モブとテストと優等生   作:相川葵

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第十五問 後の祭りの後始末

【英語】

 それでは、頭の体操として一風変わった英語のクイズをどうぞ。

 【①】と【②】に当てはまる語を答えてください。

『マザー(母)から【①】を取ったら【②】(他人)です』

 

 

 

 橋本和希の答え

『マザー(母)から【M】を取ったら【other】(他人)です』

 

 教師のコメント

 その通りです。Motherから『M』がなくなるとother(他人)という単語になります。こういった関連付けによる覚え方も知っておくと便利でしょう。

 

 

 

 木下優子の答え

『マザー(母)から【 】を取ったら【わかりません】(他人)です』

 

 教師のコメント

 なぞなぞのような問題でしたので、苦手な人は苦手かもしれません。『他人』の訳から考えるとわかりやすかったかもしれませんね。

 

 

 

 谷村誠二の答え

『マザー(母)から【濁点と伸ばし棒】を取ったら【マサ】(他人)です』

 

 教師のコメント

 他人をマサという謎の人物で表現したのはよい柔軟性だと思います。不正解です。

 

 

 

◇  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 

 熱く盛り上がった清涼祭も、いよいよ終盤に差し掛かった。メインイベントである召喚大会も終わった今、校内はどこか弛緩した雰囲気と祭りを終わらせたくないがための空元気のような活気が混ざり合って、独特の空気に満ちていた。

 そんな特別な校舎の中を、俺はFクラスへ向けて重い足取りで歩いていた。教室に向かうのが億劫なわけじゃない。歩く気力も失せるほどの出来事が俺の身に降りかかっていたのだ。

 

「おい、谷村!」

 

 ぼんやりとしながら歩いていると、須川の怒号が聞こえてきた。どうやらもうFクラスに着いたらしい。

 

「決勝が終わったら戻ってくる約束だっただろ! いつまでほっつき歩いてるんだ!」

 

 壁にかかった時計を見ると、召喚大会の決勝戦が終わってからもう一時間ほどが経過している。決勝戦に向かっていた生徒達も客も、とっくに校舎に戻っているはずだ。その大舞台に立っていた吉井達ですら。

 

「ああ、悪い……」

「色々仕事があるのはわかるけど、人手が足りなくなると店の回転率が……おい、どうした」

「ん?」

「いや、そんなにこれ見よがしにため息つかれたら気になるだろ。っつーか、よく見たら傷だらけじゃねえか。何があったんだよ」

 

 どうやら無意識にため息が漏れていたらしい。連中と取っ組み合った時の傷も見とがめられる。

 

「ああ、いや、大したことじゃないんだ。ただ……」

「ただ?」

 

 ついさっき、学園長室で自分の口からこぼれ出た言葉を思い返す。傷の事なんてどうでもいい。俺の心のわだかまりは、もっと別のところにある。

 

「ミスったなあ、って思ってさ……」

「???」

 

 事情を知らない須川が眉間にしわを寄せていた。

 それも仕方のないことだ。あの事情を知っているのは、俺と学園長の二人だけなのだから。

 

 

■  ■  ■  ■  ■

 

 

「いいかい谷村。アンタを『警告処分者』に認定するよ」

 

 学園長達にお茶目な言い訳を放った数十分後、荒れ果てた地下室で学園長が告げたのは、そんな恐ろしい通告だった。

 

「どっ……どういうことですか、ババァ! さっきも説明した通り――」

「ああ、分かってるよ。アンタは悪くない。悪いのはここに忍び込んだっていう連中と、その指示を出した教頭さね」

 

 俺と学園長は、二人きりで例の地下室にいる。とりあえず事情聴取が必要だとしてスポンサー達には丁重におかえりいただいたのち、その事情聴取と現場検証を兼ねて地下に降りてきたのだ。

 俺がどういう経緯でここにやってきたのかを説明すると、学園長はあの巨大な機械を歳に見合わず軽快に操り始めた。そしてモニターに表示されたのは、何かの数式やら日付やらが書かれたテキスト群。これが召喚獣に関わるログだとすれば、お化け召喚獣の記録もバッチリ残されていることは間違いない。

 機械の前に残された俺や木下さん以外の足跡も、俺の証言の裏付けとして機能してくれた。

 

「どうも、事前に細工が施されていた形跡があるね。完璧な制御はアタシにしかできないはずだけど、勘所をつぶす妙なパッチを教頭が仕込んでいたみたいだ。そのうちのいくつかがうまく発動して、挙動がおかしくなったんだろうね」

 

 とは、色々眺めていた学園長の談である。正直よくわからないが、教頭も教頭で学園長の裏をかくために画策していたという事だろう。

 

 ともあれ、事情は完璧に説明できた。教頭の企みを阻止するために奮闘したことと、学園長室の破壊はお化け召喚獣から逃げ出すためにやむを得なかったこと。その過程で、木下さんが怪我をしたこともだ。

 

「すまなかったね。アタシたちの事情に巻き込んで、危ない目まで合わせて。アンタ達には助けられたよ」

 

 学園長は、そう告げて俺に頭を下げた。謝罪が欲しくてやったわけじゃないが、それ自体は素直に受け止める。けれど、言っておかねばならないことがある。

 

「木下さんにもちゃんと謝ってください。木下さんは事情を知らないのに、実際に足をくじいてます。せめて事情を一通り話すべきです」

「……そうだね。あの子にはアタシから伝えておくよ」

 

 どうも学園長は教育者としては信用できないが、こういうところでスジは通すタイプの人に思える。謝罪をしてもらうところも含めて、木下さんへの説明は学園長に一任することにしよう。

 

「というわけで、俺は学園を救った功労者なわけですけど……さっき、なんて言いました?」

「『アンタを『警告処分者』に認定するよ』」

「なんでそうなるんですか!」

 

 おかしい。学園を救った英雄に対する処置ではないはずだ。

 

「説明しろババァ! そりゃ、校舎の設備の破壊だけ見たら相当な悪事ですけど、でも脱出のための緊急事態だったし、そもそもその責任の一端だってババァにあるんだから、俺が観察処分者になるなんて理不尽……!」

 

 と、学園長を責め立てようと文句を並べ立てたところで、ふとあることに気が付いた。

 

