頭文字D プリティーステージ   作:サラダ味

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第六十八話 悪夢

あれ………ここは…?

 

トレセン学園の校門?私、何でここで寝てたんだろう?周りを見渡すと誰もいない。普段と違い過ぎて不気味さすら覚える。

 

「…そうだ、トレノちゃん!早くトレノちゃんの所へ行かないと!」

 

「渋川さん……。」

 

「と、トレノちゃん!…ッ!?そ、それ…は…?」

 

後ろから声がして振り返るといたるところに包帯を巻いて、松葉笛を突いているトレノちゃんがいた。

 

「ダービーで派手に転んで、こうなっちゃいました。もう走れませんし、もう学園にいる意味も、ありません。」

 

「ま、待って…!トレノちゃんはまだ、…走れる…!どれくらい先になるか分からないけど…リハビリとかしてさ…!」

 

「無理ですよ。渋川さんが一番分かってるんじゃないですか?あれだけの事があって復帰なんて絶望的だって。」

 

「……そ…そんなこ…とは……。」

 

気が付くと涙で溢れていた。私のせいだ、私が不調に気付いてあげられなかったからトレノちゃんはこうなってしまった。今、目の前にいるトレノちゃんが私の期待と言う名の怠慢が招いた結果という事に気付く。

 

「それじゃ、さようなら。多分二度と会うことは無いと思います。」

 

「ま、待って…!」

 

「貴方になんか、出会わなければよかった!」

 

ッ!!!!

 

 

 

 

 

「……って、待って!トレノちゃん!」

 

途端景色が変わる。カーテンのような布に囲われている。…ここは…病院?周りが薄暗い所を見ると時間は夜かな。

 

「痛っ…。」

 

痛みの出所に目をやると、点滴用のチューブが刺さっていた。私も入院することになったんだ。…と言う事は、さっきのは夢?

 

(貴方になんか、出会わなければよかった!)

 

「! うっっぷ!?」

 

夢で言われたトレノちゃんの一言を思い出して吐き気を催す。何とか押しとどめるが、今度は過呼吸と涙が止まらなかった。

 

「ごめんなさい…ごめんなさい……ごめんなさい……!」

 

 

 

 

 

ダービーの悲劇の翌日朝、渋川の意識が戻ったと医者から連絡を受けて俺とおハナさんで見舞いに来ていた。

 

「渋川…入るぞ。」

 

「…………どうぞ。」

 

カーテンの向こうから聞こえてきた声はしっかりと聞かないと聞き取れないほど小さく、今にも消えてしまいそうな声だった。本当に渋川の病室か疑いたくなる位だ。

 

「元気…では無さそうね。体の調子はどう?」

 

「……胸の所が……痛むくらいです…。」

 

「そうか、まあ、無事っぽくてよかったよ。」

 

無事っぽいとは言ったが、よく見なくても無事じゃねえな。話してくれてた時も顔は下を向いてる。ぼさぼさで垂れている長い髪、虚ろな目、どれを取っても無事とは言えない。

 

無事と言ったのは俺を安心させたいからかも知れない。

 

「…何か、欲しいものはある?買ってくるわよ。」

 

「………大丈夫…です…お構いなく……。」

 

「そ、そう…何かあったら言ってよ?…所で、トレノの事なんだけど。」

 

「ーーーーーッ!!!」

 

トレノの話題に触れた瞬間、毛布を握る力が強くなる。次の瞬間には頭を掻きむしって壊れたように。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!全部私が悪いんです!」

 

「ちょ、ちょっと落ち着いて!大丈夫だから!」

 

「今ナースコール押したからな!すぐに医者が来てくれる!」

 

おハナさんが渋川体を抑える。しかし渋川は暴れ続ける。俺も加勢して何とか押さえつける。

 

「せ、先生!渋川さんが!」

 

「渋川さん!落ち着いて!ナース!」

 

「はい!」

 

「大丈夫!大丈夫です!落ち着いて!…そうです。」

 

