頭文字D プリティーステージ   作:サラダ味

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ここからだ、トレノの本領は。

私があの時見た領域は、覚醒したばかりなのもあってか不完全なものだった。

だが、このレースで完成する。特に3コーナーの下りはおあつらえ向きだろうな。

「日本を無礼るなよ。」


第百二十一話 領域

「なんだ…あのハネは…!」

 

コーナー入り口で抜かれたオベイユアマスターが観たのは、今にも空に飛んでいけそうなほど大きな、白い翼を背負うトレノだった。

 

ガオ ガオオォォ

 

次に聴こえるのは、轟音を上げるエンジン音。それは明らかに、トレノから発せられていた。

 

その翼を観たのは、その轟音を聴いたのはオベイユアマスターだけではない。シーフクロー、リガントーナ、他出走者たちも、延いてはこのレースを見ていたもの全員が観て、聴いていた。

 

ターフに響くは、進化の足音(エキゾースト)

 

トレノはこの瞬間にも…否、この限界ギリギリの瞬間だからこそ、進化する。

 

 

 

フッ

 

! 消えた!? いや違う、急に2バ身ほど開くトレノ特有の領域か!しかし今、2バ身なんてものじゃない。3バ身は確実に開いた!

 

『トレノスプリンターが完全に前に出た!ここで行くかというところで行きました!まるでMFG,片桐夏向を見ているような、圧倒的なコーナリングスピードです!』

 

それともう一つ、違う何かを感じる。まるで、見えない“何か”に背中を押されているような、力強いものを感じる!

 

トレノが領域に入ったからには3コーナーで勝負を付けるつもりだ。…ミーにも行けるか!?

 

「世界で一番強いウマ娘はだぁれ?」

 

フォークイン、ここで来るのか!触発されたか…トレノについて行こうとしてる時点でミーも同じか!

 

「Are you ready? SHOWDOWN.」

 

『オベイユアマスター、フォークインが食いついてきます!不気味ですが落ちたと思われていたシーフクローもまだ3バ身以内にいます。』

 

 

「あなたの情熱…ここまで伝わってくるわ!私の情熱をもっとあなたに!」

 

「無視は困ります!貴方には負けられない!たとえ並ばれても、抜かせはしない!」

 

「貴様らぁ……!」

 

「あなたはここで終わりね。その情熱、愛は荒々しすぎるわ。与えるだけでは長続きしないわ。もっと…受け取ってみてはいかが?」

 

「やかましいわ…!私様に指図するでない!」

 

「ですが、限界なのは事実なはずです!このまま行かせてもらいます!」

 

「待たん……か…!!」

 

『シーフクローがどんどんと落ちていきます!ここからは先頭5人での争いになりそうです!3コーナーから4コーナーへ。

 

一気に3バ身ほどのリードしたトレノスプリンター、この先は上り、リードを保てるか!?』

 

 

宝塚から約5カ月…その間に成長したわけね。早仕掛け自体は想定してたけど、あの走りとははっきり言って別物、4カ月とは言えどうやればそこまでいくのか疑問ね。

 

領域の兆候も無かったのにここに来て高いレベルで使いこなしている。

 

フッ

 

『4コーナーでまた差が開いた!彼女にだけ物理法則が働いていないのか!?』

 

コーナーで異常な加速力ね。恐ろしい走り方ではあるからこそ、貴方にしかできない走り方とも言えるわね。

 

「攻めあぐねいているのかい?ジョーカー?」

 

「その言葉、そのままお返しするわ。あなたの魂胆はお見通しよ。直線残り300メートルで勝負を掛けようとしてるんでしょう?」

 

「そこまで分かってるなら、ミーたちに言葉は要らないね!」

 

そういう事なら今警戒するのはリガントーナとヴェニュスパークね。

 

リガントーナは凱旋門賞を制しているし、ヴェニュスパークはあのモンジューの弟子。気の抜ける要素なんか1つもない。

 

シーフクローは…大丈夫そうね。彼女も十二分に化け物だけどあれだけバテてしまったらもう戦えないわね。まだ付いて来ているのが不気味だけれどね。

 

トレノとの差は5バ身程度、貴方がどれほど伸びるのかは成長度合いを含めて把握している。

 

コーナーで詰めようなんて思わない。最後の直線で300メートル地点までに1バ身詰められれば差し切れる。

 

『トレノスプリンター最後の直線に入る!5バ身ほど離れてオベイユアマスター、シーフクロー!1バ身離れて後続がおってきます!

