「2本目?どういうことなの?」
「トレノさんは走れて1本だけのはず。なのにどうして?」
「真意のほどは分かりませんが、問題無いと判断したのでしょう。ならば、待ちましょう」
ブーケちゃんの言うとおりね。そうなれば、見取り稽古させてもらうわ。全力の貴方を見られる機会はそうそうないもの。
左回りに変わって1コーナーに差し掛かる。この段階でロータリーさんの纏うオーラが一気に溢れ出した。ゾーンに入ったのね。まるで火の玉のような、そんな勢いで上り坂を一気に駆け上っていく。トレノさんはそれに全くついていけていない。
「アレが1本走った後の走りなの?私たちとの併走がウォーミングアップにしかなっていなかったみたいで逆に悔しくなってくるわね…」
『ラヴちゃんとおんなじ気分~…わたしたちだって本気で走ったのに~…』
「けど、さっきトレノさんが言ってる意味がようやく分かったよ。全開で走らなくても全開で走った時の自分の動きが分かる。あれが本当に全開なのかは分からないけど、ぶっつけでアレが出来る事が、トレノさんの言葉が本当だと言う事を証明している」
「あのレベルに到達しなければ、彼女たちに勝てない。改めて思い知らされたわ」
2コーナーに入ってまだ差が開いていく。既に大差がついていると言っていいほどだ。しかしトレノさんは走るのを止めない。それどころか段々とオーラを纏い始めているように見える。コースはこの先平坦になって3コーナーの中ほどから下り勾配になる。
まさかトレノさんは、勝とうとしている?無理筋の中から、僅かな勝ち筋を既に見つけているの?
「行っけ!曲がれ!」
トレノさんが声を上げ3コーナーに突入していく。ロータリーさんに遅れる事13バ身。それが下りに入った瞬間、僅かに詰まり始めているように見える。ロータリーさんが待っている訳ではない。その証拠にゾーンに入りっぱなしだ。なのにどうして詰まっているのか。
その答えは実に簡単だった。トレノさんの方が僅かに速いからだ。この目で見てもいまだに信じられないけれど、トレノさんはわたしたちとの併走よりも圧倒的に速いペースで走っている。本人が現役の頃と同じように走れないと、日ごろから言ってるのが嘘に聞こえてしまうほど、鋭く、キレたコーナリングにわたしたちは息を吞む。
しかし、詰まってると言っても0.5バ身程度。このまま4コーナーに突入してもその差が埋まらないのは明らかだ。
「せぇ…のぉ!」
「ッハハ、ド天然!」
…しかしその時目が飛び出るほどの事が起こった。トレノさんが柵を足場にしてジャンプした。内側のダートコースの上を飛び越え、そのままコース上に体が戻る。着地してそのまま走り続ける。あのジャンプで5バ身程縮んだのだろうか。もう開いた口が塞がらない。黙って見続けるしかなかった。
その後の直線、その差が埋まることなくそのままゴールした2人。すごいものを見せて貰ったわ。やっぱり、トレノさんにも負けたくない。そして、貴方がトレーナーで良かったわ。
ゴールして膝に手をついて肩で息をする。あんなハイペースで走るのなんてドリームトロフィー以来だ。少し離れたところでアイちゃん達が何か話しているのを見ているとロータリーさんが笑いながら私の前に来る。
「トレノw、さっきのあれなんだw?また渋川の入れ知恵かw?」
「インベタのインって言うらしいです。…ケフッ。やるのは初めてでしたけど、出来てよかったって所です。ケホッ」
ハンカチで口元を覆いながら受け答えする。榛名がなんかの拍子で喋ってたのを思い出したから少しは勝負出来たけど、無かったら圧倒的大差で負けていた。…はーキッツ。
「トレノ、貴方は引退したんだから無理しないで頂戴。これ飲んだらミーティングよ」
「ありがとうございます。…それで、ゲホッ、タイムはどうでした?」
「1本目は指定タイムきっかりよ。2本目に至ってはレコードタイム目前。私の手を離れてからますます成長してるわね」
「あれ、東条さんがトレーニングしてるんじゃないんですか?」
「今は殆ど口を出していないわ、ドリームトロフィー特別出走の辺りからね。チームのトレーニングも息抜き程度にこなしてしまうの」
「けどそれって元生徒会の3人だったりも同じようなもんじゃなかったです?」
「貴方は異常よ。ペースをコントロールしてトレーニングの後何て息1つ上げないじゃない」
「まぁ、全開で走ってないんで」
うーっわ。知らない間にとんでもない化け物が誕生してしまった。もしアイちゃんがロータリーさんに勝ちたいなんて言い始めたら私どう対処したらいいんだろう。
「んじゃトレノ、もう1本走って上がる。アイツら呼んでくれ」
「え?けどLANEじゃあ後の事は私に丸投げの予定でしたよね?」
「2本目の礼だ。アイツらに足りないもん、叩き込んでやるから」
少しだけかいた汗をぬぐいながらスタート位置に付くロータリーさん。さて、この人の気が変わらないうちに呼ぶとしよう。
「みんなー、集まってー!」
「はーい!さて、質問は後みたいね。これから何をやるの?」
「ああ、距離は1800、今から俺がお前らのケツを突っつきまわす。俺に負けた奴は渋川の助手席の刑だ。俺は乗ったこと無いから知らねぇけどウオッカが気絶したらしいぜ?」
すいませんロータリーさん、無理ゲー過ぎて皆顔面蒼白です。しかしその中に、物怖じしない子が一人。
「もし勝ったら、何がもらえるんですか?」
我らが負けず嫌い、アイちゃんだ。ほぼ負けを前提とした条件付けがカチンときたのか、眉を寄せながら話している。
「そうだなぁ。仮に勝てたら、フランス行きのチケット、お前ら全員の分取ってやるよ」
「それってまさか、L'Arcに同行出来ると言う事ですか?もしそうなら歴史の転換点に立ち会えるかもしれない…」
「ぜひやらせて下さい!」
『マルちゃんも~!』
フランス行きをチラつかせて全員を本気にさせる。そして位置について、東条さんの号令でスタートし、1秒遅れでロータリーさんがスタートする。それを見ながら私はスマホを手に取り電話をする。
「もしもし榛名?明日空いてる?」