【物理】
問 以下の文章の空欄を埋めなさい。
『テーブルクロス引きが成功するのは、上に乗っている食器類がその場にとどまろうとするからである。
これを( )の法則という』
姫路瑞希の答え
『(慣性)の法則』
教師のコメント
正解です。外部から力がはたらかない限り、静止している物体は静止を続け、運動している物体はその速度で等速直線運動を続ける、という法則です。
そのため、テーブルクロス引きやだるま落としのように物体がとどまり続けることだけでなく、電車の加減速に合わせて乗客の体が前後にひっぱられてしまうことも慣性の法則が関わっています。
橋本和希の答え
『(テーブルクロス引き)の法則』
教師のコメント
そのまんまですか。
土屋康太の答え
『(異世界)の法則』
教師のコメント
現実世界の話です。
谷村誠二の答え
『(エンターテイナーにのみ許された秘密)の法則』
教師のコメント
テーブルクロス引きは練習すると意外とイケますよ。
吉井明久の答え
『(フラミンゴを左へ!)の法則』
教師のコメント
…………フレミングの左手の法則?
清涼祭の
三回戦の前に流布されていたFクラスの悪評の下手人は、おそらく例のモヒカン先輩達だったのだろう。坂本と吉井が連中を追い立てていたのは、連中をこらしめていたところだったのかもしれない。実際に連中が何かをしでかした可能性もあるが。頭にブラジャーをつけるような趣味の男の行動なんて予測できるものじゃないし。
ともかく、そのおかげで悪評が何とかなったとしても、このままだとFクラスの客足は遠のいたままのはず。けれど坂本の事だ、そのあたりも何か策を考えているに違いない。
「っと、吉井!」
そんなことを考えながら三階に戻ってくると、ちょうど吉井達も教室に戻るところだった。いつもの四人組……の中に、例の女の子が魔女の恰好をして混ざっていた。葉月ちゃん、だったか。
吉井になついているところをみると、やはり『もっとバカなお兄ちゃん』は吉井だったんだろう。
「谷村君。召喚大会の帰り?」
「ああ。そっちは? なんで葉月ちゃんも魔女の恰好を?」
「葉月、お兄ちゃん達のお手伝い中です!」
白熱電球のようなまぶしい笑顔の葉月ちゃん。
「そうかそうか。えらいな、葉月ちゃん」
「はい!」
と、葉月ちゃんに告げながら、坂本に目で説明を促す。
「例の悪評の元は絶ったが、失った客を取り戻す必要があるからな。宣伝を兼ねて歩き回ってたんだ」
なるほど。元気いっぱいの葉月ちゃんが校内を回れば、この活気あふれた清涼祭の中でも視線を集めることは間違いない。その効果は絶大のはずだ。隣には同じく魔女の姿をした秀吉もいるわけだし。
「三回戦に進んだ姫路さんと美波にも宣伝は頼んでてね。今頃ちょうど盛り上がってる頃じゃないかな」
窓の外から歓声が聞こえる。さっき身をもって体験した通り、召喚大会の注目度は高い。その宣伝効果も期待できるはずだ。
そしてその目論見通り、教室に戻ってくるとほとんどのテーブルがお客さんで埋まっていた。まだぽつぽつと空きはあるが、満席になって行列ができるのも時間の問題だろう。
「あ、お前達、やっと戻ってきた! 早く手伝ってくれ!」
ウェイター係の横溝が俺達を見て叫ぶ。
さあて、気合入れて働くとしますか。
「谷村クン、調子はどうカナ?」
働き始めてニ十分弱、満席となったFクラス教室の中で目を回していると、そんな明るい声をかけられた。ウェイターの象徴たる白い覆面を外して振り向けば、そこに見知った二人が立っていた。
「愛子に久保。巡回か?」
「ああ」
そんな返事とともに、腕章をつまんで見せつける久保。Aクラスの運営委員たる二人だ。この時間の巡回担当なんだろう。
「あれ? 橋本は? アイツもこの時間の担当じゃなかったか?」
「ん? ……確かに姿が見えないな。ついさっきまではいたはずだが」
「もう一人のコもいないし、自分のクラスの方を見てるのかもね」
アイツ、さては俺と顔を合わせるのが嫌で逃げたな? ……まあ、こっちも合わせる顔がないからちょうどいいんだけど。
