【国語】
問 以下のことわざの( )に正しい言葉を入れ、意味を答えなさい。
『【幽霊の正体見たり( )】』
木下優子の答え
『【幽霊の正体見たり(枯れ尾花)】
意味:恐怖心があると、何でもないものまで恐ろしいことに見えるということ』
教師のコメント
正解です。他の意味としては、『恐ろしいと思っていても、正体を知るとなんでもなくなる』というものもあります。
ちなみに、尾花というのはススキの穂の事です。
橋本和希の答え
『【幽霊の正体見たり(大スクープだ!)】
意味:幽霊の正体は号外にして知らせるべきであるということ』
教師のコメント
部活動に励むのは良いことですが、きちんと勉強も怠らず頑張るように。
谷村誠二の答え
『【幽霊の正体見たり(召喚獣)】
意味:お化けの正体は召喚獣だったんですよ!』
教師のコメント
何の話ですか?
教頭室爆破の瞬間に立ち会わせていたものだから、学園長を含む大人たちに囲まれて色々話を訊かれることになった。しかし、教頭が正直に俺が何もしていないことを証言してくれたことと、おそらく自分好みの展開に持っていきたいであろう学園長がさっさと話を切り上げてくれたことが要因で、存外早くに解放された。
教室に戻ると、すでに片づけは終わっており、いつも通りの……もうすぐお別れになる予定のござとみかん箱が並んでいた。ほとんどの生徒はもう教室には残っていなかった。多分、女子との出会いを求めて後夜祭が開かれる校庭に駆けて行ったのだと思う。
そんな中、秀吉が教室に残っていたので、先程の件の事情を聞くことができた。学園長室に向かった吉井達だったが、学園長室に盗聴器が仕掛けられていたせいで取引に関する会話を常夏コンビたちに盗聴されたらしい。散々探し回った結果、ムッツリーニが放送機材のある新校舎の屋上に常夏コンビを見つけ、それを吉井達に伝えた直後に爆発が起きたのだとか。
「じゃあ、やっぱり常夏コンビをどうにかするために花火を?」
「そうじゃろうな。連中は屋上の放送設備を使って盗聴した会話を校内に流すつもりだったんじゃろう。ワシらも間に合わん距離じゃったし、やむを得なかったといったところではないかの?」
なるほど。屋上の連中と放送機材をどうにかしようと花火を投げた結果、最後に誤って教頭室に飛ばしてしまったってところか。教頭室を破壊して学園長にガサ入れさせようなんて考えている余裕があったとは思えないし。そこまでする義理もないだろうしな。
「それにしても、また盗聴か……つくづく縁があるな」
「また、とは?」
「ああいや、こっちの話」
やはり盗聴がブームなのだ。俺も流行りに乗って盗聴器の一つくらい持っていた方がオシャレかもしれない。
それは冗談としても、学園長室に盗聴器か。例のお化け召喚獣や警告処分に関する会話を地下でしていてよかった。あんな誰も来ないようなところまではさすがに仕掛けてないだろうし。
「それで、吉井と坂本は?」
「あやつらは結局鉄人に捕まって絶賛説教中じゃ。ムッツリーニの調べだと、後夜祭中の解放は諦めた方がいいらしいぞい」
「校舎を破壊したからなあ……」
すでに観察処分者である吉井はともかく、これで坂本も晴れて観察処分者の仲間入りするのだろうか。……微妙なところだ。これも一応学園を守るためではあるし、スポンサーももう学校を離れている以上、俺みたいに警告処分を与える必要もない。だから、鉄人による説教だけでお茶を濁すのかもしれない。
さて。吉井が戻ってこないのなら、運営委員の仕事は俺一人でやることになる。とはいえ、残った仕事は教室内が復旧されたかの点検と諸々の報告書の提出だけだ。
ゴミ捨てに行く前に書類は大体仕上げていたからそう時間はかからなかったが、気づけば教室に取り残されてしまった。すっかり元通りになった教室の窓の施錠を確かめてから、教室の電気を落として俺も校庭へと向かう。
夕日はもう地平線の向こうに消えようとしている。夕闇に溶けそうになっている校舎に一人でいるのが怖くなって、ほとんど小走りのような速度で俺は校舎の外へ飛び出した。
校庭の中央で、キャンプファイヤーが燃えている。この清涼祭で出た燃えるゴミやデコレーションされた段ボールなどのリサイクル不能な消耗品を火種に、紺色の空を焦がすように炎が揺れていた。その周りで、生徒たちが思い思いに過ごしている。
その炎から少し離れた校舎の脇に机が並んでいる。職員室から直結するように設置されたのは、運営委員会用の受付所。つまり、俺の目的地だ。
運営委員会の顧問である高橋女史が待っていたので、持ってきた書類を提出する。数度書き直しを要求されたが、最終的になんとかオーケーをもらうことができた。
「はい、問題ありませんね。お疲れさまでした」
高橋女史はそう告げて、いつものクールな彼女には珍しい微笑みを見せた。何度も書き直させられたことに思うところもなくはなかったが、そんなことをされて反抗する気など失せてしまった。
「はは、お手数おかけしました……ははは」
なんてあいまいな笑いを返して、そそくさと後ろの人に順番を譲った。
後夜祭の後片付けもあるし、明日以降は放課後に少しづつ召喚大会のコートを解体するという仕事もある。けれど、責任のある仕事はこれで終わりだ。ようやく喉の奥の荷を下せたような気分だ。
「あれ……胸の荷……頭の荷だっけ」
「やっほー、谷村クン! 吉井クン達の噂、聞いたよ!」
「ひゃあ!」
何か変な言葉遣いをしたような気がして悩んでいたが、軽快な声に思考が止められた。
「なんだ、愛子か……」
「相変わらず面白い反応するなあ」
顔を上げるとケラケラと愛子が笑っている。側には久保もいた。
「吉井君の姿がないようだけれど……まさか、校舎を爆破したという噂は本当なのか?」