「って、あれ? 『警告処分者』って言いました? 『観察処分者』じゃなくて」

「ああ、そうだよ。年長者の言葉はようくお聞き」

「いちいち皮肉言わなくてもいいだろ、ババァ……」

 

 おっと、敬語が取れてきた。腐っても相手はご老人の学園長。見せかけだけでも敬意は持っておいた方がいいだろう。

 

「……で、『警告処分者』でしたっけ。そんな制度ありました? 『観察処分者』なら知ってますけど」

「ないよ。学園のどの規定にも載ってない。だから都合がいいのさ」

「???」

 

 学園長の言っていることがよくわからない。眉をひそめていると、学園長が説明を続けてくれた。

 

「いいかい。まず、あの学園長室が破壊されたことについて、スポンサー達はアンタが主だって破壊したと思っているだろう? だから、何かしら表立った対処をしておかないといけないのさ。すなわち、学園長室を破壊した主犯に対してどう処罰を加えたか、その対応の表明だよ」

「いや、でも、あれは元をたどれば教頭のせいで」

「教頭の件はそれはそれで身内が外部とつながったっていう大スキャンダルだ。教頭の件を公表するには、相応の根回しが必要になる」

「根回し?」

「それこそスポンサーにこっそり裏事情を話しておいたり、うまくかばってもらうように頼み込んでおくのさ。いわゆる政治戦……ま、この辺はガキが考える必要のないことだけど、とにかく教頭の件をすぐ明らかにはできないのさ」

 

 まだ証拠もないことだしね、と学園長は付け加えた。

 

「だから、とりあえずアンタになんらかの処分を言い渡して学園としての体裁を保たなきゃいけないんだよ。それで、その後……そうさね。大体一か月くらい経ったら、事故の原因が教頭にあり、谷村はたまたまそれに巻き込まれただけだってスポンサー達に通達して、アンタの処分を解除するつもりだ。これで、全部丸く収まる」

「そんな面倒な事しなくても、調査中とか適当に濁しておけばいいんじゃないですか? 一か月くらいならそれでしのげるんじゃ」

 

 処分なんて言い渡されてたまるかとそう反論してみたが、残念ながら学園長にギロリとにらまれてしまった。

 

「アンタが余計な事言わなきゃそうしてたさ。けど、アンタははっきりとこの学園長室の破壊に関わってるって告げたもんだから、スポンサー達はアンタが主犯だと……少なくとも実行犯の一人だと思ってる。実は何か事情があったと伝えたとしても、じゃあその事情は何なのかって話になるだろう? だから、十分な根回しが終わるまでアンタにわかりやすい処罰を与えないといけないんだよ。アンタを学園長室破壊の実行犯としてね」

「…………」

 

 そういうものなのか……? 正直なところ政治戦の話はよく分からないが、学園長の語り口からスポンサーとの関係には相当気を遣っていることが感じ取れた。

 だから、不服はありつつも俺は何も言い返せず黙り込むしかなかった。すると、学園長の声がさっきより少しだけ穏やかになる。

 

「とはいえ、実のところアンタは一方的な被害者だ。それどころか学園を救った影の立役者だし、巻き込まれた木下を救ってもいる」

「はあ。それはどうも」

「それがわかっててアンタに処罰を与えるのは、アタシとしても不義理が過ぎると思ってね。だからこその『警告処分』なのさ」

 

 やっと話がここに戻ってきた。

 

「その、俺がなるっていう『警告処分者』……『観察処分者』とは違うんですか?」

「もちろん。さっきも言った通り、『警告処分』は厳密な制度がないんだ。だから、一度認定されたら原則解除されることのない『観察処分者』と違って、一定期間が過ぎたら素知らぬ顔で解除することができる。アンタに処罰を与えるってだけなら別に停学にしたり『観察処分者』にして後で特例で解除することだってできなくはないけど、これだと将来的に内申に傷がつくからね」

「内申……」

「ああ。その点『警告処分』はなんてったって制度がない。解除してしまえば記録上悪影響は残らない、というわけさ。少なくとも、それくらいならアタシの権力でどうにでもできる」

 

 俺が内申と繰り返したのは、別に納得したわけでなく『内申』の意味がいまいちわからなかったからなのだが、まあ、何かしら学園長なりにうまく取り計らってくれる、という事だろう。

 

「それらしい反省文や罰としての課題もこっちででっちあげておくから、心配しなさんな」

「! いいんですか!」

「良いも何も、アンタに罰を与えないための『警告処分』だからね。それくらいはやっておくさ」

「ありがとうございます!」

 

 いや、まあ。元をたどれば学園長のせいでもあるのだが、鉄人に叱られる時のように終わらない課題や反省文を押し付けられるのはごめんだったからここは素直に感謝を述べておこう。

 

「ただし! この裏事情を知ってるのはアタシとアンタだけだ。他の教師陣は事情を知らない以上、警告処分期間のうちに大きな問題行動を起こせば、『警告処分期間中に問題を起こした』って理由で『観察処分者』に認定される可能性がある」

「げ、そうなるのか……」

「だから、しばらくはおとなしくしておきな。アンタが観察処分者になるのは知ったこっちゃないけど、こっちの事情でアンタに警告処分を受けてもらっている以上、それがアンタの損になるのは忍びないからね」

「俺だって、やりたくて騒ぎを起こしてるわけじゃありませんよ。主犯の吉井(バカ)達に言ってください」

「ハン、どうだかね。騒ぎを起こすならせめてアタシの目が届くところでやりな。そうすりゃ警告処分はないものとして考えてあげるさ」

「だから、俺はずっと大人しく学園生活を過ごしたいんですって……」

 

 少なくとも、鉄人に怒られる日々を望んだことなんて一度もない。

 

「そう思うんなら、そうなれるよう努力するんだね。この警告処分でアンタの評判は下がることについては心苦しく思うけど……ま、もとよりこの件以外でも問題行動はあったんだ。自分の言動を振り返るいい機会にすることさね」

「都合よく言いますね」

 

 そう口答えをしたものの、これ以上下がる評判があるのかと訊かれれば橋本に訊いてくれとしか答えられない。少なくとも、俺の実感として俺の評判は底を打っている気がするからだ。

 それに、色々話を聞いているうちに、なんだかんだで俺の警告処分というのは学園長にとっても苦肉の策なんだろう、と思った。だからここまで俺に良くしてくれるのだろうし。

 

