モブとテストと優等生   作:相川葵

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第八問 Cクラスの人々

【清涼祭アンケート】

 学園祭の模擬店にて、調理班・ホール班などの割り振りを決めるためのアンケートにご協力ください。(2-F実行委員:谷村誠二、吉井明久)

『あなたの得意なことについて教えてください』

 

 

 

 坂本雄二の答え

『策謀』

 

 吉井明久のコメント

 これって体よく実務をサボりたがってるだけじゃない?

 

 谷村誠二のコメント

 けど実際、人を使ったり問題解決のアイデア出しは上手いんだよな。ウチのクラスのブレインなわけだし、頼りにしてるぜ、我らが代表。

 

 

 

 須川亮の答え

『ナンパ』

 

 谷村誠二のコメント

 得意なことを書けって書いてあるだろ。まあでもお前何かと器用だし、調理班かなあ。女性客に声かけても困るし。

 

 吉井明久のコメント

 だね。店員がナンパしてたら評判も下がるし、須川君にはキッチンに引きこもってもらおう。

 

 

 

 姫路瑞希の答え

『お料理』

 

 谷村誠二のコメント

 だから得意なことを書けって……あ! いや! なんでもないです、はい! でも姫路さんは可憐な見た目を活かしてウェイトレスをやってもらおうかな!

 

 姫路瑞希のコメント

 でも私、皆さんのお力になりたいんです! きっとお化け喫茶に相応しい料理を作ってみせますから!

 

 吉井明久のコメント

 なんで姫路さんがここにいるの!? え? どうしてもお手伝いしたくて直談判に来た? とっても助かるんだけど、でもやっぱり姫路さんの魅力を最大限に引き出すにはホールに出てもらわないと!

 

 (以下、四十五分に渡る押し問答が続く)

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 2-Cの模擬店は、【召喚獣体験アスレチック『こびとのひろば』】だった。召喚獣体験と銘打っている通り、学外からの来場者が実際に召喚獣を喚び出して動かすことができるのがウリになっているらしい。召喚獣を使って、アスレチックやピッチング、居合切り体験が楽しめるようだ。

 

 ただ、俺達のように自分自身をデフォルメしたような姿の召喚獣を呼び出すためには、それ相応の手順や調整が必要になる。精神の波長を上位レイヤーのナントカとシンクロさせ……というのは、何かの機会に学園長が語っていたことだったが、なんにせよ、短時間でパパっと設定できるものではない。

 そのため、来場者が操っているのは仮面をかぶった何物でもない素体のような召喚獣だ。尤も、それだけでも十分体験する価値はあるらしく、Cクラス内は多くの来場者でにぎわっていた。

 

「新入生用の初期データを調整した仮想の生徒データを用意しておいて、一時的に体験者を文月学園の生徒とみなすことで召喚獣との精神的な繋がりを作っている……らしいわ。詳しいことは私にもわからないけど」

「ふーん……」

 

 さっぱりわからない。まあ、試験召喚システムの細かい仕組みなんて、学園長を含めたごく一部の大人達だけが理解できるものらしいし、深く理解する必要もないか。

 

「あれ? 黒崎達。運営委員の巡回は終わったのか?」

 

 おそらくは彼の友達なんだろう。教室の奥で体験者の列をさばいていた男子が声をかけてきた。

 

「いやあ、これも運営委員の仕事。ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」

 

 と、黒崎はことの経緯を話し始めた。

 その間、Cクラス内の来場者の様子を伺ってみる。教室内で召喚獣体験を楽しんでいるのは、当然ほとんどが学外の人間だ。ウチの保護者と思われる大人達と他校の中高生が大体半々くらいか。ごく一部、文月学園の生徒の姿も見られるが、あれはきっとまだまともに召喚獣に触れたことのない一年生だろう。中間テストすらまだ行われていないわけだし。

 

 気が付くと、黒崎の説明が終わっていた。事情を聞いた彼は、顎に手を当てて記憶をたどって、

 

「確かに、そんな話してるお客さんはいたような気がする。特定の誰か、ってわけじゃないけど……正直仕事で手一杯だったから、はっきりとはいえねえな」

 