「え? ああ。多分、大体聞いた噂の通りだと思うぞ」
校庭に到着してから、吉井達の噂が流れているのを何度も耳にした。常夏コンビを止めるためだという裏事情は当然誰も知らないから、とにかく二人が相当なワルだということになっている。
実際はそういうわけでもないから訂正したほうがいいのかもしれないが、真実を話すわけにもいかないので俺は訂正を諦めることにした。まあ、奴らの悪評が流れても俺には関係ないし。
「ううむ……彼らがそんな無意味な事をするとは思えないけれど……」
「でも、やってもおかしくないって思っちゃうのがFクラスだよね! ほら、Bクラスとの試召戦争の時に教室の壁を壊したんでしょ?」
「『Fクラス』でくくるなよ、愛子。俺をそんな非常識な奴らと一緒にするな」
「えー? けど、谷村クンが学園長室を破壊したって噂も聞いたよ?」
「…………色々と事情があったんだよ」
「あ、その噂もホントなんだ」
その話ももう広まってるのか。いよいよ吉井と同じ扱いを受ける未来が見えてきた。勘弁してほしい。
いや! 俺はあくまで『警告処分』! 学園長室の破壊だって壁を派手に破壊した教頭室の爆破に比べたら随分かわいいもんだし、吉井と同一視はされないだろう! きっと! そうであってほしい。
「谷村君。一つ聞きたいのだが、もしや吉井君は後夜祭には来れそうにないのか?」
「多分無理だな。鉄人に説教されてるから」
「そうか…………」
俺の返答を聞いて、久保はひどく落ち込んでしまった。もしかすると、後夜祭で一緒に過ごそうと思っていたのかもしれない。
そんな久保を意識的に無視して、愛子がニヤニヤしながら俺を見る。
「残念だったね、谷村クン。愛しの吉井クンと一緒に過ごせなくて」
「冗談でもそんなことを言うな! 見ろ! 久保がもっと落ち込んだじゃないか!」
「やはり……もう……彼の気持ちは谷村君の物に……」
ついに久保が虚ろな目で気味の悪い事をつぶやく機械になってしまった。本当にこれがウチの学年次席の姿か?
「おい! 正気に戻れ、久保!」
「まーた騒いでるな、谷村」
「随分にぎやかね。ま、こんなシチュエーションだしはしゃぐのもわかるけど」
久保の肩を掴んでがくがく頭を揺らしていると、そんな声がかけられた。つい今しがた書類を提出し終えたCクラスの運営委員……黒崎と村田さんだ。
「あ、悪い。うるさかったか」
「別にいいわよ、こんな時くらい。せっかくのお祭りだし」
「村田もはしゃぎたいなら混ざってくれば?」
「つまらない冗談ね」
と、口ではそう言っているが、村田さんはどこか楽しそうだ。黒崎もわかっててからかっているらしい。
…………。
「…………」
「おい、谷村。音もたてずにどこに行く気だ?」
げ、バレた。
「いやだって、お前にしばかれたくないし」
「は? ああ……試召戦争の件か……あれはもういいよ。あんだけ大勢で追いかけて捕まえられなかったんだ。今更お前を追い立て回しても疲れるだけだ」
「じゃあ俺達の事はもうなんとも思ってないのか」
「「全然ムカついてる」」
「村田さんまで答えなくても」
けどまあ、Cクラスからの暴行におびえる必要はなさそうだ。Fクラスが恨まれているのは……作戦を立案した坂本のせいだ。俺は知らん。
色々あったが、黒崎達と友好的な関係にはなれたかなと思っていると、真逆の関係の奴らがやってきた。
「……ったく、高橋め。細かいことにこだわって何度もやり直させやがって」
「いいじゃん、オッケー出たんだし」
「
Bクラスの運営委員……そして俺達の因縁の相手でもある鈴木達だ。
「つーかそもそも、根本がテキトーに表を埋めるからこんな目に……あ」
「あ」
目が合った。
「……チッ。次は負けねえからな。せいぜい今のうちに調子乗ってろ」
「ふん、負け犬の小声か」
「それを言うなら遠吠えだろ」
「よく知ってるなあ」
「常識だろ! なんでこんな奴に負けたんだよ! っていうか誰が負け犬だ、クソが!」
頭をかきむしる鈴木。
「マジで今度はぶっ飛ばしてやるからな! その小せえ脳みそで覚えておけ!」
そしてそう告げると、俺から少し距離をとった。この後、高橋女史から話があるそうなのでまだこの場を離れられないのだ。
「……多分忘れないよ、流石に」
ここまで関係性が悪化した相手も珍しい。正直なところ、鈴木達はまともにやり合えば勝てない相手ではあるのだ。因縁を付けられてもいいことはあまりない。
「…………」
「って、金田一さん? 何か用?」
鈴木が離れても、金田一さんが俺をじっと睨んでいた。何か言いたげな様子だったので声をかけると、少し悩んでから彼女は口を開いた。
「……橋本の新聞を読んだわ」
「! へえ。どうだった?」
「やっぱくだらなかったわね。アンタが同性愛が似合いそうだとか、知ったこっちゃない」
「…………」
ひどい記事だ。
「本当にそんなこと書いてあったのか?」
「読み間違えるわけないでしょ。同性愛が似合いそうな男子ランキングで上位にアンタが……ちょっと待って。まさか読んでないの?」
「え、えっと、はい」
「アタシにあんな啖呵切ったんだから読めよ! 読まずに擁護してたワケ!?」
「いや、読もう読もうとは思ってるんだけど、文字を読むと眠くなるから……」
「……一度くらいは読んだのよね?」
「…………」
読んでないとも言えず黙っていると、金田一さんの俺を見る目がさらにきつくなり、そしてやがて呆れたような表情になった。
「はあ。ちょっと反省したアタシがバカみたいじゃん」
「……俺が言いたかったのは、新聞の中身じゃなくて橋本の姿勢の方で」
「本気でやってるからバカにすんな、でしょ。アンタの言い分はもうわかったわよ。……アンタも、そんなこと言うなら一回くらいちゃんと読んであげな」
