モブとテストと優等生   作:相川葵

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第二問 最下層の住人

【国語】

 問 以下の意味を持つことわざを答えなさい。

『(1)得意なことでも失敗してしまうこと』

『(2)悪いことがあった上にさらに悪いことが起きる喩え』

 

 

 

 姫路瑞希の答え

『(1)弘法も筆の誤り』

『(2)泣きっ面に蜂』

 

 教師のコメント

 正解です。他にも(1)なら『河童の川流れ』や『猿も木から落ちる』、(2)なら『踏んだり蹴ったり』や、『弱り目に祟り目』などがありますね。

 

 

 

 工藤信也の答え

『(1)広法も筆の誤り』

『(2)弱り目に崇り目』

 

 教師のコメント

 一瞬丸を付けそうになりましたが、非常に惜しくどちらも漢字を間違えています。焦る気持ちもわかりますが、落ち着いて解答しましょう。

 

 

 

 谷村誠二の答え

『(1)この俺もFクラス』

『(2)弱り目にFクラス』

 

 教師のコメント

 そう思うのなら勉強してください。

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

「うわ、デカッ」

 

 三階に足を踏み入れた俺達を待ち構えていたのは、通常の五倍の広さを誇る教室だった。

 もしかして……。

 

「これがAクラスか?」

「だろうな。ほら、二年A組ってプレートが……プレート?」

 

 須川の示すように顔を上げると、二年A組と表示された電光掲示板が目に入った。

 慌てて教室内に視線を戻すと、黒板があるべきところには超大型のプラズマディスプレイがあり、天井は総ガラスで、壁には観葉植物や絵画まで飾ってある。

 

「ホテルか何かかよ……」

 

 よく見ると、それぞれの席にはエアコンや冷蔵庫、ノートパソコンやリクライニングシートなどが当然のように置かれている。

 これが教室とは……信じられない。

 

「お、おい須川。こんなところはさっさと離れよう。俺達が惨めになるだけだ」

「ああ……そうだな」

 

 精神衛生状態を守るため、俺達はそそくさとAクラス前を通過した。

 

 

 

 

「うわ、ボロッ」

 

 Aクラスを離れ、渡り廊下を越えた俺達を待ち構えていたのは、通常の十倍のぼろさを誇る教室だった。

 もしかして……。

 

「これがFクラスか……?」

「そうみたいだな……ほら、二年F組ってプレートがあるぞ。外れかけてるけど」

 

 まだ教室の中身を確認していないのにこの有様だ。一体中はどうなってるんだ……。

 

「いくぞ……」

 

 ガラッ

 

 

 

 ピシャン

 

「おい谷村、なんでドアを開けてすぐに閉めた? お前は教室の中に一体何を見たんだ!?」

「いや、なんでもない……ちょっとゾンビが見えただけだ」

「はあ? いくらなんでもそんなわけねえだろ。ちょっと代われ」

 

 ガラッ

 

 

 

 ピシャン

 

「な?」

「ああ……なんだったんだ今のは……」

 

 

 落ち着け……さすがにゾンビなんて居るはずがない。きっと何かの見間違いなんだ……!

 意を決して、もう一度ドアを開ける。

 

 そこで目にしたのは――

 

「切れかけの蛍光灯に腐った畳、薄っぺらい座布団にボロボロの卓袱台……酷いなこりゃ」

 

 ゾンビがいるように見えたのは、どうやら酷い環境とそれに絶望したクラスメイトの濁った目が原因だったようだ。そのすべてが男子だったことも影響していただろう。

 

「これが教室とは……信じられねえ……!」

 

 Aクラスの教室にも思った事を、今度は口に出してしまった。今度はまったく違う意味で。

 

「おい、そんなところで突っ立ってないで早く入ってこいよ」

 

 俺達を呼ぶ声がしたのでそちらに目をやると、そこには工藤が畳の上に座っていた。

 

「あ、お前もFクラスなんだな」

「まあな、よろしくやろうぜ」

「おう。ところで、席はどうなってんだ?」

「決まってないんだとよ。だから適当に座れ」

「そうか」

 

 席すら決まっていないとは……恐るべきFクラス。

 後ろ手にドアを閉めて工藤の方へと向かう。俺は工藤の後ろに、須川がその横に座ることにした。

 