 

この500メートルの直線、果たして逃げ切れるのか!』

 

 

日本ダービー、キタちゃんを追いながらトレノちゃんは同じ様に5バ身くらいだったかな。それ位のリードで最終直線に入った。

 

あの時は、本格化前で、ロータリーちゃんとダイヤちゃんにあっけなく抜かれたけど、今回は違う。

 

何てったってトレノちゃんに乗ってるエンジンは、レース用に組み上げられた超高回転型ユニットなんだから。

 

 

後ろからのプレッシャーがどんどん強くなってくる。前に出たからには逃げ切るしかない。

 

このロングストレート、エンジン全開で走り抜ける。回すとなると、相当な負担がかかる。持ってよ、私の心臓!

 

『ぐんぐん伸びていきます!ここまで伸びていくトレノは見たことがありません!まだ1段ギアを残していたのか!?』

 

 

「まだ上があったのか…!」

 

予想以上に伸びていくトレノの背中を見て流石に焦る。ミーのリサーチ不足か?

 

追わなければ…追わなければ勝てない!逃げる背中を黙って見ていられる訳がない!

 

「その背中、追わせてくれよ!」

 

何より、ユーのトレーナーはこの状況でアクセルを踏み込まない訳がない!

 

『オベイユアマスターが追い上げてくる!その後ろからリガントーナだ!リガントーナが来ている!フォークインを躱していきます!』

 

 

「距離が…縮まらない!」

 

リガントーナに追われて無意識に自分のペースを崩してしまった!必死に脚を動かしても食い付いていくので精一杯…。

 

「ここまで…なの?」

 

 

左にフォークインさん、右にオベイさん、リガントーナさん。見なくても分かる、どんどんと迫ってきている。

 

右からの圧が強いからそっちの方の距離が縮んできてるはず。ゴールまで残り300…ここから6速、絶対逃げ切る!

 

『残り300!トレノスプリンター逃げる!オベイユアマスター、リガントーナが追い比べながら迫ってくる!フォークインは差し返せるか!?』

 

「いいわ、もっと見せて頂戴!それ以上の愛を見せつけてワタシに嫉妬させてあげる!」

 

「嫉妬するのはユーだ、リガントーナ!最もミーに嫉妬することになるだろうけどね!!」

 

「あぁ、ワタシは幸せよ!こんなにも熱いレースに巡り合えたんだもの!もっと、もっと走りましょう!」

 

やっぱり世界は凄い、あのハイペースなレース展開でまだ伸びてきてる。吞まれるな、私だって勝ちたいんだ!

 

「私様を…差し置いて…レースするでないぞ!!」

 

突然、6バ身程後ろから、途轍もなくデカい圧を感じた。 まさか、嘘でしょ? あそこからまだ追い込めるの!?

 

「私様が限界だと?勝手を言うでない…1度負けたレースで…1度戦った相手には!特に!フェイカー2人にだけは!死んでも負けられんのじゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

『大外からシーフクローが上がってきます!凄まじいスピードです!その差がどんどんと縮まっていきます!』

 

「執念とは恐ろしいね…!」

 

「ワタシが吞まれてしまいそうだわ…!」

 

オベイさんが軽口を叩くけどそんなチャチものじゃない。あの人は精神力だけでラストスパートを掛けている。

 

ここに来て一番厄介な敵が出てきた。ああいう手合いには小細工は効果が薄いから真っ向勝負になる。そうなると不利なのは私。

 

『残り200を切った!トレノまで3バ身程!リガントーナ、ジリジリと追いすがる、シーフクローがフォークインを躱す!』

 

もう逃げきれるか怪しくなってきた。いくら6速、12000まで回ると言ってもこのロングストレートだと確実に頭打ちになってしまう。

 

もう、使ってしまうか!?壊れない保証はないけど、それを覚悟で!

