「イッチニっと…。」
「やあ、トレノちゃん。」
地下バ道でストレッチをしていると渋川さんが話しかけてくる。作戦に変更があるのかな?
「どうしたんですか?作戦変えます?」
「いや、作戦を大きくは変えないよ。でも、細かいところを修正していくよ。前に出て1コーナーに侵入する前に下がるって言ったよね?」
「はい。コーナー前に並べなくても下がるんですよね。」
「そう、その下がった後の位置取りを、ダイヤちゃんの少し前位…いや、ロータリーちゃんとの間位に位置どって。」
「最後尾には戻らないって事ですね?」
他の出走者を見ての判断なのかな。確かにあのメンツで最後尾から追い上げてくるのはかなり厳しいのは明白だった。
「…ただ、正直その場しのぎだからほとんどの事はトレノちゃんに任せるよ。…行ってらっしゃい!」
「はい、見ててください!」
トレノちゃんを見送ってゴール板近くでギャラリーする。
「あれ、渋川さん!久しぶりです!」
「ナナちゃん、久しぶりだね。今日は来てくれたんだ。」
「当ったり前じゃないですか!ダービーは特別も特別ですから!まさかトレノちゃんがダービーで走る日が来るとは、夢のようですよ!」
「私も、トレノちゃんの担当になって、ここまで来られるとは思ってなかったよ。」
だからこそ、今日この日を迎えられたことを嬉しく思う。縁起でもないけど、勝っても負けても、後悔はしないと思う。ここまで来られたことが、奇跡みたいなことだから。
「どうだ?キタサンの成長っぷりは。」
「あ、沖野さん。それにスピカの皆も。」
「おハナさん達リギルも来てるぜ。なんせダービーだからな。お、えーっと、ナナちゃんだっけか?去年の感謝祭以来だな。」
ナナちゃんと沖野さんって面識あったんだ。ちょっと意外だったな。
「覚えてたんですか?ありがとうございます!将来はトレーナーになりたいって思ってるんです!もしトレーナーになったら色々と教えてください!」
「お、良い心がけだぞ。それじゃ、未来の後輩に1つアドバイスだ。渋川みたいな変人にはならないようにな。」
「はーい!」
「ゑ」
ナナちゃん嘘でしょ? …え?
「っと、そろそろ始まるみたいだぞ?」
『各バゲートイン、出走の準部が整いました。ダービーを制するのは主役4人か、それともダークホースが掠め取っていくのか!?今…』
ガコン!
『スタートしました!各バきれいなスタートを切りました。先頭に出たのは4番人気キタサンブラック。3バ身後方にイエローロータリーが集団を引き連れています。その後方2バ身離れてサトノダイヤモンド、この位置で展開をうかがう。最後尾にトレノスプリンター。直近2レースでは逃げていたが今回は追込での勝負と…ならない!ペースを上げて先頭集団に混じろうとしている!』
「そう、それそれ。その感覚を終盤まで覚えておいて。」
「トレノの脚質は追込だよな。3連続は流石に負担が大きいんじゃないか?」
「そうですよ!それに今回は400メートル長いんです!スタミナが足りなくなるかもしれませんよ!?」
「そこはご心配なく。前に出ていくのは1コーナーまでなので。そこまで行ったら1度下がりますので。」
そう言うと沖野さんとナナちゃんは疑問を感じているような顔になった。まあ、こんなトリッキーな作戦、ゴッドフット、星野さんに教えてもらわなかったら思いつきもしない。
「わざわざ下がるのか?何の意味が?」
その質問にトレノちゃんに教えた時と同じように答える。
「へー、それなら出し抜けるのかもしれない。仕掛けるタイミングがより正確になるんだからな。トレノのスタミナなら、大丈夫だろうしな。」
「成程、トレーナーになるには基本的な作戦から想像もつかないほど奇抜な作戦を立てられる頭脳っと、メモメモ。」
「それにしてもよくそんなこと教えるよな。対策されるかもしれないのに。」
「大丈夫ですよ。多分今後一切使わないと思うので。」
「お前なー…。」
お前、もう逃げなんかやらないって皐月賞の後言ったよな。だったら…お前が今やってる走り方はいったい何なんだよ。
だけどもう慣れたというか、意外性はない。お前がそう来るなら俺としても望むところだ。もう1カ月前までの俺じゃない。合わせてペースを上げるようなことはしない。
