ワアアアァァァァァァァァァァッ!!
『まだパドック入場だというのにこの熱量!このテンションが続くのか、いや続くでしょう!次々と入場してくるウマ娘達!
その仕上がりは言うまでもないでしょう!私には輝いているように見えます!』
「なぁトレーナー。アタシの出走登録ってなんでしなかったんだよ。」
パドックでスぺたちを見ていると横のゴルシに聞かれる。
「それはなお前、自分の胸に聞いてみろ。」
「ンンッ?」
「分かったか?」
「いや、何も。アタシが何かしたってのか?」
「お前、トレノが転入する前に色々やっただろ?」
「ああ、お前がやれって言ったからな。」
「違うっての。それでな、トレノの方からNGが出ててな。どうせお前はゲートでエライことになるだろうからわざと出さなかったんだ。」
「…お前この作品終わったら覚えてろよ。」
急に空に向かってそんなことを言い始める。こいつ誰に向かって話してるんだ?
『さぁ!次は特別出走枠の2人が出てくるようです!イエローロータリーはシニアに入ってから目覚ましい進化を見せつけ、宝塚記念ではトレノスプリンターに勝利、これに勝てば年間全勝が見えてきます!
一方トレノスプリンターはジャパンカップで凱旋門ウマ娘を破って同じ舞台でウィンタードリームトロフィーに挑みます!
この2人には、嫌でも注目が集まるでしょう!』
「だとよ。お互い、来るところまで来たな。」
「ですね。伊勢崎にいた時には考えもしなかったですよ。こんなに有名になっちゃうなんて。」
「だが、こうやって強くなったから今がある。トレセンの最強格たちとやり合えるんだからな。」
「今は、この瞬間を楽しみましょうか。…行きますよ。」
ワアアアァァァァァァァァァァ!
トレノ頑張れーー応援してるそー!ロータリーさん頑張ってくださーい!歴史的瞬間を見せてくれー!
ロータリーさんと合わせてパドックに入ると凄まじい歓声が私たちを出迎えた。その中に私やロータリーさんを応援する声も聞き取れる。
「あ、トレノさーん!」
パドックに入るとスぺさんが駆け寄ってくる。その後ろからスピカのメンバーが付いてくる。
「スぺさん。それにスピカの皆さんも。」
「私、トレノさんとレースできるのがすっごく嬉しいです!1度レースしてみたいと思ってたんですよ!」
「スぺちゃん、昨日の夜はなかなか寝付けなかったものね。でも楽しみなのは分かるわ。私も同じだもの。今日はよろしくね、トレノ。」
「いいか、今日勝つのは俺だからな!スカーレットじゃなくて俺をマークした方が良いぜ?」
「ウオッカの言う事は無視して良いわ。今日はアタシをマークしておいた方が良いんじゃない?」
「「…お前(アンタ)にだけは絶対負けない!!」」
「ウオッカとスカーレットは相変わらずだね。でもでも、今日はカイチョーにも譲れないからね。トレノもそのつもりで来てね!」
「あら、私がいることをお忘れですかテイオー。本来の適性は長距離ですが、中距離も走れますのよ。油断は禁物ですよ?」
「油断しないっていうか、出来ませんよ。皆さん強すぎますし、それに…」
「うちらもおるんや。油断しとったら一気にぶち抜いたるで。あの時のリベンジと行こうやないか、トレノ。」
「ああ、あの時は同着だったが、今日こそ決着を付けよう。」
そう、タマモクロスさんとオグリキャップさんもいる。転入前は何も知らないのもあってリラックスできてたけど、今じゃ緊張しっぱなしだ。
「私を忘れてもらっては困るな。あの負けから君の走りを研究、何度も計算し直して漸く方程式が完成した。タマモさんには悪いが、私が先にリベンジを果たす。」
それにハヤヒデさんも。あの時はサドンデスで何とかスタミナ勝ち出来たけど、今回はそうはいかない。これだけのメンツが揃ってると、バ群を予想してもどこにも隙が無い。
今日のレースは、ジャパンカップ以上に厳しいものになる。そう確信した瞬間、後ろから殺気めいた物を感じる。まぁ、ほったらかしにして黙っている人じゃないよね。
「なぁなぁスピカの皆様方にオグリさん、タマモさんそしてハヤヒデさん?。トレノにばかり目を向けていていいんですかい?ここには俺がいるんだぜ?
