『なんて?』
「略語じゃ分からなかった?コドライバーやってもらいたいなって。」
『そのコドライバーって何ですか?』
「簡単に言えば、ストレートがどれだけあってどんなコーナーなのかっていうのを霧の中を抜けるまでやってくれないか?」
『じゃあはっきり言います、出来ません。…けど、次のコーナーが右か左かだけなら言えます。それでもいいですか?』
「十分だ。どりゃぁ!」
『次は右、少しストレートで左です!』
「せぇの!」
先輩のペースが上がってる。カナタ・リヴィントンみたいなことが出来んのか?この霧だ、追いつくことは無いだろうが、猛然と追い上げてくるんだろうな。
駅伝ストレートで前に出て貰って助かったぜ。先輩のおかげで消耗することなくペースを作れる。
あのまま前にいたら消耗してたのは確実にオレだった。優秀なペースメーカーがいるっていうのはいいモンだな。
だが少し妙な感じがするんだよな。オレ達を引き離そうとしているような気がする。
ギャン パパン
いや、気のせいじゃねぇ、マジだ。またペースが上がりやがった!どこまでもラクさせてくれないのな!
「右、100R!少しストレートから左!」
『せい…や!いい感じだ!』
コース図を見るとコーナーの情報が詳しく書いてあった。なんのこっちゃか分からないけど使えそうな情報は全部伝えることにした。
見ているだけというのもじれったかったから。
『ご覧ください、霧の中で86号車が快進撃を繰り広げてる前で100号車も途轍もないパフォーマンスを見せている!片桐夏向のように鮮明に前が見えているとしか思えません!』
『減速の幅は片桐君と比べると少し劣りますが、それでも十分なパフォーマンスですね。コンマ5秒ほどですが沢渡君たちを引き離していますから。』
『あっと…今入った情報だとセコンドがかなり騒がしいそうで…。100号車のブースではコーナーの情報をひっきりなしに伝えているようです。』
『あたかもラリーのコドライバーですね。ラリーの世界だとボンネットがめくれるなどのトラブルがあって視界が無くなってもコドラの情報だけで完璧に走れてしまうドライバーもいるくらいです。
しかし驚きですね、渋川君のセコンドは確か…。』
『トレセン学園生、トレノスプリンターですね。分野が違うのでコドラのような事をやってると聞いた時は少しばかり驚きましたが。』
『そうですか…トレノですか…。昔を思い出しますね。』
『その辺りの話はどこかのタイミングでまた聞きたいと思います。さあ、先頭グループが湖尻子分岐点を通過!間もなく霧のゾーンを抜けようとしている!』
「よっしゃぁ抜けたぁ!」
『ようやく晴れましたね。コドラはもう大丈夫ですか?』
「ああ、ありがとうよ。ここから仕掛け準備だ。」
3速から4速へ、アクセル全開のままクラッチを切って最速で4速にぶち込む。ペースを上げる中でここまでタイヤを最大限労わって来たけど、温度が上がり切っていない。
正確なところまでは分からないけど、後ほんの少し、温度がいる。
「フッ!」
インプを全力で振り出してレースではあまりに似つかわしくないドリフトを決める。オーバーアクションだけど、タイヤを温められる。
第3セクションに入る辺りでアスファルトは乾き始める。後ろは追いついてくるだろうが、このドリフト姿勢なら十分にブロッキングできる。
「あれほど派手に…仕掛け準備って所かしらね。」
「このままトップで完走したら1億か…渋川が一瞬で金持ちになっちまう…。スピカの遠征代負担してくれねぇかな。」
「アタシ等が金食い虫みたいな言い方するんじゃねぇよ!」
「半分事実だろうが。それでマルゼンスキー、このレースどう見る?」
「どうかしらねぇ。榛名ちゃんが先頭に立って走ってるからには、1位を狙ってるんでしょうけど…。後ろ2人と比べると消耗してるのは明らかね。
駅伝ストレートは心配ねぇ。A110は抑えられるでしょうけどケイマンはどうかしら。インプが330馬力、対してケイマンのGTSかしら?
あれが400馬力。差が詰まってたら抜き返されるかもしれないわね。状況は…はっきり言って良くないわ。」
「そうか…。いつのも事だが、見てるだけっていうのはもどかしいな。」
えーっと…2セクのどの辺りだっけ。流石にアタマが白っぽくなりやがった。トレノちゃんのおかげで霧の中でペースダウンを最小限にとどめられた。
でも消耗が無い訳じゃない。確実に疲れが来ている。
くそ…集中力が…あと少しなんだ。もう少し持ってくれ。駅伝ストレートからラスト2キロは全開中の全開、100パーセントを超えていくしかないんだ。
それまで、持ってくれ!
