「驚愕!?君は病院にいるはずじゃなかったか!?」
「それに休暇届なんて…1カ月も休まれるなんて、何かあったんですか?」
ノックをして返事を待たないで開けられた扉の先に居たのは入院しているはずの渋川さんでした。急の事で驚きを隠せません。
「簡単に言えば、トレノちゃんの為です。走る目的を失いかけているトレノちゃんに、私の走る理由を示す。私には、これしか出来ませんから。」
「質問!走るとは、具体的にはどうするのだ?」
「MFGってカーレースの予選に出ます。見られるのは有料契約者だけですけど、全世界に配信されてるかなりの規模のレースです。」
「ですが、渋川さんがいまメディアに顔を出すのは控えたほうがいいと思います。ただでさえあの悲劇から日が浅いので…。」
悲劇の後の渋川さんの様子からも考えると、今は何もせずに休まれた方が良いのではと思います。
「予選は7日間に分けて行われます。1番早くて3週間ほどです。車を仕上げること、私自身のテク向上も考えると今から動かないとダメなんです。お願いします。」
渋川さんが頭を下げながら話を続ける。
「…私は、トレノちゃんと入院したあの日から、もう復帰は無理だと心のどこかで思ってました。…でも、もう諦めない。トレノちゃんが復帰できる可能性がほんの少しでも残っているなら、トレノちゃんが少しでもまだ走りたいと思ってくれているなら、私はそれに応えたい。だから、お願いします!」
「…懐疑。君が走って、それでももし…トレノ君に走る意思が無かったら、君はどうするつもりなのだ?」
理事長が真剣な眼差しで渋川さんを見つめます。その目を真っすぐに見て渋川さんは答えてくれました。
「その時は…どうしましょうかね。考えなしに動いてるみたいになっちゃいますけど、その時に考えます。ある意味これが私の切り札ですから。」
そう言って笑いました。なんだか久しぶりに渋川さんの笑顔を見た気がします。
「…君自身のベストを尽くすんだ。必ず、無事に戻ってくるんだぞ。故に、許可!学園の事は気にせず、全力で挑んでくれ!」
「ありがとうございます!この御恩、忘れません!」
そう言って足早に理事長室を去っていきました。
「凄い人ですね。担当ウマ娘の為にあそこまで出来るトレーナーは少ないですからね。」
「感激!それ故に、事故だけは起こしてほしくはない!トレノ君も悲しむだろうからな!」
「そうですね。私も、無事に帰ってくることを願っています。」
休暇届も許可して頂いた。これで心置きなく準備できる。起きてる時間の大半を車に注ぎ込む。昼間はサーキット、夜は峠。高速域から低速域まで完璧に仕上げる。
とはいえ、サーキットで走るとなると替えのタイヤを何セットか持って行かないといけない。そうなるとワゴンの運転手は欲しいけど、学園に暇そうな人なんてそうそういないしなぁ。
うーん…ダメ元で池谷さんに電話掛けてみようかな。
とおるるるるるるるるるん
『榛名ちゃん!?もう大丈夫なのか!?』
「はい、心配お掛けしました。…それで早速お願いがあるんですけど…。」
『お願い?出来る事なら手伝うけど…。』
「ワゴン車と…樹さん、1週間だけでも貸してくれませんか?」
本当なら3週間くらい貸してほしかったけど、流石にそんなに長い期間借りるわけにはいかない。
『1週間もなのか!?何する気なんだ?』
それでも1週間は長いよね。でも、最低でもこれ位は貸してほしい。
「筑波、富士、鈴鹿。この3つのサーキットを走り込みます。ついでに行きがけの峠も攻めて、MFGに向けてテクを磨きます。」
『トレノちゃんを放っておくのか、この大変な時期に!?』
「池谷さんはあの場にいたから知ってますよね。トレノちゃんの脚が動かないこと。そのせいで走る理由を失っちゃってるんです。だから、私がMFGでトレノちゃんにもう一度走りたいって思えるような走りを見せます。」
『本当なのか…。ワゴンだったら貸せるけど、樹はなぁ。ちょっと厳しいな。1週間も抜けられるとなぁ。』
「やっぱり厳しいですよね…。すいません。電話しておいてなんですけど、他に当たってみます。」
やっぱり駄目かぁ。次はどこに頼ろうかと考えながら電話を切ろうとすると池谷さんが引き留める。
『待ってくれ。俺から知り合いに1週間空いてる奴がいるか聞いてみるよ。少し待っててくれ。』
「すいません、助かります。」
そう言って電話を切った。それでもだめだった時の為に、当てを探すだけ探しておこう。
「そうか…分かった。すまないな。」