…あんたらを倒すことくらい、訳無さそうだな?」
「あら、随分な余裕ですこと。ロータリーさん、貴方のマークも徹底していますのよ。」
「ボク達を簡単に倒せるなんて思わないでよね。」
「あぁ、どれほどのもんか見せて貰おうか。がっかりさせんなよ。」
「がっかりさせるな?それはこっちのセリフだな。年内無敗はここで終わらせてやる。」
スピカ連中にタマモさんとオグリさんに対して挑発的に言うとブライアンさんの声がする。
「女帝としてお前の快進撃を受け止める。心して掛かってくるがいい。」
「…そうだな、今だけ敬語はナシだ。全力で、アンタらを下す。頂点は俺だってことを見せつけてやる!」
「アッハッハ!今からバチバチしてたら本番まで持たないよ、ロータリー。それに、君たちが見るのは私のショーかもしれないよ?」
「フジ先輩のショーに出演出来るとは、とても光栄だよ!でも、そのショーをボクのオペラで上書きしてあげよう!」
「楽しみにしてるぜフジさん、オペラオーさん。でも今日のショーとオペラはそっちにとっては楽しくないものになるかもしれないな。」
「ハーッハッハ!!覇王としてキミに負けるわけにはいかないね!全力で掛かってくるといい!」
「まぁ、分かっていたことだが私たちは少しばかり、蚊帳の外といった感じだねぇ。」
「丁度いいじゃねぇか。マークされてなけりゃトレノ相手に俺達の群馬プライドを試すチャンスがあるって事だ。もしそうなったら、オレとお前で殴り合う事になるかもしれねぇがな。」
「おやおや、まさか私に勝つつもりでいたのかい?」
「…ほぉ?どうやらここで引導を渡さねぇといけないらしい。」
半ば勝手に参加して来たが、コイツのおかげでデータが集まったのも事実だ。礼も兼ねて叩き潰してやるよ!
『さぁ、遂に登場です!史上初無敗の三冠を達成したウマ娘、レースに絶対はないが、彼女には絶対があるとも言わしめた最強のウマ娘!
皇帝シンボリルドルフ、パドック入場です!!』
ワアアアァァァァァァァァァァ!!
会長サマは最後か。注目を全部持っていきやがる。ギャラリーに手を振り終えると、何故か俺たちのほうに歩いてきた。
「どうかしたのかい、会長。」
「いやなに、他愛のない雑談でもしようと思ってね。君たちがドリームトロフィーに出るのは久しかったからな。理由を聞いてみてもいいかな?」
「オレ達は集めたデータの実践だ。併走じゃなく、ドリームトロフィーを選んだのはここでないと実践の意味が無いと思ったからだ。」
「私達の実験は極限状態で行わないと意味が無くてね。時期が時期なだけにちょうど良かったんだよ。」
「そうか、君達らしい理由だな。その実験が上手くいくことを願っているよ。」
そう言ってトレノの方に歩いていく。上手くいくことを願う?まるで他人事じゃねぇか。それに何か、失敗するみたいな含みのある言い方しやがって。
心の中で悪態をついていると、会長サマが立ち止まる。
「…あぁそうだ。もう1つ言っておこう。コーナーで加速する恐怖は君たちもよく知っているだろう。刷り込まれた恐怖を払拭するのは、そう簡単なものではないぞ?」
「「!?」」
それだけ言ってまたトレノの方に歩いていく。
コイツ、気付いてやがる。オレ達の実験を、群馬プライドが何たるかを。するってぇと、会長サマはトレノや渋川、片桐夏向と似たようなことが出来るって事なのか?
