モブとテストと優等生   作:相川葵

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ここすき機能を使ってもらうとかなり嬉しかったので、好きなところがあれば活用していただくと大変喜びます。よろしくお願いします。


第九問 勝て! 勝て! 勝て!

【現代社会】

 以下の問いに答えなさい。

『PKOとは何か、説明しなさい』

 

 

 

 橋本和希の答え

『Peace Keeping Operation(平和維持活動)の略。

 国連の勧告のもとに、加盟各国によって行われる平和維持活動のこと』

 

 教師のコメント

 その通りです。世界の平和を守るための大切な活動です。よく覚えていました。

 

 

 

 島田美波の答え

『Punch Kick On head!(パンチとキックを頭に!)の略。』

 

 教師のコメント

 世界平和のための活動が恐ろしいことに。

 誰がそんなことを望むんですか。

 

 

 

 須川亮の答え

『Please Knock Out.(ノックアウトしてください。)の略。』

 

 教師のコメント

 ここにいるとは。

 

 

 

 谷村誠二の答え

『Piisu Kiipingu Opeleisyon(平和いじ計画)の略。

 世界皆で平和を守ろうぜ! という計画のこと』

 

 教師のコメント

 おや? 谷村君にしては正解に近い回答ですね。残念ながら丸にすることはできませんが、他の解答を見ても頑張りが読み取れて先生はうれしいです。

 谷村君の努力が実を結ぶよう応援しています。

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

「って、マジで時間がやばいな」

 

 Cクラスの連中を撒きつつ、手に取った腕章を職員室にいた先生に投げつけて外を目指す。色々とばたついていたからギリギリになってしまった。

 

「あっ、谷村さん!」

 

 コート上で、俺を見つけた橋本が手を振っていた。時計を見ると三回戦の集合時間まで三分もない。なんとか間に合ったが、危うく不戦敗になるところだった。

 

「はあ……はあ……危ない危ない……」

「よかった。間に合わないかと思いましたよ」

「ああ……悪いな」

 

 膝に手をつきながら息を整えていると、

 

「随分ギリギリの到着だな」

 

 少し離れたところから、そんな声がかけられた。

 顔を上げる。メガネご越しにニヤついた視線をこちらへと向ける鈴木だった。

 

「高々三回戦の一般公開とはいえ、この観客だ。ビビって逃げ出したのかと思ったぜ」

 

 周りを見渡す。高校生たちのお遊びのような大会ではあるが、試験召喚システムを使ったこの大会は今年の清涼祭のメインイベントだ。当然その注目度も高く、ベスト8を決めるだけのこの試合から多くの観客が集まっている。

 

「運営委員の仕事があったんだよ。お前達だって、今日の巡回くらいさすがにサボらないよな」

「いつもオレ達がサボってるみたいな言い方はやめろ。クラスの手伝いで手が回らなかったって言ってるだろ?」

 

 やれやれとでも言いたげに首をすくめる。結局、彼らは清涼祭の準備期間のあいだ、一度か二度顔を出すだけだった。顔を出した時だって、ロクに仕事をしていなかったし。

 まあいい。そんなことはどうだっていいことだ。

 

「にしても、FクラスとEクラスのバカコンビが勝ち上がってくるとはな。てっきり一回戦で負けてるもんだと思ってた」

「……そう言うお前達も、ちゃんと勝ち上がってきたんだな」

「トーゼンでしょ。バカのアンタたちと一緒にしないでくれる?」

 

 そう答えるのは、横に立つ金田一さん。不機嫌そうにこちらをにらんでいる。最後に話したのは、一週間前、二人に啖呵を切った時だ。あの時、俺に食ってかかられたことは金田一さんにとっても結構不愉快だったらしい。

 

「お前達でも勝ってこれるなんて、どんだけ運が良かったんだか……いや、逆に運が悪かったのか」

「……どういう意味だよ」

「偶然ここまで勝ってきたせいでこんな大勢の前でボコられる羽目になるんだ。運が悪いとしか言いようがねえだろ」

 

 偶然、ねえ……。ここまでの戦いで何の苦労もせずたまたま勝ち上がってきた、と言うつもりはないが、なんとか俺達でも太刀打ちできる相手だったことは確かだ。そこには、多少なりともクジ運が絡んでいたことを否定はできない。

 

「なら、やっぱり俺達は運が良い」

「あぁ?」

「こんな大勢の前でお前達を倒せるんだ。運が良いに決まってるだろ」

「……言ってろ、バカが」

 

『皆様! お待たせいたしました! これより試験召喚大会を開催いたします!』

 

 話しているうちに時間になったらしい。放送部だったか生徒会だったかの三年生がマイクを握り、軽快にアナウンスを飛ばしている。

 簡単に試験召喚システムの説明が入り、会場に驚嘆とも期待とも取れる声が渦巻いたところで、

 