 彼はそう告げると、周りのクラスメイトにも声をかけていたが、結局同じような回答しか得られなかった。

 

「うーん、そっか」

「噂は広まってるみたいだが、少なくともここが出所じゃなさそうだ。まあ、教師がいるから当然か」

 

 そう言って、俺は教室の壁際に立つ長谷川先生を見た。Cクラス教室を覆うようにして召喚フィールドを広げている。本来なら模擬店に教師がつきっきりになる必要はないが、召喚獣体験を行う都合上、Cクラスには常に教師が配備されていることになる。

 

「……なら、噂を流してるのは文月学園の生徒なんじゃないかしら」

「え?」

「だって、他校生や保護者なら先生の前で妙な噂を流すような真似をしても大して気にしないでしょう」

 

 鉄人みたいな見た目の先生なら話は別だけれど、と村田さんは付け足した。

 確かに……じゃあやっぱり、あの坊主とモヒカンがどこかで悪さをしてるのかもしれない。

 そう考えたところで、来場者達の会話が耳に入ってきた。

 

『なあ、聞いたか。お化け喫茶の噂』

『あ?』

『さっきトイレで聞いたんだけどよ……』

 

 振り返る。他校生……おそらく同学年か三年生。その彼らが、まさに俺達が追い求めていた噂を語りだした。

 

「どっかのクラスがお化け屋敷風の喫茶店をやってんだと。けど、その喫茶店がヤバいみたいでな。テーブルの溝にゴミが溜まってるわ、ジュースに虫が浮いてるわ、ひどい料理を出してんだと」

「マジで? 学園祭とはいえ食いもん扱ってんだろ、正気かよ」

「さあな。文月学園はクラスごとに環境に差がついてるって言うし、ゴミ捨て場で料理してんじゃねえの? ネズミも走ってるかもな」

 

 これはひどいな。なまじ文月学園のクラス制度が知られてるからこそ偏見が助長されてる。普段のFクラスの衛生状態はゴミ捨て場と大差ないような気はしないでもないが、食事を提供する以上衛生面は相当気を使っている。

 坊主先輩達が流した噂に尾ひれがついてるんだろう。どうしたもんかと頭を抱えていると、彼はさらに噂の続きを話した。

 

「それと、そこでは即効性の毒物が提供されてるらしい。一口食べればあの世行きとかなんとか」

 

 ……ちょっと待て。これって、あの必殺ゼリーの話じゃないか?

 思い出すのは、廊下に倒れた坊主とモヒカンの姿。営業妨害の復讐に必殺ゼリーを食べさせたが……多分、連中がその話もしてるんだろう。完全に悪手だ。まずったなあ……。

 

 俺の独断の行動がこうも悪い結果になっているとなると、責任を負わねばならない。噂を打ち消す一発逆転の策などあるわけもないが、せめて目の前の現状くらい対処が必要だ。

 

「なんだそれ、たかが学園祭で出回る噂か?」

「あと学園一のバカがいるらしい」

「……それは本当になんだ?」

「すいません、ちょっと良いですか?」

 

 お化け喫茶の噂を話していた他校生に、すっと近づいて声をかける。

 

「あ? 何、お前」

「俺、こういうものでして」

 

 そう言いながら『運営委員』と書かれた腕章を見せる。

 

「物騒な話が聞こえてきたので、ちょっと詳しく話を聞かせてほしくて。ほら、本当にそんな模擬店があったら、調べに行かないといけないですから」

 

 確かに、と言いたげに彼らはうなずくと、再び例の噂を話してくれた。改めて聞くと本当にひどい。ひどすぎて、逆にやりようがある。

 

「ちょっとそれは……信じる信じない以前に、荒唐無稽すぎないですか? 即効性の毒物って。そんなもの簡単に用意できないし、そんな暗殺料理を作るメリットもないですし」

「……そりゃあ……そうだな」

 

 顔を見合わせてきょとんとする彼ら。

 

