『大接戦でした、秋名のダウンヒル!タイムの差は片桐夏向とマルゼンスキーですら約0.3!これほどの接戦は見たことがありませんでした!』
『まさに圧巻でした!昨年の菊花賞を彷彿とさせるような競り合いを見せていただきました!優劣をつける事すら烏滸がましい気がします!』
『そんな熱い走りを見せてくれた4人ですが、意外と言いますか、マルゼンスキーの大健闘も注目ですね。
あの神フィフティーンに食らいついて、5連ヘアピンでは諸星瀬名をオーバーテイクしようとしていました。彼女にもMFGに出て欲しいです。
現在の紅一点、北原望がいい顔をしないような気もしますが。』
『注目フラグが立ってからはモニターからは目を離せませんでした。レースというものは見ているこっちまでも熱くさせてくれますね。』
『そうですね。…さて、そろそろ放送も終わりのようです。次回はMFG第4戦、シーサイドダブルレーン予選でまたお会いしましょう。
実況は私、MFGの生き字引こと、田中洋二と、スペシャルゲストは。』
『赤坂でした。』
『ご視聴ありがとうございました。シーユーアゲイン、フロムマウント秋名。』
「…くそったれぇ!!」
ギリッと歯軋りする。握ったステアを、シフトノブを握りつぶすほどに力が入ってしまう。
悔しい、ただそれだけ。でも今は、勝者を称えないとな。そう思いインプを降りて夏向の所へ向かう。
すると示し合わせた様に4人が集まった。
「よう、夏向。…やっぱ速いな。俺はこのバトル、負けるつもりは一切無かったんだ。瀬名、マルゼンちゃん、お前にもだ。
にしても3位か…複合コーナーでしてやられたぜ。」
「いえ、シブカワさんもミスターモロボシもミスマルゼンスキーもとても速かったです。
100%を出さなければ負けてたのはボクでした。実際、ボクは1度仕掛けに行って完全に負けてしまいました。」
「…やっぱいい奴だね、そんなに謙遜しなくてもいいだろ。地元2人に勝ってるんだからよ。
…あーあ!瀬名が夏向の後ろにさえいなければ俺が2位だったのになー!」
「たらればの話をするなんて、随分悔しそうね…。榛名ちゃんばっか悔しがらないでよ。アタシだって悔しいんだから…。」
それを聞いてマルゼンちゃんを見ると服を強く握っている。相当こらえてるみたいだ。
「ま、そういう事だ。片桐夏向、このリベンジはダブルレーンで果たすぜ。」
「はい、ミスターモロボシもグッドラックです。」
「相変わらず、さっぱりしてるな。」
「ご苦労だったな、マルゼンスキー。」
「ええ、ほんっとに疲れたわ…。……ちょっとごめんね。」
そう言うと私の胸に顔を沈める。その手は私の袖を強くつかんで、体は少しながら震えていた。
「ホントは、家に着くまで我慢するつもりだったのよ?でも、こんなの我慢できないわよ…。
こんなぐちゃぐちゃな顔…チームの皆に…ルドルフにも、誰にも見せられないじゃない…。」
「ああ、いくらでも貸そう。君の気が済むまで、ずっと。」
「くそったれがぁ!!」
「悔しいのは分かりましたけど、ガードレールに当たらないで下さい。これで5発目ですよ?」
初めてだ、こんなに感情を抑えられないのは。芦ノ湖だって、藤原さんにちぎられた時だって悔しいことは悔しかった。
だけどここまで前面に出てくるのは初めてだ。よりにもよって地元で負けた。不甲斐なさに自分をぶん殴りたくなる。
「…クックックッ。 アァーハッハッハッハ!!」
だけど何なんだろうな、この清々しさは。全力で走って負けるってのも…やっぱ悪かねぇのかもな。
「トレノちゃん、負けってのはいいな。」
「どうしたんですか急に。」
「いや、負けってのは自分を見つめ直すいいきっかけになるしよ。次は負けねぇって思えるから次が楽しみでしょうがねぇんだよ。
