「あそこから伸びてくるとは、流石に想定外だったよ。全く君は、底が知れないな。」
「ルドルフさんこそ、完全な本気って訳じゃなかったですよね?」
6速を使ってもルドルフさんを差し切れなかったけど、今まで使ってきた中で1番の感触だった。これなら実戦で躊躇いなく使える。
それにしても、途中からのあの感覚は何だったんだろう。あの時だけは、何でもできるような、全能感と言うべきものが確実にあった。
「ハッ、皇帝サマがなんの断りも無しに乱入とは。普段のお堅い皇帝サマはどうした?」
「ふむ…親しき中にも礼儀ありだが、遠くから見ていてジャパンカップに特化したトレーニングであることは感じ取れた。
であれば、私からも教えられることがあると思ってね。ちょうど、シリウスの目的も果たせたようだ。」
「確かに、トレノを領域に目覚めさせることが主目的だった。ラフプレイも海外勢の位置取りを意識させた。
トレノ、4コーナー半ばから集中力が増したり、疲れを感じなくなっただろ。」
「はい。何というか、なんでも出来そうな不思議な感覚でした。」
「それがタマモ、オグリ、そしてルドルフが今見せた領域と呼ばれるモノだ。性質は違うだろうが渋川も同じことはできる。
少し気に食わないが、これで下準備は済んだ。あとはトレノ、お前次第だ。」
これで下準備が済んだ…か。領域を自由に出し入れできる様にならないとジャパンカップで勝つのは難しい…って事なんだろうなぁ。
だからと言って、ゲームの必殺技みたいにポンポン出せるようなものでも無いから使いどころは考えないと。
パシャパシャ パシャ
「では、質疑応答に移らせていただきます。」
『誰じゃコイツ!』
『おかしいなージャパンカップでお互いボッコボコに負けたはずだけどなぁ。』
『確かに負けたが私様は負けを引きずらんのでな!そういう訳でお前も覚えとらん!』
「シーフクロー選手、オベイユアマスター選手、お二方にとって今回のジャパンカップをどのように考えておられますか?」
『私様が1番速いんじゃ!走り出したらそのまま1着なんじゃからそれ以外の事は考えとらん!』
『前回は王者として走って3着だったからね。世界の強豪が集まるんだからベストは尽くすよ。
今年は本当に強豪揃いだね、今この場にはいないけどフォークインもそうだし…ヴェニュスパーク、リガントーナもいるんだからね。
君たちと走れるなんてミーとしては光栄だね。』
『こちらとしても光栄です。レジェンドとこうして走れるなんて夢のようです。ですが、勝利まで譲る気はありません。
その壁を超えるつもりで走ります。』
『この情熱をあなた達にも宿らせる。ワタシに嫉妬させて、ワタシを刻み付ける。』
『なんじゃお前!私様より目立とうというのか!?』
『あなたにも、ワタシを刻ませて、心の中でも走らせてあげる。今から走る?』
『上等じゃ!今すぐ表にでぃ!』
「やべぇ、誰かあの2人を止めろー!……あ、あんた、春日っていうのか、あの2人を止めてくれ!」
「は、俺!?無理に決まってんだろ!大体アンタの方がウマ娘理解してんだからアンタがどうにかしろよ!」
『…大変だね、彼女、トラブルメーカーだったりする?ちなみにこっちの方はそんな感じだけど。』
『そういう訳ではないと思うんですけど…情熱が強すぎて……はは。』
会場の扉が開かれ、記者会見が終わったことを知らせる。フォークインがいないのは残念だけど、それでも見に行く価値は十分にある。
特にその中の1人…出てきた。タイミングを見計らって話しかける。
「君がオベイユアマスターちゃんかな?」
「…おや?パパラッチちゃんがもう1人だ。キミも取材かな、どんなことを聞きたいんだい?」
成程、こちらの素性はあらかた調べつくされてるって所か。私を見るなり雰囲気がメディア用のものに変わった。
ジャパンカップ当日に誰をエミュレートするかひた隠しにするためか。引き出すのは中々骨が折れそうだ。
下手な事を聞いても軽くあしらわれる、かと言ってド直球に聞いてもはぐらかされるだけだ。
「…その程度で本当にエミュったつもり?本物はもっとすごいけど?」
「…へぇ。」
あえて挑発する。簡単にぼろを出すような相手出ないのは分かってるけど煽られるっていうのは分かっててもそれなりにむかつくからね。
「それじゃあ、その子に伝えてくれるかな?
『ユーの走りはすべて見させてもらった。特に6月の走りは凄い参考になったよ。あれだけの走りをしてくれたからジャパンカップの作戦を練られたよ』…てね。
それじゃ頼んだよ、パパラッチちゃん!」
……パパラッチじゃないっての。それにしても、予想外に簡単に情報をくれた。6月の凄い走り……ロータリーちゃんか?