『それではさっそく、彼らに召喚獣を召喚していただきましょう! 三回戦の対戦科目は、現代社会となっております!』

 

 そんな声と共に、福原先生によってコート内に召喚フィールドが形成される。

 そして、

 

「「「「試獣召喚(サモン)!」」」」

 

 たった三文字の、力強い声が揃う。

 コート上に召喚獣の姿がロードされ始めた。

 その光景に、観客がどよめきと歓声を上げる。

 

「谷村。お前の思い通りにはならねえよ」

 

 そして耳に届く鈴木の声。鈴木がそう口にする理由を、俺は知っていた。

 

 

『【現代社会】

 Bクラス  鈴木二郎 & Bクラス 金田一 香

         254点          226点』

 

 

 先に現れた二人の点数。水準としてはBクラスにとどまらず、Aクラスの中堅並みの点数だった。

 

「現代社会はオレ達の得意科目だ。お前達に負けるわけがねえ」

「ぐっ……」

 

 そんなこと、科目が決まった時に調べたから知っている。運悪く、鈴木達とぶつかる三回戦の科目は彼らの得意科目だった。

 覚悟していたとはいえ、苦戦はまぬがれない。紛れもなく、強敵だった。

 

 二人の召喚獣は、ともに高得点者の例にもれず装甲を纏っていた。ただし、その出で立ちは剣士や兵士のようなものではなく、ヤンキーカップルのようだった。

 鈴木の召喚獣は、六角鉄棒(ろっかくかなぼう)……鉄でできた細長い棒を木刀のように持ち、『喧嘩上等』と派手に刺繡された白い特攻服を羽織っている。召喚者である本人と同じく、細長い眼鏡と金髪のリーゼントが特徴的だ。

 金田一さんの召喚獣はと言えば、黒マスクと紺のロングスカートを身に着け、釘バットを振り回していた。赤みを帯びた黒髪を風になびかせている。

 

 言うまでもなく、モチーフはヤンキーのカシラとスケバンだ。ただし、高得点者相応の装備であることに変わりはない。似たようなスタイルの吉井の召喚獣は改造制服に木刀だったはずだが、鈴木達の召喚が持つ武器は木刀より破壊力があるし、装甲だってあるとないとじゃ大違いだ。

 

 Bクラスの二人を相手にするのだから覚悟はしていた。けれど、いざこうして再度相まみえてみると、その強さがあらわになる。そんな召喚獣達と、よりにもよって相手の得意科目で戦うなんて。

 

「谷村さん。現代社会の調子はどうですか」

 

 こちらの不利をかみしめながら俺達の召喚獣がロードし終わるのを待っていると、いつになく真面目なトーンで橋本が語り掛けてきた。

 

「……せいぜいEクラス並みだ。点数だけで言えば、正直心もとない」

 

 二回戦の試合が始まる前、40点そこらの点数で勝てると踏んでいたのは、相手が試召戦争を経験していない一年生だったからだ。仮に勝ち上がってきたのが一年生でなかったなら苦戦は必至だっただろうが、その心配がなくなったから油断していた。

 そのあとすぐにその想定は覆されたとはいえ、相手次第では40点でもなんとかやりようはあったのだ。

 

 ただ、今回は話が違う。悔しいが、鈴木達は正真正銘格上だ。一回戦の平賀達とは比べるまでもなく、二回戦の今井君達と比べても、点数こそ下がるが二人とも俺よりずっと点は高いし、何より試召戦争の経験者だ。決着がつく直前まで生き残っていたのだから、実戦経験も十分にあると見ていいはずだ。

 それに、アイツらもここまで二試合を勝ち上がっている。操作技術の利だけで勝利できると考えるのは楽観的すぎるだろう。むしろ、味方の橋本は試召戦争すら未経験のEクラス所属なわけだし。

 

 ついでに言えば、この鈴木の態度からするに、俺の現代社会の点数も大体見透かされているんだろう。数学で150点以上取れるのにFクラスにいるんだ。他の科目の点数なんて、たかが知れている。付け焼刃でアイツらに匹敵する点数なんて、取れるわけがないのだ。

 

「そうですか。でも、大丈夫ですよ」

 

 だというのに、橋本は焦る様子もなく告げる。

 

「……何が?」

「別に大したことじゃないんですけどね」

 

 と、そこで橋本が言葉を区切ると同時に、俺達の召喚獣が姿を現した。

 

「谷村さんが思ってるより、僕は頭が良いってことです」

 

 

『【現代社会】

 Fクラス  谷村誠二 & Eクラス  橋本和希

        97点          248点』

 

