「だから言ったじゃん。榛名は普通に走る時は全然怖くないって」
「驚きました…。減速も加速も滑らかですごく丁寧な運転でした。…あの音以外は」
『さすがプロドライバーって感じです!あとはクルマが静かなら言うこと無しです!』
「クルマとの調和を感じるような走りでした。…音を除いて」
「なぁトレノ、俺って今学園でなんて思われてんの?」
「さぁ?暴れん坊将軍とかじゃない?」
「そんなー」
という訳で、昨日の1本で揃ってボコボコにされたので榛名と一緒にターンパイク箱根に来ている。ちょうどMFGシーズンでこの区間だけ開放されているので榛名の顔パスで私たちも入れている。
「さて、罰ゲームって事で早速やるか。ん~…ラヴズ、お前から行くか」
「え、私ですか!?」
「なーに驚いてんだ。いつか乘るんだから今でも最後でも一緒だろ。ほら、助手席乘れ」
「うぅ~マルちゃん、私のこと忘れないでね?」
『お別れなんて嫌だよー!』
「死なねぇって。ほら乗れ」
「よ、よろしくお願いします」
「畏まらんで楽にしてくれ。俺もそっちの方がやりやすい」
「そうですか?じゃあ、こんな感じかしら?」
「ベネ。走り出す前に2つ言っておくことがある。まず、目ぇつぶってくれ」
目をつぶる?それでは入ってくる情報が不足して、勉強にもならなくなってしまう。なるところがあればなのだけれどね。
「なんで?それじゃあ貴方の走りが見られないわ」
「見なくていいんだよ。重要なのは左右前後に変化するGの変化。それを感じ取ってくれ。それと2つ目…耳栓持ってるか?」
「いえ、持ってな」
答えを聞く前にクルマが急発進する。感じたことのない加速で体がシートに押し付けられる。渋川さんの言う通り私は目を閉じる。するとものすごい勢いで前方へ体が引っ張られる!すごいブレーキ…!そう思った瞬間には右前方、右、右斜め後ろへ滑らかに体が引っ張られる!コーナーの途中でここまでアクセルを踏むの!?これがMFGトップランナー、スケールが違い過ぎるわ…!
そう思うのも束の間、右へ振られていたからだが一気に左へ振られる!歯を食いしばっていなければ気絶してしまいそうだわ!
「夕飯どうすっかな~」
そんな気の抜けること言わないでよ!私がどれだけ必死に堪えてるのか分かってるの!?
渋川さんの独り言に腹を立てながら、私はGの変化に思考を強引に切り替える。左に振られていた体は気付かぬうちに後ろGだけになっていた。いつの間にコーナーを抜けたの?そこから右、左へGが発生しても滑らかに変化していくのを感じられる。恐ろしく感じながらも、その圧倒的なテクニックに感動せずにはいられない。
けれど…。さっきからパンパンなってるこれは何!?うるさくてしょうがないのだけれど!?
ドギャ ギャアアァァア
ヤッバ、気を逸らしちゃった!ただでさえ怖いのに少しでも集中しないと気絶しちゃう!…も、もうダメ!
「おろしてえぇぇ~~~~!!!」
恐怖でたまらず目を開けてしまう。しかしすぐに後悔する。目の前まで森が迫っているんだもの!視線を渋川さんに逸らすと信じられないものを見てしまった。
「よっと」
気の抜けた掛け声とと共に片手でハンドルを操作していた!
