「行ってきます」
誰に向けていう訳でもなく、自然と口にする。
今日も私はまた一歩、歩いていく。私自身の夢に向かって。
「やあ」
「うっわ」
ビックリしたぁ…。まさか榛名がドア前でガン待ちしているとは思わなかった。来るなんて連絡も無かったから尚更驚く。
「いやそのリアクションは酷いんじゃねえのか?折角こうやってスーツだって新調して来たんだぜ?もう少しこう…似合ってる!っとか言ってくれてもいいんじゃないか?」
「あの時は見慣れてたけど、いざこうしてみるとあんまり似合って無いんだね…」
「嘘だろ…似合ってないのか…」
膝から崩れ落ちる榛名。いや…本当に似合ってない。かっちりしすぎて普段のギャップも相まってスーツが浮いてしまっている。
「まぁそれはどうでもいいか。合格おめでとさん、ナナ共々中々いい点数だったらしいじゃん?」
「ハヤヒデさんやタキオンさんが助けてくれたお陰でね。ルドルフさんも教えてくれたんだけどさ、ビックリするくらいにドンピシャで出題されてラッキーだったよ」
「ルドルフはマジの天才だからなぁ…それくらいお茶の子さいさいか?…というより、そろそろ時間ヤバいんじゃねぇか?」
「やっばそうだった!また後でねー!」
案外思いの外遅刻寸前だったけど無事に新任式も終わり、使い慣れたカフェテリアでコーヒーを飲んでのんびりする。
これからは教える側の立場になるんだよなぁ。まともに教えられるかな?
「トレちゃん…私ちゃんとスカウト出来るかな!?渋川さんみたいに意味不明な事口走ったらしちゃわないかな!?」
「いくら何でもそこまでの事にはならないでしょ」
ナナはその点問題ないかも知れない。何てったって長くウマ娘を見てきてるからか個人の特徴を読み取って具体的に言語化できている。
私よりもずっとトレーナーに向いているんじゃないかな。私が教えるとなると…
『脚をこうして…こう!』
とかやりかねない。というかやる。
とはいえ、全然先の事を気にしていても仕方がない。今はとにかく担当が付くようにスカウト頑張らないと!
「スカウトに赴こうとしているそこの新人トレーナー達!そんな君達に金言を授けましょう!」
「…ナナ、行こうか。アドバイスを受けるなら…東条さんが一番いいはず」
「そうかも。でも沖野さんのサブトレーナーっていうのもいいんじゃないかな」
榛名、ごめんだけどそのアドバイスを真には受けられないよ。聞いても無いけど。
そもそも結構粉砕玉砕だったのも聞いてるし生涯でスカウト成功したの私だけじゃん。…なんでスカウトされちゃったんだろ。
「まぁまぁちょっと待ってくれよ二人とも。アドバイスが要らないのは分かったからよ、もちっと俺の暇つぶしに付き合ってくれよぉ」
ガシッと肩を掴まれて引き留められる。掴む力から強くなっているのを感じる。やっぱ相当筋トレしないといけないのかな。
「まぁこの後特に予定も無いからいいけどさ。ナナはどう?」
「私もいいよ。渋川さんとは中々久しぶりだったと思うし」
「よし来た!まぁ折角だし、二人の意気込みでも聞こうか」
意気込みかぁ、いざ聞かれるとどうしたものかと悩んでしまう。あの時は後進を育てるため…とは言ったけど。
考えているとナナが先に発言する。
「私は信頼してもらえるようなトレーナーっていうのはそうなんですけど、親しみやすいトレーナーっていうのも大事だと思うんですよ。なのでそういうところを目指して行けたらと思ってます。…ベタですかね?」
「良いんじゃねぇか?目標は半歩先ってよく言うしな。それに、親しみやすいって実にナナらしいぜ」
「そうですかねぇえへへ…。さ、次はトレちゃんだよ!」
「あ、もう私?あー…そうだな…もうちょっと待って」
もう少し考えて、ようやく捻り出す。
「挑戦…かな」
「ほぉ…その心は?」
「今までを振り返って、挑戦者の立場でいることが多かったから…これからも、挑戦者でいようと思ったんだ」
「ああ、実にお前らしい解答だ。二人の担当がトゥインクルシリーズを走る日は楽しみだ。…話そうって言った割に話題が出ねぇな…何話す?」
「じゃあ榛名がトレーナーになった時の意気込み聞かせてよ。今まで聞いたこと無かったと思うし」
「あ、それ私も聞きたーい!」
今まで榛名がトレーナーを目指した理由を聞いてみたことが無かった。走り屋がどうやってトレーナーを目指すようになったのか。
「マルゼンのせいだな。俺が赤城でマルゼンとやったってのは話しただろ?その一週間後くらいに『こっちのレース見に来ない?きっと面白いわよ!』って誘われてな。それ見てからトレーナー目指すようになったんだ。当時は一緒に夢を追いかけたいって理由だったはずだけど、今なら分かる。同じ走る者として、お前らを尊敬するようになった。同じ視座でレースに向き合いたいと思ったからトレーナー目指したんだってな」
「……深い」
「割とちゃんとした理由だった」
「お前ら俺の事なんだと思ってんだ?」
「奇人」
「変人」
「酷くね?」
いや実際そこまでちゃんとした理由があるとは思わなかった。人間何がきっかけで変わるか分からないものだ。目の前の人はグイっと戻っていったけど。
「まぁなんだ。まだ始まったばかりなんだ。焦り散らかす必要ないんじゃねぇのか?」
「そうだね。焦った結果30分追いかけまわす…なんて誰かさんみたいなことやりたくないし」
「ふぐぅ」