「デジタルさぁん!勝っちゃいましたよあのトレちゃんがぁ!」
「………」
「あれ?デジタルさーん?」
「………………」
「この人、トレノちゃんに尊みを感じて尊死している!?」
困ったなぁ。電話繋がったままだし。いつザオリクするか分からないしなあ。ってあれはぁっ!?
「トレちゃんとタマモクロスさんが握手している…ですと…!」
ガクッ
「お疲れ様二人とも、はいお水。」
「ありがとなコミちゃん。」
座り込んでリラックスする。配達の時でもここまで後先考えないで走ったことは無かった。まさかここまで疲れるとは。
「で、どやった?レースしてみて。何か感じたんやないか?」
「…凄い、楽しかったです。自分でも不思議なんです。走るのが楽しいって…心の底から思えたんです。」
「そうか、それやったら良かったわ。ウチもレースに誘った甲斐があったっちゅうもんや。」
「あの、疑問なんですけどなんで私をレースに誘ったんですか?」
レースの相手なら、このトレセンにはいくらでもいるはずだからなおさら疑問だった。
「感謝祭の日、お前をトラックに案内したやろ?そん時後ろを走っとったお前が楽しそうやったからな。」
「楽しそうだったから?」
確かそんなことをここのこども理事長にも言われた気がする。
「せや、それだけやない。一番はな、走るのに興味ないっていっとったお前の顔が苦しそうにしとったからや。」
「苦しそうに、ですか?」
渋川さんの時もそうだけど、私は結構感情豊かな方みたいだ。自覚は無いけど。
「せやでぇ、その顔と言ったら見てられんかったわ。せやけど、もう大丈夫みたいやな。」
「はい、心にかかってた霧が一気に晴れた気がします。今日はありがとうございます。」
「まあ元はウチが始めたことやし、お礼なんてなんや恥ずいわ。」
そういって笑いあった。こんなに充実した思いはいつぶりだろう。
「痛った…。」
左手に痛みが走る。見ると擦りむいたような跡がある。やっぱりあの時か。
「どうしたん…って血が出とるやないか!コミちゃん包帯!」
「うん!ちょっと待ってて!」
「どうしたんやそれ!いつやったんや!」
「えっと、タマモクロスさんを抜きに行った時ですね。あの時にやったんだと思います。」
「あの時って、あれはホンマに衝撃やった。今聞いてもええんか分からんが、なにしたんやあの時。」
そういわれてもなぁ。ただの子供の思い付きだし、そんなに大したことでもないし。
「トラックに柵あったじゃないですか。あれに手を一瞬引っ掛けて無理やり曲がったんですよ。」
「あっぶな!よおそんなことやろう思うたな…。」
「元は雪道でも滑らないように曲がるために使ってたんですけど。ガードレールとは高さも材質も違うのでどうかなとは思ったんですけど。」
「持ってきたよ!まずは消毒するよ。ちょっとごめんね。」
擦りむいた手をコミちゃんさんに手当てしてもらった。処置が終わったころに誰かが来た。
「よう、久しぶりだな。ってどうしたんだそれ!?」
「ああ気にしないでください、ただの擦り傷ですから。お久しぶりです。スピカのトレーナーさんでしたよね。」
「そ、そうか。覚えててくれたのか。そういえば名前言ってなかったな。沖野だ、よろし「トレノぢゃ~~んおめでどぉ~。」ってお前なぁ…もう少し落ち着いてから来いって言っただろ?」
後ろのほうから泣きじゃくってる渋川さんが出てきた。顔面崩壊がここまで似合う状況も珍しい。
「だぁってだぁってぇ~~凄かったんですもぉ~ん。カッコよかったんですもぉ~ん。」
「はいはい、ティッシュ。久しぶりねトレノスプリンター。」
「東条さんも。先週はお世話になりました。」
「いいのよ、それよりも貴方、かなりややこしいことになったわよ。」
「ややこしいこと?言い方悪いですけどさっきまでも十分にややこしかったですよね?」
恐らく東条さんも沖野さんも、元凶の渋川さんも承知しているだろう。
「前回は渋川がやらかしてウチのチームがやらかしてタマモクロスがレースを申し込んだだけだったが。」
「だけってボリュームじゃないですよね。」
「まあそうだが、今回は学園が動いたといっても過言じゃない。」
「学園が動いたぁ?」
ついそのまま、いかにもマヌケそうな声で聞き返してしまった。まず前回とは字面的にスケールが違う。もう想像したくない。
「レース前、観客が集まってたことは貴方も知ってるわよね?」
「そういえば、かなり集まってたような…。」
「今回動いたのはその9割よ。」
帰ろう。ここに来たら面倒ごとになる呪いにでもかかってるのかな。