「それにしてもよ、噂は聞いていたがまさかここまでとはな」

「まったくだ。せめてEクラスにはなっとくべきだった――」

 

 バキッ

 

「「「……」」」

 

 嘆きの声と共に須川が鞄を卓袱台に置いた瞬間、悲痛な音と共に卓袱台の脚が真っ二つに折れた。

 

「はあっ!?」

「いやいやいや! こんなのあり得ねえだろ!」

 

 思わず声が出てしまう。正直、Fクラスを舐めていた。ここまで酷いとは……。

 そうやって三人で騒いでいると、ガラリと音を立ててドアが開いた。

 そこに立っていたのは、下手をするとこのクラス唯一となる女子で――

 

 ピシャン

 

 ――俺達と全く同じ反応をした。

 

 

 

 

 HRの時間が近づくにつれて、Fクラスの生徒が続々と入ってきた。

 このオンボロ教室に入ってくることは、学力最底レベルというレッテルを貼られることを意味する。そのため、俺達と同じように多くの生徒が新学期にもかかわらず暗い表情をしている。……中には、自分の成績を把握しているのか全く落ち込んでいない生徒もいたが。

 気づけば、既に40人ほどが教室にそろっている。カメラをいじっているやつやゲームをしているやつ、卓袱台に顔を突っ伏して眠りについているやつもいる。

 

「それにしても、女子がほとんどいないってのはどういう事なんだ」

「そりゃあ、男子より女子の方が学力が上ってことなんじゃないのか」

「そうなのかもしれんけどよ……」

 

 たまたま俺達の学年がそうだったのか、それとも全体としてそうなのかは知らない。

 ちなみに、この期に及んで未だ女子はポニーテールの髪形をした一人だけである。

 

「まあそうすねるな須川。このクラスにはまだ10人ぐらいの空きがある。ここから女子がドバっと来るかもしれん」

「いや、ここまでの割合を考えると……」

 

 と、須川が反論しようとしたまさにその時、またもやドアの開く音がした。

 

「そうら、来るぞ!」

「まさかっ!」

 

 ドアをくぐって入ってきたその生徒は、180センチはあるかという背で、細身ではあるが華奢という訳ではないがっしりとした体格を持ち、意志の強い野性味たっぷりの顔にまるでたてがみのような髪型もしていた。

 ……紛れもなく男だった。

 

「あー……須川、すまなかった」

「いや、いいんだ……もう期待はしないから……」

 

 通夜のような空気になってしまった。

 空気に耐え切れずもう一度教室の入り口を向くと――

 

 

 

 ――そこには、かつてハンカチをくれた美少女が立っていた。

 ……なぜか男子の制服を着ていたが。

 

 

 

 ん!? 何事!?

 

『な、なんだあれ!』

『そういう趣味なのか?』

 

 当然のようにFクラスはざわついているが、そんなことを気にしている場合ではない。

 彼女(?)は先ほどのたてがみの男子に近づき、挨拶を交わし何やら雑談をしている。あいつの知り合いだったのか……?

 そんな光景を見て、俺は混乱の絶頂にいた。

 

 待て(Wait)待て(Wait)待て(Wait)、冷静に考察しよう。

 まず、俺にハンカチをくれたのは木下優子さんで間違いない。本人が名前を訂正しなかったし、それは問題ないんだ。

 次に、木下さんが振り分け試験でやらかしたという事もあり得ないはずだ。成績上位者の発表でも名前を見たことがあるし、時間ギリギリではあったが擦り傷を負った俺が間に合ったんだから電動自転車で先に行った木下さんが遅刻したことはまずない。体調が悪いようにも見えなかったから、Fクラス(こんなところ)に来るはずがないんだ。

 さらに、彼女がわざわざ男装をする必要が無いということもまず間違いないないだろう。あの日の木下さんが着ていたのは女子の制服だったし、もしも制服が無ければ別の服で来ればいいだけだ。ズボンを履くことはあるかもしれないが、男子制服をチョイスする理由は無い。

 ただ、あの顔はどう見ても木下さんの顔だ。何度も見たわけではないが、他人にしてはあまりにそっくりすぎる。……多少胸が薄い気もするが。

 

