、余計に癒しを感じる。
「で、そいつがウチのクラスにいるらしい。Fクラスの場所を聞いてきたから教室に戻るついでに連れてってやるところだった」
「教室に戻る……ということは、もしかして召喚大会の帰りですか?」
「ああ」
「結果は?」
「当然勝った。まあここは消化試合だったからな」
消化試合? とハテナを浮かべながら近くの壁のトーナメント表を見ると、坂本の二回戦の相手は根本と小山さんのペアだった。BクラスとCクラスの代表ペアなんて、どう見ても消化試合なんて言えるものじゃなさそうだが。根本が相手ならもしかして例の女装写真集でも使ったんだろうか。
まあ勝ったのなら何でもいいか。坂本達……というか吉井は優勝を狙っていたはずだし、こんなところで負けてなんていられないだろう。
「ところで、君は誰を探してるんですか?」
「お兄ちゃんを探してるんです!」
お兄ちゃん……ということは、誰かの妹なのか。
「名前はなんて言うんだ?」
「あぅ……。分からないです……」
坂本の言葉に、頭を抱えて答える女の子。
「? 家族の兄じゃないのか? それなら、何か特徴は?」
「えっと……バカなお兄ちゃんでした!」
かわいそうに。こんな女の子にそんな評価を受けてるなんて。
「そうか……」
そうつぶやいた後、坂本は顔を上げた。
「おい、俺を見るな坂本。なんで俺がバカなお兄ちゃん呼ばわりされないといけないんだ」
「心当たりはないんですか? 小学校の近所にある公園の水道でずぶぬれになったとか」
「………………」
「心当たりあるんですね」
うるさいな。
「アレは俺が悪いんじゃなくてだな」
「あ、あの……」
何か橋本に言い返してやろうとしたところで、女の子が言いづらそうに声を上げる。
「バカなお兄ちゃんは、その……もっとバカなお兄ちゃんでした!」
再び目を合わせる俺と坂本。おそらく、俺達の脳裏には同じ間抜け面が浮かんでいる。特筆してバカと言われる男なんて、俺達は一人しか知らない。
「なるほどな。じゃあ、Fクラスに行きゃ会えるな」
「いや、わざわざFクラスまで行かなくても、待ってればそのうち降りてくるはずだぞ。そろそろ俺達の巡回の時間だし」
巡回は、二クラス分の運営委員、四人チームで行うことになっている。次のシフトに入ってるのはFクラスの俺達とCクラスの村田さん達だ。だから、吉井も巡回のために降りてくると思ったのだ。しかし。
「巡回? アイツからそんな話聞いてねえぞ」
「へ?」
坂本の指摘。言われてみれば、アイツも召喚大会の試合が終わったところのはずなのに、わざわざ教室まで戻っているらしい。変だ。となると、もしかして……。
「アイツ、忘れてるな……坂本、教室に戻ったらついでに巡回の話をしといてくれ」
「
「チビっ子じゃありませんっ! 葉月ですっ!」
けだるげな返事をした坂本は、女の子……どうやら葉月ちゃんというらしい。彼女を連れて、階段を昇っていった。
「じゃあ僕も戻ります」
「ああ」
橋本に別れを告げて、俺は職員室前の方へと歩きだした。
「……遅いわね。吉井はまだなの?」
職員室前で、巡回用の腕章をつけたCクラスの運営委員の村田さんが苛立ちをあらわにしながら俺をにらみつけている。集合時間はもうとっくに過ぎているというのに、吉井がまだやってきていないのだ。
「忘れてるんじゃないのか?」
と、尋ねてくるのは同じくCクラス運営委員の黒崎。
「確かに巡回の時間は忘れてそうだったが……思い出させるように教室戻るヤツに伝えたから、巡回のことは把握してるはずなんだよな」
「じゃあサボりとか? あなたたち、よくやってるでしょう」
相変わらずにらみを利かせたままの村田さん。よくやってる、というのは、時々Fクラスが授業を脱走してひと悶着を起こしてるからだろう。清涼祭前のLHRで野球をしていたのもその一つだし。
実際、面倒な事ならできる限りサボりたいと思っているのは俺もそうだし吉井もそうだろう。この清涼祭の楽しい時間をわざわざ巡回に割くのはもったいない、という気持ちもないわけじゃない。
ただ、そうも言っていられない事情が俺達にはある。
「ううん……清涼祭の成功に関わることでもありますし、忘れてることはあってもサボったりはしないと思うんですよね」