そして、それ以上何かを告げることはなく、彼女は鈴木の方へ歩いていった。
あの口ぶりからして、やっぱり橋本の新聞はくだらないと思っているのだろう。それ自体には、俺も同意しないでもないし。ただ、一概に橋本をバカにするべきではないかもしれないと、彼女なりに少し考えたようだった。
そう思ってくれたのなら、あの試合の意味はあったのかもしれない。
「運営委員の皆さん。各種連絡と話がありますので、私の周りに集まってください」
そうこうしているうちに、高橋女史が俺達に呼び掛けた。全クラスの書類提出が終わったらしい。その声を聞いて、少し散らばっていた生徒たちが集まっていく。
偶然、すぐ近くに愛子が来たので、今のうちに話しておかないといけないことを伝えることにした。歩きつつ、小声で愛子に声をかける。
「愛子、ちょっといいか」
「ん? どうしたの、谷村クン」
「昼前にお前に返したアレ、あるだろ。アレのポケットの中に俺の携帯が入ってるから、悪いけど後で持ってきてくれないか」
周りに他の生徒もいるから、念のために『メイド服』という単語は出さないようにした。けれど、それで愛子には伝わったようだった。
「まさか、あんな上等なものをごみと一緒に燃やしたりはしてないだろ」
「もちろん。アレは後で洗濯するつもりでまとめてあるから、高橋先生の話が終わったら取ってきてあげるよ」
良かった。やっと携帯を取り戻せる。
「ありがとう、助かる」
「こっちも助かったからね~。面白いものも見れたし」
「……一刻も早く忘れてくれ」
ニヤニヤを隠そうともしない愛子から目をそらす。あれも清涼祭でしか味わえない特別な体験と思えばいい思い出だと……思えないな。やっぱりメイド服は着るより見る方が良い。
「では改めて、皆さんお疲れさまでした」
皆が話し声の届く距離まで集まったのを見て、高橋女史が話し始めた。内容としては後夜祭の後始末の話や明日以降の予定の話で、まあ前にも聞いた話だ。
「それと、現在1階新校舎の教頭室の壁が崩れています。不用意に近づかないようにしてください。その原因についてもあまり詮索はしないように」
そして、教頭室の件についても言及があった。すでに下手人が吉井達であることまで広まっているのにわざわざこうして詮索しないようにと忠告をしているのは、学園長からなにか指示があったのかもしれない。さすがに、教師間でも教頭や常夏コンビの件はひた隠しにしているはずだけど。
「話は以上になります。では皆さんも後夜祭を楽しんでください。ただし、あまり羽目を外しすぎないように。良いですね?」
『『『はーい』』』
という、分かっているんだかいないんだか分からない返事には、確かな解放感が伴っていた。そして、それぞれのクラスメイトや友人の元へと散り散りになって歩き始めた。みんなどこか、祭りのゴキゲンさに浮かされているような気がした。
さて、俺も皆に倣ってクラスメイトの元に戻りたいところだが、あと一つだけ、片付けておかないといけない案件がある。
キャンプファイヤーが燃え盛る校庭の方へ歩いていく背中の一つに声をかけた。
「橋本、ちょっといいか」
「え? ええまあ、いいですけど」
きょとんとしながらそう答えた橋本は、ともに歩いていた女生徒……Eクラスの運営委員の片割れに先に戻っているように伝えた。
ただ、周囲を見るとちらほらまだ人が残っている。高橋女史と話している生徒もいた。
「ここだと誰かに聞かれるかもしれないから、向こうで話そう」
「聞かれると都合が悪いんですか?」
「……色々と」
「じゃあ、いいですよ。僕からも訊きたいことがありますし」
訊きたいこと? と疑問符を浮かべながら、俺達は校庭から少し離れて校舎裏の茂みの近くまでやってきた。校舎に背を向けて周りを見わたすと少し離れたところにちらほら身を寄せ合っている男女が見えたが、そこそこ距離はあるしあいつらはどうせ自分たちの世界に入り込んでるから問題はないだろう。
「…………チッ」
「カップルを睨みながら舌打ちしないでくださいよ。谷村さんには吉井さんがいるじゃないですか」
「それやめろ! 本当に!」
まあいい。これについては今更言っても仕方のない話だ。
「それより、谷村さん。『警告処分』になったそうじゃないですか」
「え? もう知ってるのか?」
「校庭に来るときに、職員室前の掲示板に処分通知が張り出されてるのを見たんですよ。妙なタイミングですよね。こんなタイミングで掲示するってことは清涼祭中に谷村さんの行動に対する処分なんでしょうけど、それにしては処分の決定が速すぎますし」
処分の決定が速かったのは、おそらく学園としての厳しい姿勢をスポンサーに見せるためだろう。教頭の件を公表するまで俺を警告処分にするという作戦が決まっている以上、即座に動いた方がスポンサーの心証はいいはずだ。
それにしても、現時点で張り出されているのなら明日にでも全校に広がると思った方がいいのかもしれない。
「で、学園長室を破壊したって聞きましたけど、本当にそんなことを?」
「ああ、まあ、そうだな」
「……どうしてそんなことしたんですか?」
「いや、なんというか、色々と成り行きで……」
気づけば、橋本は手帳を取り出して新聞部モードになっている。本当の事を話せるわけもなく曖昧に笑ってごまかしていると、俺から情報は出ないと判断したのか橋本はため息をついて頭を掻いた。
「あの、恩が出来て谷村さんの事を取り上げにくくなってから、ネタになりそうな話をバンバン出すの勘弁してもらえませんか? 記事にしたくてたまらないんですけど」
「それ、俺が悪いのか?」
