頭文字D プリティーステージ   作:サラダ味

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第百二十八話 皇帝

「おい涼介…まさか…。」

 

「オレなりにトゥインクルシリーズを解釈して、その上で群馬プライドを発現させたものにのみ出るようにさせてもらった。これでもMFGよりは条件は緩くしたさ。

 

さっきも言った通り、トゥインクルシリーズは少し勉強しただけだからな。」

 

少しって何だよ。トゥインクルシリーズと公道じゃテクニックのすべてが違う訳じゃないけど、それでも随分と勝手が違うはずだろ…。

 

それを少し勉強しただけでこうも合わせられるものなのか?涼介の口ぶりからして正常に機能してるみたいだし…全く、プロジェクトDのダブルエース共々、底が知れないよ。

 

「トレノに出たって事はロータリーにも出る可能性があるって事だよな。それとさっき言ってた4人にも。」

 

「あの4人はまだしも、ロータリーには出て貰わないと困る。アイツは仮にも啓介の群馬プライドを発現させている。これで注目フラグが出ないようならアイツが未熟ってことか、オレの見込み違いだ。そうならないことを祈るけどな。」

 

 

…暇だな。こんな正月も近いときに豆腐屋に来る奴もまぁそういないけどな。

 

そう言えば栄治の奴がトレノがドリームトロフィー?ってのに出るとか言ってたな。テレビでも付けてみっか。

 

『な、なんと!これは…どうなっているんでしょう!注目フラグが、トレノスプリンターに注目フラグが出ました!』

 

あの髪飾り…拓海がいきなり電話寄越してハチロクの『TRUENO』の文字を切り取って髪飾りにしてMFGの史浩ってのに送ってくれって言ったのはこういう事だったのか。

 

ほー、この位置か。…つってのあんまりよく分からねぇけど。とは言え悪い位置じゃないはずだ。トレノの立場はレースの雰囲気を考えれば追う側の側面が強いはずだ。

 

だけどハチロクの馬力でストレートを戦えるか…。…んん?ああ、“成程”な。これなら少しは耐えられるはずだ。

 

だが妙に引っかかるんだよなぁ…嫌な予感がするというか…。

 

 

トレノの気配がルドルフさんから離れた。そこにはフジさんとオペラオーさんがいたはずなんだがな…気配の動きからして一瞬で割って入ったのか。斜行で降着とか失格になったらどうするつもりだ?そこらへんの事は全く考えてないんだろうな。

 

コースは半分を切ってる。下りは目と鼻の先だ。もう少し段階的にペースを上げていく。ちゃんとついて来いよ、ブライアンさんよぉ!

 

「そうだ、もっと逃げろ!そんなものじゃないだろ!」

 

「当たり前だろうが!という訳でスズカさん、前を譲ってもらおうか!」

 

「本番はここからね…先頭の景色は譲らない!」

 

『勝負は後半戦、先団のペースも上がりつつある!イエローロータリー、ナリタブライアンがサイレンススズカを捉えるのか!』

 

スズカさんもペースを上げている。だが加速じゃ俺の方に分があるようだな。3コーナー入る前に差し切らせてもらう。抜いてしまえばスズカさんは失速する。

 

後は逃げ切れるかどうかだ。トレノがジャパンカップで見せた領域に入ったらまず間違いなく追い付かれる。それなりのマージンってのも必要になってくる。

 

「さぁもっと逃げろ!逃げてみろ、イエローロータリー!もっとがむしゃらに逃げてみろ、私をがっかりさせるな!」

 

いや、何なんだこいつ。早仕掛けで来てブライアンさんがここまで持つとは…。やっぱスゲェな、怪物ってのは。

 

でも悪いな、今日の本命はトレノなんだ、アンタじゃねぇのさ!

 

 

ブライアン、お前はいつもそうだ。私の想像をはるかに超える。勝利の方程式がお前を捉えるに至ったことは今回を含めて遂に無かった。

 

タキオン君やシャカール君に言うことは無かったが、私も私なりにトレノ君の走りを研究して完璧ではないが、その断片を身に宿してみた。だがまだ足りない。これでは足りなかったんだ。

 

一体何が足りないのか。私には分からなかった。だがここに来て分かった気がする。

 

後先を考えない、危険も顧みない。そんな子供のような精神性も含めて、お前やトレノ君…ロータリー君の強みなんだろう。乱暴な言い方にはなるが、私はガキに成りきれてなかったんだろう。

 

私はなぜ走っている。レースに出ているからには、誰よりも速いと信じているからじゃないのか。ミスをしないとか、そういう考えが私の走りにブレーキをかけてるんじゃないのか。

 

…冗談じゃない!私は、誰よりも速いと信じて、レースをやってるんだ!!