それはそれとして、周りを見渡す。吉井はせっせと働いているし、こっちはちょうど手が空いたところだったので俺が対応することにした。
「悪評が広められていると聞いて心配していたが……この盛況ぶりを見るに杞憂だったみたいだね」
「キユウ?」
「……心配しなくても良かったみたいだね」
「ああ、そうだな。坂本がうまくやってくれたらしい」
そんな会話を交わしつつ、メニューや売り上げの具合を久保に見せる。例の、申請通りに出店が運営されているかのチェックのためだ。
「うん、問題ないね」
何か変なことをしたところですぐにバレるし、そもそもウチには余計なことをするほど予算に余裕はない。真面目な久保は一通りちゃんと目を通していたが。
「そういえば」
「ん?」
と、売り上げ帳簿をレジ係に戻したところで、二人に会ったら言っておかないといけない事があるのを思い出した。
「二人ともありがとな。勉強の面倒を見てくれて」
召喚大会の科目が判明した数日前。その詳細を橋本から教えてもらった俺は、英語Wと現代社会の勉強を開始した。もちろん、目的は三回戦で鈴木達をぶっ飛ばすため。だから、現代社会の方には特に力を入れた。
劣勢をひっくり返す策は考えておくとしても、点が多いに越したことはない。というか、そもそも最低限立ち振る舞える程度の点数がないと策や技術じゃどうしようもないことくらいはわかりきっていたから、頑張らざるを得なかったのだ。
とはいえ、やる気や気合だけではどうにもならないだろうと思った俺は、運営委員の伝手で仲良くなった久保と愛子に泣きついたのだった。なにせ二人はAクラス。勉強に関しては誰より信頼できる。
「勉学の事だ、礼には及ばないよ。まあ、三日で100点上げる方法を教えてくれと言われた時は、随分調子の良いことを言うなと思ったものだけど」
「そんな一朝一夕で点数が上がるなら苦労なんてないもんねー」
「頼んだ時にも言っただろ。無茶なことを言ってる自覚はあるって」
それでも、必死に頼み込んだところ二人は俺の頼みを聞いてくれた。「本当はこんな裏技めいたやり方は勉学の本質からは外れているんだが……」と言いながらも、特に出やすい用語をごく単純化した意味とともにひたすら並べた暗記リストや用意してくれたのだ。他にも、英作文や記述問題で部分点を取るためのコツを教わったりもした。ありがたいとしか言いようがない。
「それで、どうだったんだい。勉強の成果は?」
「ああ、バッチリだ。二人のおかげだよ」
二人の協力がなければ、英語Wも現代社会も、運が良くて半分程度の点数しか取れなかったはずだ。もともと現代社会は40点行けば良い方で、英語Wに至っては一桁をマークすることすらあったわけだし。もしかすると、二回戦で今井君達に負けていたかもしれない。
「本当にありがとな。助かったよ」
「それは良かった。教えたかいがあるよ。とはいえ、今回君に教えた諸々はその場しのぎで、本質的な理解には程遠い。数日で詰め込んだのなら忘れてしまうのも一瞬だろう。せっかく現代社会の用語を覚えたのだから、忘れないうちに各国の経済活動と社会問題の結びつきを……」
「わ、分かった、分かったから! 今日は清涼祭だし、勉強の話はまた今度で! な?」
「む……」
慌てて口をはさんだ俺を咎めるような久保の視線。久保の言ってる事はわかるが、急いで点を稼ぐ必要はなくなったのだ。
放課後には運営委員としての仕事をこなし、家に帰れば寝るまで必死に暗記暗記暗記……あんな無茶な勉強、生まれて初めてやった。しばらくの間はもう勉強の話なんてしたくない。……木下さんに誇れるような男を目指すなら、久保の話を真面目に聞いて勉強したほうがいいんだろうなあとは思うんだけど。ま、それはそれとして。
「そ・れ・で~……」
未来で待ち構える勉強の事を考えて憂鬱になっていた俺の前で、愛子がニヤニヤしながら口を開いた。
「あの時のヤクソク、覚えてるよね?」
「約束?」
はて、何のことだろう。
「まさか忘れたの?」
「わ、忘れたなんてそんな」
えーっと……。何を言ったっけ……。
疑惑の色を乗せた愛子の視線を躱しながら記憶をたどっていると、久保が助け船を出してくれた。