これから忙しくなるぞ、トレノちゃん、付いて来れるか!?」
「はい、ジャパンカップあと2ヶ月ですからね。頑張りましょう!」
「え」
「…はい?」
…あー、忘れてた。これから走り込みで忙しくなるって考えてたから一気に現実に引き戻された感じがする。
「う、うん!頑張ってこー!」
「…大丈夫かな。」
「フッ…。」
昨日のあの4人の走りが頭から離れない。そのせいか、走り方も少し変わった気がする。
「ハッ…!」
その変わった走り方が、何故かしっくり来てしまう。まるでこれが本来の走り方だったかのように。
でもなんだったんだろう。秋名山に行った時、藤原さんのお店に行った時と同じ懐かしさを覚えた。
初めて見るコースの攻略も、手に取るように分かったし、最後の勝負どころがあのコーナーだという事も。
そんなことを思いながら、早朝トレを終えて寮に戻るとロータリーさんと鉢合わせた。
「あや?ロータリーさんもトレーニングとは珍しいですね。」
「なんだか、疼いちまってな。昨日のエキシビションマッチの諸星瀬名…だったか?アイツの走りからは得られるものが多かった。
それで試してみたくてな。俺もあの走りができるのかって。これがドンピシャにはまるんだわ。」
「ロータリーさんも見てたんですね。現場は大熱狂でしたよ。」
まさかロータリーさんも影響を受けていたのか。もし今度やりあうことになったら勝てるかどうか…考えたくもない。
「ま、そういう訳だ。お前はジャパンカップだろ?宝塚みたいなへまはするな。絶対に勝てよな。」
「はい、これ以上は負けられませんから。」
「凄いな、タイムが縮んでる。」
感謝祭明けての軽めのトレーニングで適当に流してとお願いしたはいいものの、トレノちゃんのフォームが劇的に良くなってる。
細かいことは分からないけど、感謝祭の2日間で何があったのか。試しにタイムを計ってみたら、確かに縮んでいる。
それに加えてラップを重ねてもタイムが全くブレない…。それどころか、脚の使い方も上手くなってる。
「いったい何があったんだ…?私はあれほど高度な事は教えてないし…。もう少し観てみるか。」
走り方が変わったという事は何かに影響を受けたはずだ。トレノちゃんの走りを見て誰が重なるかを探せばいい。
ルドルフちゃん、マルゼンちゃん…その他にも重ねてみても一致しない。もっと別口か。
…ともすれば、夏向君か?前にも夏向君からヒントを貰ったって言ってたし…ちょっと重ねてみるか。
コーナーへの突っ込み、ブレーキング、そして超高速4輪ドリフト。トレノちゃんを4輪と表すのは違うけど、その全てが重なった。
昨日のエキシビションがトレノちゃんにいい影響を与えたって事か。棚から牡丹餅って奴か。…すこしむくれちゃうけど。
「3周、終わりました。」
「お疲れ、フォームから何まで全部良くなってるよ。夏向君はいいお手本になったみたいだね。」
「そうですね、何でか夏向さんの走り方がしっくり来たんですよね…どうしたんですか?」
「別にー?ただお手本だったら私だっている訳だしー?お手本にしてくれてもいいんじゃなーい?」
「いや、やってはみたんですよ?みたんですけど…所々肌に合わなかったんですよね。」
「ガーン!」
へぇ、そんな走り方するんだ。メインは追込、でも性質はタマモクロス、ナリタタイシンとも、ロングスパートのゴールドシップとも違う。
更に脚質そのものもマヤノトップガンのように変幻自在。それを可能にするのは異常なスタミナ、脚、手、その全てにおいて使い方が上手い。
ならば、彼女に勝つにはどうするか。私が仮面をかぶることは知られている。そして、本来の走りも見られている。
でも選択肢はある。君のトレーナーが教えてくれたんだ。誰の仮面をかぶればいいのか。
「君たちの本来の土俵はこっちだろう?」