「警告処分の話もマコトちゃんの話もそうですけど、そんな面白そうなネタをばらまき続けるなんて、記事にされたいのかされたくないのかどっちなんですか?」
「できれば記事にされたくないよ。悪評しか広がらないし」
「それこそ谷村さん次第な気がしますけど……」
しかし、だ。橋本のジャーナリズムからすると、今の状況は確かに餌を見せつけておきながら待てを言い続けているような状態だ。新聞部の活動をかばったことに恩を感じてくれているとはいえ、あまりに制限をかけているといつか爆発して大変なことになるかもしれないし、そもそも橋本が勝手にやっている新聞部の活動にアレコレ口を挟むのはどうかと思うのも事実だ。それで悪評が広まったら文句ぐらいは言わせてもらうが。
「……警告処分の方は好きに書けば良い。どうせ処分は公表されてるし学園長室を破壊した噂ももう広まってるしな」
ため息をつきつつ、俺はそんなことを告げた。
「! 良いんですか!」
「ただし、マコトちゃんの正体の件は絶対に書くなよ! あれは他のおおざっぱな噂と違って影響も破壊力もデカすぎる!」
色々と俺に関する噂は流れているが、今のところはなんだかんだで皆冗談交じりに噂しているのだ。多分。きっと。おそらく。一部本気にしている連中がいるような気がするがきっと気のせいだと思うことにする。
ただ、『マコトちゃん』はその存在自体が大きく広まりすぎている。外部の来場者も多いこの清涼祭で正体を隠して女装してメイドになっていたなどと知れたら、俺は好き好んで大勢の前で女装する変態扱いを受けるだろう。想像するだけで寒気がする。
「俺の話したいこともそれなんだ。このことは秘密にしておいてくれ」
「ああ。大丈夫ですよ、心得てます」
「……なんだ、やけに素直だな」
「言ったじゃないですか。召喚大会の件は感謝してるって。まったく、特別ですからね! こんな美味しいネタを黙ってるなんて、僕からしたらあり得ない事なんですから!」
やれやれ、と譲歩するような姿勢を見せる橋本。
「…………」
そんな彼女を、いぶかしげに見る。
「なんですか、そんなに信用できませんか」
「お前自分の言動を振り返ってみろ」
すると、橋本ははて、と首をかしげた。
「ま、こればっかりは信じてもらうしかありませんね」
「あのなあ……」
実際のところ、信じてないわけではないのだ。なんだかんだ言って例の件は本当に感謝しているらしいし、割と自分本位な性格ではあっても運営委員の仕事をきっちりこなすくらいには規律を守る人間ではある。それに、記事にする気があるならとっくに号外が校内に巻かれていてもおかしくないが、誰からもマコトちゃんの件で話しかけられていない。なら、本当にマコトちゃんの正体については記事にしていないんだろう。
ただ……。
「……じゃあ、なんであれだけ俺のメイド姿の写真を撮ったんだよ。後から思い直して記事にするつもりがなくなったなら、俺の目の前で写真を消すくらい……」
と、そこまで言って思い出す。
「あれ? そういえばお前あの時、趣味用に写真を撮ったとか言ってたな」
すると、今まで飄々としていた橋本がギクリと肩を震わせて固まった。
「え? え、ええ、まあ」
「結局、お前の趣味って何なんだよ」
「…………ええっと、あの趣味用のカメラは、記事にはなりそうもないキレイな景色とかちょっとしたスナップ写真を撮るためのもので」
「それでいきなり俺の写真を撮りまくることにはならないだろ。……お前、隠してる事があるな」
「…………」
重い沈黙。俺も黙って、橋本が口を開くのを待った。
「……あの、言わないとダメですか?」
たっぷり数十秒。沈黙に耐えかねた橋本がそう切り出す。
「ダメっていうか……納得がいかないんだよ。あれだけ楽しそうに俺の着替え姿を撮ってたのが趣味だって言われて、黙って引き下がれないだろ。こちとら致命的な弱みを撮られてるんだぞ。それともあれか? 人の弱みを握ること自体が趣味なのか?」
「いや、それは趣味というか、どっちかというと新聞部の活動的な領分なので、それとはちょっと違う話というか……」
「じゃあなんだよ」
そしてまた橋本は黙り込んだ。
けれど、一方的に弱みを握ったことの罪悪感か、それとも召喚大会の件での感謝があるのか。理由はともあれ、最終的にはゆっくりと口を開いた。
「……なんです」
「え? 何?」
「い、異性装が好きなんですよ、僕。見るのも、着るのも」
それは、ひどく恥ずかしそうな小声だった。
「……はあ?」
「いや、なんというか、自然になじんでるのもその裏を想像してそそられますし、あの時の谷村さんみたいにあからさまにちぐはぐなのとかもかなり倒錯的でグッとくると言いますか、っていうか『マコトちゃん』が女装だって知ってたならもっと色々趣味用のカメラでも撮ったのに!!! なんで女装だって教えてくれなかったんですか!!」
「言うわけないだろ! って、着るのもってお前……その男子制服、兄貴のおさがりだって言ってなかったか?」
俺が橋本を男子だと勘違いしていた一番の要因である、男子用の制服。それを指さしてやると。
「あ、それはホントですよ。それを言い訳にして男子制服で通えるようにしたんです。本気で男装して登校するのはさすがに目立ちますし恥ずかしいですけど、単に女子が男子の制服を着るくらいならちょっと変わってる人扱いで済みますからね。まあ、僕のこれに関してはオシャレで髪を結んだりする延長線上くらいですよ」
それに僕、あまり女子らしい見た目じゃないですしね、と橋本は続けた。
「もしかして、家だと男装して自撮りとかしてるのか」
「…………ええと、まあ、はい。見せませんけど」
「良いよ別に……」
気にはなるけど。
「にしても異性装ねえ……じゃあ何、お前、あの根本の女装とかも好きなのかよ」