「『無理なお願いを聞いてもらう代わりに、何でも一つお願いを聞く』、だったか」
「あ! そう、それ!」
「谷村クン、忘れてたでしょ」
「いやあ、あはは……覚えてたに決まってるだろ……」
二人に点数稼ぎの事を頼んだ時、あまりにも渋い顔をされたので慌てて色々付け足した時にそんなことを口走ったような気がしないでもない。あの時はお願いを聞いてもらうのに必死で何をしゃべったかなんて気にしてなかったんだよな。
しかしまあ、二人に助けられたことは事実だし、仮にこの約束がなかったとしても二人にお礼はしようと思ってたんだ。わざわざ約束を反故にする理由もない。
「で? 『お願い』って何なんだ? 何でもとはいえ、串刺しバンジーとかはちょっと困るんだけど」
「何ソレ?」
おっと、これはFクラスでしか通じない言葉だったか。
「まあとにかく、今はそれどころじゃないからボクの『お願い』を聞いてもらうのは保留にするけど……色々案はあるからさ、楽しみにしててよ!」
そして愛子はイジワルな笑みを見せる。
「……お手柔らかに頼む」
「僕としては、勉学の事だし見返りなんていらないとは思っていたが……せっかくお礼をしてもらえるというのなら、一つだけ聞きたいことを聞いておこうか」
「聞きたいこと?」
と、頭にハテナを浮かべると、
「吉井君がメイド服を着て接客しているという噂を聞いたんだけれど、彼は今どこに?」
「吉井がメイド服を?」
なんて噂が流れてるんだ。Fクラスの評判を落としかねないぞ。多分三回戦前のアレが原因だろうが。
「噂が独り歩きしてるな。確かにさっきアイツはメイド服を着てたが、別にその恰好でウチで働いてるわけじゃない。ちょっと事情があって一時的に着てただけみたいだ」
「そうなのか?」
残念そうな声を出すな。
「アイツも俺達と一緒で白装束だよ。ほら、あそこに……あれ、いないな」
(秀吉を除く)男子たちは一様に白い覆面をかぶっているが、それでもクラスメイトの判別くらいはつく(というかつくようにしている)。けれど、さっきまで接客をしていたはずの吉井の姿は見えなくなっていた。
「さっきまでいたんだけどな。探してこようか?」
「いや、いないのなら仕方がない。吉井君のメイド姿が見れると思っていたから少し残念だが……」
露骨に落ち込んだ様子を見せる久保。……なんというか、コイツもコイツで難儀なヤツだな。俺としては、俺と吉井が付き合ってるなんて噂はとっとと払拭したいわけだし、久保とは協力体制を取った方がいいのかもしれない。
「……アイツのメイド服なら、多分橋本が撮ってたはずだから見せてもらうといいんじゃないか?」
「む、そうか。頼んでみるよ。ありがとう」
俺の言葉を聞いて、久保の表情に明るさを取り戻したところで、
「すまない、ちょっといいかな」
近くの席に座る男性のお客さんに声をかけられた。
「あ、はい」
周りを見渡す。誰も彼も忙しそうで、俺が対応するしかなさそうだ。運営委員としての応対は済んでいるから切り上げても問題ないだろう。
「じゃあ、久保、愛子。この辺で」
「ああ。邪魔したね」
「接客がんばってね~」
明るい声でひらひらと手をふる愛子が、久保ともども教室を後にする。そんな彼らを白い覆面をかぶり直しながら見送った。
「お待たせしました。どうされましたか?」
「先程注文をしたのだが、どうやら通っていないようでね。もう一度注文を頼めるかな?」
「し、失礼しました。お伺いいたします」
慌ててポケットから注文票を構える。お客さんの告げたメニューを聞き、それを示す記号を書き込んでいった。
「注文が通っていないということは……もしかして、相当お待たせしてしまっているんでしょうか……?」
「いや、そこまでの時間は経っていないが、注文を頼んだ吉井君(笑)がそのまま教室の外に出て行ってしまってね。どうやら食材の調達に向かったようだが」
(笑)? と思ってここでようやくお客さんの顔に見覚えがあることに気づく。この人……竹原教頭じゃないか。毎日のように騒動を引き起こしている吉井の事だ。職員室で笑いものになっていてもおかしくはない。
