ダービーに向けてトレーニングを始めようとトラックに集まると渋川さんがうどんを売ってた時の法被姿で立っていた。
「さて!感謝祭終わって次の日だけど浮かれてないでトレーニング行ってみよー!」
「…じゃあまず渋川さん着替えてきましょうか。」
「あ、やべ…こ、これは浮かれ気分でここまで来た訳じゃなくて、今日はこっちの方が気合が乗るからだから!」
「今の今まで法被だった時なんてなかったじゃないですか。」
「それはこれまで法被の気分じゃなかっただけです~!」
「あーはいはいさいですか。」
これ以上聞いてももう何も進展しなさそうなので諦めて差し上げる。
「さて、トレーニングを始める前に…トレノちゃん、柵走りは使わないで2000メートル全力で走ってきて。」
「いきなりですか?分かりました。」
いつもなら坂路とか何かしらのトレーニングをやった後タイムを計るから少し意外だった。
「フゥ…どうでした?」
「1分58秒2…最初から速かったから気付くのに遅れちゃったけどこれではっきりしたよ。トレノちゃん心して聞いて。」
「え…?」
この疑問は正直皐月賞以前からあった。このタイムの縮み方は走り込みによるラインの最適化やコーナーへのアプローチによるものが大きい。
パワーが上がったとかそういうものがあまり感じられない。こんな事実を突きつけるのは私もつらい。でもこれが現実、必ずどこかで向き合わないといけない。
「トレノちゃんは、本格化を迎えていないかもしれない。」
「本格化って体が急激に成長する期間の事ですよね。私はまだ迎えてないって事ですか?」
「多分ね。体が軽かったり、食欲が増えたとかは無い?」
「無いですね。むしろロータリーさんの食事量が増えてるくらいですよ。」
「本格化が顕著になって来たって事かな。そうなるとあと1カ月。成長加減は分からないけど勝つとなると…厳しいってものじゃなくなると思う。」
下手したらダービーまでに1秒…いやそれ以上に速くなっているかもしれない。キタちゃんもダイヤちゃんもそうだし、他14人も相当に速くなっているはず。
そんな中にトレノちゃんを送り込むのはサバンナの大高原に羊をぽつんと一匹放置してそれでもって1カ月生き残っているか実験するようなものだ。
自分でも何を思ってるのか分からないけどとにかくそれ位結果は分かり切っていること。今思えば皐月賞も、そしてホープフルも奇跡的な勝ちを拾ったって事になる。
「つまり、私にダービーは勝てないって事ですか?」
トレノちゃんが少し不安そうな声で聞いてくる。
「大丈夫…とは言い切らない。でも可能性が無い訳じゃない。速さは何も身体能力だけで決まるものじゃない。テクである程度埋める事が出来るのはトレノちゃんも知ってるはずだよ。」
「はい、私には奥の手がありますから。」
「そう、柵走り。それプラスアルファ、コースの知識。ダービーまでの1カ月、この2つを磨いて行ってライバルたちとの差を縮めていく。これが私のプランだよ。」
「そうなると、残された時間はやっぱり少ないですね。」
「休む時間ないかも知れないけど、二人で頑張ろう!それと、本格化を迎えてないことは秘密ね。」
「はい!」
ここからは私の持ってる知識を総動員してトレノちゃんを育てていく。人生に2つも生き甲斐があるといくら時間があっても足りない。走り込んでテクを磨かないといけない。
かなり忙しくなるけど、楽しくて仕方がない。さあて、頑張るぞぉ!
「ふは~!今日も疲れた~!」
トレーニングを終えて寮に帰るとダイヤちゃんはすでに帰っていた。
「おかえり。ここ最近メキメキと成長していってるよね。」
「自分でも信じられないくらい成長していってる気がするんだ。トレーナーさんもびっくりしてるくらい!」
「実は私もなんだ。最近体が軽くなってきて、タイムも少しずつ縮んでいってるんだ。」
「本格化が強くなってきたって事だよね。てことはロータリーさんとトレノさんも?」
「多分そうだよね。私は今のままじゃ不安だよ。あと1カ月、全力でトレーニングして…それでも足りるのかな?」
ダイヤちゃんはそんな弱音を吐く。励ましたいけど、分かってしまうところがある。いくらペースを上げてもくっ付いてくるあの不気味さは言葉で表すなら背後霊そのものだった。
それに抜かれたあとのトレノさんの動きがどうしても理解できない。コーナーを立ち上がる時、トレノさんの姿がブレた…なんてものじゃない。あれ?って思った時には既に0.5バ身位離れていた。速いなんてものじゃなかった。
「確かにトレノさんもロータリーさんも速い。距離も400メートル長くなってスタミナの配分が大事になってくる。でも、あたし達もステイヤーだから、条件は同じのはずだよ!」
ダイヤちゃんを励まそうとして出た言葉は自分に向かって言ってる言葉でもある。不安なのはダイヤちゃんだけじゃないんだから。
「あたしはトレノさんに、ロータリーさんに、…ダイヤちゃんに勝つ!だから、ダイヤちゃんもそのつもりで来て!」
「ふふっ、流石お助け大将キタちゃんだね。おかげで元気になってきたよ。でも、勝つのは私だよ?」
「ライバルながらその意気だよ!ダイヤちゃんご飯食べに行こう!」
「そうだね、お腹すいちゃったよ。」
「よお、キタサン、ダイヤ。お前らもメシか?」
ロータリーさんと寮の食堂に来るとキタちゃんとダイヤちゃんも食事に来ていた。
「はい。今日は何食べようかな~。うーん…ラーメンとチャーハン両方特盛で!」
「私はステーキ…400グラムかな。」
「ラーメン大盛とステーキ450グラム。」
「焼肉定食ご飯少なめで。」
他3人と比べると少ないけど私はこれ位で十分だ。むしろあの量を見てるだけでお腹いっぱいになってくる。なんであんなに食べられるんだろうか?
