モブとテストと優等生   作:相川葵

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第十二問 校舎に渦巻く陰謀

【数学】

 問 以下の問いの答えを選択肢の中から一つ選びなさい。

『出る目が同様に確からしいサイコロを5回続けて振った時、5回連続で1が出る確率はいくらか。

 ア、1/6   イ、5/48   ウ、1/7776

 エ、2/9857 オ、1/6651  カ、7/8572』

 

 

 

 谷村誠二の答え

『ウ』

 

 教師のコメント

 正解です。1が出る確率が1回につき1/6なので、その5乗が答えになりますね。

 というわけで、分子が1で分母が6の5乗であるものが正解ですが、分子が1ではないイ、エ、カ、はバツ。

 オは分母が明らかに6の倍数ではないのでバツ。アも明らかにバツ。

 というように、6の5乗を計算しなくても消去法で解くことができるサービス問題でした。

 

 

 

 橋本和希の答え

『キ、0 (5回振って全部1なんてあり得ない)』

 

 教師のコメント

 ごく僅かな確率ではありますが、可能性はあります。あと、勝手に新しく選択肢を作らないように。

 

 

 

 吉井明久の答え

『ア』

 

 教師のコメント

 吉井君は試験中にΣストライカーVとかいう鉛筆を転がすなら確率くらい勉強しておいてください。

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 息も絶え絶えに空き教室にたどり着いた俺は、メモに書かれたドリンクのストックを抱えて教室へと戻った。図書館の連中のせいでひどく時間がかかってしまった。

 

「遅いぞ! 谷村!」

「わ、悪かった……」

 

 須川にストックを託して、なんとか息を整える。遅くなったのは俺のせいじゃないから怒られるのは不服だが、言い訳を並べても仕方がない。須川も須川で頑張ってるわけだし。

 

「戻ったぞい」

 

 呼吸が正常に戻ってきたところで、秀吉がそんな声とともに教室に入ってきた。側にはムッツリーニもいる。

 

「あれ、お前達。どこに行ってたんだ?」

 

 俺の後から補充に向かったのかと思ったが、ムッツリーニはともかく集客担当の秀吉が補充に行くとは思えない。お手洗い……も、二人で連れ立っていくタイプじゃないよな。

 

「ちょっと、明久たちの手伝いをしてきたのじゃ。……ワシはあまり活躍できなかったがのう」

「手伝い?」

 

 残念そうにそう告げる秀吉は、なぜか縄を持っている。召喚大会に向かった吉井達の手伝いってのもよくわからない。

 

「試合の結果は?」

「……向こうの負け」

 

 なぜか得意げにムッツリーニが答えた。

 

「へえ、吉井達が勝ったのか」

「…………相手チームの負け、じゃな」

 

 なぜか渋そうな顔で秀吉が答えた。

 

「なんで吉井達が勝ったって言わないんだよ。……まあ大方、坂本の策でなんとかしたってところか」

「いや、むしろ明久の策じゃな。雄二の策は……霧島に見破られておった」

「吉井が? アイツが頭を回すなんて……そういえば、その吉井達は?」

「……雄二の正気を取り戻させてる」

「はあ?」

 

 …………詳細はわからないが、よっぽどひどい手で勝ったんだろうな。じゃなきゃ秀吉たちがこんな反応をするわけがないから。

 

「……まあ、何でもいいか。だったら、俺も手伝いに戻るから秀吉たちも――」

 

 その時。

 教室中に、ガラの悪い声が響いた。

 

「店員さーん! ちょーっといいかなー!」

 

 振り向けば、まさにチンピラというべき男達が立っていた。体格は同世代か少し上……私服だからこれも他校生か。まさか大学生じゃあるまい。

 

「あの、順番は守ってもらえますか」

 

 そばにいた俺がそのまま対応する。連中は、明らかに行列を無視して教室の中に入ってきた。一応客……のフリはしてるようだから敬語は使うが、丁重に扱う必要はない。語気は強めで話す。

 

「いやいや、オレたちお客さんだよ?」

「列に並んでる人たちもお客さんです。注文がしたいならちゃんと列に並んでください」

「大丈夫大丈夫! 時間は取らせないから!」

「はあ?」

 