「なるほど……すぐにお持ちいたします」
「ああ、よろしく頼むよ。ところで……先程運営委員とやり取りをしていたところを見るに、君がこのクラスの運営委員なのかい?」
「え? ええ、はい、そうですが」
「ふむ、ということは君が谷村誠二君(5)か。聞いた話に反して意外と真面目に働いているようで感心したよ」
「(5)って何ですか。俺、5歳じゃありませんよ」
「ああ、これは年齢じゃなくて観察処分者候補リストの通し番号の事だから、あまり心配しなくていい」
「そうですか………………えっ!? 俺って観察処分者候補なんですか!?」
心配しなくていいどころかド級の心配事ができた。それに聞いた話ってなんだ。例の校内に飛び交っている俺の悪評のことか?
俺はただ真面目に日々を生きているだけなのになぜか立場がどんどん悪くなっていっている気がする。何か悪いものでも憑いてるんだろうか。
「おっと。そういえば、これはあまり口外するとまずいんだったな。忘れてくれると助かる」
「はい! 忘れました! 俺は真面目な高校生なので! 観察処分者とかいう不名誉な称号はふさわしくありませんよ! それじゃあ注文伝えてきますね! 真面目で勤勉な生徒ですから!」
おそらく観察処分者の認定に対してもそれなりの権力を持っているであろう教頭に真面目アピールを披露して、俺は教頭から離れて厨房をめざした。教頭は俺の働きぶりに感心してくれていたし、きっと好印象に映ったことだろう。
それに、一瞬焦りはしたものの、本当に観察処分者の烙印を押されてしまうことはまずないと思っている。多少先生に目をつけられたくらいじゃ観察処分者に認定されるまでには至らないからだ。創設以来まだ吉井一人しか対象になっていないのがその証拠で、よほどの事をしでかさない限り観察処分者に認定されることなんてないのだ。
その候補だって、俺を含めて(少なくとも)5人はいるみたいだし。多分、要警戒程度の認識なんだろう。そう思われていること自体が不服ではあるが……。
「…………谷村」
「うおっ。どうしたムッツリーニ」
なんとか言い訳を考えて自己弁護をしていると、いきなりムッツリーニに声をかけられた。
「…………明久が戻ってこない。食材を持ってくるよう頼んだのに」
「吉井が?」
そういえば、さっき教頭がそんなことを言っていた。となると、吉井が教室を出てから結構時間が経ってるはずだ。やっと出店が人気になってきたのにサボってるとは考えにくい。食材を運び入れてある空き教室のカギの有無を見てみれば、実際にカギがなくなっていた。吉井が空き教室に向かったのは間違いなさそうだ。
「…………あとから追加を頼んだ雄二も」
「わかった。ちょっと見てくる」
「…………急ぐように言って」
心配だ。教室を出て、空き教室へと向かう。
すると……。
「……吉井。お前何やってんの?」
問題の空き教室の前に、何をするでもなく立ち尽くす吉井の姿があった。
「あ、谷村君」
「ムッツリーニが急かしてたぞ。早く取るもん取って戻ろう」
「もうちょっと待ってて。そろそろ終わると思うから」
「は? 何が――」
と、言い切る前に空き教室の扉が開いた。
「お、覚えてろっ!」
などと叫びながら男三人が飛び出してきた。見覚えがない顔なので、おそらく他校の生徒だ。
そのまま逃げ去る彼らをあっけにとられて見送っていると、空き教室の中から余裕たっぷりといった様子で坂本が現れた。
「
「流石雄二。三人がかりで襲われたのに。腕はなまってないね」
「当然。俺を誰だと思ってる」
話を聞くに、坂本は一対三の喧嘩で完封勝ちを決めたらしい。というか、坂本からしたら喧嘩という認識すらなかったように見える。
……そういえば、坂本は中学の頃に悪鬼羅刹と恐れられるほどに荒れていた、なんて噂を聞いたことがある。一年のころはまともに交流もなかったから、俺は坂本の事をクラス代表としての顔しか知らないが、こうして腕っぷしの強さを見るにあの噂も案外嘘ではなかったのかもしれない。
それはそれとして。
「で? 何アレ?」