「…。」ゴクン
固唾を飲んでモニターを見つめる。さっきから渋川さんの独り言が無くなってしまった。その時は何か話しかけてとお願いされてたけど、これほど集中してる渋川さんに話しかけてもいいのか…とも思う。
セクタ-2の半ばまで来てレースは終盤に入っている。渋川さんが黙るというのがどういうことなのか分からない。
でも何か、凄いものを見られる気がする。
『今にもスピンしそうな角度のドリフトを立て続けに繰り出しています!こんな走りはMFGで初めて見ました!』
『速いドリフトとは違うので必然的にコーナリングスピードは落ちますがそれは後ろをついていく2台も同じです。
彼女なりの目くらましと捉えてもよさそうです。』
「目くらましか。本命はブロッキングとタイヤを温めるためだろうね。あそこまで派手にやる必要は無いけどな。好ちゃんの影響をモロに受けてたからね。」
「まぁな。榛名ちゃんはオレと同じタイプの走り屋だからな。だけど、理論は城ちゃん譲りだろ?」
「そうだね、だけど心配なのは、榛名ちゃんの喋りが無くなる事だね。ここ1番の集中力は藤原君と同等か…それ以上だからな。
オレの主観だけど、集中しきった時だと追従できるドライバーはMFGでいないと思ってる。たとえ藤原君の弟子、夏向君でも。」
「オレのアクセルワークと城ちゃんのワンハンドステア。それに群馬プライドが合わさったんだ。榛名ちゃんの速さは本当の意味で、アタマ1つ抜けてるよ。」
「ただ集中しきってしまった時、それだけが本当に心配だね。」
『先頭グループがセクター3に突入します!水けむりは明らかに小さくなっている!』
もう少しで駅伝ストレート、ミハイルが仕掛けてくるのもその辺りのはず。こっちも下準備は済ませてある。逃げ切ってやる。
『急勾配のダウンヒルを3台が駆け下っていく!だがミハイルがこのまま終わるはずがない!』
今からダウンヒルで引き離そうとしてももう遅い。ラスト2キロのヒルクライムで必死に逃げ切るしかない。
…驚いたなぁ、トレーナーとして生きていくって3年前くらいに決めたはずなのに、ここまで思い残してたことがあったなんて。
本気も本気、102パーセントを出すのはヒルクライムに入ってから!
『物凄いブレーキング!駅伝ストレート入り口で12号車が4号車に並ぶ!2台が横並び、100号車めがけてフルスロットルで飛び出していくー!』
早いな、ここで上がってくるか。並ばれると面倒極まりない。ブロックは…流石にフェアじゃねえよな。
『12号車がするすると出ていく…ポルシェのノーズがインプレッサを捉えています!アルピーヌのパワートレインでは2台についていけないのか!』
「伸びを考えるとストレートエンドのコーナー入り口で2台が並ぶ。ここから見られるわよ。榛名ちゃんの全開が。」
「は? 今までが全開じゃなかったって言うのか?」
「確かに今までも全開だったの。例えば、私たちがギアを5速持っているとするわね。本気で走る時だけ5速に入れるって感じなんだけど、今の榛名ちゃんもそんな感じ。
でも榛名ちゃんには、もう1つ上があるのよ。あまりにも危険すぎる、6速が。」
元々俺は、走行ラインに囚われて走っていた。ラインを意識するって事は誰に教えられたわけでも無いけど、自然にそうやって来ていた。
でも城島さんに会ってラインの意味全てが変わった。城島さんの教えを念頭に、知らないコースでもどのラインが効率的なのかを考えるようになった。
去年、今年で4回走ったからこそ分かる、タイヤの効率のいいライン。
見せてやる、城嶋俊也直伝、レコードラインアタックを!
『何と驚きです、ここに来て100号車に注目フラグが立ちました!ラスト2キロのヒルクライム、ベッケンバウアーと並んで右へターンしていきます!
100号車と12号車がサイドバイサイド!ここまでベッケンバウアーに肉薄したのは彼女が初めてかもしれません!』
「渋川の決定的な弱点、何か分かるかケンタ。」
「そう言われても、今にもふっとんじまいそうなキレた走りをしているとしか…。教えてくださいよ社長。」
「だからもう少し考えてみろって…まあいいや。出血大サービスで教えてやる。それは集中力の高さだ。」
「集中力…ですか?」
「こいつは今限界を超えて走っている。それこそ数字にしてみりゃ102パーセントって所だろ。このペースに付いていけるやつは今のところいない。…が、速さと引き換えに簡単に崩れるほどの諸刃の剣のはずだ。
自分が想定していない、ほんの少しの些細な出来事ですら崩れちまう。普段はなんてことは無い飛び石ですらアイツには危険すぎる。」
『何という事だ、ラスト1キロまで来て100号車が車体半分リードしている!ベッケンバウアーが抜ききれないでいる!』
このMFGでボクをここまで追い込んだのはアナタが初めてだ、シブカワ。少しの間本気になってやる。先にチェッカーを貰うのはボクだ。
勝負だ、シブカワ!
ゴールはこの先だ…このまま離せれば…。
『渋…さ…。1……車が………!』
耳元で何か聞こえる。でも聞いてしまうと集中が切れてしまう…。あと少しなんだ。
右にミハイルがいる…次が右でその次は左…カウンターで先頭は守れる…。ここだ…!
ガシン
!?「クッソ! わざと接触させて自分のラインを確保しやがった!チッ、集中が!」
ステアリングを“両手”で握る。俺の予定調和が崩れてしまった。俺よりも2キロ速い、普通ならオーバースピードになるところを、俺を使って無理やり成立させやがった。
戦略の1つなのは認めるけどよ…接触を戦略にするのは主義じゃねぇし、大嫌いなんだよ!
『渋川首位陥落!ミハイルが車体半分抜けだしました!残すコーナーは2つ!ここからの逆転はあるのか!』
集中力が途切れている。俺に抜き返すチャンスはない。
脆いものだな、サワタリ同様、死神でスタミナをすべて使ってしまったのかい?その状態でこれほどのことが出来たんだ。褒めてやる、シブカワ。
心拍数が高い、呼吸も浅い、本気のボクをクルマ半分抜け出たんだからな。
『今チェッカーだ!優勝はミハイルベッケンバウアー!開幕戦に続き破竹の2連勝!』