この清涼祭の成功には、姫路さんの転校を止められるかどうかがかかっているのだ。ひどいトラブルが起きてしまえば清涼祭どころではないのは明白だから、巡回も真面目にやろうと思うはずだ。
「もしかして、逆に吉井の方にトラブルが……?」
と思ったところで、ズボンのポケットで携帯が震える。
「メール?」
「みたいですね。……ちょうど吉井からです」
やっぱり何かあったらしい。どれ、メールの本文は……。
【営業妨害の退所をすることになって短いスカートから、悪いけど順会は負かせた】
怪文書だった。
「はあ?」
「短いスカート?」
吉井からのメールと聞いて覗き込んでいた村田さんが眉間にしわを寄せている。
何だこれは……。
「……誤変換が多いな。よほど慌てて打ったみたいだ。短いスカートのところはともかく……クラスの運営の方で何かあったらしい」
短いスカートのところは……一回文字に起こしたところをやっぱり不要と判断して消したけど、消しきれなくて残った、とかそんなところだろうか。なんでコイツ急に短いスカートの話をしようとしたんだよ。
「何かあったって……というか、営業妨害を受けてるの? たかが学園祭の出し物で?」
「はい、さっきも少しありまして」
「そう……変なのに目をつけられたのね」
営業妨害って言うと……あの坊主とモヒカンがまた何かしてるのか? アイツらは必殺ゼリーで仕留めたはずだが、思い返せば確かに息はあった。復活してまた悪さをしているのかもしれない。
「とにかく、吉井は来ないってことだな?」
「ああ。巡回は三人でやってしまおう」
「もう時間も結構すぎてるし、さっさと始めましょう」
携帯をポケットにしまって、先陣を切って歩き出した村田さんの後ろについていった。
清涼祭が開幕して、二時間程度が経過している。校内を歩いていると、どこも多くの人でごった返していた。例の試験召喚システムの試験校ということもありもともとこの文月学園の注目度は高く、しかも今年は召喚大会も開催されているのだ。当然来場者は相当数に上っている。
それだけの人の波をかき分けながら、俺達はまず校舎の外を巡回することにした。良く晴れた空の下、校庭やそこに続く道に出店を出しているクラスもそこそこある。無事繁盛しているようだ。幸いにも大きなトラブルに出会うことはなく、時々揉め事をしている生徒達に運営委員の腕章を見せつけながらにらみを効かせる程度で収まっていた。
一通り校舎外の巡回を終えて、今度は校舎の中を巡回しようとした時、急に声をかけられた。
「誠二じゃん。アンタ運営委員だったんだ。大変だね~」
声の主は、黒髪ショートの三年生……俺の姉貴、谷村
「げ、姉貴」
「『げ』、とはずいぶんな挨拶じゃない。忙しそうなアンタを労ってあげてるって言うのに」
と、口で言うほど不機嫌なようには見えない。俺の反応は大体織り込み済みだったんだろう。綿あめ片手に肩をすくめる姉貴は、随分清涼祭を満喫しているらしい。
ちら、と村田さん達の様子を伺う。さしてこちらに興味はなさそうで、校舎に戻ってくる生徒たちの様子を見ている。
そんな村田さんに向けて、なんと姉貴は声をかけた。
「ねえねえ、この前誠二とデートしたのってアンタ?」
「……は?」
冷たい瞳、低い声で口を開く村田さん。
「な、なに言ってるんだよ、姉貴!」
「いやあ、お姉ちゃんとしては、アンタの交友関係は知っておきたいじゃん?」
慌てる俺をニヤニヤしなら見る姉貴は、俺の制止も気にせずさらに村田さんに話を続ける。村田さんの方を見れば、一目見てわかるほどにイラついていた。
「何週間か前だけど、誠二が女の子とデートに出かけてたのよ。せっかくの清涼祭だし、ついでにその奇特な女の子を知っておこうと思って」
「……そう。残念だけど私じゃないわ。大体、実の弟にならともかく、初対面の私にそんな聞き方するなんて、上級生だからって失礼よ」
三年生相手にため口。相当不満らしい。そりゃそうだ。
だというのに、姉貴は特に気にする様子も見せず、ケラケラ笑っていた。
「ごめんごめん。美人さんだったからもしかしてと思ってね」
「お世辞は結構よ。谷村とは運営委員の巡回のシフトが一緒なだけで何もないわ」
「そっか、残念残念」
フン、と鼻を鳴らしてそっぽを向く村田さん。後で俺からも謝っておかないと……。
「あれ?」
それまで口を閉ざしていた黒崎が、何かを思い出したように口を開いた。なぜか、二ヤついた表情で。