「ちょっちょっと!ちゃんと両手でハンドル握ってえぇぇぇぇぇぇ!!」
「目ぇ開けるなって言ったろ。…まぁいいや。群馬プライド、目に焼き付けろ」
「いやアあぁぁぁっぁぁぁああああ!!!」
少し経って榛名が帰ってくる。インプレッサが止まるとラヴズちゃんが下りたそばから力なくへたり込んでしまう。
『ラヴちゃん大丈夫!?』
心配しに行ったマルシュちゃんの腕をラヴズちゃんががっちりと掴む。そして、恐怖に満ちた表情で一言だけ。
「次は貴方ね?」
『え、ラヴちゃん?』
「よしマルシュ、助手席座れ~」
座れと促すように言いながら実際には荷物を詰め込むように背中を押す榛名。そしてそのままアタックが始まった。私はなおもうな垂れるラヴズちゃんに歩み寄る。
「ラヴズちゃんどうだった?」
「どうだったも何も、死ぬかと思いました…。あれがトップドライバーにとっては普通なんですね…」
「…そんなに怖かった?」
「怖いなんてものじゃなかったです!走り出す前に目をつぶれって言われて意味も分からないまま発進して…そんな中であの人なんて言ったと思います!?『夕飯どうすっかな~』って呑気なこと言いながらすごい勢いでカーブを曲がるんですよ!?生きた心地なんてしなかったですよ……」
…成程ね。ようやくロータリーさんと榛名の考えてることが分かった。そういう事だったのか。
「走り出す前にGを感じろって言われたでしょ」
「はい、でもどういう事だったんでしょう?」
「それは後のお楽しみ」
暫くしてパペットごと死にかけのマルシュちゃんが戻ってきてその後は順番に乗って全員が体験した後に榛名が皆に向けて話始める。
「分かったか。俺たちはアクセル踏み続けなきゃしょうがねぇだろ。公道みたいな狭いステージならまだしも、トゥインクルシリーズのバカデケェコースなんだからさ。コース幅目いっぱい使わねぇともったいねぇだろ。トレノやロータリー見てれば脚の使い方でタイムを揃えたり出したりするのはお手のモンってのはお前らも分かってるはずだ」
「確かに、渋川さんの走りはトレノさんやロータリーさんに似ているものがあると感じたけど、理論が似ているという事だったのね」
「それが群馬プライド…脈々と受け継がれている技術や心がそこにあるんですね」
「まぁな。だが群馬プライドをそのまま輸入しても問題が起こる。そこから先は、トレノ達の出番だ」
「そうだね。説明下手くそな私はともかく、タキオンさん達が群馬プライド…公道最速理論のトゥインクルシリーズの応用についての論文を書いてるみたい。完成はまだ先みたいだけど、それまでの間は私やロータリーさんが出来る限り教えるから」
榛名の横に立って堂々と宣言する。これからの事を考えると気が重いけど、成長は出来るはずだから頑張っていかないと。
「さてと…。トレノ、お前ブーケ乗せて一本走ってくれ」
「わっ…っとと、…なんで?」
榛名がキーを投げ渡し、私はそれを何とか受け取る。運転しろと言われても私が運転する理由がない。
「簡単だ。下りならお前の方が僅かに速い、それだけだよ。ほら行った行った」
ブーケちゃんと共にクルマに押されていく。仕方がないので乗り込んで走り出す。
「ブーケちゃん、榛名はああ言ってたけど速い訳がないし人のクルマで事故る訳にもいかないからゆっくり走るよ。ま、いい休憩時間になるんじゃない?」
「そうですかね…。下り終わって渋川さんに言われたんです。『今のお前じゃ話にならない。宝の持ち腐れだ』って」
榛名にしてはキツイこと言うな…。けれど、言いたいことは分かる。ブーケちゃんが走っている時、仕掛けられるのに仕掛けない。仕掛けてもワンテンポ遅れることがほとんどだ。
「『お前のそれが傍から見た時どう見えてるか教えてやろうか?…ただの手抜きだ。レースに調和があるとすれば、そんなもの一切ない、何もかもを出し切るその姿なんじゃねぇのか』…自分でも分かってるんですけど、出来るのかどうか不安なんです」
「それは、乗り越えるしかないね。何度も何度も、心が折れても挑戦し続けるしかないと思うよ。走る意思があるなら、絶対に出来るはずだよ。ま、気長にやろうよ」
「ありがとうございます…励まして頂いて」
ブーケちゃんからは確かな才能を感じる。私としてもレースで発揮されないで潰れて行ってしまうのは悲しいからね。
「と、トレノさん?ブレーキ、ブレーキ!」
「…あれ、結構膨らんだ」
今日の体験で皆何かしら成長するはず。今日ここにいないナナとララちゃんにも後で共有しておこうかな。
「ーーーーーーーッッッ!!!」