 ニヤついた表情を隠そうともせず、チンピラたちの代表ヅラをするその男。会話がずっと自分勝手で腹が立つ。

 

「関係ありません! 邪魔するなら帰ってください!」

「注文は~!」

 

 追い返そうとする俺の言葉を無視して、そいつは告げた。

 

 

 

「ウェイトレスを全員、お持ち帰りで!」

 

 

 

「は?」

 

 と、息を漏らす俺の目の前にそいつの拳が迫る。

 

「っ! あっぶねえ!」

 

 それを寸前で身をよじってかわす。鉄人やクラスメイトの暴力を躱し続けてきた日々の積み重ねの賜物(たまもの)だった。

 

「おいおい、これ避けんのかよ」

「お前、何だいきなり……っ!」

 

 拳を躱されたのに余裕を崩さないそいつに文句を叫ぼうとしたところで。

 

 

 バチィッ!!

 

 

 全身を貫く異音。

 次の瞬間、俺の目の前には床があった。

 

「なっ……!」

 

 直後、床に顔面が激突する。自分が倒れ伏しているのだ、ということに気づくのに数秒かかった。

 悲鳴が教室のそこかしこから上がるのが聞こえる。

 

「お……前……」

 

 口がうまく動かない。この異常が、既に席に座っていた連中の仲間が持っていたスタンガンによるものだと気づけたのは、たまたまその姿が視界の中に入っていたおかげだった。

 

「んじゃ、ゆっくり寝てろよ。店員さん」

 

 その声とともに、衝撃が首に伝わる。

 

 

 

 そして、俺は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識を取り戻したのは、それから数分後の事だったらしい。

 

「姫路さん達が連れていかれたって、どういうこと!?」

 

 やかましく叫ぶ吉井の声が、気付け薬の代わりになった。痛む首元を抑えながら、体を起こす。

 

「…………うう……なんなんだ、一体……」

「おい、谷村。大丈夫か」

 

 側で様子を見てくれたのだろう、須川が心配そうに声をかけてくれた。大丈夫か、と言われれば大丈夫ではない。意識が取り戻せただけだ。

 ぼやける視界越しに周囲を見渡す。教室内にいたはずの魔女たちの姿が四人とも消えている。秀吉どころか葉月ちゃんまでも連れ去れた、ということか。何もできなかった悔しさにこぶしを握りしめる。

 視界の端で、吉井がムッツリーニに詰め寄っているのが見えた。

 

「姫路さん達は大丈夫なの!? どこに連れていかれたの!? 相手はどんな連中!?」

「落ち着け明久。これは予想の範疇だ」

 

 ……予想の範疇。やっぱり、坂本は何かを知ってやがったか。何か話をしているようだが、小声で話しているせいでうまく聞き取れない。

 もはや黙っていられない。心配してくれた須川達には荒れた店内の復旧を指示して、坂本達に近づいた。

 

「何度も返り討ちにしてやったんだ。俺や明久と直接やり合っても勝ち目がないと考えるのは当然だろう。だから、今度は喫茶店にちょっかいを出してくることは予想できた」

「それで、ウェイトレスの姫路さん達を連れ出したってこと? 随分と物騒な予想をしてたんだね」

「おい、坂本」

 

 ふらつく頭をおさえつつ、なんとか声を出す。

 

「これは一体何なんだ。何を知ってる、お前」

「言っておくが、俺も被害者だ。ただ、色々引っ掛かることがあっただけでな」

「…………」

 

 坂本が悪さをした、とは思っていない。けれど、コイツは意図的に大事なことを隠している。ウェイトレスの連れ去りなんて、これまでのいちゃもん付けみたいなものとはレベルが違う。清涼祭自体が台無しになる可能性すらあるのだ。

 

「お前が何を言いたいかもわかる。けど、今はそれより先にやることがある」

 

 しかし坂本はそう告げて、ムッツリーニに視線を向けた。それに応えるように、ムッツリーニは何かの機械を取り出す。

 

「……連中の行き先はわかる」

「なにこれ?」

「……盗聴の受信機」

 

