笑ってはいけないウマ娘 有馬記念前夜祭 作:いつか帰るところ
笑ってはいけない 高松宮記念番外
エルコンドルパサーというウマ娘
エルコンドルパサーというウマ娘を評価する色々な言葉はあるが、オールマイティウマ娘という言葉が一番しっくりとするだろう。
芝、ダート、洋芝、アメリカンダート、その全てのコースにおいてウマ娘エルコンドルパサーは結果を残してきた。
距離に関しても同様である、マイル、中距離、長距離、ウマ娘エルコンドルパサーは上位人気に押し上げられ、それに答えてきた。
アメリカ生まれの彼女は日本の、世界のコースを駆け抜ける。
評価はどうだ?
ウマ娘トレーナーを始め、マスコミ関係者、トレセン学園関係者、URA関係者、そしてファン、彼女に低評価を与える者は皆無ではないか?
彼女は性格も明るく、強く、前向きで、ひたむきで、彼女の周囲には笑顔とポジティブな雰囲気で溢れている。
勿論、彼女も勝者はたった1人のレースに生きるウマ娘、レースコースでトレーニングコースで涙することもあっただろう。しかしそれを彼女が表に出そうとしない限り、我々はエルコンドルパサーの見せてくれる言動、表情だけで判断するべきだろう。
そんな日本を代表するウマ娘の1人と言えるエルコンドルパサーがあるウマ娘番組に出演した。
いつも出演しているレース当時の解説や今後開催されるレース説明とは明らかに異なる異色な番組
笑ってはいけない有馬記念
なんだこれは?
反応は多岐に渡った。
楽しむ者、眉をしかめる者、急いで録画する者、チャンネルを変える者、評価する者しない者。
泣き喚くエルコンドルパサー、お尻をプラスチックバットで叩かれて跳ね飛ぶエルコンドルパサー、仲間のウマ娘達と笑わせ合い、マイクロビキサンタ姿で床にのたうつエルコンドルパサー、ウェディングドレス姿にドキリとさせられた次の瞬間には缶缶を引きずり鼻水を垂らすエルコンドルパサー、仲間と楽しそうに馬鹿笑いするエルコンドルパサー。
今まで見た事の無いエルコンドルパサーのオンパレードだったのは間違いが無いだろう。
その評価は各々だろう。
では、この病室の一室で入院と退院を繰り返すウマ娘の少女はどうだ?
少女の名前はヴァーミリアン
ヴァーミリアンは先天的な病気で入退院を繰り返す人生を送らされていた。
明るい性格だった彼女は、大好きなコースを走ることもままならない日々にも心を腐らせる事なく生きてきた。
大好きなウマ娘はエルコンドルパサー
と言うかエルコンドルパサー以外考えられない。
ヴァーミリアンはエルコンドルパサーのレースを見るのが大好きだった、エルコンドルパサーの迫力のある走りを見れば勝っても負けても元気を貰えた。
勿論勝って欲しいが。
ゴール前のエルコンドルパサー直線一気の追い抜きなんか声まで出てしまう。
緑の逃げウマ娘は嫌いだ、なかなか追い付かせてくれないから、マイルだけ走ってればいいのにとヴァーミリアンは常々思う。
あの緑は絶対に嫌な奴に決まっている。
スペちゃんはまぁいい。
そんなヴァーミリアンは入院中のベットの中で布団を被り、ポータブルテレビにイヤフォンを着けて笑ってはいけない有馬記念を見ていた。
雑誌の広告で知って以来ヴァーミリアンは楽しみで楽しみで仕方なくなり、この日を待ちに待っていた。「地獄出現」とか「尻破壊」などの煽り文句は気にしない事にした。
エルコンドルパサーを何時間も楽しめるのだから些細なことだ。
それに今のヴァーミリアンは入院中のベットの中、こっそり隠れてテレビを見ているのだ、笑い声なんか上げたら直ぐにバレてしまう。
この笑ってはいけないなんてタイトル、まるで私と一緒ではないか、とヴァーミリアンはワクワクしてしまう。
そして笑ってはいけないが始まりエルコンドルパサーや仲間達がワイワイと騒ぎ始める。
最初ヴァーミリアンは素敵で格好いいエルコンドルパサーが泣き喚く姿に戸惑っていた、が、いつしかクフクフと笑いを堪えるのに必死になる。