「やぁ、トレノ、ロータリー。緊張はしていないかな。」
「まぁ、してるはしてますけど、平常運転って感じですかね。」
「緊張って言われても今更なぁ。今日の為にトレーニングして来たんだし、しても仕方ないだろ、ルドルフさん?」
「十全に力を発揮できそうで何よりだ。私も、今日を楽しみにしていたよ。」
ルドルフさんは学園で見かける時と同じように凛としていた。でも隠し切れないほどの闘争心を見て取れる。
「全力で走るなら、手心を加えるつもりは毛頭ない。心して掛かってくるがいい、絶対をその目に焼き付けろ。」
瞬間、闘気が倍にも膨れ上がった。これが皇帝シンボリルドルフ…。気を抜いたらあっさりと気圧されてしまう。
「いくらルドルフさんが強くっても、応援してくれてる人たちの為に負けられないんです。」
「その絶対が何時までも続くなんて思うな。終止符を打つのは俺だ!」
「…フッ、その意気だ。乾坤一擲をきたいするよ。」
「何というか、ロータリーのああいう感じは啓介らしいよな。トレノはトレノで藤原を見てるような感じだよ。
それにしても、来られるとは思わなかったよ、涼介。」
「まあな。同僚たちにたまには休めって半ば追い出されるような形だったがな。」
「啓介たちの所へ行かなくていいのか?最前列で1番いい所だと思うけど。」
今オレと涼介がいるのは最前列からかなり離れてはいるけど、全体を見渡せる位置だ。ここでなくても全体が見られる場所はいくらでもあるし、折角来たんだから前の方でもいいと思うけどな。
「いや、ここでいい。これくらいの距離の方がオレの見たいものが見られるはずだ。」
「成程な。…どうなんだ、今日のレース展開は。」
「オレに聞かれてもな。ウマ娘は専門じゃないし、来る前に少しばかり勉強して来たくらいだ。」
「少しばかりね。という事は大体わかってるんじゃないか?」
「専門じゃないと言っただろ。だが面白いものになるだろう。オレ達の群馬プライドを奇妙な因果で受け継いだトレノスプリンターとイエローロータリー。
シンボリルドルフには、それに近いものがある。それが無かったとしても、超一級のプロレーサーたちが集まっている。
混戦は必至のはずだ。だからこそ、トレノとロータリーの勝ち筋がある。」
「あるのか、勝ち筋が?」
「ああ、詳しくはレースの途中で話すけど、歯車が1つでも狂えば勝つのは誰か分からない。予想するのだって烏滸がましい位だ。」
「そうなのか…だったら今は見送るしかないな。」
口にはしなかったけど、なんだか懐かしいな。プロジェクトD時代は涼介が展開を予想して作戦を藤原と啓介に伝える。
プロジェクトDが終わって、今じゃ2人は巣立って作戦を伝えることは無くなってしまったけど、2人の走りには涼介のノウハウが詰め込まれていた。
それがこうやって、巡り巡って違う世界に活かされていく。全く、不思議なものだな。
「さて渋川、史浩に渡されたモンがあるだろ?」
「あ、そうでした。パドックで読んでくれって言われてました。」
「そろそろいいんじゃねぇか?ほら行くぞ。」
そう言って高橋さんが柵を思いの外軽々と飛び越えていく。…え、高橋さんも行くの?
「ちょ、置いてかないで下さいよー!痛ってぇ!」
呆気にとられて柵に脚を取られてそのまま顔面から着地してしまう。顔を上げるとほぼ全員がこっちを見ている。高橋さんに至ってはため息と同時に頭を抱えられてしまった。
…トレノちゃんまでこっち見てるじゃん。やめてよ、憐れんだような目でこっち見ないでよ。今この場で引くくらい泣いても良いんだよ?