 ……橋本も盗聴器を仕掛けていたし、俺が知らないだけで盗聴は最近の高校生のトレンドだったりするんだろうか。

 それはそれとして、まだ坂本から話を聞きたいところだったが、姫路さん達の救出が最優先なのは坂本の言うとおりだった。ここで押し問答する時間が惜しい。

 

「……一旦この話は保留にしといてやる」

「話が早くて助かる。さて、場所がわかるなら簡単だ。ムッツリーニ、タイミングを見て裏から姫路たちを助けてやってくれ」

「…………わかった」

「雄二、僕らはどうするの?」

「愛しのお姫様たちがさらわれたんだ。お前の役目は王子様だよ」

「えっと……具体的には?」

 

 坂本は、茶目っ気たっぷりに笑みを作って、ハテナを浮かべる吉井を見た。

 

「お姫様をさらった悪者を退治することさ」

「! なるほどね、了解!」

「そうと決まれば……!」

 

 早く行こう、と口にしようとしたところで、

 

「待て、谷村。お前は教室で待機だ」

 

 そう坂本に制された。

 

「なっ……! 連中はそこそこ数がいたぞ! 人手は多い方がいいだろ! それに、このままやられっぱなしで黙ってられるか……っ!」

 

 反論しようと足を踏み出したところで、急激なめまいと体の痺れに襲われる。そしてそのまま尻もちをついてしまった。

 

「聞いたぞ。スタンガンを浴びたんだってな。走ることすらままならないんだ。連中のところに行くのは危険すぎる」

「くっ……」

 

 悔しいが、なにも言い返せない。

 

「それに、お前はお前でここに残ってやってもらうことがあるんでな」

「やってもらうこと……先生への連絡とか?」

 

 ここまでの事態になったんだ。連中があいつらをさらったのは何か裏がある。それこそ鉄人にでも助けを求めるべきだ。あるいは、国家権力に頼るのだってアリだろう。そう思ったのだが。

 

「いや、逆だ。この騒ぎを大事(おおごと)にしないで欲しい。教師に知られるなんてもっての他だ」

「は? なんでだよ。騒ぎになったら清涼祭どころじゃないかもしれないけど、それこそあいつらを助けることより優先するもんじゃないだろ」

「……それが連中の狙いかもしれないからだ」

「……どういう意味だよ」

 

 坂本の考えてることがさっぱりわからない。

 

「とにかく、任せたぞ。そうだな……30分経って誰も戻ってこなかったら、教師に助けを求めてくれ。その代わり、それまではなるべく穏便にすませろ。しゃあ、後は頼んだ」

「あっ、おい!」

 

 俺の返事を待つこともなく、坂本は吉井達を引き連れて駆け出してしまった。あいつらの役目を考えれば無理に引き留めることも出来ない。それが分かってて無理矢理指示を出したんだろう。

 

「まったく……何なんだ一体……!」

 

 連中にいいようにやられたことも、意図を話してくれない坂本も痛む体も、何もかもが腹立たしい。けれど、ここで投げ出したら本当に清涼祭は終わりだ。姫路さん達の救出は坂本を信じて、俺はやることをやるしかない。

 

「けど、大事にしないって言ってもな……」

 

 連中に荒らされた教室の復旧は、須川達のおかげで大体済んでいる。けれど、教室に残ったお客さんたちの間で、ざわめきが未だ続いている。当然だ。ウェイターの俺が眠らされてウェイトレスたちがガラの悪い連中に連れていかれた一部始終を見ているんだから。

 これをごまかすとなると……え、無理じゃないか? くそっ、坂本め。ごまかし方も教えといてくれよ!

