頭文字D プリティーステージ   作:サラダ味

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第百六話 怪しい雲行き

「抜かれた―!」

 

「こうもあっさりっていうか…やっぱり一筋縄じゃ行かないんですね。」

 

少なからずショックを受けている。目の前で見せられるとここまでの衝撃なのか。いつも送り出してくれる渋川さんがどれだけ胃が痛い思いをしているのかはっきりとわかった。

 

「沢渡の潜在能力はミハイル並って言われてるからな。これだけの事は造作も無いのかもしれない。」

 

「これってどうなんですか?ドライバーの消耗とか…渋川さん、大丈夫ですか?」

 

『問題ねぇ、消耗としては順調と言ってもいい。心配しなくても、すぐに返り咲いて見せるさ。俺だってやられっぱなしは性に合わねぇんだ。』

 

誰だ?知らないぞこんな言葉遣いの人。知っててもロータリーさんぐらいしか。

 

『死神を6台の隊列が突き進む!』

 

会話が終わったタイミングでモニターを見る。夏向さんの前には5号車、3号車がいる。

 

死神に入った瞬間に左コーナー入り口で外から5号車に並ぶ。一瞬の出来事で驚きを隠せないけど、次の右コーナー入り口でインとアウトが入れ替わることで有利は夏向さんになった。

 

突っ込みでアタマ半分抜けて、車体を横にしながらコーナーをクリア、追い抜きを成功させた。

 

「アウディを追い抜くなんて…2500万もするんだぞ、一生買えないんだぞ!」

 

「家買えますね…。」

 

 

「次はウラカンね、夏向君はどう仕掛けるのかしら。」

 

「このウラカンというクルマ、君のクルマに似ているものがあるが、同じメーカーなのか?」

 

「ええ、同じランボルギーニで親近感はあるけど…今どきの電子制御は私には合わないのよ。使い方もよく分からないし。」

 

『5号車に変わって86号車が3号車にプレッシャーを掛けていく!』

 

ピッタリとくっ付いてその期を窺っているように見える。あれほど張り付かれるといくら私でも少しは焦るものだ。

 

トレーニングではよくブライアンにやられたりするがこういう時ほど落ち着いて対処しなければいけないが、3号車からは明らかに焦りが見て取れる。

 

「ちょっとそっぽ向くわね。夏向君が追い抜いたら教えてね。」

 

「君にしては珍しいな。追い抜くところは見どころと言えると思うが。」

 

「見ていれば分かるわ。同じメーカーってだけなんだけど、タっちゃんと重ねちゃうとつらいのよ。」

 

…マルゼンスキーが何を言いたいのか察しは付いた。次の瞬間、3号車は制御を失ったようにアウトに膨らんでいく。アレを立て直すのは至難の業だろう。

 

車体が横向きとなり、夏向君が横を通り過ぎる間に路側帯に突っ込み、復帰できないほどのコースアウトをしてしまった。

 

マルゼンスキーにとっては予測できても、直視しがたい光景だろう。映像が切り替わるまでは声はかけないでおこう。

 

『これはもうダメでしょう、コース復帰は不可能です!大石代吾リタイア!』

 

「予感はしてたのよね。電子制御介入しっぱなしだったし、焦りしか見えなかった。あれで死神を走るのは無理って話ね。」

 

「ともあれ、彼に大事無いようで一安心だ。後続は労せずして順位を上げた訳だ。」

 

 

『先頭グループが湖尻新橋を渡る!ここからセクター2!』

 

いいもんだな、クリアな視界ってのは。爽快だぜ。…でも、別の意味で厳しくなってきたな。

 

先輩のプレッシャーが半端じゃない、少しでも手を抜いたら一気にいかれそうだ。それに乗じてドイツ野郎も来るだろう。

 

でも悪い事だけじゃない、先輩のおかげでミハイルを楽に抑えられる。あの様子から見るに先輩もミハイルの事が嫌いらしい。

 

しばらくそのまま抑え込んでくださいよ。沙奈の為に稼がなきゃならないんで、このまま1位は貰いますよ。

 

 

「この野郎、俺のミハイルを抑えとけって事か。」

 

チッ、分かったよ。俺だってミハイルは嫌いだ。すました顔して走ってんのが気に食わねぇんだ。駅伝ストレートまではおとなしくしておいてやる。

 

だがそこまでだ、1位通過するのは俺だ。沢渡、お前は2位にでもなっててくれ。

 

『渋川さん、最初と比べて独り言が少なくなってますけど…指摘しない方が良かったですか?』

 

「…いや、ありがとうトレノちゃん。危うく、黙っちまう所だったよ。…え、これまでの全部聞かれてたりする?」

 

『…はい。』

 

「緒方さんも?」

 

『少し聞こえてたりする…。』

 

「しょぼーん…。」

 

 

「榛名ちゃんって結構独り言話すタイプなんだな。」

 

「普段はそんなこと無いんですけどね。ハンドル握ると性格変わるタイプの人なんですよ多分。」

 

「カナタもそのタイプだよ。…それにしても榛名ちゃん達と4位グループで差が付き始めたな。1号車も黙って見てるだけだし。」

 

実況の人も緒方さんと同じような事を言っている。先頭がやりにくいみたいなことを言ってる。あんまり先頭に立ったことが無いから分からないな。

 

帰ったらキタちゃんにでも聞いてみようかな。

 

「2号車が結構プレッシャーかけてますね。今にもぶつかりそうなくらいに接近してますし、後ろにいる夏向さんもチャンスを狙ってますね。」

 

こつん

 

「今当たったように見えたけど?」

 