 

「もう行っちまえぇぇーーー!!」

 

スタンドから渋川さんの声が聞こえる。考えることが同じで良かったですよ。遠慮なく、行っちゃいます!

 

「13000、思いっ切り回れえぇぇぇ!」

 

『トレノが更に、ほんの少しだが粘ります!だがそれも僅か、シーフクローが猛然と追い上げます!今リガントーナすら躱します!

 

残り100!お願いだ、逃げ切ってくれ!』

 

「頑張れー!逃げ切ってくれトレノちゃーーーん!」「ここまで来て負けるんじゃねぇー!」

 

「そこをどけ!トレノスプリンター!」

 

「いっけぇぇぇ!!」

 

『どっちだどっちに転ぶ!?まだ僅かにトレノか!シーフクロー迫る!』

 

「頑張ってトレノさーん!」「ジンクスを破ってください!」

 

『両者ゴールイン!最後までもつれました!肉眼ではほとんど差が無いように見えましたがどうか!?』

 

「ハァッ…! ハッ……!!」

 

ゴール版を過ぎて徐々にスピードを落としていく。そのまま立ち止まって両膝を付いてしまう。まだ、負担が大きすぎた。

 

壊れなかったのは良かったけど、あれ以上は分からなかった。未だに鼓動がうるさい。息も整わない。帰ってからのメンテナンスが大変だろうな。

 

『おうちっこいの。何故あそこからまた伸びていけたのだ?』

 

「…?」

 

日本語を話してほしい。英語は平均的くらいだけどレースの後だと殆ど聞き取れない。

 

「通訳はミーがしようかな、彼女はなぜ伸びていけたのかって聞いてるよ。」

 

「あ、どうも…。それじゃ、そっくりそのままお返しします。こっちの方がビックリですよ。」

 

『私様だからな!一度負けたレースでは負けんのだ!故に私様が勝ったわけだしな!』

 

「まだ掲示板出てませんけど…。私が確信できなくて、シーフクローさんが確信してるって事はそういう事なんでしょうね…。

 

また、負けたんですね、私。」

 

『そう気を落とすな!私様が敵と認めたのたのじゃ!誇っても良いぞ!』

 

元気だなぁこの人、もうケロッとしてるもん。私はようやく息が整って来たくらいなのに。

 

『出ました!1着はトレノスプリンター!やってくれました! 日本のウマ娘が!ジャパンカップを制しました!』

 

『何故じゃああああああ!!?』

 

「や、やった! 勝った!」

 

掲示板を見てようやく立ち上がる。疲れが一気に吹き飛んだような感じがした。

 

『あぁ、ズルいわ。ワタシを嫉妬させるなんて…。』

 

『今日この場では、貴方が一番強かった。あれだけのオーラを出せるなんて。』

 

『何もかもが想定を超えてたわ…。情報戦の時点ですでに負けていたって訳ね。』

 

「集まったと思ったらもう行っちゃったね。皆結構ドライだねぇ。」

 

「私はどちらかというと皆さんがもう回復してる方が驚きですね。…やっぱり凄いですね、私が勝ったのも偶然が重なっただけかもしれませんね。」

 

「いや、必然だね。ユーは強いウマ娘だ。そしていいトレーナーに会うことが出来た。詳しいことは言わないけど、この勝利は約束されたものなんじゃないかな?」

 

「そう言ってくれると、嬉しいです。」

 

『おいちっこいの!』

 

「は、はい!」

 

『今回は負けたが次は必ず勝つ!私様に負けっぱなしは似合わんのじゃ!次走る時までトレーニングを怠るでないぞ!』

 

そう言って地下バ道に行ってしまう。これは、1年後まで気が抜けなくなっちゃったな。

 

「さぁ、ミーもそろそろ行くとするよ。ウイニングライブ、楽しみにしてるよ、トレノスプリンター!」

 

オベイさんを見送って、スタンドを見る。まだ興奮冷めやらぬ感じで歓声が聞こえる。こうやって見ると、私を応援してくれる人たちが多いことを改めて実感する。

 

ナナも、伊勢崎から見てくれてたかな。

 

「応援、ありがとうございました!!」

 

ワアアアァァァァァァァァァァ!!

 

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