頭文字D プリティーステージ   作:サラダ味

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第百五話 3つ巴

『始まったねートレノちゃん。さてどうしようか?』

 

始まって少しして渋川さんから無線が入る。緊張感のかけらもない感じの声色で話してくるからなんだか調子が狂う。

 

「そんなにのんきしてて大丈夫なんですか?後ろは結構荒れてるみたいですけど。」

 

『みたいだね。ミラーで見た感じ、4WDの3台がスタートダッシュで抜いてったんだと思う。でも私とミハイルは互角って感じでこれから長い事もつれることになるはず。

 

いま勝負が動くことは無いからこうやってのんき出来るって訳。』

 

「そういうものなんですね。私が長距離を走る時と同じ感じですね。」

 

『そうだね。でも問題はもう1つ後ろの沢渡の方かな。ミハイルは仕掛けないにしろ、沢渡はガンガンに攻めてくると思うから…まあ1周目だしまだ大丈夫か。

 

それまでのんきに走ってよ。』

 

パァンパパン ギャン

 

『100号車をペースカーとして12号車、4号車と続きます。挟まれる形となった絶対王者のミハイルからしたら穏やかではないでしょう。』

 

 

後ろから見ていれば分かる。明らかに手を抜いて走っている。侮るなよ、シブカワ、サワタリ。日本人ドライバーなんかに負ける理由は1つもない。特にそのクラシックカーにはな。

 

 

流石だな、先輩。真実のコースレコードと言われただけある。牽制にも守りにもなるラインで無理なく走ってる。相当にレース経験豊富だって事か。

 

旧世代のクルマであれだけの事をやられるとこっちとしては気が狂うが、今は様子見だ。

 

 

『86号車が7号車を抜いたところで1位集団に注目しましょう。隊列に変化はなく、それでいて他を寄せ付けない走りです。』

 

『渋川君もうまいですね。先頭は譲らずに、それでいて4位集団との距離を一定に保つようなペースで走っています。』

 

『この展開が動くことはしばらく無さそうです。そのグループが湖尻港前ヘアピンをクリアしていく!』

 

「今でどのくらいかな?」

 

『4.3秒です。5台並んでいます。…ところで、さっきからブレーキを踏んでいないように見えるんですけど。』

 

「先は長いからね。タイヤもブレーキも残しておかないと話にならないし。この走り方ならタイヤのグリップは全部横方向に向くし、ブレーキも使わないから垂れる心配もない。雨だからそんなに神経質にならなくてもいいと思うけど。

 

覚えておいた方が良いよ。無理な加減速より、物理法則に任せた方が速く走れる時があるんだよ。」

 

豆知識を教えたところでそれを実践していく。

 

ガオッ ガオッ パパン

 

ブリッピングでシフトダウン、勢いに任せて慣性ドリフト気味にコーナーをクリアする。後ろ2台も難なく付いてくる。

 

「仕掛けてこないのは分かってるけど、べったり付かれると落ち着かないなぁ。こういう状況になるとほんの少しでも気を抜いたらドカンと抜かれるし…かなり張り詰める状況になって来たな。

 

このままだと集中しすぎるから…トレノちゃん、夏向はどこまで上がってきた?」

 

『えーっと…8号車を抜いて9位に来てます。スタートから3つ上がってますね。』

 

「もうそこまで来たのか…ひょっとすると俺たちの集団に絡んでくるかもな。嫌でもこの位置を守りたくなるじゃねえか。」

 

『…と、ここまで快進撃を繰り広げている12号車、4号車、86号車の共通点を上げていただきましたが、その中でただ1人、その流れに属さないのが100号車、渋川榛名です。

 

昨年の雑誌取材ではサーキットは走っていても、レーシングスクールには所属したことはないと語っています。

 

そしてもうひとつ、自分は峠の走り屋だと。彼女の言葉を鵜吞みにすれば、今レースをしている中で彼女だけが公道に特化しているという事になります。』

 

『今では走り屋は絶滅危惧種になってますからね。悪しき文化と言えばそうなのかもしれませんが、一部の人には青春と言えるような時間だったことは想像には難くないです。』

 

 

「くっそ…やかましいったらありゃしねぇ。」

 

「そう言ってる割には食い入るように見ているじゃないか。」

 

カフェテリアでは渋川君が走っているという事でMFGが映し出されている。シャカール君と見ているわけだが、なにやら走りの動向を逐一記録している。

 

『駅伝ストレートを疾走する3つの弾丸ーっ!別次元の三つ巴だー!3台のマシンが間もなく右へターンして消えていく、ここからは2キロのヒルクライム、そして今、4位グループがなだれ込んできます!』

 

「気になった事があってな…前に見せたことがあるだろ、公道最速理論って奴。」

 

「あぁ…あれか。それがどうしたのかい?」

 

「去年あいつが凄腕のレーサーであることが分かった。その時に思ったんだ。渋川はあの理論を体現しているんじゃねえかってな。

 

トレノと渋川、あの2人の相性は抜群だ。渋川の走りを分析できりゃ、トレノの走りも分析できるんじゃねえかって思ってな。」

 

「ふぅン。ここまではどんな感じだい?」

 

「今はまだ何とも言えねぇが…ひとつだけ分かったことがある。公道最速理論とMFGを作った奴は、同一人物で間違いない。

 