と、思いついたことを問いかけてみると、橋本はあからさまに顔をしかめた。
「あれはまたちょっと違う話で。アレ、明らかにキツい見た目になるようにメイクされてたじゃないですか。それはさすがに興味の対象外というか。あれならいっそ単に女子制服を着ただけの方がまだマシですよ」
「随分な言い草だな」
「あんな女装を強制したFクラスの谷村さんに言われたくないですよ」
「アレは坂本の発案だ。俺は知らん」
「ちなみに、昨日の吉井さんのメイド姿はグッと来ます」
「訊いてない」
ともかく、これを明かしてくれたのは橋本なりの誠意だろう。マコトちゃんの正体を記事にしない、というのも本当なんだろうな。なんか、さっきまで真面目に考えこんでいたのがバカらしくなってきた。
「分かった。信じることにするよ」
「誰にも言ってない秘密を話したんだから信じてもらわないと困ります! っていうか、別に異性装やコスプレだけじゃなくて普通の風景とかも趣味用のカメラで撮ってるんですからね!」
「お前、コスプレもしてるの?」
「……!」
「……痛っ! 叩くなよ!」
ぽこぽこと俺の体を叩きだした。この分だと、コスプレも見るだけじゃなくて自分でやってるな……。
「そ、そうだ! 前に学校に忍び込んだ時、地下の謎の機械があったじゃないですか! あれの正体がわかりましたよ!」
「なんだ急に! 叩くのをやめてから話せ!」
恥ずかしさからか、橋本はいきなり話題を変えてきた。
「なんで今更そんな話を……っていうか、どうやって突き止めたんだ」
「いや、実はですね。谷村さんが学園長室を壊したじゃないですか。で、どうも地下室があるようだったので隙をついて中に忍び込んだんですよ」
「隙をついた?」
「教頭室の壁が吉井さん達によって爆破された後ですね。あの時は皆教頭室の方にかかりきりだったから学園長室ががら空きだったんです」
ははあ、確かにあの時は学園長自身で教頭室を抑える必要があったから、自然とそっちは手薄になるのか。
「地下に降りていったら例の機械がありまして……だから、例の行き止まりだった階段は学園長室につながってたわけですね。で、その機械のモニターを見て気づいたわけです。あれは、試験召喚システムのメインサーバーだったんですよ!」
橋本は力説するが、俺としてはなんともリアクションに困る話だ。
「……ふうん」
「その反応、やっぱり知ってました?」
「まあな。誰があの学園長室を破壊したと思ってるんだ」
「誇ることじゃないですからね。それにしても、中もだいぶ荒れてましたし、ホントに何やったんです?」
……いつの間にか雑談から取材になってるな。
「それは……まあ。ははは」
「やっぱり言えないんですね」
これに関しては事情が事情だ。詳細に語ろうとすると教頭の件を話さざるを得なくなるから、結局何も言う事が出来ない。
「あ、でもあれなら言えるか」
橋本と忍び込んだあの夜の出来事の中で、一つ大きな存在があった。それについて断片的に語るくらいなら、問題ないだろう。
「なんですか?」
「いや、学園長室と地下の件とは全く別件で噂を聞いたんだけどな? マジで。本当に関係ない話なんだが」
「やけに念押ししますね」
やかましい。
「ほら、女子トイレにお化けが出ただろ。あれ、どうも正体は召喚獣だったらしいんだよ」
「……はい?」
一気に橋本が怪訝な表情になった。
「ええと……」
「いや、待て。言いたいことはわかる。あのお化けはデフォルメされてなかったし、召喚者も謎だって話だろ。けど、多分あれは召喚システムのバグだったんだよ。それにほら、俺は詳しく知らないが、あのシステムってオカルト要素が入ってるんだろ? だからこう、あのお化けは、皆の無意識的な集合意識的な何か的な何かが作り出した召喚者のいないNPCだったってことだと思う」
正直、詳しい仕組みは俺にもわからない。細かいところは多分学園長にしかわからないと思うが。
そんな俺の話を聞いた橋本は。
「……?」
きょとんとした顔で俺を見ていた。
「なんだその反応。黒魔術の本の噂だって胡散臭かったしこれくらいオカルトめいてたって新聞のネタになるかと思ったんだが」
「いや……何言ってるんです? そんなわけないじゃないですか」
悩む素振りすら見せず、橋本はきっぱりと言い切った。
「えっ?」
「だってほら、思い出してくださいよ。さっきも言いましたけど、召喚システムのメインサーバーが地下の機械なんですよ。見たところ、あれが召喚システム全体の動力源になってるみたいなんですよね」
「それはわかるが。それで?」
「その機械、あの晩どうなってました?」
「え? あっ」
そこまで言われて、俺も矛盾に気が付いた。
「電源が、切れてた……」
「そうでしょう?」
あの晩、召喚システムのメインサーバーの電源は消えていた。すなわち、あの夜の間は召喚システムは使えなかったことになる。使えないのなら、そもそもバグなんてものも起こりえないわけで……。
「まあ、面白い話だとは思いますよ。文月学園らしい解釈ではありますし。でもほら、見ます? あの時の写真」
橋本が、取材用のカメラをいじって画面を見せてくる。あの時の写真……逃げながらお化けを撮ろうとした写真だろうか。恐怖もあったが、興味が勝って画面をのぞき込んだ。
「いくらバグとはいえ、召喚フィールドもないのに召喚獣が出てくるっていうのはちょっと無理があるんじゃないかと思いますよ」
画面の中の写真には、ぼんやりと白い影が映りこんでいた。あまりにもぼやけているからそこまで恐怖は感じず、むしろ俺の視線はその背後に向けられていた。橋本の言う通り、召喚フィールドが展開されている様子はない。
となると、あのお化けは一体……召喚獣だと思い込んだのは俺の勘違いだったのか?