「お化け屋敷風喫茶、のコンセプトから考えると、『天に還るほどとろける甘さ』! とか、そういう売り文句が独り歩きしたんじゃないですか?」

「なるほど確かに。大体、一口食べて死ぬような食いもんがそうそうあるわけないもんな!」

「そりゃそうだ!」

 

 と、彼らはハハハと笑ってくれた。実際、一口食べて死にかける料理を量産できる必殺料理人はいるのだが、まあ、それはおいておこう。

 

「ってことはあれだな。他の噂も変に話がねじれてるだけかもな。普通に考えたら飯くらいちゃんと作ってるだろ」

「そうかもしれませんね。一応俺も後で調べに行きますけど……良かったら行ってみてください」

「おう! そうするわ!」

「あと学園一のバカはいます」

「学園一のバカはいるのか……」

 

 思いのほか順調に事が運んだ。やっぱり噂がひどすぎたのが逆に功を奏したらしい。尤も、その噂が広まってるから楽観視はできないが……。

 周りを見ると、俺達の会話が聞こえていたらしく、

 

『やっぱあの噂、ガセだったんだ』

『フツーそんなことないもんね』

『あと学園一のバカがいるんだ』

『学園一のバカがいるんだね』

 

 と、そんな会話がそこかしこから聞こえてくる。やっぱり噂は結構な人の耳に入っていたようだが、このあたりにいる人の誤解は解けたらしい。

 ここから、『2-Fのお化け喫茶の噂は嘘で、ちゃんとした料理が楽しめる』なんて噂が逆に広まってくれれば御の字だが、さすがにそれは高望みしすぎかな。

 

「うまくやったな」

 

 そっと場を離れた俺に、肩を組むようにして黒崎が話しかけてくる。

 

「ああ、もともとひどすぎる噂だ。話してる方もおかしいとは思ってたんだろうな」

「聞いてて気分の悪い噂だし、おさめてくれて助かったわ。ありがとう、谷村」

「村田さんってお礼とか言うんだ」

「…………」

「今の発言取り消しでお願いします」

 

 フン、と鼻を鳴らす村田さん。一瞬右手が握りこぶしを作ったのを見逃さなかったぞ。変な敬語を使いつつうまくおさめてたから感心してやったのに……とぶつぶつつぶやいている。気難しい人だなあ。

 

「まあまあ。それより、うまく治めたとはいえその場しのぎだ。大本を叩かないときりがないぞ」

「そうなんだが……そっちは吉井達に任せようと思う。時間もあまりないし、犯人がアイツらならやりようはあるだろ。代表の坂本も協力するだろうからうまくやってくれるはずだ」

「随分信頼してるのね」

「まあ、バカとはいえやる時はやる連中ですし……試召戦争も、最後には負けたとはいえ二回は勝ってますから。坂本のやつ、変なところで知恵が回るんですよ」

 

 と、試召戦争のことを口にすると、村田さん達は苦い顔をした。

 

「試召戦争ね……嫌な思い出しかないわ」

「まったくだ。おかげで新学期早々クラス設備を落とされたわけだし。この清涼祭でも、危うく半分のスペースしか使えなくなるところだった」

 

 そういえば……Cクラスはそんなことになってたんだっけ。関係が無いから忘れていた。確か、Aクラスに半日で返り討ちにあって、Dクラス相当の設備で授業を受ける羽目になったんだったか。

 

「半分のスペースって?」

「Dクラス教室って、Cクラス教室の半分しかないでしょう? だから、試召戦争で負けて以来窓側の半分が封鎖されてたのよ。完全に立ち入り禁止ってわけでもないけど、ものを置いたりもできなかったわ。そんな状態で清涼祭を迎えたのよ」

「ま、他のクラスが空き教室を使ってるみたいに、封鎖された半分のスペースを準備室とかに充てることはできたんだけど、せっかく広い教室なんだから活かしたいよな」

「それで、学園長に掛け合って、試験召喚システムの宣伝を兼ねるなら特別にCクラス全体を模擬店スペースにしていいって話を取り付けたのよ。召喚獣を使って遊ぶアスレチックを作るなんて、それはそれで貴重な体験だったしね」

「はー、なるほどな……」

 