サトノもキタサンもそうするはずだ。そうこうしている間にトレノは俺の前に出ていく。キタサンまではあと4バ身って所か?キタサンも成長している。2400メートル、お前はそのペースで持つかな。
『徐々に追い上げてくる!皐月賞より400メートル長いですが、最後まで持つのでしょうか。』
『弥生賞、皐月賞ではほぼ全てでスパートを掛けていたと言っても過言ではないですからね。恐らく持つと見込んでの作戦なのでしょう。』
トレノさんが追い上げてきている。また逃げで来る気なのかもしれない。でも、ペースは変えない。皐月賞だってそれで負けたんだから。
ペースを変えないで走っているとじわじわとトレノさんが追い上げてくる。このままだと先頭を奪られる。そこにじれったさが無い訳じゃない。でも我慢しないと。
『追い上げてきたトレノスプリンター、キタサンブラックまで1バ身。この2人を先頭に1コーナーに入っていきます。キタサンブラック乱れる様子はない。』
「成程、大体そんな感じね。」
「…え!?」「はぁ!?」「嘘!?」
『こ、これはどういう事でしょう!?先頭に並びかけたと思ったら突如下がっていったぞ?』
『スタミナ切れではなさそうです。となると作戦と考えるのが自然ですけど、どういう作戦なのでしょう。』
トレノさんが並びかけたタイミングでそう言って次の瞬間、どんどんと下がっていく。競り合う相手が一時的にいなくなったけで、混乱の方が大きい。
『レースが始まって早々に一波乱ありましたがキタサンブラック先頭変わらずに1コーナーに入っていきます。』
下がってきたトレノさんがロータリーさんと私の間の辺りに位置どって、そのまま1コーナーに入っていく。流石というか、あざやかにインラインに割って入っていく。
でも仕掛けるといった気配は感じない。そうすると、さっき前に出たのはいったい?…多分、今考えても仕方がないのかも。トレノさんがどんな作戦を立てていても、私は私に出来る最高の走りをするだけ。
コーナーに入って渋川さんと決めた定位置に位置取る。…もう少し前の方が良いかな?1バ身くらい前に位置取ろう。
先頭に行くまでにかかった時間は大体9秒。そうなると仕掛けるタイミングは…上りが始まる少し手前。ペースを上げていってコーナーでキタちゃんにもう一回並ぶ。
その後の直線を考えると4コーナー入る時には既に先頭に立っていないとダメかな。
ドクン ドクン
位置取りは悪くない。ペースをキープして残った足で残りを走り切る。
『1コーナーから2コーナーへ。トレノスプリンターは中団の良い位置に位置取っています。ペースとしては平均的、レースが動くのは3コーナー付近と見ていいでしょう。』
「3コーナーか。つまりトレノちゃんが得意なコーナー勝負に持ち込んでアタマを取るっていうのが榛名ちゃんの作戦か。」
「お、池谷結構勉強したんだな。」
「応援するにも知識が無いとな。と言っても、ほとんど拓海の走りを思い浮かべてるだけだけどな。」
「そうですよねー。あれだけ速いんですから嫌でも思い出しますよね。…所長のコーナー3つで失神事件も。」
「それは思い出さなくていいんだよ!俺だって成長してるからな。榛名ちゃんのドリフトは初見でも拓海の時よりは耐えられたんだ!」
「それでも2つ増えただけだったじゃねえか。」
「それも言わなくていいんだよ!」
実況は3コーナーから動くって言ったけど作戦通りなら上りが始まるより少し手前でトレノちゃんは動く。そこがトレノちゃんにとってベストに近い仕掛け所だと思う。
でも、考慮しないといけないのは他3人の末脚。スパートまで残っているのは明らかだけど、問題はトップスピードより加速力。
最高速にそこまでの差が無いとしても、そこに到達するまでの時間が短ければ短い程、勝負は苦しいものになる。加えて東京は最後のストレートが長い。
つまり直線に入ってから仕掛けてもあの3人であれば十分捉えてしまう可能性もある。
「お願い、頑張って!」
2コーナーを抜けて向正面の直線。まだ少しの間下りが続く。上りの終わり際から9秒前倒し…ココか!