いや、地下で出会ったお化けは物理干渉設定がついていたし、バグってはいてもちゃんと点数表示もされていた。だからあれが召喚獣の一種であるというのは間違いないはずだ。
「かといって誰かのいたずらとも思えませんし、見間違いでもない以上やっぱり何かがあそこに……って、谷村さん?」
大体、そうだ。あれが召喚獣でないのなら、召喚フィールドからたたき出したタイミングで消滅したことに説明がつかない。木下さんだってあのお化けを召喚獣だと判断していたわけだし……。
「聞いてます? もしもーし?」
じゃあ、地下に現れたお化けは召喚獣だとして、
瞬間、背筋が凍る。夜の校舎がそびえたっている背中側から、何か底冷えのするような気配を感じたような気がした。
「橋本!」
「うわあ! 急に黙り込んだと思ったらいきなり叫ばないでくださいよ!」
「もう話は終わりだ! ほ、ほら! みんなのところに戻ろう!」
「ちょっ、押さなくても行きますから!」
「ぐずぐずしてると後夜祭が終わっちまうぞ!」
「相変わらず変な人ですね……」
そんな橋本の失礼な言葉を無視しつつ、俺は橋本を押しながら校庭の方へ向かっていった。
結局、俺は最後まで自分の背後を振り向くことはできなかった。
校舎の裏から離れて、校庭の近くまで戻ってくる。随分と話し込んでしまった。時計を見ると、後夜祭も後半に差し掛かっている頃だった。
俺も橋本も互いのクラスメイトの元へ向かおうか、と思ったところで、こちらを見つめる一人の女生徒の姿を見つけた。
誰と話しているわけでもなく、木下さんがそこに立っていた。キャンプファイヤーを楽しむ……にしても微妙な位置だった。
「木下さんじゃないか。どうしたんだ、こんなところで」
近づいて、声をかける。
「谷村君に話が合ったんだけど……お邪魔だったかしら?」
きょろきょろと、俺と橋本を順に見やる木下さん。
「いや、別に。話は終わったし」
「そう。それならいいんだけど」
「じゃあ、僕は後夜祭の様子を撮っておかないといけないので先に戻りますね! それじゃ!」
彼女の用事が俺であることを知って、橋本はキャンプファイヤーの方へカメラを掲げて駆けていく。元気な奴だ。
「それで、木下さん。話って?」
幸い、ここは周囲に人がいない。わざわざ場所を移動することもないだろう。
「本題の前に、先にこれを渡しておくわね」
そう言って木下さんがポケットから取り出したのは……俺の携帯だ。
「あ、俺の! どうして木下さんが……愛子が持ってるはずじゃ」
「谷村君が戻ってくるのを待ってたら、愛子からついでに返しておいてって渡されたの」
「なるほど。助かった! ありがとう!」
木下さんから携帯を受け取りつつ、中身を確認する。うん、色々着信は来てるが壊れてもいない。橋本の件が解決したから急いで携帯を回収する必要はなかったとはいえ、現代における大事な通信機器だ。手元にないと不安で仕方ない。
良かった良かったと安心していると、こちらをじっと見る木下さんと目があった。
「…………」
「な、何?」
「……いや、何でもないわ。本題に入りましょう」
ふるふると首を振る木下さん。どうしたんだろうと気にはなったが、木下さんはそんな俺を無視して『本題』を話し始めた。
「その……地下の事で、まだちゃんとお礼を言ってなかったでしょう。だから、言っておかないとと思ったのよ」
「あれ? そうだっけ?」
「言うタイミングはあったと思うんだけどね……なんとなく、言いそびれちゃって。保健室に谷村君が戻ってこなかったから学園長室に行っても誰もいなかったし」
思い返してみれば確かにそうかもしれない。学園長室にいなかったのは、多分地下で事情を説明していたからだろう。
「まあけど、別に気にしなくていいのに。俺が勝手にやったことだし」
「アタシが気にするの。助けられてお礼も言えないなんて、そんな身勝手なことできないわよ」
そういうもんか。
「そうだ。足のケガは大丈夫なのか?」
「問題ないわ。おかげさまでね。ちょっと痛むけど……無理しなければ明日には痛みも引くらしいわ」
「そっか。それならよかった」
こうやって歩けている時点で重傷でないことはわかっていたけど、その言葉が本人から聞けて安心した。
「そういえば、どうして木下さんはあんなところに?」
「…………あの時、たまたま図書館の前を通った時に、中から物音が聞こえたの。それで気になって中に入ったら司書室で鍵を壊してるのが見えて……それで、先生を呼んで来ようとしたんだけど、後ろからもう一人やってきて……逃げようとしたんだけど、捕まったのよ」
「なるほど、そういう……」
例の事情も知らないはずの木下さんが積極的に地下に潜入する……というのは不自然だったから、どうして木下さんが地下にいたのかは気になっていた。
「不運だったな。……ん? ちなみに、どうして図書館の前を通ったんだ? 決勝を見に行くにしても、あんな人気のない階段を使う必要はないし」
「え!? ああ、ええと……色々あってね、先生にちょっと頼まれごとがあって」
「ふうん。そっちの用事は大丈夫だったのか?」
「だ、大丈夫だったわ! もう全然平気!」
妙にテンパったように手を振る木下さん。どうしたんだろ。色々事情があるのかな。
「人がいない間に文芸部のサブカル本をこっそり買いに行こうとしたなんて言えるわけないじゃない!」
「? 木下さん、何か言ったか?」
「何も!」
ゴホン、と咳ばらいをして話を仕切り直す木下さん。