「いつも思うが、それっぽっちで足りるのか?俺たちは本格化を迎えて食べないといけないだろうが。」
「ギクッ…い、いや?これでも食べてる方ですよ?そ、そうだ!でも今日はおやつの食べ過ぎちゃって~。」
「お前がおやつ食ってるところなんか見たこと無いんだが?」
私の嘘をそんなすぐにぶった切らなくてもいいじゃないですか。泣いてやってもいいんですよ?
「ダービーまであと1カ月、調整なんかしてたらあっという間だろうな。だが、タイムは皐月賞の時より縮んできてる。この前の俺と侮るなよ?」
「あたしだってここ最近で自分でも驚くくらい成長してるんです!」
「私もですよ。同じようにタイムだって縮んできてるんですよ。皐月賞は譲りましたけど、ダービーは貰います!」
「…ワハハ。ちなみにどれくらい縮んだんですか?」
「あんま詳しくは言えないが…まぁ、0.5秒くらいだな。」
何も言えない。私なんか1年を通して0.8秒なのに。本格化っていうのは個人差はあるんだろうけどやっぱり凄い。この3人の速さを知っているだけに絶望が私の身を包む。
本当に…勝てるのかな?…いや、応援してくれてる人もいるんだ。絶対に勝って見せる!
「それじゃ、デビュー戦の時に1回走ったけど改めて東京のコースについておさらいするね。」
「お願いします。」
多分身体能力じゃもう手も足も出ない所にいる3人に正攻法で挑んでも勝ち目はない。だから渋川さんに頼んで今日からコースの攻略をメインにしてもらった。
「まずコースの大体の説明をするね。スタートしてから1コーナー中間までは平坦な道のりでそこから向正面中間まで緩やかな下り。下りが終わると中山並の坂が待ってる。そこを上り終えたら3コーナー中間位までまた下り、そこからは緩い上りが続く。坂を上り終えて300メートルでゴールって感じかな。」
「走っておいてなんですけどあんまり覚えてないものですね。」
「最近は中山がメインだったしね、今から頭に叩き込んでおけば問題無いと思う。今回のダービー、私の中じゃもう作戦は決まってるからしばらくはそれのすり合わせになると思うけどいいかな?」
「大丈夫です。作戦だけでも上回らないと勝てませんからね。」
「よし、まずは簡潔に。作戦は追込、仕掛けるのは最初の坂が終わってからの下り、そこからスパートを掛けて行く。トレノちゃんなら上がってこれるはず。」
確かに下りなら仕掛けるのにはもってこいだけど…
「でもそれって作戦にしては安直すぎませんか?すぐに読まれちゃいそうなんですけど。」
「…少し安直すぎるのは私もそう思う。でもここからが肝心だよ。スタートしてから1コーナーの入り口までに出来るだけ前に行って欲しいんだ。」
「作者、こういう目にあったのはこれで何回目だ?始まりは私をいじったことから始まったな。」
「思い返せば私も少し短気なところもあったが、君も少しデリカシーが無いからな。こうなるのも仕方ないだろうな。」
「渋川君とトレノ君にパンチを浴びせられ、最期は副会長に心臓を一突きか。まさかここまでいくとは。短い付き合いだったが、楽しかったよ。」
ライスを残してあの世に行けるかーーー!
「ふっ復活した!?どうなっているんだ!?」
そういえば説明してませんでしたね。この作品は基本ギャグ世界なのでなんやかんやで生き返るんですよ。それにしても痛かった~w
「心配して損した気分だよ。私はこれで失礼する。」
冷たくないですか!?…仕方ないですね。皆さん、僕はちゃんと生きているのでご心配なく。また次回!