 

 けれどやらねばならない。しばし考えて、口を開いた。

 

「……えー、お客様の皆さん! お騒がせしました! ただいまのパフォーマンスはいかがだったでしょうか!」

 

 いきなりしゃべりだした俺に視線が集まる。怪訝な視線が。

 

『パフォーマンス?』

「ええ! 清涼祭を盛り上げるイベントです! ええと……ほら、クラッシュボムってヤツですよ!」

 

 たしかそんな言葉があったはずだ。

 

『……クラッシュボムってなんだ? 爆弾?』

『フラッシュモブのことじゃない?』

「そうそれ!」

 

 うん、大体あってた。

 

「驚かせてしまってすみません。実は清涼祭を盛り上げるために、校内の各所でセンセーショナルでプライオリティかつコンセンサスでグラマラスな即興ドラマが繰り広げられているんです!」

『全部何?』

『ねえユイ、今のわかった?』

『わかんない』

 

 俺もわからない。俺は一体何をしゃべっているんだろう。プライオリティの意味も知らないし。誰か助けて欲しい。

 

「……谷村。そんな話あったか? 聞いてねえぞ」

 

 こっそりと、眉をひそめた須川が耳打ちしてくる。そりゃそうだ。俺の出まかせなんだから。

 けれど、バカ正直に返答するわけにも行かない。ごまかすしかないのだ。

 

「まあな。サプライズ的な要素もあったから一部の人間にしか伝えてなかったんだ」

「……じゃあ、お前がスタンガンで気絶してたのも演技なのか?」

「ああ、もちろん。ほら、ピンピンしてるだろ?」

 

 元気をアピールするためにジャンプしてみせる。

 そして襲い来るめまいとしびれ。足を滑らせて床に全身を打ち付けた。

 

「……という風に、創作ダンスを踊ることができるくらいには元気なわけだ」

「嘘つけよ! 絶対転んだだけだろ!」

「ジョークだよ。アメリカンジョーク」

「どこが!?」

「じゃあイギリスンジョークでもいいよ」

「場所の問題じゃねえし、せめてブリティッシュジョークって言えよ!」

 

 なおも続く疑いの目。ええい、まともに話すだけ逆効果だ! もとより全部ウソなんだから騙せるわけないし!

 

「とにかく! 皆様のご心配するようなことはありませんので! もうしばらくすればウェイトレス達も戻ってきますから、皆様もぜひ清涼祭をお楽しみください!」

 

 須川との話を打ち切って、無理矢理お客さんへの説明をまとめる。もうしばらく、とは言ったものの、あと何分で戻ってくるかはわからない。坂本の目論見だと30分かからずに戻ってくる算段のはずだが、果たして。

 

 そう思ったとき、廊下からダダダダダと軽快で派手な足音が近づいてくるのが聞こえた。これはもしや……! と思って教室の入り口へ目を向けた。

 しかし、そこに現れたのは。

 

「愛しのお姉さまーーーっ! 可愛い美春がお姉さまに会いに参上いたしましたーーっ!」

 

 熱烈なラブコールをひっさげた女子生徒だった。島田さんのいるところ彼女ありとも噂されている、島田さんを「お姉さま」と呼び深い愛情とともに慕っている彼女は確か……。

 

「って、あれ? お姉さまの姿が見えませんが!?」

「えーっと、清水さん? どうしたんですか?」

 

 確か、清水美春、だったか。所属はDクラス……正直あまり絡みがないから詳しくは知らないけど、度々(清涼祭の準備になって自由時間が増えてからは特に)島田さん目当てに教室にやってくるもんだから、名前くらいは覚えてしまった。

 

「男のくせに気安く美春に話しかけないでください! 美春に話しかけるなら、しかるべき処置を行ってからです!」

「ええ……」

 

 清水さんは島田さん好きと同じくらい、重度の男嫌いでも知られている。正直無条件で罵倒されることに言い返したいと思う気持ちはあるが、深く踏み込むと『しかるべき処置』をされそうなのであまり関わらないようにしている。『しかるべき処置』が何を指しているのかわからなくて怖いし。

 

「とはいっても、ここウチの教室なので……出店の営業中でもありますし」

「むぅ……」

 

 が、この状況だと無視することはできない。このまま居座られて島田さん達がさらわれたと知られれば、清水さんの事だ、大騒ぎになる事は避けられない。ここは適当に答えてとっとと出て行ってもらおう。

 

「島田さんならいませんよ。シフトが入ってないんです」

「それは嘘です! お姉さまと清涼祭を楽しもうとお姉さまのスケジュールは調べ上げてますから! お姉さまが召喚大会に負けた場合、この時間は教室でウェイトレスをすると決まっていたはずです!」

