やっぱり、この下りじゃ勝負にならない。私の感覚じゃ、これ以上は突っ込めない!
でもそれは菊花賞で分かってること。真の仕掛け所は4コーナーから。3コーナーと違って平坦で、私にも分がある。
いくらトレノさんでも、あのスピードのまま4コーナーを曲がりにいくとは思えない。というより、曲がれないはず。
この4コーナーから仕掛けて、ダイヤちゃんもトレノちゃんも追い抜いて勝つんだ。まだトレノさんまで3バ身。まだ射程距離内に入ってる。
「「ハアアァァッ!」」
『トレノスプリンターが4コーナーに入った瞬間に後ろ2人が仕掛ける!開き始めていた差がまた詰まり始める!』
同じかそれ以上のスピードでコーナーに入っていく。トレノさんのラインは覚えてる、それに乗せるん……
「……え?」
ラインが、全く違う。乗せようとしたラインが、崩れてしまった。崩れてしまったなら、今のトレノさんのラインをコピーすればいい。
スピードもまだ乗ってる。今ならまだ間に合う、飛び込むんだ!
フッ
トレノさんと同じラインで…しかも私は、キタちゃんも、身体能力も上のはずなのに…
どうして同じラインで走れない。
どうして同じスピードで突っ込めない。
「「冗談……でしょ……!?」」
「そして、トレノちゃんの真価は懐の広さです。どんなラインでも使いこなせるようになって、自分の体が0.1秒後、どうなるのか完全に予想できるからこそ、あんな突っ込みが出来る。
トレノちゃんだからこそ、トレノちゃんでなければ実現できない…トレノちゃんだけの領域です。」
『縮まったと思えた差がまた開いた!私の目では2バ身一気に開いたように見えた!先頭は単独トレノスプリンター!4コーナーを立ち上がって最終直線!
3バ身ほど後ろサトノダイヤモンド、その後ろキタサンブラック!立ち上がりますが直線でも少し差が開いている!
3バ身から4バ身へ!あと300!4バ身が3バ身に少しずつ追い付いて行きますキタサトコンビ、懸命に追いすがります!そのキタサトコンビも抜きつ抜かれつの攻防を繰り広げている!
200を通過、トレノまで2身!まだ分からないまだ分からない!ダイヤキタサン未だに射程距離に捉えている!キタサンが頭一つ抜け出たさあトレノかキタサンか、ダイヤが差し返すのか!
100メートル!もう僅か!言葉では間に合わない、僅かだ、僅かだがトレノスプリンター有利!大逃げを打って最後までペースを落とすことなくゴール板を駆け抜けそうです!
今、ゴールイン!僅かに逃げ切った!1着はトレノスプリンター!2着にキタサンブラック、3着はサトノダイヤモンドです!」
ワアァァァァァァァァァッ!!
「ぷっっっっっっはぁ!よかっっったぁ、勝ったぁ!息が詰まるかと思った…。」
掲示板を見て1着を再確認する。やった、逃げ切ったんだ!