これで断られたのは何件目だ?まあ今から1週間空いてる知り合いはそうそういないよなぁ。今じゃ皆いい年した社会人だからな。家族の事もあるだろうし、難しいよなぁ。
領収書の処理を終わらせて、外仕事に移る。
「どうでした、所長?」
「ダメだ…暇そうな健二もダメとなると頼れそうなところなんて無さそうだぞ。樹の方はどうだった?」
「ケンジ先輩もダメってなったらどうにもならないっすね…。俺の方もダメでした。」
「仕方ないけど、榛名ちゃんには他を探してもらうしかないか。」
携帯を取り出して電話を掛けようとする。すると1台店に入ってくる。あのR32…中里か。
「よう、俺の伝言しっかり伝えてくれたか?」
「ああ、それと良いニュースがある。榛名ちゃんが復活した。それにトレノちゃんが起きたんだ。」
「そうか、心配させやがって。だがMFG参戦は見送るだろうな。仕方ないけどな。」
「だが、悪いニュースもある。トレノちゃんの脚が動かないらしいんだ。それで走る理由を見失ってるらしい。」
「…そうか。これから大変になるだろうな。手伝ってやりたいが、素人の俺らじゃかえって迷惑そうだ。」
トレーナー業が大変なのはなんとなく分かるけど、確かに俺らじゃあ役に立たなさそうだ。…いや、もしかしたら…。
「なあアンタ。明日から1週間空いてたりしないか?」
とおるるるるるるるるる
トレセン寮駐車場でオイル交換をしていると電話が鳴った。池谷さんからの着信だ!急いで作業を止めて電話に出る。
「もしもし、もしかして見つかったんですか!?」
「ああ、樹よりも頼りになると思うぜ。セッティングもかなり楽になるはずだ。今変わる。」
「俺だってセッティング位できますよ!」
遠くの方で武内さんの声が聞こえてくる。私はワゴンの運転手をしてくれればそれでよかったんだけど。
「変わったぞ。池谷から大体聞いてる。明日どこのサーキットに行けばいい?」
「中里さんが来てくれるんですか!?心強いです!明日はですね…走行枠見てスケジュール立ててからかけ直しても良いですか?」
「分かった。俺の電話番号を伝えておく。決まったら掛けてくれ。それまでにタイヤやオイルとか準備しておく。」
「はい、よろしくお願いします!」
電話を切って手を叩く。中里さんが来てくれるなら思った以上に仕上がるかもしれない。短い期間だけど完璧に仕上げて見せる!
「やってきました鈴鹿サーキット。東京からだと遠いですね…。」
「遠いのは群馬も変わらねえよ。走るまでに時間もあるし少しいじるか?」
「いえ、まずこのままで3周走ってそれからセッティングします。今日の課題はグリップで走った時の2、3速の立ち上がりを安定させることですかね。」
「MFGは秋名や妙義に比べてコースが長いからな。タイヤを温存しないと後半ペースダウンして結果いいタイムは出ないからな。とことん付き合うぜ。」
「ありがとうございます。さあて、そろそろ行きますか!」
そう言って車に乗り込んでパドックを飛び出していく。MFGとなると相当細かくセッティングしてやる必要があるだろう。こっちも気合入れねえとね。
コースに入ってフル加速。そこから右のヘアピンに突っ込んでいく。昨日の段階である程度リアを固くしておいたから安定してるけどそれでももう少し…。
立ち上がってS字。アクセルの開度でパワーを調整しながらそのままダンロップを通過する。パワーの方は問題なく出てる。エンジン系統は手を入れなくても良いかな。
「チッ…。リアが少し出た。」
デグナーでアクセルを開けすぎた。軽いカウンターで立て直す。サーキットだと少しロールがきついか。でもこれ位がいいのかな。
公道で走ることを考えるとスタビライザーを固くし過ぎると路面のギャップを拾いすぎてまともに走れなくなる。でもサスペンションは少し硬くしても良いかな。
パパパパン!
ヘアピンをクリア。ブレーキの利き方はどうしようか。ダウンヒル寄りにするか、それともヒルクライムか。一番の課題はそこかも知れない。
この走行枠が終わっってから芦ノ湖GTのコース映像をよく見て考えようかな。
ウイングのセッティングは…もう少し斜めにしてみるか。コーナーで安定はしてるから手を加える必要は無いと思うけどいろいろと試してみないと。
そんなことを考えてるうちに2週目に入る。さて、どうセッティングしていくかな。
皆さま、ご心配下さいませ。この作者、セッティングのセの字も知りません。
有識者の方々から見たら何言ってんだこいつと思われるかもしれません。いろいろ勉強して見返したら何書いてんだ俺ってなるかもしれません。
一切気にしないものとします。本人はこれで精一杯なんです。
また次回!