「嘘って何のことです?」
「とぼけんなや、あの走り見たらわかるわ。」
確かに嘘は言った。言ったけどそこまで怒ることではないと思う。
「じゃあ聞きますけど、私が嘘をついていたとしたら何かあるんですか?」
「いや、特にあらへん。世の中には天才ってのが五万とおるからな。ただトレノの走りは一年ぽっちやないと思うけどな。まあええわ、ウチはこれだけ言いに来たんや。」
「…何ですか。」
握られていた手が離れ、しゃべり方自体は初めて会った時のような穏やかなものに変わった。だけど放っている圧は変わらない。
「来週の土曜、ウチと模擬レースしてくれへんか。」
周りがざわつく。それほど予想外なことだったんだろう。私もそうだよ。それにしてもまたレース。
「すげえじゃねえかトレノ!タマモクロス先輩からレースの申し込みなんて!」
「そ…そうなんですか?…えっと。」
「ウオッカだ!まあよろしくな。それで、受けるんだろ?」
「いえ、受けませんけど。」
まあ普通受けるわけない。往復の電車代もそうだし遠いし、何より受ける理由が無い。
「なんでや?休みの日は基本暇って言っとったやないか。」
「どこから聞いてたんですか。」
「この部室の前通るときに怒鳴り声が聞こえたんや。それで誰やろ思うて聞き耳立てとったわけや。」
あそこから聞かれていたのか。私そんなに大きな声出した覚え無いんだけどな。自分もだけどウマ娘おそるべし。
「話し戻して、何でレース受けてくれんのや。」
「私、ナナもそうですけど家が群馬なので行くにしてもお金かかるんですよ。遠いし。」
「そ、そうなんか…えっとなんかすまんな。お金の問題はどうにもできんもんな。」
お金の話をした瞬間何故か同情、というか同類を見るような目をされた。先ほどまで放たれていた圧さえもどこかへ行った。
「それに理由が無いじゃないですか。私とタマモクロスさんがレースをする理由が。」
「なんや、どういう事やねんそれ。ウマ娘がレースすんのに理由なんているんか。」
「私レースに興味ないですし。」
「何やねんそれ、嫌味か。あれだけの脚や、相当なトレーニング積んでるはずや。それこそ”一年”なんかじゃきかないくらいやないか?」
「新聞配達の事ですか?さっきも言いましたけど始めたのは一年前ですって。それに私だって好きでやってるわけじゃ無いので。」
あんな朝早くに起きないといけないのに好き好んでやるわけがない。ただ家が貧乏だからやっているだけ。
「嘘つくなや、嫌々走っててそない速くなれるわけないやろ。第一、レースに興味ないやと?ふざけんなや!なら何であないな技身につけられたんや!」
タマモクロスさんが私の心境を無視して言ってくる。…なぜ反論の言葉が出てこないんだろう。
「…分かってないよ。タマモクロスさんは。」
言えたのは、こんな言葉だけだった。
「分かってないのはお前のほうやろ!本当は走るのが好きなはずなんや!ウマ娘ならトレーニングして仕上げた足に、技術にプライド持てや!挑戦されたら受けてみろや!」
言われてハッとした。さっきタマモクロスさんの後ろを走っているときも、レースしているときも、確かに”楽しかった”。だけど、受ける理由にはならないでしょ…!