……嫌な予感がする。
「でもデートって言えば……谷村、お前確か、『ラ・ペディス』に木下と一緒に来てたよな」
「ばっ、お前! 余計なことを!」
「その話、詳しく聞かせて!」
案の上、黒崎の話に姉貴が食いついた。
「『ラ・ペディス』って駅前の喫茶店よね?」
「ええ。俺達、そこでバイトしてるんですけど、そこに谷村が木下と来たことがあって。ああ、木下ってのは……」
「Aクラス所属の木下優子。学年十傑の一人ね」
黒崎のセリフの続きを村田さんが継いだ。不機嫌そうに吐き捨てる。俺に八つ当たりをしている……というより、木下さんに良い感情をもっていなさそうな雰囲気だ。はて、木下さんと何かあったのだろうか。
「ふ~ん、なるほど……木下さんね。噂くらいは聞いたことあるわ。相当な優等生らしいじゃない」
「あ、姉貴! そろそろ良いだろ!」
なんとか会話の隙を見つけて割って入る。なんで姉貴に俺の恋愛事情を知られなきゃいけないんだ。
鏡が無いからわからないが、多分俺の顔は真っ赤になっていることだろう。
「はいはい。まあ名前は聞けたからよしとしてあげるわ」
「なら早くどっか行けよ!」
「はーい」
相変わらずいやらしい笑みを浮かべながら、姉貴はようやく足を動かし始めた。やっと終わった……と息をつこうとしたが、
「あ、そうだ」
姉貴が何かを思い出した様子で足を止めた。
「今度は何だよ?」
「いや、大した話じゃないんだけど」
また何かからかわれるのか……と思って呆れながら顔を上げたが、姉貴はさっきまでのニヤついた表情ではなく、真面目な顔になっていた。
「なんか、アンタのクラス……2-Fの事が噂になってるわよ。良くない意味で」
「噂?」
「ええ。『2-Fのお化け喫茶は食べ物を食べるような場所じゃない』って。三年生の間でも噂になってるみたいね」
なんだその噂。まるで嫌がらせじゃないか。
「Fクラスのある校舎は旧校舎だし、衛生面を気にする人がいてもおかしくないけど……わざわざそんな狙い撃ちするみたいな噂が流れてるなんて、妙じゃないかしら」
「村田の言うとおりだ。谷村、何か心当たりは?」
「……来た人がそう思うようなものはないはずだ。廃墟風にはしてるけど、ちゃんと衛生的に気にならないようにはしたつもりだし」
廃墟の床で食えと言っているのならともかく、机も椅子もちゃんと別のところから調達したうえで、テーブルクロスまで敷いている。ちゃんと廃墟風な見た目はデザインに過ぎないものだとわかっているはずだ。
「なら、誰かが噂を流してるのね」
「もしかして、吉井が言ってた営業妨害ってコレの事か?」
あのメールをもらってからそこそこ時間が経っている。ならきっと、吉井の方でも何かしら対応してるはずだが……一応、何が起きてるのかは把握しておきたい。
「色々大変ね。じゃ、頑張って」
そう告げて、姉貴は去っていった。
「…………」
どうするか。噂の事を調べに行きたいが、運営委員の仕事がある。シフトが終わるまではまだもう少し時間が残っているから、仕事を放り出すわけにも……。
と、思っていたのだが。
「谷村。Fクラスの噂のこと、少し調べてみないか」
「え? いいのか? 巡回の仕事があるのに」
「これも運営委員の仕事だろ。特定のクラスの……しかもウチの学年のクラスの悪評が流されてるなんて、看過できる事態じゃない。いいよな、村田?」
「そうね。できるなら対処したほうがいいと思うわ」
ため息をつきつつ、村田さんも賛同してくれた。
「ありがとう、二人とも!」
「別に気にしなくていいわよ。その矛先がウチに向いたらたまったものじゃないって理由もあるし」
「なあ黒崎、もしかして村田さんってツンデレ?」
「村田に殴られる前にその口閉じたほうがいいぞ」
「そんなすぐには手を出さないわよ!」
それはつまりある程度回数を重ねると手を出すという事ではある。俺としても殴られたくないので、余計なことは言わないようにしよう。
「それで、調べるといってもどうする。一応さっき見回った限りでは気になることはなかったぞ」
「なら、きっと校舎内ね。どこか人の多いところでそういう話をしてるんでしょうけど……」
「とりあえず、ウチのクラスに戻って話を聞いてみよう。何か知ってるかもしれない」
そんな黒崎の提案で、俺達はCクラスへと向かうことにした。何か手がかりがあるといいんだが。