「なんで部外者の清水さんがそんなこと知ってるんですか!?」

「愛の力にきまってるじゃありませんか!」

 

 愛の力ってそんなに万能だったのか。

 

「それに、ついさっきまでお姉さまはちゃんとここにいたはずです! ほら、教室の中に、野郎どものくすんで汚れた空気に混ざってお姉さまの可憐で濃厚なスメルが……」

「島田さんのスルメ?」

香り(ス・メ・ル)! この感じだと、おそらく9分35秒前まではちゃんとここに立っていたはずですが……」

 

 なんで秒単位で推測できるんだよ! この子怖い!

 

「男なんかに質問をするのは癪ですが、ここはお姉さまのために苦痛を堪え忍ぶとしましょう……お姉さまはどちらへ?」

「あー……」

 

 適当に追い返すつもりだったのに、清水さんのペースに載せられているうちにいつの間にか核心に迫る質問をされてしまった。

 清水さんの声が大きく、お客さんも耳にしている以上、さっきと同じ説明をするしかない。

 

「清涼祭を盛り上げるためのサプライズイベントで、今ちょっと席を外してるんです」

「サプライズイベント? ……そんな話にお姉さまが関わってるなら、美春が気づかないはずがありませんが……」

 

 ……島田さんのスケジュールを抑えてるならそうなるのか。細かいことを言うと嘘だということがバレそうだ。何かいいごまかしを……。

 

「……はっ。お姉さまが美春にバレないように慎重にサプライズイベントの準備を進めていたということではありませんか!? そうです、そうに違いありません! 清涼祭ではとっても幸せなカップルができやすいなんて噂もありますし、お姉さまがついに美春の愛に応えてくれたんですね!」

 

 と、うんうんうなっているうちに、清水さんの独り言の熱量がどんどん上がっていった。どうやらあらぬ方向へ思考が飛んで行っているようだった。

 

「なるほど! つまり、お姉さまは美春への愛の告白のためのサプライズのために準備をしているんですね! もう、お姉さまったら、美春はどんな形でもお姉さまの告白を受け入れるというのに、シチュエーションにこだわるとはなんてロマンチストな方なんでしょう!」

 

 すごい、俺は何も言っていないのにどんどん俺に都合のいい話になっていく。

 

「すなわち、お姉さまは定番の告白スポット、屋上に現れる! そういうことですね!」

 

 気味の悪いにんまりとした笑顔を隠そうともせず、清水さんはそう告げた。

 

「……ああ、もちろん!」

 

 そんなわけがない。

 

 

 

 

 屋上へ駆けていく清水さんを見送った後、店内に残っていたお客さんに向けて「ああいうのもイベントの一環です」と告げると、皆一様に納得したようなそうでないような不思議な顔をした。

 けれど、俺の努力が実ったのか、お客さんたちは無理に俺を問いただすようなことはなく、怪訝に思っていた須川達もお客さん達から注文が入ると自然と仕事の方へ戻っていった。

 

 聞こえてきた話をまとめるに、何より決め手になったのは、本当にウェイトレス達が攫われたのだとしたら責任者たる俺があんな気休めのような嘘を吐くはずがない、という事実だったらしい。

 そもそも、ナンパやしつこい声掛け程度ならともかく、清涼祭の出店で働くウェイトレス達が連れ去られるなんて異常事態だ。そんなことが起こるはずがない、と誰もが思っていたことだろう。

 

 どうやら大きな騒ぎになることは抑えられたようで、その後は微妙に緊張感が漂いながらもなんとか連中が現れる前程度には営業状態が戻ってきた。おそらく屋上で島田さんを待ち続けているであろう清水さんも結局教室へ戻ってくることはなく、営業が邪魔されることはなかった。

 

 頼まれた仕事はなんとかした。後は、自称王子様たちがうまくやってくれるのを待つだけだ。

 

 

 

 

