早朝の自主トレで、変わったパワーバンドに慣れていく。案外戸惑うことも無く、すんなりと受け入れることが出来た。
まぁ、何回も変わってることだし、戸惑うのも今更な感じはするけど。
とは言え、ドリームトロフィーまでは1カ月しかない。出来る事をより高密度にやっていかないと。
「トレノ、例の話は聞いたんだろ?もちろん受けたよな。」
「はい、負けっぱなしでいる訳には行かないので。」
「だよな。だが、今回も勝つのは俺だ。このレースで会長も踏み台にして、俺は頂点に上り詰めてやる。」
物凄い気合だ。宝塚の時よりもやっぱり洗練されている。リベンジのつもりだったけど、総合力で考えれば明らかにロータリーさんが上だ。正攻法で戦っても勝ち目は無い。
「…話は変わるけどよ、お前ってドリームトロフィーに移籍するつもりってあるのか?」
「考えたこと無いですね。今はトゥインクルシリーズで精一杯ですし、その先の事はあまり…。」
「そうか…。俺はあと1年トゥインクルシリーズを走ったら、ドリームトロフィーに移籍しようと考えてる。」
「そうなんですか…えと…頑張ってください。」
「うっわスゲェ他人事みてぇに言うじゃねぇか。そういうお前だってドリームトロフィーの事を考えててもおかしくない時期じゃないのか?」
考えてみると、あっという間に過ぎてたけど既にシニア級1年目が終わろうとしている。実感の無さというのは恐ろしいものだ。
「今の所は、何も考えてないですね。だからまだ先送りですかね。」
「ま、そういう事ならまだまだ走るんだろ。でも俺たちの時間は有限だ。どう使うかくらい、大体にでも考えた方が良いんじゃないか?
じゃ、俺はトレーニングだから行くわ。お前には2回も負けてるんだ。あと1回勝たないとリベンジにはならねぇ。次も俺が勝つ。」
そう言ってトレーニングに向かった。私は、結構行き当たりばったりで先の事を考える習慣が無い。
そのせいで、進学先の件でもナナに同じような事を言われた。走ることで精一杯だけど、やっぱり考えないとダメだよなぁ。
でも、はっきりと分かる。トゥインクルシリーズを駆け抜けていく。今やるべきことだけは、それだけだ!
「よう、渋川。」
「シャカールじゃん。どしたの、麻雀でもしに来たの?」
「やらねぇよ。今日は答え合わせに来た。お前…いや、お前たち群馬の走り屋のテクニックのな。」
「私も来ているよ。と言っても、シャカール君と同じような解答かもしれないけどね」
「へー。それじゃ、私たちが誇る、群馬プライドについて回答をどうぞ。」
さてさて、どんな解答が来るかな。シャカール、タキオンちゃんほどの頭脳であれば、ほとんど正解まで行ってるかもだけど。
「まず結論から言えば、テクの根幹はアクセル踏み続けるための技術体系だ。MFGでも非力だと言われた86をあの順位まで上げるには極限までアクセル踏み抜くしかないからな。」
「そして、至るは荷重移動。4つのタイヤを最大限生かすには、どのタイヤにどれだけ力が加わっているか、どこまで荷重を移せるか。
アクセルを踏んで、タイヤの限界を常に維持する。それこそが…」
「「群馬プライドの神髄だ(ろう?)。」」
1つ息を吸って、背もたれに寄り掛かる。天井を見上げる。
「……そこまで分かってるのにさ、わざわざ私に聞く必要ある?」
ほとんど正解だった。補足説明する必要が無い位…いや、あるのかもしれないけど、私からは何も言うことは無い。
「理論の答え合わせはな。だが頭でわかっててもいざ実践できるかどうかっていうのは別問題だ。」
「そうなの?てっきりもうモノにしてると思ってたけど。」
「はっきりと言えば、この学園で群馬プライドを体現できているのはトレノ君とロータリー君くらいだ。
私達に染み込んだ常識では、その領域に踏み込むのを本能的に拒否してしまうんだよ。その理由は簡単、オーバースピードだと認識してしまうからだ。」
「ロジカルで考えれば実現可能なのはわかってンだ。だが、その本能が一番の壁になってる。」
「じゃあ私の助手席乗る?何か分かるかもしれないよ?」
新しいものを組み込もうとすれば今までの常識が邪魔をする。歴が長いほどこういうことになりやすい。
1番手っ取り早いのはその常識を外から壊してやること。幸い、私にはそれが出来る。
「話が早くて助かるぜ。アンタが好きな時でいい、連絡くれ。」
「え、いや今から行こうよ。どうせ私暇だしそもそも走れるなら無理にでも予定空けるし。」
「…おやおや、これは…?」
「ほら行くよー。…そうだな、赤城に行こう。今からぶっ飛ばせば2時間っちゃ着くから門限にもギリ間に合うからさ。ほら、行くよ!」
誘っておいて何故か動く気配が無かったから2人の手を引いて部屋を出る。折角行くんだから、私の走りを心の底までしみこませるくらいやらないとね。