 

『3コーナーの手前、サイレンススズカが追い抜かれようとしている中シンボリルドルフ、トレノスプリンターがどんどん追い上げてくる!

 

ビワハヤヒデがダイワスカーレットを躱してナリタブライアンに急接近します!』

 

このレースに勝つには、ガキに成りきらないとダメなんだ!

 

 

『アァッと!?今しがたビワハヤヒデに注目フラグが、短時間ながら出ました!トレノスプリンター共々、MFGの神フィフティーンに並び立とうとしているのか!』

 

「凄いよハヤヒデ!こんなに凄い走りが出来るなんて知らなかったよ!」

 

「凄いことは凄いけどさ、いつものハヤヒデの走りじゃない。アレがどこまで持つのか…。」

 

「いや、持つよ。他のウマ娘だったら素質の問題っていうのは確実に出てくるかもしれないけど、ブライアンちゃんとハヤヒデちゃんは姉妹。持っているポテンシャルは同じはず。だったらブライアンちゃんに出来てハヤヒデちゃんに出来ないってことは無いはず。」

 

「注目フラグが出たって事は群馬プライドを少なからず理解してるって事か。見たとこ期待できそうなのはエアシャカール、アグネスタキオン、シンボリルドルフって所か。」

 

「ロータリーは挙げないんだな。それとも出て貰わないと困るって訳か?」

 

「当たり前だろ中里。アイツは言うなればプロジェクトD時代のオレだ。出なかったら勝ったとしても勝ったとは認めねぇよ。」

 

 

3コーナーはすぐそこだ。ここで前に出ないと勝機はない。ここで先頭に立つには限界を2段…いや3段飛び越えないといけない。

 

出来るのか?いや、やるんだ!このバトルだけは、どうしても勝ちたいんだ!

 

イメージしろ。エキシビションマッチの限界をはるかに超えた渋川さんのブレーキング、コーナリングを。この身に宿せ、あのテクニックを!

 

 

「スズカさん、貰ったぜぇ!」

 

『第3コーナー目前でイエローロータリー遂にサイレンススズカを捉える!ナリタブライアンそれに続く!ビワハヤヒデも続けるか!

 

後ろに注目すればシンボリルドルフがメジロマックイーンを躱します、続くようにトレノスプリンター、アグネスタキオンも前に出る。差し、追込脚質の子は後方で脚を溜めているがその差を徐々に縮めています。』

 

トレノが本格的に仕掛けるとすれば3コーナーの入り口だろう。君がどこに居ようと関係ない。どこからでも来るがいい。

 

君が世界を制したように、私もその頂きに上り詰めた。条件は同じだ。至高のダウンヒラーと呼ばれたその実力、私に見せてくれ!

 

『トレノスプリンターがメジロマックイーンを躱してシンボリルドルフの後ろ…いや並びます!3コーナーでのデッドヒートが期待されます!』

 

先頭のロータリーとは見積もって3バ身…多少なりとも早仕掛けになるが、3コーナーが抜ける前に、私なら仕掛けられる!

 

『2人がダイワスカーレットを追い抜いて遂にビワハヤヒデに届く!ここで仕掛けるのか!先頭がまた変わるのか!?』

 

『イエローロータリーが第3コーナーに入る!後続も間髪入れずに突っ込みます!』

 

 

ここからだ、トレノ君の本領は。君は極限まで追い込まれているはずだ。それがいい、この状況こそが良いんだ!

 

君は追い込まれれば追い込まれるほどテクニックを吸収して速くなる、変化するタイプの天才だ!

 

私はその変化を、可能性を見たいんだ!群馬プライドの頂点に立つ君が更にどう進化するのか、私に見せてくれ!

 

トレノ君と会長が並んでコーナーに入っていく。トレノ君もトレノ君だが、会長も会長だねぇ。すべての分野において精通しているんだから、会長も途方もない怪物、天才だろうねぇ。…だが。

 

「…ッハハ!やはり君は!」

 

『なんと!トレノスプリンターがシンボリルドルフを躱しました!依然注目フラグを立てたまま先頭を狙います!』

 

出た、ジャパンカップでも見たあのハネ!やはり覚醒して来たか!

 

私が確信していたよ。すべてに秀でた天才を倒すのは、ある1点ににだけ秀でた天才を凌ぐ超天才。今の私ではアレに付いていくことは出来ない。残念だが、私はここまでしか突っ込めない。

 

 

『トレノスプリンター更に順位を上げる!ビワハヤヒデを抜き既にナリタブライアンに並ぼうとしている!』

 

あんだけのド天然だからこそ出来る芸当かもしれねぇな。ロジカルで説明することを、俺は諦めちまった。

 

あの時、渋川に群馬プライドは踏むための技術体系だと言って、あいつはそれを肯定した。

 

だが、渋川の助手席に乗った時…そしてトレノを後ろから見ていると、掴んだと思っていた群馬プライドが砂のように零れ落ちちまう。

 

…そうか、トレノの走りをロジカルに説明することを諦めた時点で俺には届かないって事なのかもな。

 

だがよ、追い求めたからには最後まで追わせてもらうぜ…ゼロより低い可能性だとしても!