『追込脚質のトレノスプリンター逃げ切りました!そのタイムはレコードタイ!菊花賞が不調だったと言わせてしまうくらいのレース運びで1着を手にしました!』
「ハァ……ハァ…トレノさん、やっぱり追込じゃないですよね。」
「私としたら……こんな走り方はあまりしたく…ないんだよ?追い込んでる時より…疲れるし…。キタちゃんみたいなペース、ホントに疲れる……。」
「私は、今日こそトレノさんに勝つつもりでした。でも勝てなかった。…次こそ、勝ちます!」
ダイヤちゃんはああいうけど、あの子の学習能力だったら簡単に抜かれる。うかうかしてられないな。
「うん、タイムも変わりなし…。だいぶ板についてきたんじゃないかな。あまり意識しないでもできてるんじゃないかな。」
「半年もやってるとそれが普通になっちゃいますよ。渋川さんだってそうだったんじゃないですか?」
「確かに。」
春天から1カ月次のレースを宝塚記念にすることにした。王道と言えば王道だけど、何より、ロータリーちゃんとぶつかる。
その成長ぶりたるや、直線じゃ手も足も出ないのは元より、コーナーだってトレノちゃんと遜色ない位の成長を遂げていた。多分、東条さんが色々やったんだろうな。
もしくはバケモノ生徒会の入れ知恵か。とにかく、ロータリーちゃんは生徒会3人と比べても勝るとも劣らないくらいだ。
あれに勝つとなると、努力だけでどうにかなる訳が無い。何か、搦め手が必要になる。公道で使える搦め手が、ターフで使えればいいんだけど、基本的に無理。
出来て溝落とし。でも実際トレノちゃんの十八番だし、それ以外に何かあればなぁ。うーん、何か考えないと…。
「渋川さん?電話なってますよ。」
「あ、ホントだ。ちょっとごめんね。もしもしー?」
『よう渋川、元気してっか?』
「相葉君からかけてくるなんて珍しいね。なんかあった?」
『まあな。明日の予選最終日によ、オレの後輩が走るんだよ。先輩として、応援してくれる奴を増やしてやろうと思ってな。』
「もうそんな時期だっけ。」
張り切って忘れてた。トレノちゃんとのトレーニングで意識もしてなかった。
『ま、お前の本業はトレーナーだからな。忘れててもなんも言わねえよ。』
「うぐぐ…忘れてた訳じゃないやい!…で、その後輩君の名前って?」
『片桐夏向って言うんだ。素直でいい奴だぞぉ、テレビ越しにでも応援してくれよな。じゃあな。』
片桐夏向か…相葉君が目にかけてる後輩だからある程度は速いだろうな。でも相葉君だしなぁ。教えるの下手そうだなぁ。人のこと言えないけど…。
『全世界のMFGファンの皆さんこんにちは。実況中継はMFGの生き字引こと、田中洋二がお送りします。』
「なあ、俺たちも見ないとダメか?」
「当たり前です!相葉君の後輩が出るってなったら応援しないでどうするんですか!」
「俺その相葉って人が去年お前が抜いてった相手ってくらいしか知らないんだけどなぁ…。おハナさんは他に何か知ってる?」
「聞かないで頂戴…。」
「そんな沖野さんと東条さんに悲報です。この人昨日までMFGやってたの知らなかったんです。相葉さんから電話が来てそこからお熱になっちゃって。」
昨日の電話から渋川さんが部屋に籠ってMFGの予選を全部見ていた。そしたら火がついてしまって、スピカもリギルも巻き込んでしまった。この人は暴走するとなぜこうも歯止めが効かなくなるのか。
「やっぱ走り屋か…。」
「本業はどっちなのよ…。」
『次は…初出場の新人が登場です。86号車は英国からの
「は、86ぅ?いや、戦えるのぉ?」
「ターボが入ってるなら分からないけど、NAだと厳しいわよ…。」
渋川さんとマルゼンさんが反応する。いかにもスポーツカーですって見た目だけどなぁ。
『アクセル全開で急な坂を上っていきます!どんな走りを見せてくれるんでしょうか、英国からの
「音だけ聞いた感じ、NAのマニュアル。第1セクションは苦しいだろうね。第2セクションの下りから本気で攻めないと30位すら難しいよ。」
「そこまで分かるものなのか?」
「大体ですけどね。エンジン本体には手が入ってないっぽいし200馬力でMFGは流石に非力すぎですね。夏向君には悪いですけど、30位を狙うんじゃなくって、無事に走り切ってくれることを祈…」
そこまで渋川さんが言うと、テレビの画面にP54と表示される。
「54位!?冗談でしょ!?」
「システムのエラー?いや、MFGのシステムに限ってそんな事…。」
