「どうですか?」
「良い感じだよ。タイムも少しずつ縮んでるし何より6速のぎこちなさもなくなってる。これなら次のステップに進めそうだよ。」
「ここまで長かったですよ。ジャパンカップまでにどうにか間に合えばいいんですけどね。」
「そうだね。…それとはもうひとつ、問題が出てきちゃってね。トレノちゃん、人混みって得意?」
「苦手ですね。駅なんか行くと今でも押しのけられますし。」
やっぱりというかなんというか、予想してた回答が飛んできた。
「トレノちゃんは他のウマ娘と比べても軽いからね。そういう時に結構吹っ飛んじゃうのかもね。
そこで本題だよ。トレノちゃんにはジャパンカップまでに吹っ飛ばない体を作ってもらいたいんだ。」
「吹っ飛ばない体となると…ビシッと鍛えるとか、食べて大きくなるとかですか?」
「基本的にはそうなんだけど、後者はトレノちゃんの武器を全面的にぶっ殺すことになるから避けたいところなんだよね。
だからさっきの本題ではあるけどはあくまで最終手段。出来るようになってもらうのは、ぶつかった時にロスを最小限にする方法と、そもそもぶつからないような走り方とか。」
ちょうどいい教材が芦ノ湖で手に入ったわけだし。半分気に食わないけど。
「砂浜だとアレだし、休憩して合宿所で詳しく教えるよ。」
「という訳で、そもそもぶつかられない走り方を説明…したいんだけどさぁ。」
「だけど?」
「G1なんて実力が拮抗している者同士だし、控えめに言って無理なんだよね。」
「まぁ…ですよね。」
合宿所に戻って早々に道が1つつぶれてしまった。確かにその通りだけどそう簡単につぶさなくても…。
「だから覚えるのも簡単、対処もなんやかんやでどうにかなるかもしれないぶつかられた時の対処法を教えていくね。」
「色々と適当そうですけど…お願いします。」
「それじゃ、この動画を見てもらうよ。」
渋川さんがスマホの画面を見せる。そこには6月の芦ノ湖GTの映像が映される。
これは…4号車に抜かれた時の映像だ。緩い右コーナーでインベタに走る渋川さんを4号車が小突いて姿勢を崩す。
膨らんで出来た隙間に4号車は車体をねじ込んでそのまま前に出てしまう。しかしロスを抑えて12号車の追い抜きを許さなかった。
「次はこの動画ね。…クッソ今見てもムカつく。」
この場面はラスト2キロの区間だ。渋川さんの走りは息を吞むほどの気迫だった。だから12号車が仕掛け始めている所を見逃してしまった。
しかし不思議なのは渋川さんの姿勢の崩し方が4号車の時と比べても大きく崩れている。ぶつけ方も同じくらいだし、その時と違う事と言えば、渋川さんが黙っていたことくらい。
「…とまぁこんな感じかな。さてトレノちゃん、この2つを見て体勢の崩し方が違うのは分かったと思うけど…そうなった原因、何か分かる?」
「原因となると少し…状況の違いだったら言えるんですけど。4号車に抜かれた時にはまだ喋っていたのに対して、12号車の時には完全に黙っていました。
そして渋川さんは喋ってないと集中しすぎるって言ってましたよね。だから原因か分からないですけど、状況としては、集中力の違いかなって。集中しすぎて他のクルマが認識できなかったとか。」
「ほとんど正解だね。あの時の私は集中しすぎてた。あの領域に入ると限界超えた走りも出来るようになるんだけど、あまりにも脆すぎるんだよね。
集中するのは良い事だけど、周りの状況が見えにくくなるから集中しすぎないようにああやって喋ってたって訳なんだけどさ。
そこで最初に戻る訳。ぶつかられた時の対処法は、あらかじめ誰が接触するかを予測する。次にブロックするラインを走って接触しなければそれでよし。そうじゃなかったら場面にもよるけど強引にブロックしたりあえて見逃したり。
そこは状況を見て判断する感じかな。」
「結構難しいですね…せめて前兆みたいなものがあればいいんですけど。」
「あるよ、大体は。」
……あるんだ。
「接触の時だけじゃなくて、何かやろうとする時にはビリビリ来る感じっていうか…ほら、アレだよ。殺気?みたいな?
