頭文字D プリティーステージ   作:サラダ味

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第七十話 兆し

その翌日、スピカの連中にトレーニングを付けているが、キタサンを始め、全員が集中力を欠いている。

 

「お前らー!集まってくれー!」

 

「何ですか、トレーナーさん?」

 

「今日から3日くらい休みにする。今のままトレーニングしても効果は薄いし…気になるんだろ?トレノの事。」

 

トレノの話題を出すと皆が重い顔をする。やっぱりみんな心配なのか。

 

「今どういう状況なのかは昨日キタさんから聞いていますわ。ロータリーさんの呼びかけに手を握り返したと。」

 

「だとしてもまだ起きてこないんだろ?心配にもなるぜ。」

 

「明日、皆で見舞いに行こう。顔を見れば、安心できるかもしれない。」

 

 

 

 

 

「穏やかな顔だな…これで本当に起きてきてないのかよ。」

 

「ああ、昨日も一昨日も様子は変わらない。唯一反応を示したのはロータリーの呼びかけだけだ。」

 

ゴルシが本気で悔しそうな顔をする。そして何かを考えている。スズカの時も神を自称して元気付けていたゴルシでも、意識のない相手じゃ流石にどうしようもないんだろう。

 

「これが現状だ。いくら俺たちが頑張っても起きてくるかはトレノ次第だ。」

 

「本当に…起きてくれるんですかね…。」

 

「スぺ、不安に思ってるのはお前だけじゃない。俺らに出来るのは、信じて待つことだけだ。」

 

皆が暗い顔をする。安心できるかもって思ったんだが却って不安にさせてしまったか…。ふと後ろから扉が開く音が聞こえる

 

「ごめんなさい、遅れちゃって。」

 

「いや、大丈夫だ。それよりも、リギルを放っておいていいのかい?」

 

「問題ないわ。…本当に、いつ起きてくるのかしらね。」

 

おハナさんにしては珍しく、弱音を吐いている。

 

「待つしかないんじゃないか?さて、そろそろ渋川の見舞いにも行こう。」

 

 

 

渋川の病室前に差し掛かると、俺より年上そうな中年男性がいた。

 

「あの方は…確か感謝祭でお会いしたことがありますわ。」

 

「知り合いなの、マックイーン?」

 

「知り合いと言うほどではありませんが…お久しぶりです、池谷さん。」

 

「やぁ、マックイーンちゃんか。そちらの方がトレーナーさんかい?池谷って言います。榛名ちゃんの大学時代のバイト先の所長です。」

 

そう言って丁寧に名刺を出してくる。礼儀に倣ってこちらも名刺を出して挨拶する。

 

「渋川の先輩の沖野です。スピカってチームのトレーナーやらせてもらっています。」

 

「東条です。お忙しい中ありがとうございます。」

 

「貴方が沖野さんですか。榛名ちゃんから面白くて頑丈な先輩だって聞いてます。東条さんは真面目でなんやかんやで優しい人だって。」

 

「あいつそんなこと言ってたのか…正気に戻ったらとっちめてやる。」

 

話をこれくらいにして、渋川の病室に入る。一昨日と比べるとやつれている。もうどっちを心配したらいいのか分からなくなってくる。

 

「来て…くれたんですね…池谷さん。沖野さん達も…。」

 

「ああ、樹が気にするなだとよ。それは俺のセリフだってのに。それとこれ、近所の藤原豆腐店の豆腐なんだ。体調がいいときにでも食べてくれ。」

 

池谷さんに渡された袋を隣の棚において話しを続ける。

 

「…藤原って、前私が負けた…藤原文太さんですか?」

 

「ああ、ダービーを見てたのか、どこから連絡を受けたのかうちに届けに来てくれたんだ。」

 

「そうですか…。ありがとうって伝えてください。」

 

「トレノちゃんの事もあるし、MFGの事は気にしないでゆっく…」

 

俺が急いで制止する。そういえば今はトレノの話題はNGだと伝え忘れていた。

 

「池谷さん!その話題はNGなんです!」

 

「NGって、トレノちゃんがです?」

 

「ヒィ…あ、あ、、あああ……。」

 

もう遅かった。渋川の発作が始まっちまった。もうこうなったら会話は成立しない。また出直すしかない。その瞬間、ゴルシが動いた。

 

「逃げてんじゃねぇ、現実を見ろ!」

 

ゴルシが大声で、肩を掴んで強引に渋川を引き戻す。

 

「ヒィッ!い、嫌だ…もう…もう嫌だ…………消えたい…。」

 

衝撃だった。もう押し黙るしかなかった。いや、掛ける言葉が見つからないだけだ。そんな中ゴルシだけが言葉を続ける。

 

「ふざけんじゃねぇ!アンタがやってるのは逃げだ!トレノの現状に目も向けないで諦めてるんじゃねぇ!」

 