2人が困惑してる中、86号車が1つコーナーをクリアして順位を1つ上げる。縁石とは数センチしか空いてないように見える。多分、凄いドライバーなんだと思う。
「上がってる…。嘘でしょ、NAの86なんだよね。」
「ウエストゲートの抜ける音が聞こえないからNAのはずよ。それでこの順位なんだから恐ろしいわね。」
『あぁっとこれは…86号車に注目フラグが出ています!ルーキーに注目フラグが出されたのは昨年の渋川榛名、ミハイルベッケンバウアーに次ぐ快挙です!』
「ですって。貴方、転職しても仕事一杯あるんじゃないかしら。」
「茶化さないで下さいよ。それよりも夏向君です。ここまでとは思いませんでした。相葉君の後輩って言ってたけど相葉君より速いんじゃないの?…電話してみよ。」
そう言って相葉さんに電話する。するとすぐに繋がったみたいで、足早に話し始める。
「相葉くぅん、夏向君って何者なのさぁ。」
『オレに聞かないでくれよ。知り合ったのだってスゲェ最近だし、緒方、どこ出てるって言ってたっけ…イギリスの名門を出てるらしい。詳しいことは後で聞いてやるから、今は切るぞ。』
「いいじゃんこのままで、別にセコンドブースにいる訳でも無いんでしょ?じゃあこのまま繋い」
『そのセコンドブースにいるんだよ!セクター2に入るから切るぞ!』
「あちゃー、切られちゃったか。イギリスの名門か。マルゼンちゃん、どこか分からない?」
「分からないわねぇ。あたしもドラテクは独学だから。」
「何者なんだ夏向君って。」
渋川さんとマルゼンさんが熱く語っている。でもね、凄いのは分かったんですけど貴方達以外、置いてけぼりなんですよ。
どうする、攻撃しようとすればカウンターが来るとなれば、メスなどを作って遠距離から攻撃するか。
だがこちらが何か仕掛けるたびに磁力を強めればそれがカウンターの引き金になってしまう。
だが、攻撃しなければこちらの負けだ。私の勝ち筋は奴の鉄分をすべて抜くこと。抜きさえすれば放っておいても奴は死ぬ。
であれば、攻撃の手は緩めない!すると、ヤツは邪悪な笑顔を浮かべながら喋り始める。
「お前の目的は俺を殺すこと。そして俺の目的はお前を妹にすること。少し俯瞰してみれば、勝利条件はお前の方が単純で簡単だ。
なんせ殺すことだけを考えればいいんだからな。だが俺は戦闘不能にして且つ生かさないといけない。
だから、少し協力してもらおうか、ブライアン。」
奴がそう言った瞬間にブライアンの体が宙に浮かぶ。ホワイトスネイクが首を掴んで持ち上げているのだ。…まさか、ブライアンを盾にするつもりなのか!?
私の悪い予想は当たってしまい、ブライアンは奴の近くにドタンと雑に置かれる。
「俺の横に置く。これだけでお前は簡単には攻撃できなくなる。出来たとしても、ブライアンを避けて攻撃しようとするから方向はえらく限定されるなぁ?
そこか!」
大体の方向を悟られ、扇状にカミソリを投げてくる。避けられないような投げ方だ。
腕で顔の周りを防御して深手を避けるが、腕やわき腹を切られた。
「ぐぅっ!貴様…!」
「そこそこ当たったようだな。お前も出血がひどいだろう?妹になってくれればこんな痛い思いもせずに済むんだぞ?」
「ふざけるな!誰が貴様なんぞを兄と呼ぶものか!くらえ!」
奴に向かってメスを5本投げる。奴はスタンドでそのメスを4本弾いて見せた。そしてもう1本は…。
「おいおい、もう少しちゃんと狙わないとなぁ。ブライアンに当たっちまったじゃあないか。」
「…くッ!」
「…うぐ、何か作り始めやがった。喉にはさみかッ!ホワイトスネイク、メスを投げるのだ!」
奴は喉に手を突っ込んではさみを取り出す。その間にホワイトスネイクが投げたメスが私の元に降ってくる。だがその程度
「磁力を解除する!そして避ける!」
全力の横ステップで避けられる!メスは元居た位置に刺さる。だが、この方法では足跡から探知されてしまう可能性がある。
「成程な、そこだな!」
そこを見逃す奴ではないか。先程作ったはさみをこちらに投げてきた。だが、これなら避けられ
ドズズッ
「がっは…なぜ…横からメスが…。」
「磁力は解除していたのに…か?俺が投げたはさみはブラフだよ。本命は先ほど投げたメスだ。走れば当然バレる。だとすれば横っ飛びで回避するだろうことは予想できた。
そこをホワイトスネイクに追跡させたんだよ。」
言われて着弾点を見るとホワイトスネイクがそこに立っていた。
「さぁ、お前も終わりだ、ハヤヒデ!」