頭文字D プリティーステージ   作:サラダ味

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第九十九話 86号車

「第2セクション、ここからお手並み拝見って所かな。」

 

「ここから下りが続くのよね。馬力の差は縮まるし、むしろアンダーパワーな86の方が有利な場面は増えてくかもね。」

 

『遂にトップ50にもぐりこみました 速い、ダウンヒルが速い!ニュースターの誕生を予感させてくれます!片桐夏向、19歳!』

 

19歳って事は私より2つ年上になるのか。ほぼ同年代で、同じアスリートなんだけどやっぱりアスリートってすごいなぁと他人事のように考えている。

 

だって何が起こってるのか分かんないんだもん。

 

「凄いわね、夏向君って。ねぇルドルフ、新しいシューズを履いた時ってどういう感じで走る?」

 

「唐突だな。そうだな、脚に馴染ませるようにゆっくりとジョギングのように走って、慣れてきたらペースを上げるな。」

 

「それが今の夏向君。多分夏向君は今日初めて86に乗ってる。それでいて、600馬力級のモンスターたちに迫ろうとしてるのよ。ここから夏向君のペースはもっと上がっていくはずよ。」

 

ここからまだペースが上がっていくのは驚きだ。素人目で見た時、とても速くて全力で攻めてるようにしか見えないんだけど。でも不思議と納得できた。まだ何か引き出しを隠してると思う。

 

「もっと不思議なのは初めて走るはずのコースであそこまでのラインとペースを作れる事だよ。デモ走行を見てたとしても、実際に走ると違うところがありすぎて修正するのに少し手こずるはずなのに。」

 

「でも渋川も大体あんな感じだったんだぞ?夏向君も同じなんじゃないのか?」

 

「いやいや、全然違いますよ。実際、1セクでその誤差を修正するのと精神的なスランプでかなり手こずったんですから。でも夏向君にはそれが無いんです。

 

まるでコースの段差やシミまでも完全に把握してる…それこそ何百回走り込んだような走りをするんです。クルマだって初めてのはずなのに、天性の才能ですよ。」

 

「そうなのか~…あ、おい、順位が下がっちまったぞ。やっぱりパワーの差なのか?」

 

「です。第2セクションの終わりは上りになってパワーの差が顕著に表れますからね。でもここからです、第3セクションはほとんどが下りです。標高差864メートルを一気に駆け降りるダウンヒル。

 

多分、ここからが夏向君の本領発揮です。」

 

渋川さんの言葉通り、86号車がコーナーを抜けるたびに順位が上がっていく。私にも分かる、タイムを出しに行く走りに切り替わっている。

 

「ちょっ、ちょっと!クルマが横向いて走ってますよ!?危ないですよ!」

 

「大丈夫だよスぺちゃん、あれでもコントロールは出来てるからさ。クラッシュはしないと思うよ。実際、順位も上がってるし。」

 

『底知れぬポテンシャルを秘めています、片桐夏向!この走りには危険なにおいがただよいます。小田原パイクスピーク名物の死神が迫る!』

 

「さあ来た死神、どう攻略していくのかな?マージンを取ってたら神フィフティーンには入れない。だからと言って視界の無い中で攻めれば事故るかもしれない。

 

夏向君はどう出るかな?」

 

「視界が無いどころか、真っ白じゃねえか。ここでタイムを出すなんて正気じゃねえぞ。」

 

沖野さんの言葉通り、86号車の映像は後ろ姿以外すべて白い世界に覆われていた。コースの先なんかまったく見えない。

 

「でも攻めないと神フィフティーンには届きません。それが分かっているから夏向君は攻めています。この霧の中でタイムを出すにはコースの細部…路面のギャップまで把握しているほどの熟練度とあと1つ、」

 

「「闘争心。」」

 

ロータリーさんと声があった。霧の中を攻めるのであれば、絶対にいるであろうことが分かった気がしたから。

 

「そう、誰にも負けない、霧の恐怖を押し込めるほどの闘争心が必要になる。順位が上がった、残り16台。…食い込めるか?」

 