「と、とにかく! そういう経緯であの二人に地下に連れていかれたのよ。アタシが目当てじゃなかったみたいだけど、目的もわからないし、これからどうなるのかわからないし……とても不安だったわ」
そして、彼女は俺の目を見た。
「だから、あの時。谷村君が来てくれて嬉しかったわ。……それに、ね」
「ん?」
一瞬言葉をためらった彼女が、それでも決意するように言葉を続けた。
「谷村君、お化けとか苦手だって言ってたわよね。体が震えてたから、あながち嘘でもないんでしょうし。……そんな谷村君が勇気を振り絞ってアタシを助けようとしてくれたんだもの。お礼を言わないわけにはいかないわ」
「…………」
彼女の言葉を聞いて、あっけにとられる。みっともないところを見せただけだと思っていたけれど、案外それだけじゃなかったようだ。一瞬ためらったのは、俺の弱点をわざわざ掘り返すことになるかららしい。
「だから……谷村君、本当にありがとう。とても嬉しかったわ」
「……どういたしまして」
まっすぐに感謝を伝えてくる彼女の目を直視するのが恥ずかしくて、視線をそらしながらなんとかそんな言葉だけ返す事ができた。
「けど、たまたま気づけただけだからなあ。その後あのお化けをどうにかするのだって、結局は木下さんのおかげだったし」
「それでも嬉しかったのよ。ところで、谷村君はどうして地下に?」
「ああ、ちょっと用事があって急いで召喚コートの方に行かなくちゃいけなくて、それで人のいない奥の階段を駆け降りたら図書室のドアが開いてるのに気づいて……あ、そうだ」
そこで、大事なことを思い出した。
「木下さん、これ」
「え? ……あ」
ポケットから、水色のヘアピンを取り出して木下さんに差し出す。それを見て木下さんは前髪に手を当てた。どうも、ヘアピンを落としたことに今気づいたらしい。
「図書室の床にこのヘアピンが落ちてたんだ。それで木下さんの身に何かあるかもって思って……で、司書室の床が外れてることに気づいて、地下に向かったんだ」
「……そういうことだったの」
納得した様子で俺からヘアピンを受けとると、木下さんはそのままヘアピンを前髪に着けた。うん、やっぱり似合ってる。
「あまり高いものでもないし、わざわざ拾ってこなくても良かったかもしれないけど」
「ううん、そんなことないわ。これは、無くしたくなかったから」
「そう? それならよかった」
正直、もともと俺が贈ったヘアピンだからしつこく思われるかとも危惧していたが……そうでもないようで、安心した。
「……助けられてばっかりね。何かお返しをしないと。借りを作りっぱなしなんて癪だわ」
「借りって言っても、そもそも木下さんのせいじゃないだろ。駆けつけられたのだって、たまたまだし」
「たまたまでもなんでも、助けられたのは本当よ。一人であのお化けを倒せたかはわからないし……それに、さっき学園長から色々聞いたの。警告処分だって一人で受けたんでしょ。アタシだって一緒に……っていうか、あの扉を壊したのってむしろアタシの力だったのに」
「うーん……」
警告処分は俺がスポンサー達の前で失言さえしなければ受けることもなかったのだから、それこそ木下さんが気に病むことはないんだけど……こう並べ立てられると一概に否定もしづらい。木下さんの気持ちもわからないでもないし。
「とにかく、このまま何もしないなんてアタシが納得できないわ。なんでも言って。アタシにできる事なら力になるわ」
「な、なんでも……」
とっさに木下さんの言葉を繰り返してしまった俺を責めないで欲しい。別にヘンなことを考えたわけじゃない。好きな人からこう言われて、ドギマギしない方がどうかしてる。
けど、まさかここで「じゃあ付き合ってください」なんてことを言えるわけもない。それこそ木下さんの気持ちを侮辱している気がするし、俺は命令して恋人になって欲しいわけじゃない。
しかし、何かお礼をしてもらわないとどうにも場が収まりそうにない。どうしようかと考えたところで、一つのアイデアを思い付いた。
「そうだ。じゃあ、勉強を教えてくれないか?」
「勉強を? そんなことでいいの?」
「ああ。最近、試召戦争や召喚大会を受けて色々思うところがあって……勉強は嫌いだったけど、やらなくちゃなって思い始めてきたんだ」
その理由の一つに木下さんに見合う男になるため、というのもあるが、まあこれは言えるわけもない秘密だ。
「で、ちょっと前から久保に見てもらったり、召喚大会の直前にはその久保や愛子に点数を上げる方法を教わりながら勉強してさ。
苦手だから、と逃げてきた色んな科目たち。もちろん、今でも宿題は嫌いだし何時間も机にかじりついて勉強できるかと言えばそうではないけれど、苦手な科目でも必死にしがみついてどうにか点を取る楽しさや、まったくピンとも来なかった英語や世界事情がちょっとだけ分かるようになる面白さをほんの少しだけ味わうことができた。
この気持ちは、面倒くさいからという理由で一蹴していいものではないような気がするのだ。
「って言っても、全教科を得意科目にするとか、そういうレベルの話じゃないけどな。木下さんからしたらすごく低レベルだから余計に苦労をかけるだろうし、何回か勉強を教わるくらいならお礼としてちょうどいいかもなって」
そんな俺の気持ちを聞いた木下さんは、何かを考えこむように……そして何かを疑うように俺を見つめていた。
「…………」
「き、木下さん? やっぱり図々しかったか? 俺、Fクラスだし」
「……いや、そうじゃないんだけど」
違うのか。 じゃあ一体何だろう。
「変な事を聞くけど……谷村君、愛子と付き合ってるの?」
!?