「シャカールく~ん。だから入る前に言ったじゃないか~彼女は思いの外フットワークが軽いって~。」
「ここまでとは思わンだろ普通…。」
「ハァッ…ブライアン、ここ最近から気合の入り方が一段と増しているな。やはり、例の件か?」
「私の渇きを満たせるかもしれないんだ、全力で迎え撃つのは当然だ。エアグルーヴも同じだろ。」
「言われるまでも無い。女帝の輝きをあの2人に、そして、その場の全員の目に焼き付ける。会長であっても容赦はしませんよ。」
「これはまた、壮絶なレースになりそうだな。ではもう1本、付き合ってもらおうか。」
「チョイ待ちぃや。その1本、うちらも混ぜてぇな。」
「ルドルフ、ロータリーとトレノを意識しているのは何もあなただけではない。」
「せや、オグリは同着でもウチは負けたまんまや。このままや終われへんっちゅうわけや。…嫌とは言わへんよな?」
「まさか、こちらとしても歓迎だよ。実りあるトレーニングになりそうだ。」
……こんなものかな。
その時がいつ来るか分からないけど、私はそっちで生きていくと決めた。“これ”はその決意の証でもある。その時が来るまで、これを見られるわけにはいかない。
机に仕舞うと同時に、トレノちゃんがミーティングの為に部屋に入る。
「やっほ、早速ミーティング始めようか。まず、ドリームトロフィーのコース決まったよ。と言ってもいつも通りだけど。」
「ということは、東京芝2400メートル、ジャパンカップと条件は同じですね。」
「正直京都だったらインベタのインが使えたかもしれなかったんだけど、まぁ仕方がない。作戦はナシ、とにかく頑張るしかないね。」
「私も色々と考えてはみたんですけどどれも決定打に欠けるんですよね。」
「だからこそ、今回は初心に帰る。最後尾に付けて3分の1…つまり800メートルで超ロングスパートを掛けて。」
相当な手練れ相手だと、いくら研究したところで作戦がハマる事の方が珍しい。それなら自分の型で走ったほうがいい。
「そうですね、それで行きましょう。」
「よう池谷、元気してっかー。」
「昨日も一昨日も来ておいてよく言うよ。」
「3連チャン位だったらもはや普通ですけどね。」
「それよりもトレノちゃんだよ。どうやらトレノちゃんとロータリー、ウィンタードリームトロフィーに出るみたいなんだよ。」
「ドリームトロフィー?何ですかそれ?」
「オレもよくは知らないんだけどさ、トゥインクルシリーズから移籍した子が走るレースらしくウマ娘ファンの間じゃ一大イベントらしい。」
「そうなると、今度の相手は経験から何まで段違いって訳か。ジャパンカップでもそうだったけどよ、厳しいレースになるな。」
「でも、なんでか確信できるんです。ハチロクなら…いや、トレノちゃんならやってくれるんじゃないかって。」
「…よし!その日は臨時休業にする!オレ達も現地に応援にいくぞ!上から何言われても知らん!」
「おぉ~池谷らしくない思い切りの良さ。それじゃ、当日は現地集合って事でな。」
『トレちゃんなんでこうも重要な事話してくれないの!?』
「いやー、まだ確定してなかったし、話して立ち消えになった時を考えたらちゃんと決まった時に話した方が良いなーってさ?」
「理事長が言い出してんだから確定みたいなもんだろ。」
『ほらーロータリーさんもそう言ってる!有馬記念だったとしてもあんまり対応変わらないけどさぁ!』
「そうだと思った…。じゃ、夜も遅いしそろそろ切るね。」
『待った!まだまだ話してないこといっぱいあるし、今冬休みだから明日そっちに行くから!それでもってドリームトロフィーまでそっちに泊まるから!』
「いやっえぇ~?泊まるってどこに泊まるの?近くにホテルなんか無いし、第一お金あるの?」
『そこは考えてるよ。という訳でトレちゃん、泊めて?』
「……ロータリーさん、大丈夫ですか?」
「俺のベッドは貸さねぇぞ。お前のベッドで仲良く寝てくれ。」
「明日フジ先輩に聞いてみるよ。また電話するから待っててよ。」
『お願いね!ダメだったらテント張らないといけなくなっちゃうからね!』
「勘弁してほしいなぁ。」
……そしてウィンタードリームトロフィー3日前、出走表が遂に発表される。
1枠 1番 スペシャルウィーク
2番 ナリタブライアン
2枠 3番 テイエムオペラオー
4番 ビワハヤヒデ
3枠 5番 オグリキャップ
6番 トレノスプリンター
4枠 7番 サイレンススズカ
8番 ウオッカ
5枠 9番 エアシャカール
10番 フジキセキ
6枠 11番 シンボリルドルフ
12番 トウカイテイオー
7枠 13番 イエローロータリー
14番 ダイワスカーレット
15番 メジロマックイーン
8枠 16番 タマモクロス
17番 アグネスタキオン
18番 エアグルーヴ