頭文字D プリティーステージ   作:サラダ味

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第六十九話 見舞い

「お見舞いの時は薬は持ってこない……いいですか……?」

 

「分かったよぉ、私も反省したから勘弁してくれよぉ。」

 

トランクから解放されてげっそりしているタキオンさんをすこしだけ心配しながら、トレノの病室に向かっていく。

 

「トレノの病室はここだ。俺は渋川にカギ返してくるから、お前らだけで先に行っててくれ。」

 

適当に返事して病室に入る。そこにいたのは、普段たまに見るトレノの寝顔だった。

 

「なんだよ、心配してたのが馬鹿らしい位穏やかな寝顔じゃねえか…。」

 

「普通過ぎて…昏睡状態って実感が…湧きません。」

 

そのまま顔を見続けても起きる気配はない。病室には一定のリズムを刻む電子音が響く。

 

「ふぅン。昏睡の原因は大脳、脳幹の障害、代謝の異常だが、前情報ではそのどれにも該当しないそうだ。ともなると本当に原因不明か…。」

 

「どうしたら起きてくれるんでしょうか…?」

 

「残念ながら、原因が分からなければ対処のしようもない。今この場で何事もなかったかのように起きてくるのか、1年先…いやもっと掛かることになるかもねぇ。トレノ君には1つ、可能性を示してもらったからねぇ。私としても早急に起きて…あわよくばレースに復帰してもらいたい。」

 

いつものふざけたような態度じゃない。タキオンさんは眉間にしわを寄せ、何時にもなく真剣に話している。

 

「ロータリーさん……トレノさんの手を……握ってください。」

 

「はい?」

 

 

「よう、昨日ぶりだな…元気か?」

 

「何とか……大丈夫です…インプの音聞いたら少し元気になった気が……します…。」

 

「そうか…ところでお前、ちゃんと寝てるのか?クマが酷いぞ?」

 

昨日より少しは上がった顔を覗くと3日は寝ていないんじゃないかと思うくらい濃いクマが出来ていた。ストレス障害の弊害か…。

 

「寝てはいます…1時間くらい…。」

 

「ほとんど寝てないじゃないか。早く良くなるには寝ることも大事だぞ?」

 

「……たくない…寝たくないんです!」

 

「お、落ち着けって!…どうしてだ?」

 

恐る恐る理由を聞いてみる。もしかするとトラウマを克服するきっかけを掴めるかもしれない。

 

「…夢を…見るんです……。決まってトレセンの校門前で……誰もいなくて…でも突然…………うっ!」

 

「無理すんな!落ち着いたらでいい、ゆっくり…ゆっくり話してくれればいい。」

 

「うっ…はぁ、はぁ…!ごめん………ごめん……!」

 

ゆっくりとは言ったが今日はもう無理させられない。1週間でも1カ月でも根気よく粘るか。

 

「今日は帰るよ。また見舞いに来るぜ。」

 

「待って、……下さい!病気の事は…先生から聞きました……。早く治すためにも……話します…!」

 

その言葉に俺の足は止まる。普段能天気な渋川をここまで弱らせるんだ。よほどの夢を見たって事か。

 

 

「こうですか?」

 

「はい……あとは、ロータリーさんの思いの丈を……ぶつけてください……。」

 

「いきなり言われても…。そうだな、ダービーは確かに俺が勝った。あれがお前の限界だとは思っちゃいない。まだまだ先があるんだろ?」

 

ロータリーさんの独白が病室に響く。トレノさんはもちろん反応しない。でも、その…お友だちは…少しづつ…

 

「だから、お前との勝負はまだついてないと思ってる。いつでもいい、お前が万全の状態になるまで俺は待つ。それまでに、俺ももっと速くなる!」

 

トレノさんとロータリーさんのお友だちはどんどんとその実態を表していく。あの時はうっすらとだったけど、今は輪郭を捉えられる。…あれは、車?