「いや、僕も急に襲われて。雄二、あの連中、なんだったかわかる?」
「売れ行きが良くなった俺達の妨害でもしに来たんだろ」
「あはは。そんな理由で絡んでくるバカはいないよ」
「どうだかな」
至極真っ当に吉井が否定したのに、坂本はなぜかはぐらかした。実際、ウチのクラスはあの坊主とモヒカンによる営業妨害もあったんだ。何かよからぬことが起きている、というのはまず間違いないと思う。
ただ、その理由までは見当もつかない。2-Fが先の試召戦争や度々起こす騒動で他のクラスから嫌われている……という可能性は否定できないが、だからって先輩や他校の生徒からこんな嫌がらせを受けるわけもない。
「坂本。お前何か知ってるんじゃないか?」
「さあてね。おら、ムッツリーニが待ってる。とっとと戻るぞ」
「……はいはい」
そしてまた坂本ははぐらかした。この反応からして、何か知ってるのは間違いない。……が、話してくれないのなら仕方ない。坂本も営業妨害の対応に苦心しているのは知っているし、ここは坂本を信じることにしよう。
吉井とともに空き教室に入った俺達は、そのままストックを抱えて駆け足で教室へと戻った。
そして時間はあっという間に流れた。
「谷村。お前そろそろ召喚大会じゃねえのか」
「え? あ、本当だ。もうこんな時間か」
空になった食器を洗い場に運び入れたところで、ちょうどシフトに入るところだった須川に声をかけられた。
「聞いたぞ。Bクラスの連中に勝ったんだろ? 谷村の癖にやるじゃねえか」
「『癖に』ってなんだよ」
「まあまあ、これでも誉めてんだぜ」
「ったく……」
とはいえ、下位クラスの俺達がBクラスコンビを打ち破ったのだ。須川が俺をなめ腐ってるのはさておいて、この分だと校内で噂になってるのかもしれない。珍しく俺にとって良い噂が流れているようで、どことなく気分が良い。
「とにかく、召喚大会でFクラスの奴が勝てば勝つほど出店の知名度があがって売上が増えるんだ。坂本や姫路さん達も勝ち上がってるって聞いてるし、お前も頑張ってこいよ」
と、今度は一転して期待の目を向けてきてくれた須川。
「ははは……」
その視線に、俺はあいまいな返事を返した。ここでああわかったと元気よく返事をすることはできなかった。なんせ、次はあの四回戦だ。
「なんだそのリアクション」
「いやあ、別に……」
「まあいいや。ほら、早く行ってこい」
「ああ、そうだな……」
「……変な奴」
それに、さっきあんなメールをもらった橋本とまた顔を合わせるのもどこか気まずい。
そんなこんなの色んな事情で足取りは重かったが、それでも俺は須川の視線に押されてコートを目指して歩きだした。
「よう、橋本」
「どうもどうも。さっきぶりですね」
ゆっくりゆっくり外へ向かって、ステージ裏の待機場所にスタンバイしていた橋本に合流した。
ステージの影から客席を覗く。三回戦のときよりも大盛況のようだ。
「ここまでの試合の様子が人づてに伝わって、盛り上がりが増してるみたいですよ」
「ふうん。なら、召喚システムを見せる出し物としては大成功ってところか」
「だと思います。学園長も鼻高々なんじゃないでしょうか」
と、表面上は何気なく話しているが、その実、危惧していた通りうっすらと気まずい空気が俺達の間には漂っている。
その証拠に、目線は橋本と一度も合わない。仕方があるまい。それに言及をすることもできないくらいには気恥ずかしいのだ、お互いに。
「で、谷村さん。次の相手ですけど……」
「……ああ」
それはさておき、橋本が持つ対戦表に目を移す。ここに来る途中で張り出されていた対戦表を見ているから、その中身は知っている。
「流石というかなんというか。Aクラスの霧島さんと優子さんがキッチリ勝ち上がってきたみたいですね」
正直、召喚大会は三回戦で鈴木達をぶっ飛ばすことだけを目標にしてやってきたので、さっき初めて二人が参加していることを知って驚いた。
けれど、木下さん達が召喚大会に参加しているのなら、ここまで勝ち上がってくること自体はまったく不思議な事ではない。