86号車の快進撃は続く。濃い霧の中で8台…今抜いて9台ごぼう抜きに追い抜いて行った。世界的なレースでこの順位に入れるだけでも凄いのは分かるのにごぼう抜きにしてしまうとなると、夏向って人の凄さが際立つ。あ、また1台抜いてった。

 

『死神を抜けた!大平台のヘアピンカーブがクリアにうかび上がる!』

 

ブレーキを踏んで減速する。そのままコーナーに入ると後ろのタイヤが派手に滑り始める。その瞬間、渋川さんが無言で立ち上がる。

 

「どうしたんですか?」

 

「…ダブって見えたんだ。藤原さんのハチロクの…超高速四輪ドリフト!それと、トレノちゃんがさ…。」

 

「私が?…え、泣いてる?」

 

「あのドリフトをまた、この目で見られるとは思わなくてさ。どこ行っちゃったのかなあのテープ。」

 

「今聞いていいのか分からないけど、貴方が走り屋になったきっかけって何だったのかしら?」

 

東条さんが聞く。気になってはいたけど聞いたことは無かったな。渋川さんが天井を仰ぎながら話し始める。

 

「そうですねぇ、きっかけは、お父さんが持ってたビデオテープだったんですよ。今は公には出来ない、峠でのバトルが収められてるテープだったんですけど、アレを見た時にはレーサーになるのが夢だったんです。

 

トレーナーを目指すようになったのは大学生だった時ですね。もっと言えば3年前にマルゼンちゃんと初めて会った時ですね。」

 

「お前、よくトレーナー試験受かったな。T大合格するくらい難しいのによ。勉強期間だって短かっただろうに。」

 

「ほとんど気合です。出そうな単語暗記してなんやかんややって何故か合格したので。歴代で最低点だったらしいですよ?ハハ。

 

…そんなことより、とんでもないところまで来ちまってますよ。18位…86がまさかここまで来るとは…。」

 

『綱渡りのような全開アタックがつづく!依然としてセクターレコードを上回るペースを保持したまま!』

 

セクターレコードは…上がり3ハロンみたいな感じの区間タイムって事でいいのかな。それを上回るペースで走ってるのか。

 

「…スゲェ、コイツ俺より速いよ。間違いない、断言できる。テクニックは文句なしにMFG最強だ。車のパワーが無いからつり合いが取れてるだけで、もしパワーのあるクルマに乗り換えたらこんな所にいるやつじゃないよ。」

 

「榛名ちゃんがそこまで言うのなら、確実なんでしょうね。夏向君を決勝でも見たいわね。」

 

「ああ、今で16位。先の事を考えるともっとマージンがいる。攻めてあそこに行くまでに13位になれていれば…!」

 

その言葉の瞬間、順位が上がって15位になった。渋川さんが言っていた神フィフティーンに遂に到達した。少なからず鳥肌が立った。

 

このクルマにパワーが無い事は渋川さんとマルゼンさんが何度も言ってて分かっていた。だからなのか、私と86号車を無意識に重ねていたからここまで来たことが自分の事のようにうれしく思う。

 

「もしもし相葉君、14位まで大体何秒?」

 

『そんなに急かすな、すぐそこにいる、もうすぐ捉えるはずだ。…だが、勾配もなくなってくるし、何よりこの先には1.9キロのロングストレートがある。86の戦闘力でそこを凌げるかどうか…。』

 

「ここまで来たんだぜ、俺達は信じる事しかできない。夏向君が15位でゴールして決勝進出ラインを守り切ってくれる。信じるしかないんだよ。」

 

順位が1つ上がる。14位。それを見て2人が立ち上がる。その先には相葉さんも言っていた1.9キロのストレート。私と重ねているせいか、このストレートを見た瞬間にダメだと思ってしまう。

 

でも渋川さんの言う通り、私たちは信じるしかない。

 

『車速の伸びが鈍ります。目に見えない後続車達がジリジリと迫る!』

 

『ヤバいよ、6速が伸びない!ひとつ下がったァ!』

 

セコンドの人らしき人の声が聞こえた。6速、私のギアより1つ多い。それでも伸びていかないのか。15位、そこさえ死守できれば決勝に出られる…!自然と手に力が入る。

 