 様々な事を他人のせいにすることはできるが、スポンサーの前で余計なことを言ったのは紛れもなく俺の落ち度ではある。適当にはぐらかしておけば良かった、というのは後から思ったことだ。

 警告処分は一か月で解除されるらしいし、観察処分者になるよりはよっぽどマシだ。学園長の言う通り、警告処分中くらいは意識して騒ぎを起こさないように気を付けるか。

 

 そう決意をしたとしても、警告処分が明らかになればまた周りに色々言われるだろう。そのことを想像して、ため息を吐いた。

 

「……それにしても、この大事なサーバーのある地下室に図書室の方から簡単に侵入できるなんて、セキュリティが甘いんじゃないですか。もっと頑丈にしておいてくださいよ」

 

 そうすれば、こんな事態にもならなかっただろうに。

 

「ふん、もともとそっちの扉は何年も前に封鎖してたんだよ。こっち側からもカギはかけてたし、書庫側からはチェーンロックをかけたうえで本棚を配置して入り口を隠してたんだ」

「え? そんなもんなかったですよ?」

「教頭が事前に排除しておいたんだろうね。そもそもその入り口の存在自体隠匿していたはずだけど、少しヤツを侮っていたみたいだ」

 

 そういうことか。となると、俺と橋本が忍び込んだあの夜……もう二週間ほど前になるが、あの時点ですでに教頭は書庫側の扉を通れるようにしていたらしい。俺達がすんなりこのサーバー室まで来れたのも教頭の下準備のおかげだった、ということだ。

 

「……っと、よし。映像が拾えたよ」

 

 教頭の用意周到さに感服していると、先程からカタカタとパネルを叩いていた学園長がそう告げた。モニターを見ると、先程の地下の様子が映し出されていた。そこには、例の金髪と刈り上げの姿もあった。

 

「ふん、こいつらが侵入者かい。アンタに負けず劣らずアホそうな面してるね」

「今俺を貶める必要ありました?」

「これだけしっかり映ってるなら、ちゃんと法的にしょっ引けそうだね。安心したよ」

「無視しないでくださいよ」

 

 と、ツッコミを入れてから一瞬遅れて違和感に気づく。

 

「あれ? どうして監視カメラが生きてるんですか? 連中、監視カメラは切られてると思ってたみたいですけど」

 

 地下で連中と相対したとき、奴らはそんなことを言っていた。だからはっきりとした証拠は残らないから問題はない、と。

 しかし、こうして現に映像が残っている。あのカメラは暗視カメラにもなっていたようで、顔の判別も十分に可能だった。そのおかげで正式に処罰が下りそうなので、良いことなのだけど。

 

「カメラかい? 確かに実際、監視カメラも細工はあったけど……あれは二週間くらい前だったかね。不審者が侵入したことがあったんだよ」

「え!?」

 

 ギク、と体がこわばる。

 

「侵入って……」

「朝学園に来てチェックしてたら、いくつかのパラメータが狂っててね。どうも、夜のうちにサーバーのいくつかのレバーの角度がいじられていたらしい」

 

 ……段々思い出してきた。そういえば、あの時、適当に色々いじった気がするぞ。

 って、待てよ。

 

「も、もしかして、その侵入者の正体って監視カメラに写ってたり……?」

 

 カメラが生きてるなら、あの夜橋本とともにこの地下に忍び込んだこともバレるんじゃ……。

 

「いいや。監視カメラはその時は切られてたよ。確か、その侵入の数日前からだったかね」

「マジですか!?」

「ああ。だから多分、教頭かその手先が侵入して、事前に監視カメラを止めてたんだろうね」

 

 セーフ! た、助かった! ナイス教頭!

 

「そして、あの夜に再度侵入して例のパッチをサーバーに仕込んだんだろう。その時にレバーをいじったのかね。その時に監視カメラが止められてることには気づけたから、カメラのシステムをいじって別の録画システムに切り替えられたけど……パッチが仕込まれてたことは見逃してたよ。敵ながらうまくやったもんだ」

 

 なるほど? ということは、あの夜俺が適当にいじったことが巡り巡ってカメラの復旧につながった、という事か?

 

「まったく、あの時に侵入経路をちゃんと洗い出しておくべきだったよ。書庫の方は随分昔に封鎖したせいで忘れてたから、てっきり学園長室の扉のログを細工したもんだと思いこんじまった。反省するよ」

「じゃあ、侵入者の正体はわからないってことですね!」

「そうなるね。まあこれは教頭をしょっ引く時についでに訊けば……なんでアンタがそんなに嬉しそうなんだい」

「え!? そんなことありませんよ、たははは……」

 

 いかん、顔に出ていた。

 

「……ま、いいさね。ほら、話は終わりだよ。これからバグの検証をするからとっとと帰りな」

 

 相変わらず俺をバカを見るような目で見た学園長は、そう告げてすっと地上へ続く階段を指した。聞きたいことは聞けたし、これ以上余計なことを話して立場を悪くしても仕方がない。

 学園長の言葉に素直に従って、俺は地下室を後にしたのだった。

 

 

■  ■  ■  ■  ■

 

 

 とまあ、そんな経緯があってようやく教室に戻って来れたのだ。ちなみに、途中で保健室に寄ったがすでに木下さんの姿はなかった。多分、一休みしてから木下さんも教室に戻ったんだと思う。

 そんな諸々の事情を須川達に話せるわけもなく、なんらかの事情があることは察してくれたが、

 

「何があったか知らんが戻ってきたなら働け」

 

 と告げられて、俺用の白装束を叩きつけられた。そうこうしている間にも次々とお客さんのウェイターを呼ぶ声が飛んでくる。

 

「よし、頑張るか」

 

 警告処分者として校内の有名人になることは憂鬱だが、まあ、それはそれ。そのことは一旦忘れて、今はFクラスの一員として自分の仕事に励むとしよう。

 

 

 

 

『ただいまの時刻をもって、清涼祭の一般公開を終了しました。各生徒は速やかに撤収作業を行ってください』

「だーっ! 終わったー!」

 

 白装束と覆面を身にまとい、ウェイターとして働くこと数時間。校内にアナウンスが響いて祭りの終了を知らせた。それと同時に、どっと疲れが押し寄せてくる。

 まだ出店の片付けが残っているし、運営委員だから後夜祭の手伝いもある。けれど、客をもてなす出店の運営自体はこれでおしまいなので、張っていた気を緩めてもバチは当たらないだろう。