「なにせ、学年主席の霧島さんと木下さん……十傑がペアを組んでるからなあ。赤子の首を折るより楽勝だったんじゃないか?」
「なんて物騒な事を言うんですか。『赤子の手をひねる』、ですよ」
「……それも結構物騒じゃないか?」
「そうかもしれませんけど」
で、よりにもよって、この四回戦で俺達はこの最強ペアと戦うことになっているのである。
「ってあれ? 『優子さん』って、お前木下さんと仲良いのか?」
「他の人よりは。一年生の時に同じクラスだったんですよ」
「ああ、なるほど」
自由奔放で我が道を行くタイプの橋本とあの木下さんとでは親しくなるイメージが湧かなかったが、同じクラスだったのならそういうこともあるだろう。ひょんなことから仲良くなったりするものだし。
「それで谷村さん。何か作戦あります?」
「作戦ねえ……考えなら一つあるけど」
「考え?」
疑問符を浮かべる橋本に、その考えを告げてやる。
すると橋本は、
「……あはは! いいですね、それ!」
「だろ?」
どうせ四回戦に対するモチベは橋本も俺と同じだろう。そう思っての提案だったが、案の上橋本は乗ってきてくれた。
一つ懸念事項があるにはあるが、ここまで来たらどう転んでも同じことだから気にしないことにした。
『それでは、これより四回戦を開始いたします!』
さらにもう一言二言相談を交わしたところで、ステージ上部のスピーカーから軽快なアナウンスが流れだした。
『第一試合の選手たちの入場です!』
わざわざ入場を宣言する辺り、三回戦よりも気合が入った演出になっているらしい。
その声に押され、俺達は大観衆の前へと躍り出る。
そして、俺達とは反対側のステージの影から、俺達の対戦相手である霧島さん、そして木下さんが姿を現した。
――Aクラスの出店の衣装なのだろう。美しいメイド服を着て。
『ステージ左側から入場いたしましたのは、いきなり登場大本命! 二学年の最高クラスであるAクラスに所属する二人がタッグを組んで、召喚大会に殴り込み! 学年主席と誰もが認める優等生が、Aブロック代表の座を狙います!』
その司会の声は異様に熱を帯びているにも関わらず、俺の頭をすり抜けていく。理由は簡単。俺の意識が、前方に立つ可憐なメイド姿に囚われているからだ。
才色兼備と名高い霧島さんももちろん麗しいのだけれど、何より愛嬌を兼ね備えた木下さんの破壊力はすさまじいものだった。例の水色のヘアピンでとめられた前髪の奥から、恥ずかしさと自信の共存した表情が垣間見える。
「…………」
「ひゅ~、流石二人とも似合ってますね~。……あれ、急に黙り込んでどうしたんですか、谷村さん?」
「…………」
「え!? なんで泣いてるんですか!?」
思わず言葉を失って立ちすくんでいた俺の耳に、慌てた橋本の声が届く。
「なんで、だと!? あの姿を見てよくそんなことが言えるな!」
「はい?」
「あの木下さんのメイド服だぞ、メイド服! しかも気品あふれるロングスカートのクラシカルスタイル! 落ち着いた雰囲気が木下さんの立ち振る舞いとマッチして、唯一無二かつ完全無欠の芸術になってるじゃないか! これを神が現世に作り与えた奇跡と言わずになんと言う! 木下さんこそがこの世に舞い降りた天使だったんだ! あるいは女神! こんな、こんな美しい姿を目にできるなんて……」
「た、谷村君?」
「生きててよかった……!」
「マジ泣きじゃないですか」
引きつるような声で呟いた橋本は、なにか合点がいったように膝を打った。
「ああ……そういえば谷村さん、メイド服がお好きなんでしたっけ。さっき撮った吉井さんのメイド姿もありますけどご覧になります?」
「そんなもの見るか! どうして木下さんのメイド姿を見た後に吉井なんぞで目を汚さなくちゃいけないんだ!」
「吉井さんはなかなかキマってる方だと思いますけど……」
何がだろう。頭かな。
「とにかくだ。あの姿の魅力を語るなら、まず目を引くメイド服の白が日光を反射して木下さんの端正な表情を柔和に照らし出し……」
「谷村君、そ、その辺でやめてくれないかしら」
木下さんの魅力をどうにもわかってなさそうな橋本にたっぷりと説明しようとしたところで、当の木下さんからストップが入る。