エルコンドルパサーがマイクロビキサンタ姿になったり、ウェディングドレス姿で缶を引く姿になって号泣する姿を見ても笑いを堪えるのに必死だった。
外から見ればヴァーミリアンの潜り込んだ布団はさぞかしプルプルと蠢いて、クフクフという押し殺した少女の声が漏れ聞こえてきただろう。
ヴァーミリアンがプハッと布団から顔を出したのは、笑ってはいけないグランドフィナーレが終わりスタッフクレジットも全て見終わってからだった。
やっぱりエルコンドルパサーは最高だ!ヴァーミリアンは笑い涙を拭きながら思った。
緑の奴はやっぱり腹黒く嫌な奴だった。
まぁエルコンドルパサーとは仲良くしている様だったので少しは評価点を上げておくことにしてあげよう、ヴァーミリアンは考えながら病室の天井を見上げる。
そんなヴァーミリアンの視界の端に深紅に緑と青の縁取模様のロングコートが目に入る。
それは病室の壁に掛けられていた。
小さなヴァーミリアンのロングコート
父と母がエルコンドルパサーに夢中のヴァーミリアンの為に既製品のロングコートに装飾を加えてエルコンドルパサーコートにしてくれたのだ。
その背中にはエルコンドルパサー直筆のサインが書かれている。
ヴァーミリアンは幸せそうに深紅のロングコートを眺めて、当時に想いを馳せる。
中山競馬場
退院期間中のヴァーミリアンは父に連れていって貰いエルコンドルパサーの出場するレース観戦に来ていた。
勿論ヴァーミリアンの小さな体はエルコンドルパサー仕様のロングコートに包まれており、顔にはマスクを巻いている。
誰がどう見てもエルコンドルパサーファンだ。
コース最前列を確保する為、ヴァーミリアンは泣く泣くパドックを諦めた。
構わない、競馬場の大画面でエルコンドルパサーのレース前の勇姿は確認できている、仕上がりはバッチリだ!ヴァーミリアンの鼻息は荒い。
そして発走ファンファーレが鳴り響き、競馬場全体が拍手と歓声、口笛、足踏みを一体とする地響きに包まれ、ヴァーミリアンの小さな胸を昂らせる。
ブルッと身震いするヴァーミリアン、あたしも周りの人達もよくぞ競馬好きに生まれてきてくれた!みんなに抱き付いて感謝したい気持ちでいっぱいになる。
スタート!
ヴァーミリアンの視線は深紅のロングコート一点に集中する。エルコンドルパサー!エルコンドルパサー!
ドドドと地響きを立ててウマ娘達が、エルコンドルパサーが観客席前の直線コースを駆け抜けてコーナーへと向かっていく。
うわーうわぁーうわー、ヴァーミリアンは興奮で満足に声も出せず心で叫び、小さな拳をギュゥッと強く握り締める。
あっという間にエルコンドルパサーの姿は見えなくなる。
エルコンドルパサーが他のウマ娘達と共にコーナーを綺麗に回っていく映像を画面で見つつヴァーミリアンは自分が息を止め続けているのに気が付きスウと息を吸った。
『向こう正面を進みます、一息入れるタイミングです』
アナウンスとタイミングが合ってヴァーミリアンは少し面白くなった。
やがてレースは最終コーナーへと向かう、エルコンドルパサーは3番手に位置する、大外寄りだがエルコンドルパサーは絶好のポジションに位置している。
エルコンドルパサー、エルコンドルパサー!「エルコンドルパサー!!」ヴァーミリアンはいつしか声に出して応援を始めていた。
「エルコンドルパサー!エルコンドルパサー!」
周りのファンも深紅のエルコンドルコートにマスク姿の小さなヴァーミリアンに気付いていたのだろう、この時ばかりは自分の推しウマ娘の名を叫ばず、エルコンドルパサーの名前を連呼し応援してくれた。
寒空の競馬場に、ほんの1ヶ所だけ暖かな空間が生まれていた。
元来、バクチ打ちは子供には優しいのだ。
エルコンドルパサーはヴァーミリアンの前を駆けていく、グングンスピードを上げて駆けていく、エルコンドルパサー!エルコンドルパサー!