 

 結論、よくわかりません。

 

 

 気づけば多くの生徒が揃っており、皆雑談はしているが席に着いている。席を立って木下さんのところに行くことは出来なそうだ。HRが終わったら訊きに行ってみよう。

 

 

 

 

 HRの時間になったが、先生は未だ来ず卓袱台はまだ二人分の空きがある。

 まさか、このクラス発表の日に遅刻しているのだろうか。……振り分け試験の日に遅刻しかけた俺が言えた事ではないが。

 先程のたてがみ男は、なぜか教壇に立っている。Fクラスの環境に耐えられずに壊れてしまったのだろうか。

 そんなことを考えていると、唐突にドアが開き教室中にひょうきんな声が響き渡り、

 

「すいません、ちょっと遅れちゃいました♪」

「早く座れ、このウジ虫野郎」

 

 たてがみ男の暴言によりかき消された。

 

 ドスの利いた突然の暴言に教室中がビクついてしまった。いきなりあんな言葉を吐けるのは、相手が友人だからか、それとも本当に壊れてしまったかのどっちなんだろうか。

 

「聞こえないのか? あぁ?」

「……雄二、何やってんの?」

 

 どうやら友人だったらしい。まあ、そうじゃなきゃ取っ組み合いのけんかが始まってもおかしくない訳だから当然と言えば当然か。

 

「先生が遅れているらしいから、代わりに教壇に上がってみた」

「先生の代わりって、雄二が? なんで?」

「一応このクラスの最高成績者だからな」

「え? それじゃ、雄二がこのクラスの代表なの?」

「ああそうだ。これでこのクラスの全員が俺の兵隊だな」

 

 そう言って、雄二と呼ばれたたてがみ男はこちらを見下ろしふんぞり返った。

 

 ……ちょっと待て。

 ただの雑談だと思って聞き流していたが、何やら妙な単語に違和感を覚えた。

 今、アイツは自分がこのクラスの最高成績者だと言った。つまりそれは、

 

「俺はあんなガラの悪い奴よりも成績が悪かったってことか……?」

 

 つい口に出てしまいあわてて口を押さえたが、幸いにも小声だったからかたてがみ男には聞こえていないようだった。

 ま、まあ、俺は振り分け試験の時は怪我してたわけだし? 実力が発揮できなかったのだからこの結果も仕方ないのかもしれない。甘んじて受け入れなければ。

 というかアイツ、今兵隊とかなんとか言った気がするが……さすがに気のせいか。

 

「えーと、ちょっと通してもらえますかね?」

 

 不意に覇気のない声が耳に入った。

 いつの間にか、さっき入ってきた生徒の後ろに、なんとも冴えないおじさんが立ち尽くしていた。

 ……もしかしてこのおじさんがこのクラスの担任か?

 

「それと、席に着いてもらえますか? HRを始めますので」

 

 どうやらそのようだ。

 立っていた先程の二人が席に着くと、ようやくFクラスのHRが始まった。

 

「えー、おはようございます。二年F組担任の福原慎です。よろしくお願いします」

 

 先生は、黒板に名前を書こうとして、やめた。そりゃあこんな黒板だったら書く気も失せて当然だ。

 

「皆さん全員に卓袱台と座布団は支給されてますか? 不備があれば申し出てください」

 

 支給はされているが……不備があれば、というより不備しかない気がする。

 

「せんせー、俺の座布団に綿がほとんど入ってないですー」

「あー、はい。我慢してください」

 

 どうやら薄い座布団は不備ではなくただの仕様らしい。なんてこった。

 

「先生、俺の卓袱台の脚が折れています」

「木工ボンドが支給されていますので、あとで自分で直してください」

 

 須川の不満はノータイムで打ち消された。よくあることなのかもしれない。

 

「センセ、窓が割れていて風が寒いんですけど」

「分かりました。ビニール袋とセロハンテープの支給を申請しておきましょう」

 

 Fクラスではエアコンが無い代わりに自然の風を取り入れるスタイルのようだ。

 

「必要なものがあれば極力自分で調達するようにしてください」

 

 あ、だめだ。涙出てきた。

 改めて教室を見渡してみると、隅の方には蜘蛛の巣がさも当然のように鎮座しており、壁はひびと落書きで埋め尽くされている。もはや廃墟同然である。

 

「では、自己紹介でも始めましょうか。そうですね。廊下側の人からお願いします」

 

 先生の指示で立ち上がったのは、先ほど俺を混乱の渦へと落とし込んだ木下さん(?)だった。

 この自己紹介で全てが分かる――!

