説明不要の最強生物。あらゆる種族の頂点に君臨し、生態系の王の名を欲しいままにし、これを討てた者は未来永劫その名を後世に残すことが叶うとされる。
その巨躯から繰り出される一撃で敵を粉砕し、口から吐かれる熱線は凄腕の魔術師の魔法障壁をも溶かすと言われ、全身を覆う鱗は鉄壁の如し。しかも自由に空を飛ぶというのだから手のつけようがない。
尤もドラゴンと一口に言っても様々な種が存在し、中には温厚なものや中〜上級の探索者でも倒すことが出来る種もいるそうだが、一般的なイメージは獰猛で森羅万象を破壊する超凶悪モンスターと言ったところ。唯一の救いは数が少ないというところだが、奴らの身体は全身が一級の魔法資源のようなものである為、一攫千金を夢見る者が後を絶たない。
とはいえ低級のそれでも竜は竜。伝承などに出てくるだけあってその戦闘力は折り紙つき。並の探索者ではあっという間に餌になるのがオチだろう。
つまり何が言いたいかというと。
間違っても低級探索者が手を出すような相手ではないってことだ。
探索者御用達の宿の一室で、俺は先日の己の所業を悔いていた。
低級探索者用の古くて狭い部屋なので、値段は安くて良いものの動く度に床がギシギシと鳴る。部屋の隅には埃が溜まっており、年季と宿の主のテキトーっぷりが伺える。
「ヤベェ・・・ヤベェよ、おい・・・どうしよ・・・・・・?」
またやってしまった。
自分の悪癖がまた炸裂して、厄介ごとに巻き込まれることになるとは。酒なんか・・・・・・いや、飲んでなくても同じ結果になっていたかもな。
とにかくいくら頭を抱えてベッドで転げ回っても、過去のことは無かったことにはならない。
オマケに同意書にまで直筆サインをしてしまっては、今更「やっぱなしで☆」と断ることも不可能。もう思い切り叫びたい。
転げ回っているうちにベッドから落ちてぐえっ、と情けない声が出た。
部屋に備え付けられている姿見に残念な姿勢の自分が映る。
人間種では然程珍しくもない黒髪黒瞳。
親の顔より見たパッとしない顔がそこにあった。まぁ今は自分の顔などどうでもいい。
奇妙な体勢のまま、どうすればいいと唸りながら悩むも時間は進むばかり。
気付けば日を跨いでいた。朝日がいやに目に沁みて眩しい。
「もう朝か・・・・・・」
行くしかあるまい。ちっとも気は進まないけれど。
自分のケツは自分で拭くのも、探索者の掟だ。
「行くかぁ」
異界探索者の本拠地となっている探索者組合は、宿から目と鼻の先の距離にある。
愛用の片手直剣と軽装鎧を含む装備一式を身に付け、指定された組合前の広場へ。
この装備を購入する時にも何故かイキってしまった。
武器屋で偶然見つけた剣。本当ならもっと上の階級の探索者が身につけるような代物だが、店主に持ち上げられて見栄を張り、そのまま購入。お陰で防具は革の胸当てくらいしか買えなかった。煽てられてもイキるとかホントいい加減にしろよ俺。
まぁ今となっては気に入っているので、結果オーライと考えよう。武器は大事だからな。
広場には異界探索の準備を整えた探索者でごった返していた。組合本部の建物は相応に大きいが、混雑する朝などはこうして外の広場で仲間を待つ事もあるらしい。俺はチームを組んだことないのでそこのところは詳しくないが。
周囲を見渡すも、あの憎き妖精少女はまだ来ていないらしい。
代わりに集合場所である噴水前には、同僚と思われる者が二名先に着いていた。
一人は
種族の特徴である細長い耳。
腰まで伸びた金色の布のような髪は毛先で碧のグラデーションを描いている。
右目は毛先の色と同じ碧だが、左目は海のような深い蒼。
手には背丈ほどもある杖。魔導師か。
もう一人は
身長は三人の中で一番低いが、体の厚みは凄まじく、日に焼けた腕は丸太のように太い。
顔にはいくつもの傷と、茶色く長い髭。
全身を鎧で覆っており、兜には空を向く大きな牛のような角が。
背中には大楯と大斧を背負っている。
土鍛種の男がこちらに気づいたのか、手を振ってきた。
どこかで会った覚えはない。厳つい容貌に反してフレンドリーなようだった。
「
「まぁな。見たところアンタとそっちの美人さんもだろ?」
「まぁの」
「・・・・・・」
女性からの返事は無かった。思わず苦笑して土鍛種の男と目を合わせるが肩をすくめるだけだった。
探索者という人種にはその仕事柄故か明るく奔放な者が多いが、当然例外もいる。
特に森霊種は排他的というか、自らが認めた者としか行動を共にしないという。そのため他の種族からは潔癖症と揶揄されることもあるそう。