「ごめんな…さい……私の…せ…いで……。」

 

俺たちがどくと医者たちは何かしらの注射を打つ。すると渋川は段々と落ち着いて行き、最後には眠ってしまった。

 

「その、渋川は大丈夫なんでしょうか。」

 

「恐らく、ダービーでの出来事がトラウマになってしまい、急性ストレス障害になってしまったものと思われます。トラウマの引き金はトレノさんでしょう。」

 

トレノが?いや、確かにおハナさんがトレノの名前を言った瞬間に様子がおかしくなってしまった。全部私が悪いんです…か。ひとまず今日は出直すとしよう。

 

 

(全部私が悪いんです!)

 

「おハナさん、渋川って何か隠してたりしてなかった?」

 

帰り際、病院の待合室辺りでおハナさんに聞いてみる。自分の担当があれだけの悲劇に見舞われたら精神を病んでしまうのは仕方ないかも知れないが、どうしてもこの言葉だけが気になる。

 

「何もない…とは言いたいけど、あるわよ。榛名には言わないでとは言われてたけど、榛名はあの状態だしとやかく言ってはいられないのよね。」

 

やっぱり何かあるのか。この秘密の中に解決の糸口があればいいんだがな。

 

「秘密っていうのはトレノの事よ。私も偶然聞いたんだけど…トレノはまだ本格化してないみたいなの。」

 

「……ハァ!?」

 

秘密も秘密な衝撃な事実がサラッとぶちまけられた。その状態で皐月賞に勝ったとなると化け物以外の何物でもない。だが今はそっちはどうでもいい。

 

「本格化前で負担の大きいレースに出たのか。しかもダービーにか。様子から見るに体調不良とかを隠しているわけでもなさそうだったから、何の前触れもなく…?」

 

「多分そうでしょうね。あれだけの故障よ。起こる前には何かしらも前兆があると思うわ。もしあったらレースに出すようなことはしない。榛名があの状態だから今は分からないけどね。…あ、たづなさん。」

 

「こんにちは、沖野さん、東条さん。」

 

話しながら病院を出ようとすると、たづなさんとすれ違う。思えば、迅速に対応できたのもこの人のおかげだったな。

 

「こんにちは、たづなさん。昨日はありがとうございます。それにしても凄いですね。病院の手配も、まるでそうなるのを予知してたみたいに。」

 

「私も、こうなるとは予想も出来ませんでした。豊田さんからの電話が無ければしどろもどろだったかもしれません。」

 

「栄治さんが?」

 

「はい。大体向正面の上り坂の辺りに電話があって…」

 

 

とおるるるるるるるるん 

 

(はい、駿川です。)

 

(豊田だ。要点だけ伝えるぞ。東京レース場近くの病院の手配した方が良いかも知れないぞ。)

 

(とれ…豊田さん?)

 

(何かあってからじゃ遅いからな。頼んだぞ、ミノル。)

 

 

「それだけ言って切ってしまいましたが、ここまで予想していたなんて。豊田さんは凄い人です。」

 

「まじか…やっぱすげえや、豊田さんは。」

 

「でも、実際にトレノさんを救ったのは、紛れもなく渋川さんです。あの処置が無かったら、結果は変わってたと思います。」

 

「そうですね。でも、世間の評価は冷たいものばかりです。」

 

おハナさんがそう言ってSNSを見せる。そこには渋川に対する心無い言葉が並べられていた。

 

[新人だからって担当の体調管理怠るなよ][スカウトの時30分追い回したって聞いたぞ?本当だったら非常識すぎるわ][どうせ自分の功績の為だけに出したんだろ。トレノちゃんが可哀そうだわ][トレーナー辞めろ][風の噂で脚にガムテープ巻いて走らせたとか]

 

「半分合ってるな……。」

 

「違うと言い切れない所が怖いですね…。」

 

「でも大概はありもしないことをただ適当に書き連ねられてるだけ。今の榛名には見せられないわね。」

 