「さっきウチは噓は良くない言うたよな。ウチらになんぼ嘘ついてもええ!せやけど自分の気持ちに嘘つくなや!ええか、来週の土曜や。すっぽかすんやないで。」
そう言ってタマモクロスさんは部屋から出ていった。
「…痛っ。」
掌が痛い、見てみると無意識のうちに握りこんでいたのか爪が食い込んでいたみたい。
「到着!と言ってもかなり前に着いていたが。トレノスプリンターは君かな?」
間をおいて入れ替わるように子供が入ってきた。
「うん、そうだけど。私に何か用かな?」
まさかこんな子供が私に用事とは。もう訳が分からない。
「”理事長”!ホントに来たんですか!?。」
え、理事長?「この子供が?」
「ちょ、トレちゃん出ちゃってる出ちゃってる!心の声出ちゃってる!」
しまった、つい声になっていたみたいだ。いくら子供のような見た目でも。これで立派な大人なのかもしれない。
「す、すいません。子供なんて言っちゃって。」
「些細!気にしなくてもいいぞ!そんなことよりもトレノ君に話がある。」
「は、はい。何ですか?」
「君の事は渋川君から聞いている。君のレースも見せてもらった。それと、先ほどのタマモクロス君の模擬レースの件も。全て承知してお願いがある!」
渋川さん…今は聞きたくない人の名前だけど。なぜあの人はこんな私にビリっと来たんだろう。
「トレセン学園への編入をもう一度だけでいいので考えてはくれないだろうか!」
「…なんで皆私にこだわるんですか。それに貴方は理事長なんですよね。なんで私なんかに。」
渋川さんも、スピカのトレーナーも、そしてタマモクロスさんもなんで。ここまで否定しているのに。
「明確ッ!君が楽しそうに走っていたからだ!レースで走っている君が楽しそうで、とても輝いていた!」
「そう見えたんですか。普通に走っただけなので、そんなに楽しいとは思わなかったですけど。」
心が痛んだ。理事長に嘘をついたからじゃない。私に嘘をついたからだ。
「…私もそう見えた。トレちゃんの走ってる姿、今まで見た中で一番楽しそうだった。」
「ナナ?」
「いつも寝ぼけた顔した天然なトレちゃんがあんな楽しそう顔してるの初めて見たもん。レースに興味ないって言ってたのが信じられないくらい。」
ナナにもそう見えていたみたい。
「私だけじゃないと思うよ。ここにいる全員そう思っているはず。ですよね、皆さん。」
そうナナがスピカメンバーに聞くと揃えたように頷いた。
「…時間を下さい。私一人で決められることではないので。多分答えは変わらないと思いますけど。」
トレセンに編入はしない、しないけど私一人で決められる問題じゃない。お父さんに相談しなければいけない。
「返事はいつでも構わない!じっくりと考えてくれ!ではさらばだ!」
話が短くて助かった。さっきに引き続き割と長い話だと気分的に萎えてしまう。
「まあ編入についてはゆっくりでいいんじゃない?今は目の前の事を考えなきゃ。」
「タマモクロスさんとのレース、だよね。」
「ああ、それにあの食いつきよう。よほどトレノ君に何かあると見た。君、タマモクロスと何があった?」
スピカのトレーナーにそう聞かれた。何があったって聞かれてもただグラウンドまで案内してもらっただけなんだけどな。
「タマモクロスさんとですか?さっきの模擬レースで遅れそうになって道案内お願いしただけですけど。ただ遅刻寸前だったみたいでグラウンドまでダッシュで行きましたけど。」
「ダッシュで?」
「はい、何とかついては行ったんですけど正直トレセン学園ってこんなのしかいないのかと思って模擬レース気が重かったですよ。」
タマモクロスについて行けたのか?トレノスプリンターの話が本当ならたった一年でこの学園のトップと同レベルまで成長したってことになる。だが、レースを見たから分かる。あの走りは1年やちょっとで身に着く走りじゃない。
「なあ、トレノ君。本当に一年なのか?」
「へ?何がですか?」
「新聞配達だよ。俺もタマモクロス同様、そこが引っかかって仕方ないんだ。」
「あ、私もそこすごい聞いてみたい!」
ナナ君をはじめ、スピカメンバーも聞きたそうにしている。トレノ君が悩んだように口を開く。
「…はぁ、ナナも聞きたいみたいなので話します。私が新聞配達を始めたのは五年前からです。」
「五年前となりますと…トレノさん、今おいくつなのですか?」
「14です。もう少しで15になりますけど。」
「つまり、9歳のころから新聞配達やってた訳か。なるほど道理で速いわけだ。」
あの走りは五年もの間、トレノが新聞配達で鍛えたわけだ。嫌々やってたわりにはあまりにも洗練されている。言ってしまえば完成している。
「もちろんですけど、新聞持った状態で本気で走ったりはしてないですわよね?」
「配達中は速く走れないですよ。投げるわけにもいかないので、でも行きや帰りは何もないし、めんどくさいからぶっ飛ばしていくんです。真夜中なんで人もいないし。」
「街中を走るわけだよな。曲がり角とか怖くないのか?」
人間とウマ娘が走って曲がるのとは訳が違う。街中のあの曲がり角をレースのように曲がろうなんて思うウマ娘なんか先ずいない。
「確かに最初のころは怖かったですよ。でも一か月くらいで怖くなくなったんです。それで、どれだけ早く曲がれるか試すようになったんです。」
「トレちゃん毎日そんな危ない事してたの!?」
「危ないと思ったこと無いけど。ただそうでもしないと面白くなくて。」
成程、それがコーナリング速度の秘密か。そして確信した。彼女の走りに対する情熱は本物だ。
「トレノ君、部外者がこんなこと言うのもあれだが聞いてほしい。タマモクロスとの模擬レース、受けるべきだ。」
書いといてなんですけど、読み返すと思うんですよね。「これおもろいんか?」って。
ご都合主義てんこ盛りだし。書いてる自分が評価星ゼロつけそうな勢いです。
え?真面目に書け?これで真面目なんです(泣き)
また次回!