土曜日、今日でこの街から離れることになる。遠慮はしたんだけどぜひ送らせてほしいと学校の皆が集まってくれた。そんな中ナナは。
「トレちゃぁ~~ん!行っちぁあいやだよぁ~~!」
「言ってる事昨日と真逆じゃん…。」
全力で引き留めに来た。
「だって実感無かったんだもん!でも今日になったら急に寂しくなっちゃってぇ!お別れなんてやだよぉ!」
毎日頑張ってって応援してくれてたのにここにきて引くくらいの泣き方をしている。
「もう一生会えない訳じゃ無いんだし、電話もするし一旦落ち着いて。」
「そうだね!向こうでも頑張ってね、ずっと応援してるから!」
だからって急に落ち着くのはやめてほしい。
「それにしても、トレノちゃんがその制服を着るなんてね。夢にも思わなかったよ。正直似合うか不安だったよ。」
「私も。制服変わるのなんて高校に入るときだと思ってたから不思議な感覚だよ。」
「ところで、渋川さんっていつ来るの?」
「多分そろそろだと思うけど、一応ここで拾ってもらうようにLANEしたけど…あっ来た。」
いつ聞いても耳を塞ぎたくなるような爆音に学校生徒ほぼ全員が耳を塞ぐ。
「お待たせ―ってすごい人だね。横断幕まであって。トレノちゃんもう人気者になっちゃった?」
「確かに、そうかもしれませんね。ローカルアイドルってこんな感じなんですかね?」
「うぅ~トレちゃんなんで平気なわけぇ?」
「平気なわけないよ。ただ少し慣れちゃっただけで。」
慣れたくて慣れた訳じゃ無いんだけど体が勝手に慣れてしまった。適応というものは怖い。
「それじゃあお父さん、行ってきます。」
「おう、精々都会の波に揉まれてこい。」
「はいはい。…それと、今日は見送りに来てくれてありがとうございます。気の利いたことは言えませんが…えーっと。」
何か言った方が良いかなって思って言ってみたはいいけどなんて言えばいいか分からなくなってしまった。
「と、とにかく勝ちます!応援お願いします。」
「ハハハ、勢いで何かするあたりトレちゃんらしい!頑張ってね!応援するからね!」
「私も!」「レース、絶対見るから!」「寂しくなったらいつでも帰って来てね!」
「ありがとうございます。それじゃ、行ってきます。」
そう言って期待3割、不安7割を胸に車に乗り込む。
「じゃあ豊田さん。トレノちゃん借りてきます。絶対けがはさせませんから。」
「おう、トレノはまだまだひよっこの下手くそだからな。育てがいはあると思うぞ。」
「聞こえてるよ。ひよっこなのは認めるけどさ。」
「アハハ…それでは。」
車が動く。私のトレセンでの生活がこれから始まる。
「行っちゃった…。トレちゃん、トレセンに行っても大丈夫なのかな。心配だなぁ。」
渋川の車がどんどん小さくなっていく。トレノの友達…ナナって言ったっけ?そいつが心配の言葉を漏らす。
「心配ねえよ。アイツはああ見えて図太いんだ。ちょっとの事じゃへこたれねえよ。」
「トレちゃんのお父さん…。」
「お前らも解散しろ。いつまでも道塞いでんじゃねえよ。」
そう言うと惜しむように一人、また一人と帰っていく。トレセンでの毎日は厳しいものばかりだ。挫けることもあるかもしれねぇ。
レースに出るんだ。負けることもあるかもしれねぇ。でもそれでいいんだ。負けから学べることもある。
…頑張れよ、トレノ。
「到着っと。トレノちゃん、着いたよ。」
「んあぁ…。ありがとうございます。同じ景色を3回も見ちゃうとどうしても眠くなっちゃうんですよね。」
「まあそうだよね。まず荷物を置きに行こうか。トレノちゃんは栗東寮だったね。付いてきて。」
「ここが栗東寮だよ。私はここで待ってるから。」
「あれ?来てくれないんですか?」
初見の場所ではい行って来てって言われても迷子が確定してしまう。
「案内は寮長のフジちゃんがやってくれるよ。それに、私もよく分からないんだけどウマ娘寮にトレーナーは立ち入り禁止なんだよ。」
「どういうことです?何か不祥事でもあったんですか?」
「う~ん、分からないな。ただ、男性トレーナーがウマ娘寮に立ち入ったせいでウマ娘が掛かってお持ち帰りされた事件が…。」
怖っ。なんでそんなことが?仮にも学生が襲っちゃダメでしょ。まさかトレーナー側への配慮だったとは。
「多発したからだったかな?」
多発したのか。先行きがもう不安になってきた。
「じゃ、じゃあ行ってきますね…。」
「うん、行ってらっしゃい。」
栗東寮に入ると下駄箱、それに階段があった。外から見た限り4階建て、こんなでかい建物で学園の寮と言われても3週間前だったら絶対納得しない。
