「アイさん、えらい有名になってるで?」
「そうかしら?今までも話題になっているのは自覚していたけれど」
「トレノさんにトレーニング見てもろうとったんや。そら話題になるわ。それで、アイさんは契約するん?」
「ううん、担当契約はまだ考えているわ。それはトレノさんも同じだと思うし、決めるには少し早すぎると思うの」
「ま、せやなぁ。うちも明日、新人さんやけどトレーニング見てもらえるねんけど、確かにそれだけで決めよう思わんわなぁ」
「あら、貴方も明日なの?奇遇ね。どんなトレーナーさんなの?」
「えらい個性的な方やで。うちらウマ娘が大好きで、うちの事、お姉ちゃんみたい、なんて言うてくれるような人や。あと…」
(トレノさんの幼馴染言うとったで)
「…えーっと、アイちゃんゴメン。まさかナナと時間被るとは思わなくて。急で悪いんだけど合同トレでいいかな?相手がララちゃんで変わり映えしないかもだけど」
「大丈夫です!相手がララなら不足はありません!さぁララ、併走いくわよ!」
「はいはい。じゃあナナさん、少し行ってきますわ。ウォーミングアップの範囲に収めますさかい、心配はいりまへんよ」
「「行ってらっしゃーい」」
走り出す2人を見送り、フォームを確認しながらナナに話しかける。
「にしても驚いたよ。ナナがララちゃんに目を付けてるとはね。昨日言ってたあれはブラフ?」
そう、昨日まで榛名みたいな敗北者だったのにお試しとは言え突然担当が付いたんだから驚いて当然だ。…そんなこと言ったら私も同じようなものか。
「いやいや本当だって!ララちゃんのトレーニング見ることになったのも昨日の夜に決まった事だし!」
「へぇ。何かあったの?ララちゃんそこまで焦ってるような様子もなかったけど」
「トレちゃんとアイちゃんのトレーニングが終わってから少し経った頃かな。オルフェさんとララちゃんが並走してたんだよね。その姿がなんでなのか…苦しそうに見えたんだ」
「苦しそうに?」
私もララちゃんと併走したけど苦しそうとは思わなかった。けれど、どこか遠慮しているようで、それがいまいち決定打を無くしているようなイメージではあったけど。
「うん。よく分からないけど…我慢してるような…そんな姿がトレちゃんと重なったんだ」
「私と?…なんで?」
「トレちゃんがタマモさんに自分の気持ちに嘘つくなって言われた時あったじゃん。その時のトレちゃんに似てたんだよ。自分を出したくても出せないのか、無理に抑えてるのかは分からないけど…そう思った時には声を掛けてた。それで今日トレーニング見ることになったって訳」
やっぱり、ナナはよく見ている。他人の心情を考えて、行動に移せる。私とは違う観察眼を持っている。そういうところ、敵わないなぁ。私も負けた時、何度も助けて貰ったし。少しばかり感傷に耽っているとアイちゃん達が帰ってくる。
「ウォーミングアップ、終わりました!」
「おぉ、ちゃんと分かっとったんや」
「お疲れ様。ここからはそれぞれ1本ずつ走って最後に合わせる感じにしたいんだけど、いいかな?」
「分かりました。それで、どっちが先に走りましょか?」
「ララちゃんから走っていいよ。アイちゃんに教えたいこともあるし」
「オッケー。じゃあお先に~」
ナナに順番を譲ってアイちゃんとノートを囲む。ノートの内容は昨日私が必死で考えた柵走りのやり方と、それを可能にする練習方法。完成しているとは思っていないけど一先ずはこれで何とかなるはず。
「早速柵走りについて教えていくね。柵走りって言ってもずっと柵を掴んでいる訳じゃない。そんなことしたら血だらけだからね。感覚で言えば柵を掴むんじゃなくて柵を叩く感じかな。それも両脚が地面から離れている瞬間に」
「やっぱりタイミングはシビアなんですね。両脚が離れたタイミングなのは理由があるんですか?」