レギュレーションを洗ってみたが、明確に示されてるのは内燃機関のクルマであることと、グリップウエイトレシオの均一化…つまりタイヤの規定しか載ってないんだ。

 

これだけデカい規模の大会でレギュレーションがこれだけっていうのも何か裏がありそうだろ。まるで、正しい回答を求めているかのような、そんな意図を俺は感じる。

 

そして、俺がその回答に最も近いんじゃないかと思ったのは…」

 

『4位集団の6台がヒルクライムを駆けあがります!86号車はここでは遅れることが予想されます。』

 

「片桐夏向だ。」

 

「ほう?ここに来て渋川君ではなく9位にいる片桐君かい?そのワケは何だい?」

 

「無論渋川も近いところまで来ている。だが片桐夏向は、粗削りでも本物だと確信させてくるものがある。一切として根拠のねぇ、俺が嫌いな感覚でしかねえがな。

 

全くメンドクセェったらありゃしねぇ。集めるデータが倍になったんだからな。」

 

シャカール君がここまで悪態をつくとはねぇ。珍しいこともあるねぇ。それにしても、シャカール君にここまで言わせるほどだとは。

 

ひょっとするとMFGを作った人間は、私達なんかより…いや、あの会長を超えるほどの天才なのかもしれないねぇ。

 

 

『先頭グループは国道1号線を離れて芦ノ湖スカイライン入り口へとターンしていく!』

 

「夏向はどれぐらい?多分、それほど離れてないと思うけど。」

 

『4位グループの最後尾で、駅伝ストレートからそれほど離れてないですね。』

 

「…これから2週目に入るけど、トレノちゃんは緒方さんのブースに行って。俺の方は大丈夫だから。

 

今気づいたけど雨がほんの少しだけど弱くなってる。夏向が動くとなると最終より2週目かもしれない。どうせだったらトレノちゃんの参考になるものは出来るだけ見ておいてもらいたいんだ。」

 

『…分かりました。ヘッドセットは付けたままにしておくので何かあったらすぐに言ってくださいね。』

 

「おっけ…さてと、沢渡が仕掛けてくるな。どこかな?」

 

 

「緒方さん、横失礼しますね。」

 

「オレは別にいいけど、榛名ちゃんはいいのか?」

 

「大丈夫だそうなので…夏向さんのクルマって結構変わりました?」

 

この前のレースとはクルマの動き方が違うものになっていた。クルマっていいなぁ、パーツ変えるだけで早くなったり遅くなったりが明確に変わるんだもん。

 

「ああ、奥山って人がチューニングしてくれてな。エンジン本体には手を加えてないで足回りを変えただけなんだけど、失神するくらい速くなっちまったんだ。」

 

「それでランボルギーニとかと肩を並べてるって事ですか…エンジンってどれくらい違うんですか?」

 

「3倍は違う気がするなぁ。基本設計の違いとかもあるし、普通に走って勝てるわけ無いんだけど、夏向はなんでか食い付けて行けてるんだよ。」

 

3倍…それだけの差をひっくり返してるんだ。置かれてる環境でいれば私と同じ部分は多い。だから参考になる部分もあるし、渋川さんがああいったのにも納得がいく。

 

『一触即発、危険なムードが漂います!絶対に目が離せないぞ!』

 

実況の人の言葉で渋川さんの様子を見てみると、4号車が12号車をインから追い抜こうとしていた。少し接触させて2台並ぶ。

 

そのまま2回ほど接触させ右コーナーに入っていくとその過程で渋川さんと12号車が縦に並ぶ。4号車が外から被せるように渋川さんに並んでいく。

 

「やばい、榛名ちゃん抜かれるぞ!死神のど真ん中で!」

 

「いや、まだ並んでいます。」

 

『沢渡がベッケンバウアーの前に出た!そのまま渋川とサイドバイサイド、首位に躍り出ることが出来るか、譲らないのか!』

 

 

「まさか死神で来るとはな、流石に予想外だぜ。だがよ、悪路でインプと戦おうと思わんでくれよ。仮にもこっちはWRCを走るために開発されたような車だ。この程度、造作もねえんだよ!」

 

ギャン ドギャ

 

「次の右で鼻づらさえねじ込んでしまえば…!これで半分でた、トップは譲らね」

 

がしん

 

「当たったぁ…!?チッ…!」

 

『渋川首位陥落!沢渡光輝が躍り出ました!』

 

『闘争心むき出しのプッシュでしたね!ミハイルとほぼ同じ手法で前に出ました。ただミハイルと違って接触のロスを最小限にとどめたように感じます。

 

もう少しロスしていたらミハイルにも付け入られていたでしょう。』

 

「接触したような音がしたから警戒していたが、そう来るか。レースの世界じゃあれくらいは日常茶飯事らしいしな。

 

面白くなってきたじゃねぇか。駅伝ストレートからのヒルクライムでぶち抜いてやる。首洗ってやがれ。」

 

 

僕を一瞬でも本気にさせたことは評価してやる。シブカワも大したものだ。ロスを最小限にしてボクのパッシングを許さなかった。

 

この屈辱は倍にして返す。その位置にフランス車は似合わない。ましてや20年も前の型落ちの日本車なんかなおさらだ。

 

そこはボクと偉大なるポルシェの席だ!

 

 

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