頭文字D プリティーステージ   作:サラダ味

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第七十一話 終わらない悪夢

「会いに行くのはいいけど、お前、歩けるのか?入院してから碌に歩いてないんじゃないか?」

 

「確かにそうです。でも、そんなこと言ってられません!」

 

ベッドから足を出して、点滴棒を杖代わりにして立ち上がろうとする。

 

「うっ!?」

 

途端に視界が床に向く。次に来たのは膝への衝撃。そして杖にしていた点滴棒は床に転がる。

 

「無理しないで下さい!私たちも手伝いますから!」

 

「肩貸しますよ。」

 

スぺちゃんとスズカちゃんに手伝ってもらいながらなんとか立ち上がる。自分でもここまで弱っているとは思わなかった。

 

「それじゃもう一回、眠り姫の所に行くとしますか。」

 

 

 

「…遅れちゃったね、トレノちゃん。」

 

トレノのベッドのすぐ近くに座る。取り乱すと思ったら思いのほか冷静を保っている。そのまま手を握ってトレノに語り掛ける。

 

「ごめんね、私が不甲斐ないばっかりにこんなにひどい目に会わせちゃって。本当にごめんね。」

 

懺悔のように呟かれる言葉。その顔には一筋に涙が流れる。

 

「今までも、私の無茶苦茶に付き合ってくれてありがとう。でも、私はトレノちゃんを諦められない。これからだって、諦めるつもりはない。」

 

そして、トレノの顔をしっかりと見つめる。握る手にも力が入っている。

 

「私はもう、絶対に諦めない。これからもトレノちゃんのトレーナーでいさせて。この先もずっと。だからトレノちゃん、お願い。」

 

その願いは、俺たちと同じ。単純な、そしていま最も困難であろうことだった。

 

「起きて。」

 

渋川が言葉にした瞬間、トレノからガオっとエンジンがかかったような音が聞こえた気がした。幻覚かとも思ったが、それにしてははっきりとしていた。

 

スぺたちも、おハナさんにも池谷さんにも、そして渋川にも聞こえていたのか驚いたような顔をしている。

 

何かが、起こるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

声が聞こえた気がした。

 

『走り………………走りこん…………けた技術にプラ……………よな!!』

 

気が付くと私は、駐車帯のような所に立っていた。薄暗く、街灯と車のヘッドライトだけが明かりの峠道で、誰かが私に話しかけてくる。

 

これは、タマモクロスさんに言われたセリフのような。うっすらとしか聞こえなかったけど、でも、違う。私は走り屋じゃないし、何より男の人の声だ。

 

だけど、私はこの人を知っている気がする。話しかけようとすると目の前が眩しくなって、次に目を開けると違うところにいた。

 

峠道と言うのはさっきと同じ、でも町が見える……何故、さっきからここが峠だと思うんだろう。

 

『小さ…………ジに満足しな……………界に目を向け………よ・・。』

 

この人も知っている気がする。懐かしく感じるけど、同時に疑問がよぎる。夢にしては情景や人物が鮮明すぎる。

 

そんなことを考えているとまた眩しくなって、次は両方に駐車帯があるところにいた。

 

『頂点……………イバーにな………んだ。』

 

これってまさか、誰かの記憶?でも、誰の?けれど不思議と心は落ち着いている。普段一緒にいる人がいる安心感と言うか、渋川さんといるような感じがする。

 

また場所が変わる。今度はどこか町の中にいた。

 

『タコメ……………たんだ。……………転をあげていい………………れ。』

 

目の前には男の人が2人。見上げると、藤原豆腐店と書いてあった。…懐かしい。まるで実家に帰って来たような気分だ。

 

暫く静寂に包まれる。タバコを吸っている人が振りむき、何も言わずにお店に入ろうとする。

 

『………………までキッチリ回せ!!』

 

そういってお店に入っていった。何のことなのかは私にはさっぱり分からない。でも、確実に大事な情報だと思った。でも、その肝心な所だけがぼやけてて分からなかった。

 

そんな時、どこかから声が聞こえた。

 

「これからもトレノちゃんのトレーナーでいさせて。この先もずっと。」

 

渋川さん…?どうしたんですか?なんだか声に元気がない。それ以前に周りを見渡しても、渋川さんがいない。…そもそも、私はどうしてここにいるんだろう。

 

「だからトレノちゃん、お願い。」

 

誰かの記憶だとしても、早く目覚めないと!覚めてと願っても目の前の景色は変わらない。どうしよう、私はずっとこのままなの?そう思うと恐怖でおかしくなりそうになる。

 

「起きて。」

 

その瞬間、目の前に階段が出てくる。その向こうには扉が見える。…一瞬天からのお迎えにも感じたけど、私は階段を上って、その扉に手を掛ける。

 

「待っててください、今戻ります!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……う、うぅ…ん。……あれ…? ここ…は……?」

 

気が付くと病室のような所にいた。確か、ダービーで血を吐いて…それで、どうしたんだっけ。…何か、凄く長い夢を見てたような。

 

「…!トレノちゃん!気が付いた!?私が分かる!?」

 

見渡すと、たくさんの人がいた。皆、私のお見舞いに来てくれたのかな。

 

「分かりますよ、渋川さん…。スピカの皆に沖野さん、東条さん、池谷さんも。うぐ、くっ苦しいです…離してください。」

 

「良かった……良かったよぉ!!もう、起きてこないかと思ったよぉ!」

 

「皆、先生を探してくれ!トレノが、トレノが起きた!」

 

「ハチロクが復活した…ゾクゾクしてきだぜ。」

 

渋川さんの涙で服がびしょびしょになる。起きたって、どういう事?