 そして、坂本達が教室を出てから待つこと20分。姫路さんと島田さん、そして葉月ちゃんが教室へと戻ってきた。

 無理矢理男たちに連れ去られた恐怖からくる怯えがその表情からうかがえたが、それと同時に、自分達を吉井達が助けてくれたことに対する安心感も少なからず感じているようだった。

 

 単に彼女たちを教室に連れ戻しただけじゃない。

 あの王子様たちは、ちゃんと責務を果たしたようだった。

 

 

 

 

 そして、今。

 清涼祭の1日目が終了し、クラスメイト達も皆明日に備えて学校を去った放課後にて、俺は坂本と吉井とともに教室に残っていた。

 

 あの後、姫路さん達は、教室の奥にあった荷物置き場に無理矢理スペースを作ってそこでしばらく休んでもらった。吉井達に助けられたとはいえ、怖い目に遭ったのも事実だったからだ。いろいろあって大事にはできないと俺の口から告げたが、彼女たちはやはり、自分たちを救い出してくれた吉井達の存在に安心感を覚えているようで、それを受け入れてくれた。

 正直、俺達としては彼女たちに精神的な無理をさせたくなかったから、このまま1日目が終わるまで休んでいてもらうつもりだった。けれど、本人たちからクラスの喫茶店の手伝いをしたいとの申し出があったので、最終的に後から戻ってきた秀吉ともどもにこやかな表情で店の前で笑ってもらうことを落としどころにした。

 

 あれだけの騒ぎがありつつ、彼女たちが戻ってから終了の時間になるまで客足が途絶えなかったのは、殊勝な彼女たちのおかげ以外の何物でもなかった。

 

 そして、そんな1日目を終えての帰り際に坂本を問い詰めたところ、吉井とともにこうして教室に残るように言われたのだった。

 

「で? 結局何が起こってるんだよ」

「まあ待て。そろそろ来るはずだ」

「来るって、誰が?」

「ババァだ」

「ババァ?」

「ババァっていうと、学園長のこと? 学園長がわざわざ教室までくるの?」

 

 一体誰の事だろうと思ったが、吉井が補足してくれた。学園長……長い白髪が特徴のお婆さんだったっけ。名前は忘れた。研究者気質で、あまり教育者らしくない、とは聞いたことがある。それにしても学園長に向けてひどい言い草だ。

 

「俺が呼び出したからな」

「学園長が何かこの件と関係があるのか?」

「関係もクソも……この一連の妨害はあのババァに原因があるはずだからな。事情を説明させないと気が済まん」

「「……ええっ!?」」

 

 坂本の口からこぼれたのはそんな衝撃の事実。学園長のせいで、あんなひどい妨害を?

 

「あ、あのババァ! 僕らに何か隠してたのか!」

「……やれやれ。わざわざ来てやったのに、随分とご挨拶だねぇ、ガキどもが」

 

 ガラガラ、という扉の開く音。目を向ければ、学園長がしかめっ面で立っていた。

 ……仮にも学園の長が、生徒に向かってガキとか言っていいのか?

 

「出たな諸悪の根源め!」

「おやおや、どうしてアタシが黒幕扱いされているんだい? アタシも被害者さね」

「黒幕ではないだろうが、俺達に隠し事をしていたのは裏切り行為だと思うがな」

「ふむ……(さか)しいヤツだね。よく気づいたもんだ」

 

 と、ため息をついてから、学園長は俺を一瞥した。

 

「で? コイツは何なんだい。約束は他言無用って言わなかったかい?」

 

 約束? 

 

「安心しろ。約束の事はまだ言ってない。だが、コイツには事情を話しておくべきだと思ってな。コイツも散々巻き込まれたし、色々穏便に済ますために苦心してくれたしな」

「……はあ。なるべく話を広めたくなかったんだがねぇ」

「だから、コイツ……谷村だけにとどめたんだ。運営委員もやってるから、そっち方面でも暗躍できる。ババァにとっても悪い話じゃないだろ」

「ふうん、あんたが谷村かい」

 

 そう口にはするが、興味はなさそうな目つきだった。確か俺は観察処分者の候補になっていたはずだから、その関係で名前だけは知っていた、といった感じなのだろう。それでいい。学園長に目をつけられてろくなことになるはずがないんだから。

 