「え、あ、ああ! この完成された美しさを言葉にするのは野暮ってもんだよな!」
「いや、そういうわけじゃ……ちょ、ちょっと、跪かないでよ!」
「すべては! 貴女のために!」
「谷村さん、さっきから本当に様子おかしいですよ。ぶっこわれました?」
失礼な。どこからどう見ても正気だろうに。
『なんだなんだ……アイツ、急に何か叫んで跪いたぞ』
『あの女の子、実はとんでもない人なんじゃ』
『学年主席は隣の子みたいだけど、本当に学年を束ねてるのはあっちの子だったりして』
『じゃあ、あの子が文月学園の
顔を上げて橋本に文句を言おうとしたところで、そんな雑談が観客席から風に乗って聞こえてくる。
「谷村君! あなたのせいで変な噂が広まりかけてるじゃない! ち、ちがいますからね、皆さん!」
『……そんな私達、瀟洒なメイドがお迎えするメイド喫茶『ご主人様とお呼び!』は2-Aにて絶賛営業中。よろしく』
いつの間にか司会からマイクを奪っていた霧島さんが、喧噪に乗じてそんな宣伝文句を口にしていた。抜け目がない……いや、違うな。よく見るとステージ脇からカンペが出ている。なるほど、どうやらAクラスに商売の鬼がいるらしい。
「ほら、谷村さん。いい加減真面目にやりませんと」
「ずっと真面目なんだが……」
とはいえ、俺達はまだ召喚獣を呼び出してすらいない。進行のためにここは黙って心のフィルムに木下さんの艶姿を焼き付けるとしよう。
『…………ええと、どこまで行ったっけ……文房具コンビの紹介がまだか……』
マイクを取り戻した司会がつぶやく声が、そのマイクに乗って微かに聞こえてくる。にしても文房具コンビとは、なかなかうまいネーミングだ。文房具が武器になっている召喚獣なんて、俺達くらいのものだろうし。
『ゴホン! 改めまして……さあ、そんな優勝候補に待ったをかけるのは、なんと下位クラスであるFクラスとEクラスからの刺客! 下馬評をひっくり返し、この四回戦までコマを進めました! 先の三回戦では上位クラスであるBクラスペアを破ったこの二人、今度はさらなる格上相手にどんな戦いを見せてくれるのでしょうか!』
興奮と期待の混ざったどよめきが会場中に広がっていく。
「かっこよく煽ってくれるなあ」
「ここまで勝ち上がってきた甲斐がありますね」
こんな注目の浴び方は初めてだ。確かに橋本の言う通り、勝ち上がってこなければ味わえない感覚だろう。
『それではいよいよ、試合開始と参りましょう! 選手の皆さん、試獣召喚をお願いします』
そして広がる召喚フィールド。それに巻き込まれたコートの上で、俺達四人の声がそろう。
「「「「
次第に現れる四体の召喚獣の姿。
「ところで、二人とも。もしかしてあなた達も優勝賞品が目的なの?」
そのロード中、木下さんがそう語り掛けてきた。
「いや、ただの参加賞目当てだよ」
「一応、僕は清涼祭の取材って目的もありますけどね」
色々あって負けられない戦いにはなったものの、発端はソレだ。もともと、優勝できると思って参加したわけじゃない。
「そう、良かった」
「良かったって、何が?」
「え? ……言われてみればそうね。何がかしら」
疑問符を浮かべる木下さん。自分でわからないってことは木下さんも何か意識して発した言葉じゃないのか。なら気にする必要はないかもしれない。
「ところで、『あなた達も』ってことは、もしかして、優子さん達の方は優勝賞品が目的なんですか?」
「そうよ」
木下さんはさもなげに答える。それにしても、優勝賞品か。確か誰かがそんな話をしていたような……。
「って、如月ハイランドのペアチケットのことか!?」
「ええ。一応副賞の腕輪の方も手に入れておきたくはあるけど、さっき聞いたのはそのペアチケットの方よ。……今思い出したみたいだし、本当に興味なかったのね」
「だっ……誰と! 木下さんは誰と行くつもりなんだ!」
新規建設された巨大テーマパークのペアチケットだ。まさか霧島さんと二人でいくわけじゃあるまい。
もしかして、木下さんは誰かを誘って、二人きりで如月ハイランドへ行こうと……!