少し気まずくなった空気を誤魔化すためか、土鍛種の男がゴホンゴホンとわざとらしく咳き込む。
「とりあえず、これから同じ依頼をこなすわけじゃし互いの自己紹介くらいしておかんか?」
どうじゃ、と同意を促される。問題は無いため頷き、寡黙そうな森霊種も小さく首を傾けた。
「ならまずは言い出しっぺからじゃな。ドドン・ゴドルゴじゃ。見ての通り土鍛種の戦士。探索者歴は十五年ちょっとってところか。階級は《
探索者にはそれまでに獲得し持ち帰った魔法資源の量や質、探索したエリア等によって7つの階級に分類される。これはチームを組んでいる場合も同様であり、チームの階級はメンバーそれぞれの階級の数値の平均値で決まる。
異界に来て組合に登録したばかりの探索者は《
最上位の探索者には《
第二線級で探索者歴十年以上のベテランとは頼もしい。
ドドンの視線がこっちを向いた。次は自分の番らしい。
「あー、アロ・クリスト。人間種だ。探索者歴は二ヶ月で階級は《第五線級》。よろしく頼む」
我ながら特にこれと言って面白みもない自己紹介。人間性というやつは案外こういった場面で出るものらしい。初対面の相手に俺の悪癖が炸裂するよりは百倍マシだが。
最後に残ったのは森霊種の女性。
黙秘を続けるかと思っていたが、意外にも口を開いた。
「ルフェイリア・ソルシエール。魔術師だ。よろしく頼む」
鈴の音のような凛とした声が耳に届く。
先程の様子からてっきり名前も知らないまま依頼開始かと思っていたので、少し安堵する。名前も分からないままでは何と呼んでいいか判断に困る。
ルフェイリアは言うべきことは終えたというように、目を閉じ瞑想をし始めた。
魔術師ではない自分には判断がつかないが、必要な行為なのかもしれない。暫く放っておいた方がよさそうだ。
再び訪れる沈黙。
何か話すべきやもしれないが、残念ながらチームでの探索経験がない身では適切な会話内容が思いつかない。
土鍛種の男改めドドンも彼女との距離感が掴みにくいせいか先程から顎髭を弄ってばかりだ。
これはもう秘蔵の一発芸をお披露目するしかないかと思われたその時。
「いや〜お待たせしました。すいません皆さま、少々道に迷ってしまったもので〜」
全ての元凶が到着した。すいませんとか口にしている割に申し訳なさが微塵も感じられない。確信犯だ。
先日と同じ装いのフード妖精は悪びれなさを感じさせないまま場を仕切り始めた。
「今回は私の依頼を引き受けていただきありがとうございます〜。依頼主のチャッピーといいます。早速依頼内容の説明をさせていただきますね〜」
「確か竜の巣まで行ってお宝をかっぱらってくるんだったか」
「そうなんですよー。百年くらい前に取られちゃいまして。だからおにーさん達にはそれを取り返してきて欲しいんです」
「おにーさん言うな。なんかアンタに言われると腹立つ」
具体的には先日の酒場での己の愚行を思い出してしまって。悔やんでも悔やみきれない。
ドドンがうーむと悩ましげな声を出す。
「竜の巣か。噂ではいくつかあるにはあるらしいが、どんな竜のどこの巣か分かっておるんかの?」
「だいじょうぶですよー。ここに地図が・・・・・・」
「報酬は」
唐突にルフェイリアが口を挟む。
報酬内容は探索者依頼の暗黙の了解として最後に語られるものだが、余程気になるらしい。
「あいにくだが、あまり金銭には興味がない。それ以外の物を報酬にいただきたいのだが」
「報酬ですか。そーですねー」
どーしましょーかねー、と妖精は指を細い顎に当て考えだした。
おいおい、考えてなかったのかよ。やっぱりこんなクソ依頼、安請負するんじゃなかったか。
「おねーさんは何か欲しいものがあるんですか?」
「知識だ。この異界に関する、未だ知られていない知識を私は望む」
金ではなく知識を求めるとは、珍しいというか何というか、随分と変わっている。探索者の多くは金か名誉目当てで異界に来たのが大半だが、目の前の魔術師はこの異界そのものが気になるらしい。
同じ探索者としては見習うべき姿勢かもしれない。自分は人に話すのも恥ずかしい理由で来た分なおさら。
「ただ、私は自分の目と脚で未知を既知のものとしたい。よって知識の一部、ヒントのようなもので構わない」
「なるほどー。でしたら、そうですねー」
悪戯を思いついた子供のように、依頼主の口端が弧を描く。
「
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