「お疲れ様です、六平さん。ありがとうございます、急なお願いに時間を取っていただいて。」
「構わん、それで?オグリとレースしたい奴がいるんだって?」
「はい、榛名から連絡があって…トレノスプリンターという子です。」
「トレノスプリンター?聞いたことねぇ名前だな。」
「無理もありません、その子はトレセンの生徒ではありませんから。ですが、実力は確かです。一昨日、タマモクロスとレースして一バ身差で勝利しました。」
それを聞くと六平さんが驚いたような顔をした。それはそうだろう。学園外の、それもレース経験があまりないウマ娘がタマモクロスに勝ったと言われれば誰でも驚くだろう。
「ほう、あのタマモクロスにか。一線を退いたとはいえ、その実力は確かだがな。」
「そして、彼女の父親は、”豊田栄治”さんでした。…私も知ったときは私も驚きました。」
「アイツが?数年前に突然トレセンを辞めたと思ったら…今何やってんだ。」
「豆腐屋でした。」
「豆腐屋?まるっきり接点がねえじゃねえか。…待ってろ、スケジュール確認する。」
六平さんがスケジュール帳を開く。すると、トレーナー室の扉が開く。
「失礼するろっぺい。トレーニングのメニューを聞きに来た。」
「オグリ、ちょうどいいところに来た。今週の土曜、模擬レースを入れる。期間は短いが、お前なら仕上がるだろう。」
「模擬レース?誰となんだ?」
「トレノスプリンターってやつだ。この前のレースでタマモクロスに勝ったそうだ。どうだ?やるか?」
「タマに勝ったのか。…よし、そのレース受けよう。」
「そういう訳だ。そいつにも伝えておいてくれ。今週の土曜日だと。」
まさかここまであっさりとレースが決まってしまうとは思ってもみなかった。これなら榛名に良い報告が出来そうね。
「ありがとうございます。一応榛名の連絡先を渡しておきます。窓口は彼女なので。それでは失礼いたします。」
「おう、出来るだけ早く伝えてくれ。っとその前に。」
「何でしょう。」
「アイツの豆腐屋の名前は何ていうんだ。」
「”豊田とうふ工房”です。」
「そうか、ありがとよ。」
「ろっぺい、そのトレノって子はどんなウマ娘なんだ?」
「知らん、たださっきも言ったがタマモクロスに勝ったんだ。お前でも苦戦はするだろう。というわけでベルノ。」
「は、はい!」
「そこまでする必要は無いと思うがトレノの関する情報を集めてくれ。ただ調査先がトレセン外のウマ娘だ、慎重に頼む。」
「わ、わかりました。」
そう言うとベルノは部屋を出た。そしてろっぺいが言葉を続ける。
「オグリはとりあえず土曜日に向けての調整だ。とりあえずはこれをやっといてくれ。俺もあとから行く。」
「わかった。…土曜日が楽しみだな。」
とおるるるるるるるるる
「はい、渋川です。」
「東条よ。良いニュースよ。今週の土曜、オグリキャップとの模擬レースが決まったわよ。」
「本当ですか!?よかったートレノちゃんに良い報告が出来そうです。ありがとうございます。」
正直受けてくれるかどうかわからなくて不安しかなかったけど。早速トレノちゃんに電話しなきゃ。
「榛名、今回のレースは前回以上に厳しいものになるかもしれないわよ。」
「…分かってます。現役を引退したタマモクロスちゃんと違ってオグリちゃんはウィンタードリームで未だに走っていますからね。」
「それに六平さんもなかなか乗り気よ。その日までに確実に仕上げてくるわ。」
やっぱりというかタマモクロスちゃんの時も思ったけど無謀というか、トレノちゃんって意外と無鉄砲なところあるよね。
「私も何の対策もなしにオグリちゃんとレースさせる気はありません。ある程度になっちゃいますけどそれなりに対策しようと思います。」
「そう、貴方、なんだかトレーナーみたいね。」
「トレーナーですよ!?…とりあえずトレノちゃんにレースが決まったことを伝えますね。」
「ええ、早い方がいいでしょうし。それじゃあね。」
「はい、失礼します。」
とおるるるるるるるるるん
「はい、豊田とうふ工房。」
電話に出た声は確かに数年前に聞いたアイツの声だ。
「よう、久しぶりだな栄治。」
「…アンタか、六平さん。それで?いったい何の用だ?」
「フン、その様子だと随分元気そうだな。まあいい、今週の土曜、俺の担当のオグリ…まあオグリは俺の甥が見つけて本当はそいつが担当なんだがな。そいつがお前の所のとレースする。」
「オグリぃ?知らねえな。誰だそいつ。まあアンタが育てたんだ。相当の脚なんだろう?」
あのオグリを知らないと言うか。だが俺の腕は覚えているようだ。
「当然だ。それで?お前の所のトレノってやつはどうなんだ?」
「トレノか?アイツはまだまだひよっこだ。一昨日のレースもケガして帰ってきたへたくそだからな。」
「お前のその酷評癖も相変わらずのようだな。まあいい、これからトレーニングがある。それじゃあな。」
今度はオグリって奴とやるのか。少し情報集めて対策打ってやるかな。
「もしもし、トレノです。」
「トレノちゃん。良いニュースだよ。オグリちゃんとの模擬レース決まったよ。」
「本当ですか?ほとんどダメ元でお願いしたんですけど、ありがとうございます。」
ダメ元とは言えレースができることに感謝したい。