「貴方達のレースが終わって少し経った後。一人、また一人と後を追おうとしたの。私もあの子とレースしたいってウキウキしながら申し込みにね。」
「だが安心してくれ。そいつらにはトレノ君はトレセンとは一切関係ない一般ウマ娘、あまり執拗に関わらないであげてほしいって説得しておいた。」
「そんなことがあったんですね…。私のためにありがとうございます。」
「気にしないでくれ、罪の償いみたいなものだからな。ともあれ、ことが大きくなる前にトレセンを出たほうがいいだろうな。」
「私たちがやったのはあくまでも鎮圧ではなくて抑制、だから長居はしないほうがいいかもしれないわね。」
自分の職場をあたかも危険地帯みたいに言わなくても…。私にとっては危険地帯だけど。
「車は私が出すから…ズズッ。トレノちゃんさえよければ今からでも出発するけど。」
「私は大丈夫ですので今からでもいいですよ。」
「う、うん。じゃあ私についてきて。車まで案内するから。東条さん、沖野さん、帰ったらお土産渡しますね。」
「おいトレノ!」
「なんですか?」
「リベンジ、受けてくれるやろ?」
私はその質問に嬉しさすら覚えた。だから、笑顔で答える。
「もちろんです。それでは。」
トレノ君の後ろ姿を見ながらおハナさんと小宮山トレーナーに話しかける。
「どういう変化だと思う?」
「どうしたも何も、ここ最近衝撃の連続よ。この先どうなっちゃうのかしらね。」
「トレノちゃんのレースしている姿、また見れますかね?」
「どうだろうな、本人次第だろうけど。…期待できるんじゃないか?」
皆トレノ君に期待しているんだろう。当然だ。現役を引退したとはいえタマモクロスに勝ってしまったんだから。期待しないほうがおかしいだろう。
「それじゃ、俺たちはこの辺で持ち場に戻るかな。どうせアイツ等、トレーニングしたいってうるさいだろうからな。」
「同感ね、トレノスプリンターに触発されたのは何も観客のウマ娘だけじゃないわ、あのルドルフも走りたがってた位なんだから。」
「大変ですねお二人とも…頑張ってくださいね。」
軽く返してトラックに向かう。すでに集まってるんだ。着いたらすぐに始めてやるかな。
車に乗り込んで家に帰る途中、渋川さんが話し始めた。
「さっきはまともに言えなかったからもう一度言うね、ホントにおめでとう。」
「私はただ必死になって食らいついて行こうとしてただけなんですけど。」
「凄かったよ、トレノちゃんの走り。一週間前とは大違いだったよ。何か特別なことでもやってるの?」
「特別なことですか?うーん。」
どう言い表せばいいんだろう。毎日レースみたいなことしてますなんて言ってもなぁ。
「答えにくかったら無理して答えなくても大丈夫だよ。」
「そうですか。なんかすいません。…ふわぁぁ~~。」
「疲れたよね。寝ていってよ。耳当てもあるしアイマスクも使って。」
やけに用意がいいなこの人。最初のころの印象とはかけ離れた行動をしてる。とはいえ厚意に甘えるとしよう。
「ありがとうございます。少し寝ますね。」
トレノちゃんがよく寝れるように普段より優しい運転を心がける。
頭の中では先ほどのレースを再生しては巻き戻しを繰り返している。驚いたのはそのスタミナ。
多分、コーナー手前2~300m付近ではスパートをかけてその状態を維持してゴールまで走り切ってしまった。間違いなくステイヤーの素質は十分にある。
もっと驚いたのはタマモクロスちゃんを抜き去ったこと。どう見てもインベタからスパーッと抜いて行った。ジェットコースターみたいな変な曲がり方だった。
そういえば抜きに行く直前にトレノちゃんの左手の振りが大きく見えた。あれが何か関係してるはず。現に左手を怪我してるんだもん。
トレノちゃんはただの擦り傷だと言ってたけど考えてみればレースで足を怪我することはあっても手を怪我したなんてあまり聞かない。
…嘘でしょ?まさか柵に手でもかけたの?…そんなこと無いよね。途中で起きたら聞いてみようかな?
………………ハッ!ここは?
確かデジたんはトレノさんの尊さで死んでいたはずですが…
おや?何か書置きがありますね。なになに?『作者が謎のケガにより後書き不在の為穴埋めお願いします。』…ですか。
仕方ないですねぇ。ではでは。
トレノさんの初めての本格的なレースということで会場は大盛り上がり!今回のタマモクロスさんとの会話でもトレノさんの感情の変化も見て取れましたねぇ!
ただこれだけとは思えないんですよねぇ。まだ何かありそうだとアタシの第六感がそう言っております!
ではこのあたりでお暇といたしましょう。では!