 

「「はあっ!?」」

 

 表示された橋本の点数は、まごうことなくAクラスレベル。鈴木とほぼ対等に戦える点数だった。

 

「アンタ……何よその点数!」

「言わせてもらいますけど、僕だって伊達や酔狂で新聞部やってる訳じゃないんですよ。新聞部たるもの、世界情勢くらい押さえておきませんとね!」

 

 苦々しい顔になる金田一さん。あの日廊下で口にした、橋本を笑い飛ばした台詞を思い出したんだろう。

 

「お前、そんなに現社が得意だったのか!」

「どうです、驚いたでしょう。まあ、数学ができない分これで点数を稼いでEクラスになったんですよ」

 

 ふふん、とドヤ顔で胸を張る橋本。少々ムカつく顔ではあったが、その顔にふさわしい点数だった。

 

「ハッ。所詮オレ以下の点数だ。谷村がザコな以上、何も変わらねえよ」

 

 橋本の点数を見て焦っていた鈴木が、気を持ち直してそんな言葉を吐いた。……実際、その通りだ。

 何か言い返そうかと思ったが、何を言おうか迷っているうちにマイクのノイズがスピーカーに乗ったのが聞こえて、口を閉ざした。

 

 

『ただいまフィールドに現れましたのが、召喚者の性質を反映した試験召喚獣でございます! 年度末に行われる次年度のクラスを決める振り分け試験の点数を参考に、各生徒の装備が決定され――』

 

 

 召喚が終わったのを見て、アナウンスの続きが入る。おそらく外部の研究機関やスポンサー向けなのだろう。試験召喚システムの詳細が説明されている。試合が始まるまではもう少し時間がありそうだ。

 その隙を見て、こっそり橋本が話しかけてきた。

 

「それで、谷村さん。作戦はどうするんですか。考えはあるんですよね?」

「え? あ、ああ、あるけど。なんでわかったんだ」

「点数差は把握してるみたいでしたから、事前に色々練ってきたんだと思いまして」

 

 この点数差でまともにやりあって勝てるとしたら、それこそ観察処分者の吉井くらいだ。このままだと、橋本はともかく俺が点数差の分力押しされて早々に負けるだろう。その後一人残された橋本が倒れるのも容易に想像がつく。

 

 けど、そもそも、この三回戦で勝つために苦労して勝ち上がってきたんだ。ちゃんと前もって考えてきたことはある。その奇策は伏せたままここまで勝ち進んでこれたし、ありがたいことに橋本の点数が予想外に高かったからずいぶんやりやすくなった。

 妙に前のめりな橋本の様子が気にかかりはしたものの、今はそれを気にしている場合じゃない。考えていた作戦を、橋本に耳打ちする。

 

 作戦を聞いた橋本の反応はというと。

 

「……確かにそれなら一発逆転もできそうですけど、そんなこと、本当にできるんですか? ……システム的にという意味でも、その、谷村さんにできるのかって意味でも」

 

 橋本が心配するのもわかる。作戦がハマるかどうか以前に、俺がそれをできるのかという問題があるからだ。

 

「さあな。けど、それが出来なきゃ、負けるだけだ。やってやる。なんとしてでも」

「……わかりました。信じることにします」

「よし、決まりだ」

 

 コートの向こう側に目を向けると、鈴木達も作戦タイムが終わったところのようで、定位置に戻りこちらを向いていた。アナウンスによる小難しい説明もちょうど終わる。

 

 

『それでは、三回戦を開始いたします!』

 

 

 そして、決戦の幕が切って落とされた。

 

 

 

 

「谷村。あん時の借りを返してやるよ」

 

 試合が始まってすぐ、俺達は自然と一対一ずつに分かれた。俺の召喚獣と相対するのは、鈴木の召喚獣だ。特攻服を風に揺らしながら、六角鉄棒を構えている。

 

 

『【現代社会】

 Bクラス  鈴木二郎

        254点

     VS

 Fクラス  谷村誠二

        97点』

 

 

 橋本の召喚獣達からは少し距離を取る。

 鈴木の好きなように動かれるわけにはいかない。先手必勝だ。

 

「くらえっ!」

 

 そう叫びながら、筆箱から取り出したカッターナイフやその替刃を投げつける。鈴木の召喚獣を狙って投げる……ふりをして、その周囲に替刃をまき散らした。試召戦争で木下さんと戦ったときにも使った、まきびし作戦だ。

 

「例のまきびしか。ネタは割れてんだよ!」

 

 さっと飛び去って、位置を変えられる。くそっ!