「こっちもさっさと収まってほしいモンだ。」

 

 

 

[キタサン、ダイヤ。校門に来てくれ、今から見舞いに行くぞ]

 

お昼休み、ロータリーさんからLANEが送られてきて校門前に集合する。午後の授業もあるけど、今日だけはサボらせてもらう。

 

「おう、来たか。アシは確保してある。もう少し待っててくれ。」

 

「でも、急ですね。こんな平日のお昼に。」

 

「俺も土曜部辺りに行こうかとも思ったが、授業が全く頭に入らねぇ。それだったら見舞いに行って気持ちに整理付けた方が良いと思ってな。」

 

「…そうですね。あたしも今日1日ぼーっとしてた気がします。」

 

「私も、トレノさんが気がかりで…。」

 

それからあたしたちは黙り込む。お通夜のような空気が漂う中、遠くからパンパンと音が聞こえてくる。

 

「来た来た。やかましいけど、こういう時は分かりやすくていいな。」

 

「えっ?でもあの車って渋川さんのじゃ…。」

 

「よう。意外だろ?俺がこれ乗ってるの。それにしてもどうやってもうるさいなこの車。」

 

「トレーナーさん!?どうして渋川さんの車に?」

 

「渋川からLANEがあってな。ほら。」

 

そうやって見せられたスマホの画面には、[車持って来てください。少しでも気を紛らわしたいんです。]と送られていた。

 

「そういうことだ。ちょうど4人乗りだしな。さ、乗ってくれ。」

 

「ちょっと待った!トレノ君の見舞いに行くのだろう?私達も乗せて言ってはくれないかい?」

 

声の方を見るとタキオンさんとカフェさんがいた。彼女たちも見舞いに来てくれるんだ。凄いなトレノさん。

 

「心配……ですから。トレノさんも……タキオンさんが変な事をしないか……。」

 

「えぇーっ!?私はそこまで道徳が無いと思われていたのかい!?」

 

「ああ。」

 

「ロータリー君も薄情じゃないか!」

 

「それは置いておいて…5人だったらギリギリ乗れるかもしれないけど、6人となるとな…。おハナさんにも車出してもらうか?」

 

そうやってトレーナーさんが東条さんに電話を掛けようとすると、カフェさんがそれを止める。

 

「それなら……大丈夫です……。これがあるので……。」

 

そういってカフェさんが取り出したのは……スピカ名物・ズタ袋だった。

 

「カフェ?それをどう使う気だいぃっ!?」

 

困惑していたタキオンさんを何の躊躇もなくズタ袋に入れてしまった。それでもって驚くほどの手際で袋の口を絞めていく。

 

「…カフェ~らしくないじゃないか~出してくれよ~。」

 

「駄目です。タキオンさん……やっぱり薬持ってたじゃないですか。少し反省してください。」

 

そう言ってズタ袋を持ち上げる。そのまま車の後ろの方に歩いていく。あたしはもう察した。トレーナーさんも準備万端だし。

 

「カフェーお願いだよーもうしないからー頼むよー……まさかこのままトランクに押し込むつもりじゃないだろうね!?いくら私でも泣くぞ!?カフェ、聞いてるのか」

 

バタン!

 

「……行きましょうか。」

 

「そうですね。」

 

 




……榛名さん、寝ている所で申し訳ありませんが、まずは、謝らせてください。

この状態で打ち明けるのは、半ば懺悔のようなものです。こんな展開しか思いつかなかった自分自身への…。

トレノさんがエンジンブローするのは、実はこの作品が始まった段階から既に決まっていたんです。ですが、予想外の事態もまた、発生しました。

本当だったら、貴方をここまで追い詰める予定はありませんでした。鬱展開なんてボクも書いてて楽しくないですから。

ですが、僕の無い頭ではこれが限界でした。守れず申し訳ないです。

…この音、沖野さんたちが来たみたいですね。僕はお暇させていただきます。また、お見舞いに来ますから。
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