 

『3コーナーに入ってエアシャカールが少しずつ上がってきている!それを見てなのかスペシャルウィークとオグリキャップもペースを上げていく!中団では位置取り争いが熾烈を極めます!』

 

 

「栄治よ。トレセンに入学するまでトレノをどうやってあそこまで鍛え上げた?」

 

「別に。ただ新聞配達させてただけだ。そうしたらアイツが勝手に速くなったってだけだ。トレセンは入ってからの成長にはいくら俺でも流石に驚いた。」

 

「アイツの成長速度は俺から見たらミノル以上だ。渋川の手で足りないピースがはめられていくようにスゲェ勢いで完成していった。アイツらの相性は過去一かも知れんな。」

 

「そうかい…。だがここから厳しくなるだろうな。」

 

「ほう?どう予想する?」

 

「トレノとルドルフとロータリー。まず間違いなくこの3人で競り合うね。問題は4コーナーだ。ここでトレノが先頭に出てないようなら…負ける。アンタも分かるだろ、東京の長い直線は緩やかに上ってる。ただでさえ最高速で負けてるトレノが上りで加速力も奪われれば後追いだと勝負しようにもできなくなる。」

 

「確かにな…。ジャパンカップは先頭を守り切ってゴールしたとはいえ、後続には徐々に追い付かれていた。」

 

「ああ、そして俺にはトレノが4コーナ立ち上がった時に先頭に立ってるってイメージが全くできない。」

 

「ここに来て負け宣言か?あの負けず嫌いな栄治がここまで弱気とはな。」

 

「だが、このままおとなしくしてるような奴じゃねぇ。なんか隠し持ってる気がするんだよなぁ。」

 

 

私の後ろにはトレノがいる。もう既にここまで来ているとはな。だが今の標的はロータリーだ!さぁ、もっと逃げてみろ!

 

まだだ、それがお前の全力か?こんなもんじゃないだろ!もっと死に物狂いで逃げてみろ!

 

『ナリタブライアンが急接近!ドローンカメラで見ても密着と言ってもいい程に近づいています!』

 

「もっと…もっと逃げろ!」

 

『徐々にですが並びかけます!第4コーナー前で更に先頭が入れ替わるのか!?』

 

「逃げるんだ!……逃げてくれ!」

 

でないと…この勝負!

 

『並ばない!いや並べない!イエローロータリーが先頭を守ります!ナリタブライアンがペースダウンしていきます!ここで離脱してしまうか!』

 

早仕掛けの影響で3コーナー手前までで脚をすべて使いきってしまった。末脚勝負出来るほどの脚はもうない…。

 

 

スゲェな、ブライアンさん。マジで余裕なかった。あそこまでペースを維持して、さらに上がっていけたのか。俺には未知の領域だ。

 

だが今は後回しだ。ついにトレノがここまで来やがった。アイツがここに来たからには今までも全力だったけど全力で行ってやる!

 

「バックミラーから消してやるぜ!」

 

『出ました出ました!ここでまた注目フラグが、イエローロータリーに出されました!』

 

 

「凄いねぇ…まるで火の玉だ。それでいて心は氷のように冷静だ。百戦錬磨のウマ娘を見ているようだ。」

 

「本当に凄いです。ブライアンさんに追われてロータリーさんも苦しいはずなのに…それでもまだ速くなるなんて。」

 

「あの情熱…ワタシを超えるかもしれないわね。」

 

「このままいけば、1着争いはトレノさんかロータリーさん。でも何だか、もう一波乱あるような気がします。」

 

「サトノさんと同じです。このレースは簡単には終わらない。そう確信して」

 

ドン!

 

そんな音と共に辺りが暗くなる。もちろん、そんな事は現実には、起こっていない。それなのに、そんな感覚に襲われた。

 

会場の視線を集めたのは、トレノさんでもロータリーさんでもない。いや、あの2人もその人に釘付けにされていた。

 

「全く末恐ろしいな。その速さ、正に天下無双。1厘でも油断していたら間違いなく喰われてしまうな。だが、まだ食われてやるわけにはいかない。」

 

皇帝シンボリルドルフ。彼女はその圧力だけで、レース全体を掌握してしまった。

 

「汝、皇帝の神威を見よ。」

 

 

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