 

「木下()()じゃ。演劇部に所属しておる」

 

 ……秀吉?

 日本史とは関係なく、どこかで聞いたような……

 あっ。

 

「そうか、()の方か」

 

 名前を聞いてようやく思い出した。木下さんについての噂の中に、実にそっくりな双子の弟がいる、というものがあったのだ。彼女のような美少女とそっくりな男子生徒、という摩訶不思議な噂であったため脳がパンクして記憶の彼方に吹っ飛んでいたらしい。

 なるほど、これで合点がいった。男装もなにも、もともと男だったのだ。

 ……いや、男にしてはかわいすぎねえか!?

 木下さんを先に見ていなければ危うかったかもしれない、色々と。

 そうこうしているうちに、秀吉の自己紹介は終わりに近づいていった。

 

「――つまり、この言葉遣いは演劇の練習を兼ねているうちに自然と染み付いてしまった、というわけじゃ。今年一年、よろしく頼むぞい」

 

 軽い笑みと共に自己紹介を終える秀吉。木下さんの笑みは、こんな感じなのだろうか。

 

「…………土屋康太」

 

 おっと、次の生徒の自己紹介が始まっている。一応名前ぐらいはちゃんと聞いておかなければ。覚えられるかどうかは別にして。

 

「…………趣味は、と……なんでもない」

 

 趣味について話していたようだが、あまりに声が小さくて聞き取れなかった。と、と、と……友達作り?

 

「…………特技は、と……なんでもない」

 

 今度は特技か。と、と、と……そうか、投網か。

 

「…………以上」

 

 ……やけに静かな自己紹介だった。友達作りが趣味で投網が得意な土屋康太か、覚えられそうにないな。

 

「島田美波です。海外育ちで、日本語は会話は出来るけど読み書きが苦手です」

 

 お、今度は女子か。

 軽く見渡してみるとこのクラス唯一の女子だ。これはFクラス内で取り合いになるかもしれない。

 

「あ、でも英語も苦手です。育ちはドイツだったので」

 

 なるほど、ドイツからの帰国子女か。これは余計に倍率が上がるかも――

 

「趣味は吉井明久を殴ることです☆」

 

 前言撤回。なんて危険な趣味なんだ。

 それに、どうやらその吉井ってやつと随分仲が良さそうだ。今島田さんが手を振っているのが吉井らしい。……ああ、遅刻してきたアイツか。

 

 その後は特にクラスがざわつくことも無く、淡々と自己紹介が進んでいく。良かった。個性的すぎるメンツばかりでもないらしい。

 それにしても、ひたすら自己紹介を聞いていくだけというのは非常にツラい。ちなみに、名前を覚える努力はとうの昔に諦めた。俺には無理だ。

 

「コホン」

 

 おっと、吉井とかいうやつの自己紹介が始まるらしい。

 

「えーっと、吉井明久です。気軽に『ダーリン』って呼んでくださいね♪」

 

 

『ダァァーーリィーーン!!』

 

 

 野太い声の大合唱。打ち合わせしたわけでもないのにここまで揃うとは、さすがはFクラスといった所なのだろうか。

 

「――失礼。忘れてください。とにかくよろしくお願いします」

 

 ……えっと、さっきので名前を完全に忘れてしまった、ダーリンでいいか。

 ダーリンは予想外に男の大合唱が気持ち悪かったらしく、今にも吐きそうな顔で席に着いた。むう、呼べと言うから呼んだのに、なんだか不愉快だ。

 そんな俺の気持ちに関わらず、自己紹介は進んでいく。

 

 

「――です。よろしくお願いします」

 

 おっと、いつの間にか俺の番のようだ。その場に立ち上がり、制服を整えて皆の方を向く。

 一応敬語の方がいいか。

 