トレノさんがバ群の外に行ってペースが上げていく。この先は上り、トレノさんが苦手としてる所。しかも中山並に傾斜がキツイ。ここからスピードを上げて上りを少しでも早く抜ける訳ですね。
私の推測が正しければ、既にスパートに入っているはず。トレノさんは超ロングスパート型。仕掛けが早くても何も不思議じゃない。
『2コーナーを抜けた所で順位を振り返ります。先頭キタサンブラック変わらず、2バ身離れてイエローロータリー、その後ろにバ群を引き連れている。その後ろにトレノスプリンター、今順位を1つ上げました。サトノダイヤモンドもこれに付いていく。全体的に縦長な印象です。』
仕掛け所を考えれば、私はまだ脚を溜めるべき。4コーナーに入ってからスパートを掛けるのが理想的だと思う。でも少し、トレノさんに付いていく。
ロータリーさんを抜くまでとは言わない。その近くまで付いて行ければいい。
もう仕掛けてるのか。今度はハッタリじゃねえみたいだな。魂胆としてはコーナーで先頭に立って最後の直線の為に貯金を作っておくって感じか。
トレノの弱点は直線だ。いくらコーナーが速くても直線に出てしまえば正直並のウマ娘だ。弥生賞、皐月賞で負けた理由は脚の使い方を間違えたせいだ。
無理に引きはがそうとするとこっちの脚に限界が来る。皆その手法で負けてる。タマモさんでさえも。だが、仕掛け所を見誤らなければ勝てない相手じゃない。
東京の直線は中山より200メートルほど長い。それだけあれば直線で取り返すことはできる。
だからここではまだ動かない。仕掛けていくのは最終コーナー立ち上がる瞬間からだ!
「どう見る?うちらが出られへんかったレース、日本ダービー。主力4人は順調にレースを進めとるからなぁ。ラストの直線は見ごたえあると思うで。」
「そうだな…私は、彼女たちが羨ましくなる。もし私がダービーに出られたら。今まではあまり考えてこなかったが、何故か今そう思ってしまった。」
「ライバルやから…やろうな。ウチも羨ましく思わん言うたら嘘になる。せやけど、同時に応援したくもなるんや。」
「そうだな。…だが、このレース、トレノには不利な材料が多いな。特にラストの直線は長い。トレノでは差し切られてしまうかも知れない。」
「それもそうやなぁ。せやけど、ウチは何かあると思うんや。確証は無いんやけど。」
「私もだ。一度レースしたからか、そんな予感が何故かしてしまう。不思議だな。彼女は。」
「せやな。この会話を後書きに持ってくる作者の神経も不思議やわ。」
あ、バレてました?
「みえとるでー。」
オグリさんはそれ気に行っちゃったんですか?可愛いからいいですけどもっとやってください。
「なんや、急に気持ち悪いなぁ。で、なんで後書きなんや?」
書くことが無かっただけです。もちろんこの会話は本編扱いなので読者もご安心ください。
「いや本編扱いやったら普通に本編に持っていけばよかったやないか。後書きも書くこと無いんやったら空白でも」
パルプンテ!
「あーウチのたこ焼きが消えた―!」
また次回!
「また次回やで~。」