麓の駐車場でタイマーを止めると3分11秒518。ボーダーラインの11秒台には乗せることはできたし、瀬名のタイムまでコンマ5秒に迫れた。何なら3本目のタイムを1秒近く更新している。
…だというのに気分は浮かない。それどころか沈んでいく一方だ。
「あのインプは私や瀬名より、多分神フィフティーンよりもダントツに速い。悔しいけど、あと半年…いや1年攻めたとしても同じ土俵には立てない。」
後ろから見た感じ、こっちの車の戦闘力の方が上だと思う。それなのにちぎられた。コースの熟練度、ドラテクに至るまで完璧に負けている。
歯を食いしばる。今日に至るまで私は秋名で負けたことは無かった。絶対の自信もあった。それが、いままであった常識と共に崩れてしまった。
「…アッハハハ!」
何故か笑い出してしまう。悔しいは悔しいけど何かが吹っ切れたみたい。よく考えたら、あの車と同じことが出来ない訳が無い。同じインプだし、戦闘力だって上だし。
「ごめんねトレノちゃん。土曜日は秋名の走り込みで休みかな。」
「お待たせ―。待った?」
「いや何があったんですか。」
渋川さんが予定の時間通りに来た。…のはいいんだけど車の汚れが凄い。…よく見たらタイヤの溝があまり無い。こんなに無くなる事ってあるんだ。
「いやぁ、久々にはしゃぎすぎちゃってさぁ。思い切り攻めてたらこんなになっちゃった。」
「思ったんですけど渋川さんの車ってたまに爆発しますけど、大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ。色々とパーツの寿命縮んじゃうけど今のところ不都合は起きてないよ。」
「起きてるじゃないですか。」
パーツの寿命が縮んでいるのが不都合には入っていないのか。
「じゃあ、またしばらくトレノちゃん借りますね。」
「行ってきます。」
「おう…トレノ、榛名、ちょっといいか。」
「はい、何でしょう。」
「ここから先、クラシックで勝つには作戦が重要になってくる。それと同じくらい、技の引き出しもな。具体的な事はまあ、お前らで考えるんだな。」
お父さんがとても投げやりなアドバイスをくれた。作戦が大事なのはわかるけど技か。柵走り以外の技が何か思いつかないとか。…あるかなぁ?
「分かってます。見ててくださいね、三冠取ってみせますから!ケガもさせません!」
「取れるかどうかは分からないけど、頑張ってくるよ。」
「おう、お前が勝ってくれると売り上げも上がるからな。」
「相変わらずがめついんだから…。」
「トレセンに帰る前にちょっと寄り道してもいいかな。」
「良いですよ、どこ行くんですか?」
「ちょっと馴染みのガソスタ。」
「ガソリンスタンドですか?」
「うん、そろそろガスが無くなりそうだし。」
そう言って渋川さんは伊勢崎から40分程の渋川市に向かった。…寄り道にしては随分遠い所に行くなこの人。
「どもー池谷さん、ハイオク満タンで!紹介するね、この人が池谷さん。昔お世話になってたんだ。」
「よっ榛名ちゃん。その横は…トレノちゃんか。ホープフルS凄かったよ。次のレースも応援するから。」
「初めまして、トレノスプリンターです。よろしくです。」
車の中から挨拶をする。なぜだろう、どうにも知らない顔って感じがしないんだよなぁ。
「それと…池谷さん、今日は武内さんいないんですね。」
「ああ、今日は休みだ。もう帰るのか?」
「はい、その挨拶にと寄り道したんですけど…よろしく言っておいてください。」
「分かった。今年も頑張ってな。応援してるぜ。」
「…それとは関係のない話なんですけど、秋名で凄腕の走り屋って瀬名以外に知りませんか?」
昨日のインプレッサについて池谷さんなら何か知っているんじゃないかと思って聞いてみる。
「凄腕の走り屋?最近は走り屋だって少ないし、それに榛名ちゃんや諸星瀬名クラスとなると流石に分からないな。」
「最近の走り屋じゃなくても良いんです。昔の走り屋でもなんでもいいんです。」
「昔の走り屋で凄腕なら…2人いるぜ。」
「っ!誰なんですか!?どこに行けば会えますか!?」
つい声を荒げてしまった。私にとっては瀬名よりも優先するべき走り屋になっている。分かるかもしれないのに声を上げない訳が無い。
「落ち着けって、その走り屋の1人は今イギリスにいるんだ。」
「イギリスですか?それじゃぁ、もう1人の方はどこに?」
「藤原豆腐店って豆腐屋の店主だ。俺も聞いた話だけどその人は現役の頃は自他ともに認める秋名最速の走り屋だったんだ。」
「その人の車種は何です?」
「昔は”ハチロク“に乗ってたけど今はインプレッサに乗ってるんだ。」
…!インプレッサ!