 ドカッと椅子に腰を下ろして白装束を脱ぐ。周りの連中も思い思いに休んでいるようだ。

 

「じゃ、ウチらは着替えてくるわ」

 

 魔女衣装の島田さんがそう告げて、姫路さんとともに教室を出ていこうとする。せっかくの可憐なコスプレ姿を失うわけにはいかないと引き留める男子どもの合唱が響いたが、健闘虚しく彼女たちは更衣室へと去っていった。残念。

 せめて秀吉だけでも、と彼女……じゃない、彼を吉井がタックルして食い止めていたので、加勢してやろうと近づいたところで坂本に声をかけられた。

 

「おいお前ら。遊んでないで学園長室に行くぞ」

 

 なんだかんだでちゃんと仕事をしていたはずなのに、坂本は疲れ一つ見せていない。タフな男だ。

 

「お主ら、学園長に何か用でもあるのか?」

「ちょっとした取引の清算だ。お化け喫茶が忙しくて行けなかったからな。今から行こうと思う」

 

 取引、というのは例の腕輪に関する約束の事だろう。吉井と坂本はきっちりと召喚大会で優勝を果たし、腕輪を回収してみせた。色々と学園長と話しておかなければならない事があるのかもしれない。

 

「ならばワシはその間に着替えを」

「そうはいかない! 秀吉も一緒に行こう!」

 

 逃げ出そうとする秀吉の腕をつかむ吉井とムッツリーニ。ムッツリーニも一緒についていくつもりらしい。

 それはそうと……。

 

「坂本、俺はパス。運営委員として出店の片づけの指示とか売り上げ報告書の提出とかしないといけないし。お前ら二人がいれば話は済むんだろ」

「ああ、まだ雑務があったか。んならそっちは任せた」

 

 正直、そんなめんどくさいことは誰かに押し付けて俺もどっかに行きたい気持ちもあるが……つい数時間前に学園長室をぶっ壊して学園長とたっぷりお話をした直後なのだ。学園長と顔を合わせるのも気まずいし、ここは真面目に運営委員の仕事を全うすることにしよう。

 

「あ、そうだ吉井。後夜祭の前に校庭で運営委員の集まりがあるから、それまでには戻って来いよ」

「うん、わかってる。……秀吉! 逃がさないよ!」

「その執念は何なのじゃ!?」

 

 そんなこんなで吉井達を見送った後(結局秀吉は押し切られてついていった)、パンパンと手を叩いて教室に残っているクラスメイト達の注目を集めた。どいつもこいつも疲れ切って片付けに動こうとしない。坂本や島田さんのいない今、俺がこいつらを焚き付けないと。

 

「皆、疲れてるところ悪いけど、最後にもう一仕事だ。18時までに教室の復旧やゴミ出しまで終わらせないといけない。そろそろ片付けを始めよう」

『わかってるけどよ~。働きづめでくたくたなんだぜ』

『もうちょっとだけ休ませてくれよ』

 

 などと、気の抜けた声が飛んでくる。想定内だ。

 

「まあまあ、これが終われば後夜祭だ! 校庭でキャンプファイヤーもあるし、他のクラスの女子と触れ合うチャンスだ。それに、誘った女の子といい雰囲気になればそのまま付き合えるかもしれないぞ」

『『うおおおおおお!!!!!!!』』

『清涼祭ではカップルができやすいという噂のわりに女の子と縁がないと思っていたが……』

『まだ後夜祭が残っていたか! そりゃそうだよな! 俺に彼女ができないわけがないんだ!』

 

 野太い男どもの大合唱。効果覿面だ。口々に叫ぶもんだから耳が痛くて仕方がない。

 ちなみに、俺は一つも嘘を言っていない。こいつらが女の子を誘える可能性と、万が一誘えたとして良い雰囲気になる可能性が限りなく低いことをあえて言わなかっただけだ。

 

「そうか……! 俺がフラれ続けたのは、後夜祭で運命の彼女と出会うためだったんだな……!」

 

 拳を握りしめて感動に震えているこれは須川。結局何連敗したんだろうか。

 

「そういうわけだ。後夜祭を楽しむためにも、さっさと片付けるぞ!」

『『『おう!!!』』』

 

 その大きな返事とともに、さっきまでの怠惰が嘘のようにてきぱきと動き出した。単純で助かる。……少し単純すぎて心配になるくらいだ。

 呆れながら窓の外に視線を向けると、魔女っ娘の恰好のまま校門を出ていく葉月ちゃんの姿が見えた。子供ってすごいな……。

 

 

 

 

「で、これが今回の売り上げっと」

 

 勢いよく片付けが進む教室の片隅で、俺は横溝と出店の収支が書かれたノートに目を落としていた。他のクラスには及ばないのかもしれないが、妨害もあった中だと十分にやれた方だと思う。

 そして売り上げから諸経費を引いた最終的な利益をノートに書きこむ。ううーん、少ない額ではないが……。のぞき込んでいた横溝が口を開く。

 

「設備の向上はできそうか?」

「みかん箱からは卒業できそうだが……机と椅子は無理だな。畳と卓袱台ならなんとかなると思う」

「ちぇっ。結局元通りか」

「今よりましなんだ。贅沢も言ってられないだろ」

 

 連中の妨害がなかったとして、机と椅子まで届いたかは怪しいラインだ。序盤は客の入りも悪かったのが痛いのかもしれない。事前に宣伝ができるわけでもないし、そうなると豪華で校外への評判もいいAクラスに人が集まるのも自然の摂理というべきか。試召戦争のペナルティを帳消しにできただけで良しと思うことにしよう。

 

 先生に提出する収支報告書を書き上げて、パタンとノートを閉じる。面倒な書類も書き終えたから、あとは教室の復旧か。

 

「おーい! 誰か手が空いてる奴、ゴミ出しに行ってくれ!」

 

 須川が叫んでいる。種類ごとにゴミのまとまった大きな袋が縛られて並んでいる。

 

「ちょうど手が空いたし俺達が行ってくる。横溝はそっちの生ごみの方を頼む。生徒玄関を出たところに収集所が用意されてるから、そっちに持って行ってくれ」

「了解。お前は?」

「俺はこっちの燃えるゴミ。キャンプファイヤーで燃やすらしいから校庭に運び出してくる」

 