「ただ、向こう側もかなりの準備をしてくるって話だよ。私の方でオグリちゃんの特徴だったりまとめるから出来次第送りたいんだけどいいかな。」
「分かりました。後でLANEのアカウント送るのでそこにお願いします。」
「オッケー。ちょっと時間かかっちゃうけど気長に待っててよ。もう夜も遅いしこのあたりで切るね。」
「ありがとうございます。では。」
さて、土曜日に備えて配達のルートちょっと遠回りにしようかな。それに柵走りの練習もしないと。
「…楽しみだなぁ。」
レースを想定して最初はスローペース、終盤で残ったスタミナを全部使う。そんなイメージを持って配達帰りを走っていく。タマモクロスさんとのレースでそこら辺のイメージがかなり鮮明に出来るようになった。
そうやってイメージしているといつもの配達帰りでも相当体力を使うことに気が付いた。いつもは面倒くさいから適当に走ってたけど、イメージ一つでここまで変わるものなんだ。
だからこそ面白いと思った。イメージだけでここまで変わるなら、何か工夫したらどれだけ変わるんだろう。思いついた事全部試してみたい。まだ何も思いつかないけど。
「ご苦労、少し遅かったな、何かあったのか。」
「今週の土曜、またレースするから、そのイメトレ。」
「ふーん。」
「…お父さん、イメージ一つで走りって変わるんだね。久しぶりに配達で疲れたよ。」
そう言ってトレノが二階に上っていく。なるほど、これでバランスが取れそうだな。今まではテクだけが先行して身についていたが、その情熱、イメージがはっきりして初めて全力が出せる。
オグリキャップの映像を見た時に負けのイメージしかなかったがこれなら…いや、それでも少し足りないかもしれないな。何よりトレノはまだ”来てない”からな。
「あーねみ。」
次の日、下校中にナナが話しかけてきた。
「ねートレちゃん、今週の土曜遊びに行ってもいいかな。」
「今週の土曜?…あぁ、ごめんその日オグリキャップさんとレースするんだ。」
「へーそんなんだ。じゃあ日曜…は?」
ナナが目をパチクリさせている。そういえば言ってなかったっけ。そんなことを思っているとナナが肩を掴んできた。
「どうしちゃったの?あの無趣味でぼーっとしてるトレちゃんらしくないよ?」
「言い方。ナナがこの前見せてくれたレースを見てから、レースがしたくなって。なんでこんな気持ちになったのか分からなかった。」
未だに分からない。多分今は考えても分からないと思う。だから…
「だから、そのきっかけになったオグリキャップさんとレースしたら何か分かるんじゃないかと思って。」
「……成長したなぁトレちゃん。あんなに無気力だったのに、見違えたよ。」
「渋川さんにも同じようなこと言われたよ…。」
揃いも揃って私の事を何だと思っていたのか。無気力だのなんだの。…その通りだよこの野郎。
「でもさ、オグリさんとレースするって言ってもどうやって約束したの?連絡しようにもできないと思うんだけど。」
「渋川さんから名刺貰ったじゃん?だから電話してどうにかレースの約束が出来たって感じ。…あの時は勢いに負けてもらったけどまさかこんな所で役に立つなんて。」
「あのまともそうじゃない人が?第一印象がアレなだけで割といい人だったりするのかな。」
「多分普通に優しい人だと思うよ。ただちょっとおかしいだけで。トレセンに送り迎えもしてもらったし。」
ナナがとても意外そうな顔をしている。そりゃそうだ。あれを見た後でまともな対応をされたら誰でもこんな反応をすると思う。
「よし!決めた!土曜日、私も行く!いいよね、トレちゃん!?」
「私はいいけど、行ったって特にやること無いと思うけど。ただ見てるしか出来ないし。」
「大丈夫、見るのが目的だし!それに、あの時出来なかった1割を果たす時だよ!」
「まだ根に持ってたんだ…。多分渋川さんも大丈夫だろうし…。分かった。時間が決まったら教えるよ。」
「オッケー!待ってるよ!」
凄いはしゃいでる。だけど、これだけは今のうちに言っておかないと。
「ナナ、言っておくことがあるんだけど。」
「ん?何?」
ナナは声がかなりでかい割に破裂音のような音にめっぽう弱い。だから今のうちに言っておかないと。
「渋川さんの車、銃声かと思うくらいの音がこれでもかと思うほど出るからかなりうるさいよ?」
「…どれくらい?」
分かりやすく青ざめた。
「軽く難聴になるくらい。」
「…大丈夫!耳栓買っておくから!」
全然大丈夫じゃないじゃん。
ありがとうございます主治医さん。おかげさまケガも完治しましたよ。
「それは何よりです。ただ無理はなさらぬように。」
大丈夫ですよ。僕は人をおちょくる限度を知ってるんで。
「そうですか、それではお大事に。」
うーん、娑婆の空気はおいしいなぁ。っとと長らくお待たせしましたね。作者、ただいま帰ってまいりました!あれから犯人は分からずじまいですけど、まあいいでしょう。
さて、早速執筆にかかりますかね。…おや?あの人は?
「退院おめでとう、作者君。」
ハヤヒデさん。ありがとうございます。こんな花束まで持ってきてくれて。
「なに、これくらい大したことは無いよ。さぁ、受け取ってくれ。」
いただきます。メッセージカードもありますね。何々?
{次 は 無 い}
…………………また次回!