『バランスを崩しながらも東風祭のコーナーをクリアしていきますまさに限界ギリギリのプッシュが続く!』

 

「相葉ぁッ!!あと何秒だぁッ!」

 

渋川さんが声を荒げる。あまりに突然でビックリしてしまった。周りもかなり驚いた感じで渋川さんを見てる。

 

『16位のクルマが0.3秒まで迫ってる。こいつにさえ抜かれなければ…。』

 

「逃げろ、夏向!全力で逃げてくれ!」

 

『コンマ03秒、本気でギリギリの紙一重だ、どっちに転ぶ!?でもこの位置にいる車に…。』

 

「パワーが無い訳…!」

 

「ねえだろ…!」

 

「「「いけえええええぇぇ!!」」」

 

一丸となって叫んだ!初めは乗り気じゃなかった人も見ているうちに全力で応援していた。ここにいる全員が決勝に進んで欲しいと思ったはずだ。

 

『16位!僅か100分の19秒の差で、決勝外に沈みました!』

 

「僅差…あまりにも惜しかったな。…まあ無事に走り切っただけ、良かったんじゃねえか?」

 

バッタァン!

 

「渋川さん!?」

 

「あーもうすべてがどうでもいい今なら何が起こっても無関心を貫けそうだこの世のすべてどうにでもなってしまえ~。」

 

今まで見たこと無い位に無気力になってしまっている。困ったなぁ、この後はトレーニングだからやる気出してもらわないと。

 

「ほら、トレーニング行きますよ。宝塚記念まであと1ヵ月なんですから。」

 

「自主練で。」

 

「は?」

 

「自主練でお願い。俺はもう少しこのまま放心してるからさ。」

 

「ほら行きますよ~。時間無いんですから。」

 

「いででででで!分かった、悪かったから襟を引っ張らないで!首が締まる!」

 

 




奴が攻撃に来る。ホワイトスネイクは右から攻撃してくる。

脅威となるのはホワイトスネイクだ。奴を止めるには本体を殺すしかない。射程距離内には入っている。

「…! ガフッ…!」

吐血するほどダメージが深刻なのか。コンマ1秒たりとも無駄に出来ないのに、こんな時に、1手遅れてしまった。

それでも奴の体内にカミソリを作る。どこでもいい、ひるんでくれればチャンスは生まれる。

「ぐがぁああああ!!…此れしきぃ!」

肩からカミソリが飛び出しているのに止まらないのか!立ち上がって避けようとするが、傷が痛んで反応が遅れてしまった。

「貰ったぞ、ハヤヒデぇ!」

「ウシャアアアアアアアッ!」

ホワイトスネイクの手が私の頭に突っ込まれる。ダメだ…手放してはいけない…。

意識が……うす…………れ…。

「さてハヤヒデ、さっきブライアンが投げた理性のDISCを渡してくれないか?もう取っておく必要もないし、万一復活されても困るからな。」

「私は持ってない。」

「おいおい、お兄ちゃんに嘘は良くないなぁ。ブライアンが俺から奪ってお前に投げたじゃあないか。確かに拾ったはずだぞ?」

「持ってないよ、兄さん。さっき投げてしまったんだから。」

「投げた?いつ投げたというんだ?俺はそんなところを見ていないぞ?」

「だったら、ブライアンに聞いてみたらどうだ?ちょうど、兄さんの後ろに立っているぞ。」

「ッ!ホワイトスネ」

「オラァ!!」

「はぐあぁあ!!」

「もいっぱぁつ!」

意識が戻った…?前を見ると倒れている本能と立っているブライアンがいた。

…いや、ブライアンではないな。

「全く、もう少し早くても良かったんじゃないか?作者君。」

「待たせましたね。あとはコイツを始末するだけです。」

「成程、DISCが入ってない肉体は言うなれば、カラのCDプレイヤー。投げたメスにDISCを括りつけて飛ばしたのか!見えねぇようにメタリカで透明にして!

そして、復活させやがった!理性の俺をッ!」

「そう言う事みたいですね。さて、貴方を生かしておく意味はもうありません。このまま始末します。」
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