 そう言って俺が指し示したのは、この二日間たっぷりと働いてくれた俺達の白装束の詰まった袋だ。看板に使った段ボールやらも含めて、清涼祭で出た燃えるごみは基本的に後夜祭のキャンプファイヤーで一気に燃やすことになっている。ただ、生ゴミに関しては火力も足りないし衛生的な問題もあるしで別に回収する手筈だ。

 横溝は、指示通りに生ごみの詰まったゴミ袋をひっつかむと、さっさと教室を出ていった。俺もそれを追いかけようとしたが、ビニール袋の結び目が解けていたので結び直した。

 すると。

 

「あ、もう生ごみ持って行っちゃったか?」

 

 厨房の方から近藤がやってきた。手には袋を持っていたが、不透明な白いビニール袋だったせいでその中身はわからない。

 

「横溝が持っていったけど……どうかしたか?」

「いや、これも捨てないといけなかったんだけど、冷蔵庫の奥に押し込まれてて見逃してたんだよ」

 

 と、近藤はその袋を突き出す。

 

「それ何?」

「いや、俺も知らん。ムッツリーニが絶対触るなとか何とか言ってたけど……」

 

 絶対触るな? ……一つだけ、心当たりがあるな。

 

「まあいいや。お前もゴミ捨てに行ってくるなら、ついでに捨てといてくれ」

「あ、ああ。分かった」

 

 そんなやりとりとともに託されたその袋とともに、俺は燃えるゴミを手にして教室を後にした。

 

 一階まで降りると、俺達と同じようにゴミを捨てに来た生徒達であふれかえっていた。皆一斉に後片付けを始めたのだからそれも当然の話だが……生徒玄関の方も込み合っていて気が滅入る。

 このまま待っているのも面倒だ。内履きのまま外に出ることになるが、校舎裏の通用口から校庭に出て先に燃えるゴミを捨ててしまおう。

 そう思って行き先を変えて、しばらく歩いた時の事だった。

 

『チッ、いつまで待たせやがんだ』

 

「……!」

 

 窓の外から、聞き覚えのある嫌な声が聞こえてきた。

 さっと身をかがめて、こっそりと窓の外の様子を伺う。

 

「言われた通りこんな場所まで顔出しに来てやったのに、当の本人がやってこねえってのはどういうことなんだよ」

「オレが知るかよ。向こうもなんかトラブルでも起きてんじゃねえのか」

「めんどくせえなあ……だから後払いは嫌だっつったんだよ。すっぽかされたんじゃねえのか」

「口止め料もなしにか?」

 

 誰も通らぬような校舎裏で苛立ち交じりに話をしていたのは、地下で遭遇したあの二人組だった。その名前はとっくに忘れたが、悪目立ちする金髪と刈り上げ。見間違えるはずがない。まだ校内にいたのか……!

 

「このやろ……!」

 

 話を聞くに、まだ悪だくみをしているというよりは、『バイト』の報酬をもらおうとしているだけらしい。けれど、だからと言って見過ごせるはずもない。

 試験召喚システムを壊そうとしたから? それもあるが、あれは結局未遂に終わった。

 

 俺が怒っているのは、コイツらのせいで他でもない木下さんが怪我をしたからだ。

 まさかもう一度会えるとは思わなかった。この怒りどうしてくれようか……!

 

「……いや……けど……」

 

 が、燃え上がった怒りに対して理性が急速に頭を冷やす。俺がわざわざ手を下す必要性がないことに気づいたからだ。

 監視カメラがある以上、いずれコイツらには処罰が下るはず。気持ちとしては今ここで飛び出してぶんなぐってやりたいが、残念ながら二対一のこの状況だと、仮に不意打ちで片方をやっつけられても無傷でもう一人を倒すことは難しい。処罰が決まっている相手をこっちも怪我をしてまで痛めつけるというのもバカらしい。

 

 だから、ここは黙って引き下がるのが賢いと言えるだろう。

 けれど、頭が冷えたといっても怒りがなくなったわけじゃない。一発ここで仕返しするくらいの事はしてやりたい……と、そう歯噛みしたところで、手元にある袋が目についた。

 

「…………あ」

 

 

 

 

「おい、どうする。このままここにいても(らち)明かねえぞ」

「むこうもトラブったか……クソ、散々な週末だ!」

「ヤツの素性はわかってるんだ。どうせなら校舎に戻ってカチコミに……」

「あの~」

 

 人の寄り付かぬ校舎裏。そこで密談を交わす金髪と刈り上げに、遠くから恐る恐るといった風を装って声をかけた。

 

「あ? ひっ……なんだ、人間かよ」

「脅かすんじゃねえ! ふざけた格好しやがって!」

 

 一瞬怯える表情を見せた後、怒鳴り散らかす不良たち。それもそうだろう。俺は今、白い覆面をかぶった白装束で連中の前に姿を現したのだから。地下でお化け召喚獣を前に逃げ出した二人にとっては、軽いトラウマを想起させたかもしれない。

 

 そんな二人に、俺は変わらず()()()()()()()()話しかける。

 

「あ、これは出店のコスチュームで……それより、来場者の方はそろそろ校内から出たほうが良いですよ? このあたりも、もうすぐ見回りの先生が来ちゃいますから」

「見回りだぁ?」

 

 俺の狙い通り、奴らは俺の正体には気づいていない様子だった。顔とガタイさえ隠せればあとは何とかなる。

 

「はい……トライアスロンが趣味の、筋骨隆々の男の先生が………」 

「……そういや、そんな奴いたな。アイツ先公だったのかよ」

「どうするケイゴ。逃げるか」

「とりあえず適当に離れて様子を見るぞ。先公に目を付けられるのも面倒だ」

 

 俺の言葉……見知らぬ女生徒と思い込んでいる人物からの言葉を親切な助言と受け取ったのか、何やら二人でこそこそと話し合っている。もう少し様子を伺ってみると、結論が出たようだった。

 

「よし、一時退却だ。おい、女! オレ達のこと、チクるんじゃねーぞ!」

 

 と吐き捨てると、俺の返事を待たずして二人はこの場を立ち去ろうと歩き始める。

 

「あ、あの!」

 

 その背中に声をかけて呼び止めて、俺は二人に駆け寄った。

 

「あ? まだ何か用か!」

「あの、もしよかったらなんですけど……」

 

 と、俺は二人にあるものを差し出す。

 