「そのインプレッサ、色と型式って分かります!?」
「色は青で型式は…GC8だ。」
「その車です!私が昨日負けた車!」
「負けたって…あの人とやったのか!?あの藤原文太さんと!?」
「あっ…今のはオフレコでぇ…アハハ…。」
少しの間沈黙が続く。何というかこういう謎の間は少し気まずい。
「…昨日の夜、秋名を走ってたら後ろからそのGC8に煽られて、ブレーキング勝負で負けて、その後の5連ヘアピンを抜ける頃にはもうちぎられてました。」
「そうなのか…いやなんか安心したよ。藤原さんがまだ現役で走ってるんだって思うと。」
「いつかリベンジしてやりますよ。次は私がちぎってやるんですから。」
そんなことを話している間に給油を終えていた。
「さて、そろそろ行きますね。トレノちゃんの応援よろしくお願いします。」
「おう、榛名ちゃんもな!」
「ええ、もちろんです。」
「うぅ…緊張して来たぁ。」
遂にアタシのデビュー戦。ここまでリハビリもトレーニングも頑張って来たけどいざ本番になると緊張するなぁ。
「大丈夫だ、ケガをあけてここまでトレーニングして来たんだ。絶対とは言わないが、勝ち目はあると思うぜ。」
「ほら、そろそろパドックに出ないと。キタちゃん、頑張ってね!」
「はい、行ってきます!」
『3番人気、キタサンブラックです。』
『1番、2番人気に劣らないいい仕上がりですね。』
『今回のレースはマイル、適性は中距離との事ですし、屈腱炎を乗り越えて勝利することはできるのでしょうか。』
パドックから周りを見渡す。トレーナーさんやテイオーさんも見てくれている。あっダイヤちゃんも見に来てくれてる。
「見ててね、ダイヤちゃん。絶対勝つから。」
「キタサン、ちょっといいか。」
「はい、どうしたんですか?」
パドックを引き上げて、コースに入ろうとするとトレーナーさんに呼び止められた。
「直前まで考えたんだが…今回のレース、逃げを使うな。」
「え?それってどういうことですか?」
「作戦としては差し寄りの先行だ。位置としては中団のやや後ろ。屈腱炎が収まったからと言って全力で走るのはリスクが高すぎる。」
「確かに…でもそれで勝てますかね。」
「かなりギリギリになると思う。本来の適性は中距離だからな。スパートを掛けるのは…」
「キタちゃん大丈夫かな…。」
学園で元気にトレーニングしている姿を何度も見てきたけどいくらタフなキタちゃんでもレースに耐えられるのかな。
「そんなに沈んだ顔しないでダイヤちゃん。」
「そんな顔するのは負けた時にしてくれ。」
「トレノさん、ロータリーさん。」
「まあ心配したくなるのも分かる。実力としてはキタサンは問題ないとしても問題は…」
「屈腱炎を引きずってないかですよね。」
『各ウマ娘、ゲートインしました。後はスタートを待つだけです。』
実況がゲートインを知らせると私達はゲートに視線を向ける。頑張って、キタちゃん!
ガコン!
『スタートしました!おぉっと、少しばらついたスタートになりました。』
『7番の子は好位置に付けていますね。キタサンブラックは…やや後方ですね。逃げを打つウマ娘と聞いてましたが。』
『ケガの影響でしょうか、走りずらそうです。』
「き、キタちゃんがあんなところに!やっぱりケガを引きずって…。」
いつも逃げてるキタちゃんが中団後方にいる。私との並走でも基本前を走っていただけに驚きを隠せない。
「あの位置、仮に逃げで走っているなら絶望的だ。だが考えなしにあんなところを走るとは考えずらいんだよな。」
「だとしたら作戦?結構大胆だけど、仕掛けたとして間に合うのかな。」
トレーナーさんの作戦通り、中団やや後ろの外側に位置取ったけどやっぱりキツイ。でもまだ、我慢しないと。
スパートを掛けるのはコーナーを抜けて400メートルのハロン棒より少し手前。それまでバ群に飲まれないようにしないと。
嬉しいことに私へのマークは薄い。これなら前を塞がれることは無さそう。
『コーナーに入ったところで順位を振り返っていきます。キタサンブラックはまだ後方に付けている。』
『このまま沈んでしまうのでしょうか。心配です。』
ここまでは、苦しいけど順調。400メートルまでこの位置を守る!
『コーナーを抜けて、最後の直線に入った!ここから抜け出す子は出てくるのか!』
『団子状態になっていますからね。抜け出すのは難しそうです。』
『残り400メートル!外からも追い込んでくる!』
今だ!
「やあああぁぁぁぁ!!」
『キタサンブラックも上がってきた、追い込んできたぞ間に合うのか!』
間に合うかじゃない、間に合わせる!
『残り200メートル!キタサンブラック上がってくる上がってくる!そのまま先頭に変わった!』
やった、間に合った!
『キタサンブラックゴールイン!沈んでいたと思っていましたが見事上がってきて1着を手にしました!』
『見事クラシックに間に合いましたね。皐月賞を誰が取るのか今から楽しみです。』
祝!五十話突破おめでとう!
「いや待って待って待って。」
「それ普通前回やるやつですよね。」
野暮なこと言わないで下さい。榛名さん、トレノさん。あ、もしかしてタイトルコールやりたかったですか?すいません気が付かなくて。
それではテイク2どうぞ!
「いやそういう事じゃないから。こういう記念の後書きを節目じゃなくてこの中途半端な回の後書きにする必要なくない?」
いやあの時はただ単純に忘れてただけですね。
「は?」
という訳で皆さま、ここまでのご愛読ありがとうございます。本当だったら百話程度で終わるかなって思ってたこのシリーズですが面白半分でやってたらそんなんじゃ収まりそうもありません。
そういう事なのでまだしばらく続きます相変わらずの駄文っぷりですが今後ともどうぞよろしくお願いします。
真面目なのはこれくらいにして、先ほどから殺気が凄いんですよね。雑に扱ったからですかね?
また次回!