「すみませーん、今日から入寮するトレノスプリンターですー。すみませーん。」
何度か呼びかけると誰か出てきた。この人がフジさんか…。
「あれ?お前第三惑星から帰って来たのか!良く戻って来たな!」
玄関を勢いよく出て待っていた渋川さんに一言。
「やっぱり帰ります。」
「はい?」
「いやーゴメンね?寮の子の手品を披露していたら、遅れてしまったよ。」
「あ、いや、大丈夫です。それよりさっきのUMAはいませんよね?」
「大丈夫、鳩を飛ばしたらそっちの方に行ってくれたよ。」
良かった。あのUMAに絡まれるのはさすがのもうこりごりだったから。それだけで安心だ。
「私はフジキセキ。早速だけど、君の部屋を案内するよ。道すがら寮について説明するね。」
「分かりました。」
フジキセキさんから受けた説明は寮は二人一組、当然だけど門限があること。その他細かい注意点について聞かされた。
「ここが君の部屋だね。ルームメイトの子と仲良くね。それじゃ、私はこれで失礼するよ。」
「ありがとうございます。…さて。」
息を大きく吸ってノックする。
「すいませーん。今日からルームメイトになりますトレノスプリンターですー。」
反応が無い。ノブを回してみると開いたので寝起きドッキリみたくゆっくりと開けてみる。
「こんにちはー…。あれ、いない。」
外出中なのかな?仕方ない、荷物だけおいて渋川さんの所に戻ろう。
「誰だてめぇ、なんで俺の部屋に居やがる。」
「ひゅい!?」
後ろからどすの効いた声がして振り返ると黄色い髪のウマ娘が私を睨み殺さんとばかりに見てくる。
「わっ私、今日からこの部屋に住みますトレノスプリンターです!」
「トレノ?ぁあフジ先輩から聞いてるよ。俺はイエローロータリー。今日からよろしくな。俺のベットは左だから右のを使ってくれ。」
「あっはい、ありがとうございます。」
さっきまでの圧が嘘のように消えて少し接しやすくなった。取り敢えず荷物をベットの上に置いて部屋を出よう。
「それじゃあ一旦失礼しますね。」
「お?もう行っちまうのか?」
「はい、この後学園を案内してもらうことになってるので。」
「そうか、じゃあ後で色々話そうぜ。」
「はい、それでは。」
「…?トレノ?」
あの白い髪、そういえばどっかで見たことが。ああ思い出した。タマモさんとオグリさんに勝ったアイツか。
アイツとは絶対にレースしたいって思っていたからな。帰ってきたら申し込ませてもらうぜ。
それにしても、アイツを一目見た時から他人って感じがしねえんだよな。なんでだ?
「お待たせしました。」
「おかえり、さっきはびっくりしたよ。」
「ですよね。来ていきなり帰るなんて言われたら困っちゃいますよね。」
でもあのUMAに合ったらああも言いたくなる。
「まあゴルシに合ったらあんなリアクションしたくなるよ。」
渋川さんもこう言うんだから間違いない。…でもスピカのメンバーってあれといつもトレーニングしてるのか。強靭な精神の持ち主たちしかいないんだろうなぁ。
「それじゃ、次は教室だね付いてきて。」
「到着、見てわかる通りだね。」
「そうですね。…Z組って何ですか?」
あんなクラス銀〇先生でしか見たこと無い。
「まあ2000人が所属してるからね。これくらいあるよ。…今見ても違和感あるけど。」
「まあ普通ならありませんからね。それだけのクラス。」
「トレノちゃんの教室は…あった、ここだね。C組だね。」
「成程…多分ですけど迷子になりますね。覚えるようには努めますけど。」
外でさえ二回迷子になったのに中はもっと迷子になれる。
「これだけ広いとね。そうだ、同じクラスの子に付いていくってのはどう?」
「そんなこと言ったって今日休みで教室に誰もいませんよ?」
「大丈夫、確かスピカにC組の子がいた気がするから。明日顔合わせしよ。」
「そうですね。」
「今日はこれくらいかな。外回りは明日沖野さんと東条さんの挨拶の時に回ろ。荷解きもあるだろうしこれで解散にする?」
「分かりました。それではまた明日。」
というわけで解散した。えーっとここを曲がって…あれ?向こうだったかな?…帰れるよね?
いやー間に合いましたよ。一時はどうなることかと思いましたよ。
「まさか有言実行するとはな。少しだが見直したぞ。」
ハヤヒデさんに褒められると悪い気しませんね。もっと褒めてくれてもいいんですよ。
「それじゃあ私はこれで失礼するよ。」
もうですか?つれないですね。
ハヤヒデさんも行ってしまったので僕もこの辺で。また次回!