 

「Fクラス対Aクラスの試召戦争なんて、その内容も出回るに決まってんだろ。お前の作戦もとっくに知れわたってんだよ」

「Fクラスの情報をわざわざ調べるなんて、よっぽど俺達が怖いのか」

「たまたま聞こえてきただけだっつーの!」

 

 と、キレながら鈴木の召喚獣がとびかかってくる。振り下ろされる六角鉄棒。この点差だ。まともに食らえば即死もあり得る。筆箱の中から何本かのボールペンを握りしめて、鈴木の召喚獣に投げつけてけん制しながら飛びすさって距離を取る。

 

「チッ!」

 

 鈴木の舌打ち。舌打ちしたいのはこっちもそうだ。そうやってホイホイ飛び回られると、こっちもまきびし作戦を乱発できない。俺の召喚獣が替刃を踏む可能性もあるし、橋本達を巻き込むのもこっちがさらに不利になる目が出てくる。この作戦はナシだ。

 

 鈴木の召喚獣が六角鉄棒を構え直す。その隙を狙ってカッターナイフを投げる。動作を途中で無理やり避けた鈴木の召喚獣に再度追撃。避けきれず、カッターナイフが召喚獣の手元に直撃した。ラッキー!

 

 

『【現代社会】

 Bクラス  鈴木二郎

     254点→248点

     VS

 Fクラス  谷村誠二

        97点』

 

 

 だというのに、点数はロクに減らなかった。97点も取ったのに、急所に当たらなけりゃこの程度か。直接切りつければもう少し点を削れるとは思うが……二倍以上も点差が離れていると仕方がないと割り切るべきか。

 

「なんだよ。一応避けたけど避ける意味ねえじゃねえか。得意の投擲も形無しだな」

 

 案の上、俺の主戦法もバレている。

 となると、やはり例の奇策を成功させなければならない。そうでなければ、勝ち目がない。

 

 ちらりと橋本達の様子を伺う。

 

 

『【現代社会】

 Bクラス 金田一 香

     226点→211点

     VS

 Eクラス  橋本和希

     248点→235点』

 

 

 互いに点数がわずかに削れてはいるものの、本格的に攻めあっている雰囲気はない。金田一さんは橋本に点が劣るし、おそらく鈴木が俺を倒してから二人で橋本を攻め立てる作戦なのだろう。

 つまり、俺達の決着がつくまで様子見をしてくれるはずだ。橋本と、同じで。

 

「いつまでも逃げられると思うなよ!」

 

 鈴木の召喚獣が走り寄ってくる。ガラガラガラと六角鉄棒を引きずりながら近づいてくる召喚獣を、逃げずに待ち構えた。いつまでも回避ばかりではいずれ攻撃が当たるのは必至だ。逃げ回りながらちまちま投擲でダメージが与えられればいいが……それは向こうが許してくれないだろう。

 

 どのみち、あの奇策のためには相手の懐に踏み込まなければならないのだ。

 

「食らいやがれっ!」

 

 横なぎに、六角鉄棒が襲い掛かってくる。右手で受けて……と、一瞬だけ浮かんだ考えを破棄する。どう見てもまともに受けられる攻撃じゃない。

 六角鉄棒が届く寸前、俺は召喚獣を二歩だけ後ずさらせた。召喚獣の目の前で、六角鉄棒が空を切る。自然、その重さに耐えられず、鈴木の召喚獣が六角鉄棒に踊らされるようにくるりと回った。

 好機!

 

「隙あり……っ!?」

 

 チャンス到来、と踏み込んだ俺の召喚獣の前で、鈴木の召喚獣の回転が勢いを増す。一回転した召喚獣が、もう一度、六角鉄棒を横に振る。

 コイツ……! 六角鉄棒の重さに踊らされたんじゃなくて、その勢いを利用したのか!

 

「死ねぇっ!」

「くそっ……!」

 

 一撃が召喚獣を襲う。急所ではないが、モロに受ければ大ダメージは免れない。

 慌てて召喚獣を横に跳躍させる。打撃の勢いを逃がすように。

 

 クリーンヒットは回避した。けれど、六角鉄棒の先が確かに俺の召喚獣をかすめていた。

 

 

『【現代社会】

 Bクラス  鈴木二郎

        248点

     VS

 Fクラス  谷村誠二

      97点→74点』

 

 

 減少した点数だけを見れば、軽傷だ。けれど、打撃系の武器の勢いをギリギリで逃がすことができたはずなのにこれだけ削られた。点数差の影響があまりにも大きい。

 ……いや、違うな。逆にこの点差なのにこれだけで済んだことを幸運だと思うべきだな。おかげで、まだ、戦える。

 

「流石、経験だけは立派だな。とっさに勢いを逃がすなんて。仕留めたと思ったのによ」

 