「当たりましたよね、あれ。実際の感触で伝わってくると嫌でも意識しちゃうと思いますよ。」

 

「その後ろには13号車、そしてカナタか。オレの中古で170万のボロ86がこんなところまで来るなんて思わなかったよ。」

 

静かに見守っていると1号車の動きが怪しくなってきた。車体がふらつき始めている。2号車は構わずにプレッシャーを与え続ける。

 

「緒方さん、ヘッドセット貸してください。」

 

返事を待たないでひったくるようにヘッドセットを借りる。多分、そうなる。

 

「どうしたんだ急に?」

 

「夏向さん、1号車がスピンするかもです。先の左…いや次の右コーナーに気を付けてください。」

 

『ラジャー。』

 

その次の瞬間に、左コーナーアウト側の茂みに1号車が突っ込んでいく。慣性と反動で先の右コーナーの壁ギリギリまで吹っ飛んでいってそのまま進行方向に背を向けて止まってしまった。

 

「スピンするなんてよく分かったな。なにか、前兆でもあったのか?」

 

「前兆って程でも無いんですけど…ほとんど勘です。」

 

『トレノさん、ドンピシャです。助かりました。』

 

「役に立ててよかったです。頑張ってくださいね。」

 

「トレノちゃん、オレよりセコンド向いてるんじゃないか?」

 

 

そろそろ第3セクション、沢渡がギアを上げてちぎりに来ていたが、ミハイルを連れて食いついて行く。

 

後ろを走るという事は、ペースをコピーすればやることは一つ無くなる。精神的に楽になるが、いつまでもこのポジションというのも落ち着かない。

 

「踏んでどれだけ詰められるかは大体把握した。駅伝でポジション交代だ。」

 

ただ1つ、不安な点がある。沢渡がしぶきを上げてるせいであまりよく分からねぇけど、雨がやんでいるようなら、先頭に出るのはあまり賢い選択じゃない。

 

でも、霧の中で夏向はとんでも無いパフォーマンスを披露した。アレをやってみたいという気持ちもある。

 

アレが出来れば、かなり消耗するだろうが、確実に差を広げられる。

 

「やるしかねぇだろ。俺は、ストリートスペシャリストを自負してるんだ。霧が怖くて峠を走れるかよ!

 

トレノちゃん、2号車のペースはどんな感じ!?」

 

『1号車を抜いてからペースを上げてきてます。夏向さんは13号車に対して仕掛けにいってます。』

 

「了解。沢渡、そのままのペースで逃げてくれよ。後続が二度とバックミラーに写らないくらいにな!」

 

 

『先頭グループが駅伝ストレートに突入していきます!100号車、12号車共にラインを変える!』

 

やっぱ馬力の面じゃミハイルにも先輩にも分が悪いか。ブロックするにはもう遅い。さあ行ってくれ。

 

『100号車が4号車の前に出る!12号車はオーバーテイクしない様子です。水けむりを嫌ったようです。』

 

野郎、並びかけたタイミングでコースティングしやがった。抜く気になればいつでも抜けるってか。

 

今度はオレが楽をする番だ。引っ張ってくれよ、先輩…?

 

パパン ドギャ ヒャオアァァア

 

ラインが全く違う。1週目に比べてもブレーキング、クリップのつき方も全然ちげぇ。直感した、アレを見たらおかしくなっちまう。

 

ラクはさせてくれねぇってか。ミハイルはさっきこれを見てた訳だが…同じ考えなら見てないはずだ。

 

あの走りは目に毒だ。

 

 

気付いたようだな、サワタリ。シブカワの走りから視線を外してコースに集中している。気に食わないが、シブカワにはどんなラインでも使いこなせる能力がある。

 

だがそれだけでボクを引き離せると思わないことだな。いくらでも削る余地があるのはボクも同じだ。最終ラップになれば決めのラインで来るはずだ。

 

それまでサワタリの後ろでラクをさせてもらうさ。

 

 

「雨が上がってる…。」

 

「はぁ?…ホントだ、気が付かなかったよ。って事はかなりまずいぞ、カナタのアドバンテージが無くなっちまう!」

 

「アドバンテージですか?」

 

「レース前、カナタが雨は味方って言ってたんだ。その雨が無くなったら縮まってた差が広がる…。オレこれ以上上は望んでない。頼むから無事で帰ってきてくれ!」

 

『2号車のフェラーリを追って5位争いの2台がスターティングゲートを抜けていきます!』

 

「ようやくですね…私戻りますね、お邪魔しました。」

 

お暇して自分のブースに戻って渋川さんのドローン映像を見ると、ほんの少し画面が白っぽい感じがする。…まさか。

 

「霧っぽい感じですか?」

 

『ご名答、上がってる感じがして嫌な予感はしてたけどな。でもペースは落とせない。このまま突っ込んで行くことになるな。

 

ここから本気で仕掛けに行くから、黙り込んでたら何か話しかけて…どりゃあ!』

 

渋川さんが奇声を上げながらコーナーをクリアしていく。でも少しオーバーアクションなドリフトをしている。

 

まだ本格的に霧の中に入っていないけど、少ししただけですぐに3台が包まれてしまった。

 

ドローン映像は白い世界しか映し出されていない。少しするとうっすらとクルマが映り始める。

 

『トレノちゃん、お願いがあるんだけどいいかな?』

 

「出来る事なら…なんですか?」

 

『コドラになって。』

 

 




何とビックリ、僕の脳内CPUがはじき出した結論だと、榛名さんメイン回があと10話以上続きます。

ウマ娘じゃねーじゃん。ただの頭文字Dじゃん。と思ったそこの貴方。

ご心配下さいませ。そういうものだと諦めてください。

また次回!
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