「エルコンドルパサー!」
ヴァーミリアンの声援と共にエルコンドルパサーは先頭でゴール板を駆け抜けていく。
ドッとヴァーミリアンの周りの、競馬場全体が歓声に包まれていきエルコンドルパサーへの称賛と届かなかったウマ娘達への声援が飛び交う。
エルコンドルパサーは片腕を高々と挙げて勝利を誇り、ゆっくりとウィニングランをしながら観客席に手を振る。
ヴァーミリアンはエルコンドルパサーの姿を、レースを駆ける姿を直接見れて、更には勝利する姿も見れて満足、満足、大満足だった。
これからも頑張っていける、ヴァーミリアンは思った。
その時、ヴァーミリアンが思い出す度に今でも幸せな気持ちでいっぱいになる奇跡が起きた。
「おーいっ!エルコンドルっ!」「エル!こっちだ!こっちだって!」「エルコンドルパサー!おーい!」「こっち、こっちだよぉっ!」「お前のちっこいファンがいるんだよっ!こっちだって!エルコンドルパサー!」
ヴァーミリアンの周りの大人達が、ファン達が一斉に叫び手を振り出し、ヴァーミリアンの方をコッチコッチと指差し始めたのだ。
ヴァーミリアンは訳が分からなくなりキョロキョロと回りを見るしかなかった。
騒がしい一団にエルコンドルパサーがフト目を向けるとなにやら皆が必死に自分に対してコッチコッチと手招きしたり、指を差したりしているのだ。
不信に思ったエルコンドルパサーが目を凝らすとなんとなく状況が分かった。
皆の中心となっているのは深紅のロングコートにマスクを着けた小さな自分
フフン、エルコンドルパサーの片眉が上がり口許が緩む
エルコンドルパサーがウィニングラン中にヴァーミリアンへと向かってきて、手を枠に掛けてヒラリと飛び越え、アワアワしているヴァーミリアンに近付く。
「ヘイ!チビコンドル!」
目を大きく見開いて何も言えないヴァーミリアンにエルコンドルパサーは声を掛ける。
「チビコンドルは誰のファンなのですカ?サインを貰ってきてあげまショウか?」
エルコンドルパサーのイタズラっぽい表情に、誰のファンなのかの問い掛け、混乱していてもヴァーミリアンの答えは決まっている。
「エルコンドルパサーっ!」
「フンフン、いいセンスです」
エルコンドルパサーはヴァーミリアンの着ている深紅のコートを掴むと周りの観客に声を掛ける
「ヘイ!誰かサインペンを!赤ペンではなく、この子のコートにサインするペンを貸して下サァイ!」
誰かが投げ渡すペンをエルコンドルパサーはしっかりと掴みヴァーミリアンのコートにサインを書き始める。
この時ヴァーミリアンはエルコンドルパサーの額に汗がビッシリと浮かんでいたのを見て胸がキュッと締め付けられた。
何も言えないヴァーミリアンに代わり父親がどれ程ヴァーミリアンがエルコンドルパサーの事を大好きなのかを話してくれていた。
ヴァーミリアンが入退院を繰り返していること、それでも頑張って走っていること、エルコンドルパサーに勇気付けられていることを。
少し真面目な顔付きになったエルコンドルパサーは父親からヴァーミリアンの名と通う病院名を聞いてからヴァーミリアンの頭を優しく撫でた。
「ヘイ、チビコンドル!ヴァーミリアン!エルは頑張りマス、ヴァーミリアンも頑張りマショウ」
エルコンドルパサーの言葉にヴァーミリアンはコクコクと何度も力強く頷き、その様子をエルコンドルパサーは満足げに見てからニッと笑い、再びターフへと戻って行った。
「良かったな嬢ちゃん、頑張んな!」
「良かったなぁ、うんうん」
「エル、いい奴じゃねぇか」
「頑張れよぉ!」
周りの観客達が自分の事のように嬉しそうにヴァーミリアンに掛ける声に包まれ、ヴァーミリアンは幸せそうに深紅のエルコンドルコートを我が身ごと抱き締めた。
その日はヴァーミリアンの体調を考慮してウィニングステージには行けなかったがヴァーミリアンは幸せいっぱいだった。
奇跡はそれで終わらなかった。
多忙なエルコンドルパサーが入院中ヴァーミリアンのお見舞いに来てくれたのだ。
もうヴァーミリアンは興奮の極みで、短い時間だったが天国にいるようだった。天国に行ってはいけないのだが。
それも何度もエルコンドルパサーは来てくれるのだ、もうヴァーミリアンはエルコンドルパサー以外のウマ娘が見えなくなった。
ヴァーミリアンが書いたファンレターにもちゃんと返事も書いてくれるエルコンドルパサー、エルコンドルパサー!
退院期間中のヴァーミリアンは無理の無い範囲でトレーニングにも力を入れていた、勿論走っている時はエルコンドルパサーになっている。
いつしかヴァーミリアンのロングコートは背丈に合わず着れなくはなっていたがヴァーミリアンの一番の宝物で肌身離すことは無い。
さて、小さなヴァーミリアンをファンに持つエルコンドルパサーというウマ娘の評価、あなたはどう考える?
あ、伏線なんで気にしないで読み飛ばして下さい