「…ッ!諦めてない!諦めてないけど、あんなことがあったのに無傷って訳が無いでしょ!?それ位私でも分かる!もうどうしようもないでしょ!!」

 

「それを…諦めって言うんじゃねえか。」

 

「ーーーッ!違う……違う!!」

 

ゴルシの言ってることは確かに正しい。だが、これ以上は明らかにやりすぎだ。

 

「おいゴルシ、もう終わりだ!これ以上刺激するな!」

 

「今は口挟まないでくれ。必ずどうにかしてみせる。」

 

そう言われて、素直に引き下がってしまう。ゴルシの言葉には何故か説得力がある。今は、任せてみよう。あまりにもいきすぎだったら止めるか。

 

「トレノの現状、知らないだろ。」

 

「知らない!知らないけど、聞きたくな「聞け!」ひぐっ!」

 

「…トレノは昏睡状態だ。」

 

「え……昏…睡…?嘘でしょ?ひょっとして、もう起きて…こないかもしれないって事?……あ、ああああああああああ!!!」

 

「落ち着け、まだ途中だ!」

 

発狂仕掛ける渋川を肩をゆすって元に戻す。そして続ける。

 

「だが、体はほぼ無傷だ。誰でもない、アンタのお陰でだ。」

 

「嘘…本当!?嘘じゃないよね!?」

 

 

『いつまで私の前に出てくれば気が済むんですか?』『もう消えてくれませんか?』

 

ずっと寝ないようにしてきた。だけど、どうしても寝てしまう時もあった。そんな時には夢の中でずっと言われてきた。

 

見るたびに増えていく包帯、時には車椅子に乗っていたこともあった。耐えられない。耐えられる訳が無かった。

 

沖野さん達が帰ったら、

 

 

自殺するつもりだった。

 

 

 

「ええ、本当よ。一昨日、ロータリーが語り掛けたら手を握ったそうよ。つまり、まだ希望はあるわ。」

 

「アンタが諦めたくなる気持ちも分かる。アタシ達も不安だったんだ。だけど、アンタが諦めちゃいけねぇ。アンタはトレノのトレーナーなんだからな。」

 

「……ズズッ、グスッ……よかったぁ…よかったよぉ!」

 

自然と涙が溢れてくる。拭っても拭っても、とめどなく溢れてくる。袖はすぐにびしょびしょになってしまった。

 

「榛名ちゃん、中里と藤原さんから伝言を預かってるんだ。」

 

「ズズズッ…中里さんと、藤原さんがですか?」

 

「ああ、中里からは、『ネットがどう言おうと俺達には関係ない。お前とトレノが復帰するのを待ってるぜ』との事だ。まあこれは、俺ら群馬の走り屋の総意でもあるな。絶対戻って来てくれよ。」

 

「俺たちだって待ってる。トレセン学園だって味方だ。いつでも帰って来てくれ。」

 

「……う、うう…ありがとう…ございまず……!!」

 

その言葉でさらに泣いてしまう。私は、まだ居ても良いんだ。私の様子を見ながら、池谷さんは少し溜めて、悩んだような顔で話し始める。

 

「それで、藤原さんなんだが、俺にも分からないんだ。藤原さんが預かった伝言を俺が受け取ったって感じで…。『お前が気に病むことじゃない。タイミングが悪かっただけだ。この事故は、誰のせいでもない。』って言ってたな。その後豊田って人に愚痴ってたけどな。」

 

豊田、と池谷さんが言った瞬間に沖野さんと東条さんが驚く。私も驚いた。思い掛けない所で予想だにしない人物の名前が出てきたから。

 

「…世の中って狭いな、おハナさん。」

 

「沖野さん方、その豊田って人を知ってるんですか?」

 

「はい、私たちの先輩だった人です。豆腐屋だって事は知ってたんですけど、まさかこんな形で繋がるとは思わなかったですけど。」

 

「その肝心の豊田さんって何してるんですかね?池谷さん、分かります?」

 

「俺に言われてもな…。」

 

豊田さんが何をしているのか、そんな疑問に答えを出そうとしたけど、すぐに諦めた。今どうやってもそれに答えを出すことはできない。それよりも重要なことがある。

 

「沖野さん!」

 

「うおビックリした!どうした?」

 

「トレノちゃんの病室まで連れて行ってください。声だけでも掛けたいんです。」




沖野さん達がいて入りにくいですが、ついに立ち直れたようですね。本当に良かったです。

ゴルシ、今回はお礼を言っておきます。ありがとう。そして榛名さん、ここまで追い詰めてしまって本当にごめんなさい。

ですが、これで鬱回を終わらせる目途が立ちました。ここからはより一層の活躍を願っています。

頑張ってくださいね、トレノさん、榛名さん。
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