「ウチの出店で作ってたものなんですけど、売り切れなくて……このままだと廃棄処分になっちゃって、もったいないなって思ってた所なんです。だから、良かったら受け取ってもらえませんか」

「へえ、気が利くじゃん」

「もらっとこうぜ。バイトの()()()のせいでせっかくの学園祭もロクに見て回れなかったしよ」

 

 相手が女だと侮っているのか、それとも自分たちが恨まれているという自覚がないのか。とにかく彼らは、何の疑いもなくその包みを受け取った。

 

 そして彼らは、校門を目指して歩き出す。おそらくは、また校舎に戻って教頭に会いに行こうとかそんなことを考えているのだろう。

 苛立ちを隠そうともせず言葉を交わしながら、俺から受け取ったものを……ウチのクラスの看板メニュー、火の玉ゼリーを二人同時に口にした。

 

 

 冷蔵庫の奥に封印されていた、姫路さん特製の火の玉ゼリーを、だ。

 

 

「だからアイツにも痛い目を見せて……ガハッ!」

「な……グ……ガァッ……!」

 

 どさりと、二人は地面に倒れ込む。

 そのままピクピクと手足を痙攣させてのたうち回っていたが、やがて静かになった。

 

 これで良し。

 

「さて……とっとと仕事に戻るか」

 

 姫路さんの特製ゼリーは、死を覚悟するような苦しみとともに気絶に至る効果があるが、とはいえ本当に死んでしまうほどの殺傷能力がないのは俺や常夏コンビで実証済みだ。木下さんに怪我を負わせた罪にしては軽い罰のような気もするが、どうせ後から不法侵入の罰を受けるのだ。お手軽臨死体験で手打ちにしておいてやる。

 

 

 覆面と白装束をゴミ袋に戻しつつ、俺は校庭を目指して歩き出した。傾き始めた日を眺めながら、手元に残った姫路さん特製火の玉ゼリーに思いを馳せる。

 

 ありがとうございます、姫路さん。おかげで悪を成敗する事が出来ました。

 

 

 

 

 燃えるゴミと火の玉ゼリーを処分して校舎に戻ってくると、焦った様子の吉井と坂本に出くわした。

 

「くそっ! どこにもいねえ!」

「どこに逃げたんだ、あの二人……!」

 

 どたどたと、せわしなく足音を立てながら叫んでいた。二人とも体力に自信のあったはずだが、息を切らせているところを見ると相当焦って走り回ったらしい。

 

「……っ! 谷村! 常夏コンビを見なかったか!?」

「常夏コンビ? 見てないけど……また連中が何かしたのか?」

「詳しい事情を話してる時間はないけど、まずいことになったんだ」

「取引の件を連中に知られた。公表されたら苦労が水の泡だ!」

「なんだって?」

 

 くっ……もうこの件はケリがついたと思ったのに! まだ諦めてなかったのか!

 

「わかった。俺も探す。校舎の中は探したのか?」

「一通り探した。ムッツリーニ達は外を探してるが……」

「雄二、僕らも外に行こう!」

 

 と、吉井が視線を外に向けたところで。

 

「見つけたわよ、アキ! どうしてこんなものを持ってるのか、聞かせなさい!」

 

 階段の上から島田さんの声が飛んできた。手には随分アダルトなパッケージのDVDを持っている。

 

「うわあ! 見つかった! 誤解なんだって!」

 

 そう叫んで、吉井は窓から校舎を飛び出していった。それに坂本、そして島田さんが続いて俺は廊下に取り残される。

 学園の危機に一体何をしてるんだか……島田さんはそのことを知らないだろうけど。ともかく、俺も常夏コンビを探さないと。おそらく向こうは二人でいるだろうから武器になるものがないのは心もとないが、具体的にどうするかは後で考えよう。何をするにも、連中の居場所を突き止めないと。

 

 校舎の中は一通り探したと言っていたか。しかし、ムッツリーニ達も含めて皆校舎の外を探しているのなら、俺は校舎の中をもう一度洗った方がいいだろう。走り回った坂本達が見つけられていないのなら、どこかに身を隠しているのか……?

 そこまで考えて、俺は一つのひらめきを得た。

 

「教頭室だ!」

 

 連中は教頭に指示を受けていたはず。なら、知った取引の件を教頭に伝えに行ってもおかしくはない。さっき金髪と刈り上げの元に教頭が現れなかったのも、そっちの対応をしていたと考えれば筋が通る! それに、教頭室なら坂本達が見落とす可能性も十分にあるし!

 しかし、駆け出そうとした俺の足は大きな問題にぶち当たって止まった。

 

「教頭室の場所、知らねえな……」

 

 教務室なら散々呼ばれているが、教頭室なんて用事もないから場所を調べたこともないからどこにあるのかがわからない。どこかに校内地図が貼ってあったりしたっけな……。

 

「教頭室がどうかしたのですか?」

「うわあ!」

 

 校内地図のありかを思い出そうとしていたところに急に声をかけられたので、驚いて飛び上がってしまった。

 

「って、今井君じゃないか。驚かすなよ」

「驚かしたつもりはありませんが、怖がらせたのなら申し訳ございません! 谷村先輩の肝の小ささを見誤っておりました!」

「出会い頭に罵倒すんな」

 

 声をかけてきたのは、召喚大会で戦った一年生、今井君だった。横には、申し訳なさそうな顔をした松永君も立っている。ゴミ袋を携えているので、ゴミを捨てに来たところなんだろう。

 

「それで、教頭室が一体?」

「ああいや、なんでもない。関係のない話だよ」

 

 学園の不祥事を常夏コンビに知られてしまった、などとは彼らに言えるはずもない。だから、適当にごまかそうとしたのだが……。

 ちょっと待てよ……今井君、相当真面目なようだから、もしかすると。

 

「今井君。教頭室がどこにあるか、知ってるか」

「場所ですか? 教頭室なら、新校舎一階の廊下の隅に……グラウンド側に面した角にあったはずですが」

 

 ビンゴ! やっぱり覚えてた!