「あ、違うわよ! ペアチケットを使うのはこっち。代表がどうしても欲しいって」
そう告げて、木下さんは隣に立つ学年主席を手のひらで示した。
「……雄二とデートに行くから」
淡々と、当然のように霧島さんは告げた。そういえば、霧島さんって坂本の事が好きなんだっけ。なんでだろう。騙されてるのかな?
にしても、木下さんがペアチケットを欲しがっているわけじゃなくて安心した。
「そっか、それなら良かった」
「良かったって、何が?」
「…………天気が良かったって話だよ! ほら、晴れてるだろ!?」
「今、天気は関係ないと思うけど……しかもどうして過去形?」
あぶない。色々バレるところだった。
『それでは皆様、中央のコートにご注目ください!』
気づけば召喚獣のロードは終わっていた。司会の声が飛び、会場に熱が帯びる。
「まあいいわ。悪いけど、全力で行くわよ。谷村君、和希」
「ええ。誰が相手でも関係ありません。見せてあげますよ、俺達の見事な召喚獣さばきを!」
実際、俺達の操作技術は清涼祭準備とここまでの試合で格段に成長している。これは点数で圧倒してきた木下さん達にはない強みで、やり方次第では二人を倒す事だってまるっきり夢の話とは言えないだろう。もちろん、かなり厳しい戦いになるとしても、だ。
『四回戦の対戦科目は古典! さあ、それでは試合開始です!』
けれど、ただひとつ、問題があって――
『【古典】
Aクラス 霧島翔子 & Aクラス 木下優子
413点 351点
VS
Fクラス 谷村誠二 & Eクラス 橋本和希
3点 32点』
――それは、俺も橋本も古典が苦手だという事だった。
「「参りましたぁっ!!!」」
90度に腰を折って頭を下げる俺と橋本。それと同時に、寸分のずれもなく二体そろって土下座する俺達の召喚獣。ここまで培ってきた熟練の召喚獣操作技術によって繰り出された土下座を見て、木下さん達はというと。
「…………」
あっけにとられてぽかんと口を開けていた。
「…………」
観客達が困惑からざわめき始めたころ、霧島さんが無言のまま召喚獣の特殊能力を発揮する。その腕輪が光ったかと思えば、直後、俺達の召喚獣が宙に舞った。
『【古典】
Aクラス 霧島翔子 & Aクラス 木下優子
413点→402点 351点
VS
Fクラス 谷村誠二 & Eクラス 橋本和希
3点→ 0点 32点→ 0点』
そして、地に落ちることなく霧散する。
木下さんから、そして大観衆からの冷たい視線にさらされる。あれだけ下剋上を期待するような煽りをされた上でこの体たらくだ。仕方がない。
『しょ、勝者、霧島・木下ペア……』
戸惑う司会によって勝ち名乗りが告げられる。
こうして、俺達の召喚大会は幕を閉じたのだった。
霧島さんの召喚獣はまず腕輪を持っているはずですが、判明しなかったので曖昧にごまかしました。多分極小の時間で極大の火力を与えるとかそんな感じだと思います。