「な、なんでそんな事言い出すんだよ!」
「だって、谷村君の携帯電話を愛子が持ってたし、愛子の事は名前で呼んでるし……」
「俺は誰とも付き合ってない! 携帯は色々あってたまたま愛子の手元にあっただけだし、名前は運営委員のつながりで知り合った時にそう呼べって言われたんだよ。ほら、愛子って堅苦しいのとか嫌いなタイプだろ」
「そうだけど……」
と、木下さんはどこか納得のいかない様子。名前の件はともかく、携帯の件は確かに気になるだろう。けれど、『マコトちゃん』の事を話せないからこれ以上言えることはない。
「でも、谷村君が名前で呼んでる女の子、愛子だけじゃない?」
「……言われてみればそうだけど……愛子の弟がFクラスにいて俺の友達なんだよ。どっちも名字で呼んだら複雑になるだろ。最初に愛子と会ったとき、工藤のお姉さんなんて回りくどい呼び方したし。だから、名前で呼ぶように言われただけだ」
「…………」
そして更に、考え込むような……いや、これは何か俺に不満があるような目だ。一体木下さんはどうしたって言うんだ。
「……じゃあ、アタシの事も名前で呼んでもいいんじゃないかしら?」
「え?」
とか思ってたらいきなりそんなことを言い出した。
「それは……」
「だって、谷村君って秀吉と仲良いんでしょう? 同じ『木下』だとややこしいんじゃないかしら」
「いや、秀吉の方を名前で呼んでるから区別はついてるけど。愛子の弟の方は『工藤』って呼んでるわけだし」
それに、ほら。他の女子……島田さんや姫路さん達ならともかくとして、好きな女の子である木下さんのことを名前で呼ぶのは、なんというか、恥ずかしいというか。名前を呼ぶたびに恋人みたいな距離感を錯覚して必要以上にドキドキしてしまいそうな気が――
「呼びなさい」
「へ?」
妙なことを考えていると、木下さんの妙に強い声が聞こえた。
「アタシの事を名前で呼びなさい」
どうもいつもと雰囲気が違う気がする。ちょっと、いつもより気が強めというか、むしろ横暴さすら感じるような……
「いや、えっと、木下さん?」
「名前」
「……優子さん」
「呼び捨てでいいわ。秀吉にさん付けなんてしないでしょ」
「……じゃあ、優子」
「うん! それでいいわ!」
なぜだろう。なぜか木下さん……いや、優子の背後に恐ろしいものが見えた気がした。すぐ近くにお化けがいるんだろうか。
けれど、優子はどこか満足した様子で微笑んでいる。よくわからないけれど……彼女が良いならそれで良いんだろう。
「えっと……それで結局、お礼の話だけど」
「アタシが谷村君に勉強を教える、ね。それくらいお安い御用よ」
にこりと微笑む優子。話がまとまったのは良いとして、そんな彼女の返事を聞いてふと思った。
「俺の事も名前で呼んでくれればいいのに」
「えっ?」
「…………あ」
まずい。無意識に口からこぼれていた。
「いや、今のは、違くて!」
なんて図々しい頼みだ! 名前呼びに浮かれて距離感を勘違いしてるみたいじゃないか! 優子は12歳以下の美少年が好きだというのに!
「今のは、なんていうか、ラジオの混線みたいなもので!」
「何言ってるかわからないけど……それもお礼になるのかしら?」
「え! いや、別にそんなことを木下さ……優子に強制したいわけじゃ……」
と、なんとか必死に言い訳をならべるが、彼女はじっと俺を見つめていた。優子が何を考えているかはわからないが、まるで崖際に追い詰められているような気になってきた。
そして結局、俺は本音を口にした。
「…………名前で、呼んでもらえたら、嬉しいです……」
肩を縮こまらせて返事を待つ。一体どんな反応が返ってくるかとびくびくしていると、ゆっくりと彼女は口を開いた。
「……そう。分かったわ、誠二……君」
「…………へっ?」
「な、何よ。変な顔して」
「いや、えっと……良いの?」
そう尋ねると、彼女はそっぽを向いてしまった。おかげで、どんな表情をしているのか伺うことができない。
「良いも何も、名前で呼ぶくらいどうってことないもの。それでお礼になるならそうしたほうがいいじゃない。別に名前で呼ぶだけ、そう、呼ぶだけだもの。特別な意味があるわけじゃないわ」
随分早口で言い切ると、やれやれとでも言いたげに肩をすくめた。
なんだ。色々意識してるのは俺だけだったのか。ならやっぱり、優子が名前で呼んでくれって言ったのも深い意味があるわけじゃなさそうだ。残念。
ま、優子にそういう意味で相手にされてないことくらい分かり切ってたことだ。俺は12歳以下でもなければ(あまり認めたくないが)美少年ともいえないし、彼女の側に立つにふさわしい頭脳があるわけでもない。
だから、こうして親しく話せてるだけで今は十分だと思うべきなのかもしれない。
「それじゃ……そろそろみんなのところに行くか。うかうかしてると後夜祭が終わっちゃうし」
校庭に目を向ければ、軽快なBGMに合わせてフォークダンスを踊っている男女が目に入る。カップルだけでなく、友達同士のグループで踊っているやつらもいるみたいだけど。
おっ、結局相手を見つけられなかったらしいFクラスの連中が泣きながら騎馬を組んで盛り上がっているぞ。どういう流れでそうなったかは知らないが、おかげで楽しい思い出にはなるんじゃないだろうか。
「優子。俺を待ってたならあんまり楽しめてないんじゃないか?」
「あー、まあそうね。でも、どのみちこの足じゃあんなふうに踊れないもの」
左足に視線を落とす優子。自力で歩けるとはいえ、本調子というわけでもない。フォークダンスに混ざるのはやめておいた方がいいだろう。
優子とフォークダンスでも踊れたらいいな、とは心の片隅で思っていたけど、流石にそれは叶いそうにない。まあけれど、足の怪我がなくても「一緒にフォークダンスを踊らないか」なんてことが優子に言えたはずもない。だって、それって実質告白も同然だし。
「大人しく、遠くから皆を眺めてることにするわ。召喚大会のステージが残ってて、ちょうど座れそうだしね」
だから、せめて少しだけ勇気を出そう。
「それ、俺も一緒に見ててもいいか?」
「え?」
「昨日も今日も運営委員の仕事があったし、それに地下の件とか他にもいろいろあって疲れたんだ。今更あそこに混ざる元気もない」
そう言いながら校庭を指さすと、Fクラスの連中の間で騎馬戦が始まっていた。先生たちが声をかけてやめさせようとしているが、鉄人が吉井達をしばくために不在の今、奴らの勢いは収まりそうにない。
その様子を見て、優子は呆れたように笑ってから、俺の方を見て微笑んだ。
「なら、二人で休んでいましょうか。誠二君」
後夜祭の喧噪の外、その言葉に俺はうなずく。
遠い炎に照らされた彼女の微笑みが、清涼祭の一番の思い出だった。
これにて二章完結です!
書き溜めが尽きたのでしばらく更新は止まります。また更新再開したときは、よろしくお願いします。