 

「お前を最初に負かすのはこの俺だ。キタサンでもダイヤでもねぇ。絶対に戻ってこい。」

 

白黒の車と、黄色い車。どちらもそれぞれの特徴を表しているような感じ…。…?この感じ、少し、危ない気がする。

 

『なぁ、俺とお前が初めてあった時、覚えてるか?…忘れたとは言わせねえぞ。初めてバトルした、あの夜をな!』

 

「ダメ!」

 

ロータリーさんの肩を掴んで、強引に意識を戻す。ロータリーさんのお友だちがどんどんと表に出ようとしていた。あれ以上は、まずかったかもしれない。

 

「…あ、あぁもう大丈夫です。やっぱ起きないか。」

 

「いえ……効果は……あったと思います……。」

 

「そうですか?全然反応してないですけ……ど?」

 

ロータリーさんが言い淀んで、握った手を見て驚く。トレノさんが握り返していたから。多分無意識に、お友だちが共鳴して、体が自然に動いたんだと思う。

 

「トレノさんの意思は……まだ折れていません。恐らく……何かのきっかけで……起きてくれます。」

 

「本当ですか!?でも、そのきっかけって何なんでしょう?」

 

キタさんそう言って皆が少し考えこむ。その間にさっきまではっきりと見えていた二人のお友だちはまたぼんやりとしか見えなくなっていた。やっぱり2人のお友だちは今まで見たことが無い。きっと、それが”キー”になると思う。

 

「分からない以上、今は待つしかないだろうねぇ。今日の所は帰るとしよう。」

 

「そうですね。また明日、放課後来ますね、トレノさん。」

 

 

「それで…何なんだ?その夢っていうのは?」

 

ここから先、途轍もなくデリケートな所に踏み込むことになる。慎重に慎重を重ねて質問していかないとな。

 

「トレセンの校門前で…誰もいないってさっき……言いましたよね?その続きから……話しますね…。」

 

「ああ、ゆっくりでいいからな。無理そうだったら無理しなくても良いからな。」

 

「そこには誰もいなくて……でも……でも…後ろからトレノちゃんの声がするん……です。そのトレノちゃんは……包帯だらけで…松葉杖を突いていて……レースどころか、日常生活すら大変なほどのケガで……。」

 

相槌は打たず、押し黙りながら聞く。夢にその姿で出てくるって事は渋川の認識だと大けがをさせてしまったと思っているのか?昏睡状態になってしまってはいるが、体に関してはほぼ五体満足だ。恐らく、そのことを知る前に取り乱してしまっているのか?

 

「それで、学園を去ろうと……しながら……私に言うんです……。……ヒック…。あ、あぁぁ。」

 

「ど、どうした?」

 

涙を流しながら、それでもゆっくりと確実に話してくれていた。だが、その続きが話されることは無かった。

 

「ああぁ、……ああ……うああああああああ!」

 

「落ち着け、大丈夫だ!すぐに医者が来る!」

 

ナースコールを押してすぐに医者が駆けつける。渋川を押さえつけていた俺はすぐにそこをどく。

 

「大丈夫ですから!落ち着いて!」

 

「あ、あああ……あ、、あ」

 

そして事切れた様に渋川は眠る。これは…俺が思っていた以上に重症だぞ。

 

 

 

「そんなことがあったのね…トレノの方はロータリーから聞いてたけど、榛名の方は早く対処しないといけないわね。」

 

「ああ、悠長なことしてたら完全に壊れるかもしれないからな。糸口自体は掴めてはいるが、あとはどう伝えるかなんだよなぁ。」

 

「問題はそこよね。」

 

トレセンに帰ってきて、病院であったこと全部おハナさんに話した。渋川を治す方法は多分、トレノの現状を正しく伝える事。ただ問題もある。

 

「昏睡だって伝えて正常を保っていられるかだよな。あの状態だとまず間違いなく発狂するだろうし。」

 

「だからって伏せて伝えて後から昏睡状態です、なんて言ってもかなり堪えるわよ。」

 

「だよなー。…今は、経過を見守るしかないのかね。無暗に刺激して体を壊してもいけないしな。…明後日辺り、もう一回見舞いに行くか。スピカ全員連れて。アイツら全員トレノの心配してるからな。」

 

「私も行くわ。今の話を聞いてガリガリにやせ細ってるんじゃないかって心配になって来たわ。もしそうなったら目も当てられないわ。」

 

同感だ。たかが3日程度でそうはならないとは思うが、今の渋川だと本当になりかねない。

 

「それじゃ、明後日な、おハナさん。」

 

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