「谷村誠二です。趣味はゲームで、部活には特に入っていません。えーと……」

 

 何か皆の記憶に残るような気の利いた一言はないだろうかと少し考えてみたが、何も思い浮かばなかった。

 

「一年間、よろしくお願いします」

 

 結局、ありきたりなものになってしまった。いざこうなってしまうと、先ほど大きなインパクトを残した連中が羨ましく思えてしまう。

 まあ、まだ始まったばかりだ。いくらでも仲良くなる機会なんてあるだろう。

 

 これからどうやって友達を増やして行こうか考えながら、クラスメイトの自己紹介を聞いていた。

 それにしても、意外と淡々と進むものなんだな。

 

「次は俺だな」

 

 ようやく須川の前の生徒まで終わり、須川が立とうと腰を浮かせた。

 しかし、声を出すよりも先に、教室のドアの開く音がした。

 

「あの、遅れて、すいま、せん……」

 

 そこにいたのは、保護欲をかき立てられる可憐な美少女だった。

 

『えっ?』

 

 誰からというわけでもなく、教室全体から驚いたような声が上がる。というか、俺も声を出してしまった。

 

「丁度よかったです。今自己紹介をしているところなので姫路さんもお願いします」

「は、はい! あの、姫路瑞希といいます。よろしくお願いします……」

 

 小柄な彼女は体を縮こまらせるようにして自らの名前を告げた。

 しかし、彼女の名前はおそらくクラス中の、いや学年中のだれもが知っている。入学して最初のテストでは学年次席に名を連ね、その後も定期テストの度に上位に位置し続けている彼女は、その人目を引く可憐な容姿もあり俺達の学年では話題の人物の一人である。

 どうして、姫路さんがここにいるんだ? 姫路さんがいるべきなのは最上位クラスのはずだ。

 そんな俺達の気持ちを代表するかのように、一人の男子生徒が彼女にその疑問をぶつけた。

 その疑問に、姫路さんは恥ずかしそうな顔をして答える。

 

「そ、その……振り分け試験の最中、高熱を出してしまいまして……」

 

 ああ、なるほど。

 試験途中での退席は0点扱いとなる。それならFクラスに振り分けられたのも納得だ。

 

『そういえば、俺も熱の問題が出たせいでFクラスに』

『ああ、化学だろ? アレは難しかったな』

『俺は弟が事故に遭ったと聞いて実力を出し切れなくて』

『黙れ一人っ子』

『前の晩、彼女が寝かせてくれなくて』

『今年一番の大嘘をありがとう』

 

 姫路さんの言い分を聞いてちらほらと言い訳の声が上がる。

 俺も便乗しようかと思ったが、俺のは本当に洒落にならなそうだったからやめておく。

 

「で、ではっ、一年間よろしくおねがいしますっ!」

 

 逃げるように自己紹介を終わらせた姫路さんは、クラス後方の最後に残った卓袱台に着いた。その卓袱台はたてがみ男とダーリンに挟まれているが可憐な姫路さんは果たして堪え切れるのだろうか。

 そう思って少し眺めていたが、予想に反して姫路さんは二人と一緒に楽しそうに会話をしていた。意外と姫路さんはタフなのかもしれない。

 すると、ニヤニヤしながら須川が話しかけてきた。

 

「おいどうした? 姫路さんに惚れたか?」

「い、いや、そんなことは無いさ」

 

 急に話しかけられたので、動揺してしまった。

 

「そうか? それにしてはやけに見てるけどな」

 

 俺が惚れたのは……いや、今は関係ないか。

 

「惚れては無いが、何となく心配なだけだ。ほら、姫路さんって守ってあげたくなる感じだし、隣があの二人だろ?」

「先生が来る前に騒いでたやつらか。確かに……」

「それにしても、女子がもう一人入って来てくれて良かったな」

「まったくだ。何が悲しくて男だらけの教室で過ごさなきゃならないんだ」

 

 姫路さんが来たおかげで、これでFクラスの女子は二人となった。他のクラスには遠く及ばないが、多少はマシになったのかもしれない。

 

「はいはい、そこの人達、静かにしてくださいね」

 