「ま、いいさね。あんたも他言無用だよ」

「は、はい。タゴンムヨー……タゴンムヨー?」

「……さすがはFクラスだねえ。黙っとけって意味だよ」

 

 吉井(バカ)を見るような目をされた。と、とっさに漢字に変換できなかっただけだし。落ち着けば意味くらい分かるし。

 

「で、その約束って何なんだよ」

「いつか話しただろ。設備の改修の約束を取り付けたが、多少条件があるって。その条件ってのが、召喚大会で優勝する事だったんだ」

「……だからお前達、優勝を目指してたのか。けど、お前達が優勝して何になるんだ。学園長がお前たちのファンとか?」

「バカな事言うんじゃないよ、バカ」

 

 こんのババァ……。

 

「教室の設備を改修する代わりに、僕らで召喚大会を優勝して賞品の如月ハイランドのペアチケットを回収しろって話だったんだよ。なんでも、そのチケットで来場したカップルを無理矢理結婚までコーディネートする計画があるみたいで、ババァとしては本人の意向を無視するようなそんな計画は阻止したい、って聞いてたんだけど……これがウソだったってこと?」

「一応言っておくと、その計画自体は本当の話らしいんだけどね。アタシにとっちゃどうでもいい話さ」

 

 頭痛を抑えるように、頭に手を当ててため息をつく学園長。

 

「最初からおかしいと思ってたんだ。あの話なら、俺達に頼む必要はない。もっと真っ当な優勝候補に頼めば済む話だ。優勝者に後から事情を話して回収することだってできたはずだ」

「確かに……」

「けど、その話ってお前らが学園長に設備の改修を頼みに行ったから出てきた話なんだろ? そのチケットの回収自体、ダメでもともと、うまく行ったらラッキーくらいの感覚だったんじゃないのか?」

 

 と、その約束の重要性をたずねてみると。

 

「いや、そもそも、教室の設備の改修を渋ったこと自体が妙なんだ。教育方針以前に、生徒の健康状態に影響が出てる悪環境を学園の長が放っておくなんてありえない」

「じゃあ、わざと渋って僕らを召喚大会に出場させたってこと?」

「そこまでしてお前らに頼む必要があったのか」

「そういうことだ。それに、科目の決定権を要求したらあっさり受け入れられた。つまり、この話を他の連中に持ちかけてるわけでもないことになる」

 

 科目の決定権……召喚大会のトーナメントか。確か、トーナメントの対戦表が出てから科目が決まるまで数日のラグがあった。橋本ともども発表が遅いと運営をせっついてようやく発表されたのだが、点の低い坂本達が勝ち進むために一番都合のいい科目を考える必要があったということだったのか。

 

「他にも営業妨害や俺達の対戦相手への密告もあったしな。それに何より、連中が姫路たちを連れ出したのが決定的だった。谷村にスタンガンまで使ってだ。ただの嫌がらせならここまでするわけがない」

 

 あれは、確かに異常だった。坂本からそうしないように言われただけで、普通なら警察沙汰にするところだ。

 

「だから、何か俺達の知らない思惑が働いてると思ったんだ。ババァが俺達に隠した、な」

「そうかい。向こうはそこまで手段を選ばなかったか……すまなかったね」

 

 突然、学園長は俺達に頭を下げた。そう素直に謝罪されると、文句も言いづらくなる。

 

「アンタらの集中力を乱す程度で勝手につぶれるだろうと思ってたんだろうけど……決勝まで進まれたから焦ったんだろうね」

 

 ……そういえば、アレは吉井達の準決勝の後だったか。決勝にまで進まれてしまった場合は、ウェイトレス達をさらって清涼祭自体を滅茶苦茶にしてやろうという算段だったんだろうか。

 

「さて、こちらのタネ明かしは終わりだ。今度はそっちの番だ」

「はぁ……アタシの無能を晒すような話だから、できれば伏せておきたかったんだけどね……」

 

 そして、誰にも公言しないでくれと告げてから、学園長は俺達に真相を明かした。

 