少ない情報だけど当てはまるとすれば彼女しかいない。
ロータリーちゃんは明らかにプロのような走り方をする。闘争心の制御が上手くなったというか、炎のように熱い闘争心の中に氷のように冷静な判断力を備えている。
その走りをオベイユアマスターがエミュったとするなら、間違いなく過去1番の難敵になる。
本番まで時間はない。こうなったらロータリーちゃんに直接聞くしかない。それで対策を立てる。
「…という訳でロータリーちゃん、何かいい案無いかな。」
「じゃあ逆に質問するぞ。なんで素直に答えると思ってんだ?」
「ですよねー。これで教えて貰ってたらロータリーちゃんの考え丸わかりになるからマジで答えるメリットゼロだよね。」
「そういう事。…ただ強いて言うなら、シーフクローの後方に位置取るな。このメンツのジャパンカップを見たが、シーフクローの前を走るとほぼ確実にレースのペースが上がる。
逃げ切れるならまだいいが、シーフクロー、イブビンディは当たり前のように落ちていった。
つまり前っていうのは都合が悪い、自分のペースで走るならむしろ後ろを走る。…俺から行ってやれるのはこれ位だな。」
「十分すぎるよ、ありがとう。なんやかんや教えてくれるなんて…ハハーン、ツンデレ?」
「そんな訳無いだろ、ただトレノが俺以外の奴に負けるのが気に食わないだけだ。」
人はそれをツンデレというんだよとは言わないけど、これで作戦を立てられる。…さて、どう攻略していくべきか。
『今年もやってまいりました、ジャパンカップ!今年のジャパンカップはレジェンドからチャレンジャーまで選り取り見取り!
オベイユアマスター、フォークインが王者の威厳を見せつけるのか!それともシーフクローが逃げ切るか、ヴェニュスパーク、リガントーナが差し切るのか!
対するはトレノスプリンター!レジェンドたち相手に勝つ事は出来るのでしょうか!期待しかありません!』
「うぅ~、こっちが緊張して来たよぉ~!ダイヤちゃんは平気?」
「私もドキドキだよ。今までに類を見ないくらいの強豪が出走するんだから緊張しない訳無いよ。」
「大丈夫かな、トレノさん。あたし達でもこんなに緊張してるのにトレノさんはこれ以上なんじゃないかな。」
「心配だけど、トレノさんなら大丈夫な気がする。案外、気楽に構えてたりしてるかも知れないね。」
「さっきから手の震えが止まらないんですけど。」
「何だよビビし、猛ってんのか?」
「それ逆なんですよ。…でも確かにそうなのかもしれません。今までよりその重圧を強く意識させられますけど、それでも早く走りだしたいんです。」
「問題なさそうだね。それじゃ、作戦を振り返るよ。まずシーフクローが逃げたら前に行かずにその後ろ3バ身を走る。
後方はヴェニュスパーク、リガントーナが控えてるけど、走りやすさを考えれば前方に付けていた方が良いはず。
まぁ、前に行ったら行ったでロータリーちゃんをエミュったオベイユアマスター、フォークインがいるけど…多分だけどこっちの方が良いはず。
ラストのストレートに入ったら誤魔化し無しの馬力勝負になる。そうなったら出し惜しみしない、“12000”まで回しちゃって。
それに、6速も使えるんでしょ?」
「はい、シリウスさんのトレーニングのおかげで今まで以上に使えるようになりました。…そろそろですね、勝ってきます。」
「うん、いってらっしゃい。」
このレースは今までで1番過酷なレースになる。だけど今までの事を考えると少し気が楽になる。
私が有利だった、楽だったレースは1度も無かった。常に挑戦者の立場でレースに挑んでたんだ。これまでと何も変わらない。
自分のすべてを出していくだけだ。
『ゲートインの時間が迫ってきました。この時間がとても長く感じます。どんな走りを見せてくれるのか、楽しみで仕方がありません!』
「hey!ニッポンのスター、トレノ!調子はどう?」
「ど、どうも…私は今日に備えてトレーニングして来たのでやれることを精いっぱいやるだけです。」
「謙虚だねー!それにお互いチャレンジャーなんだ、もっとフランクに接してくれていいんだよ?」
に、日本語が上手い…。こっちとしてはありがたいけどここまで使いこなされると私より日本語出来そうで怖くなる。
「貴方がトレノなのね、レース中と雰囲気違うから別人だと思ったわ。まぁ、敵になる訳だから馴れ合いはするべきじゃ無いわね。」
「あ、ど、どうも…。」
話すだけ話して去ってしまった。あの人がフォークインさん…只者じゃない。
「ありゃりゃ、フォークインはやっぱり気難しいね。あっと…そろそろ時間だ。ユーももっとお話ししたかっただろうけどここまでみたいだね。
でもまぁ、日本語喋れる外国勢はミーとフォークインだけだしちょうど良かったかな?それじゃ、一緒に手を繋いでゴールしましょ!」
「あ、はい…頑張りましょうね……。」
レース前とは思えないノリでこっちの調子が狂わされてしまった。でも何というか、緊張がほぐれた感じもする。
気を引き締めていこう、頬を両手で叩いて気を引き締めてゲートに向かおうとすると、先に歩いて行ったオベイさんが立ち止まった。
「あ、そうだ。一言だけ言い忘れてたよ。」
「何ですか?」
オベイさんが振り返ると先ほどのフレンドリーなオベイさんはいなかった。いたのは、闘争心むき出しのレースに挑むウマ娘、オベイユアマスターだった。
「come on,eight six.」
立ったその一言だけを残して、オベイさんはゲートに入っていく。多分あれが、ロータリーさんをコピーした時のオベイさん…のはず…。
だけど……あの感じは……。
『全バゲートに収まりました。スタートが待たれます。』
考えろ、別の可能性を考えるんだ。もし私の仮説があってるなら、渋川さんの立てた作戦は根底から崩れる。
あの感じは…いや、間違いない!
ガコン!
「今スタートが切られました!」