 限られた制約の中で模擬店を成功させようとしていたのは、何もウチのクラスだけじゃなかったらしい。

 見渡してみると、確かにこの模擬店はCクラス教室の広さがあってこそだ。下位クラス教室の広さでは、これだけの設備を並べることは物理的なスペースの問題でできなかっただろう。

 などと考えながらほへーっと教室内の模擬店の様子を眺めている俺に、なおも二人は話し続ける。

 

「それもこれも、全部試召戦争を仕掛けたせいよ。下位クラスならともかく上位クラス……それも学年主席がクラス代表のAクラスに、新年度早々挑んで勝てるわけないじゃない」

「後から考えればそりゃそうなんだけどさ。でもあれだけ派手に喧嘩を売られて買わないわけにもいかないだろ」

「まあそうね。私もカチンと来て乗っちゃったわけだし」

 

 あれ? そういえば、CクラスがAクラスに攻め込んだ理由って……。

 

「…………」

 

 冷や汗が背中を走る。ここはCクラス教室。坂本擁するFクラスが、木下さんのふりをした秀吉を使ってAクラスにけしかけさせた、C()()()()……。

 

「でも、妙だったのよね。あんな暴言を私達に吐き捨てていったくせに、いざ試召戦争で木下を問い詰めたら『知らない』『身に覚えがない』の一点張り。謝罪の一つもないのは別にどうでもいいけど、ホント失礼な態度だったわ」

「ああ。おかげで小山も腹の虫がおさまるまで随分時間がかかった」

「へ、へえ……そうだったんですか……」

「まあ、あんな暴言をしたと認めたらまず優等生の評価はがた落ちするだろうから、意地でも認めるわけにはいかなかったんだろうな」

「……ということを、昨日まで私達は考えていたのだけれど。ところで、谷村」

「は、はい?」

 

 村田さんが、急に俺の名を呼んだ。

 

「聞いての通り、私達は木下優子にひどく暴言を吐かれたことを恨んでいるわけだけれど……さっき、巡回中に魔女の姿をした木下を見かけたのよ。

 でもこれって、変なのよね。木下のいるAクラスはメイド喫茶だったはずだし、他に魔女の恰好をしていた姫路と島田は、確かあなたのいるFクラスだったはずよ。

 それで思い出したのよ。木下には双子の弟がいるらしいって噂を」

 

 村田さんと黒崎以外のCクラス生徒は、模擬店の仕事で忙しく話を聞いている様子はない。けれど、なぜか全員の敵意が俺に集まりつつあるような錯覚を抱いた。

 

「谷村。Fクラス代表の坂本は『変なところで知恵が回る』って言ったよな」

「もしかして、木下の双子の弟はFクラスにいて、姉の木下優子に成りすませるんじゃないかしら?」

 

 

 

「急用を思い出したっ!」

「あっ!」

 

 

 

 三十六角形、逃げるに(しかばね)だっ!

 

 

 

            ☆

 

 

 くそっ! 全部バレてるじゃねえか!

 

 Cクラス教室を飛び出して、廊下に走り出た。Fクラスの策略に踊らされてAクラスに試召戦争を仕掛けてクラス設備をランクダウンさせられた、なんて知れたら、宣戦布告を伝えに行った吉井よろしく俺もボロ雑巾になっちまう!

 幸い逃げ足には自信がある。あの二人から逃げ切るなんて造作もないことだ! 運営委員の巡回の時間ももう終わるし、腕章は適当に職員室に投げ捨てれば問題ないだろ!

 

 ――そんな画策をしながら人混みを走り抜けようとしたのがまずかった。

 

「「痛っ!!」」

 

 人混みから同じく飛び出してきた誰かとぶつかって倒れこんでしまった。

 

「どこ見てんだテメエ!」

「わ、悪い……けどお前も!」

 

 と、叫びながら顔を見合わせる。お互い、その相手を見て目を見開いた。

 

「あ! キサマはさっきの――」

「変態だああああっっ!」

 

 俺の眼前に倒れていたのは、坊主頭にブラジャーを付けた男だった。

 

「学園祭で浮かれてるからってやって良いことと悪いことの違いも判らねえのか、この変態!」

「ちっ、違うっ! 自分の意思でこんなもん付けるわけねえだろ!」

「実際付けてんじゃねえか!」

「付けられたに決まってんだろ、ボケッ!」

 

 ぶちぎれる男。……って、コイツ、例の営業妨害の三年生じゃねえか!