「何してんだ、さっさと行くぞ。」
「は、はーい…。」
『パドックに人が入っていきます。1人は渋川トレーナーですが、もう1人は…TKマッハコーポレーションの高橋啓介でしょうか。』
パドックに上ってトレノちゃんの元へ歩いていく。高橋さんはロータリーちゃんの所へ行く。何か関係があったりするのかな。
「だ、大丈夫でした?渋川さん。」
「大丈夫…。それよりゴメンね、パドックの時に入ってきちゃって。」
「私はいいんですけど…そちらの方は?」
「あぁ、紹介するよ。高橋啓介さんだよ。」
高橋さんの名前を言った瞬間にトレノちゃんが目を見開く。まるで知っている名前を聞いたかのような顔をしている。
「どうしたの、トレノちゃん?」
「あ、いや、何でもないです。でも…なんでしょう…」
「聞いたことある名前…だろ?俺は懐かしさすら覚えたんだがな。」
ロータリーちゃんもそう思ってたのか。驚いていると、ロータリーちゃんが高橋さんに話しかける。
「初めまして…とは言わないぜ。アンタの顔はなんでかよく知ってる。」
「ああ、そうでないとこっちが困るってもんだ。」
「それで、何か用事があるんだろ?」
「ああ、出来るだけ手短するさ。こんな所でコケんじゃねぇぞ。お前の中には確実に群馬プライドが流れてる。
相手がどれだけスゲェのか…お前自身よく分かってるはずだ。だからこそ、プロジェクトDのヒルクライムエースとして、このバトル、確実に獲れよ。」
高橋さんが激励の言葉が出る。けどそれは、一定の人間にしか分からないような言い回しだった。そもそも、瀬名に対して言うような言葉だとも取れた。
「分かってるよ。最低でも1着、じゃないとこれからだって勝っていけないからな。まぁ見ててくれよ、啓介。」
「おう、頼んだぜFD。」
それだけ言い残して高橋さんは観客席に戻っていく。とても見知った仲のように見えた。
「ロータリーさん、お知り合いだったんですか?」
「いや、初対面だ。だがさっきも言っただろ。よく知ったような顔だった。それだけだ。」
「そうですか。渋川さんも高橋さんと同じ用事ですか?」
「あ、そうそう。トレノちゃん宛に手紙を預かっててね。信用できる人からの手紙だから怪しいものじゃないと思うけど…じゃ、読むね。」
「お願いします。」
「えーっと…『本当なら現地に行きたかったけど、手紙での挨拶になってしまったことをオレ自身残念に思う。キミの活躍は渋川が去年MFGに出た時から見てたよ。
キミの走りを見ていたら昔の事を思い出してすごく嬉しかった。君自身に言っても仕方ないのかもしれないけど、お礼を言わせてほしい。
一緒に走り続けてくれてありがとう。オレに最後の一乗りをくれてありがとう。また、走ってくれてありがとう。最後に、ウィンタードリームトロフィーの勝利を願ってるよ。
プロジェクトDダウンヒルエース 藤原拓海』…。」
込み上げるものがあって、少し泣きそうになってしまう。顔を上げてトレノちゃんを見るととてもやさしい顔をしていた。
「うん、分かってるよ。絶対に勝ってくるから見ててよ、拓海。」
「何というか、もう私から言う事は無さそうだね。あっと…忘れる所だった。手紙と一緒に箱も貰ってたんだった。まあ拓海さんからだろうね。」
箱を開けるとカチューシャのような髪飾りが入っていた。そこには『TRUENO』と書かれていた。箱から取り出して持ってみるとずっしりとした感触に驚く。
多分鉄製かもしれない。レース前にバラストになるようなものを付けさせたくはないけど…。
「じゃ、トレノちゃん、付けるよ。」
何故だか、無いといけない気がした。付ける時に、トレノちゃんは自然と頭を差し出して髪飾りを付けやすいようにしてくれていた。
「…うん、よく似合ってる。」
「こういう髪飾りって初めて付けましたけど、今までもこうだったように凄くしっくりきました。」
「それじゃ、私はこれで失礼するよ。…頑張って。」
返事を聞かないでパドックを後にする。作戦やそれが通じなかった時の奥の手は事前に伝えてある。今更言うことも無い。
トレーナーとして、走り屋として、応援してるよ。