 そう告げながらも、鈴木はニヤついた笑みを隠さない。まだ自分の絶対的優位は揺らいでおらず、決着がつくのも時間の問題だと思っているんだろう。あながち、その読みは間違っているわけでもない。

 

「谷村さん。大丈夫ですか?」

 

 視線をコートに向けたまま、橋本がたずねてくる。

 

「……ああ。作戦に変更はない」

「分かりました。じゃあ、待ってます」

 

 作戦を変更することはできない。勝利の目はそれしか思いついていない。

 ただ、考え方を変えなくちゃいけない。想定以上に、鈴木の召喚獣の立ち回りがうまい。

 

 無傷で作戦を完遂することを考えていた。けれど、それは諦めたほうがいい。多少点を削られることは覚悟すべきだ。

 目的を整理しろ。大丈夫だ。最後に数十点残っていれば、それでなんとかなるはずだ。

 

 ……そう考えるなら。残り点数からして、きっと次がラストチャンスだ。

 

 

 

 

「鈴木。今度はこっちから行くぞ!」

 

 筆箱の中の数々の文房具から、カッターナイフを取り出して短剣のように召喚獣に構えさせる。そして、勇猛果敢に鈴木の召喚獣の元へと走り出させた。

 

「かかってこい!」

 

 六角鉄棒を構え直して、俺の召喚獣を待ち構えている。リーチも点数もこちらが不利な以上、このまま突っ込んでも返り討ちに合うだろう。

 だから俺は策を弄する必要があるし、鈴木もそれがわかっているから俺の動きを警戒している。

 

 いよいよ、召喚獣同士の距離が詰まる。間合いに飛び込む俺の召喚獣を狩ろうと、六角鉄棒が動く。それを見て、俺は召喚獣の動きをピタと止める。

 まだ、相手の間合いに入る直前だった。

 

「俺の召喚獣が空振った隙を狙おうとしたんだろ? 全部読めてんだよ!」

「……ッ!」

 

 こちらが止まるのと同時に六角鉄棒の動きも止まった。直後、鈴木の召喚獣が踏み込んでくる。もう間合いの中だ。勢いよく真正面から、そして真上から六角鉄棒が振り下ろされようとしている。

 

 とっさに、俺の召喚獣はカッターナイフを構え直し、正面の鈴木の召喚獣に投げつけようとする。が、投げる直前、召喚獣の手からカッターナイフが零れ落ちた。

 

「ハッ! 投げ損ねやがって! バカが!」

 

 頭上から、六角鉄棒が迫る。回避するのはもう間に合わない。まともに受ければ瀕死は決定的。勝利を確信した鈴木の笑い声がコート上に響く。

 

 そして、一切のためらいなく六角鉄棒は振り下ろされた。

 

 

 俺の口元が歪む。こんなキレイに想定通りに事が運ぶなんて。

 

 

『【現代社会】

 Bクラス  鈴木二郎

        248点

     VS

 Fクラス  谷村誠二

      74点→38点』

 

 

「んなっ!?」

 

 驚きの声を上げるのは鈴木。その原因は、想像よりもはるかに低い俺の点数の減少値だけではない。

 

「受け流させてもらったぜ、その攻撃!」

 

 身をねじり、頭上に左手を構えた俺の召喚獣。その手には、筆箱が握られている。デフォルメされたその姿故に不格好に体を捻ってはいるものの、その筆箱は六角鉄棒の攻撃を受け流せるよう、斜めに盾のように掲げられていた。さっきは横っ飛びで勢いを殺したのだ。今度は縦方向に攻撃してくることはわかり切っていた。

 筆箱は、中身もろとも折れている。しかし、幾本ものカッターナイフやシャーペン、ボールペンたちは、無残に折れながらもその役目を果たした。

 

 俺の召喚獣の、その横。筆箱によって軌道を変えられた六角鉄棒が地面に叩きつけられている。それにつられるように、鈴木の召喚獣は大きくバランスを崩していた。

 

「チッ……!」

 

 舌打ちとともに、鈴木の召喚獣が体勢を戻そうとする。それよりも早く、使い物にならなくなった筆箱を捨ててその懐に入り込んだ。

 

 ようやく、たどり着いた!