 

「テメエ、さっきはよくもやってくれたな!」

「夏川! 今はほっとけ! 逃げるぞ!」

 

 遠くから、別の男の叫び声が聞こえる。四階に駆け上ろうとしているソフトモヒカンの男……やはり、例の営業妨害コンビの片割れだ。

 そしてさらに叫び声が聞こえる。Aクラスからこちらに駆けてくる坂本だった。

 

「ナイスだ谷村! 婦女暴行の現行犯だ! ひっ捕らえろ!」

「なんだと!?」

「ちげえよ! 冤罪だ!」

「頭にブラジャーくっつけた変態のいう事なんか信用できるか!」

 

 周りを見れば、騒ぎを聞きつけた野次馬が微妙に距離を取りながら集まっている。この状況で自身の犯罪を声高に叫ばれては、弁明の余地なしといったところだろう。そこには、カメラを携えて野次馬に加わる橋本の姿もあった。

 

「橋本! アイツの写真撮っとけ!」

「了解です!」

「バカ! やめろ!」

 

 手で頭と顔を隠しながら、変態坊主は例の片割れを追いかけるように階段の先へ消えていった。

 

「追うぞアキちゃん!」

「了解! でもその呼び方は勘弁して!」

 

 坂本が走り抜けるその後ろを、Aクラスから飛び出してきたメイドが追いかける。短いスカートとフリルのメイド服が妙によく似合うそいつは……。

 

「……吉井? なんだその恰好は」

 

 学園一のバカだった。

 

「そ、そんな目で見ないで! これにはリヴァプールよりも深い事情が!」

「なんだそれ。どんなプールだよ」

「リヴァプールは地名だ、バカ! それより明久! 常夏コンビに逃げられるぞ!」

「ぐ……くそっ!」

 

 坂本にせかされ、学園一のバカはともに四階へと昇っていった。橋本がほくほく顔でカメラのデータをチェックしている。きっとあの吉井の……もといアキちゃんのメイド姿もばっちり撮れていることだろう。

 それはともかく。

 

「やっぱり、あの二人が何かしてたんだな。何があったのか、Aクラスの誰かに聞いておかないと……」

 

 そう思ってAクラスへ歩き出そうとしたところで、右手首が誰かに捕まれていることにようやく気が付いた。

 その人物の顔を見るため目線を上にあげてみると。

 

「話をしましょう、谷村。あなたの知ってることを、全部教えてくれる?」

 

 にこやかな、かつて『ラ・ペディス』でも見た営業スマイルがそこにあった。その向こうに底冷えのするような怒りが見えたのは、あながち幻でもないかもしれない。

 

 

            ☆

 

 

「つまり、Cクラスに狙われることを回避するための坂本の策だったというわけね……」

 

 村田さんに右手首を掴まれてCクラスの教室へと連行された俺は、尋問されるがまま知っていることをすべて話した。尋問といっても大したことはされていない。せいぜい強く握られた手首の先の感覚がなくなっていくのが怖かったくらいだ。

 村田さんは、はあ……と深くため息をつきながら頭を手で押さえている。

 

「あの……怒ってます?」

「……別に、怒ってはないわよ。クラス間の戦争だからね。私達も漁夫の利を狙おうとしたわけだし、一方的に卑怯となじるのもナンセンスよ。試召戦争上の戦略として認めてあげるべきだわ」

「そ、そうですか! それなら、そろそろ手を放していただけると助かるんですが……」

「それはそれとしてFクラスの手のひらの上で踊らされたことにムカついてはいるわ」

「やっぱ怒ってません?」

 

 と、言いつつ、彼女はもう一度深いため息を吐いたところでようやく手を放してくれた。おかえり、我が愛しの右手の感覚。

 一通りのやり取りをそばで聞いていた黒崎は、やれやれといった様子だった。

 

