いつもと変わらずに台所で立って、料理をしていると玄関の開く音がする。
腕時計を見るが、いつもの食事の時間にはまだ早い。
誰だろうかと思いながら火を止める。
「あれ~? 提督いないのー?」
「北上さんが読んでいるのにすぐに出てこないなんて……。北上さん少し離れてください。今から酸素魚雷を打ち込みますので」
「ちょっと待って!」
聞き覚えのある声にエプロン姿を外すこともやめ、慌てて玄関先へと出向く。
玄関先には、大井の言葉を無視して中へと入ってきている北上に、腕を組んで待ち出てきた睨みつけてくる大井の姿があった。
「おっ、提督。久しぶり~」
「出てくるまでに時間かかりすぎじゃないですか提督。だらけているようなので一発魚雷いっておきますか?」
やけに攻撃的な大井と、いつにも増して自由な北上。
事前に二人が帰ってくるのは知らされていたが、自分の頭の中は軽いパニック状態に陥っていた。
何故なら――
「ちょっと待って。お前らが帰って来るのって来週のはずだったよな?」
「あれ、そうだったけ?」
「はい。向こうの提督さんは私たちを早く厄介払いしたかったみたいですけど、提督がどうしても来週にしてくれと懇願したみたいなので間違いないですね」
脚色がありながらも的確に説明をしてくれる。
「へー、提督も私たちのこと厄介者だって思ってたんだ。こりゃさすがの北上さんでも泣いちゃいますな~」
ちゃぶ台に突っ伏しながら、そういう北上の声には感情が乗っておらず完全に棒読み状態だった。
「違う違う、書類上の関係で来週にせざるを得なかったんだよ!」
しかし大井は北上の言葉を真に受け、無言で太ももにつけている魚雷を向けてくる。
ジェスチャーで抑えるように願って、ちゃぶ台の前に座る。
「そもそもの話、お前がサボらなきゃ向こうでも上手くやれてただろうに」
「あっ、さすがの北上さんでも今のは怒りますよ」
細目の目を開け、黒い目でしっかりと捉えてくる北上の目。
それはまるで、お前のせいだぞと訴えかけてきているようだった。
真剣に思い返すが、まるで記憶にない。
「……すまん思い出せん」
やばいだろうなと思いながら、謝罪する。
「へー、そうなんですか。へー」
意味ありげな言葉を発しながら、北上はおもむろに立ち上がり突き刺さるような目を向けてくる。
「北上さん一発いっときますか」
「うん、いいんじゃない」
「ちょっと待って、いつの話、いつの話だ!」
身の危険をひしひしと感じながら、必死に思い出す。
それでも思い出せない時の保険のため、追加の情報を聞き出そうとする。
北上と大井は目を合わせて、話すべきか議論しているようだ。
「まぁいいか。それじゃ最後のチャンスね提督」
固唾を飲んで、北上の言葉を待つ。
「五月雨の墓の前」
「もしかしてあの時の、俺と同じぐらいに頑張るっていう話か!」
何故か五月雨の墓の前の話だと分かった瞬間、すぐに思い出すことが出来た。
「ふーん一応は覚えてたんだ」
どうやら当たっていたようで、一先ず危機は去ったと一安心する。
「それで弁明の程はありますか提督?」
しかしまだ危機は去っていないようで、大井はまだ魚雷を構えていた。
何がそんな大井の逆鱗に触れるようなことが。
「そんなことも考えずに!」
「大井っち、これに関しちゃ提督だけを責められないよ」
「ですけど!」
「大体私も悪いことだしさ」
「北上さんがそこまで言うなら……」
大井は構えていた魚雷を降ろし、北上に誘われちゃぶ台の前へと腰を下ろす。
大井がここまで怒るのははっきり言って異常だ。それが北上のことに関連していたとしても。
向こうの鎮守府で、致命的な何かが起こったと考えると、一つ大事なことを思いだす。
北上は向こうでサボっていた。もっと具体的に言えば出撃や演習を拒んでいた。
もしかして――
「お前……解体処分を警告されたのか」
「そうだよ」
当たっていた。
手が震える。まるで五月雨を失った、あの時のように。
少し考えてみればとても当然のこと。
何もしない艦娘は親がいない孤児と一緒。それをいつまでも抱える道理は鎮守府にはない。
「本当にすまなかった! お前がそうなっているとは露知らずのうのうと暮らしていて本当にすまなかった!」
北上と大井に手と頭を地面にこすりつけ謝罪する。
「それで許されると思っているんですか!」
襟元を引っ張られ、大井の顔をまのあたりにする。
瞳孔を開きながら、震えている手。
どれだけ不安な思いをしていたのか想像するには難しく、何といえばいいのか言葉が出てこない。
「…………」
「何か言いなさいよ!」
「ちょっと落ち着いて大井っち」
北上が大井の手を取り、間に入ってくる。
大井は言いたいことあるように見えるが、北上が相手ということもあり押し黙る。
「帰って来たってことは、もう戻るつもりがないって意味でいいんだよね」
「あぁ、もう戻る気はない」
「それじゃ私たちのために早くご飯作ってよ提督」
ニコッと喜ぶような笑いを見せてくる。
「ほら大井っち、手離して」
「まだ納得はしてないですけど、ここは北上さんの顔を立てて下がりますけど、次はないですからね提督」
「分かっている」
大井はそう言って手を離してくれる。
大井と北上の言葉を深く心に刻み込んで、台所へと帰る。
「提督~、五月雨帰還しましたってえぇー! だ、誰ですか」
「おっ、噂の五月雨ちゃんじゃん」
「本当にそっくりなんですね」
「え、え?」
「おかえり、五月雨。こちら来週帰ってくる予定だった北上に大井な」
「え、え?」
「それよりほら、ご飯冷めるから食べな」
「ただいまー。って北上に大井じゃん。久しぶりー」
「んー久しぶりー」
「明石さんこれからまたお世話になります」
「いえいえこちらこそ」
「あれ? 北上、大井、私が作った艤装は何処へ?」
「あー、あれなら向こうの鎮守府に譲りましたよ」
「な、何で! というかその魚雷も私の奴じゃないし!」
「まぁまぁ、こっちにも色々と事情があったんだよ」
「だからってもー! 提督今すぐ向こうの鎮守府と連絡して私の自慢を取り返してきてください!」
「いやー、多分無理」
「何で!」
かくかくしかじか(説明中)――
「ということで私たちが解体されない代わりに明石さんが作った艤装が向こうに渡ったということです」
「そんなー、うー。提督~ご飯がしょっぱいです~」
「そうですか? いつも通りだと思いますけど」
「ということで明石さん、またお世話になります」
「うー、分かったよ~……」