…トレノちゃんも感じたこと絶対あるアレだよ!言葉にするのは苦手だから感じ取って!」
「えぇ~……。」
「クッソ瀬名の奴…ショボい走りだけはすんじゃねぇって言ってやったのに…。」
「まだ根に持ってるんですか。」
MFG第3戦が終わって半月ほど。思い出すと今でもむしゃくしゃするけど、トレノちゃんの成長がそのむしゃくしゃを抑えてくれる。
ジャパンカップに向けてこれ以上ない仕上がりになってくれるかな。そんなことを考えていると電話が鳴る。
「誰からだろ…理事長?もしもし、渋川です。」
『合宿中に申し訳ない!突然だが、学園に戻って来てくれ!』
「はい?」
「お忙しい中お時間を作っていただきありがとうございます、秋川理事長。改めて、MFG統括本部長の上有史浩です。」
「お待たせしました、渋川ただいま到着しました!」
「突然の呼び出しに応じてくれて感謝!早速、本題!電話口で大まかには聞いたが、改めて君の提案を聞かせてほしい!」
「はい。トレセン学園とMFG、合同で企画をやりたいと思いまして。渋川君がMFGに出てからこちらでもウマ娘…トゥインクルシリーズへの関心が高まってまして。
こちらからは、MFGで使用してるドローンを提供します。現地に来られなかった人でも感謝祭で行われるレースを臨場感ある映像で届けられると思います。」
「確かにあのドローンは画期的だ!しかし、懸念!参加するウマ娘達の集中を妨げてしまうかもしれんが、前向きに考えよう!
上有君、提案は2つあったはず!もう1つを渋川君に教えてやってくれ!」
「あ、私やっとここで絡むんですね。」
着くや否や蚊帳の外みたいな感じだったから少し欠伸してたけどここからが私にとっての本題か。
「渋川君にはタイムアタックをしてほしいんだ。」
「タイムアタックですか?」
「ああ。アタックと言ってもMFGのコースを走る訳じゃない。もちろん走りたいと言ってくれればいつでも準備するけど、君が走りたいところをリクエストしてくれれば感謝祭までに手配するよ。」
「そう言いますけど、その言い方だと峠でもいいみたいな言い方になりますけど。」
「もちろん構わない。今のMFGであればある程度の事は可能だからな。本当にどこでもいいぞ。それこそ、秋名山でも。」
「…! 二言は無いですね?」
「ああ。」
「ならお願いがあります。そのタイムアタックをバトルに変えてください。相手は諸星瀬名、片桐夏向。そして…マルゼンスキー。」
「なんと!?マルゼンスキーも指名するのか!?しかし…彼女がどれほどの実力なのか私では判断できん。言い方が悪いかも知れないが、どれほど食い付いて行けるのか…。」
「大丈夫です。マルゼンちゃんは食い付いてきます。少なくとも大石よりは格別に速いですよ。」
「付いていけるとなったらまた別の問題も出てきます。あれだけ狭い公道で4台バトルなんて危険すぎます。」
もちろんそうだ。MFGのコースに比べれば秋名はタイトなヘアピンが続く。4台バトルはあの道幅じゃ文字通り命のやり取りをする必要が出てくる。
だからこそ…
「分かった。その方向で進めるよ。何か要望があったら名刺渡しとくからここに掛けてくれ。」
やっぱり。上有さんは話が分かる人だ。なんとなく、池谷さんや中里さんと同じ走り屋の目をしてた。じゃなかったらこんなことお願いしてない。
「よろしくお願いします。それと、瀬名に伝えといてください。群馬プライドの頂点、これで決めてやるって。」
「…フッ、伝えておくよ。負けず嫌いなのも群馬プライドなのかな。」
「はぁ…私の方からマルゼンスキーさんに連絡しておきます。くれぐれも、事故のだけはしないで下さいね?」
「分かってますって。それに、事故るようなメンツじゃないですし。」
そこからは日程のすり合わせのようなことをして話し合いは終わった。
「渋川君、合宿の忙しいときに呼び出してすまなかった! 期待!ジャパンカップでのトレノの活躍を願っているぞ!」
「はい、それではー。」
ああやって面と向かって会うのは初めてだったけど、やっぱり走り屋の目をしてたな。少し調べたらスピードスターズのガソスタでバイトしてたみたいだけど、藤原もそこでバイトしてたんだよな。
ある意味、あそこも名門って事になるのかな。池谷も何かと縁があるな。
「合宿も終わりかぁ…あっという間だったなぁ。」
「それだけ色々やったって事だろ。良かったじゃねえか。」
「そうなんですけどね、そういう事じゃないんですよね。」
「あぁ? じゃあ何だってんだよ。」
「割愛するのはいいんですけどまさか2話にぎゅってされるとは思わなかったなぁって話です。」
「メタいこと言ってんじゃねぇ。」