 気が付くと、姫路さん達の会話がやけに盛り上がっていた。そのために、先生がパンパンと教卓を叩いて警告を発したらしい。

 

「あ、すいませ――」

 

 

 バキィッ バラバラバラ……

 

 

 ダーリンが謝ろうとしたその時、先生の目の前で教卓がゴミ屑と化した。軽くたたいただけで壊れるとは。まさかこれも仕様なのだろうか。

 

「えー……替えを用意してきます。少し待っていてください」

 

 気まずそうにそう告げると、先生は足早に教室から出て行った。さすがにあれは仕様ではなかったらしい。

 改めてこのクラスの酷さを思い知る。

 

「なあ……」

 

 あまりの事態にあきれ返っている須川と工藤に話しかける。

 

「なんだ?」

「思っていた以上にFクラスって酷いんだな……」

「そうだな……どうにか改善できればいいんだが」

「改善ったって、方法なんて()()しかないだろ。今の俺達じゃ無理だ」

「それはそうだが……」

 

 どうにか抗う術は無いのだろうか。

 色々と考えてみるが、俺達は学力最底辺のクラスだ。となると……無理だ。

 他に策は無いかといろいろ考えていると、教室のドアが開いた。ダメだ。何も思いつかなかった。

 教室に入ってきたのは先生だけだはなく、たてがみ男とダーリンも一緒だったが。あの二人は、トイレにでも行っていたんだろうか。

 

「さて、それでは自己紹介の続きをお願いします」

「あ、はい」

 

 壊れた教卓をボロボロの教卓に替えて、HRが再開される。

 

「えー、須川亮です。趣味は――」

 

 聞きなれた友人の声を皮切りに、また淡々とした自己紹介の時間が流れる。

 そして窓際最後列に座るたてがみ男の番になった。

 

「坂本君、君が自己紹介最後の一人ですよ」

「了解」

 

 たてがみ男は席を立ち、ゆっくりと教壇に歩み寄った。その姿には、先ほどまでのふざけた態度は感じられなかった。

 

「坂本君はFクラスのクラス代表でしたよね?」

 

 福原先生に問われ、泰然とうなずくたてがみ男。

 先ほど耳にした通り、アイツがこのクラスの代表で間違いないらしい。

 とはいえ、ここは最底辺のFクラスだ。ただ、バカの集まりである50人の中で一番点数が高かったというだけのこと。Fクラス代表なんて肩書は自慢にすらならない。

 

「Fクラス代表の坂本雄二だ。俺の事は代表でも坂本でも、好きなように呼んでくれ」

 

 それでも、たてがみ男――坂本は、自信に満ちた表情で俺達に向き合っている。

 

「さて、皆に一つ聞きたい」

 

 坂本が、ゆっくりと、全員の目を見るように告げる。

 そして、坂本の視線は教室を見渡すように映り、俺達もそれにつられてFクラスの備品を眺めていった。

 

 かび臭い教室。

 

 薄っぺらい座布団。

 

 ズタボロの卓袱台。

 

「Aクラスは冷暖房完備の上、座席はリクライニングシートらしいが――」

 

 俺は、数十分前に見たAクラスを思い出す。

 

「――不満は無いか?」

 

 

 

『『大ありじゃぁっ!!』』

 

 

 

 二年F組生徒の、心からの叫び。

 

「だろう? 俺だってこの現状は大いに不満だ」

 

『そうだそうだ!』

 

 一人。

 

『いくら学費が安いからと言って、この設備はあんまりだ! 改善を要求する!』

 

 また一人と。

 

『そもそもAクラスだって同じ学費だろ? あまりに差が大きすぎる!』

 

 次々に不満の声をあげていく。

 それはクラス中に伝染し、俺達に謎の高揚感を与えている。

 もしかして、俺達でも『やれる』のか?

 

 正体不明の『熱』に包まれた俺達に向けて、

 

「みんなの意見はもっともだ。そこで」

 

 野性味満点の八重歯を見せたFクラス代表、坂本雄二の口から、

 

「これは代表としての提案だが――」

 

 禁断の一言が放たれる。

 

「――FクラスはAクラスに『試験召喚戦争』を仕掛けようと思う」

 

 こうして、二年目の学園生活は幕を開けた。

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