 曰く、学園長にとってペアチケットはどうでもよく、本当の目的はメインの賞品である『白金の腕輪』だったらしい。

 今回の目玉の一つとして公表された新技術の『白金の腕輪』だが、高得点者が使用すると暴走してしまうという欠点があった。しかし、新技術の存在が疑われてしまう以上回収なんて真似もしたくない。

 そこで、『得点は低いが優勝の可能性がある存在』として、吉井達に優勝を託したのだという。ペアチケットの回収のためという建前で優勝してもらえば、その『白金の腕輪』の欠陥は完全にひた隠しにすることができるというのが、学園長の計画だったようだ。

 

「そういうわけか。そうなると、俺達の邪魔をしていたのは学園長の失脚を狙っている立場の人間……他校の経営者とその内通者といったところだな」

「坂本、どうしてそこまでわかるんだ?」

「ちょっとは頭を使え。俺達の邪魔をするってことは、腕輪の暴走を望んでる立場だってことだ。そんな学園の醜聞を狙っている奴なんて、うちに生徒を取られた他校の経営者くらいしかいないだろうが」

「ははあ、なるほど……」

 

 頭を使えと言われても、俺が考えてもそこまでたどり着ける気はしない。しかし、これでようやく全体像が見えてきた気がする。

 

「ご名答。おそらく、一連の手引きは教頭の竹原によるものだね。確たる証拠はまだないが、状況証拠はそろってる。しっぽを掴むのも時間の問題さね」

「それじゃ、僕らの邪魔をしてきたアイツらとか、例のチンピラは」

「教頭の差し金だろうな」

 

 そういえば、教頭は俺達のお化け喫茶にも来ていたっけ。あれは、吉井達の偵察だったということか。

 それにしても……と、一連の話を聞いて思い至る。吉井も同じことに気づいたようだ。

 

「ねえ、これって、かなりマズい話じゃない?」

「ああ。ババァの失脚どころか、文月学園の存続がかかっている話になる」

「これだけ注目を浴びてるんだ。もしこれだけの観衆の中で試験召喚システムの暴走なんて起きたら……!」

 

 ただでさえ、文月学園はその性質上批判に晒されやすいと聞く。暴走の内容しだいでは、学園の存続すら怪しくなる。

 

「しかもだ、決勝戦の相手を見ろ」

 

 坂本の差し出したトーナメント表を、俺と吉井がのぞき込む。書き込まれた試合結果を決勝から逆にたどっていくと。

 

「常夏コンビ……!」

「もしかして、例のモヒカンと坊主の?」

「ああ」

 

 常村と夏川で常夏コンビ、ね。

 

「やつらは教頭側の人間だ。嬉々として観客の前で暴走を起こすだろう。いざとなったら優勝者と交渉して回収する、なんて手段も取れなくなった」

「悪いが、アンタたちにはなんとしてでも優勝してもらうしかないんだよ」

 

 学園長の表情も硬い。本当に学園の危機なんだろう。

 

「学園の命運が最下位クラスの問題児たちに託されるなんてな」

「問題児たちとは失礼な。ここまで勝ち上がってるんだ。俺達に頼んで正解だっただろう」

「最後まで勝ち切ってくれたら、その無礼な物言いも大目に見てやるさね」

「学園長、質問です」

 

 何か難しい顔をしていた吉井が、真剣な目つきになって学園長を見る。

 

「なんだい?」

「腕輪の暴走って、総合科目で平均点に行かなければ起こらないんですか?」

「そうさ。アンタに渡す方の腕輪は、全体の点数が平均点程度になると暴走するんだ」

「そうですか。それは良かった」

 

 ……? 妙なことを聞く奴だな。

 

「それじゃ、アタシは学園長室に戻るとするかね」

 

 学園長が静かに立ち上がる。そして、吉井達にもう一度念を押して、教室を去っていった。

 

「お前ら、勝てるのか? あいつら、Aクラスなんだろ」

 

 トーナメント表に書かれた連中の名前の側には、『3-A』と書かれている。3年生のトップ層だ。

 

「勝つよ、当然」

 

 だというのに、吉井の目に迷いはない。

 根拠を答えたわけじゃない。けれどなぜか、こいつらはやってくれそうだ、と思った。

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