 

「ありがとう、今井君! やっぱ頭いいなお前!」

 

 と礼を述べて走り出そうとしたが、

 

「あ! お待ちください、谷村先輩!」

 

 後ろから声をかけられてしまった。教頭室の場所を教えてもらった手前無視することもできず、足踏みしながら話の続きを催促する。

 

「どうした?」

「先輩に一つお願いがあります! 二年Aクラスにいるという『マコト』という名の女生徒の件なのですが」

「!? げほっげほっ!!」

 

 予想外の角度から『マコトちゃん』の名前が飛び出てきたのでむせてしまった。

 

「……大丈夫ですか、先輩」

「だ、大丈夫……それで? マコトちゃんがなんだって?」

「谷村先輩は、今日校内に広がった『伝説のメイド マコトちゃん』の噂はご存じですか?」

 

 ご存じどころの話ではない。

 

「実は、その噂を聞き遠くから一目見たのですが、自分はその美しさに感銘を受けました!」

「へ、へえ~……」

「……コイツ、今朝からこればっかりなんです」

 

 あきれた様子の松永君。この分だと、随分と『マコトちゃん』に熱を上げているらしい。

 

「可能なら彼女の接客を受けたいと思ったのですが、残念ながら都合が合わずその願いはかなわず……ですから、せめて何かの機会にお近づきになりたいという思いがあり、もしよろしければ彼女の連絡先を教えていただきたいと」

「そんな奴の事は忘れろ! じゃあな!」

「あっ!? 谷村先輩!?」

 

 今度は彼の声に足を止めることもなく、俺はそのまま走り去った。『マコトちゃん』の事なんて、忘れてしまった方が幸せになれるのだ。俺も、皆も。

 

 

 

 

 まともに交流のない一年生すら魅了する『マコトちゃん』の……より正確に言えばその姿を作り上げた秀吉の手腕に恐れおののきながら廊下を走っていると、新校舎の端に教頭室のプレートを見つけた。今井君の記憶はさすが正確だったようだ。

 

「失礼しまーす!」

 

 そのままの勢いで、バンと教頭室の扉を開けた。

 教頭室は、学園長室のように豪華な調度品があるわけではないが、先生一人の部屋としては相当な広さがあった。床や棚もきれいに磨き上げられているし、どことなく品を感じるのは、壁紙や置物に高級感が漂っているからだろう。

 そこに常夏コンビの姿はなく、いるのはこちらを呆然と見る教頭だけだった。

 

「な、なんなんだね、いきなり。失礼だぞ」

「ここに常夏コンビ……ええと、ブラジャーを頭につけそうな顔をした変態坊主と、ソフトモヒカンの三年生が来ませんでしたか?」

「なぜ坊主の方だけそんなにディテールが細かいんだ……。来ていないよ。誰もね」

 

 ハア、とため息をつきながら、教頭はこっそりと何かを机の中に入れて鍵をかけた。携帯電話のように見える……すでに常夏コンビから連絡を受けたのか? そうでなければ、外部との連絡用か。

 

「その声、もしかして、谷村君か? 出店の働きぶりを見て見直したつもりだったが、どうやら見込み違いだったようだ」

「…………」

 

 何か嫌味を言われている気がするが、話を無視して周囲を見渡す。常夏コンビがどこかに隠れているかもしれないからだ。

 大きな観葉植物はあるが、その裏に二人も隠れられるほどのスペースはない。書類の入ったスチール棚も微妙だ。

 となると、あまりものが多くないこの教頭室で二人も隠れられるとすれば……あの立派な机の下はどうだろう。机の下に板が張り付けてあるせいで、こちらからはその下を確認できない。

 

「ちょっと失礼……」

「いい加減にしろ!」

 

 机の下を確認しようと回り込もうとしたが、教頭に立ちふさがれてしまった。

 

「さっきからなんだね君は! 私の部屋に飛び込んできたかと思えばきょろきょろと! どういうつもりだ!」

「どういうつもり……? それはこっちのセリフだ!」

 

 一応相手は先生だから大人しくしていようと思っていたが、教頭から飛び出てきた言葉にカチンと来た。こっちにもこっちの言い分がある。

 

「こっちは真面目にやってるだけだってのに、散々妨害してきやがって! おかげでひどい目に遭った! 危うく清涼祭どころか何もかも台無しになるところだったんだぞ!」

「ふん、Fクラスに度々あったという営業妨害の事かね。そんなもの、私の知ったことではない」

「なんだと……?」

「それとも何か? 私が誰かに指示を出して君達の邪魔をしたという証拠でもあるのかね?」

「クッ……」

 

 営業妨害の事だけじゃない。ウェイトレス達の連れ去りや、木下さんが怪我をするきっかけになったサーバーへの裏工作も、教頭の指示が発端だったはずだ。

 教頭の目的が何なのかは知らない。金目当てなのか、それ以外の目的があるのか。けれど、俺達の清涼祭や文月学園の存続すら滅茶苦茶にしようとしたことは、どんな理由があったとしても許せるものじゃない。それがただの私欲なら、なおさらだ。

 しかし、その証拠はない。そういえば、学園長もそんなことを言っていた気がする。

 

「証拠なんかないだろう。言いがかりはよしてくれ。どうせ、散々悪評をまき散らす君達をうっとうしく思った三年生が企んだってところじゃないか」

「クソッ……」

 

 証拠はない。なら、無理矢理見つければいいだけだ。こうして俺の前に立ちふさがって俺の邪魔をすること自体が、部屋の奥に不都合なあることを示しているじゃないか。

 いるんだろう。そこに、常夏コンビが。

 

「分かったら早く帰ってくれ。今はFクラスの君なんかに関わっている場合じゃ――」

「あっ! 学園長!」

 

 とっさにそう叫んで、俺は窓の外を指さした。

 

「えっ!?」

 

 その声につられ、教頭が窓の外を向く。残念ながら、学園長など来ていない。

 

「隙あり!」

「……しまった!」

 

 教頭の視界から俺が外れた隙をついて、部屋の奥へ駆け込む。

 そして、机の下をのぞき込んで……そこには誰もいなかった。

 

「……何だと?」

「こざかしい真似を……大人をバカにするのも大概にしろ!」

「ちょ、ちょっと!」

 

 ぐいと両手で腕を引っ張られ、体勢を崩しながら部屋の中央まで戻される。

 

「早く出て行け! ここは君のような生徒が来る場所ではない!」

「古典的な手に引っ掛かったくせに偉そうに……」

 

 しかし、実際、常夏コンビは机の下にはいなかった。となると、結局二人はこの部屋にはいないのか? なら、こんなところにいつまでもこだわってないで他のところを探しに行った方が……。

 いやまて。やましいことがないのなら慌てて俺を机の側から引きはがす必要もないはずだ。ならば、机に何かあるのは間違いなんじゃないだろうか。そういえば、さっき携帯を机にしまっていたが、もしかして……と、思考を巡らせる。

 

 

 その時だった。

 

 

 ドォン!