 

「鈴木! これで終わりだ!」

「何言ってやがる、この点差だぞ! 多少急所に攻撃を食らったところで、致命傷になんか」

「お前は知らないだろうけどな」

 

 鈴木の声を遮って、俺は言葉をつづけた。

 

「召喚獣って、何個も重ねた土嚢(どのう)よりずっと軽いんだよ」

 

 空いた両手で、鈴木の召喚獣の装甲をつかむ。胸のあたりと腰のあたりを持って、召喚獣を地面から浮かす。

 

「はあっ!? 何する気だ、お前!」

 

 フィードバックなんてなくても、動きの遅さがその重さを伝える。ここまで点数を減らされた。簡単に持ち上げられる重さではない。

 

 それでも。

 

「投げるんだよ!」

「この点差でか!? 第一、ボールペン投げるのとはわけが違うだろ!」

「そんなことは知ってる。でも、俺の召喚獣はそれが得意なんだよ」

 

 召喚獣で重いものを放り投げるなんてことは、鈴木が叫ぶ通り文房具を扱うのとは全く異なるし、俺自身経験もあるわけじゃない。けれど、重い土嚢ならこの数日で嫌というほど運ばされた。重い荷物の扱い方なら、十分心得ている。

 

 そして、今や六倍以上に広がった点数差は、この場合あまり問題にならない。点数が六倍以上でも、体重が本当に六倍以上になっているわけじゃないからだ。召喚獣の点数差が直接影響するのはあくまでも『強さ』であって、敏捷性も保持しなければならない以上その重さには限界がある。

 

 

 だから、できるはずだ。

 

 

 体を捻る。すべての力を込めて、鈴木の召喚獣の重心を意識しながら腕を振るわせる。一回転、二回転と、俺の召喚獣が両足を軸にしてくるくる回る。

 たった数点でも人間の数倍に至る召喚獣の力は、格上の召喚獣をぶん投げるだけの強さに、なんとか至っていた。

 

「ふっ飛べえええええっっ!!!!」

 

 喉が壊れるかと思うほどの叫びとともに、俺の召喚獣が鈴木の召喚獣を天高く放り投げる。

 

 

 目測で、およそ八メートル。コートの上空に、鈴木の召喚獣が舞った。

 

 

「……ッ! マジかよ!」

 

 

『【現代社会】

 Bクラス  鈴木二郎

        248点

     VS

 Fクラス  谷村誠二

      38点→12点』

 

 

 地面には、崩れ落ちる俺の召喚獣の姿があった。無理な体勢で召喚獣を投げた反動か、体を地面に打ち付けてダメージを負っている。対して鈴木の点数減少はゼロだ。高く放り投げられただけ。それだけでは、ダメージは発生しない。

 想定内だ。俺の目的は、この状況を作り出すことにあったのだから。

 

「くそっ!」

「ジロー!」

 

 じたばたと空中で手足と六角鉄棒を振り回す鈴木の召喚獣。その様子を、金田一さんも鈴木の名前を呼びながら目で追っていた。

 

「チッ! まあいい! どうせ落下のダメージで点を削ろうって算段だろ! 運がよほど悪くなきゃ致命傷にはならねえはずだ!」

 

 鈴木が叫ぶ。確かにそうだ。受け身なんて高度な操作をできるわけがないから、このまま落ちればきっとそれなりのダメージになる。けれど、頭から真っ逆さまに落ちさえしなければ、この点数の召喚獣ならおそらく耐えるだろう。

 

 だから、最後の一手がある。

 

「そんな運任せのやり方、いくら俺でも作戦なんて呼ばねえよ」

「あぁ? ……ッ!」

 

 地面に目を戻した鈴木が、息をのんだ。

 

 

「そこで僕の出番ってワケです!」

 

 ほぼ真上に打ちあがった鈴木の召喚獣の、その落下地点。

 そこに、橋本の召喚獣が待ち構えていた。先の尖った大きな万年筆を、天を貫くように突き立てて。

 

 

「まずっ……!」

「アイツ……あんなところに!」

 

 二人の視線が上空に向いた隙をついて、橋本はこっそりと召喚獣を動かし、落下地点へと移動させていたのだ。

 

(かおる)! 何とかしろ!」

「分かってる!」

 

 金田一さんの召喚獣が落下地点に駆けよる。橋本の召喚獣をどかそうとするのだろう。

 

「させるか!」

 

 その金田一さんの召喚獣へ向けて、俺は拾い上げておいた壊れた筆箱を投げつける。

 

「ッ!」

 

 とっさに横に転がり回避される。けれど、それで十分だった。

 

「よけんな香! ザコの攻撃だ!」

「んな事言ったって!」

 

 もし今の筆箱が当たっていたとしても、二十倍弱の点差になった今となってはおそらく2点削れたかどうかも怪しいところだっただろう。けれど、金田一さんはとっさに避けさせてしまった。タイマンならともかく、『直接戦っていたわけでもない俺の点数を把握して避けずに突っ込む』なんて判断、瞬時にできるはずもない。

 

 そして、その時は訪れた。

 

 重力に引かれ自由落下していた鈴木の召喚獣が、橋本の召喚獣が構える大きな万年筆に突き刺さる。モリで突かれた獲物のように掲げられる鈴木の召喚獣。言うまでもなく、致命傷だった。