 

「どうしたんですか、私ってそんなに重症だったんですか?」

 

「びええぇえ~~~ん!」

 

「トレノ、ダービーの事、どこまで覚えてる?」

 

「突然、胸が痛くなって、咳込んで……それで血を吐いて…あとは、何も…。」

 

「うわあぁぁ~~~ん!」

 

…流石にいい加減に離れてくれないかな。服がびっちゃびちゃになるのはまだいいけど、思いの外力強く抱きしめてくれるから息苦しい。

 

「それで、あの後何があったんですか?」

 

「結果だけ言うと、お前は4日程昏睡状態だった。」

 

「そんなに…ですか?」

 

私にとってはあそこで意識を失ってから気が付いたらここだったから4日も寝ていたという自覚がない。

 

「いや、むしろ俺らの想定よりもずっと早くに起きてくれた。それにほぼ無傷だ。復帰だって目指せるはずだ。」

 

「それって、自分のことながらそれにしてもよく無傷で済みましたね。」

 

「渋川のお陰だ。こいつが身を挺して受け止めてなかったら、結果は分からなかった。」

 

「そうだったんですね、渋川さん、ありがとうございます。」

 

「ふええぇええ~~ん!」

 

「いい加減に離れてやれ、苦しそうだぞ?」

 

「いでっ。」

 

沖野さんが渋川さんにチョップを入れてようやく離れてくれた。

 

「うう…グスっ、でも良かったよぉ。起きてきてくれてよかったよぉ。」

 

「でも、今日1日で2人とも元に戻るとは思わなかったわ。何というか、ゴルシ様様よね。」

 

「今回ばかりは、ゴルシには感謝しかないですよ。後でお礼言っておかないと。」

 

「そう言えば、渋川さんも入院したんですねって私を受け止めたからですよね…。すいません。」

 

「いやぁ、そっちは肋骨の骨折程度だったから放置でいいんだけどさ…。トレノちゃんが大怪我したと思って病んじゃってさ。それでさっきまで何もできなくてさ。」

 

聞いた限りかなり深刻な状態だったらしい。よく見たら服から覗く腕が少し細くなった印象を受ける。食事すらまともに取れなかったって事かな。

 

「動かなかったせいでここに来るまでスぺちゃん達に手伝ってもらったくらいだからさ、もう大変だよぉ。」

 

「それだと私も大変かもしれませんね。完全に動いてなかったからガチガチかも知れません。」

 

「……ねえ、外に行ってみない?足が動くかの確認も兼ねてさ。」

 

「そうですね。寝るだけには飽きちゃいましたから。」

 

「その前に、まずは診察を受けてください。覚醒直後ですから無理は禁物ですよ。」

 

声のした方を向くと、スピカの皆が呼んでくれた医者の先生がいた。

 

「まあそうですよね。渋川さん、診察が終わったら散歩に行きましょう。」

 

「うん、待ってるからね。…よっっこいしょ。」

 

渋川さんが席を立つ。それを池谷さんが支える。沖野さん達もそれに続いて部屋を出ようとする。

 

「なるべく手短に済ませますので。それではトレノさん、まず簡単に体を動かしてみましょうか。頭、腕、その後に足といった具合に動かしてみてください。」

 

「分かりました。」

 

先生の言った通りに頭を動かす。上下左右に動かしてみて、違和感がないことを確認する。次に腕を動かす。少し動かしづらいけど、特に気になるところはない。

 

これなら少し動かしていれば問題無いかな。さて…問題は脚かな。……? ……… ?

 

「うご……かない…?」

 

「………えっ?」

 

呟いた一言に、渋川さんが反応する。

 

「完全に…動かない訳じゃないんですけど……今は、つま先しか動かないです……。」

 

「……あ、うああ……ああ……。」

 

「良いですか、落ち着いてください。精密検査をして神経が無事か確認します。結果は後程連絡します。」

 

準備のためか、先生が部屋を出る。どうしようもない程の不安が私の心を覆いつくすのを感じる。

 

 

 

 

このまま、永遠に走れなくなったら…私はどうしたらいいの?

 




鬱展開は終わると、前回の後書きで言っちゃいましたね。あれは嘘ではありますけど、本当です。

僕の考えるストーリーではこうならざるを得なかったんです。

反感を買うのも、疑う余地もない。ですが、もう退けないところまで来てしまった。

だったらそのけじめをつけるのが、僕の仕事です。大丈夫です。トレノさんは必ず復活します。

乞うご期待
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