 

 

 爆音とともに、校舎がひどく揺れた。

 

「な、なんだ……!?」

 

 地震……かと思ったが、揺れはもう収まっている。地震ならもう少し揺れが長引くはずだ。

 

「今のは一体……」

 

 

 ドォン!

 

 

 困惑していると、同じような響きがもう一度。これは……爆発か?

 

「おい、谷村! 一体何をした!」

「お、俺!? 知るかよ! どうせこれも教頭の仕業だろ! 何もかもうまく行かなかったからって、校舎を爆破する気か!?」

「私がそんなことをするはずがないだろう! 私が校舎を破壊して何のメリットがある!?」

 

 教頭のメリットか。校舎が破壊され学校が存続できなくなれば、晴れて教頭は他校の関係者との約束も果たすことになるような気はするが……それにしたってあまりに規模が大きいし、ここまで徹底して足がつかないように立ち回っていたんだ。いきなり校舎の爆破に踏み切るなんて流石に直接的すぎる、とは思った。

 

 そうやって戸惑っているうちに三度目の爆音。俺も教頭も慌てふためいている。

 この動揺っぷりが演技なのだとしたら、早く教頭は映画に出たほうがいい。きっといい賞をもらえるはずだ。

 

「だとすれば、一体誰が……?」

 

 常夏コンビの独断専行か? それとも全く関係のない誰かが……。そんなふうにいろんな可能性を考えていると、視界の端に何かが映った。

 

「あっ!」

 

 窓の外。ボールのような何かが砲弾のように飛んでくる。

 

「どうしたんだ。またさっきと同じ手か」

「いや、そんなんじゃなくって……」

 

 そして、それが視界から消えて四度目の爆音が轟く。さっきの何かが、校舎の屋上にでも激突したのだろうか。

 だとすると、どういうことだ。爆弾を投げ込まれているのか? 爆弾だなんて、そんな戦場じゃあるまいし……。

 

「まてよ。確か、後夜祭で花火を打ち上げる予定だったような……」

 

 ぽつりとつぶやく。直後、再び窓の外を見れば、丸い何かが弧を描いて飛んでくる。そう思ってみて見れば、あれは確かに火のついた花火に見えなくもないような……。

 

「って、おいおいおい! ウソだろ!」

 

 その花火は、さっきまでの数発と違って、微妙に高さが低かった。

 それは、徐々に下降して、まっすぐに俺達のいる教頭室の方へ――

 

「教頭! 教頭! こっちに飛んでくるぞ! ホントに!」

「まったく、その手にはもう乗らないと……」

「マジでヤバイんだって!」

 

 やれやれとでも言いたげに首をふる教頭の腕をひっつかんで、廊下の方へと倒れ込む。

 

 

 

 ドォン! パラパラパラ……

 

 

 

 直後、これまでとは比べ物にならない轟音が耳を貫く。ギュッと目をつぶって衝撃に耐える。

 

「ゲホッ……危なかった……」

 

 なんとか立ち上がって、咳込みながら土煙が晴れるのを待つ。そしてようやく見えた景色は。

 

「…………俺は夢でも見てるのか?」

 

 教頭室の壁にぶち当たった暫定花火玉は、教頭室のその一角を吹き飛ばした。柱と窓があった位置に、大穴が開いている。

 

「なっ…………」

 

 側に倒れ込む教頭も、あんぐりと口を開けて絶句している。目の前の光景が信じられない、といった様子だ。

 

 

『吉井に坂本ぉっ! 貴様ら無事に帰ることができると思うなよ!』

『鉄人だ! 逃げるぞ明久!』

『おうともさっ!』

 

 

 大きく開いた穴の向こうから、そんな怒号と絶叫が聞こえてくる。経緯や理由はわからないが、もしかして、常夏コンビを止めるためにこんな荒業を?

 

「やれやれ……いったい何の騒ぎだい」

 

 呆然とする俺達の背後で、そんな老婆の声がした。

 

「……学園長。一体、どこまで貴女の差し金なんですか」

 

 そこにいたのは、やはり学園長。騒ぎを聞きつけたのか、廊下には野次馬も集まり始めている。

 

「はて? 何を勘違いしているか知らないけど、アタシは何も知らないよ。それより、瓦礫が崩れて危険だから二人とも早くここから出ていくんだね」

「ですが、ここは私の部屋で」

「安心しな」

 

 口を挟みかけた教頭の言葉を、学園長がすぐさま遮る。

 

「瓦礫も窓も、専門の業者に頼んできれいにしてもらうからね。当然しばらくの間は立ち入り禁止だけど……機密の漏洩の事なら心配いらないよ。学園長として、アタシは撤去作業に立ち会わせてもらうからね」

「っ! それは……!」

「おや? 何を慌てているんだい? まさか、部屋の中を漁られて困るものがあるわけでもないだろう?」

 

 そう告げた学園長は、かつてないほどに悪い笑みを浮かべていた。立ち合いを名目に、教頭室のガサ入れをする気だと俺でもわかる。

 

「ぐっ……」

 

 教頭はしばらく呻いていたが、学園長の問いかけにイエスともノーともいえず、最終的には力が抜けたようにへたり込んでしまった。

 そんな教頭を見下ろす、学園長の勝ち誇った笑み。まず間違いなく、このガサ入れで教頭の悪事の証拠が出てくるはずだ。

 

「クソ……どいつもこいつも滅茶苦茶だ……。校舎を破壊するなんて、一体誰が予想できる……?」

 

 悔しそうに教頭がつぶやく。それを見て、あざ笑うように学園長が言葉を返した。

 

「アタシらの想像をはるかに超えるバカどもを相手にしたんだ。滅茶苦茶になることくらい覚悟しておくんだったね」

 

 ……その『想像をはるかに超えるバカども』に、俺が含まれていないことを祈るばかりだ。




原作の明久と雄二の校舎破壊も結局停学や観察処分にはならなかったので、そこら辺とすり合わせての今回の処置です。

次回、清涼祭編最終回です。
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