 

 

『【現代社会】

 Bクラス  鈴木二郎

     248点→ 0点

     VS

 Eクラス  橋本和希

       235点』

 

 

「クソが……!」

 

 悪態をつく鈴木。

 

「どうだ! ことわざにもあっただろ、肉を切らせて骨折り損ってな!」

「谷村さん、それだと一方的に肉を切られた上に骨を折られてることになりますよ」

「へえ。そういう解釈もあるのか」

「うっせえぞバカ共!」

 

 ことわざって難しいなあ。

 

「ま、それはともかく……さて、後は金田一さんだけですね!」

 

 点を失った鈴木の召喚獣はとっくに消えていた。仕切り直しと言わんばかりに、橋本は再度万年筆を抱え直させた。

 

 

『【現代社会】

 Bクラス 金田一 香

       211点

     VS

 Fクラス  谷村誠二 & Eクラス  橋本和希

        12点          235点』

 

 

「まだ終わってない! アタシが二人とも倒せばいいだけじゃん!」

 

 焦りとともに、釘バットを構える金田一さんの召喚獣。その召喚獣めがけて、俺は殴りかかる。もう武器はない。ただの体当たりとも言える。

 

「こっちにくるな! もうロクな点数もないくせに!」

「でも、無視はできないだろ?」

「チッ!」

 

 俺の召喚獣がぶつかっても点数にほぼ変化はないだろう。けれど、さっき鈴木の召喚獣が放り投げられているのを見てるんだ。向こうは、それを警戒せざるを得ない。

 実際、さすがにこの点数で召喚獣を放り投げることはできなくとも、つかんで動きを止めるくらいはできるわけだし。

 

「くたばりなさい!」

 

 俺の召喚獣めがけて振るわれる釘バット。それをかわせるほどの敏捷さが俺の召喚獣には残っておらず、その打撃は直撃する。点数を失った俺の召喚獣が霧散した。

 しかし。

 

「隙ありです!」

 

 直後、金田一さんの召喚獣に万年筆の一撃が叩き込まれて、点数が半減する。当然、俺は囮だった。

 

「アタシたちが、バカ連中相手に負けるなんて……そんな! そんなはず!」

 

 悔しそうな歯噛みとともに、今度は橋本へ向けて釘バットを振りぬく金田一さんの召喚獣。それをさもなげに、橋本の召喚獣は万年筆ではじいて見せた。

 

「なっ!?」

「谷村さんには召喚獣の操作の仕方を教えてもらいましたから。ここで僕が負けるわけにはいきませんよ」

 

 そんな言葉とともに、橋本は敵にトドメを刺した。

 

 

『そこまで! 勝者、谷村・橋本ペア!』

 

 

 会場に響く勝ち名乗り。

 

「橋本、ナイス!」

「そちらこそ!」

 

 下克上を目撃した観客達の割れんばかりの歓声の中、俺達は右手を叩きあう。パァンと、乾いた音が爽快に鳴った。

 

 

 

 

 歓声に囲まれつつ、コートを離れて舞台裏に降りた。通路の導線上、鈴木達と鉢合わせることになる。

 

「クソ……!」

 

 うめき声をあげるようにこちらをにらみつける鈴木。せっかくだし、何か言ってやるか。

 

「前回と違って、今回はお前達の得意科目でやってまた負けたわけだが、今度はどんな言い訳をするつもりだ?」

「うるっせえ!」

 

 ニヤニヤしながら煽ってやると、返ってきたのはそんな怒号。言い訳のしようもないらしい。

 

「結局、お前のやり方は搦め手ばっかじゃねえか! 次こそぶっ飛ばしてやる!」

 

 そう叫んで、鈴木は怒り肩で校舎へと戻っていく。

 それに続くように金田一さんが歩き出そうとしたところで、俺と目が合った。

 

「……得意科目があったって、Eクラスには違いないでしょ」

 

 不機嫌そうな声。これは……あの時の話の続きか。

 

「けど、笑い飛ばすようなことじゃなかっただろ」

「……フン、バカバカしい。何マジになってんのよ」

 

 納得したのか、それともムカついただけだったのか。ともかく金田一さんはそう吐き捨てた。

 そんな彼女は、鈴木の後を追う去り際、俺に華麗なサムズダウンを見せつけていった。びっくりした。

 

「ま、いっか」

 

 何はともあれ、アイツらを召喚大会でぶっ倒すという目的は果たした。準備期間に運営委員の仕事を押し付けられた鬱憤も晴らせたし、何より橋本がバカにされたことの仕返しもできたのだ。

 怒号も挑発も負け犬の遠吠えと思えば随分気分が良い。ざまあみやがれってんだ。

 

「谷村さん」

 