「全く、いきなり試召戦争の準備を始めたと思ったら根本とそんな罠を仕掛けてたとはな。その日は俺も村田もバイトですぐに帰ったから知らなかったぜ」

「じゃあ、さっきから言ってるその……ギョフノリ? 作戦を知ったのも次の日だったのか?」

「ええ。朝になってから、漁夫の利を狙う案を聞いて悪くないと思って協力したのよ。けど、反則まがいのいちゃもん付けで大将のクビを取ろうとしてただなんて、卑怯千万よ」

 

 試召戦争のルール上、他のクラスが試召戦争を終えた直後に別のクラスが戦争を仕掛けるのは全く問題がない。補充の時間こそ与えられるものの、連戦となれば精神的な負荷は避けられない。多少いやらしくはあるが、立派な戦略だ。

 そっちの作戦には賛同した村田さんでも、根本のやり方についてはさすがに思うところがあったらしく、

 

「というか問題はむしろ、根本なんかとつるんでだまし討ちなんて企んでたことよ。そんなことしてるからしっぺ返しを食らうんじゃない。もっとスマートに正々堂々と……」

 

 とぶつぶつとつぶやいている。この分だとCクラス代表の小山さんとも相性が良くなさそうだ。

 

「木下にも謝っておかなきゃ……」

 

 小さな声でそう呟く、反省した様子の村田さん。なんというか、真面目な人だ。俺達に騙されただけなんだから謝る必要なんかないのに。

 

 まあでも、現状木下さんはCクラスに暴言を吐いた冤罪を押し付けられてるわけだし、彼女を想う身としては何とかしたい状況ではある。

 

「せっかくだし、クラスの人達にそれとなく伝えておいてもらえますか? このままだと木下さんがかわいそうなので」

「別に構わないけど……その必要はないみたいよ」

「え?」

 

 周囲を見渡す。来場者達で混雑する教室の中、Cクラスの面々が仕事の傍ら俺たちの会話に耳をそばだてていた。

 

「一応伝えておくけど、私は今回の件はお互い様だと思ってるしさっきのでもう気は済んだわ。でも……他の人がどう思ってるかまでは保証できないわね」

 

 さっきまでの話を聞いていたということは、木下さんの名誉回復が得られるという事であり、それはとても良いことだ。

 そして――

 

『じゃあ、俺達はFクラスのせいで無謀なAクラスに挑む羽目に……』

『教室の設備がランクダウンしたのもそのせいってことだよな』

『全部、うまく操られてたってことかよ』

 

 

『『『Fクラスなんかに…………!』』』

 

 

 その恨みを、俺が一身に受けるという事でもあり、それはとても良くないことだった。

 冷や汗が止まらない。このままCクラスにいたら、とんでもないことになるかもしれない。

 

「い、いや、待てよお前ら。俺はただその場に居合わせたってだけで、実際成りすましたのは秀吉だし、作戦を考えたのは坂本だぞ? 恨むなら坂本を恨むべきじゃないか?」

「……谷村。お前には悪いと思ってはいるんだが――」

 

 俺の側に立つ黒崎が、心底申し訳なさそうに口を開く。

 

 

「――この鬱憤をぶつけられるなら、別に誰だっていいんだよ」

「ああっ! もう三回戦の時間だ! 巡回の時間ももう終わりだから俺もう行くわ! じゃあな!」

「取っ捕まえろぉ!」

 

 

 俺と黒崎達は、同時に動き出す。とびかかってくるCクラスの生徒達をすんでのところでかわしつつ、Cクラス教室を命からがら逃げだした。

 

 宣戦布告をしに行った吉井はこんな気分だったのか、なんてことを考えながら、召喚大会のコートを目指して階段を駆け降りていった。

 

「……何の騒ぎ?」

 

 喧噪の遠くから、俺を捕らえんとするクラスメイト達を見て困惑する小山さんの声が聞こえた。ヒステリックな彼女が教室にいなかったのは、俺にとって幸運だったと言えるだろう。

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