「もちろん。叩いた手をコンパスの軸のようにして強引に回る感じだから余計な抵抗を出来るだけ無くしたいんだ。それに浮いてないと脚が突っかかってケガするかもしれない。そういうリスクと表裏一体のテクニックだって覚えておいて」
私の説明にアイちゃんは顎に手を当てなるほどと頷いてくれる。私はナナに手を合わせて感謝の念を送る。さっき私が考えたって言ったね。あれは嘘だ。なんて説明したらいいのか頭を抱えてたところにナナが来たから泣きついたらこの回答をくれた。なので丸パクリしました。…いつかは私の力だけで説明できるようになりたいなぁ。
「原理は分かりました。練習すれば出来るようになりそうですけど、普通のトレーニングじゃ出来ないテクニックですよね。トレノさんはとんなトレーニングで出来るようになったんですか?」
「あ~…私のトレーニング?参考にならないし結構素っ頓狂だよ?効果はあるかもしれないけど……やる?」
「はい、ぜひやってみたいです!」
やる気の目だ。私自身もいくつかトレーニング方法を考えてきたけど、効果があるのか分からない。だったら唯一自分でやった事あって効果が実証されてるあの方法を試してみるのが一番かもしれない。あまりオススメしたくないんだけど。
「あー…じゃあこれ被って…。言っておくけど後悔しないでよ?」
「帽子ですか?でも何かついてますね。どういったものなんですか?」
アイちゃんが渡した帽子を何の疑問も持たずに被る。私は帽子についているカップホルダーに水を入れた紙コップをセットする。
「紙コップを乗せて…こ、これで走るんですか?」
「それじゃあアイちゃん、基本の2000メートル走って来てね。言っておくけど、零しちゃダメだからね」
「は、はい!」
アイちゃんが走り始めたタイミングでララちゃんが帰ってくる。会話の様子を見ていたのかあの帽子について触れてくる。
「なんや変な帽子被らせてはったけど、あれなんですの?」
「あれ?お父さんが私にやらせてたトレーニング。やっぱりへんてこでしょ」
「へんてこと言いますか…効果ありますの?」
「多分あると思うよ?榛名も効果絶大みたいなこと言ってたし…ナナからも何か言ってよ。私説明下手くそなんだから」
「私に聞かないでよ」
助けを求めて速攻でつっかえされたので悲しみを抱えながらコースを半周過ぎているアイちゃんを見る。…うそ、初見であれだけのペースを作れるものなんだ。思ったように走れなくて苦しそうにしながらも一週走り終える。どれだけ水が残っているのか楽しみだ。
「お疲れ様。コップの水は…半分って所かな」
「ぅぅぅぅううう~~悔しいぃぃい!」
「そこまで悔しがる事でもないと思うよ?半分も残ってたらすごく出来てる方だと思うし」
「でも、トレノさんは一滴も零さずに走り切れるんですよね!?」
「まぁ出来るけど」
「それが悔しいんです!わたし、誰にも負けたくないんです!それがトレノさんでも変わりません!いつか絶対勝って見せますから」
「また負けず嫌いが出てしもうた」
ララちゃんが頭を抱える。私は彼女の負けず嫌いを甘く見ていた。ここまでとは思わなかった。何を差し置いても前に出る勝ちへの執念。レースにおいてかけてはいけない要素を彼女は全部持っている。私とスタートラインが全然違う。担当するわけじゃないけど、将来が楽しみだ。だからこそ…
「じゃあ、早く出来るようになるといいね。私は半年で出来るようになったから、そのつもりでね」
「…ええ、貴方よりも短期間でモノにしてみせるわ!」
こうやって挑発的な言葉をかけてあげればモチベーションアップにつながると思ったけど、本当になるとはね。アイちゃんって案外単純?
「トレノさん、水を入れてくれるかしら。もう一本行ってくるわ!」
「あぁ、それはいいけどさ、次はララちゃんの番だよ?」
「順番抜かしはアカンで」
「ぬうぅぅぅ~…」