 さて、気分も晴れたところで俺も教室に戻ろうか、と思ったところで橋本に声をかけられた。

 

「やりましたね。おかげでスッキリしました」

「こっちこそ礼を言わせてくれ。結局、お前の高得点が無きゃアイツらに勝てたか怪しいからな」

 

 鈴木の召喚獣を倒すところまでは、橋本の点がそこまで高くなくても何とかなったと思う。自由落下で速度がついていたから、たとえFクラスレベルの点数でも万年筆に突き刺されば致命傷になったはずだからだ。けれど、その後金田一さんの召喚獣を倒せたのは紛れもなく橋本の高得点こそが勝因だ。

 ……と、そこまで考えて。

 

「ん? スッキリしたって……お前もアイツらと因縁でもあったのか?」

「因縁があったというかなんというか。それにさっきのも、試合の事だけじゃないんです」

「はあ? お前、何を言って……」

「ねえ、谷村さん。この試合にどうしても勝ちたかったのって、僕のためでもあるんですよね?」

「え?」

 

 首をかしげて、橋本はそう尋ねてきた。

 

 確かに、それはそうなのだ。金田一さん達が橋本をバカにするのが腹に据えかねて、この召喚大会でぶっ飛ばしてやろうと思ったんだ。

 けど、それを橋本がなんで知ってる?

 あの時の口論を聴いていたとか? いや、まさかそんな。だって、確かにあの後すぐに橋本は来たけど、声の届くような距離に人影なんてなかったはずだ。

 冷や汗が背中を伝って落ちていく。

 

「い、いや、何言ってるんだよ。そんなワケ無いだろ。そもそも、この試合に勝つことがお前とどう関係が――」

 

 

 

 ピッ

 

『バカにするな!』

 

 

 

 ……え?

 

 耳に届いたのは、軽快な電子音と音質の悪い俺の声。

 そして俺の目に映るのは、ボイスレコーダーを掲げてニヤニヤしながら俺を見る橋本の顔。

 

 

『……何、急に?』

『橋本をバカにするなよ。アイツがやってることは、くだらなくなんかない』

 

 

 さらに続けて、あの時の会話が聞こえてきた。

 

「いやあ、ちょっと大きな声じゃあ言えないんですけどね。この何百人も生徒のいる文月学園で、僕がどうやって噂や新聞の評判を集めてると思います?」

「まさか……お前、盗聴器っ……!」

 

 

『人が本気でやってることを笑うなよ!』

 

 

 瞬間、身もだえするような台詞が聞こえてくる。

 はっ、恥ずかしい! よくも俺はこんな言葉を! しかも、よりにもよって本人に聞かれるなんて!

 

「っていうかお前、一回戦の時から妙に前のめりだったのって……!」

「ええ。こんなことがあって谷村さんが気合を入れてるとなれば、目的は明白ですから。科目を早めに知りたがってたのもそのためだったんでしょうし」

 

 飄々とした様子で、橋本はひらひらとボイスレコーダーを揺らしていた。

 

「け、消せ! このバカ!」

「嫌です! もったいないじゃないですか!」

「即答しやがって……! だったら力づくで!」

「おおっと、巡回の時間になっちゃいました!」

 

 ボイスレコーダーを奪おうとした俺の手をすり抜け、橋本が校舎へ駆けていく。

 

「待ちやがれ橋本! 足の速さで俺に勝てると思うなよ!」

「人混みの中をすり抜けるのは僕の方が得意なので! それではまた!」

 

 その宣言通り、橋本はあっという間に生徒玄関前の人だかりの中へ消えてしまった。慌てて俺も後を追ったものの、人混みを抜けたころには橋本の姿はすっかり見失ってしまった。

 けど、別に橋本を捕まえるなら巡回の集合場所に行けばいい話だと気づいて職員室の方へ顔を向けたところで、ポケットの中の携帯が震えた。

 

 

 

 

 メールが届いていた。その中身を確認して、呆れるような笑い声が漏れる。さっきのやり取りは、きっとアイツなりの照れ隠しだったんだろうな、と思った。

 

 

【From:橋本

 僕の新聞部の活動をかばってくれたこと、本当にうれしかったです。ありがとうございました。】

 

 

「……ったく。お礼ぐらい面と向かって言えって」

 

 そう文句めいた言葉をこぼしつつ、口元が緩んでいるのを自覚する。アイツめ、なんて素直じゃないヤツなんだ。

 無理にボイスレコーダーを取り上げる気もなくなって、パチンと折りたたんだ携帯をポケットに突っ込んで教室に向けて歩き出す。

 

 あの音声はいつか消してもらうとしても、とりあえず今は、このメールが受け取れたことでよしとすることにした。

 

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